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トラックが突っ込んできたら

 今日発売の新刊、“ミストラルの密約”4巻を無事に本屋で購入した私は、内容を今すぐこの場で確認したい衝動を抑えきれなかった。


 悪役令嬢として名を馳せるエルミーヌ・テルセートと、その婚約者で騎士団長のディナルド・モントーネの出会いが語られる、重要な回が収録されていたからだ。


 彼女は作中、主人公のクレマリア・スカレステを目障りな蝿呼ばわりして叩き潰そうとしてくる公爵令嬢で、全方向に喧嘩を売っていた。

 ファン達からも死を望まれていた少女が、なぜ悪女と呼ばれるようになったのか――。


 先んじて本誌に連載されていた話を確認したファンからくだらないと一蹴されていたエピソードを読むのを、私はずっと楽しみにしていた。


 ――そうだ。喫茶店で、ざっと内容を確認してから帰ろう。


 そう考えて近くのコーヒーショップに入り注文を済ませた私は、自分好みにカスタマイズされたドリンクを手に持ちカウンター席に陣取る。


 キャラメルマキアートフラペチーノ、無脂肪乳はちみつ入り。


 暖かいキャラメルマキアートの上に乗せられた山盛りのホイップクリームは、仕事で疲れた身体を癒してくれる。

 私は一口含んで落ち着いてから、居ても立っても居られずに漫画本のシュリンクを破って漫画本を開く。


『辺境伯で暮らしている、ディナルド・モントーネだ。よろしくな? お嬢ちゃん』

『公爵家の、エルミーヌ・テルセートですわ』


 一ページ目から回想で始まった場面を目にして、私は瞳を輝かせた。


 ――二人の出会いは、12歳と14歳の時。

 騎士団長は明らかに作り笑いだとわかる薄っぺらい表情で手を差し伸べ、彼女は無表情でカーテシーを披露した。


 お互いに自分しか信じられない環境で育ってきた二人は言葉を重ねるごとに心を通わせ、瞬く間に打ち解ける。


『ディルお兄様』

『エル』


 愛称で呼び合う関係になるのも、随分と早かったようだ。

 許嫁からあっと言う間に婚約者となったエルミーネは、うわ言のように呟く。


『早くお兄様と、結ばれたいわ』


 その何気ない一言が悪役令嬢と呼ばれる原因を生み出し、破滅へ向かうことになるとは知りもせずに……。


『オレ達の結婚を、よく思っていない奴らがいるみたいだぜ』

『わたくし達は、結ばれてはいけないの?』

『まさか。邪魔な奴らは、オレ達の手で始末すればいいんだ』


 いずれ騎士団長となる婚約者の提案に、彼女は目を丸くした。

 唯我独尊な少女は普段他人から指示されることを嫌っていたが、愛する人の言葉であれば、二つ返事で了承してしまう。


『ディルお兄様がそう言うなら……。あなたと結ばれるために、やってみますわ! わたくしは、誰を始末すればいいんですの?』

『ああ。心配はいらねぇよ。オレが手取り足取り、教えてやるからな……』


 ディナルドの笑みを見た私は、ここがコーヒーショップのカウンター席だと言うことも忘れて、叫び出してしまいそうになった。


 ――諸悪の根源は、そっちなの!?


 悪役令嬢と名高いエルミーヌ・テルセート公爵令嬢は、4巻の時点ですでにこの世にはいない。


 数々の罪を償うために、処刑されてしまったからだ。


 現在彼女は婚約者であるディナルドに取り憑き、死してなおも悪行の限りを尽くす悪霊として描写されている。


 彼女を助けられなかった後悔の念に駆られ、心を痛めた騎士団長が過去を回想しているのが、今読んでいる漫画の該当ページなのだけれど……。


 ――悪役令嬢に邪魔な人間を始末しろと命じたのは、騎士団長の方じゃない。

 断罪されるべきは、彼でしょう!


 私の心は、怒りに支配された。

 幼少期のエルミーヌは今の所、いずれ年頃の娘に成長すれば悪役令嬢と呼ばれるようになるとは思えぬほど可憐で控えめな容姿の少女にしか見えない。



 ディルナルドお兄様が大好きな、純粋無垢で可憐な天使。

 そんなエルミーネを穢した男――そいつは一人だけ処刑を免れ、主人公に寝返ってしまった。


 ――彼は、どんな未来を思い描いていたのかしら。


 邪魔者を始末しようと提案したのは、騎士団長の方からだ。

 彼女は彼と愛し合うために邪魔者を始末し続け、悲劇の結末へ向かって邁進する。


 ――愛し合うためにと嘘をついて、犯罪者に仕立て上げた理由は何? 


 本当にエルミーヌを愛していたのであれば、庇う素振りくらいは見せるだろう。

 けれど彼は、彼女を見捨てて主人公を愛してしまった。


 ――ディルナルドはなんのために甘い言葉を囁いたの……? 


 ページを読み進めれば、その答えが記載されているのかもしれない。

 けれど……今まで当たり前に信じていた事実が覆されるこのエピソードは、心臓に悪いとしか言いようがなかった。


 ――くだらない真相だったら、買ったばかりの本を破り捨ててしまいそうだわ。


 やはり、どれだけ叫んでも迷惑にならない場所で読み進めた方がいいだろう。

 そう考えた私が漫画本に栞を挟んでから閉じ、カウンター席から立ち上がろうとした時だった。


 プップー! 


 けたたましいクラクションとブレーキ音に何事かと顔を上げた瞬間には、目の前の窓ガラスに横転したトラックが勢いよくこちらに突っ込んできた所で――。


 ガシャン! 


 けたたましい音とともに透明な破片が粉々に砕け散り、飛び散る。

 目に入らないように顔を腕で覆ったけれど、トラックの車体は防ぎようがなくて――。


 ――あ。これは死んだわ……。


 そう確信した瞬間、私の意識は薄れた。

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