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旅人ちゃんの紀行日記  作者: きりん
14/22

人形の街クラフティ―リアの狂愛の人形

人形の街クラフティ―リアにてユノ・ピグマリオンのエミリアの所有者となったフィオナ。これはそのフィオナとエミリアのお話し そしてラキとタギツとの別れと新たな旅立ちのお話し

 むかーしむかしあるところに3人の少女がおりました。


 とある街の宿屋でその少女は朝の木漏れ日に照らされて目を覚ました。金色の髪に毛先が徐々に茶色くなったロップイヤーを垂れさせながら眠っていた彼女ーフィオナはぼんやりと目を開けると視界一杯に金色の髪が広がっていた。

 本来宿屋の天井が見えているはずのなのだがフィオナの視界には金色の髪の毛がまるで繭のように優しく彼女を包み込んでいてその根元に視線を移すと美しい少女の人形ががっちりフィオナに抱き着いていた。しかも長い髪の毛をフィオナの腕や足、腰に指の間にまで絡みつかせていた。

 彼女はエミリア。かつてはレーンブルグという所に住んでいた貴族令嬢だった。彼女は優しい父親と母親、そして使用人たちに囲まれて何一つ不自由ない幸せな生活を送っていた。

 そんなエミリアの元に形代の魔女という存在が現れてエミリアを人形へと変貌させてしまった。大好きな父親母親使用人に領民からすらも存在を忘れ去られてしまい、ただの人形へとなり果ててしまった。

 孤独と寂しさに精神を蝕まれ、徐々に狂気に染まっていってしまった彼女は人形の世界を創りだし、そこへ幼い子どもを引きずり込んでは人形に変えて孤独を埋めようとしたが、フィオナにそんなことしても孤独と寂しさが消えることがないでしょう?と見抜かれて自分が友達になってあげるから子ども達を解放してと説得され人形の世界を閉じ子ども達を解放し、その代わりに自身の自壊を待つばかりだったエミリアとフィオナが契約を果たしエミリアの所有者となり人間でも人形でもない曖昧な存在であったエミリアを完全なユノ・ピグマリオンという人形へと変化した。

 それ以来、エミリアはずっとフィオナのそばを離れようとしなかった。フィオナはエミリアに完全に好かれたのだ。狂気的なまでに。

 これは後になってエミリアに教えられたことだがユノ・ピグマリオンという人形は唯一たった一人の所有者に所有されることを望む性質があるということと、その所有者を狂気的なまでに愛する狂愛の人形でもあるということを・・・。


 フィオナが起きたのに合わせてフィオナもゆっくりと瞳を開いて微笑みながらフィオナに囁いた。


「フィオナ・・・おはよう♡」


「おはようエミリア・・・とりあえず出してほしいな。視界が金色一色だししかも身体動かせないんだけど」


「ダメ♡」


「いや、トイレ行きたいんだけど!?」


 必死にもがくフィオナだが金色の髪の繭に包まれている上に全身くまなく絡みつかれているため動けないし、解けなかった。


「エミリア本当に解いて!も、漏れる!!」


 エミリアは渋々絡みつかせていた髪の毛を解くが凄く名残惜しそうにしていた。だがフィオナはそんなことお構いなしにトイレへと駆け込んだ。


 もちろんトイレへ行きたいというのは本当ではあるが、漏れそうではなくただ単に一人の時間を確保するためである。こうでもしないとエミリアは何処にでもついてきてしまうのだ。


「ふう、とりあえず一人の時間確保・・・ん?」


 ドアを閉めて鍵をかけてから少ししたときだった。扉の前に誰かが来たかと思うとゴソゴソと何かが這う音を立てている。

 なんだ?と思っているとトイレのドアの下の隙間からエミリアの金髪がスルスルと侵入してきた。


「エミリア!?!?」


「フィオナ?」


 ドアの向こう側からエミリアが甘ったるい声を上げて名前を呼んできたがフィオナはそれどころではなくすぐさまドアを押さえた。


「待って!本当に待って!開けないで!入ってこないで!!」


「どうして?・・・そんなところに一人で閉じこもって・・寂しいでしょう?」


「ぜんっぜん寂しくないから!トイレは一人でするものだから!!」


 必死にドアを押さえるフィオナだがそんなことお構い無しに入り込んだ髪の毛がドアの鍵に絡みついて解錠しようとしていた。

 ガチャンと音を立てて鍵が解錠されるとドアが軋む音とともに少しずつドアが開かれドアの隙間からエミリアが顔を半分だけのぞかせながら覗いてきた。


「どうして抵抗するの? 私のこと・・・嫌いになっちゃったの?」


「違うそうじゃない!トイレしてる所みられるのが恥ずかしいの!!」


「フィオナ、隠す必要なんてないのよ。何も恥ずかしがることないわ。さぁ、ドアを開けて? わたしはフィオナの全てを受け入れるわ」


 そういってドアを無理矢理開ようとするエミリアにフィオナは思わず悲鳴を上げた。


「受け入れなくていい! トイレくらい一人でさせてぇえええ!!」


その言葉と共に少女フィオナの1日が始まった。フィオナは何とかエミリアをトイレの外に出すと素早くトイレを済ませてダッシュで飛び出すと宿屋の1階にある食堂に入った。

 元々この宿屋は少し値段が張った高級志向というところではあったが貴族専用とかではないため食事は基本的にこの1階の食堂でとるのだ。本来なら・・・


「フィオナ。そんなことしなくていいわ。フィオナが食べるものは私が全部用意してあげる。だってフィオナの身体の中に入るものは私が管理しないと・・・」


そんなことを口走ってきたのだ。フィオナは最初は冗談かなと思ったがマジで料理を作ろうとしていたのをみて本気で食事管理する気でいると思った。

 さすがに全部管理されるわけにはと思い急いで食堂に走っていったが


「フィオナ・・・言ったよね?フィオナの食事は私が作るって。どうして私が作ったもの以外を食べようとするの?」


 光のない瞳で顔の横から覗き込むようにそう問いかけるエミリアに冷や汗をかきながらもフィオナは答える。


「えっと・・・だって、私・・・たまには自分で選びたかったから。エミリアが作るご飯は美味しいけど、いつもそればかりだと、ちょっと…その…飽きちゃうかなって・・・」


「私の料理・・・飽きちゃったの?マズかったの?そうなの?」


「そうじゃなくて!たまには別のを食べたかっただけだから!それだけだからエミリアは気にしなくていいんだよ!」


「私以外の人が作った料理でフィオナが満足するなんて私耐えられない。フィオナの食欲を他の人が満たすなんて・・・そんなの許せないじゃない?」


 無表情でじーと見つめながらいうエミリアの目は無垢なほどに冷たく、でもその瞳の奥には激しい執着がひしひしと感じられる。独占欲と深い嫉妬が感じられた。

 至近距離からじーと見つめエミリアの金色の髪の毛がフィオナに絡みついて言い逃れを許さないと言わんばかりの圧をかける


「エミリア、わかってる、わかってるよ。でも、私、少しだけ自分の力でできることを増やしたいの。

 エミリアが作る料理はおいしいし、私のためにって頑張ってくれるのもすごく嬉しいよ。でも、たまには私も自分でやってみたいだけなんだ。何も悪気はないんだよ。お願いだから怒らない意でね?」


