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二人ぼっちの旅日記  作者: きりん
9/19

メディーバルアンティーク失踪事件

むかーしむかし、あるところに一人の少女がおりました。




 その少女ジェシーは元々緑深い山奥の村に住んでおりましたが、村人たちはお互いに疑心暗鬼になってしまい村を存続させることができなくなり結果村は消滅してしまいました。両親に連れ


られて村から出てきたジェシーは弟と一緒に馬車に揺られながら街道を進んでいた。


 森林に覆われれた街道を進んでいる馬車には両親二人とジェシー、そして弟のグイドと他の乗り合いのお客さんが乗っていた。道中はとても穏やかで天気が良く木漏れ日が木々の隙間から差し込みそよ風が顔を撫でていた。


 長い旅路の間ろくに風呂も入れず髪はぼさぼさになり、服も汚れていた。だがその眼には新しい世界に対する期待が広がっていた。元より村に残るつもりのなかったジェシーは村に対して特


段思い入れがあるわけでもなかったし、弟のグイドも完全に旅行気分で楽しそうにしてた。 ―ただ両親は村から出たッきり暗い表情であった。


「おねえちゃん。アメ食べたい~」


 グイドにせがまれ、ジェシーは肩から下げていた古びた革製のカバンを開けると、中から小さな缶が現れた。手際よく缶を開けると、中にはきらめくようなカラフルなアメが詰まっていた。


ジェシーは真ん中にある一粒のアメを指で取り上げ、それをグイドに差し出した。グイドはその小さなアメを手に取り、舌先で味わいながら美味しそうに頷いた。二人は微笑みながら、小さな


一時の幸せを共有していた。


 村が瓦解した以上別の場所に移り住まなければならない。そこで両親が昔住んでいた街に移住することにした。今いる森林地帯を越えれば目指している街―メディーバルアンティークが見えてくるらしい。


「あなたたちもう少しでメディーバルアンティークにつくから荷物をまとめておくんだよ。今日はとりあえず宿屋に泊まって次の日から貸し出している家を探すのと仕事を探さないとな」


 メディーバルアンティークはこの龍奉王国に存在する港町のうちの一つにして歴史ある古都だ。昔この街に住んでいた両親にこの街の話を聞いてから村から出ていったあと一度は訪れようと


思っていたのだがまさかこのような形で訪れるとは夢にも思っていなかった。

 

馬車は林の間を通っている土の道を音を立てながら進んでいると突然馬車がとまった。何が起きたのかと思うと前方から怒鳴り声が聞こえてきた。他の人たちも含めて何事かと思ったがすぐに分かった。


 前方からいかにも柄の悪い集団が剣をちらつかせながら道を塞いでいた。馬車の後ろにも数人の男たちが道を塞いでおり、更に林の中から数人の男たちが出てきて馬車を取り囲んでいた。昔


は旅をしていると盗賊が現れては金品を奪ったりあるいは女子どもを攫ったりしていたが、時代の流れとともに経済状況の改善、雇用の創出と街道の整備や各都市の治安部隊の充実によって大


半の領土において安全が確保されている。治安が悪い所と言ったら城塞都市のリリーティアくらいのものだ。

 

 なのでこの街道も滅多に盗賊なんて現れることなんてないし、むしろ野生動物や魔物を警戒したほうがまだマシというレベルで人間の脅威はほとんどなかったのだ。他の人々もそのような認


識だったためか冒険者による護衛をつけておらず自身もそれほど戦闘が得意なものはいなかった。


「さて、この馬車に積んである金目のものを置いていけ。そうすれば命までは取らねえ」


 盗賊の一人が脅しの剣を手に、冷たい目つきで近づいてきた。行者は静かに手を上げ、馬車から積み荷を取り出す。その一挙一動に息を飲むような緊張が漂う中、行者は慎重に荷物を盗賊た


ちに手渡した。彼らの手に渡るたびに、金品が奪われるという現実が身近に迫ってくる。同時に、他の乗客たちもそれぞれの貴重品を渡し、恐る恐る盗賊の要求に従った。その場の緊張感は切


りつけるようで、ただの一つの間違いも許されない雰囲気が支配した。

 

 大丈夫。いくら盗賊でも金品をとれば解放してくれる。さすがに誘拐や殺人までやると街の騎士団が出張ってきたり、冒険者ギルドから懸賞金が掛けられかねないのでそこまではやらないだ


ろう。そういう考えがあった。だから誰が悪いということはないのだろう、だが。


「そこのお前。降りろ」


「え、わたし?」


 ジェシーが困惑していると盗賊団の一人がアナトリーの腕を掴むと馬車から引きずり降ろして地面にぶん投げた。突然のことで何が起きたのか分からなかったが両親が飛び出して駆け寄ろと


して他の乗客に泊められているのが視界の端に見えた。


「お前、いい顔してるな。まだ貧相な体をしてるがこの顔なら好事家が好んで買うだろうぜ。こいつはもらってくぜ」


 数人の男たちは荒々しく縄を手に持ち、ジェシーを縛り上げるために近づいた。盗賊たちはジェシーの服を掴んで引きちぎり一糸まとわぬ状態にした後、持っていた縄で縛りあげて動けない


ようにして他の客から巻き上げた金品と一緒に、古びた荷台の上に放り投げた。


 何とか抵抗しようとしたジェシーだったが何発も殴られ、荷台の上にうずくまり、そしてそんなジェシーを助けようと周りの静止を振り切って父親がジェシーに向かって行ったが盗賊の男が


父親を斬りつけた。


 ジェシーは放心状態で何が起きているか分からなかった。自分は何故裸にされているんだ?なんでお父さんは斬られてるんだ? そんなことをぼんやりと考えていたが盗賊たちはそれを知っ


てか知らずか次々と荷物を運び出し、持ってきていた荷台に積み替えるとジェシーを連れ去ってしまった。





 ―――――






 それから数時間が経った。ジェシーは途中で気絶してしまい今どこにいるのか分からなかったが、何処かの廃墟なのはわかった。今にも崩れそうな建物の中で冷たい石の上に座らされ首輪と


