孤児院再起と奴隷商解体
一度書き上げてから投稿となるので時間がかかります。あらかじめご了承くださいm(__)m
むかーしむかし、あるところに一人の少女がいました。
銀色のハーフアップの三つ編みに黒のワンピースカーディガン姿で車椅子に座ったその少女は今現在冒険者ギルドの依頼書掲示板の前でクエストを眺めていた。というのも数日間過ごした際にもう一人の元気すぎる相方の少女が凄まじい量の食事と飲酒を行ったせいで路銀が減ってしまった。 掲示板を閉じた瞳でじっと眺めている少女タギツはおもわず溜め息をこぼした。
「やっぱりない。クエストが長期の奴ばっかりだ。短期でがっぽり稼げるものはないのかな?ってあるわけないか」
そんな都合のいいクエストがあるわけないと。あったとしてもすぐに他の冒険者が受注して取られている。そうとわかっていながらも思わず眉をひそめてしまう。掲示板には様々な依頼が掲示されており、それぞれに報酬や難易度が記されていた。しかし、タギツの求めるような都合のいいクエストは稀有な存在だった。魔物の巣窟を一掃する、貴重なアイテムを回収する、囚われた人々を救出するなど、冒険者たちにとって魅力的ですぐに稼げるクエストはすぐに埋まってしまうのだ。
しかもタギツにはそもそもできない。ちなみにラキは昨日エール樽3つ空にして完全に二日酔いでダウンしてた。
もちろん明日生きていけないなんてことはもちろんない。むしろ普通の冒険者よりも圧倒的にお金を持っていると言える。だがいつ何時大金が必要になるかわからないのであくまでも貯金は使わずに稼いだお金でやりくりするようにしている。
「これじゃあんまり稼げないどころかほぼ稼ぎ無しになるな。どうしたものか」
懐からパイプを取り出して中のタバコの葉にラキからもらった美しい金属の装飾が施された魔道具を慎重に扱いながら、パイプの中のタバコの葉に火をつけた。煙をふかしながら考えていると、冒険者ギルドの扉がゆっくりと開かれた。そこに立っていたのは小さな子どもだった。見た感じ、年齢は10歳くらいの女の子と思われたが、髪の毛はぼさぼさで絡まり、肌もくすみぼろぼろになっていた。ずっと着続けているであろうワンピースは、薄汚れており、所々には縫い目がほころび、修繕が必要な状態だった。
小さな女の子の瞳からは、幸福な光や活気は失われており、その表情は完全に無表情だった。目に見える限り、彼女は日々の生活にやっと耐えることができているが、その疲れきった様子から笑顔はどこかへ消えてしまったかのように思えた。彼女の目には、深い疲労と絶望が宿っているかのようであった。
女の子はフラフラと覚束ない足取りでなれたように冒険者ギルドの奥の方に行った。そこは冒険者に食事と酒を提供してるカウンターであった。カウンターの所にいた調理人と思わしき人物が女の子の姿を目にするとカウンターから出てきた。
「ごめんね。今日は残った食べ物がないんだ。残念だけどあげられるものがないんだ」
料理人は女の子の視線に合わせるようにしゃがみこんで、困ったような表情で食べ物がないことを告げた。その表情は申し訳なさと同時に深いやるせなさが滲み出ていた。
彼の表情には飢えている小さな女の子に対して食べ物を与えることができない自責の念が浮かび、彼女の無表情なまなざしに胸が痛む思いがした。自分が子どもの苦境を解消できないことに対して、強い後ろめたさを感じていた。
そしてそれは料理人の人だけではなくギルドの受付をしている女性職員やギルドホールにいる冒険者も憐みと見てみぬフリをしている自分自身にたいする後ろめたさと無力感を感じていた。
「そう・・・・わかった」
そういうと女の子はフラフラと踵を返して冒険者ギルドの外に出ていった。その後ろ姿はとても小さくそして痛々しいほどに残酷だった。
そういうと、小さな女の子が、フラフラと踵を返して冒険者ギルドの外に出ていった。その後ろ姿は、見ている者にとってはただ立ちすくむしかないほどに痛々しく、心を刺す光景だった。彼女の小さな体は微かに揺れ、力のない足取りで不安定に歩みを進めていく。体には周囲には見守る者が何人かいたが、誰もが言葉を失い、ただ彼女の背中を見送るしかなかった。
「あれは何?」
「ああ、ありゃ孤児院の孤児さ」
タギツの呟きにギルドの制服を着たギルド職員が答えた。なんでもこの街の外れに古びた孤児院があり、そこには100人ほどの孤児がいるらしい。経済的に子どもを養えなくなった親たちが口減らしとして捨てていった子どもを拾って行ったら人数が増えてしまったらしい。
「それはまた。難儀な話だね」
「まったくだ。本当は助けてやりたいが半端にお金をあげたりしたって結局は根本的な解決にはならない。なんとかならないものかとは思うのだが」
やるせない気持ちでいたギルド職員は溜め息をこぼすとそそくさと仕事に戻っていった。まあ、孤児なんて珍しくもないが、、この街の孤児院の経営はどうやらうまくいっていないみたいだ。まあそれでも仕方ないとは思う。孤児院の経営は大概火の車になりがちだ。生産力のない子どもを大量に抱え込まなくちゃならない。なので孤児院の職員はお金をたくさん稼がなくてはならない。困窮していても稼いでくれるだけでももちろんいい方だ。ヤバい所だと孤児を売ってお金にしている所もある。
「まあ、僕には関係ないけど」
「がんげいあるよぉおおおおおおえええええ」
思わず殴ってしまった。冒険者ギルドの床を這ってきたラキがまるでゾンビのようにタギツに這い上がってきて二日酔いで顔を真っ青にしながらしゃべりかけてきたのだ。顔面にタギツの拳がめり込んでいたが大して気にした様子もなく両手でタギツの腕をつかんで顔面から引き抜いた。
「ひどいよターちゃん~。いきなり殴りかかるなんて」
「だったらいきなりアンデットみたいにガラガラに掠れた悍ましい呻き声上げながら僕に這い上がってこないで。あと吐くな」
「吐いてないよ~。もう相変わらずつれないなターちゃんは」
酔いが抜けきらずヨロヨロと立ち上がり顔に脂汗をにじませたままのラキが笑いながら言った。金色の髪にえんじ色の膝丈ほどのドレスに藍色のローブを羽織り背中には背丈ほどもある黄金に輝く大槌『ミョルミーベル』が背負ってあった。
「それよりも、ターちゃん。さっき見たよ?孤児の子がここに来たよね?」
「やだ」
「私思ったんだ。私たちに何かできるんじゃないかって」
「やだ」
「孤児院の子ども達を私たちで助けようよ!」
「やだ」
「さぁ! そうと決まれば早速しゅっぱ・・・・」
「や・・・ん?ラキ」
「・・・・・・ぎもじわるい」
そういいながらラキは四つん這いになってうつむいた。マジで吐かないでよ?
二日酔いで頭が割れそうな痛みに苦しむラキは、完全にグロッキー状態に陥っていた。彼女はまだ四つん這いのまま冒険者ギルドの扉の方へと這っていこうと試みていた。しかし、タギツが彼女の行動に気づき、ラキの服の襟を掴んで強く引き止めた。
ラキの顔は青ざめ目は血走り、夜通し飲み明かした証拠だった。髪は乱れ、汗が額から流れ落ちる様子が見受けられた。
「ダメ。今日は寝て」
「でも、孤児院の子ども達を助けないと」
「いいから寝て」
「でもでもでも」
「わかったから!僕が行くから!だからここで四つん這いで這いずり回ろうとしないで」
這いながら冒険者ギルドの外に出ようとしているラキの襟をつかんだままギルドの職員に引き渡し、部屋に連れて行ってもらった。ついでにギルド職員に孤児院がどこにあるか聞き、面倒だなぁと思いながらも渋々冒険者ギルドを後にした。
数日前とは打って変わって空はカラッと晴れわたり、街の中では住人がそれぞれの仕事に精を出し、商人たちがそれぞれ商談に勤しみ、兵士たちが街の治安を守るため巡回していた。
そんな人々の間を縫うように車椅子を進めていき街の中心部の広場にやってきた。中心に噴水がありその周辺では人々が思い思いの時間を過ごしていた。そんな平和な風景の中数人の子ども達が建物の影に走っていくのが見えた。
「ハァ ハァ こっちだはやく!」
「もう、限界だよ!走れないよ」
「がんばれ!ここで止まったら追いつかれるぞ!」
「待てやゴラ——!」
数名の子どもたちが広場から路地裏の細い道へと疾走していった。その集団には10歳から下は7歳ほどの子どもたちが含まれており、息を切らしながらも走り続けていた。時折、足元の障害物によって転んでしまい、そのたびに膝には血がにじんでいた。しかし、彼らは痛みに耐えながらも逃げ続けていた。
一方、子供たちの後ろからは大人の男たちが激しい怒声を上げながら追いかけていた。その怒声は街中に響き渡り、周囲の人々の注意を引いていた。男たちの顔には激しい怒りが浮かんでおり、目を血走らせ、汗で湿った髪が乱れていた。彼らは小さな子どもたちを捕まえることでしか満足できないような執拗さを感じさせた。
大人たちは一刻も早く逃げる子供たちを捕まえようと必死に追いかけていた。その姿勢は獰猛さを帯び迫ってくる大人たちの声は荒々しく、まるで嵐のように子供たちの耳に響いた。子供たちは自分たちが捕まれば、ひどい目に合うことを知っていたため、一層必死に逃げ続けた。
「いたぞ!こっちだ!」
男の仲間と思しき別の人物が前方から走ってきてそれを躱すように更に横道にそれて走っていきどんどん人気のない薄暗い路地裏の奥の方へと進んでいった。そしてついに袋小路に行きつき逃げることができなくなった子ども達の後ろから追い詰めるように男たちが現れた。
「手間かけさせやがって。テメェ等わかってんだろうな。たっぷり痛い目見せてやるからな」
数名の子ども達の中で最年長であろう男の子が他の子を庇うように前に出て小さな女の子は恐怖に耐えきれず泣き出してしまった。男たちはおもむろにぎらりと光るナイフを手に握りしめ子ども達を捕まえるために、そのナイフを見せつけるように近づいていき脅すように見せびらかしながら近づいて行った。
可能な限り生きたまま捕まえたいとおもっているが不可能ならこの場で殺してしまえ。そういった思惑の元逃げられないよう慎重に近づいていく男たちは不意にかけられた声に驚いた。
「ねえ。君たち何しているの?」
「ああ?」
男たちのさらに後ろから声が聞こえた。路地の薄暗さの中でもはっきりわかる銀色の髪をハーフアップ三つ編にし黒いワンピースにカーディガンを羽織ったその少女は瞳を閉じたまま男たちのほうに近づいて行った。
「なんだテメェ。どっからきやがった!?」
「どこから来たかななんてどうでもいいよ。僕はね。そのままその子たちを連れていかれると困るんだ」
「何わけのわからないこと言ってやがるッ!」
興奮気味の男の一人がタギツの方を向くと手にしたナイフを向けた。おそらく見られてしまったために殺すつもりなのだろう。すると別の男が止めに入った。
「まあ待て。見たところ体が不自由みてぇだが顔はいい。それに身なりもいい所を見るに貴族か豪商の子息令嬢だろう。身代金をたんまり頂くこともできるし、好事家にも売れるかもしれねえ。どのもみち見られちまった以上そのまま返すわけにはいかねえからな。こいつも連れて行くぞ」
そういうと数人の男たちが下卑た笑みを浮かべながら獲物を前にした野盗のような、というか野盗そのものとしか思えないような連中がナイフを持ってタギツに近づき残った男たちは子どもが逃げないように見張っていた。子ども達は気丈にふるまってはいたがその目には諦めの色が見えた。誰かが助けに来てくれたと希望を持ったがそれが車椅子に乗った少女であることに裏切られた気持ちだったからだ。
おそらくたまたまここに通りかかったいいとこのお嬢様がこの男たちを見つけて追いかけてきたのだろう。であればたどる未来は自分たちと同じ悲惨な結末だろう。誰もがそう思ったが、そんなことは意にも介さずタギツは心底面倒そうに懐から何かを取り出した。
「一つ聞きたいのだけれど」
「あ?今更逃がしてください何って言っても逃がさねえぞ」
「君たち。——どんな死に方がいい?」
少女が車椅子に座ったまま、ゆっくりと手を懐に伸ばしその手が懐の奥深くに触れると、金色の金具が鈍く光る一丁のマスケット銃が手に触れた。
マスケット銃の木製の銃床は、きれいな木目が細かく入り込み、深い茶色の木材は手にしっくりと馴染み手触りは温かく滑らかでした。銃床の表面には、年月と共に刻まれた小さな傷痕があり、それぞれがこの銃が過去にどれだけ使われてきたかを物語っているかのようでした。
金具が付いたマスケット銃の銃身は、光に反射して微かに輝きその金色は古びていてもなお鮮やかさを失っておらず、重厚感を与えていた。そして銃身には模様が彫り込まれており、緻密なデザインが美しく浮かび上がっていました。
タギツはくるくると回すようにマスケット銃を構えると一切の躊躇もなく引き金を引いた。銃撃の音が鳴り響き一番前にいた男が膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。倒れこんだ男から真っ赤な鮮血がゆっくりと広がり血だまりを作った。
「あと5人」
銃口から煙を出しているマスケット銃を次の標的に狙いを定めたタギツは再び引き金を引いこうとしたがその前に男たち一斉に襲い掛かってきた。手にしたナイフをタギツめがけて刺そうとしたがそれをマスケット銃の重心で持っている手ごと殴りつけ弾き飛ばし、相手が痛みに一瞬動きを止めた瞬間魔数ケット銃を撃った。
「あと4人」
今度は二人同時に襲い掛かってきた。手に持ったマスケット銃で一人を撃ち抜くともう一人の男の顔面を銃床で殴りつけ、倒れこんだところを追い打ちをかけるようにもう一発殴った。
「あと2人」
再びマスケット銃を構えたタギツに男たちは言いようのない恐怖に襲われた。なんなんだこいつは!?車椅子に頼らなければならない体が不自由なガキじゃないのか!混乱と焦燥が残り二人の心の中を覆っていき、嫌な冷や汗と自身の呼吸の音がうるさく感じた。
「ッ!待て!このガキどもがどうなってもいいのか!?」
テンプレとはこのことか?とタギツは思わず思った。残った二人の男たちは手にしたナイフを小さな女の子に向け人質にとったのだ。他の子ども達はなんとか人質にされた女の子を取り返そうとしたが蹴り飛ばされてしまい地面にうずくまっていた。人質に取られた女の子はあまりの恐怖に歯をがちがちと鳴らし、体は小刻みに震えていた。二人の男たちはビタッと止まってじっと様子を伺っているタギツを見て少し余裕が出たのか冷や汗をかきながらも口に笑みを浮かべていた。
「よーし。そうだ。そのまま手に持ってるもんを捨てろ。このガキがどうなってもいいのか?」
「ヒッ!——ううっッ」
ギラリと鈍く光るナイフを突きつけられ顔面蒼白の女の子は小さく呻き声をあげたが、思うように声があげられずに引きつった呻き声をあげるだけだった。さて、どうやって反撃したものか。そう思いつつタギツはいたって平静に手に持ったマスケット
銃を手放した。ガシャンと金属音が地面に響きマスケット銃が石畳に横たわった。
「へへ。よーしそれでいい。いいかそのまま動くなよ!」
