表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人ぼっちの旅日記  作者: きりん
18/20

黎明の国の魔法少女たち 第三篇

 翌日、ディアボロスの拠点に戻ったアステリアは、開口一番「あわわわわっ!!」と取り乱していた。額に汗を浮かべ、髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしりながら、行ったり来たり、机の前をうろうろしている。


「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・!」


 その背後で、タギツは木製の車椅子に腰かけ、机に資料を並べながら平然とお茶を啜っていた。


「少し落ち着いたらどうかな」


「落ち着けるわけないでしょぉ!? タギツさん、あなた、指・名・手・配! 指名手配されてるんですよ!? 街では魔法少女達があなたのこと血眼になって探し回ってますよ!? 罪状は“魔法少女殺し”!! 見たよ!? 街中に貼られてた手配書! あなたの顔、すっごく凛々しく写ってたけど、問題はそこじゃなくて!!」


 バンッと机に両手をついて詰め寄るアステリア。タギツは眉ひとつ動かさず、お茶を一口。


「そりゃあ、手配されるだろうね。はたから見たら僕のやったことは魔法少女殺しに見えるわけだし」


「な、なんでそんなに冷静なんですかっ!? どうして、あの魔法少女を殺したことがバレてるの!? あそこには私たちしかいなかったはずでしょ!? まさか・・・あの場に別の誰かがいたの!?」


「落ち着きなって。おそらく、あの白い魔法少女──“彼女”そのものが通信媒体だったんだよ。視覚、聴覚、その全てが遠隔で共有されるように作られてた。つまり、彼女が見聞きしたことは、最初から誰かに筒抜けだったってわけ」


「そんな・・・! 通信って・・・それ、人間じゃないですよね!? っていうか、倫理観どこ行ったんですか!? そんなのもはやただの人間兵器じゃないですか!!」


「そもそも“死体を動かしてる”時点で、倫理とかいう概念は投げ捨てられてると思うけど」


「え・・・ええっ!? し、死体!?」


 アステリアは硬直し、口をパクパクとさせながらタギツを見た。


「・・・昨日の白い魔法少女。あれ、もう生きてなかったよ。心音も、体温も、魔力の波長もない。おおかたマギアシステムに繋がれた魔法少女で死んだ者を再利用するために動かしていたんだろうね。覚醒者の戦闘能力を利用しつつ一切不平不満を言わずにただ命令を実行するまさに人間兵器としてね」


「・・・そんなの・・・そんなのって、あんまりだよ・・・!」


 アステリアはその場にぺたりとへたり込み顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。あの時自分を追いかけてきていた魔法少女はすでに死んでいた・・・その事実にアステリアは俯き、拳をぎゅっと握りしめた。目を伏せたまま、震える声を吐き出す。


「じゃあ、あの子は・・・もうとっくに死んでたのに、それでも・・・ずっと、戦わされてたの・・・? 意思もないまま、命令されるままに、私を・・・」


「まあ、そういうことになるね。死んでしまったものはどうすることもできないけど、まだ生きてる魔法少女は助け出すことができる。幸い情報はある程度は揃ってるから近日中に襲撃をかけるといいよ」


「うん、わかったわ。ディアボロスの他のメンバーにも話をしておくわ。タギツさんには悪いけれどそれまでこの拠点に潜伏していてほしいの。拠点の外は多分魔法少女とか監視用の魔道具がそこら中にあると思うから出て行ったら多分見つかるかもしれない」


 タギツはいつもの無表情で、涼しい顔のままカップを傾けながらさらりと言った。


「アステリアじゃないから、そんなヘマはしないよ」


「ちょっと待ったァァ!!」


 アステリアが全力で立ち上がり、机をバンッと叩いて抗議する。


「私だって別に、いつもヘマしてるわけじゃないからね!? 今たまたま! たまたまタイミングが悪かっただけで!」


「ふーん」


 タギツは一度だけ目を上げて見たが、すぐに書類へ視線を戻す。興味がなさそうでいて、ちょっと口元がにやけているのがまたムカつく。


「あと昨日もね、逃げ切ったと思った直後に扉が開いて白い魔法少女がゆっくり出てきたとき怖くて怖くて思わず“来ないで!”って言っていたのばっちり聞こえてたよ?」


「そりゃあ言うに決まってるでしょ!? あんな死んだ目してどこまでも追っかけてきたら普通ビビるでしょ!? 私だって人間なんだから!」


「今にも消えちゃいそうな震えるか細い声が可愛かったから記録に残しておけばよかったかな」


「やめてぇぇえ!!」


 アステリアは両手で顔を覆って、ばたばたとその場で足踏みした。


「もう・・・あーもう! いろいろひどい! タギツさんって、静かでクールかと思ったらたまに性格悪いよね!?」


「言われ慣れてるよ」


「そこもムカつくっ!」


 しばらくわちゃわちゃしていたが、やがてアステリアはふぅと息をついて腰を落ち着ける。


「・・・でも、ありがとう。本当に、助けてくれて」


「別にいいよ。君が騒ぐ姿、案外見てて飽きないし」


「それ褒めてないですよね!? ねぇ!?」


 ツッコミと突っ込み返しが飛び交う小さな拠点の作戦室。その空気は、明らかに重苦しい戦場の緊張とは別物で、どこかほんのりと、あたたかかった。






 ―――――





■ ミレイ&アナスタシア 


 魔法学園の中庭に、穏やかな午後の日差しが差し込んでいた。石畳に座ったアナスタシアとミレイは、風に揺れる制服のスカートを押さえながら、視線を落としたまま黙っていた。


 あの戦場から帰ってきたのは奇跡だった。けれど、それを喜ぶには静かすぎた。


 帰還後、多くの生徒が自ら退学届を提出し、学園を去っていった。まだ制服のまま街へと出ていったあの背中の列を、アナスタシアもミレイも、ただ黙って見送ることしかできなかった。


「・・・寂しいですわね」


 アナスタシアがぽつりと呟いた。声には普段の凛とした気品ではなく、遠くを見るような憂いが滲んでいた。


「・・・うん。正直、気持ちはわかるんだ。あそこは・・・生きるために、心を捨てなきゃならない場所だった」


 ミレイが自分の手を握りしめる。回復魔法しか使えない自分が、本当にあの場で何かできていたのか。いくら周囲に励まされても、心のどこかにずっと引っかかっていた。


 アナスタシアもまた、レイナ・ヴァルグレイス団長からスカウトを受けていた。だが、貴族の令嬢としての未来と、戦う魔法少女としての覚悟。その間で揺れていた。


「卒業までまだ時間があるし、ゆっくり考えてって言われたけど・・・」


「時間があるからって、答えが出るとは限らないよね」


 二人の間に、再び静けさが流れる。


 だが、次の瞬間、その静けさは打ち砕かれた。


「アナスタシア嬢、ミレイ嬢。あなた方を、重要参考人として連行します」


 唐突な声に、二人は顔を上げた。そこに立っていたのは、マギア統制省のエンブレムを肩章につけた魔法少女だった。制服は深い群青色で、無機質な表情が逆に異様な威圧感を放っている。


「・・・は?」


 ぽかんと口を開けたアナスタシアが、聞き返す前に、魔法少女は淡々と告げた。


「容疑者、タギツ・ツクヨが魔法少女殺しの容疑で指名手配されています。あなた方はその重要参考人として、聴取のために同行していただきます」


「は、はぁあああっ!? ま、まってくださいませ!? なにを仰ってますの!? タギツさんが、“魔法少女殺し”? そんな、そんなの、あるわけありませんでしょう!?」


「ぜ、絶対に間違ってますよそれ! タギツさんが人を殺すなんて・・・そんなの・・・信じられない・・・!」


 ミレイも、アナスタシアも、明らかに動揺していた。突然の言葉に頭が追いつかない。まるで自分たちだけ別の現実に飛ばされたかのようだった。


「落ち着いてください。これは正式な命令です。抵抗するならば、拘束処置を取ります」


 そう告げると同時に、群青色の制服を着た魔法少女たちは素早く動いた。抵抗する間もなく、二人の手首に魔力錠を掛けられ足にも錠を掛けられて更に魔力の鎖を巻かれて拘束された。


「ちょ、ちょっと・・・! な、何するんですの!? 私たちは何もしてませんわ!」


「お、お願いです、待ってください・・・っ、私たち、本当に、なにも・・・!」


 学園の静かな中庭に響く、混乱した声。誰もが目を見開き、遠巻きに様子をうかがっていたが、魔法少女達の無表情は何も語らないまま、二人をそのまま連行していった。


 日差しの下、制服のリボンが風に揺れていた。


 薄暗い地下通路を、重たい足取りで進む二人の少女。アナスタシア・ド・ヴァルミエールとミレイ・フォードは、今なお信じられないというように、互いに顔を見合わせながら、黙って歩かされていた。


「どうして・・・こんなことに・・・」


 ミレイの小さな声が震える。その隣で、アナスタシアは拳をぎゅっと握りしめたまま、声を上げた。


「一体なぜ、わたくしたちのようなただの学生を、捕らえる必要があるのですか!?」


 先導していた魔法少女──国家魔法少女統制団の群青色の制服の少女は、立ち止まりもせず、冷たく言い放った。


「先ほども言ったが昨日未明、路地裏で“白い魔法少女”の遺体が発見された。魔力残留反応を検出したところ、タギツ・ツクヨの魔力と一致。現在、彼女は“魔法少女殺し”の罪で指名手配中だ」


「嘘よ! そんなの絶対に何かの間違いですわ! タギツさんがそんなこと、するはずありません!」


 アナスタシアの抗議にも、魔法少女の口調は変わらない。まるで感情の起伏そのものが削ぎ落とされているようだった。


「あなたたちは、魔法学園でも魔物との戦いの前線でも彼女と行動を共にしていた。まして、件の魔法少女が死亡した時間帯、タギツと接触していた可能性が高い。共犯、または何らかの関与があると考えるのは当然だ」


「わたくしたちはその場にすらいなかったんですのよ! タギツさんがどこで何をしていたかなんて、知りようがないではなりませんの!」


「いきなり捕まえて、尋問もなく、幽閉するなんておかしいですっ!」


 ミレイが叫ぶ。だが、歩みは止まらず、扉がひとつ開かれ、冷たい空気が中から漏れ出した。無機質な、白い壁だけの部屋。まるで“牢獄”だった。


「魔法少女殺しの共犯である可能性を排除できない限り、あなたたちをそのまま野に放つわけにはいかない。タギツ・ツクヨが見つかるまで、ここで待ってもらう」


「納得できませんわこんなの!!」


「ちょ、ちょっと待ってください! そんなのおかしいですってば!!」


 二人の声は廊下に響いたが、冷たい石壁と無表情な魔法少女たちは、それに応じることはなかった。返ってきたのは、鉄製の扉が閉まる無慈悲な音だけだった。


 連れていかれたのは、それぞれ別々の小さな隔離房だった。冷たく白い無機質な部屋。天井からは魔力抑制用の結界光が淡く降り注ぎ、空気すら魔力を吸い取るような重さを持っていた。


 部屋の中央に刻まれた魔方陣が仄かに光を帯び始めると、アナスタシアとミレイは何が起きたかを理解する前に、足元がぴたりと固定された。


「なっ・・・!? ちょっと・・・!」


 足元から魔力を帯びた光の鎖が勢いよく立ち上がり、蛇のような動きで絡みつくように少女たちの手足へと這い上がる。二人の少女の柔肌をしっかりと捉え、まるで機械のような正確さで引っ張り上げる。身体は引き伸ばされ、無理な姿勢のまま固定される。両手は頭上へと持ち上げられ、天井から吊り下げられるように引かれ、足元は床の魔法陣によって真下へと強制的に押さえ込まれる。


 ギィ、と鈍い音を立てて壁からせり出した金属製の拘束具が、ゆっくりと少女たちの背後から迫り、背中を強く圧迫するように押しつける。ちょうど手足の部分に光の錠前が付いており、空気が震える一拍ののち、手首と足首に嵌められた光の錠前が、パチン、と乾いた音を立てて閉じた。


 魔力の鼓動が一瞬で静まり返り、まるで空気そのものが魔法の使用を拒絶しているかのような重苦しい沈黙が隔離室を支配した。

光の鎖と錠前に縛られた少女たちは、抗うこともできず、大の字に磔にされたまま宙に晒されていた。


「なんですのこれは・・・! 理不尽にも程がありますわ!」


 その声には確かな気品と怒気が混ざり、冷えきった空間の中に鋭く響く。しかし返答はない。代わりに応じるのは、魔力鎖が軋む無機質な音だけだった。


彼女の両手は頭上に、両足は真下へと引き伸ばされ、磔刑のように空中で固定されている。金色に光る鎖は、魔力の波動を帯びており、ただの金属ではないことが一目で分かる。鎖の一つ一つが生きているかのようにうねり、アナスタシアが少しでも動こうとすると即座に締め付けてくる。


必死に身をよじり足をばたつかせようとする。だが、鎖はまるで鋼鉄の意志を持っているかのように一切の逃れを許さない。肘と膝には圧力がかかり、関節にじわじわと痛みが滲み始めていた。


(ならせめて、マギアシステムを・・・)


アナスタシアは心の中で静かに詠唱の始まりを思い描いた。魔力の回路を辿り、マギアシステムへのリンクを試みる──だが、何も繋がらない。


まるで誰かが魔力の線を全て切り落としたかのように、リンクは遮断されていた。


「・・・・・・!」


 胸の奥で焦燥が膨れ上がる。これほど明確な孤立感は初めてだった。彼女の背筋を、静かな絶望がゆっくりと這い上がっていった。動けず、叫びも届かず、魔力も封じられたこの空間で、ただ拘束されるしかない。その現実が、アナスタシアの中の誇りを少しずつ削り始めていた。


「出して・・・出してください・・・お願いです、こんなの、間違ってます・・・!」


  かすれた声が静寂を裂いた。ミレイの目元には涙の跡が光り、細い肩が震えていた。声を出すだけでも苦しいのか、喉の奥から漏れるのは懇願というより嗚咽に近い。だが、返ってくる声はなかった。


 部屋の外に気配はない。分厚い鉄製の扉の向こうには、誰も立っていないかのような静けさが広がっている。ただひたすらに、彼女の言葉は無反応な壁に吸い込まれていくだけだった。


 拘束されたミレイの体は、磔の姿勢のまま宙に浮いている。手首と足首を固定した魔力の鎖が、わずかに軋む音を立てながら彼女の動きを許さない。肌の色は徐々に青白くなり、血流の滞りが長時間の拘束を物語っていた。


 白く冷たい光だけが、部屋の天井から降り注いでいたがその光は暖かさのかけらもなく、ただ対象をあぶり出すように、少女たちの細かな表情すらもくっきりと浮かび上がらせていた。


 その隣、同じように拘束されたアナスタシアも目を閉じたまま、何も言わずに耐えている。もはや気高くあろうとする気力もすり減り、唇はかすかに震え、胸元が浅い呼吸を繰り返していた。


 静寂の中に響くのは、呼吸音と鎖の軋む音だけだった。






 ―――――






■ ラキ&アリエル


 最前線の訓練場──大地が抉れ、空気が震える。

 要塞の裏手に設けられた魔法少女専用の模擬戦区域では、砂埃の中で金髪と黒髪の二人がぶつかり合っていた。


「おりゃりゃりゃ、そっちのフェイントは見切ったー!」


 豪快に笑いながら、ラキがアリエルの蹴りを回避し、背後へと回り込む。


「さすがは私のライバル、いい動きですねぇ♪」


 アリエルは口元に微笑を浮かべ、すかさず跳躍しながら反撃の回し蹴りを繰り出す。二人の模擬戦はいつも通り激しく、そして生き生きしていた。


 ──そこへ、制服姿の魔法少女たちが数名、慌ただしく現れる。

 胸元には、国家魔法少女統制団の徽章。


「ラキ、アリエル=セレスティア! あなた達を、指名手配犯であるタギツ・ツクヨとの関係において、重要参考人として拘束します!」

 リーダー格の魔法少女が声を張り上げるが──


「ふーん、そうなんだ」



「まぁ、そんなこともあるよね」

 二人は戦いの手を止めるどころか、軽く流して模擬戦を続行。


「なっ・・・聞いてるのか!?」


「そちらに拒否権はありません! 拘束魔法、展開!」


 魔法陣が展開され、無数の拘束鎖がラキとアリエルに迫る──が、


「邪魔!」


 ラキの一言とともに、拳が飛ぶ。ごおっという風切音と共にリーダー格の魔法少女が拘束鎖ごと吹っ飛び、地面にめり込んだ。


「さっきからうるさいです!」


 アリエルの回し蹴りが炸裂。もう一人もふわりと宙を舞い、ぴたりと気絶。


 残る魔法少女たちも、ほぼ反射的に殴る蹴るで順に撃沈。数分後、制服の少女たちは全員、整列したように地面で昏倒していた。


「・・・ふう、じゃ、再開しますか?」


「ええ、あと3時間はいけますよ♪」


 そこへ、砂煙を蹴立てて駆けてきた赤髪の少女。レイナ・ヴァルグレイス団長が、顔を引きつらせながら二人に詰め寄った。


「お前ら・・・何やった!?」


 まだ息が上がったままのレイナが問いかけると、ラキはケロッとした顔で答えた。


「え? いや、何もしてないよ?模擬戦してたらなんか拘束魔法?を撃ってきたから殴っただけ~」


「・・・うわぁああああああ・・・」


  石畳に魔法陣の焼け焦げた痕が点々と残る訓練場の隅。そこには、見事に吹っ飛ばされたらしい数人の魔法少女が転がっていた。その制服と紋章に目をとめたレイナ・ヴァルグレイスは、ため息をつきつつ紅いポニーテールを軽く揺らし、ラキへと視線を向けた。