手かせ足かせを付けられていた。盗賊たちは向こうで戦利品の金品を見ながら下卑た笑いを浮かべながら酒を飲んでいた。


「いや~、案外あっさり行くもんっすね。もっと抵抗を受けると思ってたんっスけど」


「だから言ったろ?案外うまくいくってよ。メディーバルアンティークにあった奴隷商組織は冒険者に壊滅させられちまったらしいが、冒険者のなかでもバケモン扱いのティア1のやつがやったんだよ。そいつらはもうこの街にはいねえ。しかもこの街は比較的安全な地域にあるからティア2や3の冒険者なんていねえ。向かってきたらこっちから叩き潰してやればいい」


「それもそうっすね。それにこっちには元冒険者の連中もいますからね」


「そういうこった。ま、ある程度稼いだらこの街を出て別の所へ行く。徐々に勢力をでかくして一大盗賊団を作り上げるつもりだ」


 盗賊の頭目が言った直後、廃墟の外から物音が聞こえた。金属がぶつかるような甲高い音と、どさっと物が落ちるような大きな音が聞こえ廃墟の中にいた盗賊たちは互いに顔を見合わせ何か


がおきていると思い各々が武器を立ち上がった。廃墟の入り口の方からガシャガシャと鎧の音が徐々に大きくなっていくにつれ盗賊たちの緊張も高まっていた。鎧から響く金属の音がすぐ近く


まで来たときだった。


 建物の上の方にあった大きな窓ガラスが木っ端みじんに割れてそこから一人の少女が入ってきた。盗賊たちが反応するよりも先にその少女は魔術で火炎弾をすべての盗賊たちに叩き込んで瞬


く間に制圧してしまった。


「ふぅ。とりあえずはこれで終わりかな? ドミニク―こっちは制圧したよ~」


 少女が呼んだ先には鈍い銀色の鎧を着こんだ30代くらいの男が剣を片手に入ってきた。ドミニクと呼ばれた男は周囲を警戒しながら倒れている盗賊団の男たちを確認してからため息交じり


に少女に向き直った。


「ユリアーナ。いつも言ってるだろう。一人で突っ込むんじゃないよ」


「え~時間がもったいないよ~。この程度の盗賊たちなんて瞬殺できるんだからそこまで慎重にならなくてもいいじゃない♪」


「万が一ってことがあるだろう。まあとりあえずそのことは後回しにしてそこにいる女の子の枷を壊して外に連れて行ってくれ。怪我してるみたいだからクラーラに頼んで傷の治療をしてもらってくれ。俺はここで盗賊たちを縛り上げるから。あとはカールが狩りこぼしを倒しているから残敵掃討に向かってくれ」


「はいはーい!」


 ユリアーナはジェシーの首輪と手枷足枷を外して抱きかかえるとそのまま廃墟の外に出た。廃墟の外には同じく盗賊団の者たちが剣による攻撃によって血だまりに倒れ伏していた。おそらく先ほどのドミニクという男が斬ったのだろう。ユリアーナという名前の女性がジェシーを抱えたまま話しかけてきた。


「そういえば君の名前ジェシーで合ってる?」


「え、あっはい」


「よかった。実は君の両親から依頼を受けちゃってね。君のことを助けに来たんだよ~ いや~生きててよかった~」


「あの、あの後何があったのですか?」


「私達が冒険者ギルドから出た時にメディーバルアンティークにあなたの両親が駆け込んできていてね、娘が攫われてしまった。助けてほしいってね。でもメディーバルアンティークには魔物討伐の経験はあっても盗賊団の討伐経験のある冒険者はいなかったの。そこで私達があなたの救出に名乗り出たってわけ。 あ、おーいクラーラ! この子がジェシーだよ~。回復魔術で怪我の治療をしてあげてよ~」


「ん。わかった」


 クラーラと呼ばれた眠そうにしている半眼の神官らしき女性が魔術書を手にしながらこちらをに振り向いた。彼女のもとには他にも連れ去られたのかと思しき様々な種族の子ども達がジェ


シーと同じくボロボロになりながら草むらに座り込んでいた。そしてその向こうには倒したと思われる数名の盗賊たちが死体となって積み上がっていた。


 その凄まじい光景を呆然と見ていたジェシーは突然ユリアーナに頭を撫でられた。


「えっと・・・」


「よく耐えたね。君は偉いよ!後は私達に任せてジェシーちゃんは少し休んでね」


 満面の笑みとともにユリアーナはジェシーの身体を草むらに降ろすとすぐに別の所に向かって行った。それからクラーラと呼ばれた女性に治療をしてもらい他の子ども達と一緒にその場にと


どまっていると深い森の奥から3人の人影が出てきてそれぞれ盗賊の死体を引きずっていた。


「とりあえずこれで全部かな。カールもユリアーナもお疲れさん。クラーラ、子ども達の様子はどうだ?精神面に問題はないか?」


「どうかな。とりあえず怪我をしているこの治療は済ませたけど心の状態まではわたしにはわからない」


「そうか わかった。とりあえず残った盗賊たちは一通り討伐した。馬車に子ども達を載せたら俺が捕縛した盗賊たちを歩かせるからお前たちは馬車の中の子ども達の様子を見ていてくれ」


 リーダーのドミニクの言葉に他の3人が従い、ジェシーは離れたところにとめてあった馬車に他の子ども達と一緒に乗った。辺りはすっかり暗くなり月明りだけが差し込む中カールが馬の手


綱を握っていた。馬車の幌車の中で揺られている子ども達は恐怖と不安からくる疲れによって寝ており、その傍らではユリアーナはクラーラと一緒に周囲の警戒を行っていた。その後ろからは


ドミニクが捕縛した数名の盗賊たちを縛り上げたまま歩かせていた。


 しばらくゆっくりと揺られていると森が開けて街が見えいてきた。街の灯りが至るとこにともっており、とても幻想的な風景が広がってた。馬車が街の中に入るとそのまま一つの大きな建物


の前にとまり、後ろからついてきていたドミニクが建物の中に入るとギルド職員と街の衛兵がやってきて確認作業を行った後衛兵が盗賊たちを連行していった。


 その後、冒険者ギルドの中にいた母親がジェシーの姿を見るや、飛びつくように抱きかかえて涙ながらに謝ってきた。


「ごめんね!助けられなくて本当にごめんね!」


「お母さん・・・大丈夫だよ。わたしは元気だし怪我も大したことないから」


 ジェシーはそういって母親を宥めると父親はどうしたのか聞いた。先ほどからどこを見渡しても父親の姿が見えないのだ。すると母親は表情を曇らせた。よく見たら母親の顔はずいぶんとや


