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騎士になった男が来た日 前編

もう1人の聖女の騎士が勇者育成所へ侵入し調査している日の話です!

「バリアが、でき…、ました。」


「「すげぇ。」」


 勇者育成所のグラウンドで、か細い茶髪の男の子をガタイや背丈がある男の子達が囲んでいる。


 茶髪で黒目の彼が、今回俺が観察する対象となる技術科の生徒だ。


 彼は30cmほどの装置をグラウンドの中央付近に置き、起動させる。


 あたりが明るくなるような、まばゆい人工的な青い光のドーム状のものが現れ、思わず「「おぉ!!!」」と声を上げて見ている生徒も多々いるほどだった。


「でもっ、このデカさでは!!」


 想定していたより大きな声を出した茶髪の男の子は、目の前のバリアらしき物を悔しげに拳で殴りつける。


 ドオンと鈍い音がして、バリアらしき物全体を揺らしたその打撃は、あの細身からでたとは思えないほどのもので、音からも拳の出し方からもかなり重い一撃だったことがわかものだ。


「クソが!!しかも耐久性が本来のバリアとまったく程遠い!!こんなの、魔物たちの総攻撃に30分耐えられるのが限界だ!!」


 あのくらいの歳の男の子にしては高めの、透明感のあるが耳をキンとさせない不思議と不快感を持たない声は、拳と同じくらいの本気の怒りと悔しさを滲ませているのが伝わってくる。


そんな彼に「何が足りねぇんだよ。」と聞いたのは、国に“魔王に傷を負わせた勇者”だと注目されている青年だ。


 美しい金髪と、この地特有の青い瞳の青年は、身長も高く、まるでおとぎ話の王子の様で、現実でそこまで強いのか疑問に思う。


 それこそ、彼の隣にいる銀髪の青年の方がガタイもよく、打撃力がありそうに見えた。


 ただ、資料によれば金髪の青年は彼らどころか、国の最高峰である精鋭たちを育成している勇者科の生徒達の中で一番強いということだった。


 そして、その金髪の青年を“勇者”だと言ってサポートをし続けている幼馴染が、あの茶髪の男の子であるらしい。


 金髪の青年の問いかけに、「動力!!!!」と怒りを混ぜた大きな返事を返した彼は、ザワザワと集まってくる勇者科の生徒達なんて見えていないようだ。


「普通にすげぇけどなぁ。魔王が本気出してきたら民家とか多分5分と持たねぇし。」


「だべぇ~。」


 銀髪の青年と、彼に寄り添うように優しげに寄り添う様に話しかけた濃すぎる紫髮の青年は、ザワザワと憶測や嫌味を投げかける他の生徒から壁になるように擁護する言葉を投げかける。だが、それすら聞こえているのか怪しいほど、彼はバリアをきつく睨んだままだ。


 その瞳の鋭さは、左目の下のほくろのせいか妻の姉によく似ている気がしてしまう。


 その瞳の色が、忘れもしない“王”と同じ漆黒であることも相まっているのだろうか。


 だが、だとしたら


 彼が、“勇者”のそばにいるわけがない。


「イーラはどうしてぇの。」


 イーラと呼ばれた茶髪の彼は、本名はライラのはずだ。


 どうやら“イーラ”とは、幼馴染だけが呼んでいる愛称の様だが、逆に彼から金髪の青年への愛称はない。


 それこそ、愛称が“勇者”でもおかしくはないほど、幼少期から金髪の青年“ニケ”を勇者だと言い続けてきたことは、少し調べるだけで分かるほどだった。


「まず、本当に30分耐えきれるか魔物の攻撃に耐えさせてデータを取る。」


 そう言ってバリアを睨んだままだ呟く“イーラ”は、真剣そのものだ。


 この国で、バリアを作ろうなんて考える人達は稀だ。作り上げたのすら、彼しかいない。


 魔王という人類にない強大な力を持った敵が攻めてくるかもしれないのに、何故彼のように守り抜くための装置や施設を発展させることが遅れているのか…


 それは、聖女スズのバリアを神格化させ、絶対的な信仰を持たせたからだ。


 だが、実際はスズの力は消えてしまっている。


 息子であるコルトキノスには受け継がれているので、スズの力が息子へ受け渡されたと言った方が正しいが、それは国に生涯発表されることはないだろう。


 人類は、心が弱い。


 神の愛し子だと信じている聖女の力が無くなったとなれば、いくら息子に受け継がせたと公表したとしても、マイナスな憶測は止まることはないだろうし、最悪自暴自棄で暴走し始める暴徒達が現れる。


 弱い奴らの方が、暴徒に成り下がるし、そいつらが大罪を平気で犯す。


 俺は、フラッシュバックの様に思い出しそうになる光景を、あの強い射抜くような茶色の眼差しを思い出すことで消し去った。


 彼女の“夫”が、妻が出産したことで“護る”事をやめたのだとしても、俺の使命は変わらない。


「耐えきったら、バリアの範囲を広げられるよう改良したい。もちろん、強度を下げずに広げたいし、耐久時間を上げるために他の動力をどうにかつけますかそれに耐えうるエンジンを作って…。」


 誰に聞かせるわけでもなく、説明的な独り言を早口で話しながら、殴っていた拳をゆっくりと降ろしし、彼は目線をバリアから外さないまま空に飛んでいた小型のドローンを呼び寄せる。


 あのドローンが、魔物でなく完全に機械でできたものであるかは後で調べるつもりだが、ほぼ機械である確信があった。


「でも、コストは抑えたいし、設置できる場所の条件も狭めたくないし、あまり場所を取らなくて、すぐ修理できる複雑すぎない作りにしたまま、あとは大きさもできるだけ小さく」


 ドローンがブアンと光を照射し、報告を受けていたようにホログラムの画面が映し出される。キーボードなんてものはないのに、彼が手を動かすとカタカタカタと音を立て、まるで透明なキーボードがあるかのようだ。


