龍奉王国リンドヴルム 王都一夜騒動
むかーしむかし、あるところに二人の少女がおりました。
金色の美しい髪が風に揺れ、蒼い瞳で前を見据える少女は、背中に黄金の大槌を背負っている。その大槌は古代の神話に登場するような、壮麗な装飾と彫刻が施されており、一見するだけでその力強さを感じさせる。
彼女が引っ張るキャビンは頑丈な木材で作られており、重厚感がありながらも、なんとも言えない優雅さが漂っている。キャビンの表面には、森や動物たち、流れる川などが彫り込まれており、まるで絵本から飛び出したような美しいデザインが施されている。
もう一人の少女は、銀色の髪をハーフアップの三つ編みにまとめている。その髪は光り輝いていて、まるで月の光を受けているように見える。彼女は本を読みながら、キャビンに揺られている。その本は厚みがあり、古びた装丁が美しい本で、知識と冒険の世界を詰め込んだような存在感がある。
二人が進む道は今までの土のあぜ道ではなくとてもきれいに舗装されている石でできた街道だった。石造りの街道には等間隔に魔法石が埋め込まれており、それは日中に太陽の光を吸収し、夜になると発行して道を照らすらしい。街道の外側もきれいに整備されており、きれいな草原が広がり、魔物の類はほぼいなかった。
「いや~ここまで快適な旅路も珍しいよね~。舗装された道なんて街の中くらいしかないもんね」
「それはそうだよ。この街道はこの国の王都に続いてる道だからね。反対に進めばこの国の王族を除いて最高位の貴族の公爵の領地があるからそことつながるように今から三代前の国王がこの街道を造らせたんだよ」
「なるほど。王都と公爵様の領地で人や物の行き来がしやすければ経済が活性化するもんね!まあ、私としては魔物と戦えたら楽しかったのだけれど」
「たまにはいいじゃないこんなふうに平和な旅路で。・・・正直いつもが過酷すぎるのよ。なんで突風が吹く嵐中魔物に追われたり、滅茶苦茶暑い中をこれまた魔物に追われながら旅しなきゃいけないのさ。普通の穏やかな旅路でいいじゃない」
「え?刺激が足りないじゃない」
「そんな刺激はいらん」
軽口をたたきながら本に栞を挟めて閉じると、体を伸ばして微かにふくそよ風を感じていると微かに遠くから物音が聞こえた。何かがこちらに向かって進んでいるようだった。ラキにそのことを伝えるとキャビンを近くの木の陰においてそれから街道から外れた草原を見やった。先ほどから何も変わらない草原の景色が広がっていて時折ふくそよ風に草原が揺れ小川の音が微かに響くのみだった。しかし少ししたとき遠くに土煙のようなものが見えよーく目を凝らしてみてみると4~5人の人たちが岩に手と足が生えたようなゴーレム型の魔物に追い回されていた。
見るからに冒険者が追いかけられていたのでラキはタギツに冒険者に助太刀しにいくと言って背中に背負ったミョルミーベルを握りしめて走り出した。
「もう!何なのこいつらは!?なんで王都に近いこの場所でこんなにも強い奴が出てくるのさぁ!?」
「いいから走れ!潰されちまうぞ!」
「わ、わたしもう・・・限界」
「がんばれ! 王都まで逃げ切ればこっちのもんだ頑張って走れ!」
冒険者たちは魔物から走って逃げているが如何せん体格差のせいで徐々に距離が縮まっており、追いつかれるのは時間の問題だった。ラキは握りしめたミョルミーベルを体を後ろに捻って構えた。踏み込みの足に力を入れて大地を踏みしめようとした次の瞬間すぐ横を目にもとまらぬ速さで何かが通り抜けていき、冒険者たちを追いかけていた岩の魔物に向かって突っ込んでいった。その瞬間岩の魔物は上下真っ二つにぶった斬られていた。しかもその後続として続いていた大量の魔物たちも一瞬でバラバラに吹っ飛んでいたのだ。
「え、ええええ!?何が起きたの!?」
何が起きたのかわからないが何者かによって魔物が倒されたことだけはわかったラキは急いで魔物が倒された地点へ走っていった。そこには先ほど確認した岩の魔物とその他大量の魔物の残骸らしきものが転がっていて、近くには冒険者たちが草むらに座り込んで休んでいた。全員疲労困憊といった様子で相当必死に逃げてきたことがうかがえた。
そしてそんな冒険者たちから少し離れたところに青い鎧に金色の刺繍が施されている赤いマントを羽織っている青年の男性だった。黄金の長い髪は一つにまとめられ、その碧い瞳と整った美しい顔立ちはまさに美青年といった面持ちだった。
「お?お嬢さんも騒ぎに気付いてここに来たのかい?だが!御覧の通り既に魔物は討伐されている!!この俺様ハクナの手によってな!!フハ—ッハッハッハ!!」
高笑いとともに名乗りを上げたハクナという剣士にラキはミョルミーベルを背負いなおして自分の名前を名乗った。
「こんにちわ。私はラキと申します。遠くから土煙が見えて何かと思ったら魔物に追われているみたいでしたので駆け付けたのですが、その必要はなかったようですね」
「いやいや、お嬢さんの心意気とても素晴らしいとも。今回はたまたま俺様がいたからすぐに終わってしまったがお嬢さんが活躍する機会は必ず来るさ、焦らず泰然として待つが良いフハ—ッハッハッハ!!」
ラキは冒険者たちに怪我などないか確認を行い、続けて大量の魔物の売れそうな部位の回収と残った魔物の残骸の後処理を行った。少し回復した冒険者たちだったがせっかくなので王都まで同道しないかと提案したラキに冒険者たちは是非にと快諾した。そしてキャビンに戻ってきたラキとその後ろにいた冒険者たちとハクナの姿を見たタギツはこう考えた。ああ、また拾ってきたと——
「またなの?ねえ、また拾ってきたの?どうしてラキはいつもいつも厄介事と面倒事を拾ってくるのかな?ねえ僕にわかるように教えてよ?」
平坦な声でいつも通りの口調のままタギツはラキに問いかけながらラキの手をすさまじい力で握りしめていた。ラキの手はミシミシと音をたてながら軋みラキは引きつた笑みを浮かべながらアハハ・・・と乾いた笑い声をあげた
「いや~たまたま草原で魔物に追い回されている冒険者さん達がいて、その人たちをこの方が助けたんだけど冒険者さん達が疲労困憊の様子だったから一緒に王都までどうかなって思ったの!決して冒険者さん達とこのハクナさん達と一緒に行ったほうが面白そうとか思ってないよ?ホントダヨ?」
「なら何故僕の顔を見ないの?こっちを向いてよラーキーちゃーん」
「ぎゃああああ痛い痛い痛い!手がッ!手が潰れちゃうッ!!ターちゃん待ってお願いだから私の手を破壊しようとしないで!!」
「うるさい」
タギツは大騒ぎするラキの手を引っ張るとそのままもう片方の手でラキの顔面にアイアンクロ―を決めた。力強く握りしめられたラキはジタバタ暴れながら必死に謝りこみ、タギツはいつもの如く溜め息を一つついてからラキを解放した。
「あ~・・・。ううん、改めて自己紹介させてくれ。私はドミニクっていってこのパーティーのリーダーをしている。こっちの剣士がカールで、こっちの魔術師がユリアーナでこっちの神官がクラーラだ。王都で冒険者をやっているものだ。どうやらそちらの嬢ちゃんに迷惑かけちまったようだな。すまねえ」
「別にそれ自体は構わないよ。いつものことだから。どうせ僕たちも王都に向かう予定だったから物のついでに乗っていきなよ。それよりそっちの人は?」
「お?俺様について知りたいのか?どうしようかな~お嬢さんがど~しても知りたいというなら教えてやらんでもないが—」
「じゃ別にいい。特に知りたくもないから」
「なるほど!そんなにも知りたいか!!ならば教えてやろう。何を隠そうこの俺こそ龍奉王国最強の冒険者ハクナその人なのだ!どうだ?驚いたか!!驚いただろう!!フハ—ッハッハッハ!!」
「アーそうですネ凄い凄い」
「そんな最強な俺様も一緒に王都までついて行ってやる!さぁ行こう!王都までの道のりはまだまだあるぞ!」
そういいながらラキと冒険者たちをキャビンに詰め込むと有無も言わせず自らキャビンを引っ張り出した。全員乗せると結構な重量になるはずなのにまるで重さを感じさせない感じに軽快に石畳の道を進んでいった。もう反論するのも面倒になったタギツは人がギュウギュウ詰めになって狭いキャビンの中でため息交じりに会話に混じった。
「へぇ、それじゃあお二人はあのメディーバルアンティークから来られたんですか?いいな~私王都を拠点に活動してるからこの近辺にはいったことあってもそこまで遠くの場所に行ったことないんですよ~。しかもメディーバルですよ!クラーラちゃん私も古都いってみた~い!」
「ここからメディーバルまでかなり遠いよ。距離軽く1000kmはあるけど?行くだけでとても大変だと思う」
「うぐっ! それでも行きたいよ~ ねえリーダー!今度王都の外に遠征しに行かない?この前は城塞都市に行ったんだし今度は古都に行こうよ~」
「まあ、それもありかもしれねえけど、そのためにはまず金を稼げ。そうしないと路銀が尽きて立ち行かなくなるぞ?」
「うげぇ~ カールうぅ、リーダーが冷たいよ~」
「・・・現実的な提案だと俺は思う」
「カールまで~。ぶーもっと冒険を楽しめよお前ら~!」
口をとあらせて不貞腐れるユリアーナに笑いながらラキは話をつづけた。
「でもでも大変でしたよ?古都で孤児院の子ども達が攫われそうになったり、孤児院を立て直すために街中駆け回っていろんな人に魔導波ラジオを配ったり、誘拐された孤児院の女の子助けにいって奴隷商をやっつけたら奴隷として売られかけた子ども達や女の子達がたくさんいて一時的に孤児院預かりになって孤児院から溢れそうになったり」
「なんかすごい経験してるな二人とも・・・まあそれが旅人の醍醐味ってやつなのかもしれねえけどね」
「僕としてはそこまで波乱万丈の旅路は求めてないんだけどね。ラキが事あるごとに首を突っ込むからやらざる負えないんだよ」
「でもターちゃんもなんだかんだ言って一度やるとなったら最後まで面倒見てくれるよね?」
「それはそうだよ。やるからには中途半端にはできないからね。せめて生活基盤くらいはつくってやらないとね」
手にした魔導書を読みながら言葉をはさむタギツに今度はクラーラが話始めた。
「今読んでいるその魔導書って確か『即席魔術練成方法』の本ですよね?それってとても手に入りにくいはず。どうやって手に入れたのです?」
「メディーバルアンティークの魔術書店に売ってたから買ったの」
「ちなみにおいくらでした?」
「金貨30枚」
「たっかッ!?日常で使うような魔術書かれた本にその値段高すぎません!?」
思わずツッコミを入れてしまうユリアーナに対してクラーラは自分の手持ちの硬貨を確認してしょんぼりしていた。
「まあ、普通に買う分には高すぎるから買おうとは思わなくていいと思うよ。それに僕のこれはどちらかというと趣味だから」
「・・・趣味で金貨30枚だすって・・・もしかしてあなたは何処かの貴族の令嬢か何かなの?」
「違うよ。僕はれっきとした冒険者だよ」
「う~んとても冒険者には見えないけどな~。どうみても戦闘ができるようには見えないしな」
ドミニクが不思議そうにしていたがわざわざ自分の手の内を晒す必要もないのでそれには答えなかった。
「ターちゃんは普段は戦わないけど私よりずっとずっと頭がいいからとても頼りになるの!」
そこからラキによるタギツ自慢が始まりいかにタギツがすごいかを滔々と話し始めたラキと自分の自慢話を延々と話し続けられるタギツという構図がしばらくの間続き、いい加減にしろと言いながらタギツがラキの頬を引っ張るまでそれは続いた。しばらく進んだころ石畳が伸びるその先にとてつもなく巨大な街が見えた。
「見えました!アレがリンドヴルムの王都リンドヴルムです」
ドミニクがキャビンの外に見える王都を指指さして言った。白亜の城壁が超巨大な円を描き、その内側に所狭しと建物が立ち並び、更にその内側に一回り小さな城壁が同じように円をあがくように聳え立っていた。そしてその円の中心地点にそれはそれは立派な城があった。噂には聞いていたがここまで大きな大都市は初めての経験だった。街を囲う城壁の円の向こう側が霞んで見えないほど広いのだ。更に円の中心部には凄まじい高さの超高層建造物が乱立していた。さしものタギツもその光景に圧倒されていた。
「もう少しで王都に到着だが、お前たちはどうするんだ?俺様はお嬢さん二人を冒険者ギルドまで連れて行こうと思ってるんだが」
「では私たちも冒険者ギルドに向かいます。色々と報告しなければならないこともありますからね。それにハクナさんとラキさんとタギツさんにもお礼がしたいですから」
「ッハッハッハ!俺様は助けたいから助けたにすぎん!例など不要であるぞ!!」
「私も結局何もしてないですから私たちも特に何もいらないですよ~」
「しかし、それでは私たちの立つ瀬がありません‼どうかせめて一杯奢らせてもらえませんか?」
「ハイ是非!!」
豪快な手のひら返しで目をキラキラさせながらラキはドミニクの手を握ってた。タギツは溜め息をついて、ハクナは爆笑していた。そんなことがありながら無事王都の門をくぐりぬけるとさらに驚いた。人、人、そして人。どこを見渡しても人だらけなのだ。小さな子どもに商人の大人、冒険者の集団に街に住む女性、老人までいた。そして特徴的なのがいるのが人間族だけでなく兎人族から犬人族猫人族などの獣人がいた。キャビンが進むとその先に噴水と水場がありそこには上半身が人間で下半身が鱗に覆われヒレの付いたたいわゆる人魚族の少女達が水浴びをし、その奥には狐耳の女性が屋台で肉を焼いていた。
石畳の道の両側には様々な店が所狭しと立ち並び、あるところの武器防具を売る店ではドワーフ族の男がが炉の前で汗をかきながら武具を製作し、ある店では上半身が人間で下半身が馬のケンタウロス族が日常で使う雑貨を売っていた。やがて見えてきたのは周囲の建物よりも圧倒的なまでに巨大な建物だった。
道が綺麗に二股に分かれており、その真ん中に鎮座している冒険者ギルドはちょうど道が分かれている所に大きな円柱状の建物が立っておりそこから二つの道に沿うように石造りの建物が奥まで伸びていた。更に真正面の奥の方には大きな時計塔がたっておりここからでも見えるほど巨大な文字盤が見えていた。時計塔もそうだが建物自体にもとても精巧な装飾の加工がなされており、まるでとても古い時代からあるような神殿を思わせる佇まいだった。
「着いたぜ!ここが王都自慢の時計塔がたっている冒険者ギルドだ。この龍奉王国の王都ができた当初からここにずっと存在している建物を利用したものらしく歴史ある建物らしいぞ~!知らんけどなッ!フハ—ッハッハッハ! では俺様はまだ見ぬ人々の助けになるべく行かねばならぬ!さらばだッ!!!!」
ハクナは相変わらずのハイテンションと適当さでキャビンを冒険者ギルドの前に止めるとラキとタギツ、そして冒険者たちに挨拶をしてたかと思うとすぐに何処かへ消えていった。ドミニクがお礼を言うよりもはやくハクナは高笑いとともに何処かへ行ってしまった。
「行っちゃった。ハクナさんってずいぶんと変わった人だったね~」
「ちょっとで済むのかアレ。僕からしたらどう考えても普通じゃないよ」
「でも面白いひとだったなぁ。今度手合わせしてくれないかな~あの人だったら多分ノリノリで引き受けてくれそうだし」
「それはやめといたほうがいいんじゃない?」
「どうして?」
「あのハクナって人。—ラキよりも強いよ」
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冒険者ギルドの中にドミニクたちと一緒に入っていったラキとタギツはとても広い冒険者ギルドのエントランスホールを抜けて奥にある受付に向かいそこにいた受付嬢のたれ耳が可愛い犬人族の女の子にドミニクたちは依頼の報酬と先ほどハクナに倒された魔物の素材の報酬を受け取り、この辺では見かけることのない魔物が出現したことをギルドに報告した。
「わかりました。このことはギルドの方でも調査をさせていただきます。何にせよご無事でよかったです。それでは今回の報酬はこちらになります」
「ああ、いつもありがとう。それと新しく旅の冒険者が来てるんだ。おそらく勝手がわからないと思うから困っていたら助けてやってほしい」