つれており、目が充血してた。そして重苦しく口を開いた。


 あの後、すぐに止血して馬車に乗せて街まで行き治療を施したのだが、余りにも出血がひどく助からなかったそうだ。母親に連れられて行った建物の中に一つの簡素な棺がありそこに父親が


収められていた。ジェシーはそんな状況になっても不思議と悲しい気持ちになれなかった。呆然としながらも父親が死んだという事実だけはしっかりと冷静に認識できていたのだ。自分は可笑


しくなってしまったのか?ジェシーはぼんやりとそう思いながら遺体安置所をでてそのあと父親の葬儀を含めた諸々の手配を母親が行いそのあと母親と一緒にその日は宿屋に泊まり、色々な事


があり過ぎて疲れ果てたジェシーは宿屋のベッドに寝転がったあとすぐに眠りについた。






 ――――――






 ジェシーが眠りについたのと同じとき、メディーバルアンティークの街外れにある修道院にいる一人の少女が難しい表情をしていた。手にしているのは昼間に冒険者ギルドで見かけたとある


依頼書だった。ここ最近この街では子ども達が相次いで失踪していたのだ。


 最初は一人で何処かにフラフラと出かけてそのまま迷子になったのだろうと思われていた失踪事件だったが1日、2日と時間が経つにつれただの失踪ではなく何者かによって攫われたのでは

ないかという憶測までたち始めたのだ。


 それから2日たってから別の子どもが失踪した。


その時も同じく気づいたら姿が見えなかったらしい。そしてそのまま失踪した。 さすがに2人目が出てしまった以上ただの失踪と片付けられなくなってしまい、その日から街の衛兵たちも捜


索に加わり、冒険者ギルドに捜索依頼が出されたのだ。


 それでも見つかることがなく更に一人子どもが失踪したのだ。しかも今度は街中ではなく家で夜部屋で寝たのを確かに確認したのに次の日の朝に起こしに行くとベッドがもぬけの殻になって


いたのだ。


「それにしてもいったい何が起きているの? 突然いなくなるのがよくわからないわ」


「そうねぇ。 わたしたちも子ども達を預かってる身として心配だわ」


「今のところうちでは何も起きてないけど……まるで何かがこの街の子どもたちを狙っているみたい」


「ええ、それが一番気がかりなの。こんなことが続けば、次に狙われるのは私たちのところの子かもしれないわ……」


「それにしても、家の中から消えたっていうのはどういうことなの? しかも夜中に失踪するなんて野盗か何かが攫って行ったのかしら?」


 


「そういえばあなたは聞きましたか? なんでも町の近くの森の中で盗賊が旅人を襲っていたらしく今日その盗賊が捕まったそうよ」


「へぇ~ 案外そいつらが失踪事件を起こしていた可能性もあるかもね」


「だとしたら安心できるのだけれど」


 孤児院の院長はどこか釈然としないと言った表情であいまいな返事をした。


 ジェシーは失踪した子ども達の捜索依頼書と一緒に配布されている子ども達の名前と似顔絵を見ながら考えたが考えた。盗賊どもがやっているという可能性もあるが、だとしたらこんな忽然


と消えるようになるのではなく家の中を荒らして金品から何から奪い取るだろうし、そもそも盗賊どもがこの街に入って子ども攫ったとしても街の出入り口には衛兵がいるためそもそも出るこ


とができない。


「まあ、考えても仕方がないことね」





 ――――――






 次の日、冒険者ギルドにやってきたミリアは新たな事実に動揺していた。盗賊は捕まったが街で起きている事件に全く関与していなかったのだ。盗賊に連れ去られていた人微達は冒険者が


全員救出していたがその中に街で失踪した子ども達はいなかったそうだ。


 しかも、今日もまた一人子どもが失踪したそうだ。それも子どもの親が見ている目の前で起きたそうだ。子ども達の失踪が立て続けに起きていたため寝ずの番をしていたらしくその日もいつ


も通り子どもを寝かしつけていたが、夜中に突然子どもが起き上がると裸足のまま家の外へ出たらしい。


 慌てて止めに入った両親だったが子どもではありえないほどの力で動いていたらしく止めることができなかったらしい。それでいて子どもの瞳はどこか虚ろで呟くように「いかなきゃ」と繰


り返しながら街の中に消えていったそうだ。


 ミリアはその話を聞き、背筋に冷たいものが走るのを感じた。まるで何かに操られるように子どもが姿を消していく——それは単なる誘拐とは異なる異様な状況だった。


「……まるで夢遊病みたいだな」


隣で話を聞いていた冒険者の一人が呟く。だが、普通の夢遊病とは決定的に違う点があった。親がどれだけ力を込めて引き止めても、まるで大人並みの力で振り払ってしまうというのだ。どう


考えても普通じゃない。


 他の冒険者達も失踪した子どもたちに関する情報を探っていたが未だに何も分からなかった。色々な人物に話かけて情報を集めようとしたジェシーだったが見事に出鼻をくじかれた形となった。


「本当になんにも情報がないのね。一体どこに行ったのか」


 冒険者ギルドの喧騒の中手にした飲み物を口にしながら依頼書の掲示板をぼんやり眺めていたミリアは一枚の依頼書に目が留まった。とある魔物の討伐依頼となっていたがその依頼書を見つ


めながら「まさかね」と一人呟いた。





 ―――――






 ミリアが冒険者ギルドで情報収集を行っていた同時刻ジェシーは一人商工業ギルドに来ていた。ジェシーの母親は夫の突然の死に憔悴しきっており宿屋でグイドと一緒に休んでいた。一人で


商工業ギルドに来ていたジェシーはそこで商工業ギルドの登録を行った。商工業ギルドに登録しておけば色々な仕事斡旋してもらえるし、身元のしっかしした仕事が紹介されるのでこの前みた


いに攫われたりすることもない。 それにランクを上げていけばランクに応じて斡旋してもらえる仕事もより高給なものを受けることができるようになる。


「さてと、何かいい仕事はないかな・・・すみません! あの、仕事を探しているのですが」


「あいよ。どんな仕事がいいんだい?」


「そうですね・・・ 今まで山で暮らしていたので力仕事もできます。他にも家事の手伝いや刺繍関連もできます」


「う~んとなると、漁港での荷物の積み下ろしに、建物の清掃、酒屋の給仕の仕事なんかかな」


 そういって受付のおじいさんがジェシーに斡旋票を手渡した。それぞれの仕事の内容と給金の値段が書かれていた。それを見ながらジェシーは考え込んだがすぐには結論はでなかったので一


