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騎士を仲間に引き入れて

 ――さて……。


 放置されていたテーブルセットの足を部屋の隅に移動してから、パンパンと手を叩く。

 エルミーヌは普段、この場所で本を読んだり刺繍を挿しながら時間を潰していたけれど……今の私には呑気にご令嬢らしい生活を謳歌する時間はない。


 ――婚約は、王命の下に結ばれている。


 破棄をしたいと皇帝に直談判するのは、現実的ではないでしょうね。

 この時代は女性の立場がとても弱い。

 何よりも優先されるべきは、戦場で戦果を上げる男性騎士なのだから。

 待遇を改善しろと騒いだ所で、どうにもならない。


 子どもの私ができることがあるとすれば、一つしかないわ。

 それは……。

 公爵家の当主である父に、自分の意志をはっきり伝えること。


 ただ、一筋縄では行かないのよね。

 エルミーヌの父親は娘が会いたいと申し出た所で、気軽に会話ができるような相手ではないから。


 ――尻込みしている時間はない。


 早くしなければ侍女たちが戻ってきてしまうわ。

 焦った私は、小さくドアを開けて顔だけを出す。

 あたりを見渡し、廊下に人の気配がないことを確認してから急ぎ足でケナメーテを出ると書斎を目指す。


「お、お嬢様?」


 ガショガショと鎖帷子や鎧が腰元につけた剣と擦れる音を聞いて咄嗟に隠れたけれど、私に声をかけて来た人物は手練の騎士だ。

 呼びかけられた後に姿を消したって、なんの意味もない。

 男性は私を視界に捉えると、目を見開く。

 顔には、なんで公爵令嬢が侍女を連れずに一人でうろついているんだと書いてあった。


 ――ちょうどいいわ! 


 ここで出会ったのも何かの縁。

 私は思い切って、名前も知らない騎士を仲間に引き入れることにした。


「あなた、暇でしょ」

「い、いえ……職務中ですが……」

「お父様の所に案内して」


 何を言っているかさっぱり理解できない。

 そう称するのが、一番適しているだろうか。

 彼は無言で足を止めると、私を不安そうに見下した。


「これは命令」

「し、しかし……」

「目の前にいる私を優先するべきでしょ」

「職務に忠実であることは、騎士の誉れ……」

「女子どもに優しくするのだって、立派な騎士道精神」

「……なぜ、それを……」


 騎士でもない私の口からそうした言葉が出てくるとは思いもしなかったのだろう。

 彼は迷っている。


「ディナルドが言ってた」

「モントーネ卿が……?」


 その言葉は、瀬戸留美の記憶を思い出した私に告げられた言葉ではなかったけど。

 あいつはかつて、無条件で注がれ続ける愛に疑問を投げかけたエルミーヌを煙に巻いたのだ。


『これは騎士道精神に準じた行いだ。疑問に思うことはねぇ。黙って愛されてろ』


 今にして思えば、その言葉は到底受け入れられるものではなかった。

 だけど――愛に飢えていた当時の私は、彼の思惑を受け入れてしまったのだ。


 その経験は、思わぬ所で有効活用される。

 困惑していた騎士の態度が変化したのは、それからすぐのことだった。


「……承知いたしました。聖騎士ランジェット・マストンド。お嬢様を公爵の元へお連れいたします」

「よろしく」


 恭しく頭を垂れる男は、私の返答を耳にしてからキビキビと両手足を動かしてお父様の元へ案内してくれる。


 ――彼が歩みを進めた場所は、本館を出て五分とかからない場所に隣接している礼拝堂だった。


 お父様はここで、神に祈りを捧げているらしい。


 教会といえば、七色に輝くステンドグラスをイメージするけれど……。

 我が領城に設置された祈祷所には、そうしたきらびやかな装飾は施されていなかった。


「お嬢様、どうぞ」

「ありがとう」


 出入り口の扉を豪快に開け放って貰った私は、一言お礼を告げてから中へと歩みを進める。


 館内は白を基調とした清潔感溢れる内装で、燭台や女神像らしき彫刻の展示、右端に置かれたグランドピアノが印象的だった。


 神に祈りを捧げる場所が神聖さを前面に押し出す為に、純白をイメージした色で彩られるのはどの世界でも共通なのね。


 私が物珍しそうな目線を巡らせていると、女神像の前に跪いていた男が振り返った。


「何事だ」

「閣下! 聖騎士ランジェット・マストンドが、お嬢様をお連れいたしました!」

「……なんだと」


 敬礼をした聖騎士は、年配の男性に大きな声で宣言する。

 低い声で返答した彼は、右手を胸の前に置いて女神像に祈りを捧げるのをやめると、こちらを訝しげに見つめた。


 ――あれが、私のお父様。


 藍色の髪とヘーゼルの瞳が厳格そうな印象を与える人物の名は、ドエルス・テルセート。

 我が公爵家の当主だ。


 弟の前では鋭い目つきが優しく綻ぶこともあるが、私を前にした際の態度はまさしく塩対応と呼ぶに相応しい。

 彼に愛されていたのは、エドが生まれる前のわずかな時間だけ。

 父は跡取りとしての利用価値がない私になど、興味はない


 辺境伯との繋がりをより強固なものにするための駒としてしか、認識されていないのだ。


 そんな父親と言葉を交わすことを、エルミーヌは拒んでいた。


『お父様に、わたくしの言葉など届きませんわ。あの方は、エドとお母様しか家族として認めていませんもの……』


 諦めにも似た感情を吐露したエルミーヌを優しく抱きしめたディナルドの姿を思い出した私は、彼女には心の隙間が多すぎると内心悪態をついていた。


 ――弱いからこそ、食いものにされる。


 エルミーヌは自身が頂点に立つものであると信じて疑っていなかったようだけれど、それはとんでもない勘違いだ。


 その油断が命取りとなり、婚約者にいいように転がされて処刑されてしまった……。

 私は原作で描かれていたエピソードを反面教師に生きていかなければならないと感じている。


 ――無理だと、始まる前から諦めるのは簡単だ。


 彼女はそれが過ちであることに気づいていたが、自分で考えて行動するよりもディナルドに依存して生きる方が楽だと知ってしまい、婚約者に人生を預けてしまっていた。

 その結果、命を落とすことになるなど知りもせずに……。


 ――私はあの子のようにはならない。


 必ず原作に抗い、幸せを掴み取ってみせる! 


 そう決意を新たにした私は、関わり合いになりたくない父親へ戦いを挑んだ。

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