そういいながら男たちはナイフを突きつけた子どもを抱え上げると倒れた男たちを見捨ててタギツの横をすり抜けて逃亡しようとしてた。連れされれていく小さな女の子を黙って逃がすしかない子ども達は自分たちではどうすることもできない現実に顔をくしゃっと歪ませていた。それを尻目に男たちは壁を背にしながらゆっくりとタギツの横をすり抜けていこうとしたその時、建物の上から何者かが飛び飛び降り一人の男の顔面を思いっきりぶん殴った。
「へぶしッ」
殴られた男の手からナイフがするっと落ちて、カランカランと音を立ててその場に落ちた。抱えられていた女の子は目を白黒させていたがすぐさま飛び降りてきた人物に抱えられて子ども達の所まで戻っていった。見た感じは10代前半の少女
で黒い修道服に金色の十字架を首からぶら下げていていた。 金色の短く切りそろえられている髪に深緑の双眸が抱えた女の子を見つめていた。
「大丈夫!?痛いところはない?どこも怪我してない?」
まくしたてるように女の子の身体を見てそこまで大きなけがをしていないことを確認するとようやく安堵の表情を浮かべた。よく見ると額には大粒の汗を浮かべ若干疲労がたまった表情をしていた。どうやらここまで急いでやってきたのだろう。修道服の少女は女の子を別の子どもに預けると男たちに向き直った。
「人攫いをするだなんて、そんなの神がお許しになりま——あれ?」
振り返った彼女は男たちと対峙するつもりでいたが、いつの間にか先ほどの二人の男が冷たい石畳の上に倒れこんでいた。近くにはその代わりに車椅子に座った銀色の髪の少女が手にしたマスケット銃をクルクル回しながら懐にしまい、代わりにパイプを取り出して魔道具か何かでパイプの中に火を入れると白い煙を空に吐いた。
「あ、あなたはいったい誰なの?」
修道服を着た少女は警戒感をあらわにしてその少女を見据えた。その場に倒れ伏している男たちを全員倒したのはおそらくこの少女だろう。車椅子に乗っているので足が不自由なのだろうけれど現にこうして倒しているところを見るにただ者でない。大の大人数名をたった一人でしかも不自由な体で倒すことのできるその武力がもしこちらに向けられたら。そう思いいつでも動けるように腰を低くした。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。僕はタギツ。タギツ・ツクヨだよ。冒険者をやってるものだ。子ども達がそこで伸びてる奴らに追いかけられてるみたいだったから様子見に来ただけ。路地裏のこの場所に追い詰められていたから成り行きもあったし倒しただけだよ」
「・・・・・あなたの言葉が本当かどうかわかりかねますね。この男たちの仲間でない証拠は?」
「証拠はない。でももし僕がこいつらと仲間なら何故倒す必要があるの?そんなことしたら自分が不利になるでしょう?」
「それはそうですが。ですがそれは状況証拠でしかありません。あなた方が勝手に仲間割れした可能性だってあります」
めんっっっっどくさ~と心の中で叫び、露骨に面倒そうにしていると子ども達の中で一番年長の男の子が修道服の少女に話しかけた。
「ミリア姉ちゃん。この人は僕たちを助けてくれたよ。どうして助けてくれたのかはわからないけど」
「本当に?」
「うん!車椅子に座ってるのにあの銃ですぐに倒しちゃったんだ!」
他の子も興奮気味にミリアと呼ばれた少女に食い入るように話しだした。その様子を見たミリアは少しの間考え込むとタギツのほうを見ると居住まいを正してお辞儀をした。
「この度は内の子たちを救っていただきありがとうぎざいます」
「別にいいよ。君たち街外れの孤児院の子でしょう?僕はそこに用があったの。だから助けたのは物のついでだよ」
「私たちが孤児院の人間と知っていて助けた・・と?」
「そういうことになるよ」
「孤児院に用事があるとのことですが一体何の用があるのでしょうか?」
「単刀直入に聞くけど。孤児院の状態かなり悪いでしょう?食べるものすら確保できないほどに」
「・・・そうですね。私たちはお世辞にも裕福とは言えませんがそれはあなたには関係のないことでは?」
「まあそうなんだけどね。君たちを助けないと僕のパートナーがうるさいんだよ。それに君たちもわかってるよね?自分たちだけじゃすでにどうしようもないって」
「だからどうしたというのです?あなたが助けてくれるとでも?」
「そうだよ」
「ますます怪しいですね。そんなことしてあなたに何の得があるのですか?それにそういって今までも私たちに近づいてきた人たちはたくさんいますよ。今更そんな言葉を信じろと?」
ミリアの瞳からは今まで受けた仕打ちにによる不信感と警戒感がにじみ出ていた。おそらくこれまでも今のように孤児院の孤児たちを助けると言って結局騙されて実害を受けてきたのだろう。もしくは助けるつもりではいたが実態が想像以上に手に負えない状態になっていて辞退したり逃げ出したりといったことがあったのだろう。
「まあ、信じてもらえるとは思ってない。でもいいの?このまま子ども達が貧困のままで」
「余計なお世話です。助けていただいたことには感謝しますが必要以上にかかわらなくて結構です。——行きましょう」
ミリアは何か言いたげの子ども達の手を握るとそそくさとその場を立ち去って行った。通り過ぎていくミリアと子ども達の人影を送りながらタギツは一人考え込んだ。
———次の日
日が昇るよりも前に目覚めたミリアは井戸から水を汲み気の桶に入れるとタオルで体を拭き清め、さらに水を汲んで孤児院の中に入っていった。孤児院は全体的に年季が入っており長い年月雨風に晒されてきたため所々壁にヒビが入っていたり、一部が剥がれ落ち深緑の苔が石造りの壁に覆い茂っている。窓は小さく、木製の枠組みで覆われています。長い年月によって窓ガラスの一部が割れ、ガラスのかけらが欠け木漏れ日が天からの後光のように入っていてた。
体を清めたミリアは孤児院の中にある礼拝堂に向かい朝の祈りをささげた。時代の流れとともに苔むした孤児院ではあるがこの礼拝堂だけはよく手入れされており、白亜の柱が並び立ち、年季の入った長椅子が並べられ祭壇にはきれいに磨き上げられた燭台が置かれていた。
街の喧騒から切り離された静謐さが幻想的な雰囲気を出していた。礼拝堂の中をくまなく掃除しきれいに掃き清めそれから静かに祭壇に祈りを捧げた。しばらく祈りを捧げているととなんだか部屋の外が騒がしかった。いつもは静かな子ども達の声がここまで聞こえていたのだ。
何かあったのかと思いすぐに向かったミリアは思わず口をあんぐり開いて呆然としてしまった。
「あ、ミリアお姉ちゃん!見て見て!すごーいの!」
そいって小さな女の子が手にしてたものは自身の身体と同じくらい大きな肉の塊だった。なんでそんなものを持ってるんだという疑問を問いかけるよりも先に別の子どもがこれまた両手に新鮮な葉物野菜を握って喜んでいた。また別の子は大量のキノコを手にしていて、またある子は魚介類を手にしていた。なんでこんなに大量の食べ物を持っているのかわからなかったが子ども達が孤児院の玄関から持ってきているのはわかったため急いで玄関へと向かった。
「なっ ななな何これ!?」
ミリアは目の前に広がる光景に言葉を失った。孤児院の扉の前には大量の肉と野菜と茸と魚介がこれでもかというくらい山積みにされていた。しかもどれも新鮮で普通に市場で売れるようなものばかりでいつも市場で入手している販売することができない食べ物や売れ残りとは違う明らかな正規価格で販売されているものと同じものが積みあがっていた。
そしてなにより驚いたのが今ミリアが手にしてる箱だった。金属の枠がついている木製の箱でミリア手のひらに収まる程の大きさだった。そこに白金貨が3枚入っていたのだ。この世界では価値が小さい順に銅貨・銀貨・金貨・白金貨・星金貨の5つを使用する。
価値としては銅貨100枚で銀貨1枚銀貨100枚で金貨1枚と価値が上がっていく。街に暮らす人々は普段銅貨や銀貨、金貨を使用する。
食料や日用雑貨、宿屋の宿代やレストランの代金などは大体銅貨や銀貨を使う。たまに庶民が奮発して豪勢な買い物をするときに金貨数10枚をはたいて買ったりすることはあるがそのくらいだ。そこからさらに上の白金貨は人生でほとんど目にすることはない。ましてや星金貨など一生目にすることはないだろう。
しかも自分たちは一般的な庶民よりも金銭的余裕がないため、見る硬貨はもっぱら銅貨と銀貨しかない。ミリアも金貨くらいならたまに手にすることはあるがそれでも金貨数枚が限度。 白金貨など手にしたことがない。
「こんな大金いったい誰が—」
「これは何の騒ぎなの?」
不意に後ろから出てきたのは孤児院の院長を務めるお年を召した女性だった。年を取ったせいかそれとも日々の暮らしが大変なためか艶を失った髪を束ねて眼鏡をかけていた。普段はこの時間は孤児院の中の掃除をしているはずだがミリアと同じく騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。
「ミリアさん。この大量のお肉やお野菜はいったい。それにあなたが持っているその箱の中のそれは・・・・」
「院長。それが私にもわからないのです。朝起きて礼拝堂で朝の拝礼をしていたら子ども達が食べ物をもって駆け回っていてそれで孤児院の外に出てみると正面玄関前がこのような状態に」
「誰が何のために置いて行ってくださったのでしょう・・・。このような大量の食材をわたくし達に恵んでくださるなんて。—そういえばその箱の中身はいったい何が入っているのですか?」
「それが、白金貨が入っていました」
「はッ——白金貨!?すみません今白金貨をおっしゃいました!?」
院長の老婆も白金貨があることに心底驚いていた。それはそうだろう。白金貨が3枚あるだけで孤児院の子ども達全員に3食食べさせて更に衣服も新調して孤児院の修繕や家具の買い替えを行っても半年以上は余裕で生活できるレベルの大金なのだ。それをどこの誰ともわからない孤児院に渡すなど尋常ではなかった。
「ミリアさん。何か心当たりはないのですか?食材だけならいざ知らず白金貨など一般庶民でも払うことなどできないものです。慈善活動してる貴族や豪商の話などを聞き及びませんか?」
院長に聞かれるまでもなくその可能性も考えたが、ついぞそんな話は聞き及んでいない。この街ではあるけれど、逆にいえばそれだけだ。そこまでお金に余裕のある街ではなく、とてもじゃないが白金貨を渡せるほどのお金持ちなど数えるほどしかいないのだ。そして数名いるこの街のお金持ちたちはこんな寂れた孤児院にお金を恵んでくれるほど聖人ではない。後可能性があるとすれば・・・・・・・・——あ
「どうしたのですミリアさん。何か思い当る節でもあるのですか?」
「はい。ちょっと行ってきます!」
そういうとミリアは孤児院の中に戻り急いで服を着替えるとすぐさま向かった。——冒険者ギルドへ
大急ぎで冒険者ギルドの扉を力強く開けると、朝の早い時間帯だったため、まだギルド内はまばらな活気だったが、食事を終えた冒険者たちがテーブルを離れ、今日行うクエストの受注や必要な装備の確認に忙しく取り組んでいた。
一部の冒険者は地図や資料を手にしながら、互いに話し合い、熱心にクエストの内容や目的地について情報を交換し、それぞれの得意分野や特技を生かすための計画を練っている様子が伺え、またある冒険者はギルドの掲示板の様々なクエストの案内に注視しており、冒険者たちはその中から自分たちに適した任務を見つけ出そうとしていた。武器の刃を研ぐ音や、防具の金属音がガシャガシャと聞こえ、ギルド内は忙しないながらも準備のための一体感に包まれていた。
ギルドの扉が開かれた瞬間、冒険者たちの目が一斉に集まり、互いに視線を交わす光景が広がっていた。
だがミリアはそんなこと気にせず冒険者ギルドエントランスをずかずかと進んでいくとギルドカウンターにいたギルド職員に聞いた。
「すみません!ここにタギツという冒険者はいますか!?」
「あの。どうされたんですか?なにかあったのですか?」
「いいから!どこにいるか教えて!」
「何処とおっしゃられましても・・・・・」
ギルド職員はミリアから視線を外してエントランスのある一点を見た。つられるようにミリアはそこを見ると円形の木製テーブルにあり得ない量の料理が乗っており、しかもそれを一人の少女が物凄い勢いで食べていた。金色の髪にえんじ色のドレス
、藍色のローブを着ているその少女は傍らに身の丈ほどの馬鹿でかい大槌を置いて一心不乱に料理をお腹に納めていた。
そしてその対面にあの少女が座っていた。
ミリアはすぐにそばまで駆け寄るとテーブルに手を叩きつけた。
「どういうつもりなのあなたは!?」
いきなり大声で話しかけられたタギツはその声に全く動揺せずどこ吹く風といった面持ちで本を読んでいた。
「おはよう。いきなりどうしたんだい?僕に用があるみたいだけど」
「しらばっくれないで!! あなたでしょう!?孤児院の前に大量の食糧と大金置いて行ったのは!!」
「僕はそんなことしてないよ」
「嘘!状況から考えてあなたしかいないのよ!いい!?あなたが何考えるかはわからないけど。私たちは自分たちで生きていくの!!あなたの手助けなんて必要ないの!!わかったら私たちにかかわらないで!」
そういい放つとミリアは周りで様子を見てた冒険者たちをキッとにらみつけるとすぐさま冒険者ギルドを出ていった。ミリアが出ていくのを確認したラキは料理を飲み込んでから言った。
「どうして本当のこと言わないの?嘘までついて隠さなくてもいいのに」
「こうでもしないと受け取らないからだよ。あの孤児院ははっきり言って余裕がなさすぎる。まずは衣食住をしっかりと確立しないといけない。だからラキ。これからもお願いできる?」
「それはもちろん!!私がお願いしたことだもんどんなことだってやってのけるよ!」
「それじゃあさっそくお願いするね。まずは———」
その次の日、ミリアはいつものように日が昇るよりも前に目を覚まし、いつも同じように礼拝堂で礼拝をおこなっていた。しんと静まり返る礼拝堂の中で大きく深呼吸したミリアは気を引き締めて礼拝堂を出た。昨日はあんな風に大見えを切ったが実際孤児院が困窮から抜け出せていないのもまた事実はあった。だからあんなにも過剰に反応してしまった。少し大人げなかったかもしれないと思ったミリアは今度非礼を詫びようかと考えながら孤児院の中をすすんでいると子ども達が騒がしく走り抜けていった。
「・・・・・・まさか」
急いで孤児院の玄関へ向かっていき木製の大きな扉を開いた。
「ええ・・・・・・」
そこには昨日と打って変わって大きな木製のアンティーク調のテーブルが複数個置かれていた。テーブルの脚には彫刻が施されておりレストランか大きな商店にでも置いてありそうな一品だった。他にもそれに付随する椅子が5~60個きれいに積み上げられ、どれもこれもきれいに磨き上げられていた。2日連続で今度はきれいなテーブルと椅子が置かれていたことに興奮気味の子ども達が早速テーブルと椅子を手にして孤児院の中に運び込んでいた。
さらに次の日、今度は木製の二段ベッドが50個ほど置かれていた。しかもそれに付随するようにふかふかの布団まで全部のベッドについていた。孤児院では平べったくかび臭いつぎはぎだらけの布団で寝ていた孤児たちはそのフカフカで花の香りのするとてもぬくもりを感じる布団に完全に虜になっていた。