先ずいくつかの斡旋票を持ち帰って考えてみることにした。

 

宿屋に戻るとグイドが駆け寄ってきてきた。お母さんがあんな状態なので自分がしっかりしなければと思いながら手にした斡旋票とにらめっこしてその日は机に突っ伏して寝てしまった。


 次の日の朝、ジェシーは柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込むのを感じながら、ゆっくりと目を開けた。まだ眠気が抜けきらず、重たいまぶたを何度か瞬かせながら、ぼんやりと天井を見つめる。

寝起きのぼんやりとした頭を揺さぶるように、彼女は片手で軽く顔をこすり、布団から身を起こした。冷たい床に素足をつけると、ひんやりとした感触が心地よく、少しずつ意識がはっきりしてくる。


ベッドの傍らに置いてあった水差しに手を伸ばし、洗面器に水を注ぐと、清涼な音が静かな部屋に響いた。用意していたタオルを水に浸し、軽く絞ってから顔に押し当てる。ひんやりとした感触が火照った肌を冷やし、一気に目が覚めた気がした。額や頬、首筋を優しく拭うと、眠気はようやく完全に抜け落ちた。


ジェシーは立ち上がると、洗面台へ向かい、両手ですくった冷たい水を顔にかけた。水滴が肌を滑る感覚に、頭がすっきりとしてくる。指先で目元を擦りながら、鏡に映る自分をちらりと見つめた。まだ少し眠そうな顔をしているが、準備は整った。


身なりを整えると、ジェシーは軽く伸びをしてから隣の部屋へと向かった。廊下には朝の静けさが広がり、窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。手をドアノブにかけると、一度深呼吸をしてから、そっと扉を開けた――。


「お母さんおはよう。今日もちょっと仕事探してくるからグイドと一緒にいてあげてね」


「ええ・・・」


 生気のない返事に不安になりそうなのを無理矢理無視して笑顔を見せたジェシーはふと隣のベッドを見るとそこにグイドの姿が無かった。すでに起きて朝ご飯をもらいに行ってるのか? それともトイレに行ったのかそう思いながら宿屋の一階に降りていくと宿屋の店主がいた。


「すみません。弟を見かけませんでしたか? 朝起きたら既になかったものでしてもしかしたら朝ご飯もらいに行ったのかと思ったのですが」


「? いや、来ていないね。そもそも朝早くから起きて仕事のじゅんびをしていたけど君が来るまでだれも起きてきてなかったよ?」


 ジェシーはその言葉を聞いた瞬間、胸の奥底に嫌な予感が広がった。まるで冷たい手が背筋をなぞるような感覚に、思わず奥歯を噛みしめる。焦燥感に突き動かされるように、彼は宿屋の外へ飛び出した。


まず裏手にある簡素な木造のトイレを調べた。扉を勢いよく開け放つが、中は空っぽ。鼻をつく異臭のほかに、人の気配はない。次に宿の裏庭へと足を向けた。薪や壊れた家具を放り込んでい


る物置小屋の前で立ち止まり、扉を押し開ける。中は薄暗く、埃っぽい空気が舞い上がる。隅々まで目を凝らして探すが、グイドの姿は見当たらなかった。


「もうっ・・・どこに行ったの?」


焦りを押し殺しながら、ジェシーはさらに周囲を探し続ける。建物を囲むように掘られた浅い堀のそばに足を踏み入れ、泥だらけの地面に視線を走らせる。何か手がかりがないかと探るが、そ


こにもグイドの足跡らしきものは見つからなかった。宿屋の壁沿いをなぞるように歩き、窓の隙間から部屋の中を覗き込む。しかし、どこにも彼の姿はない。


胸の奥の不安がじわじわと広がっていく。ただの勘違いであればいい――そう願いながら、ジェシーは次の場所へと駆け出した。





 ―――――






 あれから数時間が経過した。街中を駆けずり回って色々な人に話を聞いたが、だれもグイドの姿を見てはいなかった。時間が経てば経つほど心の中の不安と焦燥が膨れ上がっていき、ついに


疲れ果てて石畳に座り込んでしまった。汗が滲み呼吸が乱れていたがそれでも足を止めている場合ではなかった。


「は、はやく見つけないと」


 そう言ってもう一度立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。足に力を込めようとしても、ふくらはぎが震え、太ももは鉛のように重く、思


うように動かない。焦りが募るにつれて心臓が早鐘を打ち、呼吸も浅くなる。冷や汗が背中をつたうが、指先は妙に冷たく、力が抜けていく。頭の中もぐちゃぐちゃにかき乱され、考えをまと


めようとすればするほど、思考が霧のように散っていくばかりだった。



「あの、大丈夫?」


 唐突に掛けられた声に驚き、ハッと顔を上げる。視線の先に立っていたのは、一人の少女だった。彼女は清楚な修道服に身を包み、首元には金色の十字架が揺れている。金色の髪は短く切り


揃えられ、柔らかな光を帯びながら陽の光を受けてきらめいていた。その整った顔立ちはまだ幼さを残しながらも凛とした気品があり、深緑の瞳は静かな湖面のように澄み、優しげな光をたた


えている。心配そうにこちらを覗き込む彼女の表情には、僅かな不安と戸惑いがにじんでいた。


 不意に話しかけられたことで、思考が現実へと引き戻される。胸の奥でさざ波のように揺れていた感情が、一瞬にして静かになった。


「あ・・・」


 言葉にならない声が漏れる。目の前の少女は、そんなこちらの様子を見て、さらに不安げな表情を浮かべた。


「もしかして、どこか具合が悪いの?」


 少女の問いかけは優しく、どこか懐かしさを感じさせるものだった。思わず視線を逸らし、答えを探すように口を開きかける。しかし、自分が今ここに座り込んでいた理由すら、うまく説明


できる気がしなかった。


「・・・いや、大丈夫」


 なんとか絞り出した声は、ひどく頼りないものだった。少女は小さく首を傾げ、それでも無理に詮索しようとはせず、ただ静かに微笑んだ。


「そう・・・でも、無理はしないでね」


 そう言うと、彼女はそっと手を差し出した。白く細い指先が、陽の光を受けてかすかに輝いている。その手を取るべきか、一瞬ためらったが――やがて、ゆっくりと指を伸ばし、そっとその


