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死ぬ運命を回避したいの

 ミストラルの密約で語られていた出来事を、支障のない範囲で彼に打ち明けた。


 ディナルドが本当に悪人であれば、貴様の本性を知っていると白状するようなものだ。

 死にたくないから素直に話したはずだけれど、最悪の場合はこの場で始末されてしまうかもしれない。


 彼の出方によっては、この場で命を落とすかも。


 私はずっと彼に抱きしめられたまま、硬い口調で言葉を紡ぎ続けた。


「どうせ始末するつもりなら、六年後なんて悠長なことなど言わないで。今すぐその手で終わらせて」

「――ちょっと待て。オレがエルを裏切る? そんな未来、あり得ない」

「聖女エステラムの予言は絶対」

「目の前にいるオレの言葉よりも、予言を信じるのか……?」


 彼の瞳は、不安そうに揺れている。


 嫉妬の炎が、将来に対する懐疑的な想いに変化したようで何よりだ。

 このまま私のためを思って、身を引いてほしい所だけれど……そう簡単に話が終われば、苦労はしない。


「神の言葉は絶対。女神の言葉が信じられないのなら、アイオハルム公爵家の味方をするべき」


 テルセート公爵家が中世を誓う皇帝は、日本で言う所のカトリック派、アイオハルム公爵家はプロテスタント派と称するのが適しているだろうか。


 前者は神々の言葉であれば無条件に受け入れ、後者は聖書に書かれた内容のみを信仰する。


 聖なる書物には聖女エステラムの名前が記載されていないため、アイオハルム公爵は彼女の言葉に耳を貸すことがなかった。


「……その、態度だ」


 ディナルドは目を瞑ると、震える唇から思ってもない内容を口にする。

 その態度にどんな意図が隠されているのか、さっぱりわからない。


 無言で彼を見上げていれば、瞳を見開いたディルはまっすぐに私を見つめて重苦しい声で囁く。


「オレが裏切ることがあるとすれば、エルの言葉を真に受けて未来を変えようとした時だけだ」

「そんなはずない。本来この予言は、私だけが知っていること。打ち明けたりは……」

「エルを愛する気持ちは、何があっても変わらない」

「譲るつもりはないと」

「当然だ」


 彼はしっかりと頷くと、優しく微笑んだ。

 この状況でなぜ目元を緩めるのかと警戒していれば、驚くべきことが起こる。


「不安にさせて、ごめんな。もっと愛を注ぎ込むべきだった。遠慮していたせいで、エルに勘違いをさせちまうなんて……最低だな」


 彼は瞳を細めると、抱きしめるのをやめて頬を撫でた。


 なんだか、雲行きが怪しい。


 間違いなく、私の想定していなかった展開だ。


 ――本当に愛しているのであれば、私の意思を尊重するべきでしょう。


 図星であればもう愛を注ぎ込む必要はないと本性を表す場面であり、予言など信じないと吐き捨てて裏切ってもおかしくないのに……。

 彼は恍惚とした表情を私に向けたあと、困ったように苦笑する。


「そりゃ、エルに伝えたらドン引きされるようなことは、いつだって山程考えてるけどな? 魔法を使えば、いつだって確認できるだろ」

「……そう、だけど。特殊魔法で本心を隠していれば……」

「信頼している相手の前で、本音を隠す必要があるとは思えないな」

「だから……」


 エルミーヌは彼にとって、駒でしかない。


 愛を囁いていたのも偽りの感情であると私は主張しているのに、ディナルドはそれを認めたくないようだ。


 絶対に離さないし、逃がさない。


 彼の態度は、一貫している。


「死を恐れて婚約破棄とか、冗談じゃねぇ。オレは絶対にエルを裏切ったりしない。もう二度と、馬鹿なことは考えるな」

「……あなたが約束を破った時は、どうやって償うつもり」

「一緒に死んでやるよ」


 それでは、なんの意味もない。

 そのはずなのに――。


『最近、身体が重いっつーか……寝不足で……』


 私は原作でエルミーヌが処刑されたあと、悪霊となってディナルドの背中にくっついていた彼女の光景を思い出す。


 死してなおもディルを恨んでいるのかと思っていたが、違うと気づいたからだ。


 もしも、エルミーヌ・テルセートがディルと二人で命を落とす約束をしていたのだとしたら。

 彼女はそれを守らせるために、死してなおも彼を道連れにするべく彷徨っていたのではないだろうか……?


 ――やっぱり、駄目だ。


 私だけではなく、ディナルドも巻き込む死亡フラグなのだとしたら……。

 絶対に受け入れてはいけない。


 まさか、こんなに早い段階で将来訪れる未来に向けてのフラグが乱立しているなど思わなかった。

 取り返しのつかないことになることなく気づいてよかったわ。

 今ならまだ、間に合う。

 そう考えた私は、さっそく行動に移す。


「嫌……!」


 ディナルドを愛しているエルミーヌらしくもなく、力いっぱい彼を拒絶する。

 驚いている婚約者が頬に触れていた手を引っ叩けば、あっさりと距離を取れた。

 案外簡単に腕から抜け出せたことに安堵しながらも、私は警戒心を高めていく。


「……エル?」


 説得がうまく行きそうだったのに、突然ちゃぶ台をひっくり返すような勢いで拒否したからだろう。

 何が起きているのかさっぱり理解できないと、ディナルドは不思議そうに名前を呼ぶ。


 彼に死んでほしくないと思ったから打ち明けたのに、これじゃなんの意味もないわ! 


 私はその思いを彼に伝えるべく、力いっぱい叫ぶ。


「そんなの、なんの償いにもならない……!」

「落ち着けって……」

「来ないで!」


 距離を取った私に近づいてきたディナルドに、強い口調で待ったをかける。

 彼は目を丸くして、歩み出そうとするのをやめた。


 しっかり伝えないと、拒絶しきれない。


 そう考えた私は、早口で捲し立てた。


「あなたの気持ちは、よくわかった。女神の予言は、必ず現実のものとなる。一緒になんていられない」

「エルミーヌ。オレは……」

「私達が死ぬ未来は、絶対に回避してみせる……!」


 彼の言葉など、耳に入らなかった。

 私は勢いよく踵を返して走り出すと、ドアを開けて廊下に出る。

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