さらにさらに次の日、でかい木箱の中に6歳児用の小さな服から18歳までの男女の服がこれでもかというくらい詰まっていた。子ども達は早速木箱の中から手に当たり次第服を引っ張り出しては興奮しながら見ていた。特に女の子達は可愛らしい服に無我夢中だった。いつもお下がりの継ぎ接ぎだらけの服ばかりだった子ども達にとってそれは数年ぶりあるいは初めての新品の服だった。
またまたさらに次の日、今度は鼻腔をくすぐるとてもいい香りのアロマオイルが置かれていた。それも数種類ものアロマオイルが置かれており、ほかにも衣服を洗うのに使う道具が置かれていた。どれもこれもお金に余裕がなく優先順位が低く丁入れることができなかったものばかりだった。今回は子ども達ばかりでなく院長までも喜んでいた。こういったものは女性には本来か欠かせないものだからよほど嬉しかったのだろう。ミリアも少しアロマオイルの香りに心が躍っていた。
そして次の日も次の日も次の日も毎日、毎日なにかしら孤児院の前に置かれており、それらの物品によって孤児院はかつてないほど豊かな暮らしができていた。今まで子ども達からはあまり笑顔が見られていなかったが、ここ最近は子ども達はゲッソリした表情から活力が漲り、肌もきれいになり服も新品で何より瞳がキラキラと輝いていた。その光景にミリアは嬉しい気持ちと子の光景を自分の力で達成できなかったことに対する申し訳なさで複雑な感情が渦巻いていた。
ミリアは早朝、まだ夜が明ける前に目を覚まし、孤児院の中で静かに待ち続けていた。部屋の中は薄暗く、一人きりだったが、彼女は心を落ち着かせて耳を澄ませ外から聞こえる音を逃さないように、息をひそめました。
風の音がかすかに聞こえ、時折野生動物の鳴き声も耳に届くが、普段と変わらない穏やかな音景色でした。風がそよそよと木々をなでる音や、遠くで鳴く鳥のさえずりが、孤児院の周りに広がっている。時折、遠くでオオカミの遠吠えが響くこともあるがそれもまた孤児院の日常の一部で特段おかしなところはなかった。
ミリアは暗い部屋の中でじっとして足音や声、誰かの姿を探すために緊張した表情で小さな窓から外を見つめました。孤児院の前に寄付をしてくれる人が訪れる瞬間を、彼女は捉えようとしていました。
ミリアは心の中で、誰が寄付しているのか見当はついていた。しかし、彼女らが言い逃れするのは目に見えている。冒険者ギルドに向かっても巧妙な言い訳をして逃げる可能性もある。だからこそ、ミリアはこの決定的な瞬間を確実に抑えなければならなかった。
しばらく待っていると不意に外に人影が見えた。暗くてあまりはっきりとは見えないがそれでも人のシルエットは確認できた。おそらくあの人物こそがここに色々なものを置いて行っている人物だろう。その証拠に今日もまたどでかい木箱を抱えていた。というかあんな巨大な木箱どうやって持っているんだ?普通は持てない大きさなのだがそれをその人物は軽々と持ち運んでいた。
そして孤児院の前まで来ると辺りをキョロキョロと見渡して誰も見てないことを確認すると音をたてないようにそーと木箱を置いた。そして誰かに姿を見られないようにそそくさとその場を去ろうとした。
「まって!」
ミリアが声を上げるとその人物は一瞬ビクッと肩を跳ねさせ、ゆっくりとこちらを見た。真っ黒なフードを被っていたため丁度顔の部分が陰になって見えなかったが背丈に見覚えがあったし、フードからちらっと見えたあの金色の髪の毛は冒険者ギルドでみたことがあった。あのタギツという冒険者と一緒にいた物凄い量のご飯を食べてた娘だろう。
その人物はミリアの姿を確認するとまたゆっくりと前を見て次の瞬間走って逃げだした。
「え、ええええ!?ちょっとまって!!」
ミリアは逃げるその人物を全力で追いかけた。いくらまだ日が上がらず暗いとはいえ慣れた土地でしかも石畳で舗装された道なので簡単に追いつけると考えていた。しかしミリアは追えども追えども全然追い付くことができなかった。凄まじい速さで路地を走っていき、時には建物の上を走り抜け建物から建物へ跳躍してまるで疾風のごとく逃げていった。
「な、なんて速さなの。ほんとあの娘何者なの!?」
必死に食らいつこうとしたミリアだったがあっけなく距離が離されその影を見失ってしまった。かなりの距離を走っていき疲労困憊で思わずその場に座り込んでしまったがもうこれ以上走れそうにもなかった。何とか追いつこうとしたが余りにも足が速く追いつくことができなかったミリアは深呼吸をして荒くなった息を整えるとゆっくりと孤児院に戻っていった。
孤児院につくと子ども達が今度は何があるのかとワクワクした表情で置かれた木箱の中身を漁っていた。今度は何かと思ったら調理器具のフライパンにまな板包丁それに木製の食器類も箱の中に入っていた。もうここまで来ると建物以外大体の品物が新品に変わっていた。それ自体は別に悪いことではないし子ども達の生活水準が上がるのはいいことなのだけれど如何せん意図が読めないこの状況をどうすればいいか悩むミリアにひとりの男の子が駆け寄ってきた。
「ミリア姉ちゃん!これ——はいどうぞ!」
「ん?・・・・・これは、手紙? ねえこの手紙は誰からもらったの?」
「これ?これはね~銀色の綺麗な髪のお姉ちゃんからもらったの!ミリアお姉ちゃんに渡してほしいんって言ってた」
そう言って、私に一枚の白い封筒を手渡してきました。その封筒には、ミリアの名前が宛先として書かれ封を開けて手紙を取り出すと、そこには次のように書かれていた。
『孤児院のためにお話ししたいことがあります。孤児院の中で、みんなと直接話をさせていただきたいのです。彼らの声を聞いて、力になりたいと思っています』と。
それから数日がたったある日、孤児院の礼拝堂は子ども達と子ども達の世話をしているミリアと院長、そして車椅子に座った銀色の美しい髪の少女・・・タギツが一同に会していた。子ども達は互いにヒソヒソと会話をし、院長は少女をまじまじと見つめミリアは不服そうな表情で睨みつけていた。
「今回は対話の機会を頂きありがとうございます。僕はタギツ・ツクヨといいます。以後お見知りおきを。早速ですが今回ここに来たのはとある提案をするためです」
「提案・・・ですか?」
院長が困惑気味に問い返してきてタギツはそれに頷いた。それもそうだろういきなりやってきたかと思えば提案があると言われれば誰でも困惑する。だがそれにミリアが口をはさんできた。
「院長。おそらく今まで色々なものをここに置いて行ったのはこの人ですよ。タイミングとか考えてそうとしか思えない」
「そうなのですか!?」
「なんのことかわからないですけど何処かの誰かが善意の寄付をしてくれたおかげ子ども達が大分元気になったみたいですね。衣食住が満たされれば少しは考える余裕がでるだろうし冷静に物事を見ることもできるでしょう」
「なるほど。それがあなたの目的と」
「はて、なんのことか」
「・・・・・・・ハァ。もういいわ。私もいつもまでも意地張ってるわけにはいかないし、ここまで支援されたら否応なく信じざる負えない。提案を聞きましょう」
ミリアは、不満そうに眉間にしわを寄せ、渋々といった表情でタギツの提案を聞く気になった。彼女の目は微かな不安を秘めており、口元には苦い迷いが滲んでいた。背筋を伸ばし、ため息をつきながら彼女はタギツの言葉に耳を傾けた。タギツは口元に仄かに笑みを浮かべて孤児院を立て直すべく提案を始めようとしたその時、礼拝堂の扉が勢いよく開かれた。
鈍い銀色の鎧を来た護衛を数名引き連れて現れた人物は恰幅のいいひげを生やした男だった。茶色い髪に金色の目、指にはこれ見よがしに宝石のついた指輪をして首には金のネックレスをしていた。どこぞの成金のような悪趣味な恰好をしていたがそれ以上に厭らしい笑みを浮かべながら孤児院の子ども達をいやらしい目でなめまわすように見ていた。
「これはこれは孤児院の子ども達総出でこの私のお出迎えでもしてくださったのですかな?」
「あんた!なに勝手に入ってきてんのよ!」
ミリアが大声で怒鳴ったが男は全く意に介さずミリアを方を見ると一層笑みを深めた
「おお怖い!怖い!でもいいのかね?この土地も建物も私の所有物。それを貸し出してるのであってあなた達にあげたわけではないのだよ?何なら今すぐここから叩き出してくれてもいいのだがね?」
「くっ!」
「わかってくれて結構。ここに来たのは今月の分の集金と通達を行うためだ」
「通達?」
ミリアは怪訝そうな表情を浮かべ、ただし警戒心をむき出しにしたまま聞いた
「ああ、今まではこの孤児院の土地と建物を格安で貸し出していたが、さすがにいつまでも甘やかすわけにはいかないのでね。今まで月額金貨1枚だったところ次からは金貨5枚とする」
「なっ!そんな!無理に決まってるだろう!?いままでですらギリギリの所でやりくりしていたというのにいきなり5倍の料金払えってそんなのできっこない!」
「できないのならそれでも構いませんよ?その時は全員ここから出て行ってもらうだけですからね。まあそういうわけですのできっちりお支払いの程よろしくお願いしますよ?ああ、もちろんお金以外でのお支払いも応相談で受け付けてはいますよ?例えば何処かの誰かさんを奉公にだすとか?」
そう言いながら、口元に下品な笑みを浮かべ、汚らしいまなざしをミリアにねっとりと送った。その視線は傲慢さを明確に示しており、明らかに彼女を見下す態度で言葉を放った。そしてその視線はそのまま礼拝堂の奥の祭壇の前にいたタギツに注がれた。
「これはまた新しく孤児を引き取ったのですか?いやはやお金がないと言いながら孤児を無遠慮に次々と拾ってくるとはずいぶんと余裕がありますな?だがまあ、なかなか美麗な顔をしているではないか。どうだろう?良ければ私が引き取るぞ?」
・・・・・何故か勝手に話を進めているがそもそも孤児じゃない。とタギツが心の中で思いながら目の前の男に話しかけた。
「初めまして。僕はタギツというものです。一応訂正しておくと僕は孤児じゃなく冒険者ですよ」
「ほう。ではここに一体何をしに来たのですかな?ここには冒険者がかかわるような事柄はないと思うのだがね」
「まあ、クエストもロクに出すことができないほどお金に困っている孤児院に普通の冒険者は確かに用事はない。けど僕はある。それだけだよ」
「ま、いいでしょう。よく覚えておきなさい。私の名はシヴィンだ。この街に住むシヴィン子爵の当主を務めている。出会えたことに感謝して平伏するがいい」
「オアイデキテコウエイデスシシャクサマ」
「そうだろうそうだろう!なにせ私は貴族なのだからな!さて、私も暇ではないのでね。いつまでもこのようなカビ臭い所にはいられたものではないのでね。帰らせてもらうよ」
言いたいことをいって満足げのシヴィンは上機嫌でその場からいなくなろうとしたがタギツが呼び止めた
「その前に一ついいだろうか」
「ん?何かね?私は忙しいのだ」
「この孤児院は土地もシヴィンさんの所有物と言っていたね。その所有権なんだけどさ。—僕が買う」
一瞬全員の動きが止まった。この少女はいったい何を言っているんだと。孤児院の面々はとても困惑した様子で互いの顔を見ていた。しかしすぐに男が笑いながら見下すようになめ切った態度で言った。
「何を言い出すかと思えば、あなたは自分が何を言っているのかわかっているのか?この土地と孤児院を買うと?そう言ってるのか?」
「だからそう言っている」
「ハハハハハハハ!面白いこと言う。この土地が一体いくらすると思ってるんだね。この孤児院が一体いくらすると思っている。君が買えるような代物ではないのだよ」
「ふむ。僕では買えないとおっしゃるのですね。一体いくらすると?」
「そうだな。ざっと星金貨1枚と白金貨50枚といったところだろうか」
その金額に孤児院の子ども達はともかく院長やミリアは愕然とした表情をしていた。なにせ星金貨1枚と白金貨50枚は自分たちが一生かかっても稼ぎだすことはできない金額だからだ。最初から手放す気などないということが見え見えだった。そのことをわかっているからかシヴィンはにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。が
「なんだその程度でいいのですか。いいですよ。星金貨1枚と白金貨50枚用意します」
今度こそその場の全員が同じことを思った。こいつはいったい何言ってやがるんだ?と。普通に考えてそんな途方もない金額は稼ぎ出すことなどできない。ミリアですら時間の合間に冒険者業を兼業してクエストをこなしてなんとかお金を稼いでいる。だからこそ一般的な冒険者の稼ぎのアベレージも知っている。それを考えても普通払える金額じゃない。それを払うと言ってのけたのだ
「貴様舐めてるのか。星金貨1枚と白金貨50枚だぞ!?それを出せるっていうのか!!」
「もちろん。まあ、さすがに今すぐとはいかないけどね。そこまで時間はかからない」
「ほう。・・・ずいぶん大口叩くじゃないか!なら出してもらおうか星金貨1枚と白金貨50枚きっちり耳を揃えて。期間は1か月でな。もし出来なかったら・・・その時はわかるよな?」
「大丈夫。ちゃんと用意するからせいぜい楽しみにしていてよ」
そう言いながら、タギツはシヴィンの方を向き、意図を明確に示すようにニヤリと笑みを浮かべた。その笑みには挑発的な光が宿り、タギツの自信と決意が滲み出ていた。まるで宣戦布告を行うかのような態度をシヴィンに向け周囲の空気が緊迫感に包まれ、言いようのない威圧感がその場を支配した。シヴィンは得体のしれない異様な威圧感と見た目は普通なのにどこか不安と恐怖を煽るかのような少女の笑みに冷や汗をかきながらも冷静さを保ちつつその場を去った。
「ちょっと!あなた自分が何言ったかわかってるの!?あいつに冗談なんて通用しないのよ!?」
ミリアが食いかかるようにタギツに詰め寄って問い詰めた。だが、それもそうだろう。なにせ貴族に向かって土地と建物を買い取ると啖呵切ったのだか。普通そんなことする奴はいない。ミリアだけでなく孤児院の全員が不安そうな表情でタギツを見ていたが全く気にした様子もなく優雅に紅茶を飲んでいた。
「ん?星金貨1枚と白金貨50枚用意すればいいのでしょう?何も問題ないじゃない」
「問題大ありよ!!どう考えたって普通に集まる金額じゃないでしょうが!」
「それは”普通に”やった場合でしょ?なら普通にやらなければいい。大丈夫だよ。案はあるからね」
「案って何よ?あなた一体何するつもりなの?」
「それは後で話すよ。それよりも星金貨1枚白金貨50枚稼ぐには君たちの協力も必要なんだよね。特にミリア、君の協力は必須だよ。でも君たちが協力してくれるなら確実に稼ぎだせる。そして全てを買い取ったら僕は君たちにこの土地と建物を全部あげようとおもう。それで晴れて君たちは自由だ。誰からも干渉されない、貧困に苦しむこともない。自らの力で生きていくことができるようになる。それを踏まえて君たちに問いたい。どうする?やる?やらない?」