温もりに触れた。


 その瞬間、頑張って押さえていた涙がこぼれ落ち、頬を伝って止まらなくなった。少女の目からは、まるで堰を切ったように涙があふれ、震える唇が言葉を紡ぐ余裕を奪っていた。突如とし


て訪れたその出来事に、心がついていけず、足元がふらつく感覚が広がった。


ジェシーは少女を静かに抱きしめて、優しく背中をさすった。手のひらが少女の背に触れるたび、その温もりが少しずつ落ち着きを取り戻させた。少女の肩はまだ震えていたが、次第に呼吸が


整い、涙も少しずつ収まっていった。





「なるほどね。あなたの弟さんがいなくなっちゃったんだね」


「はい」


 ジェシーは事の顛末を話すと、ミリアと名乗る少女はあることを教えてくれた。それはこの街で起きている謎の失踪事件だった。この話を聞いたジェシーはすぐに探しに行こうとしたがミリアに止められた。


「ここであなたが探したとしても見つかる可能性は低いし、何よりあなた自身が巻き込まれる可能性があるの。だから今日は宿屋に戻ってゆっくりやすみなさいな」


「でも!」


「大丈夫よ。衛兵も捜索に当たってるし、冒険者も探してるからきっと見つかる。わたしも探してるから今日の所は宿屋に戻って休みなさいな」


「・・・はい」


 ジェシーは意気消沈した様子でとぼとぼと帰っていき、その後ろ姿を心配そうにミリアは見つめていた。ミリアは更に聞き込み調査を行ったがついぞグエンを見たものはいなかった。宿屋に戻ったジェシーはとぼとぼと階段を上がっていき自分の部屋に入るとそのままベッドに横たわり何も考えたくないと思いながら眠りについた。


ちょうど時計の針が0時を指した。静まり返った室内に、壁掛け時計の秒針が規則正しく刻む音だけが響いている。


ジェシーはベッドの上で膝を抱え、暗闇の中をじっと見つめていた。行方不明になったグイドのことが頭から離れず、何度目かの寝返りを打つ。しかし、眠気は一向に訪れない。胸の奥がざわつき、不吉な予感が脳裏をよぎる。


――その時だった。


まるで部屋の空気がねっとりとした霧に包まれたかのように、肌にまとわりつく冷たい圧迫感が広がる。背筋が凍るような、説明のつかない不気味な気配。ジェシーは息を詰め、反射的に毛布を握りしめた。次の瞬間――


見えざる何かに腕を掴まれた。いや、掴まれたというより、細長く冷たい触手のようなものが絡みついたような感触だった。ゾワリとした悪寒が背中を駆け上がる間もなく、そのまま強烈な力で引きずり込まれる。


「――っ!?」


 叫ぶ間もなく、体がベッドから引きはがされた。まるで深淵の底へと引きずり込まれるかのように、抗う暇もなく重力が狂ったかのような感覚に襲われる。次の瞬間、床に叩きつけられた。鈍い衝撃が背中に走り、肺から空気が押し出される。


荒い息をつきながらジェシーは這うようにして顔を上げた。しかし、そこには何もいない。ただ、闇の奥からこちらをじっと見つめる“何か”の気配だけが、息苦しいほどに部屋を満たしていた。


 そして今度は体が金縛りにあったように全く動かなくなった。自分の身体なのに自分の身体ではないかのように自分の意思で動かせなかった。そしてジェシーの意思に反して身体が勝手に動いた。力を込めて抵抗するが身体は言うことを聞かずそのまま歩みを進めて宿屋の外へ出ていった。 


 何が起きているのか全く分からず混乱するジェシーは必死に助けを呼ぼうとするが何故か声も出なかった。怖い怖い怖い怖い怖い。恐怖で呼吸が浅くなり、見開いた瞳からは涙が溢れていた。


「―――っ たす・・けて。 誰か助けて!・・・」


 微かに出た助けを求めるは街の暗がりに溶けるように消えていき誰にも聞いてもらえてない。石畳の段差に躓き倒れるがそんなのお構いなしに身体は動き続けた。痛みに思わず顔を顰めたがそれでも止まることのない身体を何とか止めようと必死に力を入れた。


ジェシーの身体は、まるで見えない糸で操られているかのように、意思とは無関係に動き続けた。宿屋を出てからどれほど歩いたのかも分からない。ただ、足元の感触が石畳から土へと変わったことで、街の外れへと向かっていることだけは理解できた。


 夜の闇は深く、街灯の明かりも届かない場所。冷たい風が肌を撫でるが、そんな感覚さえも次第に遠のいていく。まるで自分がこの世界から切り離されていくような、そんな感覚に襲われた。


「――っ、お願い、誰か助けてよ・・・!」


 今度は確かに声が出た。しかし、それを聞いてくれる者は誰もいない。


 その時だった。


「ジェシー!」


 そこにいたのはミリアだった。昼間見たような修道服ではなく動きやすい普段着と肩から下げた鞄、腰には短剣をぶら下げていた。ミリアはジェシーの腰に抱き着くように捕まり動かないように引っ張った。だが幼い子どもとは思えないほどの力で動き続けずるずると引きずられていき、徐々に進んでいた。


「これはいったいどうなってるのよ!」


「わがらない。助けて」


 ミリアは引っ張りながら対応策を考えた。普通に引っ張っただけでは止めることはできない。というより体が勝手に動くって明らかに操られているとしか思えなかった。ミリアは片方の手で鞄を開けると中から白色の魔力石を取りだした。


「召喚獣召喚! ルミナスウルフ!」


 魔力石が淡く光を放ち始めると、それに呼応するようにミリアの声が空気を震わせた。次の瞬間、足元に展開された魔法陣が眩い輝きを放ち、精緻な紋様が鮮やかに浮かび上がる。光の奔流


が一気に周囲を包み込み、視界が白に染まる。


やがて光が静かに収束すると、その中心に巨大な狼が佇んでいた。白銀の毛並みは風に靡くたびに柔らかそうな光沢を帯び、月光を浴びたかのように神秘的な輝きを放っている。漆黒の瞳は深


淵のように静かで、見る者を射すくめるような威厳を秘めていた。鋭く引き締まった四肢は大地をしっかりと踏みしめ、まるで伝説から抜け出してきたかのような存在感を漂わせている。


