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仲直り


 ――わざとなの?


 そう疑念を抱かずにはいられないほどに圧迫されて、痛みに耐えるのにはかなり苦労している。


 さすがに3度目は、耐えられないかもしれない。

 早く会話が終わってくれますように。

 そう願いながら、必死に待ち続ける。


「まだ姉さんが、聖女と確定したわけじゃないし……」

「したようなもんだろ。こいつはすでに予言とやらを受け取ってる。神々の声は、特別な資格のあるものにしか聞こえない」


 どうやらディナルドは、私の予言を全面的に信じて抗う方向で話を進めようとしているようだ。

 呆れた声でディルを諭す弟は、真実を見抜いている。


「……兄さんの気を引くための、嘘かもしれないよ」

「エルの言葉が信じられないのか」


 対立した二人は一触触発な雰囲気で、黙り込んでしまった。

 真っ先にエドの味方をするであろうクレマリアが、無言で佇んでいるのが不思議で堪らない。


 ――咄嗟についた嘘が、とんでもない事態を引き起こしているわ……。


 ねぇ、ちょっと。

 これ、本当に口を挟まなくて大丈夫なの? 


『目を開けるな』


 内心真っ青になてはいたものの、脳内には警告するようにデカデカと太字で文字が踊り続けているのだからどうしようもない。


 ――早く話が終わりますように。


 そう何度目かわからぬ願いを抱きながら、大人しくしていた。


「神の名を騙れば、三日もせずに天罰が下ります。事実である可能性が高いと思いますよ」

「じゃあ……」

「オレとエルを引き離すことなど、神であろうとも許されない。力づくで奪い取るつもりなら――」


 ディナルドは一呼吸おいてから、低く唸るように言葉を紡ぐ。


「神の手が及ばぬところまで、逃げ切ってやる」


 この思いこそが、ディナルド・モントーネの行動原理なのだろう。


 人間は神に勝てないが、霊体となれば手出しはできない。


 ――だから、エルミーヌを殺したの?