改めてタギツはミリアを含めた全員に対して全体を見渡しながら問いかけた。お互いが困惑しながらチラチラとタギツの顔を見た。孤児院の子ども達は困惑以上に今のこの状況が変わりそうな何かがあるのではないかと直感で感じていた。だがなかなか踏ん切りがつかず皆言い出そうとしながったが一人だけ意を決して言い出した。
「わ、私やります!何をすればいいのかはわからないけど、でも変わりたい!ここ数日お腹いっぱい食べれた!体もきれいにできた!可愛いお洋服も着ることができた!こんな生活できるなんて思ってもいなかった!でも今一歩踏み出さないとまた前みたいな生活に戻っちゃんでしょう?だったら私はやる!」
それは最初に冒険者ギルドにやってきたあの子だった。あの時と違い、髪の毛は整えられ、肌色はよくなり、死んだ魚のような目をしていた女の子の瞳には確かな活力が宿っていた。彼女の目は以前とは比べものにならないほど輝き、今までに見たことのない生命力がそこに満ち溢れていた。まるで、新たな自分になるために全力で取り組もうという意志が、彼女の瞳から溢れ出ているかのようでした。
そして、その彼女の変わろうとする意思につられるように、一人また一人と次々と子どもたちが彼女に協力を申し出でた。彼らも彼女の目から感じられる強い意志に触発され、自身も変化を遂げようという強い気持ちが湧き上がってきたのだ。
ミリアは子ども達から変わりたいという意思を感じ取り少し考えてから院長に頼み込んだ。
「院長。この孤児院は今まで現状を維持するので精一杯でした。ですが今この瞬間確かに一歩停滞していた状況が進みだしました。この孤児院がこの先どうなるかは正直私にもわかりませんがでも子ども達も変わろうとしている。ならこの子たちだけに買わせておくわけにはいかないと思います。私も院長も変わっていかなきゃならないとそう思うのです。だから院長、かけてみませんか?」
「・・・・・・あなたがそうおっしゃるのならそうなのかもしれませんね。院長として長年ここで子ども達を見てきましたがついぞ孤児院をよくすることができなかった。でもあなたならもしかしたら変えられるかもしれない。在りし日の私のような爛々と輝くその瞳をみるとそう思えてならないのです」
「ではっ!」
「もちろん。私も協力させていただきますよ。———タギツさんでしたね。どうかこの孤児院を救ってください。お願いします」
こうしてタギツと孤児院のみんなによる孤児院再起計画は本格的に始動した。
————————
「さて、さっそくだけど君たちにやってもらうことはね。これだよ」
そういってタギツは長方形型の物体を取り出した。それは木のケースに入っており、一部が格子状に作られた部分から青い魔法石が見えていた。更にその上には金属製の棒が突き出していた。魔法石がはめ込んであるのでおそらく魔道具なのだろうけれど魔道具というのは基本的に高価なのだ。それ故に孤児院ではほぼ魔道具とは無縁でましてや目の前にある魔道具は初めて見た。
「タギツさん。これはいったい何ですか?」
「これは魔法波ラジオというものなんだ」
「魔法波ラジオ?」
「そう。魔法波ラジオは特定周波数帯の魔法波を飛ばして音声を届けることができる魔道具なんだよ。簡単に言えば遠くに音届けることができる道具だね。君たちにやってもらうのはこれを用いて街中に声を届ける仕事をしてもらいたい」
「え、えええ!?私たちの声をですか? でもそれでどうやってお金を稼ぐのですか?」
「順を追って説明するね。まずこれは魔法波ラジオの受信機と言って簡単に言えば音を聞くための魔道具なんだ。これをこの町中に設置して声を届ける。内容は何でもいい。今日の天気や海の波の高さでもいい。とにかくあらゆる事をみんなに届ける。それが僕が君たちに提案する仕事の内容だよ」
「その受信機?ってやつを設置すると言ってもそもそも街中に設置できるほどの数があるの?それに設置するなんてことが実際問題可能なのかどうかもわからないじゃないか」
「それについてはもう量産した。あと設置場所もうちのパートナーが街中の人たちといつの間にか仲良くなっていてなんか設置場所取れた。ほんと・・・あの娘なんであんなに打ち解けてんの」
ここにはいない誰かに呆れ気味のタギツは気を取り直して更に説明を続けた。この魔法波ラジオ、長いのでラジオと呼ぶがこれを街中に設置して放送をする。そこから街の人々に放送に興味を持ってもらい色々な内容の放送を行い、放送そのものに興味を持ってもらうのが当面の目標である。
「それとこの孤児院の余剰空間に放送機材持ち込んで放送局にするから、放送に必要な技術を身に着けてもらうよ。まあ最初はうまくいかない可能性もあるけれどそれはそれでその都度試行錯誤していけばいい。それじゃあ早速放送機材この孤児院に入れていきますね。—それじゃあラキ。早速始めてくれる!」
「はいはーい!」
バーンッと扉が開かれ大きな荷物を持った金色きれいな髪の少女が部屋の中に入ってきた。手に持っているのは放送を行う際に音声を入力するためのマイクと音声の調整機器、そして魔法波によって音声を発信する装置があった。ラキは手際よくそれらの機材を部屋に置くとそこから黒いロープのようなものを取り出すと機材に取り付け別の機材に取りつ受けるとそれをもって別の所へ向かって行った。数人の子ども達は手伝うためについてき残った子ども達はタギツの指示に従いてきぱきと機材をセットしていった。
ある程度の機材の準備を終わらせたあと次はタギツによる放送の段取りを説明した。具体的な放送時間、話す内容の順番、内容の長さ、話す際の喋るスピード、話すときの抑揚まで基本的な部分は教えた。もちろんはじめての経験だったので子ども達は最初はどこかたどたどしい所があったが、徐々に今くなっていき数時間である程度形にはなり、その後機材の設置を終えたラキとそれを手伝っていた子ども達に初回の放送内容を説明した。
「今回は初回放送ということもあるから放送内容についてはある程度こっちで考えておいたから。今回はそれに沿って放送してもらうことになるけど、その後は自分たちで放送内容を考えながらやっていくんだ。そしておそらく放送を聞いたものから放送の依頼が来ると思う。例えば自分の店の宣伝をしてほしいとかね。そこで放送を行う代わりに依頼料をもらうんだ。 依頼料の交渉とかお金の管理はミリアと院長さんが行うんだ」
「なるほどね。依頼料か。けどそれだけで1か月で星金貨1枚と白金貨50枚なんて稼ぎ出せるものなのか?」
タギツが提案した魔法波ラジオの放送業に一定の理解は示したものの貴族の言っていた金額に届くのかどうか疑問に思っていたミリアは問いかけた。
「ん?無理だけど?」
「はあああ!?無理なの!?」
「当然だよ。依頼料と言っても利用するのは街の人々なんだよ?一回の依頼料は精々銀貨10枚がいい所だよ。単純計算で依頼回数15万回。1か月でそんな大量の依頼受けれるわけないよ。あくまでも継続的にお金を稼ぐ手段を作っただけ」
「じゃあどうするの?」
「それについては別の手段で稼ぐだから大丈夫よ。それよりもミリアには別のことしてもらいたいの」
「別のことってなによ?」
「端的にいうと錬金術の習得だよ。君でも聞いたことぐらいはあるでしょう?」
タギツの問いかけに戸惑いながらも、ミリアは頷いた。錬金術——魔法や魔術に似ているが、錬金術はあくまでも物質を別の物質に変える行為であり魔力を使わない代わりに、どこでも使えるわけではない。大前提として、錬金釜と呼ばれる
専用の釜を使用しなければならないし、錬金釜を持っていても、錬金には必要な素材の種類や材料、その使用量など、膨大な知識が必要となる。
だが、それを差し引いてもこの錬金術にはとても大きなメリットがあり、それは魔道具の製造だ。この世に存在するありとあらゆる魔道具は、錬金術によって創り出されているのです。つまり、錬金釜を持っていて、さらに錬金術を扱える者がいなければ、魔道具は作ることができない。だから錬金術を扱えるということはそれだけでそこに存在価値が生まれるし、魔道具以外にも魔法薬の製造もおこなうことが出来たりするのだ。
ミリアは、そんな重要な意味を持つ錬金術を習得するようタギツに言われたのだ。
「何故私なの?もちろん錬金術を学ぶことができるのならそれはとてもありがたいのだけれど、でもそれなら他の子ども達にも教えてあげてはくれないの?」
「もちろんそれでもいいのだけれど最も錬金術を習得して効果的に利益を得られるのはミリアだと思ってる。だから僕は君に話したんだ。それともう一つ。君は魔法や魔術とは違う力をもっているよね?」
タギツのその言葉にミリアは驚愕の表情を浮かべた。彼女の眉が一瞬にして上がり、目が見開かれたままになった。口はわずかに開いており、息を呑むような仕草をしていた。彼女の顔全体が驚きで引きつっているように見え、その驚愕は明確に伝わってきた。タギツの言葉がミリアの内なる何かを揺さぶったことが容易に想像できた。
「・・・・・・どうしてそれを知っているの?私は誰にも話してないの。子どもたちにも院長にも誰にも話していない。それなのにどうして」
「この眼で『視た』からだよ。2日前くらいに君が孤児院の前で荷物を中に入れているときにこっそりとね。それと君はこの孤児院前で荷物を孤児院の中に入れ終わった後他の子どもたちにばれないように小さな紙人形を使って何かを召喚してたよね?そしてそれを街に放っていた。僕が推察するにおそらくそれで君は孤児院に寄付してくれたのが誰なのか探っていた。更に子ども達があの男の連中に追いかけられたときにピンポイントでこれたのも使い使い魔か何かを召喚していてたといったころかな?」
どうだろう?タギツはミリアに聞き返した?どうもこうもなかった。すべて当たっていた。まだ小さい頃、たまたま持っていたお人形を握りしめてお友達が欲しいと強く願ったら何故かどこからともなく光の魔方陣が現れてみたことのない小さな小動物が現れたのだ。それはとても人懐っこくミリアは初めてその存在に出会い一緒に夕暮れまで遊んだ。そしてその小動物はゆっくりと消え去っていった。そしてそれと同時に鼻から血が垂れて倒れたのだ。気が付いたらいつの間にかベッドの上に横たわっており、孤児院の院長が安堵した表情をしていたが、目の下に隈ができていた。
後で知ったことだがどうやら私は2日近く寝ていたらしい。どうしてそんなことが起きたのかはわからなかったが、一つだけわかっていたのはどうやら院長をすごく心配させてしまったようだ。この力を使うのはやめよう。そう思いしばらくの間力を使わなかった。
それから数年が経ち10歳になったときだった。孤児院の子ども達のうちの一人が迷子になってしまった。探せども探せども見つからず、ミリアは焦り子ども達は泣き出すものまで出てしまった。なんとかしなきゃ、何とかしなきゃ。頭をフル回転させあと自分ができることはないか考えふと過去に不思議な力を使ったのを思い出した。
迷いはなかった。すぐに孤児院にあった人形のうちの一つを持ってきて強く願った。すると人形は光に包まれて手にした人形がフサフサの白い毛に追われた一匹の狼に変身した。それに驚きつつも迷子のになった子どもの居場所を聞いた。するとその狼はミリアを背に乗せてあっという間に迷子になった子どもを見つけ出したのだった。
しかもあの時と違って狼がゆっくりと消え去った後、凄まじい疲労感を感じながらも倒れることはなかった。それからミリアはその力を時々使った。使うものによって召喚できるものが違ったり疲労度合いが違うということも発見し、少しづつ使いこなせるようになってきていた。
だがミリアが召喚で呼べるのは精々綿で出来た人形を使った召喚で狼を呼ぶくらいだ。しかも召喚に使ったものは必ず無くなり、しかも召喚し終えた後疲労感が残り、たまに次の日にまで残ることもあった。それ故においそれと使うことができなかったし、ある時厭味ったらしい貴族シヴィンが話しているのを小耳にはさんだのだ。この世には神から与えられたもうた力『ギフト』をふるう者たち『ギフテッド』なる存在がいることに。シヴィンはそのギフテッドを探している様子であり、もし自分がそのギフテッドで会った場合確実に目を付けられ孤児院に迷惑が掛かってしまう。ならばこの力は誰にも話さず、自分だけの秘密にしよう。そう思っていた。
「ああ、安心して。別に君にその力があるからって誰かに言いふらしたりはしないから。そもそもそんなことしたって意味ないし」
「あなたはこの力の正体を知っているの?」
「もちろん。それはギフトだよ。聞いたことない?」
「・・・少しだけなら」
「そっか。なら細かく説明してあげるよ。ギフトというのは先天的に備わっている飛びっきりぶっ飛んだまさに神からの贈り物と呼ぶに相応しき奇跡のような力のことなんだよ。人それぞれ違ったギフトを持っていて、これは魔法や魔術、錬金術や剣術とか格闘技とかそういった後天的に習得するものとは違い、ごく少数の人たちしか持っていない力なんだ。それゆえにこの力を持つものはたった一人でその他を圧倒するほどの栄華を極めることもできるし、権力の頂点に立つことも、そして武の果てを目指すこともできる。
しかし、ギフトは使うと同時に代償を払わなきゃいけなくなる。その内容も人によって違いが出るんだ。君の場合はどんな感じなのかな?」
「召喚したあと、疲労感と倦怠感に襲われる。あと小さい頃鼻血だして倒れたことがあるくらい」
「なるほどね。君の場合は召喚した後に体に高負荷がかかるといったところなんだろうね。まあでも負荷がかるだけでそこまで強力な代償ではないから使っても大丈夫だろう。それに負荷がかかるならそれを軽減する魔道具を装備すれば多分もっと強力なものも召喚できる。ちょっとこれを付けてくれるかい」
タギツは懐に差し込まれた銀色の刻印とオレンジ色の魔法石が輝く腕輪を取り出した。その腕輪は細密なデザインが施された銀の装飾で飾られており、光の反射で美しい輝きを放っていた。刻印は繊細な彫刻で、紋様や文字が細かく刻まれており、また、魔法石は中心部に嵌められており、そのオレンジ色の輝きは温かみと神秘的なエネルギーを放っていた。
「これは?」
「体の耐久力を飛躍的に引き上げる魔道具だよ。これに魔力を注ぎ込むとちょっとやそっとじゃ体が壊れなくなるからこれを装備してからギフトを発動してみて。発動するときの媒体はこの魔法石を使ってみてよ。僕の読みが正しければおそらく今までで一番強力な使い魔を召喚できると思うからね。それとギフトを使うときは【ギフト発動】と言うこと」
「え、でも特に詠唱しなくても使えるよ?魔法や魔術は詠唱が必要とは聞いたことあるけど」
「まあ、それはそうなんだけどね。このギフトと呼ばれる力はイメージが大切なんだ。ギフトの力を使うイメージを固定させるために詠唱があると扱いやすい。それと力が増幅する。だからまあ詠唱の内容は正直なんでもいいんだけどね。僕も実際使う際は言葉を言うようにしている。でもいきなり詠唱の文言考えろって言っても面倒だろうからとりあえずは【ギフト発動】で。後からイメージしやすい言葉にしてもいいから」
「え!あなたもギフトを持っているの!?」
「そうだよ。ちなみにもう一人のラキも持ってる。まあラキの方は少しタイプが違ってね。常時発動型なんだ。だから僕や君みたいな任意発動型とはまたちょっと違う。っとそれは今は置いといて君のギフトだ。試しにやってみて」