『召喚に応じて馳せ参じました。何なりとご命令を』


 その大きな狼がミリアに頭を垂れるとミリアはすぐさま命令を飛ばした。


「この娘の身体を操ってる術を全て浄化しなさい!」


『御意』


 ルミナスウルフと呼ばれた狼はその体躯を持ち上げるとそのまま天に上るように遠吠えを響かせた。するとその体躯がオレンジの光に包まれそしてその光が徐々に周囲に広がっていきジェ


シーを飲み込むように包み込んでいた。その光景に唖然としているジェシーだったがいつの間にか身体が自分で動かせるようになっていた。更に今まであった恐怖心も無くなりとても落ち着い


た気持ちなっていた。


「もしかしてと思ったけどやっぱりそうだったんだね」


「えっと、どういうことですか?」


「今回の事件。もしかしなくてもおそらくローアの仕業と考えて間違いないと思うの」


 ミリアは召喚した使い魔らしき狼を送還すると擦り傷だらけのジェシーを背負って歩き出した。しばらく歩いていくと、街の喧騒から少しずつ遠ざかり、旧市街の入り組んだ路地へと足を踏


み入れた。道幅は徐々に狭まり、両脇には時代を感じさせる古びた石造りの建物が並んでいる。壁のあちこちには蔦が絡み、かつて鮮やかだったであろう看板の文字は風雨に晒されてかすれて


いた。石畳の道は少し湿っており、歩くたびに靴の裏にしっとりとした感触が残る。


やがて、苔むした石造りの階段に差し掛かる。階段は緩やかに上へと続き、所々にひび割れや欠けた箇所が見られた。歩を進めると、ひっそりと佇む一軒の建物が姿を現す。二階建てのそれ


は、古びてはいるものの、どこか温かみを感じさせる佇まいだった。外壁は木と石を組み合わせた造りで、屋根には黒ずんだ瓦が敷かれている。窓は小さく、木枠の間からかすかに灯る明かり


が漏れ、店の中に誰かがいることを示していた。


入口の横に掲げられた木製の看板には、流れるような筆致で《リュシー魔法薬》と書かれている。長い年月を経て角が削れ、文字の一部も薄れているが、それでも店の名をしっかりと主張して


いた。扉は頑丈そうな木製で、真鍮の取っ手が鈍く光っている。扉の前には、小さな鉢植えが二つ並べられ、薄紫色の花が静かに揺れていた。


ここが、リュシー魔法薬の店──時代の波に取り残されたような静かなこの一角で、ひっそりと営まれる魔法薬屋である。


「師匠。入りますよ!」


 そう言ってミリアは店の中へと足を踏み入れた。扉が軋む音とともに、室内に漂う独特な香りが鼻をつく。甘い花の香りと、ツンとした薬草の刺激臭、そして微かに焦げたような匂いが入り


混じり、まるで魔法そのものの香りだった。


店内の棚には、大小さまざまなガラス瓶がずらりと並んでいる。透き通る液体、どろりとした粘液、光を放つ粉末――中には瓶の中で小さな雷を放つものや、ぼんやりと人の顔のような影が揺


らめくものまである。ラベルには見慣れない文字が記されているが、中には「縮身薬」「幻視の霧」といった、何やら危険そうな名前も混ざっていた。


 木製のカウンターには、錬金術の道具が無造作に置かれている。蒸留器、薬研、試験管、それに金属製のピンセットや、何かを削るための小刀。長年使い込まれたのか、一部の器具に


は黒ずんだ染みがこびりついている。


さらに視線を下げると、床には紙が散乱していた。どの紙にも魔法陣や数式、古代文字らしきものが書かれており、一部はインクが滲んで判読できない。まるでそこが研究者の戦場であるかの


ように、混沌とした雰囲気を醸し出していた。


そして、その紙の山の中に、一人の女性が埋まっていた。


 長い黒色の髪が床に広がり、彼女は仰向けのまま動かない。白衣のようなものを着ているが、皺だらけで所々にインクや薬品の染みがついている。片手には羽根ペンを握ったまま、目を閉じて


寝息を立てていた。どうやら研究の最中に力尽き、そのまま眠りに落ちたらしい。


ミリアはその光景にため息をつきつつ、そっと彼女に近づいた。


「師匠! こんなところで寝てたら風邪ひきますよ! 寝るならベッドで寝てくださいよ!」


「・・・んっ ミリア? でもベッドの上はマンドラゴラの根っこだらけ・・・むにゃ」


「それはこの前片付けました! それよりもちょっと余ってるベッド借りますよ」


「う~ん? あれ、その子どうしたの?」


「この子は街で何かに操られて外へ引きずられていたのをわたしが助けたんですよ」


「へぇ・・・なになに、どれどれ?」


師匠――ジェシーはまだ半分寝ぼけたまま、ゆっくりと体を起こしてミリアの背負ってる少女を覗き込む。


「うん・・・とりあえず命に別状はないみたいだけど、擦り傷以外にも影響がまだ残ってるのかも」


「やっぱりそうですか?」


「可能性はあるね。ふふっ、面白そうじゃない。ちょっと診てあげようか」



そう言うと、ジェシーはミリアの腕から少女を預かろうと手を伸ばした――が、直後にフラッとバランスを崩し、そのまま書類の上に倒れ込んでしまう。


「わわっ!? だから寝ぼけたまま動いちゃダメですってば!」


「うぅ~・・・だってまだ眠いんだもん・・・。でも、この子のことはちゃんと診てあげるから、ちょっとだけ待ってて・・・むにゃ・・・」


「師匠、起きてください!!」






 ―――――






 「ミリアちゃんの推測通りだろうね~ おそらくローアという魔物による精神支配を受けた可能性があるとみるのが妥当だろうね。というかそれしかないと思うよ~ この子から採取した魔力の残滓を鑑定してみたけれど案の定ローアの魔力を検出したからね~」


「やはりそうでしたか。ですがだとしたら余計に不可解です」


「だよね~ そもそもローアという魔物はゾンビを生み出す悪霊の魔物であって本来はその辺に野ざらしにされた死体に憑りついてゾンビ化したものを指し示す。つまり生きている者には憑りついたりしないし、そもそも憑りつけない」


「そうですよね。そこがわたしも気になっていたところです」


 でもね、というとリュシーは本棚から一冊の本を取り出すとペラペラとめくっていき、あるページを開いてミリアに見せた。そのページを読んでいったミリアは「噓でしょ」と思わず口にしていた。