 画面には、バリアを発動させている仕組みが前面に数式から設計まで全て映し出されてしまっていて、隠す気はない。勇者科の生徒が見ても分からないと高を括っている可能性も捨てきれないが、このバリアを普及させ、多くの人類に作らせることで、魔王戦の最中になにか細工が発動する仕組みになっている可能性も考えてしまう。


 俺は、持ってきている映像機にその映像もしっかりと撮影できていることを確認する。


 一瞬、勇者がこちらをみた気がしたが、敵意も探る様子もなく直ぐ視線を戻したし、“イーラ”の方は俺に気がつく素振りすらない。


「こーちゃん、コレ見て意味わかる?」


「まっっっったく。やっぱ、ライラと技科の力も人類の勝利に必要不可欠だわ。」


「だよねぇ……。」


 銀髪と紫髮の彼らが、浮かび上がる画面を見て小首を傾げている。


 その会話は、人類の勝利に前向きなもので、本来喜ぶべきものだったが、魔王の脅威を知っている俺は彼らのように純粋に明るい未来を描く希望は見ることができないでいた。


「まかみさん当たりが、絶対これ以上のものを作ってるか、作り終わってる。だとすると、俺はまったく別の方向性に向かわせないと」


「ライラ君、マスクつけとこね?」


 技術の生徒が優しく話しかけ、もう一人が彼にマスクをつける。


 話しかけた生徒も茶髪だが、濃い色合いと硬そうな髪質は“イーラ”とは全く異なる色に見えてしまうほど印象が違うものだ。


 彼も、もう1人のピンク髪の生徒も、国が重要視している“今世紀1の天才”のそばにいることを許されている生徒で、彼ら自身も優秀である。


 そんな彼らがマスクをつけたなら、なにかマスクに意味があるのだろうと思ったが、見た目だけでは分からない。


 マスクをつけられても全く抵抗もしない“イーラ”にとっては日常なのかもしれないので、余計になにか意味がありそうであるが、つけられたマスクが技術科らしいものではなく、何やらファンシーな見た目の布製のものだ。


 なんなら、男の子に付けるには不釣り合いのものだった。


「なんでだよ。」と聞いたのは、俺ではなく勇者の方なので、日常ではないのか?とまた疑問が増える。


「全部聞かせるとパクる人もいるんだよね…。」


「隠す気あらへんけどねぇ。せめて心の中だけでも隠させてあげないかん気がすんのよ。」


「やっぱり、このPCも正面以外は見えないようにとかするべきだよね。」


 ファンシーなマスクをすると、心の中が隠せるとはどんな理屈なのか。それを知ることはここからではできそうにない。


 そばにいる銀髪の生徒達はやはり不思議なのか、マスクを見ながら感心したような視線を送っていた。


「いい先輩いて良かったわ……。」


「そうだよぉ〜。」



「すげーな、この完全防音のマスクも。」


「普通のマスクなんだけどね。」


「「普通のマスクなの!?」」


 どう見ても“普通のマスク”ではないそのマスクは、彼ら曰くピンク髪の生徒が布で作っただけのものらしい。彼自身も派手な黒と何か金属の飾りがついた変わったマスクをつけているし、それも自作らしいが、だとしたら何故それを“イーラ”に付けるか必要があるのかと、何故同じ黒のマスクではなくファンシーな女子が好みそうなものなのかの疑問は晴れない。


「プラシーボ的なやつって言うか、ライラ君が素直すぎて、マスクつけたら喋らないって自己暗示かけれてるんだよ。」


「ほぼ完璧な自己暗示なんて、少し不安くらいやけどなぁ。」


 マスクをつける理由だけは聞くことができたが、それはとても信じられるものではなかった。


 だが、その疑問を深める前に「あー!!」と聞き馴染みがある声がして、反射的に身構えた。


「今日は皆で外にいてくれてるんだね!!」


 現れたもう1人の騎士は、仕事中では見ることの出来ない穏やかな顔で勇者達に近づく。


 強さと威圧感を完全に隠し切り、警戒心を抱かせない彼にいつもだが感心する。


 彼のあの一面も、スズの騎士に選ばれた理由であるのかもしれないと思うほど、彼はどの能力も人並みから外れて高いものだった。


 そんな彼に、まるで気がついてすらいないほどパソコンを打つことに夢中な“イーラ”は、先程似ていると思った人物とは真逆の警戒心のなさだ。強さゆえにおごっているわけでも、聖女の騎士だから信頼しているわけでもなさそうで、本当に周りが見れていないその姿が、筋が良くても勇者科に入れない理由である気がした。


「あれ?マスクなんて、ライラ風邪でも引いちゃった?」


 そのハリアモンドさんの問いかけにも、やはり“イーラ”は視線すらよこすことなく、答えたのは隣にいる勇者と言われる幼馴染“ニケ”だ。


「集中してると、頭の中のこと無意識で全部喋るからマスクで止めてる。」


 その言葉を鵜呑みにしたわけではないのに、むやみに否定することのないハリアモンドさんは、頑張ってるねと褒めながら視線をバリアと言われているに向ける。


「コレ、本当にライラ達が?」


 ハリアモンドさんが、ゆっくりとその光のドームに触れる。ホログラムと違い、しっかりと彼の手を受け止めているところだけを見ると、本当に壁の役割は担っているのだろうが、まだその強度は分からない。


 見た目だけで言うなら、スズの使っていたバリアと違う。


 人工的に作り出すことが出来ないと、見ただけで分かる淡い緑色の美しい光のバリアと、今ハリアモンドさんが触っている青く光り波打つような揺れを確認できるバリアとは、触らなくても分かるほど異なるものだった。


「ほとんどライラ君だよ。」


 そうハリアモンドさんの問いに答えたピンク髪の生徒に、「お前らにかなり助けられたって言ってたぞ。」とフォローの様な言葉を告げるニケに意外だなと感想を抱いてしまいすぐに取り消す。