 そういうとエミリアはまだ不服そうではあったが渋々了承してくれた。たまには料理するのも悪くないと思ったのは本当だし、料理自体は好きなのでフィオナは厨房に行って料理を作ると食堂に戻ってきて我流の料理を食べた。


「う~んまあ、いい出来栄えかな?」


「フィオナ フィオナ。その・・・わたしも食べたいわ」


「ん?いいよ~ はいどうぞ」


 そういって作った料理をエミリアに渡したフィオナだったがそういえばユノ・ピグマリオンって人形なんだよね?人形って食事必要なの?というか食事できるのか?

 そんな疑問を察したのかエミリアが愛おしそうにフィオナの手料理を眺めながら答える


「本来は私に食事は必要ないわ。でもフィオナが作ってくれたものだから食べるわ。安心して食べたものは魔力に変換できるから」


 そういってフィオナの手料理を食べながら幸せそうにするエミリア。その光景にフィオナは少し気恥ずかしかったが嬉しかった。


「ああ、良いわ。全身にフィオナの愛が染みわたるわ。私の身体の中にフィオナが・・ああ、入ってくる♡」


「やっぱりそれ全部私が食べる!返してエミリア!!」


「ヤダ♡」


 髪の毛がうねうね動いて料理を取り上げられまいとがっちりガードしてフィオナが手を出せない間にエミリアは全部食べてしまった。エミリアが最後の一口を食べ終わると、満足そうに微笑んでフィオナを見た。


「おいしかったわ、フィオナ」


「ああ・・えっと、よかったよ。うん」


 フィオナは結局エミリアが大半を食べちゃったと思いながらもエミリアが幸せそうにしてくれたのっでまあいいかと食堂を後にした。ピッタリついてくるエミリアと一緒に宿屋の部屋に戻ると既にラキとタギツは起きており、ラキが元気よく挨拶してくれた。


「フィオナ、エミリア おはよう!」


「ラキさんおはようございます」


「・・・おはよう」


 フィオナは元気に返事をし、エミリアはフィオナの後ろに隠れるように半分顔を出してぶっきらぼうに答えた。

 フィオナしか信用できないと言いたげな表情で髪の毛をうねうねさせながらジト目でラキを睨みつけた。


「あらら。まだ信用されてないか~ まいいや。フィオナは今日はどうするの?私は今日もクラフティ―リアの人形のお店を見て回る予定だよ~」


「え? う~ん、そうですね。これと言って決めてなかったですけれど、とりあえず私も色んな店を見てまわろうかな」


「なら、私もフィオナといっしょにいくわ。フィオナの行くところに私もいくもの」


 すかさずそういってフィオナに絡みつくエミリアをあははと微妙な笑いを浮かべてラキが「それじゃあ私はもう行くね~」と言って部屋を飛び出していった。

 後に残ったタギツだったが彼女はベッドの上で微動だにしてなかった。既に起きているのに動かないタギツにフィオナは恐る恐る話しかけた。


「あの~ タギツさん?」


「・・・」


「あの~!」


「( ˘ω˘)スヤァ」


「ってベッドの上で上半身起こしたまま二度寝してる!?」


 とても器用な二度寝に思わずツッコミを入れたフィオナだったが起こすのも忍びなかったのでそのまま寝かしておくことにした。

 普段は不愛想なその少女の寝顔が年相応の可愛らしい顔をしてたので思わず見入ってしまったがエミリアがあり得ないものを見るかのような視線を送ってきた。


「なに見惚れてるのフィオナ?この人に見惚れる要素どこにあるの?見惚れていいのは私だけでしょこんなのに見惚れないでよフィオナの目が腐っちゃうじゃない」


「いやいや、見ただけで腐るわけないじゃない。ただ単に綺麗な顔だなって思っただけだよ」


「・・・綺麗?邪悪の間違いじゃなくて?」


「誰が邪悪だ。エミリア」


「うわぁ!?起きていたんですかタギツさん」


 先ほどまで寝ていたはずのタギツがいきなりしゃべりだしてびっくりしたフィオナだったがエミリアはふんっと鼻で笑いながら薄い笑みを浮かべた。

 

「あら、てっきり寝てるんだと思ってましたけど起きてたんですね。永遠にねてればいいのに」


「寝てる人のそばで騒ぐやかましいどっかの人形のせいで目が覚めたよどうもありがとポンコツ人形」


 ピキィという音がフィオナのすぐ近くで聞こえ、フィオナはとっさにエミリアを押さえた。


「は?殺っちゃうよ?殺っちゃっていいよね?ね?」


「エミリアダメだよ!! タギツさんも煽らないでぇええ~!!」


 フィオナが必死に止めるがエミリアは髪の毛を束ねると槍のように鋭く伸ばしてそのまま突き出した。タギツはそれを防御魔術の結界を槍一本分だけ展開して防いだ。

 エミリアは攻撃にさらにヒートアップして髪の毛の槍を更に数本増やしてしかも先ほどよりも攻撃速度を速くした。槍の雨のように降り注ぐ攻撃にタギツは攻撃が当たるタイミングに合わせて髪の毛の槍一本分だけ展開するという行為をエミリアの攻撃速度と同じ速さで行った。

 その技術力の高さにフィオナは目を見開いた。


「・・・もう満足した? その単調な攻撃じゃあ僕の防御魔術の結界を突破することはできないよ」


 肩で息をしているエミリアはキッとタギツを睨みつけるが、それ以上手出しをしなかった。どうやっても攻撃を当てられないことを悟ったのか動けずにいたのだ。

 タギツは魔術で浮遊して車椅子に座ると懐からパイプを取り出して煙を吹かしながらフィオナとエミリアの二人の方を向いて「それじゃ、僕も街に出て本屋で魔術書を探してくるからあんまり遅くなるんじゃないよ」といって宿屋を出た。


「ぐぎぎぎぎっぎぃいい!!」


「エミリア。凄い顔してるよ。顔が歪んでるよ。顔面からミシミシってしちゃいけない音しているよ?」


 凄まじい形相と共にエミリアの髪の毛が彼女の感情を表すかのように揺れ動いていた。エミリアの髪はまるで生き物のように逆立ち、床を打ち鳴らすたびにバシン、バシンと乾いた音が響く。顔を真っ赤にして歯を食いしばりながら、エミリアは悔しさに震えていた。ぐっと両手を握りしめ、爪が手のひらに食い込むほど力が入っている。


