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婚約者様の救出

「姉さん!」


 エドの止める声に、黙って従うほど礼儀正しくはない。

 か弱き公爵家の娘があの人の元へ歩みを進めた所で、何もできないかもしれないけれど……。


 それでも。


 予定外のことが起きてディナルドが死にかけているのは、私のせいだから。


 ――彼さえいなくなれば嫉妬に狂って罪を犯し、処刑されると知っていても……見殺しにするのは寝覚めが悪い。


 ディナルドにふさわしき死は、私と縁が切れたあとにひっそりと戦場で亡くなることだ。

 関係が続いている今ではないわ。


 領城の広場からは、走って充分程度。

 彼が倒れ伏している場所へ向かうためには人気のない森をかき分け、小さな木陰の隙間から身体を滑らせて向かう必要があった。

 あの人のためなら、服が汚れることなど気にしている場合ではない。


 穴が空いたまま修復されていない城壁を潜り抜ければ、特徴的な岩がすぐに見えてきた。


「ウガァ!」


 一直線にそこを目指して走れば、獲物を見つけた魔獣が襲ってくる。


 ポクポクと木魚の音とともに再び始まったリズムゲームをこなしながら、どうにか彼の倒れ伏している場所までやってきた。


「ディナルド」


 倒れ伏す彼に、小さな声で呼びかけるが反応はない。

 生きているか、死んでいるかすらも曖昧な状態だ。


 ――早く、移動しないと。


 リズムゲームの際に頭の中で鳴り響く音は、彼の地面に横たわる身体を認識してからら聞こえなくなっていたけれど……。

 いつまた魔獣に襲われるかわからぬ緊迫した状況であることは確かだ。

 のんびりとなどしていられない。


「ねぇ、起きて」


 血濡れた騎士服に触れるのは抵抗しかないが、名を呼んでも反応がないのだから仕方ないと割り切るしかないでしょう。

 私は渋々彼の意識をこちらへ呼び戻すために、肩を掴んでガタガタと揺すった。


「こんなところで死ぬような男は、エルミーヌにふさわしくない」

「う……。エルは、オレの、もんだ……。誰にも、渡さ、ねぇ……!」


 呻き声が聞こえたかと思えば、ガラガラと聞き取りづらい低音ボイスで私を威嚇する。


 夢と現が曖昧な彼は、誰かと勘違いしているようだ。

 ゆっくりと、腰元に携えた鞘に手が伸びていく。

 そこに剣は見当たらないが、予備を隠し持っている可能性は否めない。


 敵だと勘違いしている彼が襲いかかってきたら、一溜まりもないわ。

 私は焦点の合わない瞳をこちらに向けてきたディナルドの手首を掴んで、目を覚まさせてやることにした。


「いずれ天下の騎士団長様として名を馳せる婚約者様のくせに、情けない」

「その、声……」


 彼の瞳が大きく見開かれたと思えば、開いている左手が目元に向かう。

 じっとその様子を眺めていれば、やがてゴシゴシと力強く瞳を擦ったあとに驚愕の表情に変化する。


「お嬢さんが、いるわけねぇ……」


 クシャリと疲れたように笑ったディルは、目元を覆って声にならない言葉を口にしては荒い息を吐き出し始めた。

 どうやら、傷口が痛むらしい。


 現実を直視できない彼に、何を言っても無駄だろう。

 彼と会話するのは早々に諦め、これからどうするかを考える。


 どうにかしてこいつを、辺境伯の領城まで送り届けないと。

 でも、どうやって?


『緊急ミッション達成! 特定レベルが1上がった!』


 ファンファーレの音とともに、本日3回目のレベルが上がった。

 いい加減にしてくれと顔を顰めれば、再び脳内が騒がしくなる。


『新ミッション解禁! 騎士団長を助けるために、転移魔法を使え!』


 今までは緊急ミッションとデカデカ表示されていた文字が、別の言葉に変化した。

 それが不快で堪らないのだけれど、私がこれからやらなければならないことをナビゲートしているのだと思えば受け入れるしかなく――。


「触るよ」

「……エル……。これは夢か……? そうだ。夢に決まってる。オレは、あんたを……」


 横たわる彼の背中に手を回して抱きしめるには、馬乗りになって無理やり地面と身体の隙間に両手を差し込むしかない。


 何かを言いかけたディナルドの言葉など、気にしている余裕はなかった。早く治療をしなければ、出血多量で死に至る可能性のある怪我をしていると一目でわかるくらいなのだから……。


「……このまま、一つに……」


 ――ふざけるな。


 寝ぼけたことを言いながら背中に手を回して胸元に押しつけてきたこいつを引っ叩きたい気持ちでいっぱいになった。

 けれど、それをして何かあれば私に待ち受ける未来は作中とは異なる処刑ルートだ。


 ここは我慢しなければ。

 煩悩ばかりの婚約者なんてくたばってしまえと言う気持ちは、表に出してはいけない。


 私は渋々彼の行動を黙認し、小さな声で魔法を発動するための祝詞を紡ぐ。


「――辺境伯の大広場まで移動」


 ――そう口にし終えた瞬間。

 ディナルドを押し倒したままの体制で魔法騎士と聖騎士が入り乱れる辺境伯の大広場へ一瞬で移動した。


「お嬢様!?」


 城壁の外で魔獣の侵入を防ぐために剣を振るっていたはずのラチェットが、私を呼ぶ声が聞こえる。

 どうやら辺境伯の騎士団と協力して、無事に魔獣を討伐できたようだ。


『ミッション達成! 緊急回避レベルが1上がった!』


 ――よかった。


 ほっとしたからか、私の身体からは力が抜けていく。


「すぐに、治療を……」


 なんだか身体が重くて、だるい。

 ディナルドの治療を最優先にしろと命じたつもりなのだが、その言葉が最後まで声に出されることはなかった。


『魔力枯渇アラート。すべての魔法を終了し、回復モードに移行。強制シャットダウンを開始します』


 脳裏に浮かんだテキストメッセージに目を通した瞬間――私の意識は消失した。

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