ドミニクの紹介にラキが元気いっぱいにそしてタギツが車椅子に座ったまま素っ気なく挨拶をした。冒険者ギルドに入った瞬間からギルドの中にいた冒険者たちからの視線を受けてたがドミニクたちによって二人が冒険者であることが明かされると更に好奇の目で見られた。一体どこから来たのか。どのくらいの実力があるのか。どの程度滞在するのか。そういった値踏みの視線なのだろう。
ドミニクが周囲に睨みを利かせると慌てて視線を外しそそくさといなくなってしまった。溜め息をつきながらラキとタギツに周りの冒険者たちの非礼を詫びつつ、約束通り冒険者ギルドにあるエールを二人に奢った。
「それじゃあお二人に対して改めてお礼を。そしてこの出会いに感謝を!乾杯!」
ドミニクの音頭に合わせて木製のジョッキを酌み交わすとラキは物凄い勢いでゴクゴクと飲み干していった。その様子にドミニクだけでなくカールとユリアーナ、クラーラまでもが呆気に取られていた。そそいてラキはすぐさま二杯目を注文してついでに注文されていた料理も食べて追加注文していた。
「はは・・・これは、奢るといったのは軽率だったかな?」
「ラキの胃袋に限界はないからね。僕はあそこまで食べれないけどラキの場合は普通に10人前とか平らげてしまうからね。ほんとうに食費が馬鹿にならないよ」
「お、おう。嬢ちゃんも苦労してんだな」
「もーひどいよ二人とも!10人前くらい普通に誰でも食べれるじゃない~。そんなに小食じゃ大きくなれないぞ! あ、追加注文いいですか~!」
食事を持ってきてくれたウェイターにラキは更に追加注文を行い、どんどん食べていった。それから少しの間、旅の話をしながらこの王都に関すること聞き、情報交換をしたラキとタギツはせっかくなので冒険者ギルドのそとにあるキャビンに乗るとそのあま宿を探した。ドミニクたちの話によるとこの街は高い城壁の中で庶民街と貴族街に分かれており、王都の二つある城壁の外周の中にあるのが庶民街でそこから更に城壁を越えると貴族街があるとのこと。
基本的に宿屋があるのは庶民街でそのほかの武器防具や日用雑貨が売っている場所も庶民街がほとんどであり、庶民や冒険者、商人は基本的に貴族街に用はないとのことらしい。ラキとタギツは冒険者ギルドを出て今いる庶民街の西側の地域、主に王都の外から来たものたちが止まる宿屋や宿に泊まっている人向けに料理を出している飯屋が立ち並んでいる所に行った。
「うわ~さすが王都!ほかの街とは比べ物にならないほどの店が立ち並んでるよ!!」
「そうだね。武器に防具に日用品にアクセサリーといいった小物から馬が引っ張る幌車に建物の建材まで売ってる。あっちに売ってるのは魔道具か。さすがの品ぞろえ。圧巻だね」
「ねえターちゃん!せっかくだから思い切っていい宿屋に泊まろうよ!たまにはふっかふかのベッドで寝たいよ~」
「そうだね。僕も最近体が凝ってきたからたまにはゆっくりしたいしここは奮発するか」
やったー!と喜びの声を上げるラキだったが不意にキャビンを止めた。何かあったのかとタギツが外を見るとそこには複数人の冒険者と思しき集団と一人の町娘が口論になっていたのだ。その姿にラキは見覚えがあった。あの日、奴隷商たちを叩き潰した際に鋼鉄の檻の中に囚われていた奴隷の少女のうちの一人だ。灰色の狼の耳とウェーブのかかったショートボブの髪の毛にフサフサの尻尾、勝気そうな釣り目、この王都の住人と同じ割と庶民的な恰好をしていた。
奴隷商を倒した時は衰弱していたためかかなりやせ細っていたが今は肉付きもしっかりとしていて健康状態にも問題はなさそうだった。あの一件の後、誘拐されて奴隷にされていた子ども達は身元がわかった子に関しては親元に返されたと聞いていたがこんなにも早く出会うとは思っていなかった。
そんな少女が冒険者の集団と何やらトラブルになっていたのだ。確か名前は・・・
「いい加減にしてよ!うちの店ではそういうサービスはやってないの!そういうのは歓楽街の風俗にいきなさいよ!」
「まあ、そういうなよ?お前の所のぼろ宿に少しでも貢献してやろうって思ってるんだ。お前にとっても悪い話じゃないぜ?それにお前もそういうのは得意だろ?元・奴隷のお嬢ちゃん」
「私は奴隷じゃないし元奴隷でもない!売られちゃいないし犯されてもいない!適当なこと吹かすな変態!!」
ガルルルルルと牙をむき出しにして物凄い形相で威嚇している少女に対して冒険者の一行は下卑た笑い声をあげて少女を取り囲んだ。周囲の人々も何とか助けたいという面持ちではいたが如何せん仲間の冒険者が周囲の住民たちを威嚇するように睨みつけていたため誰も助けに入ろうとはしなかった。このままでは少々不味いことになりそうな雰囲気であった。
「なあ?いいだろう。たった一晩付き合ってくれるだけでいいんだぜ?そうしたらこの俺が貴族街に住んでいるお貴族様に口添えしてお前の宿屋を立て直してやるぜ。千載一遇のチャンスをお前は棒に振る気か?なあ、アンネちゃん~」
「くっ・・・・・・」
狼族の少女アンネは顔を歪ませながら考えていた。目の前にいる冒険者の一行は数日前からやたらと絡んでくるようになり、度々嫌がらせをしてくるようになったのだ。何度もやめるように言ったのだが全く聞く耳持たないし、王都の冒険者ギルドに陳情に行ってもあんまり状況は変わらない。だがここでへこたれてなんかいられなかった。
「お前の助けなんぞ借りなくても私は一人でやれる。もう関わらないで!!」
そういって少女は目の前の冒険者たちを振り払って冒険者たちの横をすり抜けようとしたが先ほどまで話していた男の冒険者はそのことが気にくわなかったのかアンネの手を掴み引っ張り上げた。次の瞬間アンネは全身の毛を逆立ててヒッと小さく悲鳴を上げると指から爪が出てその冒険者をひっかいた。男の冒険者は引っかかれた拍子に倒れこみ引っ引っ掻かれた所を抑えながらアンネを睨みつけた。
「テメェ。こっちが易しくしてやってるからって調子こきやがって!おい!野郎ども!!」
その男の言葉に周囲にいた冒険者たちは腰にした剣を抜くと周囲を取り囲んで逃げられないようにした。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらアンネを取り囲んでいる冒険者にキャビンをそっと置いたラキが音もなくスーッと近づくとラキはタギツのほうをちらっと振り向いて目をキラキラさせながら無言で訴えかけてきた。
「・・・やり過ぎないでよ」
「やった~!久々のケンカだぁああああああああああ!!」
雄叫びとともにラキは剣を抜いた冒険者たちの一人に対して殴り掛かった。ラキの銀色に鈍く光るガントレットの拳が冒険者の顔面にめり込むとその冒険者は物凄い勢いで路地の建物の壁に激突してそのままその場に崩れ落ち口から泡を吹いて伸びていた。そしてその光景に冒険者たちはおろかアンネや遠巻きに見ていた住民たちですら啞然としていたが、ラキはそんなことお構いなしに次々と冒険者たちをぶん殴っていった。
数秒後、路上に倒れこんでいる冒険者たちを見下ろしながらラキはキラキラした表情で達成感を感じていた。周囲がドン引きしながらそれを見ていると遠くからガシャガシャと音を立てて鎧を着た集団がやってきた。
「こらー!何をやってるんだ貴様ら!これはどういうことなのか説明してもらおうか!?」
「え~と、これはですね。こちらの子がここにいる冒険者たちに取り囲まれて犯されそうになっていたので私がこの人たちをぶん殴って倒しちゃいました♪」
「倒しちゃいました♪じゃない!何かトラブルがあったら王都地域警備隊に通報しなきゃダメじゃないか!!」
「ええ~それじゃあこの子がやられちゃいますよ~」
「そ、それはまあ、そうなんだが。それでもまず通報してから正当防衛の範囲内でやれ!」
「やりましたよ?」
「やりすぎだぁあああああああああ!!」
ひとしきりその人に説教を受けたラキだったがその場にいたアンネにも事情を説明してもらい、更に周囲で見ていた住民にも証言してもらったためラキは身の潔白を証明できた。冒険者たちは王都地域警備隊の隊員に拘束され、連れていかれた。どうやらあの冒険者たちは過去にも度々とトラブルを起こしていたらしく今回の一件で留置場送りになった。彼らに対する処罰は追って知らされるとのことだった。
ざっくりと事情説明はしたがより細かい状況を記録するためにラキとアンネはは王都地域警備隊の詰め所に向かい調書を取られた。全てが終わったときには既に夕方となっておりさすがのラキもうんざりした様子だった。
「これに懲りたらあんまり王都で暴れるなよ?この王都は龍奉王国で一番人が集まる。当然冒険者もだ。だから変なヤツに絡まれやすいし、知らずに犯罪の片棒担がされることもあるからな。だからとにかくこの街では知らん奴に絡むな絡まれるようなことするな、。それがトラブル回避の鉄則だ。わかったな?」
「はーい。気をつけます。でも私がその気になればあのくらいの人なんていくらでも倒せますよ?」
「そういう問題じゃないんだがな・・・。それに、お前に頼らんでもこの王都は大規模な王都警備隊と王国軍団そして近衛騎士団に守られてる。特に近衛騎士団は荒くれ者の冒険者たちより強い。お前の心配には及ばんよ」
「へえ・・・それは面白そうですね!是非戦ってみたいです!」
「なんでお前さんはそんな喜々とした表情で戦いたがるんだ?ほんと冒険者はわからん」
そううんざりした様子の王都地域警備隊の人はしっしと追い払うようにラキとアンネを詰所から出した。ラキは口をぷくぅと膨らませながら不満げにしていたがすぐに切り替えてすぐにキャビンに放置しているタギツのもとに戻ろうとしたが、そこでもう一人の追い出された人物、アンネに話しかけられた。
「あの!先ほどは助けていただきありがとうございます。では私はこれで——」
「まって!一つ聞きたいのだけれど、もしかしてあなたはメディーバルアンティークにいた奴隷商に捕まっていた狼人族の子だよね?」
「どうしてそれを知っているのですか!?」
「あ~見覚えないかな?ホラ!地下の牢獄に捕まっていた子ども達を助けるのにその場にいた奴隷商と捕まえられていた魔物討伐したの私だよ」
「っ!あの時の!?その節は本当にお世話になりました!!」
やっと気がついたらしいアンネは深々と礼をした。あの時は両親が殺されたあとでしかも奴隷商たちにそれはひどい仕打ちを受けていたということもあり、また劣悪な環境に長期間いたため痩せ細り、救出されたあともしばらくの間自分が助かった実感がなかったほどであった。今は無事王都に戻ってくることができたし、今まで王都でお世話になっていた周囲の人々のおかげで何とか再出発することができた。
心に余裕ができてからあの時助けてくれた人物にお礼を言えてなかったことを心残りに思っていたがさすがにそう都合よく出会えないだろうと思っていた矢先にこうして偶然ににも合うことができたのだった。
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詰め所から戻ってきたラキとアンネはキャビンの中に置いてけぼりをくらっていたタギツと合流して先ほどのトラブルで助けてもらったお礼を兼ねてアンネの宿屋に止めてもらえることになった。アンネの宿屋はとても歴史を感じさせる佇まいとなっており、土壁と木製の建物に赤い瓦屋根が積み上げられ、壁にはツタが伸びていた。建物の中に入るとカウンターがあり、小さなランタンと宿泊台帳が置かれていた。外観の古さに対して内装はとても綺麗に整備されており、更に隅々までしっかりと掃除が行き届いていた。
カウンターの横の扉を開くと奥に広い空間があり、そこには木製の椅子とテーブル、壁際には暖炉が置かれ、テーブルの上には同じくランタンが置かれていた。アンネはランタンに灯りをともしてから更に奥の部屋に入ると木製のコップを三つ持ってきてくれた。ラキはタギツの車椅子をテーブルの前に寄せるとその横にある椅子に腰かけてアンネからコップを受け取った。
「それでは、改めましてあの時奴隷商から救っていただき、また今回もあの冒険者たちから助けていただいて本当にありがとうございます。あの冒険者たちは素行が悪いとはいえ冒険者歴が長く、等級も高かったので周辺の住民たちは怖がって手出しができなかったのです」
アンネは手にしたコップの中に入っているホットワインを冷ましながらゆっくりと飲み、一息ついた。
「それなら今回みたいに王都地域警備隊に通報してやればいいじゃないの?」
タギツが手元にあるホットワインのコップを包み込むように持ち口にしながら言った。
「そうしたいのですが、基本的に冒険者の問題事は冒険者ギルドの管轄なのです。だから冒険者ギルドに陳情を出したのですが冒険者ギルドも面倒事に関わりたくないのかあまり積極的には動いてくれないのです。今回はさすがに騒動が大きくなったので留置場送りになりましたが、おそらくそこまで厳しい処分はないでしょう」
「そんな!それじゃあこれからも嫌がらせ受けることになっちゃうじゃないですか!!」
「はい。ですが私は宿屋をやってる王都の住民の一人にしかすぎません。言ってしまえば何の権限もありません。まともにとりあってはくれないですよ」
「なるほど、肝心の冒険者ギルドがあまり動かないのはちょっと困りますしそれにギルドのサポートがあればもっとスムーズに解決できたかもしれないですね。わかりました!私が直接直談判してきます!」
そういうとラキは手に握っていたコップの中のホットワインを飲み干して宿屋を飛び出していった。直球過ぎる気がしなくもないがああ見えてラキは冒険者の等級がとても高い。冒険者ギルドも無下にはできないだろう。
「飛び出してしまったけどとりあえずあっちの方はラキに任せておこう。ラキの等級はティア1だから冒険者ギルドもしっかりと話を聞いてくれる」
「本当に大丈夫でしょうか・・・なんだか話が大きくなってきてますけど」
「まあ、冒険者のことは冒険者に任せるのがいいからね。僕としてもせっかく助けた子が冒険者に迷惑かけられてるのは放ってはおけない」
「何から何まで本当にありがとうございます」
頭を下げたアンネは申し訳なさそうにそれでいて少し安堵した表情を浮かべていた。
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一方その頃、冒険者ギルドにやってきたラキはエントランスの奥の方にある受付にいた受付嬢に王都の冒険者ギルドにいる冒険者が宿屋の娘に絡んでいること、それが数時間前にも起きて王都地域警備隊に引っ張られたことを説明した。
「この王都所属の冒険者が問題を起こしているのにどうして対応しないの!そりゃ面倒かもだけどさすがに年半もいかない女の子に手を出す冒険者を放置しちゃまずいよ!」
「あぁ~また問題を起こしたのですねあの冒険者たち。 ——王都所属じゃない旅の冒険者のあなたなら大丈夫ですがこのことは一応オフレコでお願いします。実はですね問題行動を起こしている冒険者たちは実は純粋な冒険者じゃないんですよ。彼らはこの王都の貴族街に住んでいるジルベール伯爵子飼いの冒険者なんですよ。冒険者として貴族の護衛を務めることもあるのでそれ自体は問題ないのですが、問題はジルベール伯爵が色々と黒い噂の絶えない方でして、あの冒険者たちも子爵のやっていることに加担しているのではないかと冒険者たちの間でも噂になっているのです」
「なるほどね。元から評判は良くない冒険者だけど貴族が囲っているから冒険者ギルドも手が出せずにいて、どうしても対応が後手に回ってしまっているのね」
「お恥ずかしい話です。ラキさんもこの王都に滞在されている間はあの冒険者たちに関わらないほうがいいですよ。お話しを聞く限り、冒険者たちは精々罰金払って釈放されると思われますし、それにこのままジルベール伯爵が黙って終わらせるとも思えません。目をつけられる前に王都を離脱するほうがいいと思います」
「・・・う~ん、なるほどね。事情はわかったよ。そのうえで結論を出す。やだ」
「わかっていただけま——え?」
「い・や・だ と言ったの。私は私がしたようにする。そのジルベール伯爵が何を企んでいるかなんてどうでもいいですから!なんなら私自身が貴族街に行ってぶっ潰します!」
「いやちょっと待って!!」
冒険者ギルドを飛び出そうとしたラキをカウンター越しに必死に引き留めにかかった受付嬢の犬人族の少女は腕をプルプル震えさせながらラキを引っ張った。