「そこで伸びてる魔法少女、見覚えないか?」


「んー・・・知らないなあ。あ、でも服が綺麗だから偉い人?」と、ラキは飄々と答えた。


「国家魔法少女統制団の連中だよ。魔法少女が国家に牙をむいた時、真っ先にやってくる処罰部隊だ」


「えぇ・・・! それって、めちゃくちゃやばい人たちじゃない!? どうしてそんな人たちがここに?」


「お前が殴ったからだろうが」とレイナはやれやれと額を押さえた。「いや、正確には、“タギツ・ツクヨ”が魔法少女殺しの指名手配を受けてる。それで、タギツと親しかったお前らが“重要参考人”として連行されようとしてたってところだろう」


 ラキは口を開けたまま固まり、「うっそー!?」と情けない声をあげた。


「冗談に聞こえるかもしれんが、本当だ。もしこれ以上動き回って目撃されたら、お前もすぐに指名手配リスト入りだ。そうなれば、要塞にいようが、街にいようが、魔法学園に戻ろうが、どこでも即通報される。・・・正直、詰みだ」


「ええぇ・・・レイナ団長、私まだ卒業してないのですけれど・・・というよりも私無関係なのですが」


 半眼ではた迷惑そうにいうアリエルに対していっそ清々しそうに吹っ切れた表情でレイナは言った。


「じゃあ捕まらないように隠れろ。潜伏だ。しばらくの間な」そう言って、レイナはポケットから折りたたんだ羊皮紙を一枚、ラキに手渡した。


「これ、なに?」


「地図だ。街の外れ、住宅街の裏手にある空き家の一つ。表向きはただの廃屋だけど、地下に隠し通路とシェルターがある。王都の地下インフラを使った避難壕の一つを、抵抗組織が改造したものだ」


 ラキは地図をひっくり返したりしながら、目を細めた。「・・・ほんとにこんなとこ、見つからないの?」


「逆に、こんな生活感に満ちた場所に潜伏してるとは誰も思わない。衛兵や統制団はもっと物々しい場所に目を光らせてる。油断は禁物だけどな」


「はぁ~・・・ほんっと大変なことになってきたなあ・・・ターちゃんめ、ちゃんと謝ってもらうからね!」


「・・・無事に再会できたらな」と、レイナはぽつりと呟いた。


 模擬戦の余熱を残した石畳の上で、ラキは頬を指でつつきながら、ぽつりと呟いた。


「・・・そういえばさ」


 アリエルがちらりと横目で振り向く。ラキは唇をとがらせたまま、紅い外套のレイナへと視線を向けた。


「どうしてレイナさんは私たちを庇うの? あの魔法少女たち、国から来てるんでしょう? だったら・・・むしろ私たちを突き出さないとマズいんじゃないの?」


 レイナはその言葉に、ふふっと鼻で笑った。


「それな。だがな──お前さんたちを突き出したところで、私には何の得にもならん。むしろ、ここで一発、逃がして“貸し”を作っておいたほうが後々役に立つと思ってな」


 そう言ってから、まるで天気の話でもするかのように、さらりと続けた。


「言ってなかったが、私は“ディアボロス”の一員だ」


 その瞬間、アリエルの眉がピクリと動いた。


「ディアボロス・・・? 本当に実在したのですか? しかもあなたが・・・?」


 彼女の口調は冷静を装っていたが、明らかに驚愕の色があった。魔法少女学園でも噂だけはあった“抵抗組織”。だが、それはいつも影の中にあって、表立って存在が確認されたことなどなかった。


「まあ、普段は魔物退治ばっかりしてて、顔を出すことなんてほとんどないからな。他のメンバーに任せっぱなしだし、私は“前線担当”。だが──いざというときに戦える戦力がいなけりゃ、組織ってのは意味を成さないんだ」


 レイナが二人を助ける理由は分かったがアリエルは腕を組み、視線を伏せがちにぽつりと問うた。


「・・・でも、少し不用心じゃありませんか? 私たちが裏切らない保証なんてないでしょう?」


 その問いに、レイナは一拍置いてから、声を上げて笑った。


「ハッハッハ! まさかお前がそんなこと言うとはな。──いいか? お前たちが裏切るわけないだろう。だって、お前たちが裏切っても得がない。それに──私はお前たちを信じてるよ」


 風が吹いた。高台の要塞に吹きつけた風は、レイナの赤い外套を翻し、揺れるポニーテールを後ろへ流していった。


「だから、拠点の場所を教えるんだ。使いたいなら使え。使わないなら、追っ手に捕まって詰むだけの話だ」


 くるりと踵を返したレイナは、片手をひらひらと振りながら、要塞へと戻っていった。


「ほら、さっさと行け。国家魔法少女統制団にまた追っかけ回されるぞ」


 その言葉にラキとアリエルは顔を見合わせてから急いで要塞内部に置いてある自分たちの荷物をまとめると要塞を出発し街へと走っていった。通常ならゴーレム幌車で移動するところを持ち前の健脚でガンガン走っていくラキとアリエル。どこまでも続いているように思える荒れた道を爆走しながら夜空の星を見上げた。






 ―――――






■ ミレイ&アナスタシア


 拘束されたまま磔にされたアナスタシアの四肢は、金色の光を帯びた鎖に引かれ、身じろぎひとつ許されない。手首と足首には光の錠前がはまり、そこから漏れる魔力は、彼女の魔法の行使を徹底的に封じていた。


 その目の前に立つのは、国家魔法少女統制団の所属魔法少女。表情には感情の起伏はなく、ただ粛々とした義務として、再び口を開いた。


「タギツ・ツクヨの現在の所在、および彼女の魔法少女殺害について、心当たりは?」


 静かな声だった。しかしそれは、審問官のような冷たい響きを持っていた。アナスタシアは顔を上げた。長い銀の髪が揺れ、拘束された姿勢のまま強い眼差しを返す。


「・・・何度言われても、同じですわ。わたくし、本当に――何も知りませんの」


 その返答に、魔法少女は一瞬の沈黙ののち、手元の魔導装置に指を滑らせた。


 次の瞬間――。


「・・・ッ――ああああッ!!」


 閃光が走る。アナスタシアの体を鋭い電流が貫いた。光の鎖を伝って全身に走るそれは、肉体の深部まで震わせる拷問のような痛みだった。長い髪が静電気で舞い上がり、皮膚に浮かぶ汗は小さな火花とともに蒸発していく。


 震える指先、反り返る背中、焼けつくような痛みに耐えきれずに浮かぶ苦悶の表情。声にならない悲鳴が漏れ、唇を噛み締めてもなお逃れられない激痛が、意識を鈍らせる。


 電流が止んだ。鎖がかすかに揺れ、アナスタシアは息を荒く吐き出した。身体中から冷や汗が滲み、視界が揺らぐ。


 それでも――彼女は、かすれる声で言った。


「・・・わたくしは・・・本当に、何も知りませんわ・・・っ」


 魔法少女は無表情のまま、アナスタシアの様子を無言で見つめるだけだった。


 そして時を同じくして別の隔離部屋


 天井から降り注ぐ白い魔道灯の光の下、ミレイは光の鎖に四肢を絡め取られ、磔の姿勢で宙に吊り下げられていた。手足には魔法封じの錠がはまり、彼女の身体から魔力の流れは完全に断ち切られている。


「どうしても話さないつもり?」


 手に持った魔導装置を操作していた国家魔法少女統制団の魔法少女が、ミレイに向けて冷ややかに言葉を投げる。制服の胸元には階級を示す徽章が輝き、顔には一切の感情が浮かんでいなかった。


「本当に、知らないんですっ・・・! アナスタシアさんと同じで・・・私たち、タギツさんがそんなことしたなんて、何も・・・っ!」


 声は震え、言葉の端々が涙に濡れていた。


 しかし、魔法少女は淡々と操作を続ける。


「じゃあ、身体に直接聞くわ」


 尋問をしていた魔法少女が手に持った魔導装置に触れて操作すると――


「ひっ、い゛やあああああああっっ!!」


 次の瞬間、光の鎖を伝って強烈な電流がミレイの身体を貫いた。細い身体が跳ね上がるように震え、喉から潰れたような悲鳴がこぼれ出る。


「い゛っ・・・イタイっ! いたい、いたいのっ、やめてぇええ!!」


 全身を襲う痛みに、ミレイは涙と鼻水を垂らしながら、必死に顔を振って訴える。だが鎖はびくともせず、震えるだけ。蒼白な頬に張りつく髪を振り乱しながら、ただただ苦痛に身を任せるしかなかった。


 電流が止んだのは数秒後だったが、ミレイにとっては永遠のように長い時間だった。


 口をパクパクと動かし、浅く荒い呼吸を繰り返す。背中からは汗が流れ落ち、指先は震えっぱなしだった。


「・・・っ・・・ほんとに・・・知らないんです・・・。わたし・・・なにも・・・・・・っ」


 かすれた声で、ようやく絞り出した言葉。それは、嘘ではなく、事実だった。魔法少女は無言のまま記録装置に視線を移し、ミレイの言葉を記録していく。その光景は尋問と言うよりももはや拷問に近かった。そしてその行為をとがめる者はこの場には誰もいない。 ミレイは苦痛に身をよじるが一切動くことはできない。


 それから昼間に尋問夜は放置を繰り返すこと3日間。地下の隔離部屋では空気は乾ききっており、壁も床も、触れるたびに冷たさを伝えてくる。鎖の軋む音も、光の錠の魔力音も、もう耳に馴染んでいた。


 磔にされたまま3日が経過し、ミレイとアナスタシアは見る影もなく消耗していた。髪は乱れ、制服は汗と涙で濡れて皺だらけになり、肌は青白く、頬はこけていた。


 ミレイは、弱々しく項垂れたまま目を閉じている。震える唇がときおりかすかに動き、「ごめんなさい・・・」「いや・・・」「やめて・・・」と夢とも現実ともつかない独り言をこぼす。鎖に吊られた手は痙攣気味に動き、顔は怯えと疲労で引きつっていた。


 一方アナスタシアは、必死に気丈に振る舞おうとしていたが、その瞳の奥には限界の色が滲んでいた。唇は乾き、言葉も途切れがちになり、それでも背筋を少しでも真っ直ぐに保とうとする姿には、貴族の矜持が微かに残っていた。


「・・・お水、くらい・・・いただけませんか・・・」


 か細く、擦れた声でアナスタシアがつぶやくが、返事はなかった。


 沈黙。部屋を満たすのは、彼女たちの浅く苦しい呼吸と、たまに鎖がわずかに鳴る音だけ。どこにも届かぬその声は、硬く閉ざされた隔離室の中で、誰に聞かれることもなく、静かに消えていった。






 ―――――






■ ラキ&アリエル


  荒い息を吐きながら、二人の少女は夜の街を駆け抜けていた。月の光だけを頼りに、舗装の剥げた小道を音も立てずに踏みしめてゆく。足音を聞かれぬよう、人気のない裏路地へと入り、擦れた壁と影の間を縫うように移動する。 


 やがて、石造りの街の外縁、貧民街の一角にたどり着いた。建物は二階建てだが、崩れかけた屋根とひび割れた壁、立て付けの悪そうな木のドアが歪んで閉じられており、誰が見てもただの廃墟だった。


「ここか・・・」


 ラキが息を整えながら呟くと、アリエルは無言でうなずいた。


 二人は扉を開き、きしむ音を立てて中に足を踏み入れる。天井は抜け落ちており、床には瓦礫と埃が積もっていた。薄暗がりの中、ラキは奥の壁際にしゃがみこみ、床に積もった瓦礫の一部を手でどけていった。するとその下から、錆びついた鉄の取っ手が顔を覗かせた。


 ギギ……と軋む音を立てて、木製の蓋が開かれる。そこには、石造りの螺旋階段がぽっかりと口を開けていた。


 ラキが先に足を踏み入れ、アリエルがその背に続く。足音が階段に吸い込まれ、石壁に淡く反響する。階段を降り切ると、さらに細く長い通路が続いていた。通路の壁面は湿気と苔に侵食され、天井の一部は崩れ落ち、小石が転がっている。


「ずいぶんと、忘れ去られた場所ですね」


 アリエルがぼそりと呟き、ラキは小さく笑った。


「逆に都合がいいじゃん。誰も来ないってことでしょ?」


 そして歩くこと数分、ふいに風景が変わる。通路の突き当たり、古びた石のアーチの先に、ぽつんと一枚のドアが見えた。やけに新しい、深い木目の浮かんだ頑丈そうな木製のドア。それは、今までの荒廃した空気とは明らかに異なる存在感を放っていた。


 中からは人々の声が微かに聞こえてくる。2人の談笑、何かを叩く音、そして時折響く足音。二人は顔を見合わせた。言葉は交わさずとも、互いに了解を示すようにうなずきあう。


 ラキが静かに手を伸ばし、ドアノブを握る。そして、軋まぬよう慎重に回し、ゆっくりと押し開いた。



 木製のドアが静かに開かれ、地下の空気を裂くように、ふわりと温かな灯りが漏れ出した。その光の中に踏み込んだラキとアリエルの目に飛び込んできたのは、予想もしなかった懐かしい姿だった。


「あれ?・・・ターちゃん?」


 ラキが目を瞬かせて小さく首をかしげる。声に反応して振り返ったのは、銀色の長い髪を肩の後ろで結い、茜色の瞳を持った少女だった。彼女の右目にはモノクル型の魔導具が掛けられており、その姿は以前と少しも変わっていない。


「ん? ラキ。・・・どうしてここに?」


 タギツ・ツクヨは、手にしていた湯気の立つマグカップを傾けると、淡々とそう言った。まるで再会を当然のこととでも思っているような、彼女らしい温度感の低い声だった。


 ラキは数秒の沈黙のあと、ふふっと肩をすくめて笑い、答えるよりも早く駆け寄ろうとした。


 その瞬間――


「だ、誰よあなたたち!!」


 叫び声とともに鋭い気配が室内を満たした。


 ガタッと椅子を蹴るように立ち上がったのは、青紫の長い髪の少女だった。年のころはラキたちとそう変わらない十五歳ほど。だがその瞳には炎のような警戒心が宿っていた。鋭く尖った声に、アリエルが自然と一歩前へ出て構えを取ろうとする。


 少女の腕には、装着された紺色のガントレットが光を反射して鈍く輝いていた。筋肉質ではないが、動きの鋭さから歴戦の気配が伝わってくる。


「どうしてこの場所が分かった!? 何の目的で来たの!?」


 まるで襲撃者でも現れたかのように、少女――アステリアは声を荒げ、視線で二人を射抜く。その足元の魔法陣がわずかに発光し始めた瞬間、静かに場を制する声が響いた。


「アステリア。二人は僕の連れだよ」


 それは紛れもなくタギツの声だった。落ち着き払った声音に、場の魔力がすっと引いていく。マグカップをゆっくりとテーブルに戻し、タギツは静かに続けた。


「なんでここに来たのかは僕もまだ聞いてないけど、少なくとも敵じゃない。だから、警戒を解いてあげて」


 アステリアは目を見開き、ぽかんと口を開けた。


「え? ・・・そうなの?」


 敵意をむき出しにしていた少女の姿が、瞬く間に拍子抜けたような雰囲気に変わる。少し照れたようにガントレットを撫で、肩をすくめて視線を逸らした。


「・・・それなら、いいけど」


 タギツはふっと小さく笑うと、ラキに目線を戻した。


「それで、どうしたの? 何かあった?」


 ようやく落ち着いた空気が流れ、ラキとアリエルは、短く息をついた。外の冷たい闇とはまるで別世界のように、暖かな光が地下拠点を包んでいた。木製のドアを閉めて部屋の中に入るとそこには色々な物資が置かれていた。魔法薬が入った木箱に何かの魔道具、食料などなど要塞で見た物資がそのままそこにあるかのようだった。


