でっちあげた嘘で首を絞める
「なんでこんな所に……」
ディナルドの呆れた声が聞こえる。
ベルクフリートに顔を出してみれば、私とラチェットがいないことに気づいたのだろう。
領城内を捜し歩いた末に、こうして姿を見つけて驚いているようだ。
彼の声で意識を覚醒した私は、どんな会話をすればいいのかわからず目を閉じ続ける。
「お嬢様はお休みになられています。大変恐れ入りますが……」
「黙ってろ」
「モントーネ辺境伯令息」
「オレだけが、エルの味方だ」
「……公爵令嬢は、そう思ってはいないようですが」
「下がれ。こいつは、オレがベルクフリートまで連れて行く」
「しかし……」
「何度も言わせるな。お前にエルを支える資格はない」
ラチェットと言い争う彼はやがて、夢現の私を左腕で抱きかかえると、どこかに移動を始めた。
護衛騎士の声は、聞こえない。
どのタイミングで瞳を開けばいいのかわからなくなった私は、狸寝入りを続ける羽目になった。
「あ、兄さん」
「無事に合流できたようで何よりです」
やがて、弟カップルの声が聞こえてくる。
二人は私とディナルドが一緒にいる姿を見て感嘆の声を上げていた。
――私にとっては、到底喜ぶべきことではないのだけれど……。
この場で目を覚ますくらいなら、最初からしなければよかったのにと思ってしまう。
寝たふりを続けていた私の脳内に突如としてマップが表示され、デカデカとした文字が浮かび上がる。
『緊急ミッション! ベルクフリートでディナルドと二人きりになるまで、目を閉じ続けろ!』
――ああ、またか。
4度目の経験ともなれば、さすがにもう驚かない。
ミッションをクリアできるよう心がけながら、彼らの言葉に耳を傾け続けた。
「どこにいたの?」
「牢獄の前だ」
「どうしてそんなところに……」
「女神の予言を気にしてるんだろ」
「兄さんと婚約者であり続ければ、いずれ姉さんは悪魔と呼ばれると予言かい?」
「ああ。何があっても、予言通りになんてさせねぇ」
低い声で吐き捨てたディナルドは、私を抱き上げる左手の力を強める。
その様子をじっと見つめながら、どんな言葉をかけるべきか迷ったのかもしれない。長い沈黙のあと、意外な人物が言葉を紡ぐ。
それは……。
「……お姉様は、お兄様を愛しているようでした」
「そんなの、当たり前の話だろうが」
「そうなのですか? わたしはお姉様がお兄様のことで怒りを露わにしなければ、あなたよりも護衛騎士を信頼しているように……」
「黙れ。今すぐその口、塞いでやってもいいんだぞ」
「エドさま……っ。怖いです……っ!」
先程顔も見たくないと吐き捨て別れた相手、クレマリアだった。
ディナルドに脅された彼女はわざとらしく怯えた声を出すと、エドに縋ったようだ。弟の乾いた笑い声とともに、やがて言葉が紡がれる。
「落ち着いて、兄さん。マリア。何を言いかけたの?」
「愛しているのならば、なぜ婚約破棄がしたいと申し出たのでしょう?」
「死にたくないからだろ」
「お兄様と婚約者で居続けると、どうしてお姉様が死んでしまうのですか?」
「……六年後。オレがあいつをこの手で、屠るんだと」
――あの馬鹿……!
冷静さを欠いて口を滑らせたのが、仇となった。
最悪以外の何物でもない。
よりにもよって、主人公がいる前で未来の話をするなど……!
私は今すぐにでも瞳を見開いてディナルドは嘘をついているのだと怒鳴りつけてやりたかったが、そんなことをしたら今までだんまりを決め込み続けていた意味がない。
何よりも、ミッションが失敗してしまう。
それだけは避けなければならないと感じていた私は、ぐっと堪えることしかできなかった。
「それは、穏やかな話ではありませんね」
「兄さんはなぜ、姉さんに刃を向けるんだろう?」
「予言通りの運命から、抗うためだろ」
「お姉様をナイフで襲ったら、命の灯火は永遠に失われてしまうのですよ。その行いが起死回生の一手であるなど、考えられません」
「理解を求めてはねえよ。そのあたりの事情を、あんたに説明する義理はないからな」
「兄さん。まさか……」
「つねに自信家で、傲慢なエルが怯えていたくらいだ。一般常識はどこかに捨ててこねぇと、救える命もこの手からこぼれ落ちまう」
弟と婚約者の会話は、雲行きが怪しくなってきた。
彼はどうやら、私を救うためにエドが驚くような何かをしようとしているらしい。
ねぇ、ちょっと待ってよ。
まさか、私を救うために……自分が代わりに犠牲になるとか、言わないわよね?
そう問いかけたい気持ちでいっぱいになりながらも、ディナルドの腕の中でじっとし続ける。
「……僕は反対だよ。危険すぎる」
「そうですよ。わたしはお兄様がどうなろうと知ったことではありませんが、もしもあなたの考えが事実であれば……エドさまだって、反逆を疑われる立場になってしまいます」
「自称勝利の女神が、導いてくれるのを願うしかねぇな」
「自称ではなく事実です!」
クレマリアは自分こそが勝利の女神だと高らかに宣言すると、私の婚約者と軽口をたたき合う。
何よ。仲良くなっちゃって……。
私は内心苛立ちながらも、口を挟むことはしない。
「……勝利の女神にとって、聖女は相対する関係だよね」
「はい」
「姉さんが聖女の加護を受けしものであるか、わかったりしないの?」
「女神と聖女の伝承によれば、二人はとても不仲だとか。顔を合わせれば互いに苛立ち、相手を屈服させたくなるそうです。まだ、完全覚醒していないのかもしれないですね」
「――完全覚醒したら、どうなる」
「神に導かれ、お付きのものがやってきます。俗世から隔離され、生涯教会から出ることは許されないでしょう。結婚だって……難しくなると思います」
「エルの望み通りになるな……」
ディナルドはより一層私を抱く腕の力を強め、苦しそうに息を吐き出した。