部屋の空気がエミリアの怒りに呼応するようにざわめき、まるで目に見えない炎が立ち上るかのようだった。怒りで潤んだ瞳はタギツが消えた扉を鋭く睨みつけ、今にもそのまま追いかけそうな勢いだ。


「はぁ・・・はぁ・・・ぐぅ・・・ぅううぅ・・・!」

押し殺した唸り声が漏れ、髪の毛が一層激しく鞭のようにしなる。壁の飾り棚がそれに巻き込まれ、ガタガタと揺れて危うく倒れそうになる。


「エミリア! お、落ち着いて!! 大丈夫だから私は好きだよエミリアの事。ポンコツだなんて思ってないから!最高の人形だよ!!」


 そういってエミリアの頭をなでなでするフィオナ。フィオナからの言葉と頭なでなででふぅふぅ言ってるエミリアが徐々に落ち着きを取り戻していった。


 エミリアの呼吸も次第に穏やかになり、睨みつけるようだった瞳がしっとりと潤みを帯びた柔らかなものに変わる。眉がゆるみ、わずかに口元がほころんだ。


 フィオナはさらにもう一度ぽんぽんとエミリアの頭を優しく叩く。まるで「よしよし」と心をなだめるように。


「あ~やっぱりフィオナはいいわ~ 心が安らぐしいい匂いするしああやっぱり愛しいわフィオナ~」


 そういってエミリアがフィオナに絡みついてきた。すっかりいつもの調子に戻ったエミリアにフィオナは「一緒にお出かけしいない?」と提案する。

 どうせ、部屋にいてもすることがないのだ。人形の街クラフティ―リアにいる間にこの街のお店を見て回りたいといった。


「・・・フィオナと一緒にいられれば私はそれでいいのに。 ねえフィオナずっと部屋にこもってましょ?それがいいわ」


「いやいや、それじゃつまんないよ。たまには外へ出ないとね。それともエミリアだけお留守番している?」


「・・・・・お留守番? ふふふ、それは何かの冗談かしら? そんな怖いこと考えちゃダメよ、フィオナ♡」

「こ、怖いこと!?」 「だってフィオナがいない間、寂しくて寂しくて部屋じゅう這い回ることになっちゃうもの。嫌でしょ?」

 

 フィオナの脳裏にふと浮かんだその光景。

薄暗い部屋の中、狂気じみた笑みを浮かべたエミリアが四つん這いになり、まるで獣のようにギリギリと床を爪で引っ掻きながら這い回っている。

 長い髪が宿屋の床を引きずるたびに不気味な擦れる音が響き、絡みつく髪の房がまるで生き物のようにうねうねと蠢いていた。

壁にぶつかっても気にする様子はなく、目は虚ろに見開かれ、ひたすら何かを探すかのように、よじ登り、這い回り、這いずり回る。怖ッ!!


「あ~、じゃあエミリアも一緒に行こうか!!」


 冷や汗をかきながら改めてその狂気じみた愛情に笑顔が引きつるフィオナだった。





 ―――――






 街へ出たフィオナとエミリアは街の中心部から少し離れた所に来ていた。人形の街クラフティ―リアは人形職人の街と言うこともあって簡単に食事を済ませてすぐに製作に戻ったり製作しながら食事をとる人形職人がいたりもするため片手で簡単に食べられる軽食文化が昔からあるのだ。


「エミリアは何か食べたいものとかある?」


「・・・わたしはフィオナの手料理だけ食べたい。他の人が作ったものなんて食べない」


「え~そんなこと言わないで食べようよ~ わたしが一人で食べちゃうよ?」


「それよりもフィオナ?私が作ったもの以外を食べるつもり?私の手料理じゃ満足できないの?そうなの?」


「そうじゃないよ! ほら私昔から買い食いが好きだからさ~。人形の街の軽食文化楽しみだったんだよね~」


「でも、私の手料理以外をフィオナの身体の中に入れるだなんて・・・そんなの、耐えられるわけないじゃない」


 フィオナを上目遣いで見つめるエミリアは耳元で囁くようにつぶやいた。


「フィオナの体はすみずみまで、ぜんぶ、わたしのもの。だから責任をもってフィオナのお腹を満たしてあげるわ♡ だから、ね?他の人が作った食べ物なんていらないのよ?」


 そういって軽食屋台から引き剥がそうとするエミリアだが、フィオナは違った。

 せっかくこの街の軽食文化を体験できる機会なのだから軽食を食べる方法はないかと考えたフィオナはエミリアの拘束に抗いながら、フィオナは頭をフル回転させ、ふと、エミリアの台詞が脳裏をよぎる。


「フィオナの体はすみずみまで、ぜんぶ、わたしのもの」


 その言葉にフィオナの目がキラリとひらめいた。


(だったら、エミリアの手で屋台の料理を食べさせてもらえばいいんじゃない!?)


 フィオナはわざと困ったようにエミリアを見上げ、甘えるように言った。


「じゃあさ、エミリア。わたしの身体に入れる食べ物、エミリアの手で食べさせてくれる? エミリアがわたしに食べさせてくれたら、エミリアの手料理と同じくらい、幸せになると思うなぁ~?」


 エミリアの手の動きがぴたりと止まる。

 フィオナの言葉を反芻するように繰り返し、ゆっくりと考え込んだ後——エミリアの唇がふにゃりとほころんだ。


「・・・なるほど。たしかに、わたしが“食べさせてあげる”なら、それはわたしの支配のうち……ふふっ♡」


 エミリアはフィオナを軽食屋台の前まで連れ戻すと、器用にトングを使って屋台のアップルパイを摘み上げた。


「フィオナ、口をあけて? わたしの手で、ほら、食べさせてあげる♡」


 フィオナは思わず心の中でガッツポーズを決めた。

(やった! これで屋台の味も楽しめる!)


