クレマリアとエドアーノ
ディナルド・モントーネ辺境伯令息と、エルミーヌ・テルセートの関係は、最悪以外の何者でもなかった。
辺境伯領城内のベルクフリートで籠城することを選んだ私は、ラチェットに厳命した。
「室内は男子禁制。ディナルドが顔を出しても、追い払って」
「はっ!」
自領であるならともかく、ここはモントーネ辺境伯だ。
私の命令がどこまで守られるかは未知数だったが、ラチェットはかなり頑張ってくれたようだ。
毎日のように顔を出す彼を、護衛騎士は追い払ってくれていた。
「エルを出せ」
「申し訳ございませんが、お嬢様からお帰りいただくようにとのお言葉を頂戴しておりますので……」
「ふざけんな」
「無理強いはよろしくないかと」
「エルの護衛騎士になれたからって、いい気になるなよ」
「はぁ……」
日を増すごとに、護衛騎士のディナルドに対する扱いがおざなりになっているのは気の所為ではないだろう。
最近、彼の怒鳴り声を聞いても居眠りができるようになってきた。
ディルが声を張り上げていると言うことは、生きている証拠だ。
元気であることさえわかれば、顔を合わせる必要はない。
あとは、クレマリアと二人きりで話す時間を得られたら満足なのだが――。
「ここから先は、男子禁制となります。アイオハルム公爵令嬢のみ、お入りください」
「エドさまと一緒じゃなければ、嫌です!」
クレマリアはエドと、どうしても離れたがらないのだ。
彼女はベルクフリート内への立ち入りを許可されたが、弟が一緒じゃなければ絶対に嫌だと泣き叫ぶ。
「マリア……。僕は君の監視役でもあるわけだけど、ずっと一緒にいるわけにはいかないんだよ」
「エドさまと引き離して、わたしを領地に戻すおつもりなのでしょう? 愛する人が見える場所にいなければ、この中には入りません!」
彼女の大声で居眠りから目覚めた私は、扉の前まで歩いていくとドアノブを手に取り少しだけ開ける。
外の様子を確認する限り、ディナルドはすでにいないようだ。
「アイオハルム公爵令嬢」
「お姉様?」
クレマリアは弟に抱きつき涙目になっていたが、私が声をかけた瞬間に目を見開く。どうやら、家名を呼ばれるとは思っていなかったようだ。
「わたしのことは、マリアとお呼びくださいませ!」
「ああ、うん。ディナルドは?」
「はっ。モントーネ辺境伯令息は悪態をつきながら去って行きました!」
「そう。居ない時は、中に入ってもいいよ。いる時は申し訳ないけど、エドは廊下でラチェットと歓談してて」
「マストンド卿と話したいことはないかな……」
「参りましょう! エドさま!」
クレマリアは満面の笑みを浮かべると、弟の手を取って室内に引っ張っていく。
エドアーノの顔が引き攣っているあたり、あまりよく思ってはいないのかもしれない。
「ラチェット。引き続きよろしく」
「はっ!」
ラチェットの威勢がいい返事を耳にし終えたあと、弟カップルが室内に入ったことを確認して扉を閉める。
エドは困ったようにクレマリアを見つめると、小さな声で呟いた。
「僕も兄さんと、二人きりで話したいことがあって……」
「エドさま。お姉様の元へわたしを置いて、モントーネ卿とお話するなんて駄目ですよ? 夫婦になるのですから、隠し事などしないでください」
「夫婦になると、決まったわけじゃ……」
「エドさまにはお慕いしている女性がいらっしゃるのですか? どちらのご令嬢でしょう。わたしからあなたを奪おうとする礼儀知らずには、しっかりとお灸を据えなければなりません」
彼女の唇から紡がれる言葉をまともに聞けば聞くほど、主人公とは思えぬ発言が山となる。
彼女は病的なまでに弟を愛しているらしい。
大変な人に愛されてしまったなと同情したかったが、原作通りに物語を進めるのであれば、いずれは必ずクレマリアを領地に戻さなければならないのだ。
狂愛とも呼べるほどにエドアーノを想う彼女を引き剥がすのは、一筋縄ではいかないだろう。
私は来るべき未来を夢想して、頭が痛くて仕方なかった。
「そんな人はいないよ」
「本当ですか? 姉弟揃って横恋慕など、洒落になりません! エドさまは、わたしだけを愛してくださいね。お姉様のことは、反面教師にして生きていきましょう」
まるで私が悪いお手本みたいじゃない。
いずれ悪役令嬢と呼ばれるようになる女なのだから、彼女の言葉は間違っていないかもしれないけど。
なんだか納得がいかなかった私は、二人の会話へ口を挟むことにした。
「ねぇ、エド。辺境伯に長期滞在する件は、お父様にどう説明しているの」
「事実を報告しているよ。マリアが僕に懐いて離れないから、姉さん達が仲直りするまでは公爵家には戻れないと……」
「よく、許可が出たね」
「金銭は多いに越したことはないから。そう、長くはないだろうとの見立てだよ」
「あの人は身代金を支払ってまで、わたしを求めることなどありません!」
「マリア……。僕も君を領地に帰すのは、忍びないと思っているよ。でも……」
「わたしはずっと、エドさまのおそばにいたいです。どうして、駄目なのですか。アイオハルム公爵の娘ではなければ、一緒にいられましたか……?」
エドアーノは、彼女から離れることを諦めた方がいいのかもしれない。
捕虜としての待遇を受ける彼女は、身代金と引き換えに領地へ戻らなければいけないが――そのあとクレマリアがどうするかは、そう遠くない未来に自分で決めなければならないことだ。