「嘘だったらよかったのだけれど、おそらく今回ジェシーちゃんを操っていたのはテナシティローアだろうね。普通のローアと違ってテナシティローアは生きている者を狙って憑りついて自分たちの住処に連れ去ってしまうからね。しかもやつらは一度狙った獲物は執拗に追いかける。一度失敗しても憑りつくまで何度でも襲ってくるからほんと厄介だよね~」


「だからこそ、ジェシーちゃんがやつに狙われているのはほっとけないですし、ジェシーちゃんの弟や街の子ども達があの手の連中に捕まえられていつまでも無事でいられる保証はないです。テナシティローアは単なる魔物じゃない。彼らは生きている者の魂をも奪って、自分たちのものにする性質を持ち合わせています。

 子ども達のの命が危ないですので私たちが全力で助けに行かないと」


 その言葉を切った途端、家の外からひときわ冷たい風が吹き抜けた。すぐに身を引き締めて、その冷気がどこから来るのか、感覚を研ぎ澄ませる。


「でも、時間はあまりないよ~。テナシティローアが子ども達を攫ってからすでに数日が経ってるからすぐにでもやつらを見つけないとね~」


「やることは単純明快です。いつまでも執着してやってくる魔物を討伐するだけです。ジェシーちゃんを狙われるのはマズいですが同時にチャンスでもあります。なにせいままで冒険者達が探し回っても見つけることのできなかった痕跡が向こうからやって来てくれましたから」


「そっか、わかったよ。行っておいで~ 私はこの子を見てるから」


「わかりました。では師匠行ってきます」


 そういって扉を開いたミリアの前にはズズズッと引きずるような音を立てながら這い寄ってきている紫のオーラのようなものに覆われた黒い触手を見た。不気味に這いずり回るそれを見なが


らミリアはすぐにルミナスウルフを再召喚すると目の前の触手を浄化していった。 浄化した触手のその先にテナシティローアの本体があるので、浄化しながら進んでいけばいずれ本体にたど


り着ける。


「さて、行くか」 


 ミリアは一人夜の街を駆け出した、召喚獣を引き連れて。






 ―――――






 たどり着いた場所は街の郊外にある洞穴だった。入口はひっそりと茂みに隠れ、まるでこの世界から隔絶された場所のように感じられた。周囲には不気味な静けさが広がり、ただ風の音だけ


が耳に届く。中からは、かすかに冷たい風が吹き出しており、どこか遠くの方から水の滴る音も聞こえてきた。


「さてと、ここまで来たのはいいけど、ここから先どうするか」


 ミリアは一度、手にした水色の魔力石を光にかざし、ギフトを発動させる。魔方陣が展開されて、光が集まると大きく膨れ上がり、目の前に現れたのは巨大な水色の大蛇だった。その大蛇は


まるで海のように輝く鱗を持ち、全身から冷たい水蒸気が立ち上る。足元の洞穴の湿った空気をさらに重くし、地面に触れる度に水音が響く。巨大な大蛇はその長い体をうねら


せ、洞穴の中を進んでいく。その蛇の動きは、まるで水流のようにしなやかで、全身を使って空間を支配するかのようだ。


時折、ゴブリンの集団が前方に現れると、水色の大蛇はすぐにその動きに反応する。大蛇の頭がふっとゴブリンの方を向き、その大きな口から一瞬で勢いよく水流が吐き出される。水は超高速


でゴブリンに向かって打ち出され、まるで矢のように空間を切り裂いていく。


「いいよ! そのままどんどん進んでいってヴァッサーサーペント!」


 奥へとどんどん突き進んでいくミリアは広い空間へと出た。そこは鍾乳石が天井からぶら下がりより一層冷え切った空間だった。足元は滑りやすくとても不安定でとても戦いにくい所だった。


 そんな場所の奥の方に小さな子ども達が複数人倒れていた。急いで駆け寄ってみるとまだ息をしていた。ホッとしたミリアは緑色の魔力石を取り出して召喚をおこなった。体長5mの大きな緑のボディにくりくりの瞳をもつスライムがそこに現れた。


「プルルン! 子ども達を冒険者ギルドまで運んで!あとで合流しよう!」


『わかりましたマスター』


 プルルンと言われたスライムはその場にいる子ども達全員を自分の上に乗せると流れるようにプルンとしたボディを震わせながら洞穴の外へと進んでいった。そしてそれを見逃すほど敵も間


抜けではなかった。


 かなりの速さでやってきたそれは大きな蝙蝠のような翼を持ちやせ細った胴体と手足に長い爪、そして何よりも顔がない。不気味過ぎるその姿こそテナシティローアの姿なのだ。事前にほん


で知識を得ることが出来たのは僥倖だった。でなければ対処困難だったかもしれないとミリアは思った。


(奴を倒すには体のどこかにある核を破壊しなければ延々と再生されてしまう。持久戦はこちらが不利になるだけ。なら)


 ミリアは素早く鞄に手を伸ばし中から今度は赤色の魔力石を取り出すと素早く召喚を行った。赤い鱗に四本の足を地につけて口から炎を吐いているそれはまごうことなきサラマンダーだった。


「全部焼き尽くすまで! どーんとやってサラ!!ッ」


 サラマンダーはミリアの声に応えるように咆哮を上げ、周囲の温度が一気に上昇した。大気が揺らぎ、地面には焦げた痕が浮かび上がる。


サラマンダーの口元に赤々とした炎が渦巻き、次の瞬間――豪炎が前方に向かって解き放たれ、轟音とともに敵の陣形が炎に包まれる。悲鳴と焼ける音が響く中、ミリアは満足げに笑みを浮かべた。


「よしよし! やっぱりサラは最高ね!」


 だがサラマンダーの炎を受けたテナシティローアはまるで何事もなかったかのように翼で羽ばたきながらその場に滞空していた。そしてお返しとばかりに魔術をぶっ放してきたのだ。テナシ


ティローアの攻撃魔術を受けたサラマンダーと水の大蛇は内包する魔力量を減らしていた。 召喚した際に使った魔力石の魔力量がそのまま活動限界になる。 そして攻撃魔術をうければそれ


だけ防御するにしてもやられた部位を再生するにしても魔力を消費してしまう。 すでに大半の魔力を消費していたルミナスウルフと ヴァッサーサーペント。プルルンは子ども達を外へ運ん