 サクッと歯が入り込む瞬間、香ばしいバターの風味とともに焼きたての生地がほろりと崩れる。

 中からとろける甘酸っぱいリンゴの果肉が舌の上に広がり、シナモンの優しい香りが鼻を抜ける。じんわりとした甘さとほのかな酸味が絶妙に絡み合い、口いっぱいに幸せが満ちていく。


「おいしい~♪」


「そうよね!そうよね!私がフィオナにあーんしてあげているんだもの!美味しいわよね!」


「エミリア!ほかにもあーんしてほしいな?」


 全力で甘え倒しにかかるフィオナにエミリアは完全に上機嫌になり、次の屋台、次の屋台と、色々な屋台の食べ物をフィオナに食べさせた。

 さすがにそろそろお腹が限界になってきたフィオナはもう食べモノ食べるのはいいかなと思ったがエミリアの暴走が止まらない


「フィオナ。はい、あーん♡」


「エミリア・・もう・・お腹いっぱい」


「そんなことないよね? フィオナはまだまだ食べれるよね?ね?」


「いや。もういい。もう食べられない・・・」


 お腹えおさすりながら苦しそうにフィオナはベンチに座った。流石に食べすぎたかもしれないとちょっと後悔しながらエミリアに別の所も見てみようと提案してみる。


「ふふ、フィオナがそう言うなら・・・仕方ないわね。手は離さないでよ?」


 二人は並んで長屋の通りを歩き出す。左右には味わいのある木造の店が軒を連ね、どの店先も趣向を凝らした品々で賑わっている。飴細工の屋台では、職人が小さな金棒を操りながら淡い色の飴を巧みに動物の形に仕上げ、透き通るような光沢が陽にきらめいていた。

 隣の陶器屋では、小皿や湯呑みが整然と並び、柔らかな青磁の色合いが目を引く。さらに先には、木の枝や革紐を使った手作りのアクセサリーが吊るされた小さな細工店もあり、風に揺れる飾りがカラカラと涼しげな音を立てる。


 そんな中、ふと視線を奪われたのが、道の脇に張り出された布看板だ。『人形作り体験コーナー』と墨で大きく書かれた文字の下には、素朴な木棚に並べられた白い布のぬいぐるみの原型や、色とりどりのボタン、毛糸の束が並んでいる。店先では子供たちが夢中になって針と糸を手に取り、それぞれの思い描く小さな命を形にしようと奮闘していた。


「人形作りかぁ そういえば人形の街に来たのに人形作りはやったことないんだよね。せっかくだから人形作りしてみようかな?」


 その言葉にピクッとエミリアは固まった。そしてギギギと音がそうな動きでフィオナの方を向いて光のない瞳を向けた。


「え・・・? 人形なんて、フィオナはわたしがいれば十分じゃないの? どうしてわざわざ他の娘を作ろうなんて思うの?どうして可愛がる相手を増やそうとするの?フィオナの愛情を向けていい相手は私だけでしょう?そうでしょう?」


「せっかく人形の街に来たから人形作りを体験してみたかったんだ! それに人形のお友達が増えたほうがエミリアも喜ぶと思ってね。」


「・・・ふふっ。フィオナ、そうやって言えばわたしが喜ぶと思ったのね?」


エミリアはゆっくりと微笑む。でもその微笑みは、どこかひどく歪んでいる。目が細まり、けれどその奥で嫉妬の炎がぎらぎらと燃えている。アレ?


「違うわ。違うのよフィオナ。私にお友達はいらないのフィオナがいればそれでいいの。たとえその相手がただの人形でも・・・フィオナの心がその子に向くだけで、胸がぎゅうっと苦しくなっちゃうの。そんな私が嫉妬でおかしくなっちゃうようなことしないでちょうだい?ね?」


「大丈夫だよ、エミリア。わたしが作りたいのは、ただのひとつの体験だけ。持ち帰ったり、可愛がったりするためじゃないんだ」


エミリアが唇を噛みしめながらフィオナを睨む。だけどフィオナは微笑みながら続ける。


「ただ、どんなふうに作るのか知ってみたいだけ。材料を選んで、形にして・・・それだけなんだ。作ったらその場で置いていくよ。エミリア以外のものをお家に連れて帰ったりしないから」


 一瞬、エミリアの目が細くなる。葛藤が浮かぶその顔は、苦々しさと執着が入り混じっていた。


「・・・ほんとうに、それだけ? ほんの遊びで、すぐにわたしだけを見てくれるのね?」


「もちろん。終わったらすぐエミリアと一緒に帰るよ」


 エミリアはわずかに不満げなまま、けれど愛しい人の願いを断ち切れず、しぶしぶ息をつく。


「・・・なら、いいわ。でも、作っている間もずっとわたしのことを考えていてね? その人形がフィオナの心を奪わないように、ちゃんと見張っておくから♡」


 その言葉にフィオナはすぐに目の前で子ども達がやっている人形作りに加わった。子ども達が様々な材料を使って様々なぬいぐるみを作っており、フィオナは楽しげに目を輝かせながら子どもたちの輪に加わった。

 色とりどりのフェルトや綿、ボタンにリボン。机の上には所狭しと材料が散らばっている。小さな手で器用に針を動かす子もいれば、夢中になって綿を詰めている子もいる。笑い声と真剣な息遣いが入り混じる中、フィオナは材料を手に取りながら、どんなぬいぐるみにしようかと胸を弾ませた。


 エミリアはその様子をすぐ傍で見守っている。腕を組みながら髪の毛を動かしてうねらせそわそわしながら、フィオナの動きを追いかける視線は熱を帯びていた。

フィオナがどの布を選ぶのか、どのボタンを目に使うのか、そのひとつひとつに心がざわつく。


フィオナはふわふわの白い布を選び取り、優しい手つきでぬいぐるみの胴体を形作りはじめた。次に、鮮やかな赤い糸を針に通し、小さな口元を縫いつけていく。どこかで見覚えのある愛らしい微笑みが形になっていくのを、エミリアはじっと見つめた。


(・・・やっぱり、どこか私に似せてる気がする)


エミリアはわずかに唇を尖らせながらも、フィオナの指先が器用に動くたび、なぜか胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

嫉妬と誇らしさが絡み合う、甘く苦い感情。


「・・・ふふ、まぁいいわ。どんな子を作ったとしても、結局フィオナの隣にいるのはこのわたしだけなのだから」


 そんな独りごとを呟きつつ、エミリアは椅子に腰掛けると、あたかも偶然を装いながらフィオナの隣にすっと寄り添った。子どもたちの中で、ただひとり熱っぽい視線を注ぎながら。


「できたー! なずけてえみりあちゃん人形!!」


 フィオナがそういって掲げたぬいぐるみは可愛らしいエミリア似のぬいぐるみだった。初心者にしてはなかなかかの完成度で店主の犬人族のおじいちゃんも「お嬢ちゃん上手だね~。 初めて作ったのにここまでできる娘そうそういないよ」と褒めてくれた。


「えへへ、そうかな? 結構ぬいぐるみづくりの才能あったりして?」


 そんな冗談を言いながらフィオナは手に持ったえみりあちゃん人形を店主のおじいさんに渡して「コレ、大事にしてください!」と言った。


「あれ?持って帰らないのかい?」


「はい。エミリアが嫉妬しちゃうので」


 フィオナは少し残念そうにしていたが、まあエミリアがいるからぬいぐるみがなくてもいつも抱き着いてこられているので寂しくはない。

 そう自分に言い聞かせているとエミリアが横から手を伸ばしてえみりあちゃん人形をじーっと見つめた。


「このぬいぐるみ。私がもっているわ。フィオナもいいでしょう?私が持っていても」


「え? 別にいいけど・・・置いていかなくていいの?」


「・・・フィオナが作ったものを誰かにあげたくない、嫌。でもフィオナがこのぬいぐるみを可愛がるのも嫌。なら私が引き取るしかないでしょう」


 エミリアはそう言いながら、「えみりあちゃん人形」をぎゅっと胸に抱きしめた。まるで他人に触れさせたくない宝物のように、その小さな体を両手で包み込む。碧色の瞳が鋭く細められ、ぬいぐるみを睨みつけるように見つめていた。


