護衛騎士の誓い
「お、お嬢様!?」
部屋から出て行けと言われても、護衛として職務を全うしなければならないラチェットは廊下で不審者の侵入を防いでくれたようだ。
気持ちの余裕がない私は護衛騎士の呼びかけにすらも構うことなく、梯子を使って下に降りる。
「お嬢様! そちらは……!」
2階に出てから、壁に空いた隙間に身体を滑らせて飛び降りる。
結構な高さではあるものの、宙を舞っている間に魔法で勢いを殺しておけばどうってことはない。
外へ出てしっかりと石畳に着地した私は、真正面から再びベルクフリートの1階に足を踏み入れた。
1階は薄暗く、人気がない。
右奥は有事の際に罪人を捕らえる牢屋、左奥には貯蓄庫がある。
どちらへ進むか迷った末に、牢獄へと向かった。
中に入って蹲っている所に鍵をかけられてしまったら、出られなくなってしまう。
そうした危険を事前に回避するため、使用されていない鉄格子の前に衣服が汚れることすら厭わず膝を抱えて座り込んだ。
前世の記憶など、思い出さなければよかった。
そうすれば、たとえ嘘でも……あと六年間はエルミーヌとしてディナルドと愛し合えたのに……。
「お嬢様」
ディナルドは私を、エルと呼ぶ。
その言葉だけ、姿を見せたのが彼ではないとわかっていたはずなのに――顔を上げてラチェットを視界に捉えた瞬間、ディルではなかったことに落胆している自分がいることに気づいてしまった。
どれほど嫌いだと思い込んだ所で、運命からは逃れられない証拠だと思えば苛立って仕方がない。
瞳に浮かんだ涙を右手で拭った私は、護衛騎士を睨みつける。
「ディナルドから、二度と姿を見せるなと命じられたはずでしょ」
「いえ、しかし……。私はテルセート公爵家の騎士ですので……。お嬢様のおそばにいるようにと、辺境伯を経由し公爵より指示を受けております」
「お父様が命じたの」
「はい」
「エドと間違えてる……」
「いえ。公爵家令息ではなく、公爵令嬢をお守りすることこそが私の使命にございます」
父は一体、何を考えているのだろうか。
私のことなど守ったって、なんの意味もないはずなのに……。
まさか、聖女の名を騙ったせいで、存在価値を見出したのだろうか? わからない。
もう、何も考えたくなかった。
「始末いたしますか?」
物思いに耽っていると、とんでもない提案をされる。
まさかそんなことを提案されるとは思わなかった。
思わず睨みつけるのをやめれば、ラチェットは真顔ではっきりと宣言する。
「お嬢様が涙を流す姿は、何度も見たくはありません。モントーネ卿を必要としていないのであれば……」
「やめて!」
物騒な提案をしないでほしい。
私は強い口調で彼を叱りつけると、ゆっくり立ち上がった。
「あの人に死んでほしかったら、ここには来なかった」
「しかし……」
「極力、関わらないように生きる。言葉を交わし合うほど、悪い出来事を引き起こしてしまうようだから……」
そのためにはラチェットを伴って、辺境伯を出るのが一番いいのだけれど……。
脳内マップにデカデカと表示された通常ミッションの文字が、それを阻む。
クレマリアをアイオハルム公爵家の領地に戻すまで、私もここに滞在し続けなければならない。
今から、考えるだけでも憂鬱だ。
何せ彼女は、今も昔もエドアーノを愛している。
弟が彼女のことをどう思っているか知らないが、状況によっては一生恨まれ続けるだろう。
損しかしない役回りだった。
――それも、悪役令嬢の役目だと割り切って行動するしかないんだろうな。
主人公の恋路を邪魔する作中のエルミーヌと同じような行動をしなければならないなんて、冗談じゃない。
あの二人のことは放っておいて、何もかも投げ出してしまいたいのに……。
ミッションをクリアしない限り、脳内マップにはデカデカと太い文字が表示され続けるのが目障りで仕方がない。
割り切るしかないわね。
追い込まれた私は渋々、行動を開始しようと決意した。
「あなたは私の護衛騎士」
「はい。私はお嬢様専属の、盾であり剣です」
「神の裁きが下されるまで、よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ラチェットは私の不可解な言動には触れることなく、その場に跪いて頭を下げる。
私はその様子を冷めた目で眺めながら、彼に厳命した。
「馬鹿なことは、考えないで」
「それは一体、どのようなことでありましょうか?」
そんなことすら、説明しないとわからないのか。
彼は不思議そうな顔で問いかけてくる。
このまま詳細を伝えなければ、私の為を思ってディナルドに牙を剥きかねない。
それだけは絶対に避けなければ。
私は内心苛立ちながら低い声で説明する。
「私の意志に背くようなこと」
「護衛騎士は、つねに君主の仰せのままに動く駒です。そのようなことは、決して……」
「そう。ならいいけど。勝手に動かないで」
「はっ」
いい返事が聞こえて来たのは、いいことだ。
私は彼が目を閉じてすべての命令を甘んじて受けると言う体制になったのを見計らい、言葉を紡ぐ。
「命の危機であっても、絶対に」
「それは……!」
瞳を見開いて異を唱えて来た護衛騎士のことは無視して、歩き出す。
すべてを聞くより先に、返事をしてしまったラチェットが悪いのだ。
今さら撤回などさせるものですか。
こうして釘を刺しておかなければ、巻き添えを食らう可能性がある。
そう思ったら、多少強引にでも主導権はこちらが握っておかなければ面倒なことになると考えたのだ。
絶対に、誰も死なせない。
『エルミーヌ・テルセートに関わった人間は全員不幸になる』
『血も涙もない悪魔』
将来的にそう罵られて処刑された彼女の光景を思い浮かべながら、私は心の中で吐き捨てる。
――本当に、損しかしない役回りだ。
原作に抗いきれなかったその時、犠牲になるのは私だけでいい。
「お、お嬢様! お待ちください……!」
決意を心の奥底に沈めた私は、涙を拭うとその場を去った。