「いくらなんでも猪突猛進すぎます!何も考えずに貴族街にいって何する気なんですか!?」
「それはもちろんなんとか伯爵に直談判します!冒険者たちをどうにかしてと。どうにかしてくれない場合はブッ飛ばして全部片づける!!」
「そんなことしたら不敬罪であなたとお連れの方と冒険者ギルドがつぶされるからやめて!!?路頭に迷うのは嫌~!!」
「うるさいぞ。何騒いどるんじゃリラ?」
ラキの手を握って騒いでいる受付嬢に対して若干引いた表情で言ってた来たのはとても幼い女の子だった。見た感じ10歳くらいだろうか。床につきそうなほど長いピンク色の髪の毛を束ねて編み込み綺麗な装飾がなされている髪飾りをつけている。パステルカラーのワンピースに腰の皮ベルトにぶら下げた長剣が体の小ささによってより大きく見えた。そして冒険者ギルドのギルドマスターの証である金色の鎖とそれに繋がった八角形が描かれたバッジをつけていた。
「あ、ギルマス!ギルマスもこの人止めてください!!貴族に突撃しようとしているんです!」
「話が見えないのじゃがまずこのわっぱは誰じゃ?」
「私ですか?私は冒険者のラキ。それでこの子がギルマスですか?う~んどう見ても人族・・・ですよね?何故こんな小さな子どもがギルドマスターを?」
「ん?我は人族ではないぞ。我は龍天族じゃよ。それに子どもでもないぞ、これでも300年は生きておる」
女の子のピンク色の髪の毛の間から黄色い角が生え、ワンピースの裾から青い美しい尻尾が伸び、瞳が猛禽類のような鋭い目に変わった。それと同時に纏う雰囲気がガラッと変わり、押しつぶされそうなほど重厚な圧力がその場を支配した。ギルドのギルドのエントランスに残っていた冒険者たちはコソコソと話をしながらこちらをチラチラと見ていた。
「ほれ、この通り角と尾もある。改めて我はこの王都の冒険者ギルドを束ねているギルドマスターのライザじゃ。それでおぬしは何をそんなに騒いでおるのじゃ?」
「実は———」
先ほど受付嬢のリラに話した内容をギルドマスターライザに話した。ライザは少しの間考え込むとラキを連れてギルドマスターの執務室に連れて行った。王都の冒険者ギルドのギルドマスターの執務室というだけあってとても広かった。部屋はきれいに整えられ、大きな大木から切り出した机が置かれ、両側にソファーが対面になっておいてあった。壁際には本棚が置かれておりそこに分厚い本がぎっしり詰まっており、部屋の奥には執務用の彫刻が彫られている見るからに高価そうな机があり、机の上には書類と羽ペンが置かれていた。
ライザは執務用の机の前にあるソファーに腰かけるとギルド職員にお茶を持ってくるよう言った。
「ラキといったのう。おぬしもこっちに座るのじゃ。話があるのでの」
「それは問題解決と関係があることなの?」
「当然じゃ。じゃがその前にこちらの事情を知ってもらわねばあの冒険者たちを排除しかねるからの。まあ、ゆっくり話をしようではないか『黄金のラキ』よ」
ライザは茶請けに置いてあった真っ黒い石のようなお菓子を口に入れるとゴリゴリと音を立てて嚙み砕いていた。その光景はさながら小さな子どもがお菓子を頬張っているようにしか見えないが先ほどの重圧はとても子どもとは思えなかった。目の前にある真っ黒な塊を口の中に入れた。辛くも爽やかな風味が口に広がりこれはこれでいける味だった。ラキは口の中に広がる爽やかさの余韻に浸りながら職員が持ってきた紅茶をあおいだ。
「どこから話したものかの。そうじゃな、おぬしは『レアタル』というものを知っておるか?」
「いえ全く!」
「『レアタル』というのは昔からこの国に蔓延っておる麻薬の一種じゃ。それを使用すると強い幸福感と全能感を感じらる。ただし効果が切れると途端に禁断症状として倦怠感 息切れ 眩暈、不安と焦燥を感じて再度使わずにはいられなくなる。まあ一般的な麻薬と同じような禁断症状と中毒性があるものじゃ。じゃがこの麻薬には他の麻薬と明確に違う点が一つだけある」
「特徴ですか?」
「そうじゃ。おぬしなら知っておるじゃろ?この世には『ギフト』と呼ばれる圧倒的な才能を持った存在、俗に『ギフテッド』と呼ばれる者たちじゃよ。たった一人で都市一つ滅ぼしたりあるいは創り上げたり、あるいは巨万の富を築いたり未だかつてない新しい技術を開発し文明を進めるもの。その方向性は多岐にわたるがとにかく都市一つ国一つ、もしかしたら世界すら変える可能性のある力。おぬしもそのうちの一人じゃろう?」
「どうして私がギフテッドであることを知ってるのですか!?」
「ん?それはのう我の目は龍眼と呼ばれる魔眼じゃからじゃよ。相手のもつ魔力量や筋肉量骨格身体能力、そしてギフトの有無を見ることができる。おぬしはギフトを持って居るし内に秘めておる魔力量が異常じゃよ。更に筋密度や骨密度が人間のそれではない。さらに先ほど我が竜天族としての姿を見せても驚きはしたが恐怖で委縮したりはしておらぬ。普通ならただの威圧だけでその場で卒倒してしまうのじゃがおぬしはケロッとしておる。明らかに普通ではないのでの。っと話が逸れたの。
おぬしのようなギフテッドは先天的なものでどれだけ望んでも持っていないものは手にすることはできない。じゃがそれでも欲するのが人というものじゃ」
「まあ、夢のような力だと思われてますからね~ギフトは。本当はそんなことないのに」
「人は得てして負の面を見ようとしないものじゃ。ギフトを手にしたいと願うものがなんとかギフトを後天的に手に入れる方法はないかと考え研究し、そしてたどり着いたのが・・・『レアタル』と呼ばれる麻薬というわけなんじゃよ。この麻薬にはこの地にかつていた龍の血が使われておる。竜の血と大量の魔力を使った麻薬なのじゃよ」
ライザはそういうと机の引き出しを開け、そこから小さな木箱を持ってきた。箱の中には白い紙に包まれた赤黒い丸薬が入っていた。艶のある光沢と禍々しい色合い、そして凄まじい魔力がにじみ出ていた。
「これを使うと一時的にギフトに似た力を使うことができるようになるのじゃ。しかも使えば使うほどギフトの力が強くなっていくのじゃ。どうじゃ?夢が叶うじゃろう?」
「夢はありますけど、そんなうまい話があるのでしょうか?ギフトだって必ず代償がつくのにこの『レアタル』?は代償はないのですか?」
「それはもちろん。ギフトを模倣して作られたものだからのう。むしろギフトよりタチが悪い。なにせギフトの代償は本当にごく一部のギフトのみ命に係わるものがあるが基本的に命までは落としたりしない。だがこの『レアタル』は寿命を削り、人格を歪め、果てには人間性すらもなくす。それでいて得られる『ギフト』は誰が使ってもたった1種類だけ。身体能力と魔力量の大幅なアップそして生命力の強化、それだけじゃ」
心底忌々しいものを見るようにライザは手にした木箱に入った禍々しい丸薬を机の引き出しに戻すと神妙な面持ちでラキの顔を見た。
「この国においてレリタルの製造も所持も仕様も全て禁止されておる。通常は厳罰に処される上に、そもそも龍の血は入手困難で更に使用される魔力量が桁違いに高いためそもそもつくることができない。数十年に一度発見されるかどうかというくらい少ないはずなのじゃが・・・」
「たくさん見つかってるのですか?」
「そうじゃ。ここ数か月で既に5件レアタルの使用の事件が発生しておる。しかも使った人物はまあ見るも無残な姿で発見されておるからどこから流通しておるのかもわからん。できることは街で聞き込みを行い亡くなった人物の行動を確認してその人物が誰か怪しい人物と接触していないか調べるくらいじゃな。まあ地道にやっていくしかない。それでここからが本題じゃ。—おぬし今回の件手伝ってはくれんかの?」
「はいよろこんで!!」
「・・・もう少し考えたりせんのか?即決しすぎじゃろ。我としては助かるのじゃが」
「私あんまり頭良くないから。あれこれ考えたりせずとにかく問題に突っ込んでいくしかない!とりあえず力で解決!解決しなかったらもっと大きな力で解決すればいいのですよ!」
「考え方が脳筋そのものじゃのおぬし・・・・・・」
呆れた表情のライザは溜め息をつくとギルド職員を呼んだ。部屋に入ってきたのは人族の子どもくらいの身長の小さな女の子が入ってきた。つぶらな瞳に緑の植物で作った冠を頭にかぶり、そして特徴的な長い耳をもったその女の子はラキとライザの前まで来てお辞儀した。
「お疲れ様ですライザ様。今日の捜査の進捗状況の報告に来たのですが・・・あの、こちらの方は?」
「このものはラキ。今調査している例の件に関して協力してもらうことにしたのじゃよ。ラキよ。このものはこの王都の冒険者ギルドに所属している冒険者でハーフリングのエイネじゃ。レアタルの使用者の捜索と流通させている者の探索。さらにレアタルの回収を任せておる。エイネよ。進捗の方はどうじゃ?」
「はい。ここ数週間にレアタルを使用したものは25人。使用回数がまだ少なかったためそこまで対処は難しくはありません。ただ如何せん発生場所に統一性がなく王都のすべての場所を探さなければならないのでどうしても後手に回ってしまいます。やはり、大元を絶たなければ埒が明きません」
「ふむ、やはり取引現場を押さえるしかないの。で、何か収穫があったのじゃろう?」
「はい。今晩の深夜にレアタルの取引が行われるとの情報を得ることができました。場所は王都の西部区画庶民街の外周部にある倉庫群の一つ。普段は貸し倉庫として使われているのだけれどここ数週間借主不明で借り上げられていてしかも何か物が運び込まれた形跡もないのです。明らかに不可解でしたのでおそらくここでレアタルの取引が行われる可能性があります。それとこれはレアタルとは別件なのですが、南区画の庶民街でもどうやら不穏な動きがあったそうです。なんでも禁忌に触れる可能性のある魔道具が運び込まれたとか。こちらについては完全に眉唾ものではありますが警戒するにこしたことはないです」
「ふむ。状況は分かったがその禁忌に触れる可能性のある魔道具とは一体なんなのじゃ?。というよりもその情報どこで仕入れたんじゃおぬし」
「それはもちろん街外れの建物の影で楽しそうなお話をされてる方々を脅は——ゲフンゲフン、お話しして教えてくださったんですよ。とてもいい人たちだと思いませんか?」
「・・・・・・・ちなみにそのいい人たちはその後どうしたのじゃ?」
「やだなぁもうライザ様ったらそんな人を疑うような目で見てきて。ちょっと城壁のうえからアトラクションを楽しんでいただいてるだけですよ。バンジージャンプというアトラクションを」
「エイネよ。普通に王都地域警備隊に引き渡せばよいじゃろ・・・何故に毎度毎度王都の城壁から吊るすのじゃ。この前は大の大人が大泣きしながら謝り続けておったぞ」
さらっとえげつないことをした部下に半眼でドン引きしていたライザだったがエイネはむしろ不満げで、無表情のまま声のトーンも変わらなかったが、彼女の目には微妙な皺が寄り集まり、不機嫌さがにじみ出ていた。冷たい態度の裏には、彼女自身の不快感が滲んでいることが明白だった。
「当然ですよ私の事なんて言ったと思いますチビだとかガキだとか言ってきたのですよ許せないと思いませんか確かに私は小さいですけどチビなのは成長してないからではなく種族的な特徴として低身長童顔というだけで私はこれでも23歳なんですよこれはもう種族差別だと思うんですよねここで引き下がったら私だけでなくハーフリング全体が舐められると思うんですよだからしっかりと制裁加えるのはむしろ称賛されるべき行為だと思いませんか思いますよね思うって言ってください―」
「わかったわかったからまくし立てるのはよすんじゃ!」
「わかって頂けましたかやっぱりライザ様は私の良き上司ですそれに比べてあの害虫どもはよくも私の事をバカにしてくれましたね腹が立ってきたので絞め殺してきていいですか?」
「いいわけないじゃろうが!!さっさと引っ張り上げて王都地域警備隊に引き渡すんじゃ!」
「・・・・・・チッ」
舌打ちをしたエイネは渋々といった表情で部屋の外に出ていきそれを見送ったライザは溜め息をつきながら天を仰いだ。
「本当になんであそこまで血の気が多いのじゃ我の周りの冒険者は。いや冒険者が血の気が多い奴ばかりなんじゃろうな」
「私もそのうちの一人ということですか?」
「よく分かっておるの。さて、先ほど聞いた通り倉庫で取引の可能性と謎の危険な魔道具の存在という問題が浮上しておる。これの対処をおぬしに依頼したい。頼めるかの?」
「もちろんいいですけど具体的に何をすればいいのですか?」
「それはの———」
冒険者ギルドの一室にて二人の人物がひそひそと作戦を話し込んだ。
————————
その頃、タギツはアンネの宿屋の一室でベッドに寝転がっていた。夕方に遭遇した野蛮な冒険者どもはとりあえずラキに任せればいいとして問題はアンネの心理状態だ。彼女自身に自覚があるのかどうかは正直わからないがおそらく彼女は奴隷商に売られかけた時の体験によって男性に苦手意識がある可能性が高い。それを克服するのはとてつもなく難しい。いや、不可能かもしれない。アンネに頼ることのできる人物がいるのかどうかはわからないが状況から察するに一人で生きていくしかないといった感じなのだろう。
「さて、どうしたものか。僕としてはほったらかしておきたいところだがラキが助けているのに僕が助けないわけにもいかない。はぁ面倒だな」
タギツは億劫そうにベッドから起き上がると懐からパイプを取り出して魔道具で火をつけた。煙を吐いて部屋全体に広がる様子を眺めながらぼんやりと考え事をしているとドアをノックする音が聞こえた。タギツは車椅子に座り、口にくわえたパイプを消して懐にしまうとドアの方に近づきドアノブを握ろうとした瞬間その手を止めた。
タギツはゆっくりと音をたてないように車椅子を下げると懐から今度は魔道具のマスケット銃を取り出すとドアに向けて構えた。ドアの向こう側からは相変わらず何も返事は帰ってこなかった。その代わり複数の足音が微かに聞こえた。そして少し経つとドアノブがゆっくりと動きドアが開かれようとした。
その瞬間、タギツは間髪入れずにマスケット銃を数発ぶっ放してドアごと相手を撃ち抜いた。
「こんな夜更けに淑女の部屋にいきなり来るなんてどこの誰なの?」
壊れたドアの向こう側には撃ち抜かれて血を流している数人の人物が廊下に倒れこんでいた。年齢や性別種族もバラバラで手には短剣を握っており他にはロープや布切れを持っていた。まだ息がある灰色の馬頭族と思わしき男が血を流しながらも体を引きずって床に落ちた短剣を手に取ろうとした。
すぐにタギツが銃弾で弾き飛ばすとゆっくりと近づいていきマスケット銃の銃床で頭をぶっ叩くと起き上がろうとしたその人物は短い悲鳴を上げて再び廊下に倒れ伏した。そんな馬頭族の男のたてがみを握るとそのまま引っ張り上げて顔を覗き込むようにして話しかけた。
「それで、君はどこの誰?僕になんの用?指示したの誰?」
「うっぐ・・・なんの話だ。俺はただの宿泊客だぞ! それなのに何てことしやがるんだ!」
「嘘。一つ目にこの宿屋には僕ともう一人しか宿泊する予定はないから他の宿泊客はいない。二つ目に宿泊客なら何故足音を立てないように廊下を歩く必要がある?三つ目に宿泊客なら何で短剣を抜いて持っているの?それも全員。四つ目なんで僕の部屋の前に集まって立っていたの?」
「・・・・・くっ」
「もう一度聞くよ。君は誰?何の用で来たの?誰に言われてきたの?」
「言わねえよガキがあああ!?」
馬頭の男がガキ呼ばわりした瞬間タギツはもう片方の手に握っていたマスケット銃の銃床で顔面を殴った。馬頭の男の顔面から血が飛び散ったがそんなことお構いなしに何度も何度も殴りつけた。数回殴りつけたあとたてがみを掴んでいた手を放して男に向けてマスケット銃を構えると更に2発撃ちこんだ。
「いいから話して。じゃないと体が穴だらけになるよ?」
構えたマスケット銃の銃口を後頭部に突き付けられた男の表情は歪み、口からは呻き声がこぼれ、冷や汗がその額から滴り落ちるように流れた。恐怖に支配された瞳は目を泳がせ、身体は震えながら不安と恐れの中で固まっていた。タギツの銃口の前で、男は情報を引き出すための圧倒的な苦悩と恐怖の中に取り込まれていた。