 俺は、客観的に見定めなくてはいけない。


「コレ、俺が強度を試してもいいの?」


「いい。どのみち、ハリーさんの攻撃にも30分耐えれないと、魔物で試す前の段階だと思う。」



 ハリアモンドさんが“イーラ”に問いかけたのに、また答えたのはニケだった。


「俺らもやるぞ。」 と腰の剣を抜く。それを合図にするかのように、目線すら合わせなかった銀髪の青年達が構えた。


「え?一言ライラに了承を取らないと。」


「どうせ、俺が戦い始めたらアレで戦いを確認してデータ取り始める。」


「…そうだね。」


 ハリアモンドさんも、背負っている刀を抜く。


 ハリアモンドさんの刀も、彼の強さを損ねないために余計なものを全て省いているシンプルなものだが、勇者の剣も予想以上にシンプルなものだった。


 だからこそ、唯一の装飾である宝石の様なものが目につく。


 黄金の石は、大きさも小さく光の反射も派手なものではない。報告書に琥珀だと記載されていたが納得するものだった。


 琥珀の石言葉は“長寿”や“繁栄”であることから、昔から“幸福の石”として愛されてきた歴史があり、人工で作ることも難しくないこともあって、それを剣の装飾に使うことにも違和感はない。


 あるとすれば、代表的な石言葉が“大きな愛”でもあり、結婚十年目に伴侶へ贈るも国が存在した石であることだ。


 いや、そんな昔のことをこの国しか知らない16歳の子が知らない可能性の方が高い。


 それに、もしニケが“本当に勇者”ならば、幼馴染“イーラ”とそういった関係である方が、幸福と言えるのかもしれない。


「人類最強でも壊せないバリアが、最低限だよね。」


 そのハリアモンドさんの言葉は、簡単なことではないことは俺がよく分かっていた。


 だが、そうでなければ人類の大半が死ぬことになるからこそ、彼の言葉は限りなく覆らない真実である。


 スズがこの国にいるからなのか、最後の最後まで“諸悪の根源”へ恐怖と苦痛を与えるためなのか……………、本当に魔王の息子であるのか、20年ぶりにこの国に攻めてきた魔王の攻撃は緩やかなものだ。


 死者だって、一人も出ていない。


 戦いに備えて生きてきたが、最悪の想定はしていたし、それは外れていると言ってよかった。


「俺も!!」


 ガキンと軽めの音を立て、勇者科の中でかなり若い子がバリアを攻撃し始める。続くように彼の仲間らしき青年達も攻撃を始め、ドローンと“イーラ”はそれを観察し、何やらデータ化してパソコンで計算し続けていた。




 バキュゥンという激しく長めな音を立て、バリアの装置が煙を上げながら壊れた時には、何人もの生徒がそのバリアの硬さに納得していた時だった。


 だからこそ、装置が壊れた時の驚きは大きなものだった者が多い。


「28分だと!?」


 元々、永遠に作動するとは思っていなかったらしい“イーラ”は、それでも自分がめあすとしていた時間を切っていたことに、思わずマスクを下げ大きな声を上げた。


「どこだ!?何がどう2分以上も早めたんだよ!!」


 ばっと、飛びかかるように煙を上げ続ける装置へ躊躇なく伸ばされたその腕を、バシッと音がなるほど俊敏にしっかりと掴んだのは、気が付かぬほど早く動いていたニケだった。


「馬鹿野郎!!」


 腕を掴まれたままそう叫んだニケの顔は、焦りや不安を隠しきれないものだ。


「素手で触ろうとしてんじゃねぇ!!」


 そんなニケに対して、自分の行動が悪かったとすぐ理解した“イーラ”は「……はい。すいません………。」とニケにしか聞こえなくてもおかしくないほどの、消え入りそうな小声で謝る。


「焦る気持ちもわかるけどね。」


 優しく“イーラ”を擁護するハリアモンドさんは、彼を励ます目的で頭部を撫でようと手を差し出すが、「触んな。」と当然のようにニケに阻まれる。


 その声のトーンや目つきから、彼が幼馴染へ恋慕を募らせている可能性が高い気がしたが、逆に“イーラ”の方は装置の事で頭がいっぱいなのが見て取れるので、それを分かっていて邪魔させないために護っている可能性も捨てきれなかった。


 一時的にハリアモンドさんも引き下がり、他の生徒達を自分達で訓練する様に誘導して、“イーラ”が装置の修繕作業に没頭するように場を整えた。


 装置の修繕や再起動を見届け、その速さにハリアモンドさんだけではなく俺も本心で称賛の気持ちを抱いた。


 だが、どこか“イーラ”自身の顔は晴れない。


 それも、無理はないことでもあった。


 人類は、魔族に対してはほぼ無力と言っていい。


 人類の最大の武器が発明であったとしても、“バリア”を使って無効にし、燃料やエネルギーを確保したり、それを使うための機械を製作しなくても自ら使うことができる魔族にとって、実害は最小と言って過言ではないだろう。


 本来、勝てる戦いではないのだ。


 前回だって、勝利したわけではない。


 聖女スズが、この国全てを守ってしまっただけなのだ。




「ねぇニケ、俺のこと信じてくれない?ニケが俺を信じてくれたら、きっとライラも心開けるよね?」


 ハリアモンドさんに声をかけられたニケが、歳にしては大人びた、考えを読ませない顔で見つめ返す。


「俺なら、ライラを守ってあげられるよ。」


 本来なら、聖女の騎士ハリアモンドからこんな事を言われたりしない。言われたほとんどの人は光栄だと了承もするだろう。


 しかし、ニケは冷静だがきっぱりとその申し出を断った。


「アンタに守ってほしいと思うやつではねぇけど?」


 そのニケの解答は予想済みであるハリアモンドさんは、それでも引く気などない。


「俺なら、ライラが本当は女の子でも、秘密にしておいてあげられる。」


「男なんだよ。俺が間違えるわけねぇだろ。」


「お風呂とか一緒に入ったことないでしょ?プールも無かった学校らしいし、ニケに言えなかったくらいなら、大人が味方になってあげることでさ、ライラの精神的な支えに」


 自分の昔から知る人物が自分を偽ってきたと思えないのだろう。ニケはハリアモンドさんの話終わるのをまたず、2人の話を聞いていないであろう“イーラ”に寄り添うようにくっついて、絶対に聞こえるように問いかけた。


