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救出作戦開始!

「勝利の女神と、聖女エステラムのお言葉を代弁する娘、か……」


 アイオハルム公爵が崇める勝利の女神と、聖女エステラムを騙る私。

 女神の名を口にしたお父様は、何を考えているのだろうか……。


 ――今は父を気にしている場合ではない。

 大事なのは、彼よりもディナルドの生死だ。


 あの人の命がすでに亡きものになっているとしたら、六年後嫉妬に狂って少女漫画の主人公に意地悪をした結果、処刑されることはないかもしれないが……。

 エルミーヌにとって彼は唯一無二の愛しい婚約者様ですもの。


 今すぐ助けたいと思うのは、おかしなことではないわ。


 ――どこかで倒れ伏しているだけなら、今すぐ迎えに行けば間に合うかもしれない。


「この局面で、死なれたら困るな……」

「お嬢様?」


 礼拝堂を出て立ち止まれば、小さな声で紡いだ言葉を拾ったラチェットが不思議そうな声で私を呼ぶ。


「あなたは、聖騎士ランジェット・マストンド」

「はっ。そうであります!」

「私は、エルミーヌ・テルセート……」


 ――自らの名を呼ぶと、不思議なことが起きた。

 頭の中に、地図が浮かび上がったのだ。


 日本地図よりも世界地図と呼ぶにふさわしきその映像の右側には、大きな西洋の城が描かれており、私達の名前が記されている。


「何、これ……」


 頭を抑えて呆然と呟けば――その問いかけに答えるかのように、中央に描かれた城の上に真っ赤な! マークが現れた。

 やがてそれはチカチカと点滅し、危機を知らせる。


『緊急ミッション発令中! ディナルド・モントーネ辺境伯令息を助けろ!』


 まるでPRGのゲームをプレイしているかのようなテキストウィンドウを頭の中に思い浮かべた私は、これがなんであるかを理解するまで長い時間がかかってしまった。


 ――私が転生したのは少女漫画ではなく、ゲームの世界だったなんて……そんなまさか。あり得ないよね?