「いいいのか!?下にいる女の命が惜しくないのか!惜しければ大人しくそいつを捨てて——」
「好きにすれば?」
「は?」
「いやだから好きにすれば? 僕にとって重要なのはたった一人だけだからね。それ以外は別に死のうがどうでもいいの。もちろん生きててくれるならそれに越したことはないし助かるなら助けるけどね。わざわざ身を危険にさらしてまで助ける義理はないでしょ?」
馬頭の男は目の前にいる少女に背筋の凍るような悪寒を感じた。見た目は車椅子に乗っている不自由な子どもにしか見えないのにどうあがいても勝てる気がしないのだ。現に仲間は全員やられてしまった。自分も満身創痍、しかも脅しが効かない。完全に想定外であった。
「もし教えてくれたら君だけ逃がしてあげるけどどうする?」
「・・・本当にか?」
「さぁ?それは君が正直に話すかどうか次第だろうね。で?どうする?」
「・・・・・・話したら見逃してくれよ?」
「いいよ~」
それから馬頭の男は事の経緯を話し始めた。話によればこの男たちは普段は庶民街の更に外側、城壁の外に形勢されている貧民街に暮らしている所謂ゴロツキたちらしく、普段は恐喝で金を巻き上げたりスリや窃盗をして生活していたがある日フードを被ったある人物からやってほしいことがあると言われもしやってくれたら金貨をやると言われたらしい。そしてそのやってほしいことがタギツを連れてくることだった。
「そいつはいったい何者なの?何故僕を連れてくるように言ったの?」
「そいつはわからねえ。フードで顔を隠していたから誰なのかはわからねえが比較的小柄だったのは覚えているぞ。連れてくる理由も知らん。なんで連れてくるのか聞いても知る必要はないって言いやがるからよ」
「そう。なら僕を連れていくとしてどこに連れていく予定だったの?」
「城壁の外にある貧民街にある娼館だよ。そこで引き渡す予定になっていたからな」
「ならそこにいけば僕を攫おうとした奴に会えるということなんだね」
「ああ、そうだよ。 —なあもういいだろう!見逃してくれよ!見逃してくれるんだろう!?」
「ん?ああ、嘘だよ」
———パァン
廊下に倒れこんだ馬頭の男の頭を銃弾が撃ち込まれ血だまりが広がった。
「あ~もう血で汚れちゃったじゃないか。全くもう」
タギツは浮遊魔術を使うと車椅子を少しだけ浮かせてそのまま2階から1階に下りた、受付の横の扉を開いて中に入ると部屋の中に知らない狼人族の男と犬人族の女がたっており、椅子に座った状態で縛られているアンネの姿があった。タギツは手に持ったマスケット銃を構えると続けざまに2発弾を撃ち二人の頭部を吹き飛ばした。
「大丈夫?怪我はしてない?」
「えっ・・・あ、はい・・・」
今にも消えそうなか細い声で返事をしたアンネは目の前で起きたことに理解が追い付いていないようで目を見開いて呆然としていた。タギツはアンネの縄をほどくと懐から丸いガラス瓶を取り出した。瓶の栓を抜くと中に入ってた緑色の液体を垂らすと液体が集合して丸っこい塊となった。
「それじゃあこの建物に転がっている死体片付けといて~」
タギツがそういうとその緑色の液体はプルンと動くとゆっくりと二つに分裂しそれが今度は4つに分裂、どんどん分裂を繰り返していき数を増やしていった。そしてある程度数が増えると今度は床に転がっていた死体を持ち上げると部屋の外に運び出し、更に床に広がっていた血だまりを吸収してきれいにしていった。
「あ、あの・・・これは何ですか?」
「僕が使役しているクリーンスライムだよ。本来は建物の汚れとかを綺麗にしてくれる存在なんだけどこうやって始末した後の死体とかの処理もやってくれるんだよ」
クリーンスライムたちは壁に飛び散った血液を綺麗にすると部屋の外に行くと2階に転がっている死体も回収すると一か所にあつまり回収した死体を飲み込んだ。クリーンスライムの中に飲み込まれた死体はブクブクと音を立てながら溶かされ、持っていた短剣も衣服も骨も肉も皮も全て吸収された。
「アンネ。今回の襲撃はどうやら僕を捕まえるために来たみたいでね、僕はこれから敵を見つけて始末してくるから君は今夜は宿屋の中で大人しくしていて。僕かラキが返ってくるまでドアを開けたり外に出たりしないようにして」
「はい・・・わかり・・ました」
「あまりにも急すぎてもう何がなんだかわからないと思うけど、君は今日はもうゆっくり休んで」
小声ではいと答えたアンネの手は小さく震えており、正直このまま一人にしておきたくないが命を狙われた以上その大元を絶たなければまた狙われてしまう。タギツは一瞬逡巡したのち、アンネの前にいくとアンネの顔を両手で包み込むと両目を見開いてアンネの両目を『視た』
「大丈夫。全身の力を抜いて何も考えずにそのまま僕の両目を見て」
アンネはタギツに言われた通り、タギツの真っ赤に光り輝く瞳を見つめるといつしか震えていた手が止まりリラックスしていた。まるで暖かい暖炉の前で毛布に包まって眠っているようなそんな温かみと安心感に心が満たされていた。そして今までの緊張の糸が切れたのか急に眠気が来てアンネはそのままゆっくりと眠りについた。
「おやすみ。今あったことは全て忘れて夢の世界を揺蕩いでなさい」
眠りについたアンネを彼女のベッドに寝かせるとタギツは車椅子を動かして宿屋を出ると夜の街の中に消えていった。
———————
ラキは冒険者ギルドのギルドマスターであるライザから王都で蔓延しているレアタルの闇取引現場を押さえるために協力を依頼され、現在西部区画庶民街の外周部にある倉庫の近くに来ていた。ライザによるとこの倉庫は中がとても大きな空洞になっており、しかも建物には窓が無い上に扉も二つしかないためかなり密閉された空間となり周囲を警戒しやすく、しかも夜中になると人通りも無くなり近づくとすぐにこちらの存在がばれてしまうため容易に近づけないそうだ。しかも今回の取引にはレアタルの製造を行っている組織とそれを売り捌いている売人の組織が一同に集まるらしくそれなりに人数と武装をしているそうだ。
「これだけの人数で来ているとなると警戒心強いあ奴らのことじゃから大量の戦闘員を配置しているじゃろうし、取引そのものも極短時間ですましてあとはまた散り散りにいなくなってしまうじゃろう。つまり取引をしている真っ最中に圧倒的な火力で一気に全ての敵を叩き潰すのが最も効果的なのじゃよ。そこでおぬしにやってもらいたいことは単純明快じゃ。倉庫に向かって一気に走り抜けて一気に全ての敵をなぎ倒せ。それだけじゃ」
「わぁ!とってもわかりやすい!そして私向き♪」
「まあ全員狩り切れなくてもよいが理想は全員を捕まえることじゃな。無理そうなら殺しても構わんぞ?」
「私は人は殺さないって決めてるからね。全員不殺で何とかやってみるよ」
そして現在既に夜中になっており、辺りは月明りのみで人の気配すらない状態になっていた。人っ子一人すらいないような寂れた空間にその場に似つかわしくない一団がたむろしていた。それはどっからどう見ても王都の庶民街に似つかわしくない長剣や弓矢鎧で完全武装していたのだ。さらには周囲に光の球体が浮かんでいた。そのことから魔術師か魔道具を持った者がいる可能性まで出ていた。ライザが言っていた通り今回の取引では相当戦力を終結させているようだ。
ラキは目を閉じて大きく深呼吸すると籠手を握りしめて一気に駆け出した。スピードに乗りながら目の前にいた人物を相手が認識するよりも先に思いっきりぶん殴った。
「なんだこいつ!?」「敵襲!敵襲!」「そいつを仕留めろ!」
さすがに前回のように奴隷商に奇襲するのとはわけが違う。完全武装している上に完全に襲撃を警戒して待ち構えていたため、すぐに体勢を整えてラキを取り囲んだ。集団の中の一人の女が詠唱をしてラキを拘束すると別の魔術師の男が大きな火球をつくりだすとそれをラキに撃ち込んだ。さらに周囲にいた男たちが持っていた長剣や斧をラキに向かって振りぬいた。
だが、次の瞬間男たちが持っている長剣や斧が砕けた。あり得ない光景にさすがに動揺している男たちをラキは次々と倒していった。魔術師も再度詠唱をしようとしたがその前に倒しそのまま倉庫に走り抜けていった。ラキは倉庫の分厚い扉を目の前にいた人物ごと殴り飛ばした。
「おりゃぁああああああ!!!」
雄叫びとともに分厚い木製の扉が破壊され、粉々に砕け散り破片が周囲に飛び散る。倉庫の中にいた多種多様な種族のガラの悪い集団は驚いた表情でこちらを見ていた。近くに木箱がたくさん置かれておりその中には緩衝材の枯草が敷き詰められ更に小さな木箱が均等に詰められ中に禍々しい色の小さな球体が入っていた。レアタルの取引現場で間違いない。
建物の中にいた集団はそれぞれが武器を手に警戒しながらラキを取り囲むと一斉に襲い掛かったがかかってきた全員を目にもとまらぬ速さで殴り飛ばし、更に逃げ出そうとしている連中を倉庫から逃げ出す前にブッ飛ばした。
「う~ん、あんまり強くないね。ちぇえ~もっと骨のある奴いないのかな~」
「なら俺らが相手してやんよ」
唐突に声を掛けられたラキは目の前に振り下ろされた戦斧を躱しながらその場から飛び退いた。それを追撃するように遠くから氷の槍が飛んでいて地面に突き刺さったがそれもうまくかわした。声がしたほうを見て見るとそこにいたのはあの時の冒険者だった。たしか地域警備隊に連行されたはずなのに何故か全員が武装していた。
「どうしてここにいるのかな?あなたは牢屋にいるはずじゃなかったっけ?」
「この王都には俺たちのスポンサーがいるんでね。ちょっとやそっと問題を起こしても揉み消せるんだよ。例えば夜中に倉庫の中で不幸な事故があってもな?」
「なるほど!今ここで私が倒されても表沙汰にはならないということなんですね。でもでもそれって逆に言えばあなたたちも倒されたら消されるってことでは?」
「問題ねえよ。ここでお前を倒しちまえば問題ねえんだからな。王都の外から来たお前は知らねえだろうがこう見えても俺たちはティア3だ。そんじゃそこらのヘタレ冒険者どもとは違う才能があるからな」
「才能あるならなんで私に殴り飛ばされてたの?」
「ハンッ!あん時は油断していたが今度は簡単にやられたりはしねえよ。武装もしっかり整え、最初から臨戦態勢で更にこいつも使う」
冒険者の一行はそれぞれが懐から何かを取り出した。禍々しい光を放った球体上の物体、木箱の中に入っているソレと瓜二つだった。それをおもむろに口に入れ飲み込むとすぐに変化が見られた。戦斧を持った冒険者の身体が大きくなりより筋肉質に、そして内包している魔力も一気に跳ね上がり血走った目はギラギラと輝いていた。
「おお~これはスゴイ!さすが『ギフト』の力を再現したものと言われるだけはあるね。ワクワクしてきた!!」
「ハンッ!よゆーかましていられんのも今のうちだけだぜ?オラァ!!」
肥大化した筋肉質な体からは想像もつかないような速さで接近したかと思うとまるで子どもが木の枝を振り回すかのように軽々と戦斧を振りぬいてきた。すかさずラキもそれに対応するように背負っていたミョルミーベルを手に持ち相手を潰す勢いで叩きつけた。
「おっと!そうはいきませんよ?」
遠くにいた別の魔術師と思しき男が魔術を起動すると戦斧を持つ男の前に防御結界が展開され、ラキの攻撃は防がれた。そしてその一瞬のすきに別の男が一気に近づいて両手に持ったサーベルで斬りかかった。普段のラキであればそれを受けたとしても死ぬどころか傷一つ付かないで剣のほうが折れるが今回はそうもいっていられなかった。
「危なかった!それ切れ味凄まじいねえ~!!もしかしてオリハルコンの剣かな?」
「ご明察。純度100%のオリハルコンソードだ。そうそうお目にかかれるもんじゃねえぜ?」
オリハルコン製の剣を持ちながらそう言ってきた冒険者の男は続けざまに斬撃を放ってきてラキはそれをうまくかわしていった。よく見ると全員がオリハルコン製の武器と防具をがっちり装備していた。オリハルコン製の装備品は素材のオリハルコンがとても希少で剣一本でも白金貨1枚相当の値段がつくほどの高級品なのだ。その希少性に違わぬ素晴らしい切れ味の剣や攻撃を喰らってもほとんどダメージを受けないほどの硬さの鎧となっており、並みの冒険者ではなかなか手に入れることはできない。
「そんな貴重なものどこで手に入れたの?普通そのレベルの装備を手に入れるのって相当大変だと思うのだけれど」
「いったろ?俺達にはスポンサーがいるんだよッ!!」
そういって再び2本の剣で斬りかかってきたのをラキはミョルミーベルで受け止めるとそのまま力任せに弾き飛ばした。その直後入れ違いで戦斧を持った男が上段から振り下ろしてきて更にその後ろから魔術師の男が氷の槍を飛ばしてきた。更にラキの背後から別の冒険者の男が鉤爪を振りぬいてきた。
さすがにティア3だけあって一人一人の実力はそこまでではないが4人の連携がピッタリと合っていたのだ。攻撃をいなして致命傷は避けていたが徐々に切り傷が増えていき大きく飛び退いて後方に下がった。
「ここまで対人戦で苦戦したのかなり久しぶりだよ!あなたたち本当に強いね。オリハルコン製の装備にレアタルによる底上げ、更に冒険者パーティーによる連携力。ティア3とか噓でしょう?それもうティア2並みの実力になっているとおもうんだけどね」
「そういうテメェこそこっちが装備揃えてレアタルを使って底上げして更に4人がかりで挑んでるっていうのにたった一人で攻撃全部捌きやがってるじゃねえかよ!何者だテメェ?」
「私?私はどこにでもいる旅の冒険者だよ~やだな~もう!」
「テメェみたいなやつがそうそういてたまるかよ!」
「世の中にはいるんじゃないかな?そういう才能や努力、地位名声人脈そういったあらゆる力を全て平等にねじ伏せてしまう圧倒的で理不尽な力を持った人とか?」
「それがテメェだとでも言いてえのか?」
「いやいや、私なんかまだまだ成長途中ですぞ!ま、そういう存在も世の中に入るってことだよ。それよりも続きしようよ?私はまだまだ戦い足りないんだから!!!」
ラキは持っていたミョルミーベルをゆっくりと自身の後方に構え直すとミョルミーベルに魔力を注ぎ込んだ。黄金に輝くミョルミーベルが更に輝きを増し大きなも先ほどよりもより大きくなり電撃を纏いそれをそのまま地面に向かって思いっきり振り下ろした。
『雷槌・地鳴』
一瞬で衝撃波が地面を抉りながらまるで津波のように4人の冒険者を襲っていった。冒険者の男たち4人はとっさにガードしたがあまりの風圧に耐え切れず吹き飛ばされ、そのまま倉庫の壁にぶち当たった。吹っ飛ばされた冒険者は苦痛に顔を歪めたがそこはティア3の冒険者だけあって根性ですぐに体を起こそうとしたが気がつくとすぐ目の前にラキが迫っていた。
「ごめんね~本当はもっと遊びたいんだけどあんまり力を出し過ぎると倉庫が倒壊しちゃうしあなた達を殺しちゃうからこれで勘弁してね? ラキちゃんパ————ンチ!」
雄叫びと共に籠手を握り締めるとそのまま思いっきり相手のオリハルコンの鎧ごと殴り飛ばした。倉庫の壁にめり込みヒビが走ると剣を持った冒険者の男は壁にめり込んだまま気絶した。続けざまに戦斧を持った男に一気に近づくとその男の持っている戦斧を粉々に打ち砕いて更にそのままその奥の鎧までも貫通して気絶した。さすがに人体までは貫いてはいないがそれでもおそらく肋骨の何本かはへし折れただろう。
「さてと!あと二人は・・およ?」
魔術師の男が魔術を既に発動させており大きな火球をつくりだしてた。その火球はあまりの温度に火球の中心部が真っ白になっておりそこから発せられる熱量によって倉庫が前始めていた。周りにレアタルの取引に参加した人たちが倒れている人たちがいるにも関わらず火球を落とそうとしてた。
「ええ~ちょっとちょっと!そんなの使ったこの人たち死んじゃうよ!?」
「そんなこと知ったことか!お前事全て消し飛ばせばそれで済む話だぁあああああ!!」
敵は手にした火球を、その大きさが遂に天井に届いた瞬間、力強くラキに向けて投げつけてきた。火球は燃え盛る炎と煙を伴って、空中を疾風のように進み、まるで噴火した火山から飛んできた火山弾のようだった。ラキは背負ったミョルミーベルともう一度持つと「せーのっ!」という掛け声とともに飛んできた火球を思いっきりぶっ叩いて飛ばした。さながら飛んできたボールを打ち返す要領で倉庫の天井をぶち抜いてそのまま空高く飛んでいった。