 そんな部屋の中央にある机の周りに座ったラキとアリエルは対面に座っているタギツとアステリアに事情を説明した。


「えっと、ターちゃんに会いに来たっていうか……結果的に、そうなった感じ?」


 アリエルも少し間を置いてから前に出て、タギツに軽く頭を下げた。


「レイナ・ヴァルグレイス団長に言われて、ここに逃げ込んできました。あなたの所在は知らされていませんでしたが、偶然にしては、少しできすぎていますね」


 アステリアがまだ少し警戒を残した目で二人を見つめていたが、タギツはその視線も構わず、頷いた。


「そうか。・・・じゃあ、君たちも“指名手配”されたんだね」


 その言葉に、アリエルがわずかに眉をひそめた。


「・・・ええ。タギツさんが魔法少女殺しの指名手配をされて、その関係者として私たちも連行されかけました」


「それで、しょーがないから殴って逃げてきたんだよね~。 というか模擬戦してたらなんか拘束魔法撃ってきたからぶん殴った」


ラキが屈託なく言いながら、部屋の机の前に置かれている椅子に腰を下ろす。


「あの群青色の制服のお姉さんたち、魔法少女のくせに拘束魔法とか対人用の魔法ばっかり使っていたし、あれなら楽勝だったよ!アリエルも回し蹴り入れたら魔法少女のお姉さんが綺麗に宙を一回転して吹っ飛んでいったよ♪」


 タギツはややあきれたように肩を落とした。


「ラキ・・・やりすぎてないよね?」


「だ、大丈夫だよ!流石にあの程度じゃ死なないよ~・・・多分!」


 ラキは「多分!」と笑いながら言ったものの、自分でもその言葉に不安を覚えたのか、顔をそっとそらし、頬を人差し指で掻いた。目は泳ぎ、口元は引きつった笑みのまま固まりかけている。おどけたように肩をすくめてはいるが、内心では「ちょっと強く殴りすぎたかな・・・」と、ほんの少し心配になっていた。


 それでもラキはすぐに「ま、元気そうだったしセーフセーフ!」と明るく言って、再び干し肉をかじる。だがその頬は微妙に引きつっており、目を合わせまいとするように視線はテーブルの隅へと逃げていた。

 

 一方アリエルは背筋を正したまま、タギツを見つめる。その表情は真剣そのものであった。


「・・・タギツさん。あなたは本当に、白い魔法少女を殺したのですか?」


 ピりつくようなアリエルの一言に空気が一瞬で張りつめた。しっかりとタギツの目を見据えながらアリエルは問いかける。地下拠点の一室。薄明かりのランプが揺れる静かな空間で、タギツは木製の車椅子に座り、懐からパイプを取り出し静かに語った。


「・・・違うよ、アリエル。僕が殺したんじゃない。あの白い魔法少女は、最初からもう“死んでた”。」


 アリエルの瞳が静かに揺れる。傍らのラキは、床に座り込み、要塞から持ってきたリュックをゴソゴソと漁って干し肉を引っ張り出していた。


「マギアシステムの本質は、魔法少女たちの中から現れる“覚醒者”を接続源にすることで、魔法の数や質を絶え間なくアップグレードすることにある。そしてそれは、単なる性能強化のためじゃない。“魔女進化計画”──つまり、人工的に“真なる魔女”を創り出すための仕組みなんだ。」


「真なる・・・魔女・・・?」アリエルの表情に緊張が走る。


「ちょ、ちょっと待ってください。魔女ってあのおとぎ話とかに出てくるあの魔女ですよね?そんなの実在するのですか?」


「いるよ。もちろん滅多にお目にかかれないけどね。そしてその魔女は本来人工的に生み出すことも出来ないし、ましてや真なる魔女なんてものが実在するのかどうかも分からないけれど、アステリアが持ち帰った情報にはそう書かれてあった」


「・・・つまりマギアシステムはその真なる魔女を生み出すために何者かが創り上げられたシステムということですか・・・


「そういうことになるね。そしてマギアシステムは、その過程で死んだ覚醒者さえ再利用する。あの白い魔法少女も、かつては生きていた魔法少女の覚醒者だった。でももう、意識も魂も命さえもなく、ただ命令を受けて動くだけの人間兵器として使い回されていた。そんな彼女に、アステリアは襲われた。だから僕は・・・“石化”させて停止させた。それだけのことだよ。」


 アリエルはそっと息を吐いた。「・・・なるほど。殺したのではなく、既に死んでいた。そしてアステリアを守るための行動だったのですね。納得しました。」


「うん。ああしないと、彼女がやられてた。」


 干し肉をもしゃもしゃと頬張っていたラキが、ふいに口を開いた。


「それにしてもターちゃんがしくじるなんて、珍しいね~?」


 その言葉に、タギツはわずかに目を伏せ、珍しくバツが悪そうな顔をした。


「・・・本当に僕の失態だよ。判断ミスだった。これで君たち二人も、僕と同じく指名手配扱いになる。行動の幅も狭まる・・・済まない。」


 だがラキはケロリと笑った。


「大丈夫だよ~!なんとかなるって!ターちゃん、頭いいからさ、いくらでも挽回できるできる!」


 アリエルも口元を引き締めながら、毅然とした口調で言った。


「もう、ここまで来た以上・・・とことんやるしかないですね。私はこのままやられっぱなしで済ますつもりはありません。この国に――きっちり反撃させてもらいますよ」


 アリエルの凛とした宣言が部屋に響いたあと、一瞬の静寂が落ちた。だがそれも長くは続かず、壁際の古い魔導端末が「ピッ」と電子音を発する。アステリアが眉をひそめ、すぐさま画面に駆け寄った。


「・・・これは・・・」


彼女の指が素早く魔導符文をなぞり、表示された情報を読み取っていく。その表情が次第に険しく変わっていった。


「・・・信じられない・・・」


「どうしたの、アステリア?」とタギツが尋ねる。


アステリアは唇を噛みしめながら答えた。「ディアボロスの情報網に、新しいデータが入ってた。どうやら、アレイシアの統制団が内部連絡用の通信を短時間だけ誤って外部に流したみたい。それを拾った傍受ログが、今共有された」


全員の視線が集まる。アステリアは言葉を選びながら、静かに続けた。


「・・・“対象:ミレイ・ヴェール、アナスタシア・ド・ヴァルミエール。魔法少女殺害事件に関する重要参考人として拘束。現在、地下隔離室にて磔拘束下にあり、尋問中。両名とも魔力枯渇に伴う衰弱が進行中”・・・と、ある」


「――!」


息をのむ音が、狭い部屋の空気を震わせた。


「なんで・・・あの子たちが・・・」


ラキが低く呟いた。干し肉を握る手が自然と震え、アリエルの瞳にも、明らかな怒りの色が浮かぶ。


「タギツさんを庇った、それだけで・・・!」


「いや、違う」タギツが静かに首を振る。「統制団は、僕を捕まえられないから、代わりに“近しい者”を捕えて情報を引き出そうとしている。だから、ミレイたちを・・・」


「でも――でもだからって、そんな・・・!」


ラキは立ち上がると、リュックを背負い直し、真剣な表情で言った。


「行こう。ターちゃん。すぐに助けに行こう。ぐずぐずしてたら、今度こそ本当に取り返しがつかないかもしれない!」


「・・・もちろんだ。僕のせいでこうなったのだから絶対に助ける」


「私も行きますよ。ミレイさんとアナスタシアさんをは私にとっても友人ですからね。必ず助けましょう」


「え、ええちょっと待って!私も行くわよ!私一人だけ留守番なんてしないからね!?」


 4人は拠点を出発して地表へ戻ると目的の場所へ向かった。街の灯りはすっかりまばらになっており、住宅の窓もほとんどが閉ざされ、まるで街そのものが深い眠りについているようだった。だが、その夜の静寂は一瞬にして打ち破られることになる。


 拘留場――重厚な石造りの壁に囲まれ、四方に展開された警備結界と感知魔術、そして敷地内を巡回する兵士と魔法少女たち。施設の周囲には「ここは普通では入れない」と言わんばかりの緊張が張り詰めている。灯火のもとに歩哨が立ち、冷たい夜気のなかで肩をすくめながらも警戒を怠らない彼らの姿が見える。


 だがその目前に、少女が一人。


 ラキが歩み出ると、空気が変わった。まるで舞台の幕が上がったかのように、次の瞬間には全てが動き出す。


「さてと、この建物で間違いないんだね?」


 タギツの確認に、アステリアは少し緊張した様子で頷いた。


「う、うん。この街で“隔離収容区画”があるのはここだけだし、情報網の中でも信頼性の高い報告だったから……間違いない。二人は地下の、かなり深い場所にいるはず。そこまでの経路は……」


「そう。――ラキ」


 アステリアが説明を始めるより早く、タギツがラキを振り返り、明瞭に命じた。


「拘留場ごと、地下隔離区画まで『雷槌・破却』を叩き込んで」


「ほいきた!!」


 軽く手を上げて答えるラキ。その顔には遠慮も迷いもない。久々に暴れられることへの純粋な喜びが、金色の瞳にきらきらと宿っていた。


 背中から下ろされた《ミョルミーベル》が唸りを上げる。ラキが全身に魔力を巡らせた瞬間、金色の閃光が戦槌から炸裂し、雷が迸る。鋼鉄をも圧し折る巨大な戦槌が、一回り増幅し、重力すら跳ね除けるような威容で構えられた。


「雷槌・――破ッ却ッ!!」


 咆哮と共に振り下ろされた一撃が、拘留場の外壁へ直撃。


 ――瞬間、世界が裏返った。


 轟音。閃光。衝撃波。


 地響きが街の外れ一帯に鳴り響き、白熱した閃光が夜空を切り裂いた。破砕された岩壁と魔術障壁が、まるで紙細工のように引き裂かれ、拘留場の正面が巨大なクレーターごと消し飛んだ。岩盤は溶け、ガラス状に変質した黒光りの地層がむき出しとなり、無数の赤熱したひび割れから煙が立ちのぼる。空気は焼け焦げた金属と石のにおいに満ち、ただそこに立つだけで汗ばむほどだった。


 アステリアは、目を見開いたまま唖然としていた。


「な、なに・・・これ・・・? これが、ほんとに魔法少女の技なの・・・?」


 ようやく絞り出すように呟いた彼女の声に、ラキはにっこり笑って返した。


「私はね~、魔法少女じゃないんだよ。魔法?使えませ~ん。魔術?ムリムリ!」


「・・・はぁっ!? じゃ、じゃあ今の一撃は!? どう見ても魔力を使った爆裂魔法か何かだったじゃないの!!?」


 その叫びに、タギツが淡々と口を挟む。


「ラキ、今は説明してる時間が惜しいから無視して」


「はーい!」


 ラキはヒラヒラと手を振ると、躊躇なくクレーターの縁から身を乗り出して飛び降りた。その姿はまるで、夜の静寂を破壊する雷そのものだった。


 タギツは車椅子を軽く傾け、浮遊魔術を起動。椅子ごとふわりと浮かび上がると、赤く輝く岩盤の中へと進んでいった。


 その光景を見送るアステリアは、ようやく動きを取り戻したものの、顔色は真っ青だった。


「ま、待って! ちょっと待ってよ! あんたたち、敵の施設に正面から大穴あけて突入とか正気じゃ――」


 誰かが答える前に、頭上から怒声と警報が重なって響いた。


「な、なんだ今の爆音は!? 上層区画が破壊されたぞ!侵入者だ!!」


「非常警戒態勢発令!隔離部屋に直通する第七封鎖扉を急いで閉じろ!応援要請を急げ!!」


 遠くから複数の足音と魔力反応が迫ってくる。


 アステリアは絶望にも似た表情で、ぽつりと呟いた。


「う、うそでしょ―!!?」






 ―――――






■ ミレイ&アナスタシア


 ラキ達が突入する数分前。

 

 冷たい石壁に囲まれた、窓もない白い部屋。

 灯りは天井からの魔導照明だけ。無機質な光が、静かに磔にされた二人の少女を照らしていた。


 ミレイとアナスタシアは、今日もまた同じ姿勢のまま、天と地に引かれた光の鎖に縛られていた。手首には魔力封印の錠。動くことすら許されず、ただ吊られたまま、体力と気力を削られていく日々。しかも今日は昼間だけでなく夜も尋問が行われていた。


 その日も、何の前触れもなく、隔離部屋にやってきた統制団の魔法少女達は手元の魔導装置を操作した。部屋の壁に組み込まれた魔導装置が低く唸りを上げ、赤い光を放ち始めた。


「や・・・やめて・・・っ」


 ミレイが掠れた声で震えながら呟いた。目元は涙の跡が乾ききらぬまま、怯えに引きつった表情で顔を背ける。連日の尋問に心が折れかけてきたが統制団の魔法少女は一切意に介さず操作を進めた。一方もう一つの隔離部屋でも別の魔法少女が同じく手元の魔導装置を操作していた。


「何度やっても・・・知らないって言ってるでしょう・・・」


 アナスタシアの声も力なく、それでも芯は折れていなかった。

 だが、その声には明らかな疲弊が滲んでいた。


 しかしそんな声に統制団の魔法少女は一切容赦なく、魔導装置の魔力出力を上げるとミレイとアナスタシアに絡みつく光の鎖が輝きを増した。


 バチィィィッ・・・!


 再び、体を貫く魔力の電流。神経を焼くような痛みに、二人の少女は声にならない叫びを漏らした。


 だが――その瞬間だった。


 部屋の空気が、まるで雷雲の中にいるかのように、急激に張り詰めた。


 ごぉぉぉぉ・・・!


 突如、アナスタシアとミレイの身体の奥底から、眩い光と共に凄まじい魔力が湧き上がる。

 それは今までの抑圧に反発するような、意志を持った奔流だった。


「なっ・・・!? 魔力波形が・・・変化している!?」


 尋問官の魔法少女の声が、緊迫と混乱に染まる。隔離部屋同士を隔てる壁が壊れミレイとアナスタシアがいる部屋が一本に直通となった。壁にはヒビが入り、床には亀裂が走った。


 光の錠前がキィィンと音を立てて軋み、鎖にヒビが走った。

 二人の身体を包む制服が、熱と光に包まれて崩れ去り――代わりに、まばゆい衣装が生まれた。


 アナスタシアの身体を包み込んだのは、紫と金を基調とした、かつての令嬢然とした雰囲気を纏いつつも戦闘に適した重厚な装飾の魔法少女衣装。背中には羽のようなエフェクトが煌めき、瞳は輝きを取り戻していた。

 ミレイの衣装は淡い桃色と白のやさしい色合い。肩と腰のリボンが光を放ち、胸元には見覚えのない光結晶のような宝石が浮かんでいた。ふわりと浮いたその髪は、魔力の奔流にふわりと踊っている。二人とも先ほどまでの尋問の疲れがまるで嘘かのように疲労が回復しておりやつれた様子だった表情は今は明るくなっていた。


「・・・えっ・・・な、なにこれ・・・? 服が・・・変わった・・・?」


 困惑の表情で自分の姿を見下ろすミレイ。


「これは・・・魔法少女の衣装・・・でも、以前のとは違って・・・」


 唖然とするアナスタシア。


 突然魔力の奔流が起きたかと思うと魔法少女の衣装に変わった二人の少女。その変化を目の当たりにした魔法少女たちは絶句した。何故ならその現象をよく知っていたからだ。


「まさか、覚醒・・・!? このタイミングで!?」


 警報が鳴り響く。魔導装置が次々にエラーを吐き、ミレイとアナスタシアの手足に嵌っていた錠前がきしみながら崩壊寸前にまで達していた。光の鎖もひびが入り今にも引きちぎれそうになっているのを見た魔法処女が慌てて叫ぶ。


「と、とにかく拘束を維持しろ! 鎖と錠前を壊されるな!魔力吸収量を10倍に引き上げろ!」


 統制団の魔法少女は動揺した声で指示を出していたがその間も空気が震えていた。光の鎖がきしみ、魔導装置が警告音を鳴らし続ける中――アナスタシアとミレイの覚醒によって噴き上がった魔力の奔流は、今まさに拘留場全体を揺るがそうとしていた。


「このままでは・・・!」


 統制団所属の魔法少女たちは、尋問を一時中断し、急ぎ拘束を強化しようと奔走していた。だが、覚醒した者の力は尋常ではない。しかも、マギアシステムに頼らない“自然発現”の覚醒であれば、波形も特異、対処方法も確立されていない。


「くそっ、封印陣が焼き切れる! 出力をもう一段階――」


 だが。


 ――次の瞬間。


 ふっ・・・と。


 それまで部屋全体を震わせていたあの異常な魔力が、まるで嘘のように急速にしぼんでいったのだ。


「え……?」


 アナスタシアの背後に浮かんでいた光の翼が淡く揺れながら霧散していく。ミレイの周囲に浮いていた光粒子も、ぼんやりと舞いながら消えていった。衣装こそ覚醒時のまま纏っているものの、二人の身体からはもはや危険な魔力の圧は感じられなかった。


「・・・魔力切れ・・・?」


 一人の魔法少女が小さく呟いた。


「制御できなかったんだ・・・覚醒したばかりで、マギアシステムのサポートも受けてない・・・自力で魔力を制御する術を知らないから、全部垂れ流してほとんど空っぽになったのね・・・!」


 部屋の中に安堵の気配が広がる。


 あれほど恐れていた“制御不能の覚醒者”が、今はもう動くことすらままならない。二人とも目を閉じ、荒く息をつきながら首を垂れている。両手足を縛っている鎖に頼らねば、そのまま崩れ落ちそうなほどだった。


「・・・なんとかなった・・・」


 緊張の解けた魔法少女たちが息を吐こうとした、その時だった。


 ドォン!!