「イーラ?俺に嘘ついてねぇな?男ってゆったしょ?」


「ニケに性別で嘘ついたこと無いよ。もっとやばい嘘は付いてるけどさ。」


 しっかりと聞こえているらしい彼からの周り曰く“心の声”は、彼の性別が男である肯定であるのに、何故か付け足してニケを偽ってきたと自白をした。


「心男の子なら男の子だもんね?やばい嘘って名前とか?もしかして、ライラってファミリーネーム的なやつで、もっとキュートな名前ついてる?果物的なやつとか。」


「ライラだもんな?イーラは俺しか呼んでねぇし。」


 ニケが許すギリギリの距離に近いたハリアモンドさんの声も聞こえていたようだが、彼は目線を上げることも、手を止めることもない。


 それほど、彼が本気でこの人工的なバリアを成功させるために心身を注いでいることが分かる。


 

「うん。俺にとって、イーラがファミリーネームだよ。ニケはそんなこと思って呼んでないのはわかってるけど。」


 それほど集中しているにも関わらず、一見邪魔に思われるニケ達の問いかけにも穏やかに答えているのは、従来の性格故か、それほど彼の中でニケという存在が大きいのかは、今の状態では測りきれない。


「なら、嘘って何?彼氏とかいないでしょ?」


「いるか!!いたらぶっ飛ばして二度と会わせねぇわ!!」


 “イーラ”を揺さぶるためなのか、男だと公言した彼に失礼だと取られてもおかしくない質問を投げかけるハリアモンドさんに、怒ったのはニケだけだ。


 本当に、従来の性格が穏やかなのかもしれない。


 小声で、「ボク、ホモチガイマス。恋人いない暦年齢です。」とロボットの様に答える彼に、銀髪の生徒と紫髮の生徒が寄り添った。


「嘘をついてるってバラしたら、嘘じゃないべや。」


「ライラって、もしかして昔からこう?大丈夫か?」

 

「元々嘘つくの苦手だし、ついても俺にはバレるんだよ。こいつ本人はバレてないと思ってるだけで。」


「俺は嘘つきだよ。バレてないし。」


 やはり、ニケの声に応えることが多いのか、さっきよりも遠いはずのニケの言葉に返事をする。しかし、その返事は否定的なものだが、否定的なものであっても、発言することによって信憑性は低くなっていく。


「例えば、どんな嘘付いてるの?」とハリアモンドさんが問うと、“イーラ”より先に答えるのはやはりニケで、「俺に作るカボチャのマフィンに、いつもにんじん入れてる。」というなんとも歳に似合わない答えを出した。それにも“イーラ”は「カボチャも入ってるからギリギリ嘘はついてない。にんじん入ってるよってわざと言ってないだけ。」 と真剣に答える。


 どうやら、すごい嘘だとは思ってはいないようだが、わざと言っていない自覚はあるようだ。


「入学前に、俺の剣をメンテナンスするとか言って、庭で勇者ごっこしてたの見てたし。」


「誰も見てなかったし、ごっこじゃなくてシュミレーションだもん。メンテナンスもしたし、誰も見てなかったし。」


「いやだから、お前が気がついて無かっただけで俺は見てんだよ。バレてるから。」


 まるで、年の離れた兄弟のような…幼馴染ならではの近い距離を隠しもしない彼らの会話は、内容含め、先ほどの戦い方やバリアを作るほどの技術とかけ離れ幼い気がした。


 「こんな可愛い16歳の男の子いるぅ?」


 かわいい幼馴染に恵まれることがなかったハリアモンドさんの思わず漏らした言葉に、ニケは当たり前のような顔をして答える。


「可愛いことしてねぇんだよ。本人はいたって真面目なんだよ。」


「そうなんだけど、先生の気持ちもわかるんだよねぇ。ちょっとびっくりするほど純粋って言うか。」


 そう言ったピンク髪の技術科の生徒も、彼を日々見ているからこそ気がつくことがあるのだろう。そこまで歳も離れていないはずなのに、少し心配そうに彼を見た。


 だが、当の本人はまだまだバリアに夢中だ。


 それがよくわかるほど、さっきは壊れたと見てわかるほどだった装置が、元の姿を取り戻しつつあった。


「ニケはね……。本当はもう少し純粋じゃないほうがいいくらいだけどね。俺に騙されてたって知ったあと、少し人を疑うことを覚えてくれると思うし…。」


「あれ?」とハリアモンドさんが声を出す。会話を続けたようにしゃべり始めた“イーラ”だったが、脈絡がおかしいのを全員が気がつくほどだった。


「会話の気はねぇんだよ。」


「集中しとると、無意識に思っとること口から出る子やってゆったでしょぉ?」


「こんなにはっきりと?」


「はっきりしてねぇから、たまに意味不明なこと返してくるぞ。話がいつも以上に飛ぶんだよ。」


「頭がいっぱいになってるくらい考えてて、口から出さないとくらいだろうからね…。」


 技術科の生徒達からも、幼馴染からも普段から彼がこうであると語られていることから、よっぽど演技力と気力がない限り、彼自身がこういう性格だとうかがえる。


「そりゃ、嘘ついててもバレるべや。絶対作業中ニケ本人に喋っちまってるし。」


 一番渋い顔をしているのは、意外にも銀髪の青年だ。“イーラ”はそんな彼を見ることもないが、だからこそ心配なのかもしれない。


「話してなくても分かることもあるんだよ。身長を少し盛って喋ってるのも知ってるし。」


「身長のことは、ちょっとでは無い盛り方だってわかってるよ?自分でもわかってるけどさ、元々父さんが低いんだよ?なのに父さんに近づくには高くしないといけないとか、意味分かんなくない?」