そしてラキがミョルミーベルを振りぬいたとほぼ同時にもう一人の鉤爪の男が接近してまさに今突き刺そうとしていた。
「はぁあああああああ!」
火球を吹っ飛ばしたと同時にミョルミーベルを振りぬきざまに投げ捨てそのまま右肘と右太ももで挟むようにして止め、左手の拳で顔面を潰れる勢いで思いっきりぶん殴った。鼻血を出しながら倒れた男に目もくれずに魔術師の男に一気に距離を詰めると魔術師の男は防御結界を張ってきた。だがそんなことには目もくれずラキは目を爛々と輝かせながら魔術師の真正面まで来ると地面を踏みしめて体を捻らせ思いっきり拳を叩き込んだ。
5重に張ってあったはずの防御結界が一気に3枚割れてなくなり、4枚目もヒビが入りあっけなく割れ、最後の1枚に拳が到達したとき魔術師は目の前の光景に恐怖で震え上がった。ティア3でしかもオリハルコン製の杖で強化している上に更にレアタルを飲み込んで格段に魔力が上がった状態で5重に張った防御結界が簡単に4枚も破られてしまったのだ。
「なんだよ、なんなんだお前はぁああ!?」
「ですからどこにでもる普通の冒険者ですよ」
「そんなわけあるか!ティア3が4人がかりでも勝てないほどの冒険者など— ッまさかお前・・・ティア1の冒険者なのか!?」
「ああ、言ってませんでしたね。そうですよ。私の階梯はティア1ですよ」
そういって最後の1枚を叩き割ったラキはニンマリと笑顔を浮かべると魔術師の男は絶望と諦めからその場に崩れ落ちた。ムリだ 勝てるわけがない。心が完全に折れてしまった魔術師の男は乾いた苦笑いを浮かべるしかなかった。その様子に少し残念がるラキはブーブー文句を言ったが魔術師の男は杖を捨てて降参した。
「え~もう終わりですか?もっともっとも——っと戦いたかったのに!」
「お前みたいなバケモノ相手に戦って殺されたくねえよ」
—————
時を少し遡って城壁の外側にある貧民街。もう日が暮れて、貧民街は暗闇に包まれ古びた石畳の道路には、たくさんの人々がひしめきあい、泥だらけの衣服をまとった貧しい人々が、ろくに食べるものも持たずに路上に佇んでいた。様々な種族の者たちがそこにはおり、あるところでは残飯を漁ってる犬人族の子どもの姿があり、あるところでは大人同士がなにかトラブルがあったのか殴り合いをしており、あるところでは違法薬物の売買が行われたりしていた。
そんな中をタギツは一人で車椅子に乗って進んでいくと案の定というべきかタギツに絡んでくる奴が現れたのでマスケット銃でゴム弾を撃ち込んで気絶させた。その後も同じく絡まれることが何度かあったが全員返り討ちにして目的の場所の娼館にたどり着いた。
「ねえ。ここで待ち合わせをしているのだけれど、通してくれるかな?」
「ああ?何だこのガキ。ここは娼館だぞ?ガキはとっとと帰れ」
「人の話聞いてた?待ち合わせしてるから通してって言ったの」
「お前こそ話聞いてねえのか?帰れといったんだ」
「そう」
次の瞬間手に持ったマスケット銃で娼館の扉の前で門番をしていた牛頭族の男の頭をゴム弾で撃つとそのままぼろい木製の扉を開けて、そのまま進んでいった。娼館の中は薄暗くわずかな明かりが壁際に焚かれているだけなうえになんだか気持ち悪くなりそうな甘ったるいお香の匂いが充満していた。娼館のロビーには木製の椅子とテーブルが置いてあり、さらに奥にはカウンターがありそこには兎人族の女性がいた。後ろにお酒が並んでいるのでおそらくバーカウンターだろう。
「いらっしゃい~あら可愛いお客さんね。よく入ってこられたねえ。建物の外には見張りがいたはずなのだけれど」
「待ち合わせしてるって言っても信じてもらえなかったから気絶させた」
「あらら、あの人ったら不器用ね。臨機応変にできないというかなんというか・・・ ごめんなさいねお嬢ちゃん。あの人のことは気にしなくていいわ~ それで、あなたは待ち合わせしているといったわね?一体どなたと待ち合わせを?」
「それ言わなきゃダメなの?」
「言わないと誰と待ち合わせしているか分からないじゃない。それとも言えない事情でもあるのかしら?」
「それはあなたには関係ない」
二人の間に静寂が流れ、煙草ときついお香の混じった香りが鼻腔をかすめるなか、先に静寂を破ったのは、兎人族の女性だった。彼女はゆっくりとため息をつきながら言った。
「わかったわ。この貧民街では深入りしないことが長生きする秘訣だからね。詮索はしないわ~」
「そうしてくれると助かるよ」
「ただし、詮索しない代わりにこちらも何か起きても一切関知しないからね。それがここのルールだよ」
「それでいい」
そういうと兎人族の女性はカウンターの下から取り出した鍵をタギツに渡した。それは娼館の部屋の鍵らしくタギツはそのカギに刻まれた番号の部屋へ向かって行った。部屋の中は案外綺麗でフカフカのベッドに美しい調度品が置かれ、燭台には火が灯されており、小さな机の上には何やら怪しげな液体の入った小瓶が置かれていた。まあ娼館なら当たり前か。
「さて、ここまで来たものの情報が少なすぎて完全に出たとこ勝負になるが果たしてどうなるか。最悪誰にも会わずに朝方に帰る羽目になる可能性もあるけど」
部屋の中を見渡し終わった後、懐から取り出したパイプに煙草を詰め、火を点け、白い煙をゆっくりと吹き出しながら、その魔導書に目を落とした。煙が書物の文字を包み込むように舞いながら、天井に溜まり部屋の隅に置いてあったお香の香りと混ざり合って何とも言えない匂いになった。時刻は既に深夜となり、娼館らしく壁のうすい建物からは男女の声がうっすらと聞こえてきた。しばらく待っては見たものの誰も来ない。まあもとより出会えたらいいな程度にしか思っていなかったためにそこまで失望感はなかったが時間を無駄にしてしまったかと考えていたタギツの耳に足音が聞こえてきた。
当然娼館なのだから娼婦やその客、更には娼館を裏で支える従業員がいてもおかしくはないが、タギツはその凄まじい威圧感に覚えがあった。明らかに娼婦でも客でも従業員でもない。ソレが部屋の前にやってくるとゆっくりと扉を開いた。
「まさかこんな所で再開するとはね」
「こちらとしては再開したくはなかったのだが、上からの命令でね」
そこに現れたのは赤いワインレッドの短い髪にボロボロのローブを羽織ったその女性。メディーバルアンティークの街で攫われた孤児院の少女ミリアを助けに行ったときラキと交戦していた人物そのものであった。
「まさか君が生きているとはね。どうやって生き延びたんだい?一応僕の使った魔術かなりの火力なんだけど」
「あの程度でやられるとでも? と言いたいところだがアレはさすがに死を覚悟した。ギリギリ回避できたがおかげで魔力をほぼ全部持っていかれた上に貴重な魔道具まで失った」
「そっかそっか。じゃあ次は命を失ってみよっか?」
「ここで始めるのかい?娼館どころか貧民街に住んでいる人々まで巻き込まれてしまうぞ?」
「それがどうかした?貧民街ごと君を消し飛ばせばいいだけでしょ?」
「ま、そうするのも一興ではあるが今回の目的は戦争じゃない。勧誘だよ」
「なんの?」
「私たちの組織への勧誘。『新世界』の名前くらいは聞いたことあるでしょう?そこへの勧誘だよ。上の連中が私の魔力をほぼすべて使い果たして更に貴重な魔道具を失って敗走までさせた相手に興味があるらしく組織に入れたいそうだ。私個人の感情としては今すぐぶち殺してやりたいが組織の意向が先だ。答えは分かりきっているが一応聞いておく。どうする?」
『新世界』。 この世界の裏側で暗躍している謎が多い組織。どんな人がどのくらいいてどんなことをしている組織なのかその一切が知られていない半ば伝説と化している存在だ。まさか実在するとは思わなかったが
「君が考えている通りだよ。断る」
「そうだよな。ま、期待してなかったよ。そんじゃ私はこれにて退散せてもらうよ。ああ、それと置き土産も用意しておいたから楽しみにしていてくれ」
「いやいや、逃がすとでも?今度こそきっちりあの世に送ってあげるよ」
「別にやっても構わんが、これただの分身だぞ?やったって私は死なん。それじゃ私は帰るよ、やることも終えたし気が変わったら適当に声かけてくれ」
そう言うと、突然、メイベルの身体がボンッ!という音とともに、まるで魔法のように綺麗に消え小さな紙切れがヒラヒラと床に舞い降りました。紙には鮮やかな赤色で描かれた幾何学模様の魔方陣が、まるで古代の秘密の呪文のように輝いていたがタギツが床からそれを拾おうとした瞬間、それはボロボロと崩れ落ち、その美しい模様は一瞬で消え失せた。
「なるほど。分身魔術か・・・。これはしてやられた」
タギツは車椅子を動かして部屋から出るとロビーに戻り、手にした鍵をバーカウンターの女性に返した。
「待ち人には会えたかしら?」
「会えたよ予想外の人物だったけどね。とりあえずここでの用事はこれでおしまいかな。これは返しておく、あとこれも渡しとくね」
そういうと、タギツは先ほど借りた部屋の鍵を手に取り受付のカウンターに置き、ついでに金貨10枚を取り出し、それを兎人族の女性の前に差し出した。バーカウンターにいた兎人族の女性は、驚きと好奇心を交じえた表情で金貨を見つめ、不思議そうに言いました。
「ずいぶんと大盤振る舞いね。・・・どこかのお嬢様かなにかだったりするのかしら?」
「詮索はしないんじゃなかったの?」
「それくらいは聞いてもいいじゃない」
「僕はただの冒険者だよ。それじゃあ僕はお暇させてもらうね」
クルっと反転したタギツはヒラヒラと手を振りながら娼館のロビーをまっすぐ進み娼館を出た。夜中ということもあり、さすがに静けさがあたりに満ちていたが周囲から視線を感じていた。タギツは気にしていなかったがこの貧民街は当然のことながら普段はこの場所の住人がほとんどでこの場所に他所から来たものが入るとすぐにバレるのだ。
しかもタギツは貧民街ではまずお目にかかれないような綺麗な身なりに車椅子に乗ってやってきたという特徴的すぎる姿をしていたのでその日のうちに貧民街中に噂が広がっていた。
そしてある程実力のあるものはその異様な雰囲気と強烈な威圧感に逃げていくのだが、貧民街に彼女の実力を見抜けるものなどいるはずもなくほとんどのものが車椅子に乗った貴族か豪商のお嬢様が貧民街に迷い込んだと誤認した。結果貧民街にはタギツに手を出した者たちの死体がそこら中に積み上がり、貧民街では「車椅子に乗った少女は絶対に襲うな」という暗黙のルールができたそうだがそれはまた後の話。
—————
倉庫の天井を綺麗さっぱり吹っ飛ばして敵対していた冒険者4人を倒し切ったラキは通信用魔道具で連絡をした。少ししたあと倉庫にエイネと冒険者ギルドの職員がやってきた。その場に倒れこんでいる人物全員を捕まえたエイネは引き笑いしながら綺麗な夜空が見える倉庫を見ながらラキに聞いた。
「ところでなんで倉庫の天井がキレイさっぱり無くなっているのですか?」
「レアタル飲んだ魔術師がオリハルコン製の杖使ってバカでかい火球撃ってきたからバーンって空に打ち返したら天井消し飛んじゃった♪」
「・・・修繕費用はギルドマスターに押し付けましょう」
さらっとエイネがヤバい金額の修繕費用をギルドマスターに押し付けたが、エイネはどこ吹く風といった様子で犯罪者どもを冒険者ギルド職員に任せて倉庫の中に残っているレアタルの回収作業を開始した。
「ああそうでした。南部区画の方にも一応冒険者の方を送って王都に持ち込まれたとの情報の入っていた例の魔道具の回収をしてもらっているのですがこちらが思いのほか早く終わったのでラキさんはそちらに向かってもらえますか?」
「あ、いいですよ~ それじゃあこの場は任せますね」
ラキはぶん投げたミョルミーベルを拾うとそれを担いでそのまま一直線に南部区域の庶民街へと向かっていた。同じころ南区画庶民街のとある民家にやってきていた冒険者パーティーの姿があった。
「さてと、それじゃあ建物の中に入るが準備はいいか?」
「いつでもいいよ~私は準備万端」
「ああ、いつでも構わん」
「負傷したらすぐ引いてね。うちが治癒魔法で直すから」
そこには昼間にラキ達に会ったティア4の冒険者パーティーのドミニク、カール、ユリアーナ、クラーラの4人が情報のあった民家に入ろうとしていた。その民家はどこにでもある古びた家屋で、今は誰も住んでいないのか、草が覆い茂り、家屋の外壁は錆びつき、色あせ、一部は剥がれ落ちており、古びた木材は腐食し、朽ち果てていた。屋根には年月の経過を物語るように一部の穴が開いており、そこから光や雨水が滲み込んでいたのか水の跡が残っていた。
家屋の中も長い間だれも手入れしていなかったためか荒れ放題となっていた。いたるところに大量の埃と蜘蛛の巣があり、家具の類も完全にボロボロになっておりとても人が住めるような環境ではなかった。
「ドミニク。本当にこのような場所に禁忌に触れるような魔道具が存在するというのですか?」
「わからん。ギルマスが言うにはそういった情報も入ってきてはいるがそれが本当なのかどうかわからんそうだ。もしかしたらただのブラフかもしれねえとも言われた。だがもし本当だった場合王都のど真ん中で魔道具が起動しだしたら何が起こるかわからんからその前に回収してほしいんだとよ」
「事情は分かりましたがいささか不気味に感じますね」
「もう、クラーラは心配性なんだから~ 今回の任務はあくまでも魔道具の回収が目的でしかもなければないで無理して探す必要もないんだよ。なら私たちでも十分こなせる依頼でしょう」
クラーラは依頼の内容に怪訝そうな表情でドミニクに聞きました。彼女は眉を寄せ、口元をわずかに歪め何か起きそうな気配に一抹の不安を感じていた。ユリアーナは自分たちのパーティーを信じているのか楽天的でした。彼女の瞳は輝いており、手には魔術を行使する際魔術の威力と効果を増幅させる杖を持ち自信に満ちた表情をしていた。
一方、カールは反応はせず、ただ寡黙に周囲を警戒していました。彼の眼差しは鋭く、一瞬たりとも状況の変化を見逃すことはありませんでした。カールは静かに部屋の中の様子をじっと観察し続けていました。彼の筋肉は緊張し、戦斧を握りしめる手には汗が滲み出ていた。
「まあ、気を付けるにこしたことはない。冒険者は何が原因でいつ死ぬかわかったもんじゃないからな。油断はするなよ。最悪俺らで対処できそうになければすぐに退避する」
「了解。ところで気づいているかドミニク」
重々しい低い声でドミニクに声をかけたのはカールだった。依頼をこなすときはとても注意深く慎重に周囲を観察する男だ。その性格故か異変に気づいたのだ。
「ああ、こりゃ足跡だな。しかも埃のつもり具合からまだ新しい、どうやらギルマスの言っていたヤバい魔道具ってやつはあるかもしれねえな」
「おお~そうだとしたら結構責任重大? ならこのユリアーナちゃんがしっかりと依頼をこなしてみせましょう!」
「よろしく頼むぜ魔術師殿。みんな!警戒態勢で進むぞ。向かう先は足跡のある二階だ。おそらく魔道具とやらは二階にある」
家屋の中をドミニクたちは縦一列になりながらそこにある足跡を辿っていき、その先にある階段をゆっくりと登っていった。木製の階段は一段登るたびにギシギシと音を上げ、一部崩れて穴が開いていた。その先の二階に上がっていったドミニクたちは足跡がついている廊下をゆっくり慎重に進んでいき、そこの先にあった部屋の前までやってきた。木でできた扉のドアノブを掴みゆっくりと回して扉を開けると天井に穴が開いていて壁も所々崩れている部屋がありその中央にボロボロになった机とその上に乗せられている古ぼけた一冊の魔導書が置かれていた。
「あれが、ギルマスの言っていた例の魔道具ってやつか?どこからどう見ても魔導書だよな」
「ああ、だがほかにそれらしきものがない。おそらくアレが探していたものだろう」
「おお!魔道具もとい魔導書発見~♪ これで私たちギルマスの依頼達成だ!評価上がるかな?」
「ユリアーナははしゃぎ過ぎです。まだ依頼完了してませんよ。回収してギルマスに届けるまでが依頼」