 突如、まるで地鳴りのような轟音が、隔離部屋の床下から響いた。


「!?」


 誰もが顔を上げる。次の瞬間、再び爆音。


 ドン、ドン、ドォォン!!


 今度はもっと近い。床が揺れる。天井からパラパラと砂埃が降り注ぎ、照明が揺れた。


「な、何・・・地震・・・!?」


「違う・・・これ、衝撃波よ。地下区画の上層階構造が崩されてる! 誰かがこの建物を・・・!」


 ガガンッ! ズォンッ!! ドォォォォン!!!


 爆発的な破壊音が、連続して響く。それはまるで掘削機のような精密さで、直線的に、真っすぐにこの部屋へと近づいてきていた。もはや誰の耳にも明らかだった。


 誰かが、外から隔離収容区画を――ぶち破りながらこちらへ向かってきている。


「馬鹿な・・・! こんな地下まで、直線で!? そんな真似ができるはず――」


 その言葉すら、次の衝撃で吹き飛んだ。


 ――ガァァァァン!!!


 最後の壁である隔離収容区画の分厚い魔法強化扉が、内側から赤熱して膨張し、歪みながら爆裂四散した。


 土煙が一気に室内へと流れ込み、照明が一瞬ちらつく。その瓦礫の向こうから、静かに――だが確かな足音が聞こえてきた。


 最初に現れたのは、金色の長髪を揺らす少女。


 手には、雷のような光を宿した巨大戦槌ミョルミーベル


「おっけー、貫通完了~♪ いやぁ、久しぶりにぶち抜いたぶち抜いた。ストレス解消~♪」


 明るい声とともに、ラキが無造作に部屋へと足を踏み入れる。


 その後ろからは、ふわりと広がった銀色の髪に茜色の瞳の少女が、静かに空を滑るように浮かんで現れた。


「間に合ったようだね・・・」


 タギツは、磔にされたままのミレイとアナスタシアの姿を目にして、一瞬だけ瞳を細める。だが、その表情はどこまでも冷静だった。


 部屋にいた統制団の魔法少女たちは、信じられないものを見るように声を上げた。


「だ、誰・・・!? 侵入者!? ここまでどうやって・・・」


「いや、そもそもこの階層まで真っ直ぐに・・・道を作ったっていうの・・・!?」


 混乱に満ちた声が交錯する中、ラキがにっこりと笑った。


「わかりやすいでしょ~? ここに来たってことは、取り返しに来たってことだよっ!」


 その笑みは、かつてないほどに鮮烈で。


 今この瞬間――救出の幕が、切って落とされた。だが室内を満たしていた緊張感は、一瞬にして粉々に打ち砕かれた。


「えっ・・・あ?」


 魔法少女の一人が声を漏らした瞬間、ドゴッ!!と雷鳴のような音が響く。


「がふっ!?」


 視界に映ったのは、目の前に突如現れた金髪の怪物――否、ラキが、瞬時に拳で腹部を撃ち抜いた姿だった。


 次の瞬間には別の魔法少女が壁に叩きつけられ、さらにもう一人は蹴り一発で天井に頭を突っ込まれ、そのまま脱力して床に落ちた。


「ま、待っ――」


「はーい、無駄な抵抗は禁止でーす☆」


 ラキがにこやかに、しかし明らかに容赦なく笑いながら、残った数人もわずか数秒で全員制圧。床に転がる魔法少女たちが呻き声を上げ、完全に沈黙した拘留部屋。


「ふぅ~・・・久々に殴り甲斐があった~♪ で、次は……あ、あったあった!」


 ラキは床に転がっていた一人の魔法少女から魔導装置を奪い取ると、無造作に両手で握りしめて眉間にしわを寄せた。


「う~ん・・・どうやって操作するのコレ? こ、こうかな?」


 ポチッ。


 バチィィィィッ!!!


「――ふぐあぁぁああああっ!!?」


 突如アナスタシアの身体に高出力の魔力電流が走り、ガクガクと痙攣しながら絶叫。目がぐるぐると回っている。


「きゃああああ!? ちょ、ちょっと何押してますのラキさん!? まさかこの状況で感電プレイとかそういう趣味ですの――っ!?」


「えっ、ちがっ・・・えええ!? ご、ごめん!まちがえた!ああ、じゃあ次はこれ!」


 ポチッ。


 バチィィィィィィィィッ!!


「ぎゃぶぅぅぅううぅぅぅうううう!!?!」


 今度はミレイの方が盛大に痙攣して白目を剥く。


「い、いぎぃぃぃぃいいいぃいい・・・っ!」


「えぇぇぇえええ!? ごめん!!ほんとに違うの!? どれ!?どのボタン!?これ!?えっと・・・あれっ・・・?」


 ラキが魔導装置を手に、完全にパニック気味にガチャガチャといじり始める。周囲の魔法少女たちですら若干ひいて見ていた。


「・・・もう、いい。」


 静かな声が響いた。


 タギツが、宙に浮いたまま手をかざした。宙に浮くタギツの周りには複数の光の玉がフワフワと浮いておりそのうちの一つがタギツの人差し指の先に収束された。


 パァァン!!


 タギツは指先に収束させた魔力弾を鋭い閃光と共に、魔導装置に撃ち込んだ。小さな爆発音とともに、装置そのものが砕け散る。


 それと同時に、ミレイとアナスタシアを縛っていた光の鎖が一斉に砕け、ガシャリと音を立てて落下。


 両手足を拘束していた光の錠前も同じようにパキンと弾け、消滅していった。


「・・・助かりましたわ、タギツさん・・・」


 アナスタシアがぐったりしながら息を吐き、隣でミレイも半泣きの顔でラキを睨む。


「ラキさんのせいでわたし、ちょっとだけ天国が見えました・・・」


「わあああごめんね!? ごめんってばああああ!! でも・・・ちゃんと助けに来たでしょ!? ねっ!? 許して!!」


 ラキが半泣きで土下座する勢いで二人に謝るが、ミレイもアナスタシアも呆れた顔をしつつも、どこか笑みを浮かべていた。


 ほんとうに――助けが来た。


 その事実が、今はなによりも胸に染みていた。


ラキとタギツが地下へと突入していくその間――

 勾留場の中庭では、夜の闇を切り裂くように魔法の閃光が次々と走っていた。


「《煌光陣・エスクレア》!」


 アリエルの杖から放たれた光の螺旋が、目にも止まらぬ速度で統制団の魔法少女たちを倒していく。防御も回避も意味を成さない速度と精度。まるで、舞踏のような戦いぶりだった。


「つ、強すぎ・・・!」


 その光景を間近で見ながら、アステリアは思わず呟いていた。唖然としたというより、感嘆の声だった。


「あなた・・・本当に、とんでもなく強いのね」


 アリエルは、散った魔力の粒子をまといながら優雅に振り返る。


「まあ、それもそのはずです。私は――現・筆頭主席ですから」


 その言葉に、アステリアは「やっぱりか」と妙に納得した顔になった。


(うん……納得。だってこの強さ、規格外すぎる)


 だが、ほんの一瞬だけ落ち込んだような顔をした彼女は、自分の中に浮かんできたある言葉を即座に振り払うように頭を振った。


(最弱の筆頭主席・・・じゃない!)


 アステリアもまた、かつては筆頭主席の名を持つ者。卒業後、潜伏と逃亡生活の中でまともに戦う機会こそ減っていたが、彼女の実力は間違いなく「強者」の部類に入る。


 彼女は地を蹴った。


「《グリモア・スパーク》!」


 展開された魔法陣から稲妻と衝撃波が連続して弾け、統制団の兵士たちをなぎ倒していく。鋭さと爆発力に満ちた魔法――その威力に、アリエルも一瞬目を見張った。


「ふふっ・・・これはまた、思っていた以上に」


「なによ。“思ってた以上”ってどういう意味よ!」


 アステリアがややむくれ気味に詰め寄ると、アリエルは悪びれもせず言い放った。


「少し前までは、平均的な魔法少女かと思っていましたもの。ですが――これは失礼を」


「・・・あのね、私だって一応“歴代”筆頭主席の中では強い方なのよ!?」


「そうなんですの? それは意外。少なくとも、さきほどまでの戦いぶりではそうは思えませんでした」


「・・・ぬあああああ! 言ってくれるじゃない!」


 だがその言葉に火がついたのか、アステリアの動きが一段と鋭くなる。


「いいわ、なら勝負よ! どっちがより多く倒せるか! 筆頭主席としての意地、見せてやる!」


「望むところですわ。あまり手を抜かれても困りますし」


 アリエルが杖を振り上げ、アステリアが詠唱と共に駆け出す。


 二人の筆頭主席が競い合うように敵陣を駆け抜け、魔法が次々と炸裂する。気づけば、あれほどいた魔法少女や兵士たちは次々に倒れ、戦線が崩壊していく。


 アステリアは息を切らしながらも振り返り、アリエルの姿を一瞥した。


「・・・ちょっと。まだギア上がるの、あなた?」


「ふふ、当然です。まだ本気を出していませんでしたので」


「化け物・・・!」


そう言いながらも、アステリアの口元には自然と笑みが浮かんでいた。普段は追われる身、隠れてばかりの生活の中で錆びつきかけていた“筆頭主席”の誇りが、今まさに熱を帯びて甦っていく。


「なら、見せてあげるわ。現・筆頭主席殿。先輩筆頭主席の、本当の実力を――!」


 アステリアの言葉と共に、彼女の全身が淡い白光に包まれる。

 ガントレットの紋章が光り、装備の各部が音を立てて可変展開していく。蒼と紫を基調とした布地は白と金の新たな礼装へと変化していた。覚醒したあの日、全身から脈動する魔力と一緒にこの覚醒フォームへと変わっていた。あの時は訳も分からず力に振り回されていたが。力を完璧に使いこなせる今となっては違う。


 変化が収束するや否や、アステリアは腰を低く構えた。両の拳に、濃密な光粒子の塊が凝縮され、心臓の鼓動に呼応するように脈動する。


「――行くよ」


 その声と同時に、地面をひと蹴り。


 次の瞬間、彼女の姿は消えた。


 風が裂け、空間が震える。視認できたときには、既に数メートル前方にいた。敵との距離は到底拳が届く距離ではなかった――にもかかわらず、


 ドゴォオオオンン!!


 音速を超えた衝撃波が、拳の前方に向かって一直線に奔った。

 空気が砕け、地面が陥没し、半数以上の統制団の魔法少女たちが吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


「ッ、な・・・!?」


 アリエルの目が見開かれる。アステリアの拳から放たれたのは、ただの物理ではない。魔力と衝撃を収束させて瞬間的に空間を圧縮・解放する、戦技として完成された一撃だった。


「・・・本当に、筆頭主席だったのですね」


 乾いた土煙の向こうからそう呟くアリエル。


「だから、そう言ってるでしょうが!」


 アステリアが拳を下ろしながら肩で息をし、呆れ顔を浮かべた瞬間――


 アリエルの顔に突如として興奮の色が浮かぶ。


「アステリアさん――模擬戦、しましょう。可及的速やかに、今すぐに」


「はっ!? なんでよ!?」


 アリエルは目を爛々と輝かせ、微笑みを浮かべて迫ってくる。

 いや、それは“微笑み”と呼ぶには少々危険すぎる光だった。

 戦意に満ち、欲望すら滲んだ笑顔。息は上がり、頬は紅潮していた。


「私はあなたと戦ってみたいのです 心躍るひと時を感じたいのです!ですから是非!」


「いきなり何わけのわからないこと言いだしてるの!? 大体ここ敵のど真ん中でしょうがッ!!」


「問題ありません。統制団の魔法少女はほとんどあそこに転がってますし、仮に追加で来たとしても、大体は雑魚。瞬殺で終わりますよ」


「そういう問題じゃないでしょ!? 何なの!? なんでこのタイミングで模擬戦!? なんでそんな顔で息荒くしながら言い寄ってくるのよ!? 怖い! 正直ちょっと怖いわよ!」


 アステリアは思わず半歩引いた。だがアリエルは一歩前へと出てくる。まるで獲物を前にした獣のように。


「あなたの技術・・・戦闘スタイル・・・その力。ぜひ、一対一で体感したいのです。筆頭主席同士、全力で撃ち合える機会なんて滅多にありませんから!」


「いやいやいや! 今その“滅多にない機会”を敵に向けて使ってたじゃないの!? どこに余力残してるのよアンタ!?」


「アステリアさん・・・全力でやり合いましょう・・・いえ、お願いします!!」


「誰かこの戦闘狂どうにかしてぇええええ!!」


「アステリアさん……さあ、模擬戦を――」


 狂気を宿した目で詰め寄るアリエルに、アステリアはじりじりと後退しながら顔を引きつらせた。


「だから今はそういう場合じゃないってば! 本当に何なのよあなた!」


 その時だった。


 カッ・・・ン・・・

 乾いた足音が、石畳の中庭に小さく響く。

 その足音に続いて、涼やかで、しかし底冷えのするような声が夜気を裂いた。


「――やれやれ。こんなに壊しちゃって。修繕費、どれだけかかると思ってるの? 財務担当にまたネチネチ言われるじゃないか」


 ゆらり、と中庭に姿を現したのは、一人の少女だった。


 背中までまっすぐに伸びた藍色のぱっつんヘアー。その髪と同じ深い藍色を基調とした魔法少女装束。

 手には、銀色の月の意匠が施された細身のステッキ。

 姿勢はやや気怠げで、表情もどこか無感情めいている――


 国家魔法少女統制団・団長、カティファ・ベルフィ。


「・・・でしたら、仲間を返して。ついでに逃がしてくれると、これ以上修繕費もかからずに済みますよ? 国家魔法少女統制団団長殿?」


 アリエルがニッと笑いながらそう言い放つ。

 だが、カティファの表情は微動だにしない。


「そういうわけにもいかないんだよね。だって・・・規則って面倒でも守らなきゃ、ほら、立場があるから」


 平坦な声のまま、彼女は右手を軽く振る。


「だから――ここで、全員処分させてもらうね」


 その声と共に、彼女の後ろに控えていた二人の少女が前へと一歩踏み出す。


 一人は純白の長髪をツインに編み、薄氷のような銀のドレスを纏った少女。

 もう一人は金色の外巻き髪に、黄色いカサブランカを模した華やかな装束の少女。


 その顔は無表情で、瞳には一片の輝きも宿っていない。

 ただ命令を待つ人形のように、静かにそこに立っている。


「ホロウメイデン No.5《スノードロップ》。ホロウメイデン No.7《イエローカサブランカ》。・・・敵を抹殺せよ」


 カティファが命じた瞬間、空気が――凍った。


 ゴウウウ・・・!


