辺境伯領城広場
「よ、避けた……?」
「攻撃を避けながら辺境伯に向かう!」
「しかし、あれを連れて行くのは……! 城壁に甚大な被害を及ぼす可能性が……!」
「領城の人に、なんとかしてもらおう」
「他力本願ですか!?」
ラチェットの情けない声を聞いている間にも、ポクポク、シャラシャラとリズムゲームは続いている。
辺境伯までもう少し。
私は声が枯れそうになるまで必死に、聞こえてくる音を頼りに攻撃を避け続けた。
「見えてきました! あれがモントーネ辺境伯の領城です!」
ラチェットに促されなくとも、前を向いていればすぐにわかることだ。
私がほっと一息つけば、脳内のテキストウィンドウには光り輝く文字が踊る。
『緊急ミッションクリア! エルミーヌは緊急回避レベルが1上がった!』
――だから、なんなの?
説明なしにレベルがどうこういわれても、簡単には受け入れられない。
私が眉を顰めながらじっと辺境伯のメインシンボルとなる城を眺めていれば、空高く上がっていた跳ね橋がゆっくりと降ろされる。
「姉さん!」
「――エド……」
「早く!」
空飛ぶ手紙は無事に、弟の元へ届けられたようだ。
まさか魔獣のおまけがついてくるなど思いもしなかったエドアーノは、普段であれば滅多に出さない大声を上げながら、跳ね橋をもっと早くに下ろせないかと辺境伯領地で働いている聖騎士に迫っている。
「橋は下ろしますが、すぐには上がりません!」
「応援を呼ぶんだ!」
「間に合いません! ここに常駐している人数だけでの迎撃は不可かと……!」
――魔法騎士を待機させろと命じておけば、魔獣に撲殺される危機からすぐにでも脱せたのに。
何よりも、辺境伯の聖騎士は橋を下ろすことであれが侵入してくるのを恐れているようだった。
「お嬢様。手綱をしっかりと握ってください」
「マストンド卿。何を……」
「エドアーノ様と合流されるまでは、何があっても離してはなりません。よろしいですね」
「それは……」
「お嬢様は、モントーネ辺境伯令息の元へ向かってください。ご武運を、お祈り申し上げております」
「魔法の使えないあなたじゃ!」
「では。またいずれ……お会いいたしましょう」
私にしっかりと両手で手綱を握らせたラチェットは腰につけていた鞘から剣を引き抜くと、魔獣の侵入を防ぐために勢いよく馬から飛び降りた。
急に軽くなったせいか、馬が困惑している。
彼の助けになりたいのは山々だけど、テルセート公爵領を抜け出してここまでやってきたのは瀕死の重傷を負って動けなくなったと思われる婚約者を助けるためだ。
ラチェットのことは、尊い犠牲だと思って割り切ったほうがいい。
「お願い! このまま進んで……!」
「ヒヒーン!」
祈りに応えた聖騎士の愛馬は、下がりきった跳ね橋の上をパカパカと疾走して領城内に駆け込む。
「魔獣だ!」
「誰か入ってきたぞ!?」
出入り口のすぐそばにある広場には、魔法騎士が何事かとこちらの様子を窺っている。
「第三小隊は突撃せよ!」
いち早く危機を悟った隊長らしき男性のかけ声により、私の真横を聖騎士の小隊が進軍して行った。
彼らはきっと、ラチェットの力になってくれるだろう。
跳ね橋が上昇し始める音を聞きながら、まっすぐに疾走し続ける馬を止めるために私は声を張り上げた。
「止まって!」
手綱を目いっぱい引けば、馬は前足2本を大きく後方へ仰け反らせて停止するが――傾斜のついた状態で手綱を持ち続けることができず、ズルリと紐から指を離してしまう。
――あ、落ちる。
頭を強く打ちつけて死ぬかもしれないと、危機を悟った時のことだった。
「姉さん!」
私の無事を確認した弟が下敷きになってくれたおかげで、どうにか難を逃れる。
このまま身体の弱いエドアーノを押しつぶしていたら、大変なことになってしまう。
慌てて横に退いてから向かい合わせになれば、エドは私の両肩を掴んで声を張り上げた。
「どうして……!」
「ディナルドの所に行かなくちゃ」
「兄さんは……!」
弟は口ごもると、苦しそうに唇を噛み締めてから視線を逸らした。
今から助けに向かっても、無意味だといいたいのだろう。
――けれど。
誰になんといわれようとも、歩みを止めるつもりはない。
「危険なんだ! あのあたりには魔獣がうじゃうじゃいて……!」
「問題ない」
「だけど……!」
「私には、聖女エステラムの加護がある」
ドヤ顔で告げれば、エドアーノは目を丸くして両手を離す。
その隙を逃すことなく踵を返すと、私は急いでディナルドが倒れ伏しているであろう場所を目指した。