「はぁ・・・わかったわ。【ギフト発動】!」
タギツに促されるように腕輪を嵌めて、その後渡された赤い魔法石を使いギフトを発動させた。いつもの見慣れた幾何学模様の魔方陣から現れたのは狼の使い魔だった。だがその大きさが尋常じゃなかった。体長10mほどはあるとても大きく美しい毛並みに金色の目、額から伸びる一本の角と表情からとても威圧感を感じた。
『お呼びですか。ご主人』
「え、しゃべった!?今までこんなことなかったのに」
「それが君のギフトの真の力だからだと思うよ。用いる触媒がより高度な物質であればあるほど召喚した際、強力な使い魔を呼ぶことができるのだと思う。この使い魔を使って冒険者としてのクエストをこなせば一気にお金も入る。噂が噂を呼び君に指名依頼してくる人もいるだろうし、何よりもこの孤児院の子どもたちを守る力となる」
「!」
「でも君のそのギフトの力には代償のほかにも必要な要素がある。さっき渡した魔法石なんだけどね。あれとても希少な魔法石なんだよね。ちょっとやそっとじゃ手に入らない代物でね。あれを使ったからこの凄い使い魔を召喚することができた。つまり使用する触媒と『等価で使い魔を召喚できる』というのが君のギフトの本質というわけなんだ。だけどそんなものおいそれと用意できるものじゃない。そこで錬金術なんだよ。君が錬金術でとても価値ある触媒を生み出してそれを用いてギフトを発動すれば・・・」
「まさか、今までをはるかに超える使い魔を召喚できる。しかも大量に!?」
もはや想像するだけで寒気すら感じるほどタギツが今説明した話はミリアを戦慄させた。もしそれを行うことができるようになったら間違いなくこの街でも屈指の実力者になり、冒険者ギルドでクエストをこなしてそれに見合うお金を得ることができる。それだけでもかなり将来が明るい。
「まあ、もちろんこれは君が錬金術を学んで扱うことができることが前提にある。つまり錬金術を習得するまでは錬金の修行三昧になるよ」
「それでも構わないわ!今まで以上に生活が良くなるなら願ったりかなったりだものの。それに孤児院の子ども達を守らないとまたあの時みたいに攫われかねないからね。早速錬金術を教えてちょうだい!」
「落ち着いて。錬金術に必要な錬金釜は私が用意するけど、君が師事するのは僕じゃないんだ。君も知ってはいるでしょう?この街に居を構えている魔法薬店の店主を」
「・・・・・・まさか、それってリュシー魔法薬のこと?」
「そうだけど?」
「あなた何考えてるのよ!あのリュシーなのよ!?魔法薬の腕前だけはこの街どころか王国一番随一の魔法薬の作り手として有名だけど。それと同時にとてつもなく気難しいっていうので有名なのよ。
なんでもある時魔法薬を買いに来た貴族がリュシーに対して上から目線で魔法薬をよこすよう命令して、それに起こったリュシーが錬金釜で作った魔道具で貴族を吹っ飛ばしたり、金儲けのためにやってきた豪商が魔法薬をせがんできたときはその豪商が破産しそうになるくらいの法外な代金を要求してひと悶着あったとか、そういう話を聞くの」
「どうして焦っているのかと思ったらそういうことね。大丈夫よ。あなたが考えているような冷酷な人物なんかじゃない、ただ単にだらけ切った面倒くさがりな人物よ。そこまで恐れる必要はないし、むしろそれよりも別の方面で大変かと思うよ」
「別の方面?」
「あのリュシーという人物は世捨て人の研究バカなんだよ。三度の飯より研究が大好きな変人ね。だから魔道具や魔法薬、魔法石の練成とかは超一流だけどそれ以外の日常生活の能力が壊滅的にない。だからお世話しないといけないと思うよ」
「・・・・別の人じゃダメですか?」
「心配しなくてもダメ人間なだけで倫理観とかはちゃんとしてるから大丈夫だよ。それに錬金術を学ぶなら彼女から学ぶのが一番いい。ともかくあなたはリュシーに錬金術を学んできて。君を弟子入りさせるよう説得と交渉は既に済ましてあるから問題なく教えてくれるよ」
「あなたはリュシーと知り合いなの?」
「前に彼女の魔法薬を買って使ったことがあるのだけれど、その時にちょっとした貸しを作ったの。それを今回返してもらうだけ。とにかくあなたは錬金術の習得に全力を注いで。その間魔法波ラジオの放送の準備はこっちでやっておくから」
——————
その後、色々な準備をこなしていきいよいよ放送初日を迎えた孤児院では子ども達の顔には緊張の色が浮かんでいた。だが蓋を開けてみれば特に目立ったミスもなく放送としては上出来なものだった。街の人々の評判も上々で可愛いこどもの声が聴けるうえに情報も知ることができるとあって瞬く間に評判が広まっていった。
次の日から次々と放送に関して街で話しかけられ、街の人と仲良しなラキは放送してほしいことがあったら銀貨1枚をもって孤児院に向かうように街中の人々に伝えていった。すると瞬く間にその情報は人から人へ広まっていき。孤児院の前には放送の依頼をしにきた人々で長蛇の列ができていた。
「うちの店で今度新メニューを出すことにしたんだ!それの宣伝をしてくれ!」「うちは珍しい食材を仕入れたんだ。うちも宣伝してほしい!」「まて!俺が先だ。新しい商売を始めたいんだが人手が集まらなくて困ってるんだ。人材募集をしたいんだがやってくれるか!」「恋人がどこかに行っちゃったの!お願いこの手紙を朗読して~!」「次は俺が—」「いや俺だ—」
次々とやってくる街中の人々に子ども達は目を回しそうになるくらい忙しく働いた。お金の管理をしている院長のところへは次から次へと銀色の硬貨が集まっていき、今までにないくらいの収益を得ていた。院長は目を白黒させながらも依頼料の徴収と管理を一手に引き受け、たったの1日で銀貨が1000枚も集まっていた。
さらに嬉しいことに冒険者ギルドから依頼を受け、毎日のクエストの一斉張り出しや緊急クエストの告知などを行う業務提携も結ぶこととなった。これにより孤児院は毎日冒険者ギルドのクエスト案内の放送を定期的に行いうことになった。つまり安定して放送を行うことができるようになった。
「なんとなく予想はしてたけどほんと凄まじいわね、なにこの銀貨の数。今まで見たことなんだけど」
リュシーの修行が終わり、ミリアは孤児院に戻ってくると、目の前には高く積まれた銀貨の山が広がっていた。その光り輝く銀貨の山を見て、ミリアは驚きと戸惑いを隠せなかった。孤児院の部屋で、ミリアは銀貨の枚数を数えている院長を見つけた。院長は苦笑いしながらもどこか楽しそうな表情を浮かべていた。
「私もですよミリア。ここまで収入が入るとは思いもよらなったのです。それに子ども達のあの楽しそうな表情を見ているとなんだか心が救われた気持ちになりますよ。ミリア。あなたも今日は疲れたでしょう?ここ最近リュシーさんの所で錬金術を学んでいるとお聞きしましたよ」
「いえ、私は大丈夫です。それよりも院長おひとりでは大変でしょう。私も手伝います」
「あら、ありがとう。なら紅茶を入れてくるわね。お客さんが差し入れしてくれたのよ」
「ほんとですか!それは楽しみですね」
二人は紅茶を傾けつつ、夜の部屋でランプの明かりに照らされながら作業を続けた。
一方その頃、とある豪邸の中にいるシヴィンは焦り出していた。孤児院で見知らぬ小娘が自分に対して土地と孤児院を買い取ると啖呵を切ったのだ。最初はそんなことできるわけないと思っていたがそれでも念のため相場の3倍の値段を吹っかけていたのだ。そうすればさすがに諦めて自分の所に謝罪に来るだろうと高をくくっていた。だが蓋を開けてみればどうだ。
あの少女はこの街にまだない技術と知識を持ち込んでそれを孤児院に運用させることによってたった数日で莫大な収益を得ていた。さすがに1か月で集まるとは思えないがそれでも驚異的な金額のお金を集めていたのだ。このままでは本当にあの場所の権益を失いかねない。
「こうなったら実力で黙らせるしかないか」
屋敷の中でシヴィンは暗い笑みを浮かべながら次の一手を模索し始めていた。
—————————
孤児院による魔法波ラジオの放送が始まってから3週間が経過した。連日人々が押し寄せてきて放送の依頼をしていくので物凄い勢いで集まった銀貨をミリアはとある場所へやってきていた。
『商業ギルド』
この商業ギルドは街で商売をしている人、街の外から入ってきた商人を管理統括する組織だ。街から街へ行商をするものもいるために大陸中に商業ギルドは存在していて、そこから商売に繋がらる情報を得たり、その地域の風習や習慣を知ったりして余計な軋轢を生まないようにしたりするいわば商人にとっての互助組織のようなところなのだ。
そしてそれと同時に、この商業ギルドは街に住む人々のお金を預かったり、両替をしたりするところでもある。ミリアは手に持った大量の銀貨を大切に抱えて商業ギルドの窓口にやってきた。
「すみません!。両替をお願いします」
「こんにちわ。凄い量のお金ですね。噂のラジオ放送を行っている孤児院の方ですよね?お噂はかねがね。両替とのことですがどの硬貨に変えますか?」
「え~と。白金貨に交換してほしいです」
「金貨ですね。わかりました。それにしても本当に凄まじい量を稼ぎましたね。どうですか?更に事業拡大をなされるようでしたら商業ギルドの方で出資させていただくというのも」
「今はまだ何とも言えないです。ただもう少し落ち着いてから考えて決めてもいいですか?」
「それは可能性があるということですね。それは楽しみです。なにせこの魔法波ラジオの放送は今後もどんどん拡大していくでしょう。そうなれば更に収益をえられる可能性がありますから。何とか自分も関われないかと虎視眈々と狙っている商人の方たちもいらっしゃるのですよ?」
「え、そうなんですか?」
「ええ、これだけこの事業は可能性に満ち溢れていますからね。それとこれが両替の白金貨10枚になります」
そういって商業ギルドの職員は手にした10枚の白金貨をミリアの目の前に置いた。普段触れることもないような硬貨を感慨深い表情で受け取るとミリアはそそくさと商業ギルドを出ていった。商業ギルドを出ると、夕暮れのオレンジ色の光に包まれた街が広がっていた。光の中で、人々は街を行き交い、活気にあふれ、ミリアは周囲のざわめきに溶け込みながら、硬貨を大切に手に握りしめ、孤児院へと急いでいった。
たくさんの人たちがいた表通りの道から一歩外れて細い裏道に入ると人々の活気は遠ざかり、静まり返り夕暮れの光に照らされた石畳に建物の影が長く伸びていた。そんな裏道を進んでいると前方に一人の人影があった。街の人々と同じようないたって普通の恰好をしていたが、明らかに纏っている雰囲気が異常だった。顔は陰になって見えないが冷たい刃物を肌に突き付けられたかのような圧が感じられた。
「・・・・・・ミリアだな?悪いが一緒に来てもらうよ」
「あんた誰だ。私はあんたを知らないんだけどね」
「そんなのはどうでもいい。黙ってついてこい。抵抗するなら無理矢理引きずっていくのみ」
相手が何なのかはわからないが、明らかにヤバい奴が来たのはわかった。ミリアは懐から一つの物体を取り出した。前にリュシー先生のところで錬金術の修行のために作ってた魔法薬だ。これを触媒にすればこの場を切り抜けることぐらいは・・・
「え・・・?」
気が付いたら、ミリアは地面に倒れこんでいた。目の前にはいつの間にか現れた人物が立っており、その人物は鋭い眼光を放ち、威圧感に満ちたオーラを纏っていた。ミリアは驚きと恐怖を抱きつつも、反応する間もなく制圧されてしまっていたのだ。
一瞬の出来事だったため、何が起こったのか理解する暇もなくミリアは困惑と痛みに苦しみながら、遠ざかっていく意識の中で孤児院の子ども達の無邪気な笑顔が浮かんだ。
そして、思わず口にした言葉は孤児院の院長や子ども達への謝罪だった。タギツや孤児院に依頼してくれた街の人々に対して深い後悔と謝意がこみ上げた。意識はますます遠くへと遠のき、ミリアは悔しさと絶望の中で闇へと沈んでいった。
それから少ししたあと、孤児院にいたラキは孤児院の子ども達の遊び相手になってあげていた。ここ数週間で魔法波ラジオの噂が広まったために年長の子ども達は少しでも孤児院に貢献したいと思い積極的に働くがそれによって一つ問題が生じた。今まで年長組の子ども達が小さい子ども達の面倒を見ていたがその年長組の子ども達がラジオ放送にかかりっきりになってしまい結果的にまだまだ小さい子ども達の面倒を見るものがいなくなってしまった。
もちろん、放送時間はそこまで長くないので夕方には働き終えて、子ども達のお世話に戻るのだがその間、今まで遊び相手になってくれていた年長組の子たちが遊んでくれないとぐずってしまうのだ。どうしたものかと困っていたところをラキが快く申し出た。以来小さな子ども達の相手はラキが行っており、その間ラジオ放送をしているといった状態なのだ。
今日もいつも通り子ども達と遊んでいたラキだが、一人の子どもが駆け寄ってきて手に持っていた手紙を渡してきた。
「ラキお姉ちゃん!なんかね~知らないおじさんがこの手紙をタギツお姉ちゃんに渡してほしいって言ってたの。タギツお姉ちゃん知らない?」
「お!ありがとう~ それは私が渡しておきますね。 よしよし」
頭をなでなでされて嬉しそうにしていたその子は再び他の子ども達と一緒に遊びだした。ラキは手にした手紙をもって孤児院の中に入っていき一つの部屋の中に入っていった。部屋の中では院長とタギツが今日の稼ぎを計算していた。
「ターちゃん。なんかターちゃん宛に手紙来てたっぽいよ~」
「ん、誰からかな?」
ラキから受け取った手紙を開封して読んだタギツはいつも通りの口調で手紙に書かれてあったとんでもない内容を言った。
「ミリア拉致されたわ」
「え?えええええええ!?」
「ミリアを攫った奴からの指示だね。ミリアを返してほしくば孤児院が保有している全財産持ってこいだとさ。これはあのバカ貴族が仕掛けてきたんだろうな」
手紙を火で燃やして灰にしながら淡々と答えたタギツに対して院長は顔面蒼白になっていた。
「ど、どうしましょう!指定されている場所はこの街でも貧民街となっていて、あそこはなんでも奴隷商の巣窟となっているとかで誰も近寄らないのです。そんな場所に・・・」
「すぐに助けに行かなきゃ!ターちゃん行こう!」
「そうだね。今回はさすがに相手のほうが一線超えちゃって来たし、今回の件はほぼ間違いなく奴隷商とやらがやらかしたことだろう。なら叩き潰すまで。それと院長。このことは他の子どもたちには言わないように。パニックになるだけだから」
「でも!二人だけで勝てるのでしょうか!?街の兵士や冒険者の方々に協力してもらった方が」
「大丈夫。奴隷商如きに遅れはとらない。それにそんな時間はない。ラキ、準備はいい?」
「もちろん!いつでも戦いに行けるよ!!」
二人は互いにうなずき合うと子ども達にばれないようにこっそりと孤児院を出てミリアを拉致した不届き物がいるところまで急いで向かった。
———————
「何のためにこんなことするの! 私たちを狙わなくても他にも金持ちはたくさんいるでしょうが!」
