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ベッドの上で目覚めて

 ――身体が重い。


 ゆっくりと閉じていた瞼を開いた私は、吐き気とだるさに見舞われていた。


 まるでインフルエンザに罹患しているかのような体調に耐えきれず、思わず右腕で額を抑える。


 ――熱はないみたいだけど……。


 この世界に、すぐによく効く錠剤などがあるとは思えない。

 エルミーヌの記憶を辿っても、薬草を煎じた苦い粉薬を飲み込んでから大人しくすることで体調不良を改善していることしか確認できなかった。

 よくなるまでは、じっとしているしかないだろう。


 ――ディナルドは、どうなった?


 彼の無事を確認しようとして、上半身をベッドの上から起こした私は――。


「う……っ」


 腹部に回っている何かに圧迫され、呻き声を上げる羽目になった。


 ――どうなってるの。


 慌てて痛みを感じた場所を撫で、巻きついているものを引きがそうとするがびくともしない。

 再びベッドの上に背中を預けてそれが伸びる方向を見つめることで、やっとその正体を知ることになった。


「……ディル……」

「おう。体調はどうだい?」


 私の腹部を左腕で圧迫していたのは、婚約者のディナルドだ。


 彼は普段と変わらぬ軽い口調で体調を案じてくる。

 瀕死の重傷を負っていたはずなのに、随分な態度だと思った私は呆然と問いかけた。


「あなたこそ……」

「全治三か月だってよ」

「大変……」

「まぁ、そんなもんだ。骨を折られた。内蔵がやられてるからな……」

「どこの骨」

「右腕だ。利き腕だと勘違いしたんだろうな。ま、そのおかげで日常生活に支障はねぇが……」


 ディナルドは視線を逸らすと、左手で抱き寄せる力を強める。


 彼は私の真横に寝転がり、天井をじっと見つめていた。

 どうやら、言い出しづらいことがあるらしい。


「伝えたいことがあるなら、早く言って」

「……婚約破棄したいと、公爵に直談判したんだってな」

「だから?」

「しないぞ」


 ディルはまっすぐ私の目を見て、はっきりとした強い口調で宣言する。

 アイオハルム公爵との戦争へ向かう前から彼の意志は変わらない。

 冗談だと思っていたようだし、この反応は想定内だ。


 心を揺れ動かす必要など、ないのだけれど……。


 その言葉を耳にした私は――身体の奥底が、歓喜に打ち震えているのを感じた。


『やっぱりディルは、わたくしを愛しているのね!』


 作中のエルミーヌであれば恍惚とした笑顔を浮かべて彼に抱きつき、愛を囁いていた場面だろう。

 その想いに、引っ張られるわけにはいかないとわかっている。


 そのはずなのに――私の口からは、絶対に婚約破棄をするのだと自信満々な言葉が紡ぎ出されることはなかった。


「聖女エステラムの加護を受けし良縁だ。エルが耳にした偉大なる神の予言を否定するわけではねぇが……。あんたさえいれば、他には何もいらない」

「予言を否定しないのであれば、あなたが私を破滅に追い込む未来を信じると言うこと」

「なんだって?」


 私が眠っている間に父と会話をしているようだが、聖女エステラムの名前を騙ってでっち上げた予言の内容までは聞いていなかったようだ。


 ――何からどう説明すればいいのか……。


 頭を悩ませていれば再び脳裏にマップとミッションが浮かび上がってこないだろうかと考えても、そうした不思議な現象が起きることはない。


 嘘と矛盾がないよう、彼にわかりやすく解説するのは困難を極めた。


 そもそも、今でこそディナルドは優しく愛を囁いてくれる私の婚約者だが、六年後にはその感情がすべて嘘だったと告白してくる酷い男だ。


 そんな奴にこちらの事情を掻い摘んで伝える理由があるとは思えない。


 ――これ以上話をするのはやめよう。

 縁がなかった。

 そう考えるのが一番だ。

 それ以上、伝えることはない。


 今回彼を助けたのは、死なれたら原作通りに話が進まなくなって困るから。

 私達の仲が、これ以上進展するはずがないわ……。


「なぁ、エル。教えてくれよ」


 ――どうせ結婚するなら、無様な姿を見せる男よりも身を挺して守り、完膚なきまでに相手を叩き潰す完璧超人がいい。


 アイオハルム公爵に痛めつけられたのはわざとの線も拭いきれないが――こいつに心を開いたってろくなことにはならないと、無言を貫く。


「いつものかわいいエルは、どこに行っちまったんだ? 髪型も変えたみたいだし……」

「手入れが面倒だから」

「自分で結わえてるわけじゃなかったろ」

「侍女に頼むようなことでもない」

「機嫌直せって。オレを助けに来てくれたのは、もしもの可能性を考えたんだろ。それって、エルの気持ちは変わってないってことじゃねぇか」

「勝手に私の気持ちを決めないで」

「じゃあ、オレが嫌いで婚約破棄したいのが本心なんだな」


 その言葉を肯定しては駄目だと、エルミーヌが泣き叫んでいる。


 彼女は私なのだから、もう一人の私など存在しない。

 幻覚だとわかっているのに、彼を信じたいと思う気持ちを否定しきれなくて――。


「――今は、どうでもいい」


 結論を先延ばしにすることにした。

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