 何かが爆ぜるような異音と共に、周囲に凄まじい圧力と魔力が放たれた。風が渦巻き、魔力の奔流が空間を押し潰し、瓦礫が浮かぶ。

 統制団の残存魔法少女達は膝をつき、誰もが言葉を失った。


 しかしその中で、アステリアはただ静かに――そして青ざめた顔で前に出る。


「・・・まさか」


 彼女の視線が、スノードロップとイエローカサブランカをまっすぐに捉えていた。


 白い肌。輝きを失った瞳。無言で命令を受け入れる、異質な“魔法少女”。


 あの夜、出会ったあの存在――白い魔法少女。


「・・・“白い魔法少女”と同じ・・・っ! ということは、この二人はもう・・・!」


 息を呑むアステリアの声に、アリエルはニヤリと口元を緩める。


「これはまた・・・楽しそうな方々が来ましたねぇ」


 戦闘狂の瞳が、輝きを帯びる。


 だがアステリアは、視線を逸らさずに言った。


「アリエル。この方たちは、おそらく・・・すでに“死んで”います」


 「――ほう?」


 アリエルの口元の笑みがわずかに消える。


「彼女たちは、肉体だけが生かされている。マギアシステムに接続され、“兵器”として再利用されているだけ。命も、心も、もうない。・・・だから、お願い。終わらせてあげて」


 しばしの沈黙。


 アリエルは静かに、真正面からスノードロップを見据えながら口を開いた。


「・・・ふむ。無機質な印象ではありましたが、死んでいる・・・ですか」


「はい。魂がない。光がない。・・・だから、彼女たちはもう“生きて”いないんです」


「・・・死してなお、戦わされる運命とは・・・哀れですね。そして――それを運用している統制団という組織も、実に――」


 アリエルの声が、今までと違う冷ややかなものに変わる。


「――実に、くだらない。破壊のし甲斐があるというものです。意思も魂も命もないとは何を考えているのやら、意思と意思のぶつかり合い、魂の輝きこそ人たりえるというのに」


 その瞬間、アリエルの足元の石畳が砕け、魔力が一気に跳ね上がる。


「・・・ではアステリアさん、遠慮なく行きましょう。終わらせるために」


 アステリアは小さく頷き、再び拳に光を灯した。


「・・・ええ。今度こそ、彼女たちを・・・眠らせてあげましょう」


今、戦いの火蓋が切って落とされた。


 同時に、二組の影が閃光のように疾走する。


 アステリアの眼前で、スノードロップが氷の魔法陣を連射しながら宙を滑るように接近。

 氷の矢が螺旋状に飛来し、空気が鋭く切り裂かれる音を立てる。


「――速いっ!」


 瞬時に防御魔法のシールドを展開して氷弾を弾くアステリア。

 だが、スノードロップはその背後からの連撃も計算済みかのように間合いを詰め、滑り込むようにアステリアの懐へ。


 ズバッ――!


 放たれたのは、まるで槍のような鋭い貫き手。

 狙いは心臓――致命を即す一撃。


 アステリアは瞬間、紙一重で身をひねりそれを回避。冷気が頬をかすめ、白く霜が浮いた。


「返すっ!」


 間髪入れずにカウンターのアッパーカットを繰り出す。拳が光を纏い、重力すら歪めるような一撃――


 しかしスノードロップはそれをも読んでいた。しなやかに体を反らし、氷のような冷ややかさで一回転。


 ドンッ!!


 回し蹴りが炸裂――しかしアステリアは咄嗟に防御魔法の結界を張って衝撃を相殺した。

 空気が砕け、魔力の余波が辺りを凍らせ、石畳に深く霜の亀裂が走る。


 一方その頃――


 アリエルとイエローカサブランカの戦場では、戦闘の密度と質がさらに異次元だった。


 ギィィンッ!!


 イエローカサブランカの雷撃を纏った拳が、アリエルの細剣と交錯する。

 火花が弾け、瞬間的に空間が蒸気と光に包まれた。


「ふふっ、これは・・・っ!」


 アリエルは目を輝かせる。だが内心、気づいていた。


 このホロウメイデン――常に防御に隙がない。


 いかなる角度からの斬撃も、予測されたかのようにいなされる。アリエルが距離を詰めて魔法剣を振り上げると、即座に防御魔法が展開される。

 しかもその反動として、拳での雷撃付きカウンターが襲いかかってくるのだ。


「くぅっ!」


 イエローカサブランカの右拳が地面を砕き、雷光がアリエルの背中に走る。それでもアリエルは踏みとどまり、斜め後方に跳んで体勢を立て直す。


(一撃が重すぎる・・・! ただの雷魔法じゃない。物理強化系と組み合わせてる・・・)


 だが、それでも。


 アリエルの唇が笑みに歪む。


「さすが・・・再利用されたとはいえ、かつての魔法少女。磨かれた“技術”は本物ですね・・・!」


 再び、スノードロップとアステリアの戦場へ。


 アステリアの全身が、純白の装束の上からさらに眩い光を放ち始めた。


 「だったら――出し惜しみはやめるわ!」


 両腕のガントレットに魔力が集束し、拳の先が粒子状に揺れる。


「砕けろッ!!」


 次の瞬間、彼女の拳から放たれたのは、目に見えない衝撃波。

 空気が潰れたように震え、距離があるにもかかわらずスノードロップの身体が浮き上がった。


 ドゴォォンッ!


 着弾と同時に氷結魔法の盾が破られ、スノードロップの身体が吹き飛ぶ。

 だがその直後、彼女は氷の翼を展開して体勢を整え、着地――その無表情に微塵の動揺もない。


 イエローカサブランカもまた、一歩も退かない。

 雷撃を纏いながらアリエルに再接近し、拳と蹴りを重ねる。


 アリエルはそれを剣捌きで捌きながら、狙い澄ましたカウンターを繰り出す。


 キィンッ、ギィィィンッ――バシュッ!


 相殺される雷と光の剣。


 だが――


「見えましたよ、その癖・・・」


 アリエルの声が、低く囁く。


 剣が、今度は回避不能の角度から切り込んでいた。そして、そのすべてを見守るカティファ・ベルフィの瞳は、相変わらず感情のない平坦なままだった。


「――そろそろかな?」


 不意に呟かれた、抑揚のない声。


 中庭に響いたその一言の直後、アリエルの身体が眩い光に包まれた。


「・・・え?」


 唐突な異変に、誰もが一瞬動きを止めた。


 アリエルの身を包んでいた華やかな魔法少女の衣装が、粒子となって空中に舞い上がり――


 シュウゥゥ・・・

 やがて彼女の姿は、かつての学園指定制服のまま露わとなる。

 銀の刺繍を施された濃紺の制服。だがそこに、先ほどまでの煌めく魔力の残滓はもうなかった。


 アリエルの目がわずかに見開かれる。

 すぐに理解した。


「・・・なるほど、マギアシステムとのリンクを切断されましたか」


 その言葉に、カティファ・ベルフィは無感動に頷く。


「そういうこと。魔法少女はマギアシステムにリンクしているからこそ魔法少女でいられる。

  それはつまり、私たちアレイシア国統制団の掌の上ということ」


 カティファの言葉は静かに、しかし絶対的だった。


「魔法少女である限り、ボクたちには逆らえない。わかり切ってることでしょう?」


 その言葉を合図にしたかのように――イエローカサブランカが無言で前進を開始する。


 ザッ・・・ザッ・・・

 雷の魔力が再び拳に収束される音が、アリエルの鼓膜に届いた。

 その圧倒的なプレッシャー。

 もはやアリエルには、それに抗う術が残されていなかった。


 それでも――


「ふふっ・・・」


 彼女は口元をゆがめ、薄く笑った。


「魔力も、魔装も、剣も無くなって・・・ようやく、少しはフェアですね?」


 心臓が鳴っている。汗がにじむ。全神経が、次の一撃に備えようと限界まで研ぎ澄まされていた。


 イエローカサブランカの拳が放たれる。

 それをかろうじて身をひねって回避――だが、雷の余波が背を焼いた。


「くっ・・・!」


 立て直す暇もない。次の拳がすでに迫っていた。


 アリエルは地面を蹴って跳躍するも、その軌道の先にイエローカサブランカの回し蹴りが待ち構えていた。


 バギィィィンッ――!


 重い衝撃。腹部を抉るような一撃に、アリエルの身体が宙を舞い、石畳の上に叩きつけられる。


「ごほっ・・・!!」


 制服の胸元が裂け、口元から赤黒い血がこぼれ落ちる。


 だが、それでも立ち上がろうとした。


 よろよろと膝をつき、ぐらつく脚を必死に支える――


「私は・・・まだ・・・っ」


 その瞬間だった。


 イエローカサブランカが、何の感情も見せないまま音もなく接近していた。


 気づいた時には、すでに距離はゼロ。


 ドスッ!!


 無機質な音と共に、雷の輝きを宿した拳が――アリエルの胸部に深く突き刺さっていた。


「――あ」


 言葉にならない。

 視界が、震える。

 喉が、震える。

 胸の奥から、ドクンッと脈打つようにして血があふれ出し、制服を真紅に染めた。


「ア・・・ス、テリア、さん・・・やっぱり、模擬戦・・・は、今度に、しまし・・・ょ・・・」


 震える指先をかすかに動かしながら、アリエルは膝を崩して――


 崩れ落ちた。


 血が、中庭の石畳に広がり、倒れた彼女の髪が、赤く濡れる。血だまりに伏したアリエルの身体はピクリとも動かず、彼女の体からは、もう魔力の気配は感じられない。


「アリエル・・・っ!!」


 アステリアの絶叫が虚空に響いた。血だまりに崩れ落ちた銀髪の少女。地面に伏した彼女の瞳は閉じられ、胸元からは赤黒い血が溢れている。

 けれど、アステリアはすぐに駆け寄ることができなかった。


 目前にはスノードロップ。氷の爪のような魔法を纏った両手で、なおもアステリアに襲いかかってくる。身を引けば即座に胸を貫かれる。退けばアリエルの命を見殺しにする――そんな状況だった。


「・・・どいてぇえええええっ!!」


 怒りと焦燥が交じった叫びを上げながらアステリアは拳を振るう。だがその拳で、届かせたいのは敵じゃない。仲間だった。


「やれやれ……」


 平坦な声が落ちてくる。


 カティファ・ベルフィ。国家魔法少女統制団の団長。


「イエローカサブランカもスノードロップもね、かつての筆頭主席たちだったんだよ。そんな連中に、魔法少女に変身することもできずに勝てると思ってたの?」


 涼しげな目が、血まみれのアリエルを見下ろす。


「魔法少女っていうのはね、マギアシステムとリンクして初めて“魔法少女”になれる。そのリンクを切れば・・・はい、おしまい。ボクたちアレイシア国の魔力統制の前には、逆らえないでしょ?」


 彼女はゆっくりとアリエルに歩み寄る。


「さて……せっかく新しい筆頭主席の素体が手に入ったんだし、次のホロウメイデン、作らせてもらおうかな」


 だがその時だった――


「……あれ?」


 カティファがぴたりと足を止める。異変を察知したのだ。


 確かに、心臓を貫かれたはずのアリエル。

 魔力も感知されず、完全に沈黙していた。

 ――にもかかわらず、彼女の魂が消えていない。


「なに、これ……?」


 直後だった。


 ――ズンッ!!


 空間が鳴動した。


 アリエルの身体から、白銀の魔力が爆発的にあふれ出した。


 その光が彼女の身体を包み込み、制服を焼き払い、純白と深紅を織り交ぜた新たな魔法少女の衣装が瞬く間に再構築されていく。


 地面に倒れていた彼女がゆっくりと立ち上がり、目を開いた。


「……死んだと思ったのですが……」


 彼女は自分の手を見つめ、指を開いたり握ったりして感触を確かめる。


「蘇生魔法……?いえそんなものは存在しませんし、これは蘇生とは別ですね。ふむ・・・。マギアシステムのリンクはありませんね。でも、この衣装は魔法少女そのもの・・・」


 やがて口元に微笑を浮かべ、呟いた。


 「なるほど、これが“覚醒”というものですか」


 そのとき、空気が凍りついた。


 圧倒的な魔力。放出されるその量は、もはやホロウメイデンを遥かに凌駕していた。口にべっとりついた自分の血を拭うと自分自身の魔力の感覚を確かめるように光の翼を広げて空を飛んだ。


 「・・・・・・っ」


 カティファは言葉を失い、瞳孔を揺らがせた。ありえない!このようなタイミングでしかもマギアシステムから切断されているのに覚醒するなど聞いたことが無い。いったいどういうことだ?カティファが思考を巡らせているその横でイエローカサブランカが無言のまま、再びアリエルへと襲いかかる。


 轟く雷鳴、稲妻を帯びた拳がアリエルに向かって突き出される――


 だがアリエルはそれを、まるで舞うような身のこなしでかわした。


 「さっきまでとは、何かが違う・・・!」


 カティファが驚愕する中、アリエルは自らの魔力を収束させ、一振りの光の剣を創り出す。


 剣はまるで意志を持っているかのように唸りを上げた。

 その刃で、一閃。

 イエローカサブランカが防御を固める前に、その身体に斬撃が走った。斬られたイエローカサブランカの身体から濁った黒々とした血が噴き出して周囲に散った。それでも顔色一つ変えないイエローカサブランカにアリエルも驚くでもなくただ淡々と次の一撃を叩き込んだ。


 横薙ぎの一閃、上段からの踏み込み、光と雷の激突――

 アリエルはまるで舞踏のように敵の攻撃をすべていなし、反撃を撃ち込み続ける。かつては互角だった二人の戦いは、今や完全な一方的展開に変わっていた。


 イエローカサブランカは沈黙したまま拳を打ち込むが、アリエルはその一撃の軌道を予測し、逆にその隙へと長剣を突き出した。


 「――終わらせましょう」


 アリエルが放った剣が、イエローカサブランカの胸元へと深々と突き刺さる。くしくも先ほどの光景の再現となったがそれは彼女を殺すための一撃ではなかった。元よりすでに死んでいる存在であるため殺すということはできない。


 故に刃が砕いたのは、心臓に張り付くように存在していた魔力結晶。



 バキィンッ!!



 心臓へへばりついていた魔力結晶が砕け散り、赤と青の光の粒子となって虚空へと消えていく。


 次の瞬間、イエローカサブランカの魔法少女の衣装が崩れ落ち、

 そこに残されたのは、国家魔法少女戦闘団の赤い制服を纏った一人の少女だった。


 その制服は、裾が裂けて、スカートが血と泥にまみれてボロボロになっており、戦いの傷痕が刻まれている。

 けれどその顔は――安らかな微笑みに近く、そしてすでに息をしていない。


 アリエルの足元に静かに横たわる彼女は、死してなお続いていた戦いから今ようやく、解き放たれたのだ。


地に伏したイエローカサブランカ――かつて魔法学園筆頭主席となり国家魔法少女戦闘団にてエースとして魔物を討伐し人々を守ってきた在りし日の魔法少女を静かに見下ろしながら、アリエルはそっと目を閉じた。


「・・・よく、耐えられましたね」


 その声は祈りのように柔らかく、そして誓いのように強かった。


 彼女の隣にしゃがみ込み、ボロボロになった制服の乱れた襟元を整え、泥に汚れた頬へそっと手を伸ばす。瞳を閉じることも許されず戦い続けたその少女に、アリエルはゆっくりと手を添えた。


 「今度こそ、ゆっくりお休みください。これは・・・命令じゃなくて、お願いです」


 風が静かに吹いた。


 どこからか漂う月光のような柔らかな魔力の揺らぎに包まれながら、赤い制服を纏ったその遺体が、光の粒子へと変わっていく。


 苦悶も悲哀も残さず、ただ静かに――まるで初めから、戦うために生まれてきたのではなかったと告げるように――穏やかに、天へと還っていった。


 アリエルはそっと立ち上がり、その姿を見送った。


 その視線の先――


 氷塊と爆発的な魔力の火花が交錯する激戦の只中に、アステリアとスノードロップがいた。


 凍てつく空気の中、アステリアの息は白く、額から滴る汗はすぐに氷に変わる。彼女の両手のガントレットは傷つき、すでに魔力の制御限界が近づいているのが分かった。


 それでも、彼女は一歩も退かずに戦い続けていた。


 「・・・手伝いましょうか? アステリアさん」


 アリエルがそう声をかけると、アステリアはちらりとだけ目を向け、にっと笑った。


 「いや、大丈夫。むしろ、私一人でやらなきゃね」


 「・・・?」


 「今目の前にいるのは私よりも更に前に筆頭主席となった方でしょう? そんな方に弱い筆頭主席の姿なんて見せたら安心して逝けないじゃない! だからこそ無様な後輩の姿見せるわけにもいかないでしょう。」


 言葉を終えると同時に、アステリアは拳を構えなおした。両脚をしっかりと地に据え、深く、深く、ひとつ息を吸い込む。


 「――はぁぁぁっ!」


 呼気と共に、右手の拳に魔力が凝縮されていく。収束し、圧縮され、まるで太陽のかけらのような光球が拳に宿る。きらめくその拳は、見る者に畏怖すら抱かせるほど美しく、そして危険だった。


 その光を睨み据えながらも、スノードロップは氷の刃を両腕に形成し、冷酷に魔法を放つ。


 だが――アステリアはすべてを見切った。


 「・・・遅い」


 氷結魔法が迫る中、アステリアは一切の防御魔法を使わなかった。ガントレットに魔法障壁も貼らず、ただ、目で追い、体で躱し、足で詰め寄る。


 光速のようなステップが氷を割り、空気を裂く。


 スノードロップが前方を氷漬けにする広域魔法を放つも、アステリアの姿はその中に飲み込まれ――


 直後、氷の塊に無数のヒビが走った。


 「――甘いッ!!」


 氷が砕け散る。そこから飛び出したのは、右拳に“光の核”を宿したアステリア。


 「これが私の最高火力《摩天楼》ッ!!」


 その拳が、スノードロップの胸元に叩き込まれた。


 ドガァァアァアアンッ!!!!