 不機嫌なような、拗ねたような声を出してブツブツと文句を言い始める彼に、幼馴染であるニケは「健康なら身長はどうでもいいだろ。」と正論を叩きつける。


「男の子には切実なんだよ!!巨人族はわかんねぇな!!」


 銀髪の青年は、コンプレックスを刺激されたのか、彼を守っているつもりなのか怒りを前に出してニケ達と対峙するように叫んでいるが、彼はやはりバリアに向き合ったままだ。これで逆に周りの声がよく聞こえている方かもしれない。


「ライラのお父さん可愛い系かぁ。お母さんは美人系なのかな?誰似とかある?」


 ニケが銀髪の青年に威嚇された隙を見逃さなかったハリアモンドさんが、彼を傷つけないように声色を調整して話しかける。そこで彼は、集中し始めてから初めて少しだけ手のスピードを緩め「ハリアモンド先生…?」と疑問符のような声を出した。


「え?俺?やっぱり俺の息子だった?カラコンしてる?」


「してねぇよ。少し意識が戻って ハリーさんの声だってわかってきてるんだよ。」


「本当にそこまで無意識なの!?」


「無意識だから、嘘ついてるってバラしてんだよ。じゃなきゃ、何の嘘ついてんだって問い詰められるってわかんだろ。俺は全部知ってるだけだけど。」


 バリアを直し終わったのだろうか、“イーラ”はハリアモンドさん達の会話には入らず、宙に浮いている画面にハリアモンドさんの情報を出した。


 それは、全て国から報道された公式の情報であるが、かなり昔のものなどもあり、独自に彼の動きやパターンを分析した数値なども自身の手で細かく記されたもので、かなり真剣に調べ上げられたものだとわかる。


「全部どころかなぁ………。マジでこの人誰なんだ。」


 こんなに調べているのに、『この人誰なんだ。』という言葉に疑問と引っかかりを感じた。


 同じく引っかかりを覚えたはずのハリアモンドさんは、その瞬間すら悟らせることはなく、「俺のこと知りたいの?」と優しく問う。


 “イーラ”は、演技であると思われてもしょうがないほど真剣に画面のハリアモンドさんに見入っていた。


 そんなに気になる存在が、隣で声をかけているのに気が付かないことなどあるのだろうか。


「そりゃ、本当にいつ聖女の騎士として誰に…、その前に本当に色々知りたいけど…。」


「答えられることは答えるよ?」


「え?ニケ、そこまであの人にくわしくなった…の?」


 眉間にシワを寄せるニケは、彼が振り返った方向と逆の位置に立っている。



 ハリアモンドさんの顔を認識し、「えぇ!?」と声を上げて驚いた彼は3歩しっかりと後ずさって距離を取り、「画面から出てきてる!!」と叫んだ。


 ニケは呆れたようにため息をつき、彼が落ち着くようにするためなのか、ハリアモンドさんに近づくことを阻止するためなのか彼の両肩に手を置いた。


「落ち着けよ。ずっと隣にいたんだよ。」


「今まで画面にっ、え!?人類なのに!?」


「お前が、画面を、見てただけなんだよ。」


 だんだんと現実に思考が戻ってきたように、ハリアモンドさんとニケ、そして周りの反応を見ながら状況を把握していく彼は、もともと白い肌をより白くさせているのではと思うほど顔色を変えていく。


「あっ、そっ、あっ、え?俺なんか、マスク、え?もしかしてマスクしわすれてる?」


 言いながら、恐る恐るといった様子で左手を顎のマスクに持っていった彼は、やはり何かを恐れているようにも見え、本当に本心を聞かれていたことへの恐怖を感じているように見える。


「別に変なこと喋ってねぇよ。お前が男だって喋ってたから、ほんとだって信じただろうし。」


 そのニケの言葉と、周りの反応を信じた彼はすぐにハリアモンドさんに向き直り「はい!!男です!!身長は父の遺伝なので期待できないだけなんです!!」とやたら元気に答えた。


「ライラ……きっと、父ちゃんも好きで小さくねぇよ。」


 そう、どこか憂いを帯びて発言する銀髪の青年に、彼は少し拗ねたような、今まで見ていた中で一番若い幼い表情をして驚いた。


「父さんは幸せそうだった。母さんがキスしやすいって言ってたから、あの身長満喫してた。」


「いい母ちゃんだなマジで………。」


 彼の両親は亡くなっているということになっているが、書類上そうなっているだけで、彼の両親の写真などが1枚も手に入ることはなかった。

 逆に、書類が完璧過ぎることに違和感を覚えるほどで、何かあるのではとハリアモンドさんと俺が訝しんでしまうのはしょうがないほどだった。


 だが、左利きであることも考えると『最悪な可能性』は少なくとも避けられているの可能性が高いはずだ。


 ハリアモンドさんと同じで、“彼が魔族である”可能性を消すことはないが、ハリアモンドさんすら予想していない『最悪な可能性』は、今のところかなり低い。


「ライラ、俺を知りたいなら、どんどん絡んでよ。」


 そう言いながら、疑ってるなんて露ほども思わせない態度のハリアモンドさんが近づく。すぐニケに「ホモしようとしてくるな!!」と距離を取らされるが、ニケ自身もハリアモンドさんが魔族である可能性を探っているとは思っていなさそうだ。