お目当てのものを見つけてはしゃぐユリアーナとそれをたしなめるクラーラというこのパーティーでは見慣れたいつもの光景を見ながらもドミニクは底知れぬ嫌な空気を感じていた。特に明確な理由があるわけではないただ単にドミニクの長年の艦ではあったがこの魔導書はヤバい。そんな漠然とした直感がドミニクの心をざわつかせた。
「?どうしたドミニク」
「ああ、いや、なんだかあの魔導書嫌な感じがしてな」
ドミニクがそういった直後、机の上に放置されていた魔導書が宙に浮かぶと紫の光に包まれて突然本が物凄い勢いで開きだした。そして動きがピタッと止まったかと思う今度は開いた魔導書のページから光があふれ出したかと思うとその光が天井に空いた穴から空高く光の柱を作った。
「全員退避だ!ついてこい!!」
ドミニクの声に瞬時に反応した3人は急いで部屋を出て階段を降り、家屋から飛び出すとそのまま距離をとった。夜だからか余計に明るく見えるその輝きに4人は困惑していると今度は光の柱の先から光が枝分かれしていき徐々に巨大な魔方陣を形成していった。ドミニクたちだけでなく南部区画庶民街に暮らす住人達までも建物から出てきて空を見上げていた。夜空が光り輝くその光景はとても幻想的であったが、それは厄災を告げる光だった。
光の柱が消えると空に浮かぶ巨大な魔方陣から黒い何かが降ってきた。最初は何か分からなかったがすぐにそれがなんなのかわかった。
「な、なんだ・・・これ」
そこに現れたのは人・・・だったものだ。生前の面影を残しつつも肉は爛れて変色し、手は骨と皮だけになり、目は無くなりただひたすら真っ黒な空洞がそこにあった。人族だけでなく猫人族や犬人族狼人族に兎人族など色々な種族が次々と空から降り立ってきたがいずれも全てが世にもおぞましい姿をしていた。
「あわわ!何ですかこれ!!アンデッドか何かですか!?」
「落ち着いてくださいユリアーナ!アンデットなら私の浄化魔法で消し飛びますから」
そういってクラーラは詠唱を行い、浄化魔術を放った。アンデットの類は死体に悪霊が乗り移って死体を操っているので浄化魔術を放つだけで死体に乗り移った悪霊の類はすぐに消し飛ぶ。それにたとえ浄化魔術が使えなかったとしても物理的に倒してしまえばいい。動きも力もそこまで強くなくとても簡単に倒すことができるので第五等級の魔物として分類されているのだ。今回もアンデットの対抗策として浄化魔術を放ちそれは対応としては正解だった—相手がアンデットであったのなら。
「え、何故・・・」
浄化魔術を放ったのに一切効いている様子がなくもう一度浄化魔術を放ったがそれでも全く効いていなかった。その光景にクラーラは激しく動揺してしまい後ろから近づいてきていることに気づくのが遅れた。
「危ねえ!」
とっさにドミニクが持っていた剣で斬り伏せクラーラを助けた。ドミニクが助けてくれなければ自分がやられていたことに震え上がったがすぐに切り替えて周囲の状況を見た。次から次へと空から降りてくるアンデット。そしてそれは浄化魔術を使っても効果がなかった。しかも
「おいおい、嘘だろ!?」
ドミニクが斬り伏せたはずのアンデットがむくっと起き上がると何事もなかったかのように起き上がったのだ。今度はさらに強く斬りかかり腕と足を完全に断ち切った。更に念のため首まではねた。しかしその直後アンデットの胴体と断ち切った腕と足と首の断面が伸びてくっつきそのまま再生して倒れ伏していたアンデットが再び起き上がった。
「どうなってやがる!?こいつら本当にアンデットなのか!?」
「みんなどいて! これならどうだ!!」
ユリアーナは静かに呪文を唱え、その声が微かに響きました。赤く輝くエネルギーが次第に杖に集まり、熾烈な炎が形成されていきそして、彼女がその火球を慎重に振りかざし、アンデットたちに向けて放つ瞬間、火球は急速に成長し、炎の尾を引いて空中を進みました。炎の玉がアンデットにぶつかると同時に爆発し、火柱が天に立ち昇りました。その強烈な炎がアンデットたちを包み込み、彼らを焼き尽くしました。
後に残ったのは黒焦げになったアンデットの残骸だけで本来ならこれだけやればオーバーキルといっても過言ではないほどの攻撃だった。だが——
「ふえぇえ!? これでもダメなの!?」
真っ黒こげにしたはずの敵がゆっくりとだが徐々に再生していき最後には攻撃する前の状態に戻っており、再びゆっくりと起き上がるとユリアーナの方へ寄っていった。浄化魔術を使ってもダメ、物理攻撃を行ってもダメ、火炎魔術で黒焦げにしてもダメ、ドミニクたちには完全にお手上げ状態だった。しかも輪をかけて最悪なのが空から次から次へと追加のアンデッドがやってきてしかもそいつらが南部区画庶民街の中を徘徊して住民を襲い始めたのだ。
「マズい!クラーラ!王都地域警備隊と冒険者ギルドに連絡しろ!このままじゃこの庶民街が落ちる!!」
「わ、わかった!」
—————
南部区画庶民街に向かっていたラキは突如空に浮かんだ馬鹿でかい魔方陣に驚いていた。魔道具の回収の手伝いを頼まれたので向かっていたがその前にとんでもないトラブルが発生したようだ。ラキは道端の石垣に足をかけるとそのまま建物の屋根に飛び乗って屋伝いにショートカットして走っていった。
近づくにつれ魔方陣から何かが落ちてきているようにに見え、さらに近づくとそれが人の形をしていることに驚愕した。ひと際高い建物の屋根から見下ろした広場には既に多数の人型の何かが降り立っており、昼間に出会ったドミニクたちがそれらと交戦していた。
「あれはアンデット?でもアンデットが何でこんなところに大量発生しているの?それに、攻撃しているのに効いていない?」
クラーラに迫っていたアンデットに斬りかかったドミニクだったが、すぐに何事もなかったかのように立ち上がり、更に腕足首を切断してもくっついて起き上がった。それならとユリアーナが火炎魔術を撃ち込み黒焦げにしたがそれすらも時間が巻き戻ってるかのようにゆっくりと元に戻っていき立ち上がって再び襲い掛かっていた。
「と、とにかく!援護に回らないとだね。よくわかんないけど片っ端から倒していこう!」
ミョルミーベルを片手に握りしめ、勢いよく足場から飛び降りると、俊敏に身体を前に傾け、一気にアンデットに近づきミョルミーベルをアンデットの方へ振り下ろそうとした瞬間、聞いてしまった。
「・・・オカ・・・サ・・・ン」
「ッ!!」
すんでの所で振り下ろすのを止めるとのけ反るように飛び退いたラキはよくよくそのアンデットを見た。小さな子どものアンデットの瞳はなく真っ黒な暗闇が広がるその双眸から涙が零れていたのだ。
「オカアサン・・・ドコ・・コワイ・・ヨ・・コワイヨ」
まさか・・・。湿った嫌な汗が背中を伝って流れるのを感じながら、ラキは不安を紛らすように、急いで周りのアンデッドたちの声に耳を傾けてみた。どうか自分の勘違いであってほしいという淡い希望をもって。だが周囲の腐敗した肉の匂いと共にアンデット達の口から奏でられる言葉が彼女の最悪の懸念が現実となることを予感させた。
「タスケテ・・イタイ!グルヂィイイイイイ!!」「モウ・・・オワラゼデ・・・オデガイィイ」「オドウザァアアアアンンンオガァアアアザアアアアンンン!!ダズゲデェエエエ!!」「パパァアア・・・ママァアア・・・ドゴォオオオ」
アンデット達は、喉から漏れる苦痛と哀しみに満ちた声を発して、その歩みを進めていた。彼らは言葉を持つことはできない魔物であり、たとえ喋ろうとしても、それは意味を持たない不気味な音として発せられ、決して言語に繋がることはない。しかし、これらのどう考えても人が苦痛を感じて悲鳴を上げているとしか思えない声を聞いただけで、ラキは信じたくなかった出来事が現実として目の前で広がっていることを強く感じ一つの結論に至った。
目を見開いて表情を歪ませ、ミョルミーベルを持つ手が震えるのを止められないでいるラキにドミニク達が周囲を警戒しながら駆け寄ってきた。
「ああ、ラキさん!よかった無事だったんですね。大変なことになりました。このアンデット達どうやっても倒せないんです!ラキさんどうにかできませんか・・・って、ラキさん?」
ユリアーナがラキに駆け寄りアンデットを倒せないでいるこの状況をどうにかできないか聞こうとしたが、ラキの様子がおかしいことに気づきその顔を見た。顔色が悪く冷や汗をかき体が小刻みに震えていた。明らかに動揺していたが心がかき乱されるのをぐっと堪えてラキは答えた。
「あれはアンデットじゃないよ。あれは『廻人』。私もターちゃんに文献の内容を教えてもらっただけだから詳しいことは分からないけど、廻天の魔女と呼ばれていた大魔女が究極の魔法”ウィルオーザウィプス”によって殺された人たちの魂が『廻天の書』と呼ばれる禁忌書に押し込まれその禁忌書を開くたびにこの世界に出されああやって人々を襲うんだ。自分の意思とは無関係に。
そしてどれだけどれだけ攻撃しても浄化しても死ぬことが許されず、かといって生き返ることももちろんできない。生者にも死者にもなれないで永久に元人間だったあの人たちは同じ人間である私たちに攻撃されその痛みと苦しみを受けながらも止まらずに人を襲い続ける。そうゆうふうにされてしまったんだ」
ラキの説明に絶句するしかなかったドミニク達。あまりにも悪辣で余りにも無慈悲であまりに理不尽なその魔道具の正体に言葉が見つからないといった表情であった。そしてそうしている間にも次々と空から廻人がおりてきてその数を増やしていった。このままでは王都が廻人に覆い尽くされてしまう。そんな焦燥から震える手にぐっと力を込めてミョルミーベルを握りしめると廻人を吹っ飛ばすために駆け出した。
「お、おい!一人じゃ危険だ!!」
ドミニクの声すらも耳に入らず、頭が真っ白に飛んでいたラキは廻人に再びミョルミーベルを振り下ろそうとしたが—。
「オ゛ネ゛エ゛・・ヂャン・・・ダズゲデ」
涙を流しながら両手を前に突き出してヨタヨタと近づいてくる小さな女の子の廻人にラキはどうしても振り下ろせなかった。やらなきゃやられる王都が崩壊してしまう!振り下ろさなきゃ!という感情とは裏腹に目の前の光景に体が硬直して動けなかった。涙を流しながら寄ってくる廻人の女の子が苦痛に耐えきれずラキに殺されようとしていたからだ。
それがわかってしまい振り下ろすことができなかった。
「う、ぐぅううううううううううう!!う゛う゛う゛う゛ぁああああああ!!」
喉から唸り声をあげて歯を食いしばり、なんとか振り下ろそうとするがそれでも振り下ろせなかった。どうしても殺せなかった。ラキは目を見開き涙を流した。
「ごめんね・・・」
ラキはどうしようもない無力感に襲われ、自分の無力さに対する深い後悔の念から、思わず謝罪の言葉が口から零れ彼女は自分ができることが何もないことを痛感し絶望に苛まれた。ラキはこの不条理な状況をなんとか変える術が欲しかった。その思いを抱きながら、ラキは天を仰いだ。助けてよターちゃん・・・
廻人たちがラキに集まり出てきたのを見たドミニクたちはラキに声をかけようと試みたが、彼女は耳に届かず、混乱の中で反応が遅れた。ヤバい!そう思った次の瞬間廻人の足が凍りつた。
「えっ・・・」
呆然としてたラキの周りにいた廻人は全員足が凍りついて動かなくなり上半身を動かしてなんとか脱出しようとしていたが次の瞬間、パァン!パァン!パァン!と立て続けに乾いた音がしたかと思うと廻人達が完全に氷に覆われて動きが止まった。
「大丈夫だった?」
声のしたほうをラキは振り返った。いつもの車椅子にのってやってきた銀色の髪の少女は、車椅子の車輪が小石を踏み越える音とともに静かに近づいてきた。彼女の髪は月光を受けてきらめき、風になびく一筋の銀色の髪が優雅に揺れていた。手に持った金色の装飾が為された銀色の重厚なマスケット銃を下ろしいつも通りの声でラキに声をかけた。
ラキは顔をくしゃっと歪ませ、思わずその場に座り込んでしまった。彼女の目から涙がこぼれ落ち、車椅子に座るタギツに抱き着いた。その瞬間のラキの心を安心感が満たした。状況は何も変わってはいないが、タギツが現れた。それだけでラキの心を覆っていた暗雲がスーッと晴れていき、気持ちが軽くなった。
「ターちゃん・・・私、私ッ!!!」
「大丈夫。大丈夫だよ」
ラキが心のダムから感情が溢れだしたかのように言葉を吐きだそうとしていたのをタギツは静かに彼女の頭を撫でた。その頭はふわふわの毛で覆われ少し温かさを感じた。優しく、指先で毛をなでる感触がラキに安心感を与えるように、ゆっくりと頭を撫でるとラキの不安が徐々に和らぎ、彼女の体が少し緩んでいくのが感じられ少し落ち着きを取り戻したように見えた。
「さてと、そっちは大丈夫?えっとドミニク達だったっけ。五体満足だよね」
「なんとか!」
襲ってくる廻人を押しのけてラキとタギツのもとに合流した4人を見た。だいぶ疲れた様子ではあったが致命傷は負っていなかった。そのことを確認するとタギツは全員に向かって言った。
「それじゃあ、この騒動を終わらせようか」
—————
クラーラから通信魔術で連絡を受けたライザは思わず顔をしかめた。状況から考えて明らかに『廻人』が降ってきていたからだ。あれは廻天の魔女が残した5冊の禁忌書に押し込められた魂がただひたすら人々を襲うという悪辣なものなのだ。
「じゃがどういうことじゃ?あのクソ魔女の禁忌書は所在不明のはず。誰がどこから持ってきたのじゃ?」
どう考えても腑に落ちないが今は置いておく。廻人が南区画庶民街にいるうちに完全に封鎖しないと下手をすれば王都全域に拡大する可能性すらある。
「冒険者ギルドの冒険者どもを叩き起こして、すぐさま戦闘の準備をさせるのじゃ。準備が出来次第順次当該地点に向かい交戦。わしは先行して庶民街を封鎖する。王都地域警備隊の方はどうなっておる?」
「クラーラさんが向こうさんにも連絡して今住民の避難とバリケード張ってるみたいです!」
「よし、冒険者たちは魔術師を中心として廻人の足止めを行うのじゃ。あ奴らは不死じゃから斬ろうが焼こうが死なん。そもそも生者でも死者でもない連中じゃからなまともに倒そうとするな。足止めに徹するように冒険者どもに周知徹底せよ」
「はい!」
ギルド職員に命令を下すとライザは久方ぶりにハルバートを手にして冒険者ギルドを出た。南の空には相変わらず馬鹿でかい魔方陣から廻人が次々と降り注いでおり、遠くから悲鳴が聞こえていた。
「さて、行くかの」
ライザはそういうと翼を広げ空を凄まじい速度で飛翔すると一気に庶民街にたどり着き指をパチンっと鳴らした。
『超級魔術:氷河壁』
ライザが魔術を展開すると青白い光が空を駆け巡り庶民街をぐるっと取り囲むように城壁かと思うような巨大な氷の壁がせり上がり、更に庶民街の人々を避難させていた王都地域警備隊が住民を避難しているだけピンポイントで通り道を作り人の流れをコントロールした。次にライザは手にしたハルバートを構えると空を飛翔しながら地面スレスレを滑空しながら廻人を次々と切り倒していった。ハルバートで斬られた廻人達は切り口から徐々に凍りつき氷像へと変わっていった。
廻人達を行動不能にしながらでかい魔方陣の中心地点へと飛翔していった。そしてちょうど魔方陣の真下まで到達できたライザは屋根の上に移動してた6人の人影の前に降り立った。
「状況はどうなっておる?」
「ギルマス!大変でしたよ~なんか何やっても全然効かないえ~っと廻人?でしたっけ。それが次から次へとあふれ出してるんですもん!」
「あれが廻人であると理解しているのか・・・誰に聞いたのじゃ?」
「僕だよ。ギルドマスターさん」
「おぬしか。では対処方法も知っておるのかの?」
「もちろん。廻人は廻天の魔女が創り上げた大魔法によって殺された者たちの魂を廻天の書に入れられている者たちなんだよ。だからそもそもあれら廻人を倒しても意味ないんだ。あれ本体じゃないからね。水面に映る月影をいくらかき消しても意味がないのと同じで今目の前にいる廻人は実体を持ったただの影だ。本体じゃない」
「じゃあ本体はどこに・・・まさか」
話を聞いていてたドミニクが冷や汗をかきながらちらっと家屋のほうを見た。ご丁寧に家屋の周囲には廻人がぎっちり密集しており、さらにいつの間にか家屋全体が赤いドーム状の結界に覆われていた。
「そうだよ。この状況を作っているのは廻天の書だからそれをぶっ壊せばそれで解決する。とても簡単でしょう?」