「だって……フィオナの手で作られた私なのよ? こんなにも愛情をこめて作られたぬいぐるみ。ほんと嫉妬しちゃうけど私が持つなら話は別。フィオナの匂いも、温もりも、全部染み込んでるわ。なら誰にも触らせない。誰にもあげないわ」


 そういって大切そうに抱えるえみりあちゃん人形がポンッという音と共に消えた。一瞬でぬいぐるみが消えたのを見てびっくりするおじいさんを放置してエミリアはフィオナの手を握った。


「そろそろ宿屋に帰りましょうフィオナ。晩御飯はもちろん私の手料理♡」


 そういうとフィオナの腰を髪の毛でぐるぐる巻きにして離れないようにしてそのままフィオナを連れて行った。本当はもう少し街を見ていたいと思っていたが既に日は傾いていた。夕暮れに染まる街を眺めながら二人で宿屋に帰ると食堂に行き、エミリアが晩御飯を作ってくれた。


宿屋の食堂はこぢんまりとしていたが、木のぬくもりが心地よく、窓から差し込む夕暮れの光がテーブルをやわらかく照らしていた。

 エミリアは手際よく厨房に立ち、鍋から立ち上る湯気と香ばしい匂いが空間を満たす。髪の毛を巧みに操って器用に食材を切り分け、火加減も完璧に調整して料理を作っていた。


「わあ……いい匂い。なんだかレストランみたいだね」


 フィオナはエミリアの働きぶりに目を細め、椅子に腰を下ろす。足元には、エミリアの髪の毛がまだ腰に絡みついたまま。完全に逃げられない状態だった。


「当たり前でしょう? フィオナに食べさせるんですもの、手抜きなんて絶対にしないわ」


 しばらくして料理がテーブルに並ぶ。煮込み料理にふわふわのパン、彩り豊かなサラダに、温かいスープ。どれもこれも美味しそうで、思わずフィオナの口元が緩む。


 全ての料理を運び終えたエミリアは椅子に腰掛け、フィオナの向かいに座る。そして、料理を小さなお皿に取り分けるとフォークで刺してフィオナに差し出した。


「はい、あーん♡」


「・・・フィオナ・・・何度も言ってるけど、自分で食べられからね?だからー」


「はい、あーん♡」


「・・・」


「あーん♡」


 エミリアの瞳は冗談ではなく、本気だった。フィオナが抵抗するほど徐々に髪の毛が足に絡みつきスプーンを手に取ろうと手を動かすと瞬時に髪の毛が絡みついて椅子の肘置きに固定された。フィオナは観念して、口を開けた。


「・・・あーん」


「ふふ、いい子ね。はい、どうぞ」


 エミリアが器用にフォークで煮込み料理を口に運ぶ。

 柔らかく煮込まれた肉と野菜の甘みが口の中に広がり、思わず笑顔になる。


「おいしい! エミリア、ほんとに上手だね!」


「ふふ・・・フィオナが美味しいって言ってくれるなら、それだけで私は幸せよ」


 窓の外ではすっかり夜となり、ほのかなランタンの灯りが食堂をあたたかく照らしている。ラキとタギツも食堂にやって来て警戒心Maxのエミリアを宥めるフィオナと笑いながら席に座るラキとパイプを吹かしながら車椅子に座っているタギツはそれぞれ食べ物を注文した。


「いや~今日は大変だったよ~。依頼で人形の材料の鉱石採りに行ったんだけどね~。本当はこの辺には魔物は出没しないはずなのにカース・ボアの群れが出ちゃってさ~。採取依頼のつもりでいたからミョルミーベル持ってきてなくてさ。しょうがないから殴って倒したよ!アハハハハ♪」


「・・・ミョルミーベル持っていきなよ。もしもの時に武器がないと大変な目に合うでしょ」


 タギツの言葉に、ラキは「うーん」と考えるふりをしながら、骨付き肉を片手に持ち替えて、むしゃりと一口かじる。香辛料の香ばしい香りが口いっぱいに広がりおいしそうにしていた。


「でもさ~、腕が鈍るのもイヤだし?こうやって自分の拳でぶん殴って倒すのも気持ちいいんだよね!鍛錬にもなるし、ほら、魔力と言う名の経費削減ってやつ!」


 ラキは明るく笑い飛ばし、また酒をぐびりと飲み干す。樽の中身がすでに半分近く空になっているのが見えた。フィオナはすさまじい速さでなくなる樽の中身に唖然として、タギツは苦々しい顔で、偏食気味に好きな野菜だけをつまんで食べながら言葉を返す。


「経費の前に命削ってどうする。魔力切れの前に命が事切れるわ」 


 タギツが呆れながらツッコミを入れるとラキはゲラゲラと腹を抱えて笑いながら、酒樽をドンとテーブルに置いて、にやりと満面の笑み。


「アハハハ! それはそうだ~! でもさぁ、命すり減らしてギリギリで生きてるほうが、生きてるって実感湧くじゃん!? あー、生きてるなぁ~って!!」


そう言いながら拳をぶんぶん振って、ついでにテーブルが軽く揺れるほどの勢いでパンチの真似をする。


「ま、死んだらそこで終わりだけど! でも生きてる間は楽しまなきゃねーっ♪」





 ―――――






 その後、フィオナとエミリアは部屋に戻るとお風呂に入る準備をした。普段泊るような安い宿屋にはお風呂などはないのだが、この高級宿屋にはお風呂が付いている。入れる機会はなかなかないので入れるうちに入りまくろうとフィオナはワクワクしながら準備した。


「・・・お風呂は一人で入れるからね? ついてこなくていいからね!?」


 釘をさすように言うとエミリアがありえないとでも言いたげな表情で聞き返してきたがフィオナはさすがに自分の身体を洗うのは自分でやらないとと思いながら急いで準備をしてエミリアに捕まる前に風呂へ向かった。

 着替えを終えてドアを開くとそこはとても綺麗な石造りの美しいお風呂だった。湯気がふわりと立ちこめる石造りの浴場は、まるで貴族の邸宅のような優雅さだった。壁面には蔦の彫刻が施され、天井近くには温かな光を放つランプがいくつも吊るされている。