「してないってぇ。妻一筋なの、チョーラブラブ。俺の女神なんだから。」


「そういうとこが似てたんだろうねぇ。」と紫髪の青年がしみじみつぶやくと、少し明るいトーンで「ライラの父に?」とハリアモンドが聞き返す。


 それを見て、警戒を解くどころか何故か彼は慌て始めた。


「違っ、似てない似てない似てないよ!!父さんでは騎士は無理!!泣き虫の騎士は騎士とは言えないべや!!」


 この国特有の方言も、誰かを欺くためのものだとしたら安心出来ない。茶髪は中部特有の色であり、茶髪よりも警戒すべき黒は、データ上数少ない魔族の持つとされる色。


 俺達だけが知る、魔王の色でもある。


 だがしかし、黒は中部特有の色でもあるので、純粋な人類の、しかも中部内での結婚という珍しくない組み合わせで生まれる色でもある。


 中部の国が、魔王により早く殲滅させられてしまったので、生き残りが少なく、今は珍しいだけで全然ありえない話ではないのだ。


「そんな否定されるとさみしいな。質問にも答えるし、お願いしたいこととかでもいいし言ってみない?タダだよ?」


「この……バリアを、」


 そこで言葉を切った彼は、少し深呼吸の様な動作をしてから、ハリアモンドさんに向き直る。


「早急に改善しますので、あと10分以内にできたら、今日校舎に仮で設置してみてもいいですか。」


 その顔は、もう白さなどないしっかりとした顔つきに変わっていた。


「俺も見ていていい?10分なんて言わないから。」


「それはもちろん。」


 彼がすぐ装置の設置を始め、それを宣言通りハリアモンドさんは横でしっかりと見ていた。俺から見ても、特に怪しい動作はなく、もしあるとすれば、魔王や魔物が襲ってきたときにこのバリアを壊れたように見せかけ破壊するくらいしかできることはないだろうが、元々無かったものなのでこのバリアに依存しているわけではない現状では、そういった行動は取らないだろう。


 むしろ、このバリアを認めさせ、普及させたあとの方が効果的であるが、そんな回りくどいことをしなくても魔王なら…………、息子であったとしても魔族なら、人類をいたぶり殲滅することは可能だ。よほど魔力を引き継がなかったとしても、彼女の子供であるとすると、物理的な強さだけで敵う人類はほとんどいない。


「んー、すごいな。なるほどね?」


 あごの下にあるヒゲを右手の指で軽くこする動作はハリアモンドさんのクセで、それをわざと見せて気を抜いているように見せているのがわかる。


 彼の思惑通りなのか、それとも元々ハリアモンドさんに興味があったからなのか、作業を一通り終えた彼はハリアモンドさんの仕草を凝視していた。


「そうか、ヒゲを触ってたのか。」


「コレ?くせなんだよ。どうしたの?」


「いえ、ヒゲが生えててもかっこいいってすごいですね。」


 嫌味のない、素直な賛辞だとわかる彼の言葉に、後ろから何故か笑顔のニケが「イーラ?」と不気味に明るい声で名を呼んだ。


 それに飛び上がるほどの反応をした彼は、「ボクホモチガイマス!!」と軍隊の条件反射並の速度で起立する。ここまでくると、本当に条件反射かもしれないし、だとしたら、条件反射になるほど訓練させていることになるので、彼は訓練させられるきっかけの出来事があったのかもしれない。


 自分の幼馴染が、同性愛であることを許容できない気持ちを理解できない訳では無いが、訓練されていると周りから思われてしまう関係は、果たしてあの2人の望む関係であるのかと疑問を持ちそうになり、その考えを消す。


「俺がかっこいいのはしょうがないじゃん。聖女の騎士が一番かっこよくなきゃ。」


 そう言いきるハリアモンドさんは、本気だ。


 しかも彼は、自他共に認めざるをおえないものを持ち合わせている。それは天賦の才という簡単な言葉で片付くものではないことを俺はよく知っていた。


「騎士と勇者なら、どっちが一番なんだよ。」


 そう言いながら、幼馴染に言い寄るように近づくニケに(彼から守るために、誰か別の人物が訓練したのか?)とも思ったが、銀髪の青年たちの顔を見るに、訓練したのはニケである可能性が高く、自分だけは許されていると思っていることが伺えた。


「俺の中で勇者を越す存在なんかないべや…。」


「こんな素直で可愛い幼馴染、現実でいるかなぁ…。」


 こんな事を言っているハリアモンドさんだが、彼も自身の幼馴染の妹を娘だと言い張る人なので、似ている部類である。


「疑いようのない現実だし、ライラは性格も男らしいとこあっから。」


「だべぇ~?負けず嫌いだし、追求するタイプだしねぇ。」


 “イーラ”を庇うように擁護する青年達に渡されたのは、お礼の言葉ではなく武器だった。


「あ!コーラル達にコレも試して欲しいんだ!!」





「……よく思いつくなぁ。」


「動きを止めれたら、強いもんね。」


ねっとねと音をだしそうな、今まで見たことのない種類の矢は、どうやら魔物の動きを止めるために使う事を想定しているものらしい。他にも、大型の魔物に付けることで足場にできる可能性があるらしく、試作段階ではあるものの今日から使うことができるものらしかった。


「バズーカより機能性高いけど、その分外すと大惨事だな。」


「お前が外さなきゃいいだけだろ」


「ゆってくれるわ。」


渡された銀髪の青年は、バシュンと音を立て矢を躊躇なく放つ。その先には、“イーラ”の作った人工的な魔物型のマトがあり、彼らは毎日アレで訓練を重ね、それを“イーラ”自身もデータとしてとり、武器を改良しているらしい。


「コーラルの強みが生きる武器だね。ライラが考えついたの?」


 データを取っている彼は、先ほどの失態を繰り返さないためなのかマスクをしていて、ハリアモンドさんの問いかけに答えることはない。


 耳当てはしていないのだから、聞こえているのでは?と思わないわけではなかったが、表情は真剣そのものなので故意に無視をしている可能性は低く感じた。


「悪気は無いんですよ。本当に完璧に近く自己暗示かけちゃってるから、集中力とも相まってると思うし。」


 そう、技術科の生徒にフォローされているところを見ると、そのフォローに甘えている部分もあるのかもしれない。


「……不思議な子だなぁ。」



 データを取り終わり、青年達も新しい武器や装飾になれてきた頃、彼はマスクを顎まで下げ「はぁ。」とため息にも聞こえる深い息を吐いた。


「イーラ?」


 そんな彼の様子がいつもと違ったのか、誰より早く気がついたニケが声をかけたその時、「おい!!」と今までいなかった人物の大声が聞こえて、「えっ。」と驚きの声を誰が出したか分からないほど全体を驚かせた意識を惹きつけた。