タギツはさらっと言ってのけたが困惑した表情のドミニク達と浮かない表情のラキ、少し考えこむライザと反応は様々だった。
まずあの結界が何なのか分からない以上それを壊せるのかどうか分からない。さらに結界を破壊できたとしても廻天の書を破壊できるかどうか分からないのだ。伝説の大魔女が創り上げた禁忌書は現代の人間からしたら古代級の魔道具といっても差し支えない代物で何で出来ているかすらもよく分からないのだ。だが
「大丈夫でしょ。ラキなら破壊できるよ。あのドーム状の結界は確かに強力だけど破壊できるし、その先にある廻天の書も確実に破壊できるから、その間僕たちは時間稼ぎすればいい、ね、簡単でしょう?」
「ターちゃん・・・私は・・・」
「ラキ。僕の話を聞いてほしい。廻天の書に囚われた人たちは今までずっと苦しみ続けている。生きることも死ぬこともできないでずっと彷徨っているんだ。もう終わらせてあげてほしい」
「っ!でも、私にはッ!!」
「できるよ。ラキにはできる」
ラキの顔を正面から見ながらはっきりと告げられたラキは屋根の下で未だ彷徨い続ける者たちを見た。誰もかれもが当てもなくただもがき苦しんでいる様子を見てラキは一度大きく深呼吸した後両手でパンッと頬を叩いて気合を入れた。
「私に任せて。必ずあの人たちを解放する」
ラキは手にミョルミーベルと握りしめるとミョルミーベルに魔力を込めた。黄金の輝きと青白い稲妻を纏ったその大槌を構えると屋根を破壊する勢いで飛び出して一気に家屋に向かって行った。それに反応するかのように周囲にいた廻人達が一斉にラキに群がっていったがそれをタギツは手に持ったマスケット銃で撃ち抜き氷漬けにしていった。氷像と化した廻人の間をすり抜けるように駆けたラキに向かって物凄い速さで何かが飛んできた。
「!? なんて重い一撃なの!?」
ラキはとっさにガードしたが、衝撃で後ろに後退してしまった。そこに立っていたのは、廻人ではあるが、人族でも犬人族でも猫族でも兎人族でもなかった。その存在はまるで異世界から飛び出してきたようであり彼の肌は青白く、髪は紫色で光り輝いているように見えた。その目は二つの異なる色で、右目が金色で左目が深紅だった。頭頂部にはとても特徴的な角のようなものが突き出ていた。これは
「ほう、まさか同胞までいたとは思わんかったの。ラキよ。こやつは我が相手をする故さっさと終わらせるのじゃ」
ライザは目の前に現れた廻人に向かって、先の尖ったハルバートを突きつけ、相手の龍天族の廻人も、ライザの方を向いて構え、一瞬の静寂が争いの瞬間を待っていた。そして、次の瞬間突如として地面に震えるような衝撃が走り、互いが攻撃を打ち合うたびに雷鳴のような轟音が鳴り響きハルバートと廻人の拳が激しくぶつかり、衝撃波が走り、周囲の空気が振動した。
ライザの横をすり抜けドーム状の結界にたどり着いたラキは力いっぱいミョルミーベルと振り下ろし、その衝撃が周囲に群がってきていた廻人を吹っ飛ばしていた。だが結界は壊れることがなくその後何発も打ち込んだがそれでも破壊できなかった。
「壊れない!なら、この一撃でどうだ!!」
ミョルミーベルが魔力に呼応するようにその大きさを大きくしその重厚感と圧倒的な威圧感を周囲に放っていた。大きく後方に飛び退いたラキは助走をつけて一気に結界に突っ込みながらミョルミーベルを振り下ろした。
「『雷槌・破却』!てぃぃやあああああああああ!!」
渾身の力で振り下ろしたミョルミーベルと結界がせめぎ合いバチバチと火花を散らしていたが、やがて耐え切れなくなったのか結界に少しずつヒビが入り、そこから亀裂が広がるとガラスを割ったような音とともに結界が粉々に砕け散った。すぐに家屋の中に入っていったラキは家屋の階段を踏み抜きながら登っていきそのまま家屋の壁を全部ぶち抜いて一気に廻天の書がある部屋にたどり着いた。
宙に浮かび光っていたそれを見据えたラキは無言でミョルミーベルを構えた。すると廻天の書が一瞬赤色に輝き、元に戻ったかと思うと目の前に小さな子ども達の廻人が立っていた。
「オ゛ネ゛エ゛ジャン゛ イ゛ダイ゛ヨ゛・・・グルジイヨ・・・」
小さな女の子は、泣き声を上げながら小刻みにトテトテと歩み寄り、苦悶に満ちた表情でラキにしがみついてきました。その小さな手は、ラキの服を握りしめ、その暗黒の双眸には涙が光りました。そして、もう一方には小さな男の子が、恐ろしい状況に怯えながら、まるで生命の糸を手繰り寄せるようにラキに縋りつき赤ちゃんも、無力な身体をラキに向けて這い上がり、無言の叫び声がその場を支配した。
「・・・・そうだよね。怖いよね 痛いよね 苦しいよね。ごめんね」
ラキは悲しそうに自身にしがみついている小さな子どもの頭を撫でるとミョルミーベルを構えて大きく深呼吸をした。握りしめたミョルミーベルがラキの魔力に呼応するように光り輝き雷を纏った。
「今終わらせるよ。『雷槌・破却』ッ!!」
渾身の力で振り下ろしたミョルミーベルが廻天の書に当たった瞬間、七色の光の奔流がまるで悲鳴のように吹き荒れた。ガラスが粉々に割れるような音が轟き、目の前に浮いていた廻天の書がゆっくりと床に落ち緑色の炎が書物を包み込み、静かに燃え始め、炎は次第に広がり、紙の端から端までゆっくりと燃え広がり、最終的に書物は灰へと変わっていきそして風に吹かれて消えていった。その瞬間、廻天の書から発せられていた重厚な魔力が風に消えて、静寂が戻ってきた。
そしてそれと同時に氷の壁の内側にあふれていた廻人達が動きを止めるとその体が光に包まれてゆっくりと光の玉となって徐々に溶けるように消えていった。
「終わった・・・のかな?」
ラキは呆然とした表情でつぶやきハッと思い出したように振り返った。先ほどまでいた小さな子ども達も光に包まれて徐々に消えていっていたが、今までと違いそこに苦痛や絶望感はなくただただ穏やかな空気のみが広がっていた。
「おねえ・・・ちゃん・・・」
「ッ!」
ラキに縋りついて助けを求めていた小さな女の子はそれまでの禍々しい姿は既になく、その姿は生前の物になり、うっすらと透けていた。そしてラキの方を見てニコッと満面を笑みを浮かべた。
———ありがとう。
空に溶けていったその感謝の言葉に寂しそうに微笑むとラキはミョルミーベルを床に置き両手を組んで、ラキは静かに目を閉じ心からの祈りを捧げた。その瞬間、死んだ後も苦しみに彷徨い続けた女の子の魂が解放されやっと天国にいけることを実感し胸にほんのり温かい光が差し込んできたような、そんな安らぎの気持ちが溢れた。夜空にゆっくりと広がっていく数多の魂たちの光はその日、多くの人々が目撃しそしてその幻想的な輝きにただただ心を奪われるばかりだった。
「幽冥に往く全ての御霊に久遠の幸あらんことを」
——————
それから数日が経過した。あの日の夜の出来事は王都中に知れ渡り、王都中が大騒ぎとなった。まず、レアタルの密造及び闇取引を行っていた者たちは全員逮捕され、牢屋にぶち込まれた。どんな処遇になるかわからないが、おそらくもうまともに生きていけないような処罰を受けることになるだろうとのこと。それはまあ予想していたことであった。
そして問題はもう一件のほうである。『廻天の書』が持ち込まれそれによって廻人が南部区画庶民街のあちこちに溢れて、庶民街のあちこちが破壊されていたのだ。死者が一人も出なかったのが不幸中の幸いではあったが、その代わり庶民街の人々と王都地域警備隊の隊員に多数の負傷者が出てしまった。もしあそこでラキとタギツとライザ、ドミニク達が戦っていなかったら、もしラキが『廻天の書』を破壊していなかったら、被害は王都全域にまで広がっていた可能性があったのだ。
それを食い止めたとしてラキの噂は瞬く間に王都の庶民街の人々から貴族街に住まう貴族、そして王族の耳にまで入っていた。結果ラキは王都を救った英雄として祭り上げられ、更にタギツやドミニク達までもが王都を救った勇敢な冒険者とというふうに伝えられた。
それからというもののラキが街を歩いていると街中の人々特に南部区画の庶民街に住んでいる人々が次から次へと感謝の言葉とともにどこから聞きつけたのか食べ物を上げだして一瞬で数トンの食糧が集まってしまうという狂気の現象が発生したり冒険者ギルドに向かうと騒動を沈め王都を救った凄腕冒険者という認識から羨望の眼差しで見られ、次から次へとパーティーへの誘いがひっきりなしに続いた。
しかも実際に破壊したのはラキだが『廻天の書』の正体を見抜き、その対処方法をすぐに行い、そして事態を収束させるための的確な指示を出したからできたのだと言いふらすものだからタギツまでもが冒険者パーティーから勧誘をひっきりなしに受け続けたため宿屋から出ることが出来なくなっていた。
「・・・・・・なんでこうなった」
「凄いよね。私たち完全に時の人になっちゃったよ~モグモグ」
「なりたくてなったわけじゃないんだけど・・・しかもこんなのまで来ているし」
うんざりした様子のタギツは手に持った手紙を見て嫌そうにしていた。とても上質な紙で出来ており、手紙にはシンボルマークがついていた。完全に貴族からの手紙だ。手紙の内容としては王都を救ってくれたことに関する感謝と是非屋敷に招待したいという旨の内容だった。しかもこういった内容の手紙が十数枚届いていた。
「貴族の人たちからの手紙だよね?ターちゃんは受けるの?」
「・・・・」
「あ、その顔は超絶受けたくないけど、受けないわけにもいかなくてどうしようか悩んでいる顔だね♪」
笑いながらそう言ってくるラキに溜め息をつきながら窓の外の光景を見た。宿屋の前にはそれはそれはスゴイ人々の行列がながーく伸びていたのだ。感謝されているのだろうけど本当に終わりが見えないのだ。ちなみに今回の一件で冒険者ギルドは特別報酬として白金貨50枚を出してくれた。太っ腹だなぁと思っていたが、さらに驚愕したのは庶民街に住んでいる人々がお金を渡してきたのだ。その額自体はそこまで多くはないが問題はその人数が凄まじいのだ。
一人一人はそれこそ金貨1枚とか3枚とかなのだけれどその人数の多さが影響して既に金貨が2300枚も集まっていてラキとタギツが泊っている部屋だけでは入りきらず隣の部屋にどさっと金貨の山が積み上げられていた。冒険者ギルドの方からリラが来ており、どんどん捌いて行った。
アンネでは対応しきれないし、本業がままならなくなりそうだったので冒険者ギルドから職員をつれてきたのだ。
「本当にこれどうしよう。いっそのこと逃げるか・・・」
「ターちゃん・・・そんなことして大丈夫なの?」
「・・・さ、荷造りしようさっさと旅立つよ」
そういってベッドから車椅子に移ったタギツはそのまま荷物をもって部屋の外に出ようとしたそのとき、部屋にアンネが駆け込んできた。アンネの顔は真っ青になっており、その瞬間、タギツは彼女がなんで慌ててきたか代替察しがつき、思わずタギツは現実逃避したい気持ちに駆られたが息を整えたアンネが言った言葉に天を仰ぎたくなった。
「あ、あの!国王陛下からの使者の方が来てお二人に至急王宮へ来るようにとのことです」
——————
宿屋の前に止めてあった絢爛豪華な装飾がなされた綺麗な馬車の周りにこれまた同じように真っ白な鎧に金の装飾がされ赤いマントをつけた騎士が数名たっており、その騎士が馬車の扉を開けるとそこには先客がいた。
「何を呆けておるのじゃ?我が乗っていたら意外かの?」
「そうだね。てっきり僕たち二人で行くと思っていたからね」
「まあ、今回我はおぬしたちの付き添いという立場でいくからの。ほれ、さっさと乗らんか人が群がってくるぞ」
「はーい!ほらターちゃんも乗って乗って!」
「わかったよ。乗るよ」
二人が乗った後馬車はゆっくりと動き出し、人々が左右にそれて真ん中に道ができるとそこを悠然と進んでいった。しばらく進むと目の前に大きな門が現れそこには騎士が詰めていた。彫刻がなされた木製の大きな門はとても歴史を感じさせる美しいもので門の前に着くと馬車の前にいた騎士が馬の上から門番の騎士に何か伝え、それを聞いた門番が門を開門した。
門の先に広がっていた光景は一言でいうなら優雅といった佇まいのたくさんの屋敷だった。どれもこれもがとても豪勢な門構えと広い庭、そして絢爛豪華な屋敷というさすが貴族というほかない建物が底には広がっていた。真っ白な石が隙間なく均等に並べられたレンガ造りの道路を馬車は進んでいき、緩やかな坂道を登っていった。その先には白い門があり、その奥にこれまた歴史を感じさせる白い外壁に青い屋根の城が聳え立っていた。
「ここから先は王城のなかじゃからなの。粗相のないようにするのじゃぞ?」
「すご——い!!ターちゃん王城だよ!!綺麗だね」
「まあ、確かにこのレベルの城はそうそうお目にかかれない」
ラキだけでなくタギツまでもがその光景に感嘆の声を上げた。美しい城の中に入ると正面の扉の前に馬車が止められそこから降りて扉をくぐるとそこには宮殿様式の美しい内装が細部まで造りこまれており、床には大理石がはめ込まれ赤い絨毯が敷かれていた。
ラキとタギツとライザは騎士の後ろを進むとそこにはひと際大きな門のような扉があり、その扉が開かれると驚きの光景が広がっていた。そこには一目でわかる程、身なりの綺麗でそれでいて高度な教養を身に着けてきたのうだろうと伺いさせる佇まいの人たちがたくさんいた。おそらくこの場にいる人々は全員貴族なのだろう。
そしてその奥には玉座が置かれており、その席に一人の壮年の男性が座っていた。皺の入った顔に灰色の短い髪、豪華な装飾のなされた冠をつけていた。体は鍛え上げられそこから放たれる存在感は一国の王としての威厳を出していた。その人物の前まで行くとライザが恭しく礼をした。
「陛下。件の冒険者をおつれ致しました」
「うむ。ご苦労。 さて、冒険者ラキそして冒険者タギツよ。そなたらの働きによって王都の民の命が救われた。まずはそのことに感謝する」
「いえいえ!私は頼まれたことをやったまでですし、困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃないですか~」
「貴様!陛下に対してなんだその無礼な態度は!!」
「よい。話を戻そう。此度の働きに対する恩賜を下賜しようと思う。 冒険者ラキ。そして冒険者タギツよ。そなたらに冒険公の爵位をやろうとおもう。受けてくれるか?」
王の発言を聞いた貴族たちはにわかにざわついた。
「陛下!いくらこのものたちによって民が救われたと言ってもいきなり爵位を与えるなど!そのようなことをしては他の貴族たちに示しが付きませんぞ!」
一人の貴族が王の決定に不服を申し立てた。その貴族は金色の髪を後ろに結び口髭を生やした目の細い蛇のような印象を受ける人物だった。
「王として冒険公に相当すると考え叙勲を決定した。そなたは余の判断が間違っていると?」
「そ、それは・・・。 僭越ながら絶大な功績を上げたのは事実ですが私はそれでも功績が足りないと考えます。冒険公の地位は特別です。凄腕の冒険者すらもねじ伏せるだけの圧倒的な実力と民たちからの絶大な信頼を持ち合わせ、冒険者の階梯がティア1以上でなければならない。それを得ているとはとても思えないのです!大体、この者たちはまだ10代ですぞ。それで冒険公の爵位を与えたりした日には各貴族たちから反発を招きます。最悪元老院が王室と対立し内紛を引き起こしかねないのです!どうかご再考を!」
「ふむ・・・」
王は玉座で足を組みながら指をこめかみに当てながら考え込み、ラキはポカーンとしながらやりとりを見ていたがタギツは状況を冷静に分析していた。冒険公がどういった爵位なのか分からないが話から察するに国王に準ずる権力を与えられるのだろう。だとしたらあそこまで拒絶反応を示すのも納得する。国家の中枢に良く分からない小娘を入れるのは国防上問題があるし、それに貴族たちも自分たちの頭を越えて自分たちよりも若い女性が自分たちよりも高い爵位を受けるということに納得しないのではないかということだ。
ライザも同じ考えに至ったのか少し逡巡すると王の方を見て言葉を紡いだ。
「陛下。恐れながら提案がございます」
「申してみよ」
「はい。今回の件に関して陛下としてもなにか下賜しなければ示しがつかずかといって冒険公の爵位を与えてしまうと貴族たちの反感を買う可能性がある。ではこうしてはどうでしょう?