 湯面は淡く輝き、わずかな水音が響くだけの静けさが広がっていた。湯気越しにぼんやりと光が揺らめき、湯煙の幻想の中にいるような感覚になる。


湯に手を差し入れると、ちょうどよい熱さ。思わず肩の力が抜けて、ふう、と息を漏らす。

フィオナはそっと身を沈めると、湯が肌をやさしく包み込む感触に、じんわりと疲れがほぐれていくのを感じた。


「いや~やっぱりお風呂はいいよね~ 故郷の集落でもこんないいお風呂入ったことないわ」


 ゆったり湯船に浸ってくつろいでいるフィオナはふと頭の片隅にエミリアの事を考えていた。一人で入るといってやってきちゃったけどこんなにもいいお風呂ならエミリアにも入れてあげればよかったかな。


(・・・まぁ、あの子のことだから、もしかしたらもう戻って部屋でふてくされてるかも)


少しだけ申し訳なさそうに頬を緩めたそのときだった。ふわり、と湯面が揺れる。

何かが水中で動いたような感触。湯気の向こう側、湯面にふわりと広がる金色のものが視界に入った。


(・・・ん?)


目を凝らす間もなく、それはゆらゆらと波打ちながらこちらへと近づいてくる。

まるで光を含んだ絹糸のように艶やかな金の髪。気がつけばそれが、すうっとフィオナの体にまとわりつき――


「え、ちょ、ちょっと待って――!?」


言葉が終わる前に、シュルシュルと金糸が絡みつき、穏やかな時間は一瞬で終わりを告げる。


「やっぱり、エミリアぁあああっ!」


 叫ぶフィオナの声に応えるように、湯気の中からぬっと顔を出すエミリア。湯に濡れた金髪が艶やかに絡みついたまま、満足そうに笑みを浮かべていた。


「ふふふ・・・入ってほしかったんでしょ? フィオナが考えてることくらい、お見通しよ」


「いや確かに思ったけどさ! 絡みついてほしいなんて言ってないよ!?」


必死に抗議するフィオナをよそに、エミリアはどこまでも楽しそうにフィオナの身体に抱き着くと上目遣いで甘えるように言った。


「大丈夫よ、背中流してあげる♪」


「そういう問題じゃないわよーーっ!」


 浴室にフィオナの叫びが響き渡る。だが、すでにエミリアの金色の罠から逃れる術はなかった。


 お風呂で完全にエミリアに捕まったフィオナはしっかりと全身を金色の髪の毛を束ねた触手できれいに洗われたフィオナはその後、お風呂から上がったあとエミリアの手によって保湿クリープやらなんやらを塗り込まれしっかりスキンケアされてしまった。

 エミリアは「今日もフィオナがきれいになったわ〜」とか満足げに言ってたがフィオナ自身は勘弁して・・とぐったりしながら心のなかで呟いいていた。

 復活したフィオナはツヤツヤになった肌をキラキラ輝かせながら部屋に戻りボフッとベッドに寝転がると大きくあくびしながら布団にくるまった。


「流石にもう今日は寝ないと・・・おやすみ〜」


「うん、おやすみフィオナ♡」


 いつの間にか布団の中に潜り込んでいたエミリアがフィオナの身体に抱きついて金色の絹糸のような髪の毛でフィオナの全身をコーティングしその上から自分とフィオナを髪の毛の繭の中に包みこんだ。


「・・・相変わらずすごい光景だよね・・・」


「偏愛もここまで来ると狂気だよ」


 微妙な笑顔で頬をかくラキとパイプを咥えながら呆れているタギツは初日にこの光景を目にした時は流石にドン引きしたが、今となってはもう完全に日常風景となった。


「二人揃って仲良さそうだよね。うんうんいい感じ」


「仲が良いというか共依存になりそうなのが少し心配だけどね」


「そこはこの二人が解決するべきこと。でしょ?ターちゃん」


「ま、そうだね」


 そういうと二人も就寝した。






 ―――――





 次の日、いつも通り起きてラキはいつも通り街へ出ていき、部屋に残ったタギツは買い漁った魔術書を読みながら魔術の研究をしていた。フィオナは今日は行きたいところがあるというとエミリアはすんと顔を真顔にしてどこに行こうとしているのか聞いてきた。


「・・・どこに行くつもりなの?今日は私といっしょに部屋にいようって言ったわよね?」


「そんな約束はしていないよエミリア」


「他の人にフィオナを取られるかもしれないそんなの嫌よ。ここにいましょうずっと私と一緒におしゃべりすればとても楽しいじゃない!」


「いやいやそんな人いないから。それよりもエミリア。私名もなき人形展に行きたいんだ!」


 その言葉を聞いたエミリアは更にすすすっと顔を近づけてきた。感情の読めない圧を感じる真顔でエミリアはフィオナに問いかけた。


「ねえどうして?どうして今更人形展に行きたいの?人形なら私がいるじゃない?私じゃ駄目なの?私以外の人形を見に行ってどうするつもりなの?他の人形に目移りするつもりなの?」


「別に目移りするとかそういうのじゃないよ!ただ前回見に行った時は全部は見れなかったから今回見てない所を全部見ようと思っただけで―」


「前回行ったのなら別にいいわよね?ね 私以外の人形を愛でてるフィオナなんて見たくない嫌だそれだけは駄目」


 超頑なに名もなき人形展に行こうとするのを止めているエミリアにフィオナはどうしようかと考えた。今回ばかりは多分エミリアも許してはくれない。でもせっかく名もなき人形展を見に来たのだから最後まで全部見ておきたいのだ。

 どうしたらいいかと考えている間にゆっくりじっくりと締め上げてながらエミリアはじーっと目を見開いてフィオナに圧をかけ続ける。いかないよね?ね?という言葉にしない圧がひしひしと伝わってきた。

 どうやって言い逃れようかと考えていたフィオナはぴこーんと明暗が浮かんだ。


「ねえ、エミリア。ちょっと目を瞑ってくれるかな? 遊びを思いついたからエミリアとやりたいんだ!」


「・・・明らかにこの流れでそれはおかしいと思うだけれど」


「ソンナコトナイヨ! やることは簡単だよ。目を瞑って私がどこにいるか直感で当てるゲーム。どう、やってみない?」


「私がフィオナのことをわからないとでも?」


「じゃあやっても問題ないよね? それとも目を瞑った私のこと見つけられないってことかな?そんなことないよね?」


 あえて挑発をしたフィオナにエミリアはフフッと微笑みながらその遊びに乗ってくれた。まるで自分ならフィオナのことを何でもわかっているとでも言いたげな表情をした。


「そこまで言われたら乗るしかないわよね? 私はフィオナのことは何でもわかっているからね!」


(よし!これで準備は整った。あとはエミリアが瞳を閉じている間に走っていけばいい!)


