クレマリアのお迎え
――ディナルドと仲直りしてしまった。
これは由々しき事態だ。
作中で語られた結末に抗おうとしていたはずなのに、原作通りの人生を歩もうとしているなど……。
自分の行動が信じられない。
押しに弱い所は、変わっていないのかも。
そこを直さない限り、一生流されるまま。
ディナルドにいいように扱われて、未来が絶たれてしまうとわかっているのに――彼の腕に抱かれたまま大人しくしているのは、やはり寂しいからなのかもしれない。
「二人羽織みたいだね」
私がディナルドを助けて三か月が経過した、ある日の食卓。
左腕の骨折はいつの間にか完治したようで、彼は器用にスプーンとフォークを使って豚肉を木製の皿に切り分けた。
――こんなにいらないのに。
与えられるがままに肉をスプーンで掬って口に運べば、再び皿の上に置かれてしまう。わんこそばのように繰り返される光景を見ていたエドアーノが苦笑いをしながら見守っていれば、隣に座っていたクレマリアが頬を剥れさせて異を唱える。
「エドさま! わたしもお姉様のように、食べさせてもらいたいです!」
「仕方ないなぁ」
この世界では、男性が女性に肉を切り分けるのが一般的であるらしい。
一つのテーブルをみんなで囲み、料理をシェアする場合は男性が好きなものを選び、口に運ぶ。
戦争で戦う兵士としての力を蓄えるためだ。
ベルクフリートに籠もりっきりの女性達の食事は、スープや虫食いのりんごなど、とても質素で粗末なものばかり。
彼が一緒でなければ肉にはありつけないので、ここぞとばかりに食べ溜めしている私も悪いのかもしれないけれど……。
仕方ないじゃない。
滅多に食べれないんだから。
私は思い切って、開き直ることにした。
「とってもおいしいです! エドさま、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
クレマリアは素直に、エドへ向けて切り分けてくれたお礼を伝えている。
私もつんけんしていないで、きちんとディナルドに言えたらよかったのだろうか。
でも、そんなの今さらよね?
伝えるのが照れくさくて、私は黙々と食事を口に運んだ。
「よし。じゃあ、行くか」
「そうだね」
食事を食べ終れば、当然のようにディナルドは私を抱き上げた。
椅子から立ち上がったクレマリアは、エドアーノの手を握りしめる。
いつもと何ら変わらぬ光景だ。
婚約者と離れたがらないディル、愛する人と一緒にいたいマリア……。
「たまにはエルにいい所、見せてやらねぇとな?」
「味方を斬り伏せる婚約者の姿が、いい所だとは思えない。それは当然のこと」
「じゃあ、戦場でオレが大活躍する姿を――」
「……また腕を折られるよ」
「そんなヘマはしねぇって」
軽口を叩き合いながら外に出れば、楔帷子が擦れる音とともに複数の足音が前方から聞こえてくる。
なんだか領城がざわついてるようだ。
何かあったのかしら……?
「なんだかとっても、騒がしいです……」
「エド」
「うん。様子がおかしい。行こうか」
不安そうなクレマリアを安心させるように、優しく微笑んだ弟がじっと慌ただしく走り回る護衛騎士の様子を見つめる。
ディルも心なしか、表情が硬かった。
私が無言を貫きながらディナルドの腕の中で警戒していれば、思わぬところから意外な人物が顔を出す。
「アイオハルム公爵令嬢!」
この場に不釣り合いな質素な服に身を包んだ年配の女性は護衛騎士に四方八方を囲まれて喉元に剣を突きつけられたまま、クレマリアの名を呼んだ。
その声を聞いた彼女は、聞きなれない単語を口にする。
「ばあや……」
「よくぞご無事で……! ばあやは公爵令嬢が敵領に捕らわれたと聞き、三か月間食事が喉を通らず……!」
どうやらその女性は、クレマリアの侍女であるらしい。
何がなんだかよくわからなかったが、私達の知らない間にアイオハルム公爵が身代金を支払い終えたのだろう。
彼女はきっと、マリアを迎えに来たのだ。
「帰ってください」
「お嬢様?」
クレマリアは涙ながらに手を伸ばしてきた侍女を冷たくあしらい、エドの背中に隠れてしまう。
驚愕で目を見開く侍女は紡がれた言葉を理解できないようで、声を張り上げて説得を試み始めた。
「ばあやはお嬢様の味方です! 帰りましょう!」
「わたしの帰る場所は、エドさまの所です! あんな人の元になんか、戻りません!」
「アイオハルム公爵令嬢……!」
「あの人に伝えてください。どうしてもわたしをこの領地から取り戻したいのであれば、戦争でもなんでも仕掛けてこいと」
「お戯れを……! お嬢様を連れ帰らず領地に戻るなど、ありえません!」
「わたしはエドさまがいればいいんです」
「お嬢様……!」
クレマリアの表情は、エドの背中に隠れてしまっていて見えない。
私達は突如目の目で繰り広げられた修羅場に困惑しながらも、このままにしておくことなどできずに顔を見合わせる。
――どこか、別のところでやってほしい。
硬い表情で成り行きを見守っていれば、ディナルドの視線が不自然に剣を突きつけられていた侍女からクレマリアに向けられた。
「あなたはもう、わたしには必要のない人だから。もう二度と、姿を見せないで」
――何?
釣られてその方向を見つめれば、彼女が低い声で呟くと同時にエドの背からひょっこりと顔を出して侍女を睨みつける。
変化が起きたのは、それからすぐのことだ。
「はい。かしこまりました」
侍女は先程まで懇願していたのが嘘のように肩を落とすと、一礼してから踵を返す。
辺境伯を害するのではないかと警戒していた護衛騎士達が切っ先を地面へ向ければ、何事もなかったかのように虚ろな瞳のまま私達へ背を向けて歩き始めてしまった。
「マリア。今のは……」
「これで、当面の危機は去りました! エドさまとわたしは、ずっと一緒です!」
クレマリアは先程まで侍女を睨みつけていたのが嘘のように晴れやかな笑顔を見せると、背中から躍り出て弟の胸元に飛び込んだ。