 私を始末したあと、自らも命を絶つつもりで……。


 ならばなぜ、彼女に絶望を与える必要があったのだろう。

 クレマリアに心変わりしたのだと勘違いさえしなければ。

 彼の愛に包まれながら、エルは悪役令嬢と呼ばれることなく清らかなまま、命を終えることだってできたかもしれないのに――。


「兄さんの気持ちはわかったよ」

「どうするかは、お姉様が決めることです」

「そうだね。僕たちの計画さえうまく行けば、あとはどうなろうが知ったことではないから。好きにすればいいと思う」

「ああ。裏切るなよ」

「わたしはエドさまだけの味方です! 絶対、そんなことしません!」

「マリア。落ち着いて。そろそろ行こうか」

「はいっ!」


 ベルクフリートを去る二人の足音とともに、扉が開閉する音が聞こえる。


 それからは、静かなものだ。

 目を瞑っているせいで音でしか確認できないと思っていたが、脳内に表示されていたマップからクレマリアとエドアーノを示す駒の姿が遠ざかっていくことに気づく。


『緊急ミッションクリア! 隠密レベルが1上がった!』


 デカデカと表示されていた文字が消え、ファンファーレの音とともに静かになった。


 どうやら、やっと狸寝入りを終えられそうだ。


「エル……」


 ディナルドに呼ばれた私は、ゆっくりと瞳を開く。

 思っていたよりも顔が近くて、思わず目を見開いてしまった。


「……ディナルド……?」


 邪なことを考えているのではないかと彼の名を呼んで確認すれば、ディルは優しく微笑む。


「おはよう。我が愛しき眠り姫」


 額に口づけを落としたディナルドの機嫌は、思っていたよりも悪くはないようだ。

 私のほうが苛立っているかもしれない状況に眉を顰めながら、静かに告げる。


「降ろして」

「逃げるだろ?」

「重いでしょ」

「片手で抱き上げられるってことは、相当軽いってことだ。心配はいらねぇよ」


 いくら利き手が無事だとしても、咄嗟に折れた腕を支えに使えば傷の治りが遅くなる。ただでさえ、原作とは異なる人生を歩み始めているのだ。

 彼の怪我が長引けば――騎士団長になれない可能性だってあるのだから……。


 ――私のせいで、ニ度もディナルドの人生を変えるわけにはいかない。


 そう考え、より強い口調でディルに命じた。


「あなたの腕が、早く治ってくれないと困る」

「へぇ? 心配してくれるのかい? たまげたな……」

「怪我が長引けば、査定に響く。騎士団長になる時期が遅れたら、面倒なことが起きる」

「また、予言か?」

「伝える義務はない」


 硬い口調で告げれば、彼はご機嫌な様子で微笑んだ。

 今の会話のどこに、喜ぶポイントがあったんだか。

 さっぱり理解できないわ。

 私は真面目に会話をする気にもならず、肩を竦めた。


「エルは秘密主義だな」

「あなたの方こそ」

「オレに秘密なんざねぇぞ?」

「黙って」


 ――よく回る口は、塞いでおかなければ。


 彼は唇を奪ってほしそうにしていたけれど、そこまでサービスをしてやる義理はない。


 私はディナルドの唇に人差し指を押しつけると、それ以上言葉を紡ぐなと厳命する。


 ディルは不満そうに口元をへの字に曲げてはいるけれど、微笑みを崩すことはなかった。


「弟のことが大好きな自称勝利の女神よりも、いずれ私を裏切るあなたのほうが、話していて気が楽だった」

「そりゃそうだろ。エルミーヌの孤独。悲しみや苦しみを理解できる人間が、婚約者であるオレ以外にいるはずがねぇ。居てたまるかよ」


 ディナルドの視線が私から逸れ、前方に向けられる。

 射殺すような視線を向けた先には、護衛騎士が居心地悪そうに背中に手を組んで佇んでいた。


 ――ディルは入室を許したのか。


 珍しいこともあるものだなとラチェットに視線を向ければ、すぐに私の視線に気づいたディルから低い声で苦言を呈される。


「よそ見すんな」

「してない。あなたの視線を追っただけ」

「視線の先に誰がいるかなんざ気にする必要はねぇだろ。オレだけを、その瞳に映せ」


 無茶苦茶なこと言うなぁ……。


 ――聖女エステラムの予言を騙り、嘘をつくようになってから。

 ディナルドの私に対する愛情が思っている以上に重いことに気づかされた。


 婚約者と言う肩書があるからこそ弟達にどれほど不仲になっても生暖かい目で見守られているが、片思いの状態であればストーカー扱いされてもおかしくないほどだ。


 麗しき悪の華と肩を並べる騎士団長がフツメンなわけもなく……イケメンの部類ではあるが……許されないこともあるだろう。


 瀬戸留美としては、好みでもなんでもないが――。


 エルミーヌとして考えれば、彼は唯一無償の愛を注ぎ続けてくれた男性だ。

 それなりの情がある。

 だからこそ、死んでほしくないと思って助けた。


 でも……。

 この人と一緒に居続けるのは危険だ。

 さっさと離れるべきだとわかっているはずなのに。


 彼の手から逃れようと言う気にはなれなくて――ディナルドに抱きしめられているだけで安心するのは、なぜだろう? 


 ディルの腕の中こそが、私の居場所だと勘違いしているからだろうか。


 ――だとしたら。

 自らの意志で彼の前から姿を消すことになった場合……一人でなど生きていけないのでは……?


 ――恐ろしいことを考えてしまった。


 ディルの腕から抜け出なければ、まとめて不幸になるとわかっているはずなのに。

 その未来を見てみぬふりして歩み続けようとするなど、どうかしている。


 誰だって、裏切られるのは怖い。


 原作で語られていた内容を絶対視するのであれば、彼とともに生きようと願うことは自らの死を願うと同義だ。


 絶対に選んではいけない選択肢だと、わかっているはずなのに……。


「……あなたの愛が、無償であること」


 私は、夢を見てしまった。

 クレマリアがスカレステの家名を名乗ることなく辺境伯の捕虜になったことで、原作とは異なる人生を歩めるかもしれないと。

 欲張ってしまったのだ。


「証明して。予言した時が訪れる、その日まで」

「……六年も保留にするのか? そりゃないぜ。オレたちは愛し合っているからこそ、許嫁から婚約者になったんだ。待てるわけが……」

「納得できないなら、あなたを信じることはない」

「エル……」


 私を本気で愛し手放したくないと思うのなら。

 条件を呑んでくれる確証があったからこそ、提案している。


 苦しそうに唇を噛み締めたディナルドは、不満そうに小さく頷いた。


「……仕方ねぇか……。愛する婚約者様の頼みであれば、断るわけにはいかないな」

「……意地悪して、ごめんなさい」

「触れ合いたい時に拒絶された分は、これからきっちり回収するからな。覚悟しとけ」


 ディナルドは唇に触れていた人差し指を舌で舐めると、太陽のように眩しく輝く笑みを浮かべた。

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