 空間が震え、真空のような爆風が周囲に押し寄せ、スノードロップの後ろの地面が一直線に抉れ、スノードロップの心臓に張り付いていた魔力結晶が、バキン――と、透明な硝子が砕ける音と共に砕け散った。

 

 同時に彼女の衣装が魔法少女のものから崩れ去り、そこに残されたのは国家魔法少女戦闘団の赤い制服。氷に焼かれたかのようなスカートの裾、無数の傷痕、擦れた軍靴――そこにいたのは、一人の少女だった。


 凍りついた血が固まり、淡い蒼い髪が氷片のように光を弾いていた。そして――その顔も、また。安らかだった。


 かつて戦場で命を落とし、死してなお使役されていた少女――彼女もまたようやく、戦いから解き放たれた。


 息も絶え絶えでやっと倒すことができたアステリアは、拳をそっと下ろすと、その場に膝をついた。流石に魔力を消費しすぎたためかアステリアの顔には疲労の色が見えた。それでもアステリアはゆっくりとスノードロップへと歩み寄ると彼女を見つめながら、ぽつりと語りかけた。


 「・・・どう? 今の私、ちゃんと強かったでしょう?」


 当然、返事はない。 眠るように目を閉じた彼女は、もう何も語らない。


 アステリアは、唇を少し震わせながらも、微笑みを浮かべて続けた。


 「今なら、少しだけ胸を張って言える気がするの。私も――あなたたちの背中に、ようやく届いたって」


 彼女の指がそっとスノードロップの胸元へと伸び、その制服の襟を整える。両手を穴の開いた胸の上で組ませ顔についている氷の粒をそっと払う。

 氷の粒がぱらりと砕けて、アステリアの指先に触れた。


 「だから、もう――ここから先は、私たちに任せて。

  あなたが命を懸けて守ろうとしたもの、今度は私たちが守るから」


 アステリアの声が、震えていた。けれどその瞳には、確かな光が宿っていた。その相手が誰なのかは分からない。だがそれでも同じように人々を守るために魔法少女を志して、筆頭主席となり戦場で魔物と戦い続けた勇敢なる魔法少女にアステリアは祈りの言葉を捧げた。


 「・・・ありがとう。そして、おやすみなさい。

  戦うことばかりを強いられた、名も知らぬ優しいあなたへ――」


 風が吹く。


 スノードロップの身体が、氷の結晶のようなきらめきを纏いながら、夜空へ溶けていった。そのとても幻想的な光景は美しくもどこか寂しかった。


 戦いが終わり静寂が場を包む中、地面には、統制団の魔法少女たちが誰一人として立ち上がれずに横たわっていた。そしてその中心に、月の意匠を掲げた杖を手に、カティファ・ベルフィが静かに立っており、先ほどまでの余裕など微塵も感じられず、彼女の顔にはただ無表情が浮かんでいる。


「・・・まさか、ここまでやられてしまうとは。流石のボクも、ここが年貢の納め時なのかな?」


 ぽつりと、虚空へこぼれる声。その目は伏せられ、肩が少しだけ落ちていた。


 それに対し、アリエルが静かに一歩前へ出る。


「では――降参していただけますか? お仲間は全員、戦闘不能です。ホロウメイデンにされていたお二方も、すでに解放しました。

 残っているのは・・・あなた一人です」


 アリエルの言葉に、カティファは目を細めた。


「そうみたいだね。・・・あ~あ。もう少しだったんだけどな、運がない」


 その言葉の直後だった。


 カティファは手にしていた月の意匠の杖を、自らの胸に迷いなく突き刺した。


 「――っ!?」「カティファ・・・!?」「な、何して――!?」


 アリエル、アステリア、ラキ、ミレイ、アナスタシア、皆が一様に驚愕の表情を浮かべた。統制団の団長カティファの行動にに5人はもう勝てないと思って自害したのかと考えた。

 だがその中でただ一人、タギツだけはその行動を見た瞬間、静かに目を細めていた。


「・・・命魂魔法を使ったのか」


「ターちゃん、“命魂魔法”って何なの?」とラキがすぐに尋ねる。


 タギツは眉をひそめ、吐き捨てるように答えた。


「自分の命をそのまま魔力に変換して、魂の形を変化させる最悪の魔法。

 莫大な力を得られるが――使ったが最後、人格も意思も消失して、ただの“バケモノ”に成り果てる」


 その瞬間、カティファの身体から禍々しい黒紫色の魔力が爆発的に噴き出した。重く、濃密で――まるで空間そのものを侵蝕するような魔力。

 彼女の身体を包み込んだそれは、眩い光とは正反対の、絶望の色。


 そして――変異が始まった。


 カティファの身体はゆっくりと、しかし確実に“人”から逸脱していく。白目が黒く染まり、金色の虹彩が猛禽のそれに変わる。

 頭部には漆黒の角が生え、背中からは竜のような尾が伸び、地を這い蠢く。

 腕は獣により近い獣人族に似た太さと筋肉を纏い、濃密な毛が覆い、爪は鋭く湾曲しており、脚部はハーピー族を思わせる猛禽類の鳥脚へと変化し、地面を爪で裂く。


 ――もはや、そこに「カティファ・ベルフィ」の面影はなかった。


 確かに魔法少女の衣装は身に纏っている。だがその姿は、複数の魔物を継ぎ接ぎにしたような、醜悪なキメラ。


 アステリアが息を呑んだ。


「これが・・・命魂魔法の代償・・・」


 異形と化したカティファは、もはや言葉を話すことすらしない。口を開けば、そこから漏れるのは低く、震えるような唸り声だけ。


 その視線が――アリエルとアステリアに向けられた。


 その瞬間、周囲の空気が音を立てて歪んだ。


 戦闘は、まだ終わっていなかった。むしろここからが、“本当の地獄”の始まりだった。


 異形と化したカティファ・ベルフィの咆哮が夜空を震わせる。唸り、軋み、狂気に染まった魔力が地を這い、空を裂く。

 圧倒的な力がその場を支配していた。


 そんな中で――ラキが静かに立ち上がる。


「よっと。さーてと・・・ここから先は、わたしたちに任せてくれる?」


 戦闘で傷つき、荒く息をするアリエル、アステリア、ミレイ、アナスタシアの4人が顔を上げた。


「・・・ラキさん、でも・・・!」


 アリエルが声を上げようとしたその瞬間、タギツが前に出た。


「無理だよ、今の君たちじゃ。ミレイとアナスタシアは覚醒直後に加えて魔力が枯渇寸前、アステリアもホロウメイデンとの戦闘で既に限界を迎えている。そして撤退するのに丸腰の3人だけで行かせるわけにもいかない。となればアリエル。君が殿をするんだ。 状況から考えてこれがベストだよ」

 このまま戦ったら・・・死ぬよ?」


 アステリアが歯を食いしばる。確かにタギツの言う通りだった。ここは敵のど真ん中だし、他の魔法少女達が更に戦いに参戦してきたらもうこれ以上抵抗できないかもしれない。ミレイやアナスタシアを守りながら撤退するので精一杯なのが現状だ。だがそれでも現実を否定できずに。


「でも・・・まだ、私・・・!」


「大丈夫!」と、ラキが柔らかく笑う。その笑顔には、どこか母性的な包容力さえ宿っていた。


「わたしはまだまだ元気溌剌だからね!それにミレイちゃんも、アナスタシアちゃんも。アステリアちゃんも みんな限界ギリギリでしょ? だから、ここから先は――わたしたちに任せて。ターちゃんと二人なら確実に勝てるし、勝ったうえで更に逃げ切ることもできる」


 そしてラキはアリエルの方を見てミョルミーベルを肩に担ぎながらいった。


「私と互角の戦いをしてくれるアリエルなら3人を守りながら拠点まで撤退できるよね? だってアリエル、強いもん!」


 ラキのその言葉にアリエルは静かに目を閉じた。そして数秒間の思考の末ふぅとゆっくり溜め息をつくと瞳をラキに向けて言葉を紡いだ。


「・・・わかりました。ですが、必ず・・・無事で。そうじゃないと模擬戦する相手が減ってしまいますので」


「アッハハハハ! 確かにそうだね!ちゃんと生き残ってまた楽しい楽しい模擬戦しなきゃね~」とラキがにっこり笑い、親指を立てる。


「じゃあ……お願い、するわ。ラキ、タギツ」


 アステリアがそういうとミレイとアナスタシア、アステリアの3人は立ち上がって疲れ切った身体に鞭打って走り出し、その最後尾を唯一魔法少女の状態のままのアリエルがついて行き、戦場から離れていった。


 その背中を見送りながら、懐から取り出したパイプを吹かしているタギツがぽつりと呟いた。


「そういえばラキと二人で連携して戦うのって、いつぶりだろうね?」


「そうだねー。いつも別々の敵と戦ってるもんね。

 でも連携プレイは久しぶりで――わたし、ちょっとワクワクしてるかも!」


 ラキが嬉しそうに笑い、腰を落としてミョルミーベルをくるりと背後に構える。黄金の戦槌が空気を裂き、淡く光る魔力の揺らぎを纏う。


 一方のタギツは、無言で懐から鎖の魔道具を取り出した。

 それは空中に展開され、まるで蛇のようにしなる。

 その表面にびっしりと刻まれた古代文字が淡く赤黒く輝き、魔力が流れ始める。


「そもそも一緒に戦う必要ないからね。

 ラキが全部沈めるか、僕が単騎で潰しちゃうのがほとんどだったし。

 連携なんて必要なかったから、まあ・・・これはこれで貴重だよ」


「じゃあ――」


 ラキは一歩前へ出て、笑顔のまま声を張った。


「楽しい連携プレイ! いってみよーッ!!」


 その瞬間、ラキの足元に爆発的な魔力が迸り、地面が割れた。

 タギツは浮遊したまま鎖を振り上げ、カティファの変異した瞳と真正面から睨み合い、咆哮が再び轟くと同時に――戦端が、開かれた。


 その戦いは、まるで舞踏会だった。


 ラキとタギツ――普段は別々に戦うことが多く、連携は不要だと語る二人。

 けれど今、彼女たちの動きは一分の隙もない。

 重なる呼吸、交錯する軌跡、火花のような魔力が夜空を彩る。


「っらぁああああッ!!」


 ラキがミョルミーベルを振り抜く。

 黄金の戦槌が唸りを上げて異形と化したカティファに襲いかかる。


 ガギィンッ!


 直撃寸前、カティファが展開した防御魔法の障壁が間一髪で受け止めた。

 だが、その瞬間を狙っていた。


「グラァアアッ!!」


 カティファが即座に火炎魔法を放つ。その一撃はラキの至近に炸裂しようとして――


「はいはい、通さないよ」


 タギツが横から割って入り、淡く輝く防御魔術の結界を展開。結界にぶち当たった火炎魔法はドゴォン!!と音を立てて止まるとそのまま向気を変えて上空へと飛んでいった。

 炎を受け流すように弾いたタギツは即ぞにカウンターに入った。鎖の魔道具が空を裂き、展開された鎖が、黒紫のキメラと化したカティファの身体を絡め取る。


「グルゥウ・・・ッ!!」


 カティファが不快そうに力任せに鎖を砕き、魔力の咆哮とともに拘束を脱する。

 だがそれこそが罠だった。


「そこッ!!」


 解かれた瞬間にラキが目前へと躍り出る。

 ミョルミーベルが大きく振りかぶられ、再び鋼鉄の音を伴って振り下ろされた。


 直撃――しかしカティファは直後に跳躍し、上空へと逃れる。そしてラキとタギツの頭上をとったカティファはその周りに無数の魔方陣を展開させた。


「・・・還ル・・・白・・・帳・・・」


「・・・静カ・・・凍テル・・・槍・・・」


「穿チテ・・・裂ケテ・・・静カニ・・・還レ・・・」


「・・・我ガ杖ハ・・・ドコヘ・・・門ガ・・・開ク・・・」


「・・・ワタシハ・・・白ト・・・結ブ・・・命・・・断ツ・・・」


「《ブランシュヴェイルダストテイル》」


最早詠唱なのかどうかも分からないぶつ切りの言葉を呟いたカティファが魔法の詠唱を完了した瞬間、凄まじい量の氷の槍の豪雨を降り注いだ。その光景は魔法学園でアリエルが使った光魔法「《スカイダストテイル》」や前線の要塞近くでレイナ率いる国家魔法少女戦闘団の現役魔法少女達が一斉に放った「《インフェルノダストテイル》」に似ていた。


 だが、タギツはすでに動いていた。


「あのさ、悪いのだけれどソレ、何度も見たから」


 宙に浮いたまま魔力弾を連射。氷の矢を正確に打ち落としながら、同時に鎖を再び伸ばし、蛇のように伸びた鎖がカティファの片足を絡め取る。


「――捕まえた」


「ッ・・・!」


「ラキ!」


「おっけー☆」


 次の瞬間、タギツが思いきり鎖を引き、カティファを地上へ向かって投げ飛ばす。


 その投げられた先――

 地に立つラキが、ミョルミーベルを担ぎ、にっこりと笑って待っていた。


「よ~し、ホームラン!」


 黄金の戦槌が、飛来してくるカティファの身体に直撃。


 ――ドォンッ!!


 爆音とともに、カティファの身体が地に叩きつけられ、地面が大きく抉れた。


 あまりにも綺麗に決まったがラキもタギツも当然のことのように自信に満ちた表情をしてた。連携プレイで戦うのは久しぶりだと言いながらも互いの呼吸は、最初から最後まで、完璧に揃っていたのだ。


「・・・く・・・い・・・にく・・・イ・・・」


 粉塵が晴れていく中、現れたのは、魔法少女とは呼べない異形の姿だけがそこにあった。それの声は呟きのような呻きから始まり、やがて確かな言葉となって漏れ出す。


「憎い……! 憎い憎い憎い憎い!!」


 濁った瞳がギラつき、吐き出される声は怨嗟に染まっていた。


「どうしてボクだけ・・・バカにされ、見下されなきゃならない・・・!」


 牙を剥き、喉を震わせ、体中から黒紫の魔力を吐き散らすカティファ。


「ボクは・・・ごく潰しのロクデナシじゃないッ!!」


 その叫びはもはや言葉ではなく、絶叫と狂気の混ざり合った咆哮だった。


「認めさせてやる!! 誰にも見下されてたまるか!! バカにされてたまるか!! すべて踏みにじってやる、怨嗟と共にッ!!」


 唾を撒き散らし、四肢から血を流しながらもカティファが吠える。


「う~ん、まあ憎しみの気持ちはあるのは分かったけどさ――」と、ラキが呑気な顔で肩をすくめる。「それって結局、劣等感の裏返しだよね? 劣等感は誰にでもあるから別にいいけど・・・他人支配しても、自分が強くなったわけじゃないと思うんだけどなぁ?」


「ラキ、正論言っても通じないよ。今の彼女に必要なのは、生暖かい目で憐れんであげることだよ」と、タギツがため息混じりに言った。


「えっ、そうなの!? なるほど! じゃあそうする!」


 その会話に、理性を欠いたはずのカティファがぶちギレた。


「ダマレダマレダマレダマレダマレダマレェェエエエエエ!!!」


 獣の咆哮のような絶叫とともに、地を裂く勢いで飛びかかってくる。

 その巨体が疾風のように迫るも、ラキとタギツは一歩も退かず、まるで舞うように冷静に動いた。


 ラキのミョルミーベルが正面から炸裂。


 それを受けながらも止まらず、怒涛のように突進するカティファ。

 続けざまに戦槌が肩、腹、足へと叩き込まれる。


 それでも崩れない執念の塊に、タギツが静かに構えていたマスケット銃を撃ち放った。


 ――バシュッ!