でいるためいないしサラは魔力消費が激しいという弱点がある。


「さて、どうやって切り抜けよう」


 ミリアは鞄の中にある残りの魔力石を確認して考えた。この状況を打開する方法は何かないか。どんな使い方なら、逆転の一手になり得るのか?そして一つの案を思いついた。ミリアは洞穴


にこれ以上奥がないこと周囲を見渡して逃げ遅れたものがいないのを確認するとルミナスウルフに指示した。


「ルミナスウルフ! 浄化と爆音を放て!」


 その言葉に反応したルミナスウルフは浄化を展開し爆音を放った。 その瞬間テナシティローアは展開された浄化によって動きが緩慢となりさらに爆音で一時的に一気に鼓膜をやられたテナ


シティローアは地面でのたうち回っていた。その隙に鞄から魔法薬の瓶を取り出すと蓋を外して思いっきりぶん投げた。地面に転がった瓶から勢いよくガスが出てきた。 その瞬間ミリアはす


べての召喚獣を送還して一気に出口まで全力疾走した。  

 

 出口に到達した瞬間簡易的な火炎魔術を洞穴に撃ち込みその直後防御魔術を洞穴に張り穴を塞いだ。数秒後とてつもない轟音と自身のような地鳴があたり一帯に響き渡ると防御魔術で塞いだ洞穴が勢いよく吹き飛び中ら炎と煙が吹き出した。


「・・・師匠が思いつきで錬成した豪爆薬。押し付けられて持っていたから使ってはみたものの・・・威力高すぎるでしょ」

 

 その威力は言葉に尽くしがたい光景を生み出していた。洞穴は崩落しており、しかも地面が圧倒的熱量で消し飛び陥没していた。周囲に生えていた木々は綺麗さっぱり吹き飛び木っ端みじんになり土煙とが周囲に立ち込めていた。


 これでは、テナシティローを討伐できたのかどうかなど判らなかった。 あまりにも威力が大きすぎる大爆発を起こしてしまったので、さすがにやりすぎかもしれないとミリアは思った。 し


かし、その不安はすぐにかき消された。なんと陥没した岩石の隙間からテナシティローアがはい出てきたのだ。 全身がボロボロになり羽はもげ、腕は変な方向に折れ曲がり足も片方潰れてい


た。しかしまだ生きていた。

 

這い出てきたテナシティローアのそのしぶとさに若干ドン引きしたミリアだったがすぐに切り替えて腰の短剣を抜いた。 既に虫の息である魔物にとどめを刺すべく歩み寄りテナシティローアの前までやってきた。



「しぶといにもほどがあるでしょ・・・まあ、これで終わりよ。」

ミリアは短剣


「くたばれ。」


冷たく言い放ち、一気に短剣を突き立てる――。






 ―――――






 それから数日が経過した。街の外から現れたでかいスライムが子ども達を乗せて現れたことによって一時騒然となった。戻ってきたミリアが事情を説明して子ども達を治療してもらい、冒険


者ギルドで今回の失踪事件は解決したことを伝えると周囲の評価が一気に変わった。 冒険者がどこを探しても見つからなかった子ども達を見つけ出し、魔物も討伐していたので今後また失踪


することはないという事実に街の住民は安心し、ミリアの住む孤児院に毎日色々なものをもってお礼に来る人々が絶えず来ていた。


 ジェシーもあの後弟のグイドと再開することができ、今は宿屋で休んでいるらしい。その日、ミリアは冒険者ギルドに呼びだされて冒険者ギルドのギルマスの部屋に来ていた。どう考えても数日前の件としか思えない。


「待たせたな。俺がここのギルドマスターだ。よろしくな」


「はぁ・・・ それで私に用とはなんでしょう?」


「ははは! そう構えなくていい。別に責任取らせようとかそういうのじゃねえからな。むしろ今回の件で他の冒険者がだれも解決できなかった依頼を解決してくれたんでな、街の住民から感謝されてるお前さんを冒険者ギルドとしても何か報酬を出さないといかんだろう?」


「報酬でしたら既にもらっていますよ?」


「そいつは依頼に対する報酬だろう?あくまでも依頼主が出した報酬を受け取ったに過ぎない。ギルドとして褒美を出しておきたいんだ」


「別にいらないですよ」


「まあそう言わず受け取ってくれ。俺としても受け取ってくれるとメンツを保てるんでな」


 そういってギルマスが渡してきたのは新しい冒険者カードだった。


「嬢ちゃんをティア5にすることにした。これを報酬とする」


「まだ冒険者活動始めて3か月しか経ってないですよ? 確かティア5への昇格って1年位かかると聞いていたのですが」


「本来ならな。だが嬢ちゃんテナシティローアを倒しただろう?あれは第5等級の魔物でな。本来は新人にやらせるような相手じゃねえのさ。それをソロでしかもほぼ無傷で討伐しちまったってなるとさすがにティア6のままにしておくわけにはいかねえのさ」


「なるほど。まあそういうことでしたら構いません」


「よかったぜ。これからも冒険者として依頼をこなしてくれよな!」


「私はシスターなのですけれど」


「細かいことは気にすんな!」


 笑ってごまかされたミリアは半眼になりながらも、結果的に昇格することができたのでよしとした。その後、孤児院に戻ってきたミリアの元にジェシーとグイドがやって来ていた。ジェシーは涙ながらにミリアにお礼を言い更に孤児院で働くと言い出した。孤児院はたくさんの子ども達が暮らしており人手不足だったのでミリアは歓迎した。


「これからよろしくね」


「はい!よろしくお願いします。ミリアさん―いえ、ミリア姉さん!」


「ちょっと他の子の真似しなくていいの!」


「いーえ! ミリア姉さんと呼びます呼ばせてもらいます」


「まったく・・・」と呆れたように言いながらも、ミリアはどこか嬉しそうに微笑んだ。


 ジェシーは満面の笑みを浮かべ、孤児院の子どもたちの元へ駆け寄り孤児院の子ども達と一緒に遊びに行った。子どもたちの楽しげな声にジェシーの明るい笑い声も混ざり、ミリアの胸には温かなものが広がっていく。


「ここも、少しずつ変わっていくのかもね」


そう呟いた彼女の言葉は、春の風に乗ってどこまでも広がっていった――。






 おしまい

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