ある夏の帰り道
それは、八月の太陽が照りつける暑い夏の日。
私、今田今日子の恋人、光井光は、交通事故で亡くなった。
今日はそのお葬式で、家族皆で帰ろうとした時のこと。
「ママー、お腹空いたぁ」
「はいはい、今からお昼食べに行くから、我慢して」
「今日子も、早く乗りなさい」
「うん…」
ごねる弟に、母は軽く説教する。
私は、後ろ髪を引かれて車に乗り込んだ時、背後からいる筈のない男の、呻き声が聞こえた。
「ねぇ、お父さん、今何か言った?」
私は、父の声かと思い、運転席で、エンジンを吹かす父に話しかけて来る。
「いいや?何も言ってないぞ?」
「何?幻聴でも聞こえたの?ヤバーい」
否定する父に、私が首を傾げていると、弟が私をからかって来た
「きっと疲れてるのよ。ずっと徹夜だったから。着いたら起こしてあげるから、それまで寝てなさい」
私は、母にそう言われて、素直に寝ることにしました。
それから、半時間程走って、目的地に辿り着いた頃、私は、母に起こされて目を覚ましました。
「着いたわよ、起きなさい」
私は、まだ寝ていたいのを我慢して、重い足取りでお店に向かった。
お店は、丁度お昼時だったので、結構込んいる。
「あ、スマホ忘れちゃった…」
予約表に名前を記入して、スマートフォンを開こうと、ズボンのポケットを触ると、車に忘れたことに気いた。
「パパ、車のキー貸して。スマホ忘れたの」
父にスマートフォンを借りた私は、足早に車に戻りました。
車を開け、先程座っていた後部座席を見ると、すぐに探し物は見つかった。
「あった、あった」
スマートフォンを持ち上げ、ドアを閉めようとした時、また、先ほどの男の呻き声が聞こえて来る。
「…こ、……こ…」
その声は、呻き声と言うよりも、なんだか誰かを呼んでいるような声に聞こえたのだ。
しかし、私はそれ以上は追求しようとはせず、ドアを閉めて店に戻った。
「今日子、こっち、こっち」
私がスマートフォンを取りに行ってる間に、いつの間にか、順番が来ていて、私も席に座ることにした。
「ママ、俺、ハンバーグとステーキセット!」
「はいはい、今日子は?」
「…あんまりお腹空いてないんだけど…」
「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ…あんた、朝も食べてないんだから」
母に言われて、仕方なく、サンドイッチを頼む。
それから、私達家族は食事を終えて、車に戻ると、私は、目を疑った。
なぜなら、閉まっていた筈の窓が全開に空いていたのです。
「ちょっと!なんで窓開けっ放しなのよ!」
「私、知らない!ちゃんと閉めてたの確認したもん!」
「だったらなんで開けっ放しなんだ、おかしいだろ!」
「本当に知らないんだって!」
私は、何度も父と母に違うと訴えましたが、まるで信じてはくれなかった。
私は、一人暮らしをしている為、父に贈り届けて貰った。
「久し振りだな、お前のアパート。ちゃんと綺麗にしてるのか?」
「してるって」
部屋に入ると、私は、人数分のお茶を煎れる準備をした。
「今お茶煎れるから、適当に座ってて」
三人は言われた通り、座ろうとした時、私と彼が写っている写真を見つけて、こう言った。
「光君、本当に残念だったわね……凄くいい子だったのに…」
「まさか式を上げる二ヶ月前に死ぬなんてなぁ…」
私は、聞き耳を立てながらお茶を煎れていると、今まで我慢していた涙が、今になって溢れ出した。
それに気づいた母が、私を気遣ってキッチンにお茶をとりに来た。
「私が運ぶから」
それからは、何も話すことなく、お茶を飲み終わった二人は、帰ることになった。
「きゃ…っ」
駐車場に戻った時、今度は四人全員が言葉を失った。
なんと、先程閉めたドアが、また全開に空いていたのである。
「なんで?なんで、窓が空いてるの?!さっきちゃんと閉めたのに!」
「だから言ったでしょ?!さっきもそうだったんだ、ちゃんと閉めたのに、全開で開いてて…っ」