 瞳を閉じたエミリアを見たフィオナは自分に絡みついている髪の毛をそっと外そうとしてエミリアがぴくっと反応した瞬間に「髪の毛の感覚に頼るのはなしだよ! 直感でどこにいるか当てるの!」ともっともらしいことを言って髪の毛の鎖を外した。

 そして瞳を閉じている間にゆっくりと離れていき、部屋を出てそのまま足音を殺してゆっくりと階段を降りて宿屋を出た瞬間、猛ダッシュをかました。


「うりゃあああああ!」


 魔物から逃げているのか?というくらいの速さで駆け抜けていくフィオナの後ろから冷たい圧とともにエミリアの間延びしたこわーい声が聞こえてきた。


「フィ〜オ〜ナ〜? ど〜こ〜に〜い〜く〜の〜か〜な〜♡」


 その声に思わずヒッ!という声が口から漏れたフィオナはカルブンクロ族に伝わる技の一つ『脱兎』で瞬間的に加速させて街角を曲がりまくりながらエミリアに視認されないように大きく迂回するように逃げて無もなき人形展の会場へとたどり着いた。

 会場には相変わらずたくさんの人々で溢れかえっており、旅人と思しき人たちや街に住んでいるであろう家族連れの親子に商談に来た商人に人形展を楽しみに来た貴族などなど様々な人たちが会場を出入りしていた。

 建物に入って前回見ていなかったエリアに行ったフィオナはゆっくりと展示されている人形を見た。ガラス細工でできた人魚型の人形。

 美しいガラス細工を使用した人魚の姿に感嘆の声を上げた。次に見たのはゼンマイ式の人形。精巧に歯車がかみ合わされていてゼンマイを巻くと動くらしい。

 ゼンマイを巻いた人形は歯車が回り出して動き出し、フィオナはその光景に「おお・・・」と目を輝かせながら、ぜんまいを巻く手が止まらないでいた。

 他にも腕に乗っかりそうなくらいの大きさの鳥形のからくり人形が木を削って作った手製の樹木の枝に掴まっており、それに対して「こんにちわ」とフィオナがいうと「こんにちわ」と返してくるのでちょっと面白くなっていたフィオナは色々と語りかけて遊んでいた。

 更に他にも展示会場には人形以外にも人形制作に使える材料が置かれており、その種類が半端なかった。

 見たことないような材料も置かれており、明らかに魔物の素材と思しきものもあった。それらを興味津々に見ているとフィオナの背後で何かが動いた気がした。


(・・・? 気のせい・・・?)


違和感を覚えながらも、フィオナはもう少し見て回ることにした。会場の中には人形展にやってきた人々が休憩するスペースや商人が人形職人と商談を行うためのブースなどもあり、そこも人々の熱気でにぎわっていた。

 そんな中の一角、ちょうど休憩スペースを取り囲むように特設ステージが設けられていた。そこでは司会者と思しき狼族の男性が手に魔道具を握りながらステージに並んでいる商品の宣伝を行っていた。

 今はクラフティ―リアにあるお店の宣伝時間らしく、人形以外にもこの街の地域に根差した食堂や衣服、生活必需品を販売しているお店の紹介やそこで圧合っている商品などの紹介が行われていた。

 一通り宣伝が終わると会場にいたお客さんたちがぞろぞろと集まっていきて人だかりが出来てきた。


「それでは皆様!長らくお待たせしました~ 今年のベスト・オブ・ドールの発表を執り行いたいと思います!」


 その言葉とともに会場がざわめいた。観客の人だかりは様々で今年はどんな人形が選ばれたのか興味深々の貴族や自分が作った人形が選ばれますようにと手を握って祈っている人形職人、更には選ばれた人形職人と商談できないか目を火かさせている商人などが皆一様にステージに熱い視線を送っていた。


「それでは発表いたします! 第5位――」


 ぱんっ! と乾いた音とともに幕の一部がめくられ、繊細なガラス細工のような少女の人形が姿を現した。白磁の肌、透き通るような青い瞳、まるで魂を宿したかのような佇まいに、会場のあちこちから感嘆の声が漏れる。


「製作者は、南街の工房『ル・ミニアチュール』より、カレル・ボンド氏! おめでとうございます!」


 拍手が巻き起こる中、カレル氏が観客の間から控えめに手を挙げて一礼する。その目はどこか誇らしげで、長年の苦労が報われたことへの感謝がにじんでいた。


「続きまして――第4位!」


 今度は機械仕掛けのギミック人形。歯車を内蔵した機構により、まるで生きているかのような自然な動きを披露すると、会場からは驚きの声とどよめきが起こった。まさに芸術と技術の融合。


「第3位!」


 華やかな着物を纏った伝統人形。繊細な染めの布地と、優美な立ち姿が見る者の心を掴んだ。製作者の老婦人は涙ぐみながらステージ前に進み出る。


 そして第2位が発表される頃には、会場の空気は最高潮に達していた。すでに上位の人形たちはいずれも傑作ぞろい。この流れでいったいどんな人形が栄冠を手にするのか、誰もが固唾をのんでいた。


「皆様長らくお待たせしました!今年の優勝者、そして今年のベスト・オブ・ドールを発表いたします!今年のベストオブドールはこれだ!」


 そういって司会者が幕を下ろすと精巧につくられた美しい人形がそこにあった。フィオナは思わず「すっごい 綺麗な人形~」と感嘆の声を上げた。

 まるで生きているかのような、赤い瞳と白い肌を持つ少女の姿をした人形。その服装はシンプルながらも洗練されており、ふわりとした銀の髪は内側がまるで星が輝く夜空のよになっており、光に照らされて輝いていた。

 

「今年のベストオブドールに選ばれたのは、伝説的な人形職人・エルメス・フォルティス氏が手掛けた、"エテルナ・ノクターン" です!」


 司会者から告げられたその言葉に会場がよりざわめいた。確かその名前はこの街ではよく知られた名前らしい。

 確か、ずっと前に大陸の外からこの街にやって来て、有名な工房に入ったりせず誰の弟子にもならずに全て独学で学んで人形を作り続けた変わり者。

 しかし、その実力は本物で球体関節人形からゴーレムからぬいぐるみ。使用する素材も木材金属動物の素材果てにはスライムや他の魔物の素材使って創り上げたりと様々な人形を手掛けているその道一筋の大ベテランとのこと。


「でも確か数年前に老齢のため人形商売を引退したらしいけれど、名もなき人形展には個人的に趣味で出品したのかな?」


 興味深そうにステージ上の人形にくぎ付けになっていると――視界の端にとてもよく見慣れた金色の髪が揺れた。


(え・・・?)