「まかみ、俺に会いにき」


「作ってやったぞ!!バリア!!」


 ハリアモンドさんの嬉しそうな顔と声を完全に無視した天才児まかみが、“イーラ”の作ったものとは違う装置を目の前に置く。すぐにキュイィィイインと地響きを伴うような音をたて、パァァァと周りが何倍も明るくなったかと思うと、“イーラ”の作ったものの3倍は大きいと思われるバリアが技術科の校舎全体を覆った。


 まかみの後を追ってきていたらしき黒髪黒目の青年たまきが、「ドアホやろ!!タイミングを考えっ」と殴りかかる勢いでまかみに近づく。そのセリフはきっと、“イーラ”を絶望させないためだったものだが、彼の表情は絶望などとは真逆の光を見ていた。


「すげぇ。」


 心からの尊敬と敬意が混ざったつぶやきに、殴りかかるのを止めた青年と、誇らしげなまかみは今まで見た中で一番人らしい表情をしているように見えた。


 ニケも、そのバリアや“イーラ”自身にも特別負の感情を持つことはない様で、先ほどのバリアと同じ様に試すため剣を構える。


「俺らがこれ、試していいわけ?」


「高圧電流が流れとるで最悪死ぬけど、それでもえぇならえぇぞ。」


「いいわけあるかよ。駄目なら駄目って言っとけ。」


 すぐに剣を下ろしたニケは素晴らしい反射神経で、手を伸ばし始めていた“イーラ”に気が付き、すぐさまその腕をがっと掴む。


「電気だぞ。」


 ビクッと肩を動かし、すぐに手を下ろした“イーラ”は、「触りません。」とうなだれ、息子がコンロを触ろうとした時を思い起こさせる光景だった。


「そうか、もう根本から違うものを作ろうとしてんだな。」


 そう言った銀髪の青年は悪意はないし、“イーラ”も全く含みのない頷きで返した。


「そうなんだよ。本当にすごい…、攻撃は最大の防御になり得るんだよ。」


「完全とは言えへんけどな。1日で作ったでこんなもんや。」


 1日で作った。


 この言葉を、本来なら嫌味でなくとも苦痛以外で感じることがないだろう。


 この天才に、心を折られた者たちが後を絶たないのが事実だ。


 敵わなくても、己を磨き続けることが正しいと言ったって、それを生涯突き詰められることなどほとんどの人が出来ない。


 だが、彼は折れるどころか希望の光のように眺め続ける。


「まかみさんなら、やってくれてると思ってた。絶対まかみさんは、自分に過信しないって信じてる。」


 その目には、バリアの向こうの“人類の勝利の希望”が見えているからに他ならない。


「父さんと違う。彼が猛獣で、天才なんだ。彼なら守りきれる。」


 彼の父さんを、俺達は書類上でしか知らない。


 しかし、妻が先に死亡していること、それが原因で……衰弱死というあまりにも悲惨な最期を送っていることがわかっている。


 この書類上の出来事が本当に起きたことであるとするならば、息子である彼はどれほど辛かっただろう。


 母を亡くし、頼れるのは父だけだったはずなのに、父は母だけを思い顧みることもしてもらえずこの世を去るその日まで見ていることしかできなかった幼い彼は、どれほど絶望しただろう。


 だからこそ、誰一人殺されない魔王戦なんて絵空事を本気になってしまっているのだ。


「まさか、元々このバリアを人が触れんようにするためのバリアなんか?」


 そう、黒髪黒目の青年に問われた彼はゆっくり首を横に振る。目はバリアに釘付けなので、また無意識かもしれなかった。


「違うよ。俺のは、量産型なんだ。誰でもどこでも使える最低限のバリアなんだよ。」


「コストかかって、動力に電力使いすぎると、より多くの所へは行き渡らんからねぇ。」


 補足する様に話た技術科の生徒を、まかみは驚いたような顔で見る。その顔も人間らしいもので、彼の本心からの驚きなのだろうと伝わるものだった。


「なんでや。わしらだけ生き残ればえぇ話やろ?」


 彼の、本心である言葉。


 非情に聞こえてしまいそうなそれは、俺達人類の本心でもあるはずだった。


「それは、お前の目標なんだよ。変えろとか間違いとか、俺達は言わねぇけど」


 なのに、彼と彼の幼馴染である勇者と名乗るニケだけは、本気で本心から違う未来を見ている。


「でも、俺達の目標は、全人類誰も死なない完全な勝利だ。」


 言い切るニケは、光り輝くバリアに照らされ本物の勇者のようだ。


 だが、彼が魔族でない限り不思議な力など授かっていない。


 彼は、魔力の前では無力に等しい俺達人類のはずだ。


「二代目の魔王がアホほど雑魚やない限り、無理やぞ。」


 まかみは、そんなニケを蔑むでも憐れむでもなく、当たり前の事を当たり前の様に告げる。


「どんな奴が相手でも、これは変えねぇ。」


 まるで、物語の主人公の様なニケは、けして物語のヒーローの様に奇跡的に悪を滅ぼす力を手にしたなんてことは無いはずだ。


 若いからこその無謀だと、人蹴りしてしまえるその理想や考え方を、ここにいる誰もが否定できずにいた。


「俺が、最強なんだよ。」


 その姿は、人類最強の男、ハリアモンドによく似ているからなのかもしれない。


「そうなんだよねぇ。」


 “イーラ”はうんうんと両手を組んで頷きながら、噛み締めるように目を瞑っている。幼馴染というより、ファンの様なその態度は、幼馴染を持つハリアモンドさんには余計に不思議なものなのかもしれない。