私は、さっきの男の声が気になり、咄嗟にドアを開けた。
しかし、今度はその声は聞こえなかった。
やっぱり気のせいだったのか、と、その時の私は思った。
「今日子…?」
「な、なんでもない…」
「とりあえず、パパ、明日も仕事だから、今日は帰って、保険屋に調べて貰うよ」
「う、うん…」
私は、煮え切らないまま、家族を送り出した。
私は、自分の部屋に戻ると、背筋が凍った。
先程、全然手がつけられてなかったお菓子が、全部綺麗になくなっていた。
「なんで?!なんで、さっき誰も食べてなかったのに!」
「…こ、…うこ」
それは、先程の声と同じ男の声で、先程より何を言っているのか、ハッキリ聞こえた。
まるで、自分の名前を呼んでいるように聞こえて、まさか、亡くなった恋人の霊なのかと思った。
「もしかして、光…?」
「…そうだよ、俺だよ…。光だよ…」
「本当に?本当に光なの?!」
「そうだよ。寂しくて、君に会いに来たんだ」
私は、嬉しくて、本当に光が帰って来たんだ、と信じてしまった。
「光、姿を見せて!」
「…ごめん、それはできない」
私は、その言葉に落胆した。
「でも、こうやって話すことはできる」
「じゃ、じゃあ、それでもいい!それでもいいから、ずっと側にいて!」
「分かった。でも、条件があるんだ」
「条件?」
その条件とは、決して押入れの中を覗かないこと、そして、一日三食分の食事を用意すること。
私は、その光と話したい気持ちが先立ち、その条件がおかしいとは、全然思わなかった。
「分かった!じゃあ今は?お腹空いてない?」
「…焼肉が食べたいな…。事故で死んじゃったから、スタミナがつく物が食べたい」
私は、彼の言う通り、焼肉定食を作った。
絶対姿を見たら駄目と言われたので、私は、仕方なくお風呂場で待機することにした。
それから一週間程、私は、彼との不思議な生活を送った。
今日も、彼の食事の準備をしていると、インターホンが鳴った。
来客は、二人の警察官だ。
「なんですか…?」
「最近、ある事件で調べてるんですが、不審者がこの辺りでうろついてるみたいなんですが、何か、おかしなことはありませんでしたか?」
私は、初めて聞く話で、なんのことか分からず、違うと返事をした。
警察は、私の身の危険を暗示ながらも帰って言った。
部屋に戻ると、皿は綺麗になくなっていて、それを片付けてると、光が話かけて来た。
「どうしたの?」
「なんか、警察の人が来てね、最近この辺で不審者がいるから気をつけてだって」
「そうなんだ…。物騒だね」
「光も気をつけてね…って、幽霊だから、大丈夫か」
「大丈夫だよ、今日子のことは、俺が守るから」
私は、彼の言葉が嬉しくて、微笑む。
「ねぇ、夕飯は何食べたい?」
「そうだな……うなぎがいいな。幽霊でもこうやって話してると、凄く体力を使うから」
「うなぎね、分かった」
このくらいからだろうか、光の注文がどんどん高価な物になって行ったのは。
いよいよちょっとおかしいなと思い、私は、ふと思い出して、母に電話をすることにしました。
「もしもし、ママ?うん、私。車のことでちょっと気になって」
「ああ、その話なんだけどね、実は変な話聞いちゃったのよ」
「変な話…?」
「それがね、ここ最近、お葬式があった人を狙って、幽霊を装って家に潜り込む人がいるらしいのよ!しかも、複数いるみたいだから、今日子も気をつけてね」
私は思わず言葉を失った。
もしかして、いつも光だお思って話してたのは、生身の人間で、犯罪者だったのではないか。
「押入れの中は、決して見ないで」
彼は、なぜ頑なに自分の姿を見せなかった理由。
それが、幽霊ではなく、犯罪者だったのだと紐付ければ、至極納得の行く話だ。
私は、意を決して押入れを開けようと襖に手をかけた時、背後に人の気配を感じた。
「あーあ、バレちゃったか。知らなきゃずっと恋人と一緒に過ごせたのに」
私が振り返ると、光とは全く似ても似付かぬ男が、舌なめずりをしながら、私を見ていて、私の絶叫はアパートの外まで響き渡ったそうだ。