 石化弾が足に命中。

 瞬く間にカティファの脚が石のように硬直し、動きが鈍る。

 だが、それすらも引きちぎって地面に倒れ込み、這いずるように向かってくる。


「うわっ、マジでやば・・・」


 ラキがカティファの雷撃魔法を受け止め、弾き返す。

 その直後、タギツの放った二発目の石化弾が、カティファの両腕に命中。


 腕ごと、破裂するように砕け散った。


 四肢を失ったカティファ。

 だが、それでもなお、牙を剥き、呻きながら地面を這い、にじり寄ってくる。


「そこまでして、自分の力を・・・周りに見せつけたいの?」ラキの声が、もはや呆れ混じりだった。


「ボクハ・・・サイジャクジャ・・・ナイ・・・!」


 その呻きは、最早妄執の亡霊のようなものだった。タギツが無感情な目でそれを見下ろし、小さく息を吐く。


「・・・もはや、執念だけが残ったか。ラキ」


「うん?」


「悪いけど、トドメを刺す・・・いいね?」


 ラキは黙って頷くと、ミョルミーベルを地面に突きさし、軽く肩をすくめた。


「うん。ターちゃんがそうしたいなら任せるよ。・・・どうやら元には戻せそうにないみたいだしね。私には人を殺せないからターちゃんに任せる」


 そういうとラキは突き刺したミョルミーベルの隣に立ち、くるっと後ろを向くと瞳を閉じた。 タギツは改めて両手でマスケット銃を構えて地べたを這いずる一人の魔法少女に狙いを定めた。四肢を失い、魔力の奔流すら枯れ果て、なおも這い続けようとしていたカティファの身体が、ふと――ぴたりと動きを止めた。


 瓦礫と血と塵にまみれた地面に、崩れるようにうつ伏せとなる。重たく沈み込むような沈黙と共にいつしか分厚い灰色の雲が空を覆い、ポツリポツリと雨が降り始めやがて雨足は強くなり冷たい水がその場にいる3人に降り注いだ。

 ずぶ濡れになりながら地に伏すカティファのその背を、タギツは無言で見下ろしていた。感情の一切を乗せない、冷えた目で。


 次の瞬間、カティファはゆっくりと顔だけを横に向けた。雨水と土が混ざり泥水となった地面をこすり顔に泥が付きながらも身体は動くことなく地面に伏したまま。黒く濁っていたはずの瞳に、ほんの一瞬だけ、わずかな「人間」の色が戻る。


 ――残っていたのだ。

 失われたはずの魂の、かすかな欠片が。


 それは理性でも、誇りでも、憎しみでもなく、ただ純粋な疲労と、諦念の残滓。


「・・・バカにされて・・・見下されて・・・もう・・・疲れた・・・」


 その声は、そこにいる一人の魔法少女の心の底からの独白であった。しかしその声すらも降りしきる雨音にかき消され、近くにいたタギツ以外誰にも聞こえることはなかった。そして唯一カティファという魔法少女の最後の言葉を聞いたタギツは何も言うことなく、ただ静かに、確かに――マスケット銃の引き金を引いた。


 パンッ。


 乾いた銃声が響き、その瞬間、カティファの頭部に撃ち込まれた石化弾が、彼女の全身を静かに、完全に石化させていった。


 苦悶も、執念も、悲鳴も、なかった。


 ただ灰のように崩れた石の欠片が、風に乗って、夜空へと舞い上がっていく。


 まるで、狂気の中にわずかに残されていた少女の魂が、ようやく解放されたかのように――。


 タギツはその光景を降りしきる雨の中無言で見つめ続けた。






 ―――――






 バァンッ!!


 重たい音を立てて、拠点の扉が勢いよく蹴り開けられた。


 その瞬間、拠点の中にいたアステリア、アリエル、ミレイ、アナスタシアの四人が一斉に振り向く。


「――ラキさん!? タギツさん!」


 驚きと安堵が入り混じった声が上がる。


 開いた扉の奥、降りしきる雨のカーテンの中から姿を現したのは――ラキ・ラウフェーディア・ソート。

 びしょ濡れの長い金髪を背に、背中には同じく雨に濡れたタギツ・ツクヨをおんぶし、右手には黄金の戦槌・ミョルミーベル、左手には木製の車椅子をぶら下げていた。


「ただいまー! うん、みんな無事だね、よかった~!」


 全身をずぶ濡れにしながらも、ラキはいつもの陽気な笑顔を崩さずに声を張った。


 その姿に、一瞬呆然としたように見つめていたアリエルたちは、次第にその目に安堵の色を浮かべ、走り寄ってくる。


「無事・・・無事に、帰ってきてくれて・・・」


 アステリアが小さく震える声で言い、アナスタシアも思わず胸を押さえながら息をついた。


 ラキはタギツを背中から下ろすと、軽やかに車椅子を組み立ててそこへ座らせる。


「ほいっ、着地オーケー! ターちゃん、ちゃんと座れた?」


「・・・ああ。まったく、何度も振り落とされそうになったよ」


 タギツはそう言ってふうと小さく息を吐き、懐から小さなパイプを取り出すと、静かに火を灯して一服し始めた。

 白い煙が静かに漂う中、戦いの余韻がようやく現実に戻りつつある。


「ラキさんがタギツさんを背負ってきたんですか? それはまた何故?」


 ミレイが不思議そうに尋ねると、ラキは笑いながら答えた。


「だって、そっちのが速かったからね! ターちゃんって元から魔力総量が少ないから!もう平均以下!だから少しでも魔力節約のために私が背負ってきたの~。 重さ? ぜんぜん大丈夫! あたし、怪力だから♪」


「・・・無理やり背負われたんだ。ラキったら、問答無用で持ち上げて走り出すんだよ?僕は自分で移動できるというのに」


「だって拠点戻るなら少しでも早い方がいいでしょ? ちょっとくらい振り落とされそうになっても、根性で耐えてくれると思ったし!」


「根性じゃどうにもならない速度だったよ・・・振り落とされないように指食い込ませるのに必死だったよ」


「アハハ! ターちゃんの指の痕、肩に付いちゃった♪」


 タギツがぼやくように言いながら煙をふうと吐き出し、ラキは笑顔で笑いながら濡れた長髪を手でバシャバシャと乱暴に絞って水を床に滴らせていた。


「それにしても・・・」


 アリエルが一歩近づき、二人の姿をじっと見つめながら微笑む。


「こうして帰ってきてくれて、本当に、良かったです」


「そっちこそ、ちゃんと逃げ切れて何よりだよ。私達、がんばったんだよ?ね?」


 ラキは誇らしげに胸を張りながら、タギツの方へ軽く親指を向ける。


「まあね」


 タギツも短く頷き返す。


 外ではまだ雨が降り続いていた。けれど、拠点の中だけは、仲間の帰還と再会の温もりに包まれていた。


 それから数時間が経過した。


 外では依然として冷たい雨が降り続き、地下拠点の地上通路には、壊れた瓦礫から雨水が伝い、コンクリートを打つ雨垂れの音がポツポツと静かに響いていた。


 ミレイとアナスタシアの魔力は、激戦の代償としてほぼ枯渇状態に陥っていた。緊急の回復が必要だったが、問題は――この拠点に魔力回復役薬など存在していないということ。


「魔力回復薬なんてあったっけ? というかあったらアステリアさんが真っ先に使ってそうだよね~」


 ラキは言いながら、棚を探していたが、やはり空だった。と言うよりも他の物資はあるけれど魔力回復薬はなかった。何故魔力回復薬だけないのかと尋ねると「この前、魔力を使いすぎちゃってその時に魔力回復薬を大量に消費しちゃって今は備蓄がないの」とのことらしい。


 「そもそもこんな隠れ家に補給物資を期待するのが間違ってる。潜伏していると成ればそうそう備蓄が揃うことはないだろうし、素直に休んで回復するのを待った方がいい」


 タギツはくぐもった声でぼやき、煙草の代わりにパイプをふかしていた。


 だが、その時だった。


「大丈夫です。――私に任せてください」


 頼もしげな声と共に立ち上がったのはアステリアだった。自信満々のその姿にミレイが一瞬引きつった笑みを浮かべるが、アステリアはすでに奥の調理場へと足を踏み入れていた。そしてすぐさま始まる、料理とは思えない“音”。




 ギャギャギャギャギャギャギャッ!  ガリゴリゴリ・・・パシュンッッ!!




「・・・ねえ、今の音、鍋が爆発したんじゃ・・・」


 アナスタシアが静かに呟いた。


「むしろ、何か錬成してませんか? ほんとに料理してるのでしょうか?」

 

 ミレイがとても不安そうな表情で調理場を見つめていた。


 やがて調理場の扉が開き、アステリアが戻ってきた。


 その手には、湯気の代わりにもくもくと紫の煙を立てる皿。そしてその皿の上には――どろどろとした紫色の塊。時折、「ボコォ・・・」と生命活動のような音すら立てている。


「できました~! マボ煮こと《魔力暴走煮込み》ですっ!」


 一同は動かなかった。


 その瞬間、空間の空気密度が変わったような錯覚すらあった。


「・・・アステリアさん。それって・・・魔法学園の食堂で噂されてる“あの料理”ではありませんの・・・・・・・?」


 アナスタシアが、うっすら引き攣った声で尋ねた。正直違うと言ってほしいと願っていたアナスタシアだったが無慈悲な返答が返ってきた。


「そうですよ! 魔力回復に超効くって評判のあれです♪」


 アステリアは、どこまでも無邪気な笑みを浮かべている。


「効く・・・のは確かですけど・・・」


 アナスタシアは額を押さえながら、震える声で言葉を続ける。


「それ、学園内でも《悪名高き魔力回復食》として知られている品ではありませんか・・・」


 そう――《マボ煮》こと《魔力暴走煮込み》。

 その二つの料理は、魔法学園の食堂で“魔力回復効果は抜群”とされていたが、同時に極めて強烈な副作用でも悪名高かった。


 腹痛、めまい、吐き気、倦怠感、発光、幻覚、語尾に変な口癖がつく(※個人差あり)などなど――

 副作用は「食後10秒以内に現れることもある」とされ、食堂でも99%の学生が絶対に手を出さない、いわく付きの料理。


「・・・あの時の噂、本当だったんだ・・・」


 ミレイが震える手で皿を見つめた。


「でも、これがないと、また戦場で魔力切れを起こすことに・・・」


 アナスタシアがつぶやく。


「というか・・・これ、なんで作れるんですの? そもそも“誰”が考案したのかと・・・」


「・・・あ、私です♪」


 アステリアが、朗らかに言い放った。


「・・・・・・・・・・・・・」


 全員、沈黙。


 まるで凍りついた時間の中で、ラキだけが明るい声を上げた。


「へぇ~、マボ煮子ってアステリアさんが考えたんだ! スゴイねー!」


「・・・いや、褒めるとこそこじゃない・・・」


 タギツが天井を見上げてため息をついた。


「で、これ食べないと・・・ダメ・・・ですよね・・・?」


 ミレイは顔を青くしながら、アステリアの笑顔に視線を向けた。

 目の前の皿からは、いまだにボコボコ・・・ッという、どこか生き物じみた音が立ち上っている。色は毒々しい紫。湯気も、なぜか虹色に揺れており、見ているだけで意識が遠のきそうだった。


 頭の中では、「これはダメなやつ」と警鐘が鳴っていた。

 だが同時に、身体の奥からは「もう魔力が足りない、このままでは次の戦いに耐えられない」とも叫んでいる。


 (魔力は回復したい・・・でも・・・でもこれは絶対におかしい・・・)


 ミレイの胃袋が先に拒否反応を示す。彼女はこっそりスプーンを押し返そうとするも、指がわずかに震えていた。食べたら終わる・・・けど食べなきゃもっと終わる・・・!

 選択肢がどちらに転んでも絶望の匂いが漂っていた。


 そんなミレイの苦悩などまるで気づいていないかのように、アステリアはにこやかに微笑んでいた。


「もちろん、無理には言いませんよ? でもこのままだと・・・魔力欠乏でまともに動くことすらもできませんよ?」


 ――その笑顔が、なぜか怖かった。


 朗らかな表情に、じわりとにじむ“確信”。

 どんなに拒絶しようとも、「どうせ食べることになる」とわかっている者の余裕だった。


 (圧がすごい・・・)


 思わずそう呟いたのはアナスタシアだったが、ミレイも心の中でまったく同じ言葉を反芻していた。


 静まり返った部屋に、紫色のマボ煮子の湯気だけが漂う。


 アナスタシアはついに観念し、もはや祈るような表情でスプーンを手に取った。その手は小刻みに震えており、視線は皿に向けられず、天井をぼんやりと見上げている。


「せめて・・・せめて味だけでも・・・まともでありますように・・・」


 言葉は、まるで遺言のようだった。その背に、何かを諦めた者の覚悟がうっすらと漂っていた。


 そしてアステリアだけが、変わらぬ微笑みを浮かべていた。

 ――“絶対に効くから大丈夫”という、自信満々の笑顔。

 しかし、誰もが知っている。この料理を食べた者が副作用で地獄を見てきたということを。というか実際ラキがこれを食べて発光した前例がある


 皿の中から、再び「ボゴォ・・・」と不穏な音が鳴った。


沈黙の空気が張りつめる中、ミレイとアナスタシアは顔を見合わせ、深く息を吸い込んだ。


「・・・い、行きますわよ・・・!」


「う、うん・・・一緒に・・・!」


 そう言って、二人はほぼ同時にスプーンを構え、紫色のマボ煮をすくい上げる。

 近づけるだけで、鼻腔を刺激するなんとも言えない甘辛酸苦い混合臭。正直、嗅覚が先に限界を迎えそうだった。


 だが――口に入れた瞬間、二人の表情が凍りついた。


「・・・あれ? お、おいしい・・・?」


「・・・うそ・・・普通に、いやむしろ美味では・・・?」


 見た目に反して、マボ煮は舌の上でほどけるように溶け、複雑な香辛料と旨味が絶妙に絡み合っていた。

 意外すぎる美味に、ミレイもアナスタシアも一瞬だけ夢見心地になり、思わず追加でもう一口、そしてもう一口と運んでしまう。


 だがその時だった。


 バシュウッ!!


 突如として、二人の身体から光のエフェクトが噴き出した。


「えっ!? ちょっ、これ何!? えええええっ!?」


「ま、まさかこれが・・・魔力回復の・・・エフェクトっ!?」


 室内に魔力の奔流が渦巻き、空気がビリビリと震える。

 二人の髪がふわりと逆立ち、瞳が輝き、全身からメキメキと音を立てて膨れ上がる魔力。魔力量、急激に回復――というよりオーバーフロー寸前!


「す、すごい・・・っ! 一瞬で満タンどころか・・・! 溢れる・・・!」


「なんですのこれ・・・これが本当に、あのマボ煮の力・・・っ!?」


 だがその直後――


 もふっ。


「・・・へ?」


 ミレイの頭の上に、白くふわふわの狐耳が生えた。


「ちょ、ちょっと!? なにこれ!? 耳っ!? 私に耳が増えて――きゃっ!? 尻尾までっ!?」


 バサッとスカートの後ろから狐のようなふわっふわな尻尾が生えてきて、ぴんと立ち上がった。


「ちょっとぉぉぉおお!? なんで!? なんでケモ耳に!? 副作用ってこれぇ!?」


 隣でミレイが叫ぶ横、アナスタシアにも同じ現象が。


「え・・・あ、ちょっと待って・・・この尻尾、私にもついて――うわぁぁぁぁぁ!!」


 二人は全力で絶叫した。


 アリエルが呆然としながら「・・・これは・・・副作用・・・?」と呟き、タギツが珍しく目を丸くしながら「マボ煮、怖ッ」とポツリ。唯一、アステリアだけは全く気にせず「副作用が出るのは稀なんですけどね~。しかも今まで見たことない症例ですね!」と朗らかに微笑んでいた。