 半信半疑になりながらも頭の中に思い描かれたマップを凝視していた私は、あることに気づく。


「右側の城が……」

「お嬢様!? お加減が優れないのですか!?」


 私はゆっくりと顔を上げ、遠くに見える本城と見張り塔を眺める。

 私達の名前が記載されている横に描かれているのは、テルセート公爵家の領城だった。


 ――なら、! マークが表示されているのは……。


 四方八方どこからでも攻め込まれる可能性がある中央の城は、モントーネ辺境伯の領地だ。


「ディルナルドは、どこにいるの……」


 その呟きに応えるようにして、ピカピカと光り輝いていた! マークは中央に表示されなくなり、地図がグイッと自動的に大きく拡大されて表示された。


 ――日本で言う所の、WEB上で自由に拡大縮小が可能な住宅地図のようなものだろうか。


 頭の中で地図が表示されるのは、エルミーヌとしての記憶を思い出してから日が浅い私にとっては喜ばしい機能ではあるが……なんだか不気味だ。

 到底受け入れられるものではなかったけれど……。


 剣と魔法の世界では、何が起こってもおかしくはない。

 そう割り切らなければ、ここではやっていけないわよね。


 そう考えた私は細かいことは目を瞑り、地図が示す光景を見つめる。


『特定不能。情報が足りません』


 地図の拡大は、辺境伯の城壁を映して止まってしまった。

 やはり、行方不明になったと言う情報だけでは特定に至れないものらしい。


 ――せめて、写真の一枚さえあれば……。


 その願いを叶えるかのように、私の元へひらひらとペラペラの紙が空から舞い降りる。


「お嬢様! 危険です!」


 なんだろうと訝しげな視線を向ければ、警告を告げたラチェットが腰元につけた鞘から剣を引き抜き、空飛ぶ手紙を斬り伏せようとした。


 ――空を舞う紙切れに、そんな大袈裟な。


 聖騎士の振るった剣先がそれに触れた瞬間バチバチと稲妻が迸ったことにより、私は自身の平和ボケした判断が間違っていたことを知る。


「ふぬぬ……!」


 空中に漂う封筒は、特殊な魔法の加護を受けているらしい。

 ラチェットが叩き斬ろうとしても、強固な結界に阻まれ金属音が鳴るだけでなかなか消滅させられなかった。


「攻撃をやめて」


 彼を挑発するようにくるりと回転した空飛ぶ羊洋紙を観察していれば、あることに気づく。

 封として貼りつけられた刻印が、少女漫画で何度か登場していたことを思い出したのだ。

 あれは確か……。

 ジルヴィスがエルミーヌに向けて送って来たものに、いつもつけられていた紋章じゃない!


「は……っ!」


 主の命令を受けたラチェットは剣を鞘に納め、休めのポーズでその場に留まる。

 やっと邪魔するものがいなくなったと安心したように、ふわふわと宙に浮かぶ紙は私の元までやってきた。


 ――爆発したりはしないよね……。


 内心戦々恐々としながらも、逸る気持ちを押さえつけながら、どうにか平常心を保ちそれに触れる。

 すると、封筒から折り畳まれた便箋が封を切る前から勝手に飛び出て出てきた。

 紙にはところどころ血痕が付着しており、乱雑な字で一言だけ文字が綴られている。


『愛するエルへ』


 ――あの人は私に、何を伝えたかったの? 


 死を悟ったことで、遺言代わりに愛を伝えたかったのだとしたら、黙って受け取るほど私が弱い人間ではないことを知るべきだ。


 ――馬鹿にして……。


 身体の奥底から湧き上がる怒りの感情に身を委ねれば、便箋を握りしめた手から放たれた眩い光に包まれると同時にある光景が頭の中に描かれる。

 それは血まみれで荒野に倒れ伏すディナルドの姿で――。


 ――この映像さえあれば、特定できそう。


 一見なんの変哲もないように見えるが、彼は特徴的な形をした岩を背にしている。


 ――この岩は、見覚えがある。


 作中でアイオハルム公爵を討ち取った際に、主人公と謎の少年が身を隠していた場面に描写されていた。


 場所は確か、モントーネ辺境伯とアイオハルム公爵領の領堺だと描写されていたはず……。


 ――つまり、このあたり。


 辺境伯は右半分が公爵領と隣接している。

 範囲は広いが、特徴的な岩がある場所は一つしかない。

 地図を拡大しながら航空写真を頼りに下から上ヘと目視で確認すると、ディナルドが倒れ伏していた手紙の映像とまったく同じ光景が映し出された。


「マストンド卿」


 居場所さえ特定できたなら、こちらのものだ。


 あとはどうにかして、この場所へ向かえばいい。

 そう考えた私は、困惑した様子を見せる聖騎士に声をかける。


 ――彼に目をつけて、本当によかった。


 使えるものは使う。

 それは傲慢な振る舞いが板についていた悪役令嬢に転生しなくたって、当然のことだと思うから。

 私は婚約者を助ける為に、聖騎士へ願う。


「領城を出る。私の護衛騎士になって」

「……私が、お嬢様の……?」

「あなたは今から私の護衛騎士。瀕死のディナルドを助け出すため、辺境伯の領境に向かう」

「いえ、しかし……」

「協力してくれないのなら、一人で向かうからいいよ」

「き、危険です!」


 ラチェットは戸惑っているが、駄目押しすれば態度を変えた。

 公爵家の令嬢がお供も連れずに一人で歩いていればどうなるか、想像できないほど頭は悪くないようだ。


「あなたに、拒否権はない」

「……承知いたしました。我が主」


 彼は渋々その場に膝をつくと、胸の前に手を置いて忠誠を誓った。


 そうして私達はエルミーヌ公爵家の領城を出て、ディナルドを助け出すために行動を開始した。

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