Ep.6狂乱のrecompense
まといは自室の椅子に座り、お気に入りの紅茶を飲みながら執事の報告を待っていた。
「そろそろ報告に来る頃かしら。あの女がどんな目にあったかをしっかりとこの耳で聞かなくてはね。
あ、あと紅様がワタクシを迎えに来てくださった時の為の準備も始めないといけないわね!」
優雅に時を待っていると突然、自室の扉を開け放たれ、執事が飛び込んできた。
「あら、なんて不躾な入り方かしら。いくら急いで来たからといってもノックのひとつくらい出来ないの?」
「す、すみません。お嬢様!」
「何そんなに声を荒らげてらっしゃるの。先程の無礼は見逃しますから早く報告なさい。」
「し、失敗致しました。」
「………へっ?い、一体どういうことですの!」
「お嬢様が部屋を出られ、男達が襲おうとした所で凛刳のやつに襲撃され、一網打尽にされてしまいました。」
「なっ、紅様が?!そんなにあんな泥棒猫が大事なんですの!」
自身の計画の失敗報告を受け、まるでお手本のように地団駄を踏むまとい。
コンコン、ガチャ。
そんな荒れているまといの元へ新たに侍女が部屋に入ってきた。
「なんですの!こんな時に返事も待たず!」
「し、失礼致しました!お嬢様、旦那様からご連絡がありまして、早急に会社へ来るようにとのことです!!」
「もう!こちらは今大変だというのに、一体何なんですの!」
「申し訳ありません!ですが旦那様もかなり焦られているご様子でしたのですぐに向かわれた方がよろしいかも知れません…。」
「いちいち言わなくても分かってますわ!貴方もついてきなさい。」
まといは侍女の報告を受けて執事と共に父親の元へと向かった。
「失礼致しますわ。お父様、突然の呼び出しとは一体どういうことですの?」
父親の元に着いたまといはすぐに呼び出しの件について尋ねた。
「まとい、お前椎名財閥に喧嘩でも売ったか…?」
「は、はい!?そのような大それたこと身に覚えはありませんわ!」
「本当か?今先方から契約が切られた。他の企業からも契約打ち切りの連絡が止まらないんだ。このままではうちは倒産だ…。」
「ほ、ほんとですの?あんな大企業に自ら喧嘩を売るなんて真似、いくらワタクシでもしませんわ!」
プルプルプル……。
父娘の慌てたやり取りを遮るように社内連絡の電話が鳴り響く。
「どうした?」
「社長、椎名財閥の方がお見えになられて至急お会いしたいそうなのですがどういたしますか?」
「契約関連のことか?娘がいるが仕方ない、急ぎだ。あぁ、通してくれ。」
「承知致しました。」
コンコン
「どうぞ」
秘書から通され部屋へ入ってきたのはただでもあんまり表情が少ないのにいつもより無表情な凛刳だった。
「紅様!」
まといは凛刳が自分のことを迎えに来てくれたと思っていたが凛刳はそんなまといを一瞥もくれず父親の元へと向かう。
「失礼致します。SEN株式会社、社長秘書の紅と申します。椎名社長から黒霧社長へ親書を預かっておりますのでお伺いさせて頂きました。」
「あぁ、私がB&F社長の黒霧だ。確かに受け取った。」
「椎名社長から言伝の方も預かっておりまして、こちらの親書は早急に目を通して頂きたいとの事ですのでご確認お願い致します。」
「あぁ、それなら今すぐ確認しよう。」
そういうとお父様は封書の端を切り、中の手紙を取り出す。
その間まといはというと凛刳に熱篭もった眼差しを向けていたが、刹那それは絶望へと変わった。
悪鬼めいた凛刳の表情にまといへの恨み、憎しみが垣間見えたからである。
自分が手紙を読んでいる向こう側で娘が絶望している等とは露知らず、お父様は凛刳に問いかける。
「…紅様、ここに書かれている内容は事実なんですか?」
「はい。そこに書かれていることが全てとなっております。」
凛刳は万人受けしそうな営業スマイルを顔に貼り付け、お父様に返答を返していた。
「それでは用件は以上となりますので私はこれで失礼致します。」
「く、紅様!お待ちください!!どうか、ご慈悲を…!!」
お父様は手紙の内容が余程酷かったのか凛刳に追い縋るように懇願していた。
しかし、凛刳はそんなお父様を背に部屋を出ていった。
「…まとい。我が社は、B&Fは完全に終わった。」
「そんな…どうして!」
「この椎名社長からの手紙を読みなさい。読み終わったらすぐに家に帰って荷造りをしなさい。
私は今やらなければないことが出来たからお前の言い分は後で聞こう。」
お父様はまといにそう言うと今にも崩れ落ちそうな腰を支えながら部屋を出ていった。
「この手紙に一体なにが……。」
手紙にはまといが莉緒に行った一部始終が全て書かれており、
この一件をもってSNE株式会社はB&Fに関わる全ての支援、提携を打ち切りにすることが書かれていた。
「え…?あの『リオ』って女、SNE株式会社社長の一人娘『椎名莉緒』だったの…??しかも紅様と婚約されているですって…??嘘よ…。」
「うそ、ウソ、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘っ!!」
昔から凛刳の想い人は自分ではなかったこと?自分が泥棒猫だと嘲り傷物にしようとしていた相手がこの倒産の件に大きく関わる人物であったことに酷いショックを受けていた。
まといは膝から崩れ落ち暫く泣き叫んでいたが不意に虚ろな目で立ち上がると覚束無い足取りで荷造りをすべく、家へと向かった。