今回冒険公の爵位を与えるのは一旦保留とし、更に大きな功績と民からの信頼を得ることが出来たら改めて冒険公の爵位を叙勲する。ラキはすでにティア1の階梯にあるのでラキには今回の功績に対して白金貨50枚を与え、タギツに対しては今回の功績を加味してティアを一気に1に引き上げる。
陛下がしっかりと恩賜を与えつつ、貴族たちの反感もない。落としどころとしてはこのあたりがよろしいかと思われますが如何かと」
「・・・ちと足りない気もするが、二人ともそれでよいか?」
「はい!!!」
「僕もそれで構いません」
「では冒険者ラキには白金貨50枚を、冒険者タギツにはティア1の階梯を与える!」
王がそう宣言すると周囲にいた貴族たちが一斉に拍手喝采を二人に送った。ラキとタギツはその後、様々な手続きを終わらせてその場にいた貴族たちにかわるがわる声を掛けられた。その日は恩賜の下賜がメインとなっていたが後日改めて国王自ら王都の民に恩賜を与えたことを公表するそうだ。
貴族たちによる挨拶ラッシュが終わった後、帰ろうとしてたラキとタギツとライザを城勤めの騎士が呼び止め城の応接室に通した。部屋はさすが王城というだけあってその部屋もかなり豪華できれいな彫刻が彫られた椅子とガラスのテーブル高価そうな絵画や壺などインテリアが部屋を飾っていた。
「こちらでお待ちください」
騎士が白い鎧の金属音を鳴らしながら部屋を出ていくと、入れ違いで王宮勤めのメイドが、手にした小さなカートを押して部屋に入ってきた。その上には香り高い紅茶が湯気を立て、その横には美しく盛り付けられたお菓子が載せられた綺麗なお皿がありそれらをテーブルに置くとメイドは優雅な笑顔を浮かべながら一礼をするとテーブルのすぐ横、壁際に立って控えた。
それからしばらくして応接室のドアを開けて入ってきたのは国王だった。国王は三人が座っている長椅子の対面にある椅子に腰かけるとふぅと息を吐いて肩を回しながらリラックスしていた。先ほどまでの威厳と威圧感のある様子はなく国王というよりむしろ気さくな近所のおじさんのような印象だった。
「あ~疲れた。ったくあんな仰々しくしなくてもいいだろうに。しかも余計な横やりまで入れやがって・・・ばあさんが代案出してくれたからよかったもののなんであそこまで纏まりがないんだよ貴族どもは」
「そういうでない。あれでもこの国の貴族どもじゃからな、無下にするわけにもいかんじゃろう。・・・後ばあさんはよせ小僧」
「そっちこそ小僧はよしてくれ。俺はもう50だぞ?」
「我から見たら小僧じゃよ。それよりもほれ、はよう本題を話さんか。我はよいが先ほどあったばかりの国王が砕けた口調でゆったり雑談しておっては二人とも居住まいが悪いじゃろう」
「おおすまんな。お前たちも俺のことは気にせずゆっくりしてくれ。」
「それじゃあお言葉に甘えて~。いただきまーす!!」
ラキは、大きな目をキラキラさせながら、テーブルの上に載せられた美しいお菓子を手に取り、小さな口に入れた。その表情はまるで幸福の絶頂で、甘美な味わいを楽しんでいるかのようだった。彼女の唇の間から微笑みが広がり、まるで幸せなワンコがご褒美のおやつを嬉しそうに食べているかのようだった。
一方、タギツはラキの幸せそうな姿に微笑みながら、自分の手に持っていた香り高い紅茶をゆっくり口に含んだ。熱い紅茶がタギツの口の中でほんのり広がり、その温かさがタギツ包み込んだ。
「うん、うまいな。 さてと、それじゃあぼちぼち本題を話すとするか。実は呼んだのは他でもねえ。お前さん達国家専属の冒険者にならねえか?」
「うん、い「断る」
承諾しようとしたラキの口をふさいで即座に断ったタギツにふくれっ面のラキだったが、さすがに二つ返事で返答するつもりがなかったタギツは目の前にいる国王の方を向いて質問を始めた。
「何故僕たちにそんな話を持ってきたの?ただ単に強い冒険者なんてそこら中にいるでしょう?」
「いやいや、ティア1の冒険者なんてほとんどいないだろ。それに龍奉王国としても凄腕の冒険者には国にいてくれた方がいいだろう?強い魔物が出た時に討伐してもらえるだろうし」
「だとしてもわざわざ国王みずから一介の冒険者に対してそんな話をするわけがない。国家だって軍事力を持っているのだからいざとなったらそれを使えばいい。冒険者なんて結局の所はお金で動く便利屋なんだしそんな不確実な存在に頼らないくてもいいはず」
「知らねえのか?この国じゃあ冒険者ってのは結構信用があるんだぜ?何ぜこの国はとにかく魔物被害が多いからな。普通に暮らしているだけで魔物との遭遇すらあり得る。国の隅から隅まで軍事力を差し向けることもできないからな。金のためとはいえ冒険者に助けられた民たちが多いのもまた事実。だからこそ優秀な冒険者は一人でも多くいてくれると助かるんだよ」
「確かに国王の言い分はごもっとも。冒険者という武力があったほうが魔物討伐に差し向ける戦力が増えるし、王都を救ったことになっている私たちと契約すれば王都の民にとってはこの上ない安心感を与えることができる。合理的だ。だけどそれだけじゃないよね?」
「というと?」
「別に僕たち二人がいなくたってほかに優秀な冒険者ぐらいいるだろうし、今回一緒に戦ったドミニク達だってティア4にしておくには惜しいぐらいのパーティーだった。あれならこの街に来る魔物討伐をする分には問題ないし、ここに来る途中で自称王国最強の金髪の青年・・・ハクナにもあったがあいつもいる。今更僕たちがいなくても問題はないはずだ。何故そこまでして戦力をかき集めようとする?」
タギツからの指摘に国王は表情を変えることなくだが明らかに纏う雰囲気を変えて癖なのかこめかみを指で叩きながら少し考え込んだ。
「いってもよかろう。わざわざ呼んだのじゃからあのことについても話すとよいぞ」
何かを察したライザが国王に催促するように言うと意を決したようで居住まいを正した国王が話し始めた。
「このことは他言無用でたのむ。この龍奉王国にはとある魔物が封印されているのだが、その封印が解ける可能性がある、それも数年以内にな。そいつに対応するための戦力を少しでも確保しておきたい」
「とある魔物というのは?」
「終極の紫龍だ」
「・・・とんだバケモノだね。倒せるのそれ」
「やるしかない。もし封印が解けて復活した場合は討伐に参加するためにこの王都に残っていてほしい。頼めるだろうか?」
少しの静寂の後、部屋に漂う緊張感の中で、ラキが話が見えないといった表情を浮かべ、困惑したように訪ねてきた。
「終極の紫龍は第1等級のその更に上にある亡国級の魔物だよ。たった一匹で一国を落とすほどの存在で過去に現れた事例は数えるほどしかない上に実際に討伐された実例は2つしかない。その二つも国家総力戦でやっと勝てたというレベルだし、討伐に失敗して国が滅んだなんて話もある。つまり僕たち二人がかりでも勝てない相手ってこと」
「そういうことだ。俺としても封印が解けないに越したことはないが、万が一封印が解けて奴が復活した場合に備えて戦力を集めておきたい」
「そもそもなんで今まで封印されていたのがここにきて封印が解けそうになっているの?」
「終極の紫龍を封印している祠を管理している一族の巫女が行方不明になった」
「・・・は?」
「だから封印を管理している一族の巫女が行方不明になった。封印そのものを維持することは他の者でもできるのだが何百年も経つと封印に綻びが生じるんだよ。その綻びを修復するのが巫女の役目なんだが・・・」
「その巫女がいなくなったために封印を修復できなくなった・・・と?」
「そういうことになるな」
やっと話が見えてきた。確かにマズい状況ではある。封印は基本的に修復や維持すること自体は他の者でもできるが亡国級のバケモノを再封印するのはほぼ不可能だ。再封印できるのならそもそも封印が解けた瞬間再度封印をかければいいがそれをしようとしない。ということはあまりにも古すぎる封印のためどうやって封印したのかも分からない状態なのだろう。おそらくロストテクノロジーと化している。
「封印の魔術に関しての文献とか残ってないの?」
「文献自体は残っている。じつは終極の紫龍の封印だが、あれは封印魔術ではなく封印魔法なんだよ。そもそも人間に扱えるものじゃない」
「なるほど。魔女が使った魔法によって封印されたものか」
「ああ、しかも文献によれば封界の魔女が全魔力を注ぎ込んで封印したと書かれてある。とてもそれをとなじ事をやれる奴がいるとは思えない」
「それはまたずいぶんと聞きたくない事実だね」
「全くだよ。せめて俺の代では復活なぞしないでもらいたものだよ。封印を維持管理している一族の巫女が行方不明になったのは約一年前。封印の祠で毎日封印の管理をしていたがある日、忽然と姿を消してしまった。当然国の上層部は大騒ぎになったよ。巫女の行方を捜しているが今の今まで見つかっていない。巫女以外の者たちもどこへ行ったのか誰一人分からないと言っている。
王国軍団と近衛騎士団さらに国内にいる冒険者たちを使って国中を探したがそれでも見つからなかった。だから可能性としては国外へ出てしまったか、あるいは既にもう・・・」
「なるほどね。事情はわかったよ。それで僕たちを冒険公にしようとしたと。この国の貴族になれば国外に出ることはなくなるし、国の危機となれば戦わなければならなくなる。なるほどいい戦いの駒だ」
「そうだ。終極の紫龍なんていうバケモノとの戦いになったら生半可な戦力じゃまず勝てない。お前さん達には王国に逗留してほしいんだよ。そのために国王に次ぐ権限と爵位を授けようとしたんだが、全く思い通りにはいかんもんだな」
面倒そうに溜め息まじりに紅茶を一気に飲み干すと天井を仰いだ。国王という立場からくるストレスで顔には若干疲労が見てうかがえた。だがことは命にかかわるため再度断ろうとしたがその前にラキがすっと立ち上がるとはっきりとした口調で答えた。
「私は協力したい!協力させてください!!」
「ラキ、亡国級は今まで相手にしてきた魔物とは次元が違う。死ぬ気で戦っても勝てるかどうか分からない相手だよ」
「それでも!この王都に住む人たちを、この国に住む人たちを見捨てたくないの!!わがまま言っているのも甘い考えなのも分かってる。でも!どうしても見捨てるのが嫌なの!!お願い!!!」
迷いのないまっすぐな瞳でタギツを見つめて言うラキにタギツは両手を組んで少し考え込んだのちため息交じりに重々しく答えた。
「わかったよ」
懐から細いパイプを取り出し、丁寧にその中に燃える火を灯した。真っ白な煙が天井に立ち昇りゆっくりと広がり、空間を包み込んだ。国王に向け、鋭利な刃のような意思に満ちた表情で、条件を提示した。
「終極の紫龍の討伐には参加する。その代わりに討伐したら報酬はもらうよ。それとまだ復活したわけじゃないから先ずは巫女を探すことに専念したほうがいい。そこで提案として僕たちで巫女を探そうと思う。国外にいる可能性だってゼロじゃないなら僕たちが直接探したほうがいいだろう。
終極の紫龍が復活するまでは国外で巫女を探す。もし復活までに巫女を発見したらこの王都に連れて帰る。巫女を見つけるよりも先に終極の紫龍が復活した場合はすぐに駆け付けて討伐に参加する。僕が譲歩できるのはここまでだよ。これ以上は負かりならない」
国王は、タギツが提示した条件について熟考し始め椅子に深く座り、深刻な表情で額に皺をよせながら条件を検討した。
ラキとタギツが静かに待ち静寂が流れる中、国王は条件の各側面について熟考し、そしてしばらくたった後、国王は深いため息をついて意を決めたように、タギツの条件に同意することを決断した。
「わかった。それで構わない。こちらとしてもまずは復活する前に巫女を探し出してほしいという気持ちの方が大きいからな。巫女を探し出して再度封印の修復を行ってもらう。それが間に合わない場合は龍奉王国に駆けつけて討伐に参加。俺としてもその条件に異論はない」
「ずいぶんと物分かりがいい王様だね。てっきり自分の意に反するなら脅迫でもしてくるかと思ったよ」
「するわけねえだろ。ティア1の冒険者はどいつもこいつも化け物ぞろいばかり、無理して敵対するなんぞ愚策もいい所だ。しかも冒険者に非がないのに無理やりやらせたりしたら俺がばあさんに殺されるわ」
「ほう、よく分かっておるではないか小僧。ご褒美に拳をくれてやろうか我は婆さんじゃないといっておろうが」
「俺からしたら十分ばあさんだろうが。とにかくこのギルドマスターを敵に回したくねえんだよ。今はとにかくしっかりと国を守れるだけの戦力を整えたい。内憂は少ないに限る」
追加の紅茶を口に流し込むと、国王は静かに一口を味わい、その優雅な笑顔が顔に浮かんだ。しかし、国王は椅子から急に立ち上がり、そのまま急いで部屋を出ていった。国王としての執務が待っている繁忙な時間であったため、彼は部屋を後にした。ラキとタギツそしてライザも用事が済んだので王城からお暇することにした。絢爛豪華な佇まいの中を進みながら玄関へ向かう道中ラキはタギツにお礼を言った。
「ありがとねターちゃん。私一人の問題じゃないのに認めてくれて。 私ね、思ったんだ。あの人たちはもう亡くなっているから解放してあげることはできても助けることはできなかった。もちろんこの世のすべての人々を助けるなんてことはできないけどそれでも手の届く範囲で人々を助けたい。そう思ったの。だから今回条件付きでも認めてくれたのが嬉しかった」
「別に、僕はただ双方が納得できる落としどころを作っただけだよ。国家と争うなんて面倒だし」
ラキは、タギツの「ぷいっと」した表情を見ながら、微笑みを浮かべながら車椅子の後ろを軽く押しながら、タギツを車椅子ごと抱きしめた。鬱陶しそうにするタギツに笑いながらじゃれつくラキ、二人は互いにじゃれ合い、笑いながら、城の廊下を進み城の外に出ていった。
——————
それから更に1か月が経過しその間にもいろいろな出来事があった。まずは狼人族の女の子のアンネだが、王都に現れた脅威から王都の住民を助けた人物が滞在しているとあってその宿屋の存在は多くの人が知るところとなった。アンネ当人は大丈夫と言っていたがどう考えても男性恐怖症に陥っていたためこのまま宿屋をやるのは難しいと思ったが「両親がの残した宿屋を守っていきたい」という彼女の意向に沿う形である提案を出した。
それは女性専用宿屋という形式をとったのだ。王都では意外にも女性専用の宿屋というのが無いのだ。旅人やこの街にきた商人の女性が宿屋で絡まれたりすることがある、中には宿屋の部屋に忍び込んでそのまま襲うこともしばしばおきる、そういったことに恐怖を感じている人もいるためこうした女性専用宿屋の存在は女性にとってはありがたい存在になれる。
しかも、この宿屋の店主アンネはラキとタギツの知り合いであることも知れ渡っている。つまりこの宿屋に手を出すともれなく二人を敵に回すことになるため、手を出せない状態になっている。さらにラキとタギツがため込んでいた大量のお金をじゃぶじゃぶ突っ込んでもりもり改装したおかげで女性に人気のお風呂を用意したり女性が好きなアロマや美容によい料理を提供できるように設備を整えたりしたおかげで噂が噂を呼び更に女性客がたくさん訪れた。というか殺到した。
さすがに大量の客が来ることは想定してなかったため危うく過労でぶっ倒れるところだったアンネだったが、商工ギルドに掛け合うと人手を補充することができた。しかも何の因果かあの日奴隷商に捕まって檻に入れられていた時に一緒の檻に入れられていた同じくらいの歳の女の子だったためすぐに意気投合していまではすっかり仲良しになっていた。
そんなこんなで宿屋は無事軌道になせることができた。
他にもレアタルを闇取引していた連中を尋問・・・もといお話ししたエイネによってもたらされた情報を元に近衛騎士がジルベール伯爵を捕縛し屋敷を捜索。屋敷の屋根裏部屋から密輸と闇取引に関する資料が押収され、ジルベール伯爵も失脚。この件に関わったもの全員が厳罰に処され、爵位は剥奪。御家取り潰しとなり、ジルベール伯爵の一人娘は修道院に出された。
ドミニク達4人のパーティーはあの後、ティア3の冒険者に昇格し、さらに国王の推薦によって国家専属の冒険者になったそうだ。あの後会ったドミニクは何が起きたのか分からないといった様子で呆然としていてカールは相変わらず寡黙になりユリアーナは滅茶苦茶大はしゃぎしていた。
そんなこんなであんまり休めた気がしなった王都滞在ではあったがラキとタギツは充実した王都生活を堪能した。
「さてと、ラキ。忘れ物はないね」
「うん。大丈夫だよ~必要なものは全部乗せたから!それじゃあ次なる旅にいざ出発~♪」
青空のした城門を潜った二人は石畳の道をゆっくりと進みだした。道は地平線の先まで伸び新たな出会いと物語へと続いていた。はてさて次はどんな出会いがあるのだろうか。ラキは心躍らせながらキャビンを引いた。彼女の前に広がる山々の美しい緑豊かな森と青空が、彼女の心を満たしその後ろで、キャビンに揺られながら、タギツは静かにパイプを吹きました。煙がゆっくりと舞い上がり、外の風景に溶けてなくなりそれを眺めながら次の目的地へと向かって行った。
おしまい