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少女漫画の主人公様に喧嘩を売られて

 その選択に関しては、私達が異を唱えるようなことではないもの。

 アイオハルム公爵は怒り狂うかもしれないが、入れ知恵をしておけば最小限の犠牲だけで済むかもしれない。


 問題は、原作通りの人生を主人公が歩めなくなってしまうと言うことだけ。


 ――ミストラルの盟約で、彼女はアイオハルム公爵の娘であることを秘匿されていた。私達に打ち明けている時点で、筋書き通りの人生など歩めるはずがないのだ。


 クレマリアの人生が変われば、私達も破滅へと向かうことなく幸せな生涯を歩んでいけるかもしれない。


 私は一縷の望みをかけ、光り輝いて見える彼女の耳元で囁いた。


「君があの日あの場所にいたからこそ、僕達は出会えたんだよ」

「マリア。一度領地に戻ることになったとしても、そのあとあなたがどうするかは自由」

「……!」


 彼女は弟の困ったように微笑む表情よりも、私の悪知恵を優先した。

 勢いよく振り返ったクレマリアの様子を見つめ、エドアーノは訝しむ。


「姉さん?」

「お姉様はあの人を、生かしておくべきだと考えているのですね……」

「……アイオハルム公爵には、恨まれたくない」

「わたしがエドさまとともにいたいと願う限り、恨みを買うことなく生きていくのは難しいですよ」

「……私は死にたくないの。生きるために、エドを諦めてほしい」

「お断りします!」


 光り輝く笑みを浮かべた彼女は、私にはっきりと宣言して見せた。


 クレマリアは引き剥がされないように弟の腰元に飛びつくと、硬い表情になった彼を潤んだ瞳で見上げる。


「エドさま……っ。お姉様がわたしに意地悪するんです……! あんまりおいたがすぎると、勝利の女神が遠ざかってしまいますよ」

「……マリア。それだけは駄目だ。僕は兄さんを敵に回したくはない」

「お兄様は、とても弱い方ですよね! わたしは辺境伯の将来が心配です。あんな人が領主になったら、この領地はきっと……」

「……弱い?」


 原作通りの展開であれば、クレマリアはディナルドがアイオハルム公爵に瀕死の重傷を負わされた所を目撃していたはずだ。


 本来の結果とは真逆の光景が目の前で行われていたのだから、抱く感想が異なるのはおかしなことではない。


 ないのだが――瀬戸留美としては我慢できても、エルミーヌ・テルセートとしてはその言葉を黙って受け入れられるわけがない。

 だって彼女は、彼を――。


「聖女エステラムの予言によれば、彼はいずれ聖騎士団の団長として辺境伯の最前線で指揮を執る。甘く見ないでよ」

「ですが、お姉様が手を差し伸べなければ今頃……魔獣に食われていました。騎士団長の器とは思えません」

「ディルの価値を、勝手に決めないで」

「モントーネ卿を庇うのですか? お姉様は、彼と婚約破棄がしたいのですよね。ベルクフリートから締め出しているのだって……」

「あなたには関係ない」

「都合が悪くなると遠ざけるんですね」

「マリア……」


 ――エルミーヌがクレマリアを嫌っていた理由、なんとなくわかったような気がする。


 彼女はこれ以上の追及をやめてくれと突き放しても、好奇心を止めれないのだ。

 自分の気が済むまで、相手を追い詰めようとしてくる。


 気の短いエルミーヌはイライラして、クレマリアを遠ざけるために手を出してしまったのだろう。


 そうして出来上がるのが、悪役令嬢エルミーヌ・テルセートだ。


 ――わかっている。暴力で訴えたら負けだって。

 ディナルドを遠ざけている意味がないと。


 クレマリアをエドとともにベルクフリートへ招いたのは失敗だった。


 外に出れば、ここに籠城している意味がない。

 ディルと顔を合わせたくない私はどうにかして二人を追い出さなくてはならない。

 けれど……彼女が黙って出て行ってくれるわけもなく……。

 クレマリアは満面の笑みを浮かべて、私に告げた。


「好きなら、ちゃんと捕まえていないと駄目ですよ」

「……大きなお世話」

「わたしを追い出そうとした罰です」


 彼女の顔は、しばらく見たくない。

 そう考えた私は、渋々部屋から自らの意志で出ていくことにした。

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