日がすっかり落ち辺りが真っ暗になり月の灯りだけが壊れた天井から差し込んでいる廃墟の中、ミリアは両手と両足を鎖でつながれた。そしてそんなミリアを見下ろしているのは一人の女性だった。ワインレッドの短い髪にボロボロのローブを羽織ったその女性はミリアの問いかけに答えることなく壁にもたれ掛かって目を閉じじっとしていた。まるで誰かを待ってるかのように。
いや、実際誰かを待っているのだろう。何の理由もなく拉致されたりなんかしない。おそらく何らかの交渉材料にされるのだろう。そのために攫ってきたといったところか。
「いやはや、さすがかつてティア2であった元冒険者は仕事が早い」
建物の中に入ってきたのはシヴィンだった。ニタニタと笑みを浮かべながら部屋に入り、後ろにはシヴィンの部下なのか数人の男たちが後の続いてやっていた。その顔触れには見覚えがあった。孤児院の子ども達を攫おうと追い掛け回していた人物たちだ。ということはこいつらだった。
「こちらの仕事は終わった。後は好きすればいい」
「ああ、これからも頼りにさせてもらうぞ。こちらは裏から邪魔者を排除したい。そちらは金が欲しい。互いの利害のために手を組もうや」
元冒険者の女の人は何も言わずにシヴィンとすれ違うように廃屋から出ていった。後に残されたのはミリアとシヴィン、そして数人の男たちだけだった。
「さて、ミリア。わかってるとは思うがお前は人質だ。個々の所あの女のガキと何かやってるらしいな。その程度で土地と孤児院を買い取れるほど金が集まるとは思えないが、万が一ということもある。そこでお前の命を引き換えに孤児院の全財産を出してもらうことにした」
「なっ!」
「何を言ってるんだってか?そんなの決ってるだろう。今までは目こぼししてやってたが、さすがにもうお前たちから利益を得られそうにないんでね。ここいらで一掃しようと思う。安心しろ殺したりはしない。お前たち孤児は大切な商品になるんだからな。特にミリア。お前は顔がいい上に特別な能力があるだろう?それを欲しがる奴は山ほどいるんだ」
「なんでお前がそれを知ってるんだ!!」
「前からお前のことを調べさせていたからだよ。お前の力・・・ギフトと呼ばれるその能力についてな。だから俺はあの孤児院を手放さなかったし、今まで手を出さないでいた。お前が程よく売れそうな年頃になるまで待っていたからな。お前もどうせ聞いているんだろう?ギフトがどれほど破格の力かを」
「じゃあずっと知っていながら知らぬふりをして今日まで待って行ったというの・・・」
「そうだ。だがまあ本来はもう少し時間を置く予定だったんだがな。そうすればとても好ましい体つきになっていたのだが、さすがにあのリュシーの所に通っているということは錬金術を身に着けられかねなない。そうなればお前を確保する難易度ははるかに上がる。それに唐突にリュシーの所で錬金術を学ぶようになったのなら間違いなくそうするように唆した奴もいる。なら遅かれ早かれ逃げられかねないからな。そうなる前に攫うことにしたよ」
下卑たな笑顔を浮かべながら、シヴィンはミリアに近づいていく。ミリアは身をよじり、必死に逃れようとするが、彼女は鎖でしっかりと繋がれており、抵抗することはできなかった。シヴィンに対して睨みつけるしか、彼女にはできることはなかった。
服を破かれ、ミリアに覆いかぶさると欲情のまま恥辱に震えるミリアをシヴィンは笑いながら弄んだ。
「へへへ。せっかく丹精込めて育てたからな。奴隷として売り払う前に味見させてもらうとしよう」
「旦那ぁ。俺たちにも回してくださいよぉ~ 俺たちも溜まってるんですからァ」
「私が楽しんだ後でな。それと壊すんじゃないぞ?売り物なんだからな~」
ゲラゲラと男たちの笑い声が響き、ミリアは顔を歪ませ涙を流した。幼き頃、孤児として食べるものもなくフラフラと歩いていた時、奴隷商に攫われそうになったところを颯爽と現れた冒険者に救われた。透き通るような美しい銀髪に藍色の銃を持ったその冒険者は瞬く間に奴隷商たちを叩き潰していった。そしてこの孤児院に預けられて自分は救われた。冒険者の方が去るとき何を思ったのか呼び止めてしまいそれに対してその人は「またいつか会えるよ。だからその日までこの孤児院を守ってね」そう言って笑顔を見せてくれた。
どうして、あの光景が浮かんできたのだろうか・・・ああ、そうかあの時のように助けてほしいのかな。ミリアは震える声で絞り出すように声を上げた。
「・・・けて・・・だれか——助けてよ!!」
ミリアの悲痛な叫び声に対して
「いいよ。助けてあげる」
車椅子のきしむ音が深い暗闇に響き渡り、その音の尾を引いて廃墟の中から現れたのは、タギツだった。暗闇の中で輝く月の光が、ゆっくりとタギツの顔を照らし出していた。数週間見てきた普段通りの落ち着いた表情にパイプの火が赤く灯り、白い煙が上がっていた。
「ずいぶんとのんびり来られたのですね。あまりに遅いのでてっきり怖気づいてしまったのかと思いましたよ。まあそれでもよかったのですがね」
「僕は暇じゃないんだ。集まった銀色に輝く硬貨を数えるのに忙しいんだよ」
「ならその硬貨は私が代わりに数えてやるから全部寄越したまえ。あの手紙を読んでここに来たのなら自分がどうするべきかわかるだろう?」
「そうだね。僕としても面倒なのは嫌いなんだ。だから—」
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオンンンン
「なっ!?」
「速攻で終わらせる」
そう宣言したタギツはゆっくりと銀色に光り輝くマスケット銃を構えた。
———————
ちょうど同じタイミング。廃屋の近くにある小さな小屋の中。その小屋は一見すると道具をしまっておくための物置にしか見えないのだが、その一部にカーペットが敷かれ隠されている木製の隠し扉が床にあった。そこから侵入したラキはその途方もない広さに驚きと好奇心が沸き立った。そこにあったのはとても広い地下空間だった。地下空間だというのに天井までの距離がとても遠く、中の空間が広々としていた。その中を無精ひげを生やした男たちがたくさん行き交っていた。人数にして約100人ぐらいだろうか。 更にその中に黒い檻のようなものがたくさん等間隔に並べられており、その中にはボロボロの服を身にまとった子ども達がいた。
それぞれの檻には鉄の鎖がつけられ、衣服の破れた子どもたちが悲しげな表情で中に閉じ込められていた。人間族の子どもたちだけでなく、兎人族、犬耳族、狼族など、多種多様な種族の子どもたちがここに集められていたのだ。
子どもたちは衰弱し、力なく鎖につながれた両手足を抱えるように蹲っていた。この街だけでなく近隣の村や街からさえも、子どもたちが攫われ、奴隷として売買されているのだろう子ども達の眼には希望の光はなく、絶望と恐怖だけが滲みだしていた。
「まったくひどいことするね。どうしてこんなことに手を染めるかな~」
ラキは怒りの表情を浮かべながら、一歩も引かずに隠れることもなく堂々と地下へと入っていった。ラキが男たちの前に現れたことに男たちの一人が驚いて大きな声で叫んだ。
「誰だテメェ! 何でここにいやがる!——ぐへぇっ!」
男が叫んだ直後、ラキは叫び声を上げた男の鳩尾にガントレットを嵌めた拳を思いっきり叩き込んだ。ラキの拳を喰らった男は思いっきり後方に吹っ飛ばされ、積み上げられていた木箱にぶつかって倒れこんだ。大きな物音と男の叫び声を聞きつけた仲間がそれぞれ剣やナイフ、棍棒に斧といった武器を持って、ラキを取り囲んだ。男たちからは仲間を殴り飛ばされたことに対する驚愕と怒りに満ちた表情が見て取れた。
「テメェ。何者だ。偶然こんなところに迷い込むわけねえからな。ここがどういうところかわかってて来ているんだろう?」
「もちろんだよ!さぁ私とケンカしましょう!」
「は?」
「え?」
「・・・・お前、ガキどもを奪い返しに来たんじゃねえのかよ」
「え?ケンカしに来ただけだよ。ああ、もちろん子ども達を救いたいという気持ちもちゃんとあるよ?ほら、子ども達が不幸になるのってなんか嫌じゃない?だから孤児院の子どもたちを助けたいな~って思ったし、今回もミリアちゃんやここに囚われてる奴隷として売られるはずの子どもたちを助けに来たんだ。でもそれはそれとして大人数とケンカできる機会ってなかなかないじゃない?それに奴隷商なんかやってる奴なんていくらでもぶん殴れるじゃない♪」
男たちはどこか薄ら寒いものを感じた。目の前の少女はいったい何を言ってるんだ?と。普通ならこの奴隷の子ども達を見たら怒るのが一般的な反応だろう。だがラキはそうじゃなかった。楽しそうにあくまでも楽しそうに満面の笑みを浮かべていたのだ。屈託のない小さな子どもが大好きなおもちゃを目にしたかのようないい笑顔をしてたのが逆に少女の異質さを際立たせていた。
「もういいかな?それじゃあケンカ祭りの始まりだ—————!」
そういうとラキは物凄い速さで駆けめぐりながら目の前にいる男たちを次々と殴り飛ばし蹴り飛ばし、そして投げ飛ばしていった。あるものは手に持った棍棒を振りぬいたが棍棒のほうが砕け散り、拳が顔面にめり込み、あるものは剣を振り下ろしたら真ん中から砕けて折れ、蹴りが鳩尾に入り、あるものは斧を振るうに合わせて出された拳にぶつかり粉々に砕け散ったかと思ったら腕を掴まれ思いっきり投げ飛ばされた。そこで起きていたことはまさに一方的な乱闘。まさにケンカだった。
「くっそ!なんなんだこの女はァ!? ぐあっ!」
「よそ見してたらやられちゃうよ!?もっと頑張って!ほら、ファイト!!」
「よせ、やめろ!うわあああ」
その光景はさながら小さな子どもが手に握った人形や玩具をぶんぶん振り回しながら無邪気に遊んでいるかのように、しかし実際は人形や玩具などではなく大の大人が少女に痛めつけられていた。一切容赦なく倒されていくその様子に牢屋で鎖につながれていた子ども達も呆然と見ていた。最初は100人にも上る人数がいたがあっという間に減っていき、残る人数は10人程度を残すばかりだった。
残り僅かな敵を倒すために足に力を入れたラキは唐突の大きな揺れに驚きつつも揺れと同時に金属が壊れるような音がした方向を見た。子ども達が入れられている鋼鉄の檻のそのさらに奥のほう、同じように鋼鉄の檻の中に押し込められていたソレは檻を食い破るとつんざくような雄叫びを上げながら檻から飛び出してきた。
「おわわわわ!あれは!魔物!しかもあれって—」
「ひゃはははははは!散々好き勝手してくれやがって。魔物の餌にしてやるよ!」
男は魔物の檻の扉をあけ放ち、その中にいた魔物を檻の外に出したのだ。男は魔物につけられていた鎖を全部壊してその音がジャラジャラと響く中、魔物を解放した。魔物は重い音を立てながらぶら下がっていた壊れた鎖を振り乱し、ゆっくりと外に出てきた。その姿は巨大カブトムシといった姿だった。黒々とした光沢のある甲殻に六本の脚、そして鋭い牙のような顎が凶暴さを物語っており、その赤い瞳からは凶悪な光がにじみ出ていた。
男は魔物が解放されたことを見て、形勢逆転できたと思い勝ち誇った表情を浮かべてラキの方を見つめた。しかし、その瞬間、魔物は突然加速し、男の方に向かって突進した。
男は驚きの表情を浮かべ、慌てて身をかわそうとしたが、魔物の巨大な足にあっけなく踏みつぶされてしまった。男の骨が折れる音が響き、彼は悲鳴を上げた。しかし、それは一瞬の出来事であり、男は魔物の圧倒的な力によって容赦なく食い殺され、血まみれの魔物は満足げな表情で男の遺体を噛み砕き、一片も残さず飲み込んだ。
「わ~・・・こっわ。とんでもない魔物檻から出しちゃって。確かこいつってディアボリカルカブトムシだよね。よくこんなの捕まえてたもんだよ。」
目の前で起こった魔物による捕食を目にしたラキは軽口をたたきながらうまく魔物の攻撃を避け、カウンターで拳を打ち込んだ。素手ではないガントレットを嵌めた拳を喰らったら人間でも遠くに吹っ飛んで失神してしまう。ましてや今のは先ほどの男たちとの攻防とは違ってラキは最初から本気でぶん殴っていた。それにも関わらずラキの一撃を喰らったカブトムシの甲殻は全然砕けなかった。表面に少し傷跡が残っただけである。
「うっそ~!ここまで硬いのか。でもでもこんなところでミョルミーベル使ったら多分岩盤崩壊するだろうし、私一人ならともかく子ども達が巻き込まれたら死んでしまうし、どうしよう」
拳を握りなおして相手をじっくりと観察するラキ。神代兵装ミョルミーベルは圧倒的な破壊力を持つ代わりに周囲への影響力がでかすぎるためうかつに振り回せない。城壁を一部ぶっ壊すくらいならいいが、魔物討伐となると何回も撃ちあわないといけなくなる。となれば地下空間が持たない可能性がある。かといって殴る蹴るだけでは倒しきるのに時間がかかり過ぎてしまう。それにそこで伸びてる奴隷商の仲間がやってくる可能性もある。
「私のメインウェポンを使わずに、尚且つ手早く仕留めなくちゃいけないか。フフっ!いいね~ こういう縛りプレイも私好きだからね!」
闘志を燃やしながら大きく深呼吸をして集中し目の前のカブトムシに向かって一気に距離を縮めたラキはさっと角での攻撃を避けた後、六本ある足のうちの一本の関節を逆方向にへし折った。苦痛で悲鳴を上げたカブトムシは振り払うようにからだをばたつかせたが、ラキはひるまず次の足を握り締めそのまま引きちぎった。たまらず甲殻を開いて羽を広げ空中へ逃げたカブトムシは大きく旋回するとラキめがけて急降下して角で突進してこようとしてきたが、すんでのところでラキは避けたが、また上に上がって旋回しだした。
ラキは近くにあった木箱を握ると上で旋回しているカブトムシに向けて思いっきり投げつけたがそれをうまく回避してはラキに向かってまた急降下していった。その後も何度かそこら辺に散らばっている斧や剣をぶん投げたがきれいに避けられては角による突進を仕掛けてきた。
「うわっ、ちょこまかと逃げまくってくるくせに一方的に上から突撃してくるなんて。魔物との戦いは心が躍るけどこれはちょっと面倒かも。う~んちょっと危ないけどアレで行くか」
ラキはじーっとカブトムシの動きを目で追いながら隙を伺った。再度空中を旋回していたカブトムシは狙いを定めてからラキに向かって突っ込んできた。それをラキは避けることなくじっと待ち当たる寸前に体をずらすと角を腕で抱え込むように掴みそのまま思いっきり地面に叩きつけるように投げ飛ばした。大きな音とともに地面が大きくえぐれ、土埃がたちこめた。土埃が収まり、逆さの状態で地面にめり込んだカブトムシは羽が途中で折れ曲がり必死に足を藻掻いて起き上がろうとしてた。
そこにラキは追い打ちをかけるようにカブトムシの上に乗っかると思いっきり腹部をぶん殴った。背中の羽を納めていた甲殻はとても堅いがその裏側はそこまで硬くはない。腹部の薄い外皮はあっけなく貫通し紫色の体液が周囲にまき散らされた。
「さてと、これ使ってみるかな。威力が小さいから持ってても仕方ないと思ってたけど、ターちゃんに持たされていたこれを使うとはね」
