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少女漫画の主人公

 それは、瀬戸留美としての本心だ。

 エルミーヌはかわいそうな少女だと思う。

 ディナルドだって、長年彼女を騙していた畜生だと言う認識はあるけれど、好きと嫌いを判断するほど興味を抱けない。


「エルミーヌとして、普通の暮らしがしたいの。戦争や策略に巻き込まれることなく、静かで平和な暮らしを」

「エル。それは……」

「公爵家の娘として生まれた以上、その願いが叶わないことはよく理解している。だからこそ、私はあなたと婚約を破棄してテルセートの名を捨てる」

「駄目だ」

「あなたに止める権利はない」

「いや、ある。お嬢さんは、オレのもんだ。この腕から抜け出ることなど、許すはずがないだろ……?」


 ――だったらどうして、私を裏切るの。

 少女漫画の主人公、クレマリア・スカレステを好きになるのよ。


 私は六年後に彼の口から語られる言葉を、お互い傷が浅言うちに別れるために提案しているだけなのに、なぜ彼は領主してくれないのか。

 さっぱり理解できなかった.


 聖女エステラムを崇拝している人間にとって、彼女の言葉は絶対のはず。

 なのに、彼は神に背こうとしている。


『それだけわたくしに対する愛が深いってことですわ! ディルの想いに応えましょう!』


 幻覚のエルミーヌが騒がしい。

 少しだけむっと眉を顰めれば、向かい合わせに横たわるディナルドの瞳が剣呑な表情に変化した。


「オレ以外に、好きな奴ができたなんて言わないよな……?」


 ――そうだ。その手があったか。


 ディナルドの言葉で我に返った私は、ナイスサポートだと彼を褒め称える。

 そう言うことにしておけば、お父様を説得する手間が省けるはずだ。

 円満な婚約破棄にはもってこいな理由だろう。


 あの人だって、立候補がどうのこうのと口走っていたし……。

 当初は取りつく島もなく否定してしまったが、利用させてもらおう。


「ええ。私、聖騎士ラチェット・マストンドを――」

「失礼いたします! お嬢様! モントーネ卿! お休みのところ大変申し訳ございません! テルセート公爵令息様が、捕虜を連れて面会をご所望であります!」


 ――愛している。


 その言葉が紡ぎ出される前に、異性のいい大声が右側から聞こえてきた。

 それが男の声であると気づいたディナルドは、俊敏な動きで私を胸に押しつけ聖騎士から覆い隠すように抱きしめてくる。


 ――本当に独占力の強いことで。

 彼の左腕が使いものにならないのをいいことに、私は肩越しにラチェットの方へ顔を出して告げる。


「ああ……ラチェット。ちょうどいい所に来た」

「出ていけ」

「はい?」


 面と向かって告白しようと試みたが、ディナルドは私の頭を強い力で押さえつけると、低い声でラチェットに警告した。

 状況の読み込めない聖騎士はその場に留まり、聞き返している。


「私、あなたのことが……」

「言うな」

「むぐ……っ」


 彼がこの部屋を去る前に、思いを告げなければ婚約破棄ができなくなってしまう。

 そう考えて口を動かすけれど、ついには大きな手で唇を覆い隠されてしまった。

 どうやら、その言葉を婚約者の前で紡ぎ出すことは許されないようだ。


「むぐぐ、ふぐ……」

「あの、一体何が……」

「エルはオレの女だ」

「恐れながら申し上げます! 婚約なされているのですから、当然では……?」

「発言を許可した覚えはない。エルの前に、二度と姿を見せるな」

「し、しかし……。私はお嬢様の護衛騎士に任命されており……」

「お前は信用ならん」

「モントーネ卿……!?」


 ラチェットはいつ、私の護衛騎士になったのだろう。

 眠っている間に、状況が変化しているようだ。


 ――その情報は、もっと早くに知りたかった。


 それを知っていたら、ラチェットが好きなんて嘘をつくことはなかったのに。

 面倒なことになったと唇を塞がれたまま考えながら彼を見上げれば、ディナルドの表情が普段と異なることに気づく。


 ――ああ、やっぱり。


 この人は要注意人物だ。


 虚空を見つめる瞳は瞳孔が開き、恐怖を感じる雰囲気を醸し出していたから――。


「騒がしいね。どうしたの?」

「はっ。モントーネ公爵家令息! も、申し訳ございません! 面会を断られてしまい……」

「ああ、いいんだよ。かしこまらなくて」

「し、しかし……!」

「姉さんと二人きりの時間を邪魔されたのが嫌だっただけだよ」


 兄と慕うエドアーノに恐ろしい瞳を向けるつもりはないのか、彼は疲れたようにため息を溢すと私の口元から手を離して髪をかき上げる。

 その瞬間を待っていた私は、慌てて左側にゴロゴロと転がってベッドを降り――ディナルドと距離を取り立ち上がった。


「エド!」


 弟の名前を呼んで彼に助けを求めるために歩みを進めようとした時のことだ。

 エドの背後からひょっこりと頭を覗かせる、赤髪の幼子に気づいたのは。


「エドアーノさまの、お兄様とお姉様ですか」


 私は彼女に見覚えがあった。


 腰元まで丁寧に手入れされた鮮血のような赤い髪。

 金の瞳はタレ目で、優しい印象を与える。

 たくさんの人達から愛されるために生まれてきた少女の名は――。


「クレマリア・スカレステ……」


 ミストラルの密約の語り部であり、主人公だった――。

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