聖女エステラムの予言
「……二人の事情はわかった。彼女は……」
「僕が捕らえたわけではないんだけど……。辺境伯に相談したら、捕虜を連れて来たと騒がれてしまって……」
「身代金が支払われても、わたしはずっとエドさまのおそばにいます!」
「それは駄目でしょ」
思わずツッコミを入れてしまった。
高貴なる身分の捕虜は通常、敵国から財源を奪う金のなる木だ。
言い値で取引を行い、無事に金銭を受諾した際には開放される。
自由に領内を歩き回れない制限があるくらいで、人目を盗んで脱走などしない限りは今まで通りの暮らしが約束されていた。
「どうして駄目なのですか? わたしがエドさまの妻に、ふさわしくないから……!」
「捕虜の意志は関係ない。身代金を受け取ったあと捕虜を開放しなければ、戦争になるだけだ」
「でしたらその時は、わたしがエドさまの妻に相応しい存在であると証明してみせます!」
「そう言う問題じゃなくて……」
「わたしが守りたいと願った領地に、勝利の女神は微笑むのです。もしもあの人がわたしの奪還に躍起になるのであれば、完膚なきまでに叩きのめしましょう!」
生みの親を攻撃されても、彼女はなんとも思わないようだ。
過去を語る際、クレマリアの様子を見ていたエドがすべてを話す必要はないだろうと止めていたし……。
私達が知る必要のない過去が隠されているのかもしれない。
――アイオハルム公爵は原作で、エルミーヌとディルに痛めつけられたことから、復讐の機会を窺っていた。
リベンジマッチの流れになれば、原作通りに話が進んでしまう可能性がある。
それは駄目だと、固く決意した瞬間のことだ。
『ミッション! クレマリア・アイオハルムを領地に戻せ!』
どれほど願っても表示されなかった脳内マップが展開されると同時に、新たなミッションが発令された。
――彼女はエドと一緒に居たがっている。
クリアなんて、できるのかしら?
戦地で倒れ伏すディルナルドを助けるよりもよっぽど高い難易度を誇るのに、緊急ミッション扱いではないのも気がかりだ。
「敵に寝返るのか?」
「わたしはエドさまだけの味方です!」
「そうかい。この姉弟は手強いからな……頑張れよ」
「はい! わたしもお二人のような関係になれるように、たくさん愛を注ぎます!」
「二人みたいな関係になるのは、よくないんじゃ……?」
エドは私達の仲が不協和音を奏で始めたことを知っているから、クレマリアに頑張ってと優しい言葉をかけることはなかった。
――ディナルドはどうして、彼女の背中を押したのだろう?
言葉通りの意味なら気にする必要はないが、その裏に何か別の意味が隠されているのであれば大問題だ。
――彼女の好感度を上げるためにわざと背中を押して、横から掻っ攫っていくつもりなのかも……。
他の女に対するアプローチは、見えないところでやってもらいたかった。
婚約者としては、深い意味がないことを願うしかないわね。
「お前らが顔を出しに来たのは、顔合わせが目的だろ。用が済んだなら、さっさと帰りな」
「エドさま! 愛の巣に戻りますか?」
「……そうだね。みんなで食事を取ってから……」
「エド。まだ邪魔するつもりか」
「……わかったよ。ごめんね、兄さん」
「ちょっと。配膳も面倒だし、どうせならみんなで一緒に――」
「エル」
いつまでも彼に背中を向けているわけにはいかない。
そう考えて振り返り、向かい合わせになって異を唱えたことをすぐに後悔した。
「あんたには、いろいろ聞きたいことがある」
「私には、話したいことなどない」
「これからたっぷりと問い質してやる。二人きりで、な」
右腕を折られて使い物にならなくなっている彼は、左手で私を抱き寄せ逃げられなくしてから顎でドアを指し示す。
弟達はディナルドの意図を読み取り、音を立てて出ていってしまったようだ。
「お前もだ。出てけ」
「いえ。しかし……私はお嬢様の……」
「何度も言わせるな」
「か、かしこまりました……」
私達の会話を見守り、部屋の隅で空気に徹していたラチェットは職務を全うしようと最後まで抵抗していたようだけれど、最終的には彼の指示に従ってこの場をあとにしてしまった。
さすがに、辺境伯令息の命令には逆らえなかったようね。
こうなってしまった以上は、一人で頑張るしかない。
「さて……。あいつが好きって言いかけた件……どう言うことか、聞かせてもらうぜ……」
残された私は咄嗟についた嘘を糾弾されそうになり、絶体絶命のピンチに陥っていることに気づく。
気の迷いでした。
冗談だと引きつった笑みを浮かべて謝罪をすれば、許してもらえるだろうか。
――許してもらえるわけがない。
こちらを見下す彼の瞳の奥には、メラメラと燃え盛る嫉妬の炎が渦巻いているのだから……。
言いようのない怒りを鎮めるために紡ぐべき言葉は、一つしかない。
けれど。
将来のことを考えるならば、その言葉は決して口にしてはいけないもので――。
傷つくことを恐れている限り、関係を断つことなどできやしない。
やるなら徹底的に、彼が起き上がれなくなるまで嘘を貫き通すべきだ。
「私は……」
婚約破棄を切り出すことなく、原作通りに行動しなかったことは、少しだけ後悔している。
ディナルドは私のせいでしなくてもいい怪我をしたのだ。
あの時定められた運命に抗わなければ、彼に不自由を強いることはなかった。
このままラチェットが好きだと嘘を貫き通したとして。
激昂した彼が原作とは異なる人生を歩む可能性だってゼロではないのだ。
その時ディナルドを助けたら、また関係が拗れてしまう。
――私は死にたくない。
だけど、彼には生きていてほしいと思っている。
いつかエルミーヌを裏切ることになったとしても。
誰にも愛されていないと膝を抱えて泣いていた私に、たくさんの愛を注いでくれたのは彼だから……。
「――あなたに裏切られ、命を落とすの」
だから私は、素直に打ち明けることにした。
聖女エステラムの予言と言う、便利な言葉を使って――。