そういいながらラキは拳大の真四角のオレンジ色の魔道具を取り出した。それには赤いボタンがついており、ボタンを捻り奥へ押し込むと等間隔のカチカチという機械音のようなものが聞こえ、それをカブトムシの中に無理矢理ねじ込むとさっと飛び退いた。苦悶の声を上げながら藻掻いているカブトムシは次の瞬間大きく膨れ上がったかと思いきや大量の体液を周囲にまき散らしながらバラバラになった。
「うん!討伐完了。あとほかに魔物を飼ってたりするのかな?」
その場からそっと逃げようとしていた男のほうを向いて告げたラキに男は情けない悲鳴を上げながら逃げてった。もちろんラキが一気に距離を詰めて殴り倒したので逃げることは叶わなかったが。地面に倒れ伏せている男たちを近場にあった縄で縛りあげると子ども達が入っている檻に近づいて怪力で檻の鉄格子をひん曲げた。一連の戦いを見てた子ども達はすっかりラキを怖がり檻の奥の方に逃げてしまい、更には今にも泣きそうな表情をしているものもいた。
「あはは~・・・・・・・どうしよう」
檻の中で膝をついて子ども達と同じ目線になるとできるだけ驚かせないようにラキは子ども達に話しかけた。
「え~と、こんばんわ。ごめんね、みんなを怖がらせちゃったよね。私はねみんなを助けるためにきたんだけど、戦ってる姿ががちょっと怖かったかな? そりゃそうだよね~私もみんなと同じ立場だったら大声で泣きながら鉄格子の間に体をねじ込んでたよ~。それなのにみんなは泣いたりしないでえらい!とっても偉いよ!」
ラキはたち膝の体勢からその場に座り込んでゆっくりと話を始めた。
「まずは自己紹介をするね。 私の名前はラキ。ラキ・ラウフェーディア・ソートっていうんだ、是非ともラキお姉ちゃんって言ってくれると私はとても嬉しいかな~。ここからずっとずっと遠い所から来ていて今は冒険者をやっているんだ。今日は本当は街の中心街にあるレストランで特上ステーキを食べるつもりだったのに友達が攫われちゃってね~もう予定が狂っちゃったよ!」
他愛もない話をしながら子ども達に微笑みを向けてたラキに最初こそ警戒してた子ども達だったが徐々に落ち着いてきたのかその顔から緊張の色が消えてきてラキの話に聞き入っていた。それからどれくらいの時間がたっただろうか。長いような短いようなそんな時間を忘れるような感覚の中冒険者話を聞かせていった。
「———というわけなの。ひどいでしょう!?私小食なのに食い過ぎっていうのよ!!」
「え~と、さすがにチャーハン10人前は食べ過ぎでは?」
「えええ!!みんなも~!?」
ガーンとショックを受けたラキは、目を見開き、口をぽかんと開けたまま固まり、その一方で、ラキの反応に大爆笑する子どもたちの笑い声が響き渡った。子ども達は思わず腹を抱えて笑い、何人かは手を叩きながら笑っています。ラキは最初は戸惑いながらも、子どもたちの笑いに触発され、笑い出してしまいました。そして、子どもたちが笑いながら近づいてきたのに気がついた。彼らは怖がるどころか、むしろ興奮している様子で、ラキに話を聞かせるようせがんできた。
ラキは少し戸惑いながらも、子どもたちの瞳がキラキラと輝いているのを見て、彼らの警戒心を解いて心を開くことができたことにほっとした。彼らのせがみに応えるために、ラキは笑顔で彼らに近づき、一瞬の間をおいてから話し始めました。
子どもたちは瞳を輝かせながら興味津々で、ラキの口から語られる冒険の物語を熱心に聞きます。彼らはラキの言葉に一つ一つ反応し、時には驚きや笑いをこぼしながら、ラキの話に夢中になっていました。
「いいなぁ~。ぼくもいつか冒険者になってみたいな~」
一人の男の子が憧れるようにつぶやくとラキは満面の笑みを浮かべながら男の子の手を握った。
「なれるよ!努力すれば誰だってなれる。誰でも冒険者になることができるんだよ!そのためにもまずはここをでないとね」
「え?でも逃げたりしたら殺されちゃうよ」
「大丈夫だよ!私がみんなを守るから!だからここからでよう。みんなが自由にこれからの人生を歩めるように私が守って見せる!」
子ども達は自信に満ち溢れたその姿をしばらくじっと見つめたあと互いを見やったがやがて一人また一人と立ち上がって檻の外に出てきた。ラキは子ども達全員の鎖を引きちぎるとたくさんの子ども達を引き連れて元来た道を引き返していった。小屋の外に出たラキは近くの林の中に子ども達を集めるとそこで待つように言った。そしてラキはタギツが入っていった一番大きな廃墟以外の建物を片っ端から見て回った。そこにはどでかい地下からの振動に起き上がった奴隷商の男たちがちょうどたむろしてたので有無も言わさず全員再度お休みしてもらった。
そして驚いたことに攫われた子ども達は地下にいたあの子たちだけではなかったのだ。地上の薄汚れた小屋にも鎖で繋がれた女の子がいたのだ。年齢的にミリアと同じくらいの歳の子だった。どうやら小さな子どもとある程度歳がいった子どもを分けていたようだ。
そして全て他の建物を調べ尽くした結果、敵の奴隷商数十名と10代前半の女の子が数十人見つかった。片っ端から奴隷商を縛り上げて、女の子を助けると林の中にいる子ども達と再度合流した。近隣の村娘や商家の娘等々色んな人たちがいた。先ほど殴り倒した男に奴隷として売るつもりで攫ったのは何人か『教えて』もらったため、残りはミリアだけだった。
女の子達に子ども達の面倒を見てほしいとたのんだラキは林の中からでるとタギツが入っていった廃墟の前に来た。改めてみるとその廃墟は古い教会だった。いたるところがボロボロになっており正直孤児院以上に崩れていた。そんな古びた廃墟に入ろうとラキが進んだ瞬間光り輝く何かが飛んできた。とっさに避けたラキの目の前をかすめるように飛んでいき建物に着弾すると大きな破壊音を立てながらバラバラに崩れ去った。
「おととッ!なんか飛んできた!!」
「・・・・お前は何者だ?」
暗がりの中から出てきた人物はワインレッドの髪にボロボロのローブを羽織っていた。鋭い目つきに凄まじい殺気を放ちながら両手に剣を持ってその場に立っていた。ラキは背中に背負っていたミョルミーベルを握りしめると一気に距離を縮めて振り下ろした。だが、寸前のところで避けられ地面を抉った。そこから数合打ち合った後互いに距離をとり、相手をよく観察した。
「こちらの攻撃を難なくかわし切る反射神経、一呼吸に距離を詰めることができる瞬発力、巨大な大槌を正確に振り下ろす凄まじい筋力。 先ほどの凄まじい轟音から察すするに奴隷商の連中をあらかた撃破してしまったのだろう。おそらくあいつらが勝っていた魔物も撃破済み、であれば少なく見積もっても冒険者の階梯はティア3といったところか。もう一度問う。お前は何者だ?」
「私はラキ! 冒険者をしているものだ。ここには攫われたミリアとついでにほかの子ども達の救出と奴隷商を壊滅させにきたの。さ、私は答えたよ。次はあなたが話す番」
「—メイベル、それが私の名。それよりもこのまま奴隷商たちを捕らえられると、こちらとしても稼ぎ先を一つ失うことになる。悪いけどここでさっさと引き下がってもらえないかな?子ども達も少女達も返してもらうよ。それは売り物なんだ。売りつけて金にしないと私の取り分がもらえなくなるのでね」
「う~んそれは無理かな。子ども達に助けるって約束してるからね。それにあなた達をここで逃がしたらまた罪なき子ども達がどんどん攫われちゃうじゃない。さすがに無知なわたしでもそれくらいはわかるよ?」
「やはり話し合いは不可能・・・か。」
「元からわかっていたことじゃない。私とあなたは敵同士で互いに妥協する気もない。故にケンカで解決するしかない。ならやることはただ一つ」
「そうね。やることはただ一つ」
「あなたを——倒す」
「あなたを——殺す」
二人は互いに対抗心を抱きながら、まったく同じ瞬間にその言葉を口にすると、二人の距離は瞬時に縮まった。足元の地面を固く踏みしめ、両者は手にした武器を振り抜いて、猛烈な勢いで攻撃を仕掛けた。空気が熱くなり、その衝突の瞬間、彼らの武器は一体となって交差した。剣の刃と金属の大槌が鋭くぶつかり、金属同士が激しく擦り合い、火花を飛び散らせながら強烈な衝撃波と爆音を周囲に響かせた。
—————————
時は少し遡ってラキがディアボリカルカブトムシと戦いその振動が地上のこの廃墟にまで響き渡っていたころ。タギツは暗がりの中から出てきてパイプをふかしながら片手に美しいマスケット銃を持っていた。
「一体なんなんだ今の音は!?お前いったい何したんだ!!」
「さぁ?僕は何もしてないよ。偶然僕がここに来た際に偶然にももう一人冒険者がこの場にいて偶然にも地下の奴隷商たちとケンカでもしてるんじゃない?」
「きッきき、貴様ぁあああああああああああああッ!!」
激高したシヴィンはタギツのほうを向くと、懐から一つの瓶を取り出した。瓶には赤黒い液体が入っており、山羊の造詣がされた銀色の蓋がされていた。その蓋を外すと中の液体をためらうことなく嚥下した。次の瞬間シヴィンの身体は膨れ上がっていきそれと同時に体の体組織が変化していった。体の色が紫色に変化していき筋骨隆々の肉体とおよそ人間らしくない大きな山羊の角。血を垂らしたかのような真っ赤な瞳に腕が増えて六本となり、口からは牙を生やし手には鋭い爪、そして尻尾まで生えていた。
その光景に恐怖を感じたのか先ほどまで威勢の良かった部下男たちが悲鳴を上げながら後ずさりながら逃げようとしたが目の前に現れた異形の怪物は男たちを捕まえるとそのまま喰い殺してしまった。その光景を間近で見ていたミリアは恐怖と絶望で声を出せなかった。
「部下を喰ってしまうなんてずいぶんと可愛そうなことするじゃない。手下は大切にしないとダメだぞ」
「フハハハハハハハ!な~に、あんな奴ら後でいくらでも補充できる。むしろこの俺の糧となれたことに感謝してほしいものだな」
「君のその力。おそらく『悪魔の血』だね。悪魔の血を飲むと人間にとてつもない力を与えてくれる。その代わりにその者の自我を奪い去り、人間性を失わせる。僕はそう聞いていたんだけどなんだか自我を保っているみたいだね」
「当然!この俺をそこら辺の雑魚どもと一緒にするでないわ!!」
怪物になり果てたシヴィンは丸太のように太い拳をタギツに向けて振り下ろしたが、それよりも速くタギツは手に持った銀色に光り輝くマスケット銃を撃った。発射された銃弾は吸い込まれるように拳に当たり拳ごと腕を弾き飛ばした。だがシヴィンは気にした様子もなくニヤッっと笑うと、弾き飛ばした腕がみるみるうちに再生していった。その光景にミリアは絶句していたがタギツはいつもの無表情を受けべながら冷静にその光景を見ていた。
「なるほど。悪魔の血を摂取して自身の悪魔化による身体能力の強化と圧倒的再生能力の獲得。君が自信満々なのも頷けるよ。素晴らしく面倒だ」
「お褒めに預かり光栄だ。お礼にミンチにしてやるから命乞いでもしたらどうだ?」
「速攻で終わらせようと思ったけどこれは時間がかかりそうだ。あ~めんどい」
愚痴りながらタギツはシヴィンの攻撃に合わせて次々と銃弾を撃ち込んでいったが、腕を吹き飛ばしても腹に当ててもすぐに回復されてしまう。そして返す刀で拳を撃ち込み、それに対してタギツは物体を移動させる魔術を使って車椅子ごと攻撃を避け、その隙に何発も銃弾を撃ち込むタギツにシヴィンは嘲笑を浮かべた。
「無駄だ!いくら弾を撃ち込もうともいくらでも回復できる!お前にこの俺を倒すことはできない!!」
「それはどうかな?知ってる?悪魔の血による回復力は確かに凄まじいけど完全なものじゃない。ある一定まで攻撃を受けるとそこから先には回復が遅くなり、やがて回復できなくなる」
「もちろん知ってるとも。だがそれは貴様の銃弾を1000発喰らっても限界などこない。そして限界が来る前に貴様を殺してしまえばいいだけのこと」
「なるほど、だから僕に勝つことができると。そんなに自信があるならこのくらいの攻撃余裕で耐えれるよね?」
タギツが構えたマスケット銃から次の銃弾が一発放たれ、それはきれいにシヴィンの足に命中した。撃ち抜かれた足は見る見るうちに治っていき先ほどのまでの攻撃がまるでなかったかのように完全に治っていった。
「ああ?何やってやがるんだ。今更そんなのが効くと思ってんのかよ」
シヴィンが見下したように一歩踏み出した瞬間、その場に倒れこんだ。一瞬何が起こったかわからないそんな表情をしてたシヴィンだが、すぐに異変に気が付いた。
「あ、足が。動かねえ!?」
「ご明察。この弾丸はね。本来魔物を生け捕りにしたりするために使う行動阻害弾なんだけどね。これにはこんな使い方もあるんだよ。例えば不死身気取りの人間崩れの動きを止めるとかね。まあ一時的に行動不能にするくらいしかできないけどね」
その言葉にシヴィンはぞっとした。不死身とまではいかなくともここまで強い力をもってすれば大抵の相手には勝てると踏んでいたからだ。ましてや目の前の少女に負けるとは考えもしなかった。いや、直感では感じ取っていた。孤児院で対面した時ただの少女にしか見えないのに胸がざわつく様なそんな感覚はあったのだ。だが気のせいだと無意識に思い込むようにしていた。だが蓋を開けてみればどうだ。怪物になってより人間よりも生存本能が敏感になったせいか今ならよくわかる。
気のせいじゃない。こいつはヤバい!
「ぐぉおおおおおおおおおお!!」
必死に足を動かそうとするシヴィンに対してタギツは更に数発銃弾を撃ち込んだ。その全てが行動阻害の弾丸であり弾を受けたところの腕や足はまるで自分の身体ではないかのように動かなくなった。全身から冷や汗が噴き出し、動悸が早くなっていくのを感じたシヴィンはもはやなりふり構わず口を開くとありったけの魔力をため込むとタギツめがけて撃ち込んだ。
光の奔流はタギツを飲み込むように飛んでいくとその後ろにあった廃墟の壁すらも吹き飛ばしてしまい、地面は大きくえぐれ光が取り過ぎた後には何も残っていなかった。
「はっはははは!生意気な口叩く割にはあっけなかったな。やはりこの俺の敵ではなかったということだな。さて、では続きを・・・・え」
振り返ったシヴィンの目の前にいたのはミリアの鎖を全部破壊して彼女の傷を魔術で直しているタギツの姿だった。先ほどまで確かに目の前にいたのにも関わらず、いつの間にか真後ろのミリアの前にいたのだ。しかもミリアはそのことに驚きもせずむしろ怪訝な表情でシヴィンを見ていた。そのことにイラつきながらシヴィンは再度口から光線を放とうとしたが、視界がいきなりぐらつきだした。何がい起きたのかわからぬまま倒れこんだシヴィンは平衡感覚と意識の鮮明さが失われた状態でタギツの顔を見た。
先ほどまでは閉じられていた双眸がはっきりと開かれ、血を垂らしたかのような真っ赤な瞳がシヴィンを見ていた。己の魂までも凍りついてしまいそうな威圧感と言いようのない悍ましさにシヴィンはようやく本能的な恐怖心と自身が喧嘩を売ってはならない相手だったことを悟った。
「君は確かに厄介なほど再生能力があるみたいだけどそれって結局のところ死ににくいというだけのことでしかない。だったらそもそも殺さずに行動不能に陥らせればいいだけのこと」
「な、なにを言って・・・・・」
いやがると最後まで言い切る前に体に異変が起こった。それは倒れた状態から一切動くことができないでいたのだ。まるで首から下が石にでもなったかのような——まさか!?