「ライラは、」


 ハリアモンドさんが話しかけた直後、ウーウーと全土にサイレンが響き渡る。


 ばっと全員が臨戦態勢に入ったが、魔物の襲来であることがわかるだけで正確な位置などは発表されていないせいで、各々意識は統一されずにいた。


 魔物は、第二次の戦争が始まってからまだ数えるほどしか襲来していない。


 だが、その全てを人類が誰一人として死者を出さずに済んでいる事は、想定外だと言って良かった。


 魔王が本気でないとしても、快挙と言っていいほどのものを成し遂げているのは、事実だ。


「イーラ、魔物とかどこに出たかすぐわかるようなやつ作れねぇの?」


 だからなのか、元々の性格なのか、ニケは動じたり恐れたり、緊張すらしていなかった。


 それは、無謀と違う希望の眼差しだ。


「のち作るよ。今日のは見やすいしね。」


 予想と違い、“イーラ”の方も落ち着き払って空の一点を見ていた。


 ほとんどの人物が気がついていないほどの黒い点が、徐々に近づいてくることで大きくなってくる。


 ゴォォォと音を立てて近づいてくるそれは、ジャンボジェットの様な大きさと速度だ。


「さぁ、こっからだぞ。」


 自分に気合を入れ直すようにそう言った“イーラ”は、まかみがバリアを解いた事を確認しドローンに向かって指示を出した。


「ギブさん達を中へ!!」


 ドローンではなく、ドローンから指示を飛ばされたからくり人形の様な何かが、技術科の屋上から5体ほど飛び出してきて、すぐに技術科の生徒達を丁重に抱き上げて技術科へ走り去っていく。


「えぇっちょっと、ライラ君はぁ!?」


 ピンク髪の生徒の声は、響くだけで返答されることはなかった。ザッザッと訓練を受けた屈強な兵士のような人形達は、まかみももちろん運ぼうとしたが、軽く手で止められる。


「わしはえぇ。」


「まかみさん!?」


 先に運ばれてしまっていたたまきが驚きの声を上げる。人形はまかみの指示に従ったのも予想外だった。


「たまさん後でちゅ〜してセックスしよな!」


 晴れやかにそんなセリフを叫びながら、ニコニコと手を振るまかみを、一瞬「えぇ?」と不思議そうにニケが見たのを確認できた。


 それをまかみは黙認し、迫りくる魔物に狙いを定めるような好戦的な顔でにやりと笑う。


「アレはようやく魔石と呼べるもんが入っとるかもしれへん。手段は問わんで切り裂け。」


「お前は安全なとこいろよ…。」


「わしは子猿の子守しなあかんねん。」


 そう言って、まかみがちらりと視線を送ったのは、まさかの“イーラ”だった。


 いつも言われているわけではないようで、ニケも驚いた顔をしているし、“イーラ”本人に至っては自分が見られているとすら思っていない。



 まかみ以外の勇者科以外の生徒が校舎の中に入ったことをドローンからの信号で確認したらしき“イーラ”は、ドローンを上着のポケットからさらに2台投げて飛ばす。


 パァァァと技術科の校舎にもまかみのバリアが張られ、“イーラ”の周りには3つのホログラムの画面が、照らし出されまるでそれがバリアのようにも見えるが、ホログラムであるはずのそれは防御力は皆無のはずだ。



 パァァァ!!と、見覚えのある緑の淡く強い光が空に出現する。



「アレは」


 そうつぶやいた“イーラ”の声は、不自然でないのに信じられないほど透明な気がした。


「コルトキノスのバリアだね。」


 ハリアモンドさんの言う通り、あのバリアは聖女スズから息子であるコルトキノスが受け継いだバリアのもので間違いなかった。


 大型の魔物が人類の塔に近づいたから、バリアを発動させたようで安心する。


 聖女スズはバリアを今校舎を護る人工的なものの様に護るためだけに使っていた。


 しかし、息子であるコルトキノスはそれだけでは勝つことは出来ないと、幼少期からバリアを使い戦う術を模索し続けてきた。


 その、武器として研いできた刃のようなバリアは大型の魔物を捕縛し、容赦なく真っ二つに切り裂く。


 ぶしゃぁと気味の悪い音をたて、魔物は砂になることなくある程度の大きさにバラけたかと思うと、グシャ、グシャ、グシャ、と笑い声のようなものを上げながら数体こっちへ向かってきた。


 バリアを使えるのは、人類ではコルトキノスただ1人。バラけた数が多ければ多いほど、襲撃を阻止しにくい事はしょうがないことだった。


 だからこそ、勝利が目標であることが大前提だった。


 他の誰が犠牲になっても、俺の命が散ったとしても、聖女スズとコルトキノスが勝利を収めることが人類の勝利だ。


「ちっ、また分散させよったか。はよ魔石を明け渡せ。」


「まかみに渡せないと思ってるのかもねぇ。」


 穏やかな口調のハリアモンドさんの目が、臨戦態勢になりキラリと光る。


「それとも、こんな弱々しい残骸でも余裕と思われてるのかな?」



 笑いながらこちらに向かってきた魔物達が一塊になり、笑い声も一つになった頃、その姿は漆黒の甲冑へと変貌した。


「ん゙?」


 魔王の襲来に、全員の緊張が走るはずが、何故かニケだけ訝しげな顔をする。


『臆病者たちよ。そこから見る景色はさぞ美しいだろう。』


 魔王は、俺の記憶の中の魔王とは違った。


 だからこそ、俺の中では死を覚悟してでも戦う気で臨戦態勢に入ったが、俺より何度も実物の二代目魔王に対峙しているはずのニケが、何故かさっきから臨戦態勢とは少し違う面持ちだ。


「ニケ?」


 それに気がついた“イーラ”は、心配そうに声を掛ける。


 少し考えるような動作をしたニケは、自身も納得がいっていないという態度と声で告げた。


「なんで、今日は中身いねぇんだよ。」


「「「「えっ」」」」


 俺も、思わず声を出してしまうほどだった。


 真剣な表情になり、“中身がいない魔王”に向き直ったニケは、ようやく臨戦態勢を取り始めた。



もう一人の聖女の騎士視点でした!!


彼は、聖女の夫であり、聖人の父である人物ですが、彼女達を護るため目立つことを避け、影として護り抜いてきた人です!!


世界が沈む前の京の都出身なので、珍しい紫の髪と瞳ですが、潜入調査などの時はカラコン等で隠しています。言葉もほぼ完璧になおしましたが、家族の前では関西弁で、息子である聖人コルトキノスは父の話す方言をわざと真似し続けています!息子の髪の一部に自分と同じ紫が入っていることに喜びと罪悪感を持ち続けている苦労人です。

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