 それからおよそ一時間後。二人のケモ耳と尻尾はふっと音もなく消え、何事もなかったかのように元に戻った。


「ほ、ほんとにひどい目にあいましたわ・・・」


「私、もう二度とマボ煮食べません。絶対に食べません」


  狐耳と尻尾が、ぱふっと煙のように消えると、ミレイとアナスタシアは一斉にその場で力が抜けたように崩れ落ちた。


「・・・戻った・・・ほんとに戻った・・・」


「このまま一生、狐耳と尻尾のままだったらどうしようかと思いましたわ・・・」


 顔色は真っ青、呼吸は乱れ、額には冷や汗。

 二人とも目の焦点が少し合っていない。とても魔力が回復したとは思えぬ消耗ぶりだった。


 そんな彼女たちの姿を見て、アステリアはなぜか少し拗ねたような顔で呟いた。


「ええ~・・・マボ煮の副作用発生率って、1.2%くらいですよ? そんなに嫌がることないじゃないですか。むしろ当たった人はレア! くじ引きみたいで楽しいですよ?」


「楽しくありませんわ!!」


 アナスタシアが即座に反論する。

 続いて、ソファにぺたんと座り込んでいたミレイが、半ば魂の抜けた目で呟いた。


「やっぱり筆頭主席になるような人って・・・感性がぶっ飛んでるんですね・・・」


「私はまともな感性してますよ? さすがにマボ煮の副作用に興奮するような異常性癖はありません」


 アリエルが凛とした表情で補足するが――


「あなたはそれ以前に戦闘狂じゃありませんの!? 普通の人みたいな口ぶりで言わないでくださいまし!!」


 アナスタシアの鋭すぎるツッコミが炸裂し、室内の空気がいっとき笑い混じりのものへと緩む――その瞬間だった。


 ギィィ・・・

 古びた木製の拠点の扉がきしみ、静かに開いた。

 湿った外気が入り込み、濃い雨の匂いが室内に流れ込んでくる。


 誰かが入ってきた。

 その姿を見て、全員の目が点になる。


 山吹色の髪に、瞳の奥に浮かぶ幾何学的な魔方陣の文様。

 とてもこの場に似つかわしくない――それでいて、どこか懐かしい雰囲気を纏った人物。

 アレイシア魔法学園の学園長。

 どう見ても少女にしか見えないのに、口調はどこか年寄り染みていて、歪んでいて、不思議な説得力がある。


 誰もが言葉を失った。

 この拠点は、明らかに反体制側の地下組織・ディアボロスの活動拠点だ。

 そこに、国家の中心である魔法学園のトップが――何の前触れもなく現れたのだ。


 彼女は濡れた紫色のロングコートを無造作に壁のフックに掛けると、さも当然といった態度で椅子に座り、深く息をついた。


「それにしても・・・ひどい雨じゃのう。傘の結界も意味がなかったわい」


 その口調は、間違いなく――いつも学園で授業や訓示を飛ばしていた、あの学園長のものだった。


 続いて、彼女は戸棚からコーヒー豆を取り出し、調理場の方へと向かっていく。

 この拠点の備蓄にどこに何があるか知り尽くしている動きに、ラキ・ラウフェーディア・ソートとタギツは目を細め、互いに無言のまま視線を交わした。


「え・・・? な、なんで・・・学園長が・・・?」


 アリエルが困惑の表情のまま、ぽつりと呟く。


 狐耳のショックから抜けきれていなかったミレイとアナスタシアも、完全に言葉を失っていた。

 その場に重苦しい沈黙が流れる中で――唯一、平然と声を出したのはアステリアだった。


「あ、リーダー来てたんですね。お疲れさまです」


 空気が凍りついた。


 全員がアステリアを見た。

 信じられないものを見る目だった。

 リーダー? 何の? 誰の? 今の“リーダー”って・・・・・・。


「・・・え、ちょ、待って。リーダーって・・・まさか・・・」


 ラキが困惑を口にしようとしたそのとき、調理場から戻ってきた学園長が、湯気の立つコーヒーカップを片手に、やれやれと肩をすくめた。


「・・・ほんに、おぬしらは勘が鈍いのう。わしが――ディアボロスのリーダーを務めておるんじゃよ」


 その言葉は、雷鳴のように一同の頭を貫いた。


 魔法学園の頂点にして、国家側にいるはずの人物が――反体制の最深部で指名手配犯たちを匿っていた組織の首魁だった。

 冷静なタギツでさえ、目を細めて腕を組み直し、ラキは目をまんまるに見開いていた。


 アリエルは「そんな・・・」と小さく息を漏らし、ミレイとアナスタシアは口をパクパクさせてまったく声が出せなかった。


 その様子を見て、学園長はくつろいだ様子でコーヒーの香りを楽しみながら、ぽつりと言った。


「さて――そろそろ“最後の作戦”に向けて準備を始めるとしようかの」


「いや――その前に、色々と聞きたいことがある」


 その静かな一言が、場の空気を一変させた。

 低く鋭い声の主は、タギツ・ツクヨ。湿った銀髪を手で払いつつ、赤い瞳が鋭く学園長を射抜く。

 冗談や戯れなど一切を許さぬ眼差し。

 まるで今そこにいる人物の正体が、味方か敵か――一瞬で判断しようとしているような、獣じみた気配さえまとっていた。


「何故、僕たちがここにいることに、一切の疑問を抱かない?」


 ぴたりとその言葉に場が静まる。


「そして、どうして“ディアボロスのリーダー”だと言うなら、最初にそう告げなかった?

 僕たちは外の国から依頼されてここに来た。

 それを知っていながら正体を隠した――

 本当に、君は僕たちの味方なのか?」


 淡々とした口調でありながら、込められた意図は明白だった。これはただの質問ではない。確認であり、警告でもある。


 ラキは目を丸くしながらタギツを見たが、口は挟まなかった。

 アリエルは腕を組み、視線を逸らさずにじっと学園長を見据え、

 ミレイとアナスタシアは緊張の色を浮かべて硬直したまま、事の成り行きを見守っている。


 だが――

 そんな重苦しい空気の中にあっても、学園長はまったく動じていなかった。

 まるで「やれやれ」とでも言いたげに、カップを手にふぅと湯気を吹き、軽く一口すすってから答えた。


「ふむ、まあ順番に答えてやるとしようかの」


 その口調は、相変わらずどこか悠々自適な隠居老人のようだった。


「おぬしたちがここにおることを知っていたのは、簡単なことじゃよ。

 アステリアから連絡が来ておったからの」


「・・・」


 タギツが無言でアステリアの方を見るとアステリアはうへぇと嫌そうな表情をしながら「はい。私がリーダーに連絡しておきましたよ。だ、だって組織のリーダーにちゃんと言っておかなきゃでしょ?」と答えた。


「それとラキとアリエルの件については、レイナから連絡があった。

 『信頼できる者たちだ、迎え入れるのがいい』――と、な。

 それでこの拠点へ向かわせていると伝えてきおったわ」


「それじゃあ次の質問・・・どうして最初に正体を明かさなかった?」


 タギツは詰めるように問いかける。だが学園長の答えは至って呑気だった。


「そりゃあ・・・当然じゃろうが。

 いきなり“実はわし、国家転覆狙っとる反体制組織のリーダーでのぉ~”なんて告げたら、

 密告されるかもしれんじゃろう?

 おぬしらがどれだけ信頼できようとて、最初から心を許すほどわしは甘くないわい」


「・・・それは、まあ・・・」


 ラキが苦笑しながら頬をかいた。


「それに――アステリアは勝手に正体を喋ってしもうたがの。おぬしたちがどんな反応をするか、少し興味もあったしな。うまくいけば強力なカードにも成りうる」


 アステリアは気まずそうに肩をすくめて、口の中で「すみません」とだけ呟いた。

 タギツは小さく溜息をつき、車椅子の、まだ表情は警戒を緩めていない。


「それでな――レイナの奴から連絡を受けた直後にフェルティ・フレイラの奴からミレイとアナスタシアが連行、拘留されたと聞いてな。

 どう救出するか頭をひねっていたんじゃが・・・」


 そこで言葉を切り、学園長は口角を上げる。


「・・・おぬしらが派手にやってくれたようじゃの。まったく・・・拠点へ戻ってきたって報せを受けたときには、正直、耳を疑ったわい」


「仕方なかったの」


 アリエルが腕を組み直して言った。「あの場では、時間をかけていられなかったから」


「まあ、結果オーライというやつじゃの。おかげで作戦の準備が一気に進んだ。マギア統制省の関連施設は現在混乱も混乱状態じゃわい。なにせ国家魔法少女統制団が機能不全を起こしておるからの。さらに、全員五体満足でそろってここにおる。

 ならば――次にやるべきことは、ひとつじゃ」


 そう言って学園長は手を伸ばし、傍らの革鞄から数枚の紙を取り出す。

 パサリ、パサリ――と音を立てて、目の前のテーブルに広げられたその紙は、詳細な地図だった。


 見慣れた都市の俯瞰図。そしてそこに描かれているのは――マギア統制省の関連施設。

 塔の構造図、地下研究所の見取り図、拘禁施設のセクション分け・・・いずれも機密級の情報に他ならない。


「三つの任務を同時に行う。

 これが最終作戦じゃ。おぬしたちの力――存分に使わせてもらうぞ」




 机の上に広げられた三枚の作戦図。そのひとつひとつに記されたのは、マギア統制省の中枢――塔、研究所、そして大監獄。それぞれが決して一筋縄ではいかぬ敵地であり、そこを同時に制圧するという計画は、まさに《ディアボロス》最大の反攻作戦だった。


 だが、緊張と熱気が入り混じる空気の中、ひときわ不安げな声が割って入る。


「・・・あ、あの~・・・」


 挙手すら控えめに手を挙げたのはミレイだった。その表情には不安と戸惑いが色濃く浮かんでいる。


「私たちも・・・その作戦に参加しないと、ダメなのでしょうか?」


 視線を合わせることさえためらうような様子に、周囲の視線がそっと向けられる。

 無理もない。彼女もアナスタシアも、先ほどまで魔力切れと狐耳騒動で死にかけていたのだ。そもそもミレイもアナスタシアも学生の身分だ。現役で前線で戦っている魔法少女でもない、ましてや抵抗組織ディアボロスの戦いに参加するなど尋常ではなかった。アナスタシアも言葉に出さずともそのことが気になっていたのか硬い表情で学園長の返答を待っていた。


 学園長はというと、肩肘も張らぬ様子でふわりと首をかしげた。


「ん? 別に強制ではないぞ?」


 その言葉にミレイが小さく安堵の息をつく――が。


「ただし――おぬしら、すでに指名手配されとるがな」


 学園長のあまりにさらりとした一言に、場が一瞬静まり返った。


「・・・え?」


 呆然と声を漏らしたのはミレイだった。まるで寝耳に水だといった表情で目を見開き、硬直する。


 学園長はどこ吹く風といった調子で、指を一本立てながら続けた。


「犯人隠避罪と逃亡罪。おぬしたち、タギツが何処にいるか全く言わなんだじゃろう? それが犯人隠避罪に該当して、拘留場からの脱走も立派な逃亡罪になる。残念じゃったのう」


「ざ、残念じゃ済まないですよ!? ど、どど、どうしよう!?」


 ミレイは声を裏返らせながら顔面蒼白になって立ち上がりかける。だがその動揺とは対照的に、タギツは冷めた声で肩をすくめた。


「今さら慌てたって、もう指名手配されてる。諦めなよ」


「そ、そんな・・・」


 ミレイは崩れるようにその場にへたり込み、アナスタシアも眉間を押さえて項垂れた。


「私たち・・・ただ放課後に少し話を聞いていただけですのに・・・な、何故このようなことになっておりますの・・・」


 本来ならば、今日も魔法学園で静かに授業を受けて、誰かと喫茶室でお茶でもしていたはずだった。それが今や、国家に追われる身――完全に巻き添えである。


 そんな二人の動揺など露ほども気にせず、学園長はカップを傾けて湯気をくゆらせる。


「とはいえ、おぬしらはまだ軽い方じゃ。罪状なんてな、どうとでもでっち上げられるものよ。

 要は――敵にとって邪魔かどうか、それだけの話じゃ」


 ミレイとアナスタシアは絶句するしかなかった。正義も証拠も関係ない、ただ都合の悪い存在だから処罰する。そんなあからさまな理不尽を、国の最高学府の学園長があっさり口にしているのだから。


 しかし、さらに追い討ちのように放たれた言葉が場を凍らせた。


「ちなみに――アリエル。おぬしとラキ、タギツは、アステリアと同じく国家反逆罪じゃからな。捕まったら・・・まあ、処刑じゃろうな」


「――あ~、やっぱりそうなります? うんうん、罪状でっち上げるならやっぱそれくらい派手じゃないと」


 アリエルは驚くでもなく、納得するように首をコクコクと縦に振った。


 そして隣ではラキが、特に緊張感もなくにっこり笑っていた。


「わ~い☆ なんかそれっぽい罪名ついちゃった~♪ 処刑されちゃう~、いやだなぁ~♪」


 軽い。軽すぎる。


 ミレイとアナスタシアは同時に、明らかにドン引きした視線を送っていた。


「・・・この人たち・・・国家反逆罪って聞いてるのに・・・なんでそんなテンション軽いの・・・?」


「私たちの常識が通用しないお二人だとは思っておりましたが・・・頭のネジ飛んでおりますわね」


 捕まったら処刑されるという状況なのに全く気にもしていないラキとアリエルにドン引きするミレイと、そういえばこの二人はそういう常識の埒外の人たちでしたわと納得してしまうアナスタシアをよそに学園長はほうと一息ついて言葉を締めくくった。


「逃げ場は、もうない。ならば進むしかなかろうて――この理不尽な状況を変えたければ、の話じゃがな」


 地図と作戦概要を語り終えた学園長は、熱くも静かに湯気を立てるコーヒーを一口すすると、落ち着いた調子で言った。


「三つの拠点はそれぞれこの街の中央地区、東地区、南地区に分かれておる。では、順に配置を伝えるぞ」


 全員の視線が地図に集中する。


「まず、東地区の研究所。ここでは覚醒者の研究――加えてホロウメイデンの開発が行われておる。そこを落とすのはラキとアリエル、お前たちじゃ」


 アリエルが静かに頷き、隣のラキはすでに気合が入っているのか、拳をグッと握って「おーっし!」と気合を入れていた。


「次に南地区の監獄エリア。ここにはマギアシステムの秘密に触れた者たち、都合の悪い者たちが幽閉されておる。そこはミレイとアナスタシア、そしてディアボロスの主力部隊で向かうのじゃ。おそらくかなりの人数を救出せねばならぬゆえ、人手は多いに越したことはない」


 ミレイとアナスタシアが緊張の面持ちで頷いた。が、その手には微かに力が入っている。戦う覚悟は、もう決まっていた。


「そして最後に――マギアシステム中枢の塔。ここには・・・確証はないが、接続された覚醒者たちが眠っている可能性が高い。コアの破壊と覚醒者の解放――アステリアとタギツ、お前たち二人で行ってもらう」


 重責を告げられたタギツとアステリア。タギツは淡々と目を伏せ、無言でうなずいた。だがアステリアは驚いたように目を見開く。


 その直後、アリエルが手を上げて尋ねた。


「学園長。・・・なぜこの配置になったのですか?」


 その問いに、学園長は「ほう」と唸り、僅かに口角を上げた。


「理由は明白じゃよ。まずはミレイとアナスタシア――おぬしらはまだ戦闘能力的に突出してはおらぬ。いきなり脅威度の高い戦場へ放り込めば、それこそ死にに行くようなものじゃ」


「・・・・・・ッ」


 二人は反論できなかった。事実として痛感していたからだ。


「ならば、おぬしらには救出に特化した任務が適任。しかも監獄エリアは最も脅威度が低い。他のディアボロスの者も動員するし、解放した者たちを即戦力として組み込める。作戦展開としては、ここから始めるのが一番安定するのじゃ」


 地図の上をなぞる指が、東へ移動する。


「次に研究所。ここは厄介じゃ。覚醒者の生体研究とホロウメイデンのメンテが行われている。つまり、ホロウメイデン本体がいる可能性が高い」


 その言葉に全員が一瞬静まり返る。ホロウメイデン――それはただの人形兵器などではなく、かつて人間だった魔法少女が、死後に魔改造されて作られた忌まわしき存在だ。


「個人戦闘能力の高いラキとアリエルでなければ対応は難しい。ホロウメイデンとの戦闘になるやもしれぬからな」


「そっか~・・・アリエル」


「なんですかラキさん?」


「私はホロウメイデンを倒すことはできても殺すことはできないから。だから最後はお願いね?」


「・・・わかりました」


 アリエルがそう言うと、ラキは安心したようだった。


 そして、学園長の指が最後に中枢塔を指し示す。


「アステリアとタギツ。マギアシステムの中枢部は情報が極めて乏しい。つまり、何が起こるかわからぬ。だからこそ、突発事態への応用力と判断力のある二人を向かわせる。これは・・・おぬしらにしか任せられんのじゃ」


 そこでタギツが口を開いた。


「・・・でも、アステリアはおっちょこちょいだよ?」


「な、なっ・・・! 私はおっちょこちょいじゃない! ちょっとドジをすることはあるけど・・・ちゃんと、ちゃんと優秀なんだからねっ!?」


 プンスカと顔を真っ赤にして叫ぶアステリア。


 しかし、学園長はうんうんと頷きながら補足する。


「たしかに、やらかすことはある。が、ゲリラ戦となると話は別。あやつは歴代筆頭主席の中でも随一の適応力を持っておる。突発事態への対応力は天下一品じゃ。安心して連れていくがよい」


 タギツは数秒、じっとアステリアを見つめていたが、やがて肩をすくめて言った。


「・・・わかった」


 アステリアが少しだけ、誇らしげに胸を張る。


 そのやり取りを確認した学園長は、ゆっくりと全員を見渡し、静かに、しかし熱を秘めた声で言った。


「――では」


 机の地図に手を置き、ニンマリと唇を吊り上げた。


「勝ちに行くとしようかの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