「ようやく気がついたようだね。そうだよ。最初に君に撃ち込んだのは行動阻害弾だけどその後に撃ち込んだのは石化弾だよ。まんまと引っかかってくれてどうもありがと」
「な、何故だ。確かに貴様のことを吹き飛ばしたはず」
「それは君がそう思い込んでいるだけ。そういう幻覚を見せたんだからね。ああ、ついでに説明しておくとわざと嘘をついたのはそういわないと君焦ってくれなさそうだったかだよ。石化弾はどうしても効果が発揮されるまでタイムラグがあるからね。特に魔力を膨大に持っている存在に対してはね。だから行動阻害弾を最初に撃ち込んで動けなくしてから石化弾を撃ち込んでやれば後はただ黙ってみてればいいだけ」
構えたマスケット銃を下ろしてしまうと、瞳を閉じて微笑みを浮かべているタギツという少女にシヴィンはもう一度口から光線を撃とうとしたが、もうすでに魔力が尽きておりむなしく空を切るだけだった。徐々に体は灰色に変わっていくシヴィンは絶望と後悔の表情を浮かべながら目の前の少女を見やった。どこまでも普通の子どもにしか見えないタギツのその内側に秘めている恐ろしい何かを感じながら。
それから数分後、完全に石像と化したシヴィンをミリアは眉をひそめながら見下ろした。自分を売り飛ばそうとした貴族のあっけない最後に多少の物足りなさを感じつつもこれで自分自身も孤児院もひとまずは安全であることに安堵していた。そんなミリアを見やりながらタギツは廃墟の外から響き渡っていた音に耳を傾けた。どうやらラキがまた戦っているようだった。
「あの! ・・・その、ありがとう。もうダメだと思った」
「それは全てが解決してから言って。まだラキが外で戦っている」
そういうとタギツは目からこぼれた血を手の甲で拭うと車椅子を廃墟の外に進めていき、その後を追うように疲れ切った体に鞭をうってミリアも続いた。廃墟の外ではそれはそれは圧巻の戦いを繰り広げていた。ラキは手にした黄金の大槌ミョルミーベルを物凄い速さで繰り出し、それを相手のワインレッドの髪の女の人が双剣でいなしながらラキにうちこんでいた。ラキもそれをうまく受け止め、押し戻し、時に体術を使いながら殴る蹴るも混ぜて戦っていた。ラキの身体には細かい切り傷が入っており、額からは血が流れていた。
圧倒的な耐久性を誇るラキがボロボロだったのだ。明らかに尋常ではない戦いが繰り広げられ、辺り一面がクレーターだらけになっておりそれだけでその戦闘の凄まじさを物語っていた。ラキ自身も息切れを起こしており明らかに苦しそうにしていた。だがその瞳は爛々と輝いており今なお戦意は漲っており、口からは笑みがこぼれていた。だが——
「まずい。ラキが魔力切れ起こしそうになっている。あれはラキと相性悪いかもしれない」
タギツはそういうと車椅子をゆっくりと進め、ラキの横に並んだ。息も絶え絶えのラキは額の血と汗を服の袖で拭うとにんまり笑顔でタギツの方を見ながら言った。
「ここまで強い人は初めてかもしれない!楽しくて仕方ない!!あーでもヤバい死ぬかも魔力がヤバい。全身が震えだしてきていて正直あと数分遅かったら死んでたかもしれないわ~」
「かもしれないわじゃない。僕いつも言ってるよね?死ぬまで戦うな死にそうになったら逃げろって」
凄まじい圧を感じたラキは目を逸らしながら引きつった笑みを浮かべながら逃げようとしたがいつの間にかがっちり手を握られていた。というか物凄い力で握りつぶそうとしていた。必死に手を振りほどこうとするが全くびくともせずむしろ握る力を強めていった。
「痛い痛い!ターちゃん手が!手が壊れる!手が潰れちゃうから!!ごめん!ごめんって!反省してます!今後調子に乗って魔力使いすぎて死にそうになったりしませんから!!本当に反省してますからぁあああ!!」
のたうち回っているラキに対してため息をついたタギツは手をはなすと今度は両手でラキの顔を引き寄せて、心配そうに言った。
「魔力まだ持ちそう?もうちょっとだけ待てる?」
「今すぐ尽きることはないから大丈夫だよ」
「わかった。ちょっと待ってて。 ——10秒で終わらせる」
ラキの顔から手を離したタギツは一人前に進み目の前の女の方を向いた。ワインレッドの髪を揺らしながら息も切らさず涼しい顔をしていたが、タギツが前に出てきたことに怪訝な表情をしていた。それもそうだろういきなり現れた車椅子に乗った少女が自分のことを10秒で終わらせると言い出したら何を言い出しているのかと普通にはなる。
「お前はなんだ?そこのラキというやつより圧倒的に弱そうに見えるのに纏う気配が異常だ。何なのだお前は」
「僕はタギツ。冒険者をしている者だ。悪いけど時間を掛けられそうにないから、君のこと瞬殺させてもらう。だからその前に聞いておく、君の名前は?」
「・・・・メイベル。それが私の名前」
「その名を覚えておくよ。さて、・・・殺すか」
ゆっくりと深呼吸したタギツの纏う空気が一瞬にして変わり、その瞬間風の音も、木々の音も消えシーンと静まり返った。
【ツクヨミ】
次の瞬間、凄まじい魔力の奔流が迸り、街はおろか天まで飲み込むかと思うほどの圧倒的な魔力が空間を支配していた。それと同時にタギツの銀色に輝く髪が毛先が高温に熱した鉄のように赤く光り輝き、開かれた双眸は普段の真っ赤な瞳が虹色の輝きを放っていた。
状況自体はいたって単純にして不思議なことはない。魔力を持つものは無意識にごく微量の魔力を周囲に放出してしまうものだ。だがそれは専用の魔道具を用いないと検知することができないほどの本当に微量なのだ。
だがタギツから出ているそれはおよそ人間が出すような量の魔力ではなかった。あまりにも規格外すぎる量の魔力をあたり一帯に放出していたのだ。しかもこれは無意識下に放出してしまったごく微量の魔力である。そう、この出鱈目な量の魔力の放出でごく微量なのだ。
膨大な魔力を放つタギツはラキの顔を再度両手で包み込むように引き寄せそっと唇を重ねた。次の瞬間先ほどまで全身がズタボロになっていたラキの傷が全て癒え、長い髪の毛がまぶしく光り輝いてた。口づけによる魔力の受け渡しをものの数秒で終わらせたタギツはラキに少し離れているように言うと更に放出している魔力の出力を上げた。
余りにも魔力が濃すぎて魔力の圧のみで後ろにいたミリアが見えない壁に押されているかのように下がっていった。目の前にいるイルカイもそのバカバカしいほどの魔力の圧に圧倒されていた。だがそんなことはことはお構いなしにタギツは片手を前に突き出すとたった一言
「超級魔術:【崩絶】」
ただ一言、タギツの詠唱によりイルカイを中心とした半径100mほどの範囲にオレンジ色に輝く魔方陣が何層にもなって浮かび上がり神話の一節に出てきそうな神秘的な光景をつくりだし、魔術が起動した瞬間まるで昼間のように感じるほど視界が白一色に包まれ、光の柱をつくった。その光景は遠くからでも視認できるほど空高く伸び天を貫いた。
後にこったのは今までの戦闘の痕跡が児戯に感じるほど巨大なクレーターだった。穴の底が見えないほど地面が抉れ本来そこにあるはずの土も草も何もかもが綺麗さっぱり分解され消し飛んでいた。
【解除】
タギツがギフトを解くと同時に圧迫するかのような強烈な魔力の圧力が嘘みたいにフッと消え去り、髪の毛の色も元に戻り、ゆっくりと瞳を閉じたタギツは大きく息を吐くと車椅子にもたれ掛かるように天を仰いだ。
「・・・・・・経過時間12秒。2秒オーバーした」
「お疲れ様。あ~やっぱりターちゃんのギフトは規格外すぎるよ!」
「いつも言ってるでしょうラキ。僕のギフトは代償も規格外なんだって」
二人で話をしている所に、厳かな表情を浮かべながら、戦々恐々と歩みを進めるミリアが後ろから忍び寄ってきた。彼女は顔に不安と緊張が滲み出し、目には圧倒的な実力の差に対する戸惑いがにじんでいた。彼女の手は少し震えており、身体全体が緊張に包まれているように見えた。聞くべきかどうか心の中で迷いながらも意を決して声をかけた。
「タギツ・・さん。あの圧倒的な力は何なんですか?あれがタギツさんのギフト・・・なんですか?」
緊張の色を含んだ声色のミリアに対してタギツは懐から取り出したパイプをふかしながらいつも通りの落ち着いた表情で答えた。
「そうだよ。アレが僕のギフト【ツクヨミ】だよ」
「やっぱりそうなんだね。でもじゃあどうしてさっき廃墟の中で使わなかったの?」
「・・・言ってもいいけど誰にも言わないでよ?僕のギフトは確かにほぼ最強と呼べる代物だけど代償がでかすぎるから普段は使えないんだよ。今回は相手がラキよりも強かったし、ラキが魔力尽きかけていて早く魔力を補給させないと命が危なかったから。それにラキを殺そうとした奴生かしておけないじゃない?」
「—ひッ」
どす黒い殺気を放ち氷のように冷たい威圧感が漂っているタギツに、ミリアは驚きと恐怖に襲われ、声を抑えきれずに小さな悲鳴が漏れた。彼女の額には冷や汗が滲み、心臓がどきりと高鳴った。
「もう、ターちゃん。ミリアちゃんを怖がらせちゃダメだよ?」
「怖がらせてない。別にそこまで怖がらなくても・・・」
不服そうに頬を膨らませるタギツに対してラキは笑顔でミリアの方を向くと優しく抱き寄せた。
「助けに来るのが遅くなってごめんね。もう大丈夫だから安心してミリアちゃん」
ラキは優しく背中をさすってくれると、彼女の緊張が限界に達したのか、その場にへたり込みながら声を出して泣き始めました。彼女の涙は頬を伝い、小さな呻き声と共に空気中に溶け込んでいった。ラキはミリアの苦しみを理解し、泣き止むまでずっと彼女を抱きしめました。ラキの胸に頭を預け、彼女はその温もりと存在感に包まれながら、ゆっくりと泣き止んでいった。
—————
その後、この街の領主が抱える騎士団の騎士と冒険者ギルドに詰めてた冒険者たちがこの場所にやってきてその凄まじい戦闘の痕跡に絶句していた。だがラキとタギツが奴隷商に攫われたミリアを助けに来たついでにまとめて奴隷商自体を叩き潰して子ども達を救出したことを伝えると騎士たちは奴隷商の男たちを引き取り連行していった。冒険者たちはギルドマスターに状況を報告するとギルド総出で周辺の廃墟を捜索。周辺の建物に分散していた少数の奴隷商たちを捕縛。残りの子ども達を救出した。
その後、冒険者ギルドのギルドマスターと街の領主がタギツの手によって討伐されたシヴィンの屋敷に突入し、証拠となる資料を押収。更にシヴィンに同調して利権をむさぼっていた貴族たちも相次いで捕縛と相成った。
—————
それから3日後、奴隷商に捕らえられていた子ども達を一時的に受け入れている孤児院は今までにないほど大量の子ども達で引きめき合っていた。孤児院のボロボロの建物の中には今までの2倍以上の子ども達がいるため、部屋が足りていなかったが噂を聞きつけた街の人々が孤児院の敷地内に新しい建物を建ててくれたのだ。
ちなみに建設に必要な資材やその建物の中に入れる家具一式や新しく連れてきた子ども達の衣食住の費用は奴隷商たちが使っていた建物にあった大量金貨を使わせてもらった。シヴィンがいなくなったためお金を払う必要もなく今まで放送で稼いだお金に加えて奴隷商がため込んだお金が入り、孤児院の運営がとてつもなく改善した。
「・・・すごい。ここまで子ども達で埋め尽くされた孤児院なんて見たことなんだけど。なにこれ」
「え~賑やかでいいじゃない!私も毎日子ども達の遊び相手をしていてとても楽しいよ!!」
うんざりした様子のタギツに対してラキは子ども達を大量に引き連れて庭を走り回っていた。他にもとらえられていた少女たちが洗濯や料理を行っており、孤児院は空前絶後の大家族となっていた。
「そゆのラキに任せる。僕はもうやること終わったから休むよ。あとよろしく~」
そういうとタギツはラキが持ってきたキャビンの中に乗り込んでパイプに火を入れふかしながら本を読み始めた。ラキは小声でお疲れさまと呟くと再度子ども達の遊び相手になった。攫われた子ども達の中で帰る場所のある者たちはこの街の領主が責任をもってそれぞれの故郷に返してくれるそうだ。更に今回の件を解決してくれたばかりか魔導波ラジオの技術を普及させてくれたとしてラキとタギツに褒賞が与えられた。
他にも冒険者ギルドとしても今回の件は重く受け止められており、今後はより一層街の人々と連携して新しく街に導入された魔導波ラジオの特性を利用して犯罪者が現れた際には魔導波による通信で連携し効率よく犯罪者を検挙していくことになった。
そして今日、ラキとタギツの二人が街を出ることになった。もともとここまで長居するつもりがなかったためすぐに旅に戻らないといけないのだ。その日一日朝から晩までラキと遊んでいた子ども達はそれはそれはもう旅に出ると知らされるや泣いて「いかないで」とせがまれてしまった。ラキは泣きじゃくる子ども達を宥めながらお見送りに来てくれた院長とミリアに別れの挨拶をした。
「それじゃあもう行きますね。いままでお世話になりました!」
「いいえ!こちらこそ何から何まで本当にありがとうございました。おかげで子ども達の未来を守ることができました」
そう言って、深々と頭を下げる院長の姿があった。長い間、彼女は心配や不安の中で気が気ではない日々を過ごしてきたはずだ。しかし、彼女は一言も文句を言わずに、本当によくやってくれた。その思いに、心から感謝の気持ちが溢れる。
院長にそう伝えると、再度深々とお辞儀をした。
そしてラキは何かを言いたそうにしているミリアの姿を目にした。ミリアの表情からは、言葉にならない感謝の気持ちや思いが伝わってきた。彼女も同じく、辛い日々を過ごしてきたのだろう。しかし、彼女はそれを乗り越えてきた。その強さや忍耐力に対して、ラキは心から感謝しているのだろう。彼女の目からは、深い感謝の言葉が伝わってくるようだった。
「最後の別れの挨拶が言いたいんですね。ちょっと待っててください!」
ラキはキャビンの中に入ると本を読みながらぐうたらしてたタギツを車椅子に乗せて抗議の声を無視してそのまま外に出てきた。
「僕は別に別れの挨拶とかいいから!」
「そんなこと言って照れてないでホラ。ミリアちゃんにお別れの挨拶を言ってあげて!」
そういいながらタギツの乗っている車椅子をミリアの前にグイっと持って行った。気まずそうに沈黙する二人だったが意を決してミリアが言葉を紡いだ。
「タギツさん!本当にありがとうございました。あなたがいなければ私はここにはいません。感謝してもしきれません」
「いいよ別に。領主から報酬を受け取れたんだからな。僕としては仕事をしたまでだ」
「たとえそうであっても、救われた事実は変わりません。—私決めました。この孤児院をこれからも守っていくためにお二人のように守りたいものを守れるような、そんな立派な冒険者になります。まあ、孤児院の方も見なきゃなのでそこまで活発に活動することはできませんが、新しく来てくれた子たちに子ども達の世話をしてもらうことになると思うのでこれまで以上にたくさん修行できると思います」
「そう。君がそれを望んでいるのなら自分の信じる道を進むといいよ。それじゃあ餞別代わりに一つ。君はこれからも大変な日々を送り時には自分でもどうしたらいいかわからなくなるときがある。そんなときは自分の信じる道を進むんだ。世間体や世の中の常識なんて当てにしないこと。結局最後の最後自分を守ってくれるのは自分だからね。それでもどうにもならなくなったら・・・その時は僕を呼んで。これも何かの縁だから助けるよ」
そういうと気恥ずかしそうにプイッとそっぽを向いたタギツは車椅子を転がしてキャビンの中に引っ込んだ。その後、お別れを済ませたラキがキャビンを引っ張りその後ろ姿をたくさんの子ども達が手を振って見送った。予想外に長くとどまってしまったが二人は旅人。これからも旅を続ける。
余談だが、数年後、この街に魔物の群れが襲いかかり冒険者や騎士団の騎士たちが必死に戦いを挑んだが状況が拮抗し打開策が見つからなかったとき、ミリアという少女がいままで見たことないような召喚術を披露し、魔物の群れをことごとく壊滅して街を守り切った。そしてその功績からティア1の冒険者となり『軍勢召喚のミリア』と呼ばれる街の守護者となるのだが、それまだ先のおはなし。
おしまい