 一瞬思考が止まった次の瞬間、フィオナの視界はふわりと金色に覆われる。――まるで金色の絹糸で織られたカーテンがサッと引かれるように。


「・・・・ねぇ、フィオナ?」


 ゾクリとするほど甘ったるい声。耳元に絡みつくようなその声に、フィオナはびくりと肩を震わせて、ロップイヤーの毛を逆立たせた。


「"すっごい綺麗" って・・・誰のこと、言ってたの?私が一番可愛いよね?私が一番綺麗なのよね?・・・ねぇ、フィオナ?」


 振り返るまでもない。いや、振り返れない。絡みつく金色の髪。背筋を這うような、ねっとりとした視線と圧。


(まずい・・・見つかった・・・!!)


 フィオナの背中に冷や汗がじわりと滲み、フィオナが考えるよりも先に反射的に逃げ出そうとした瞬間、その体はぴたりと止まった。

 両手、両足、腰、胴体、首——今までにないほどガッチガチに金色の髪の毛が絡みついている。まるで、黄金の鎖。


「フィオナ、私の事をほったらかしにしてこんなところに来て・・・ほんっとに悪い子。」


「ち、ちが・・・!」


「違わないよね?」


 金色の髪の毛がさらに絡みつく。ぎゅう、と締め付けるように、絶対に逃がさないように。 そしてフィオナの背中にピッタリとくっついて耳元で囁くように話しかけた。


「私だけを見てほしいのに、それなのに他の人形をみて『すっごく綺麗』なんて言って・・・そっかぁ、そういうことかぁ・・・。」


「フィオナ落ち着いて!私はフィオナが1番可愛くて綺麗だと思ってるよ!」


「そして2番目があの娘なのね?」


「いや、そうじゃなくて・・・えっと・・・」


 特設ステージを指さしながらそう言い放つエミリアに言葉を詰まらせるフィオナをエミリアはさらに追い詰めた。


「ねえ、フィオナもっと教えて?2番目はあの娘なら3番目はどこ娘なのかな?4番目は?5番目は?6番目は?」


 エミリアはぴったりと背後に密着し、細く長い腕をゆっくりとフィオナの腰に回す。吐息は耳をくすぐる距離から逸れることなく、まるで心音のリズムに合わせているようだった。彼女の頬はフィオナの髪に触れ、さらにエミリアの指先がフィオナの手の甲をなぞる。

 震える指を絡め取るように撫でながら、その視線は少し先にあるステージに注がれている――だが、瞳にはもはや何も映していない。全ての注意と想いは、たった一人、フィオナに向けられていた。


「どうしたの?ね、早く教えてよ?」


「ち、違う違う違う!! そんなランキングみたいなの考えたことないし、そもそも比べてないから!!」


 とっさに否定したフィオナだったがそれで納得するわけもなくスーッと目を細めてエミリアは続けて問いかけた。


「ふぅん? じゃあ“すっごく綺麗”って言ったのは何だったのかしら?」


「えっと・・・そ、それは単純に人形としての出来がすごいなーって思って、その・・・!」


「つまり、私は人形としてあの子に劣ると?」


 エミリアの腕の力がわずかに強まった。包み込むようなその抱擁は、もう優しさとは呼べない熱を帯びていて、フィオナの細い体をぐっと引き寄せる。 


金色の髪が、空気の流れすら遮るようにふわりと広がり、渦を巻きながらフィオナの身体をさらに深く拘束していく。腰、太腿、足首。まるで見えない檻を編むように、一本一本が確実に巻きつき、締めつける。

 指先がフィオナの首筋を愛でるようにゆっくりと這い、鼓動の速さを確かめるようにピタリと止まる。微かに冷たいその指が、フィオナの震えを感じ取るたびに、エミリアの頬はほんのりと上気し、瞳の奥に淡く、妖しく光が宿る。


 彼女の視線は再びステージへと向けられる。そこに並ぶ繊細な美しさを湛えた少女の人形を、まるで「消してしまいたいもの」のように冷たく見下ろした。 ―ヤバい!本当に壊しちゃう!


「いやいやいや!! そうじゃなくて!! エミリアは世界で一番すごいし、綺麗だし、可愛いし、私の大事な・・・」


「フィオナの大切な・・・なあに?」


 息がかかりそうなくらいの至近距離で耳元で囁いてくるエミリア。顔がさらに近づけられ、フィオナの頬にエミリアの頬が重ねられ髪と髪が擦れ合い、わずかな振動も共有されるほどの密着した。

 そのままフィオナの表情を横目で見つめてエミリアは音を立てぬままじっと動きを止める。けれど、その沈黙が何よりも強い圧力となってフィオナを縛りつけた。

 その状態に半泣き状態になりながらフィオナは答えた。


「た、大事な・・・その・・・た、宝物!! だから許してぇぇぇ!!」


その言葉にエミリアはご満悦な表情を浮かべながら「ハイよくできました~♡」といってフィオナに抱き着いた。完全にフィオナを揶揄い倒して楽しんでいた。

 

その光景を見ていた周りの観客たちは一同その異様な光景にドン引きしながらも「何だこの人形。やたら執着してないか?」「そういう人形なんじゃね?」「すごい完成度の高い人形だな・・・」人々は口々にそう言っていた。

 人形展にやってきた貴族や商売をしている商人たちは一同そのような反応だったが、二人の様子を見ていた人形職人たちはその光景に違和感を感じていた。

 普通の人形はどれだけ精巧に作られていても、意思疎通はできないし、自律的な思考や行動は持ち得ない。高度な駆動人形でも、あくまで事前に組み込まれた命令や単純な応答しかできない。

 なのに、目の前の金髪の少女は――。明確な意志を持っていて表情が豊かで、人間のような感情の起伏があり、自律的に行動し、所有者フィオナを束縛してでも行動を制限しようとしている。駆動人形ではありえない、まるで「生きている」ような存在感。


「・・・まさか・・・」


 彼らの脳裏をよぎるのは、存在してはならないはずの禁忌。ユノ・ピグマリオン。人間を材料として創られた人間と見間違えるほどの完成度とその内に魂が収められているが故に意思も人格も記憶すらも持っている人形。

 現代では「創れない」し「創ってはいけない」存在なのだが、目の前の金髪の少女は まさにその禁忌の結晶 にしか見えなかった。一体この人形はなんなのだ?そしてその所有者とおぼしき少女は一体何者なんだ?そんな疑問が人形職人たちの心の中に広がった。


「君は何者なんだ?」


 職人の一人が恐る恐るフィオナに話しかけ、突然話しかけられたフィオナはその問いかけに困惑しながらも答えた。


「えっと・・・冒険者ですけれど」


「ああいや、そういうことではなくて。そちらの人形とはどういった関係なのだ?」


その問いかけにきょとんとしながらも


「?・・・所有者ですけれど」と答えた。


フィオナの「所有者ですけれど」という一言に、その場の空気が凍りついた。


人形職人たちは一瞬、言葉を失う。

「所有者…?」と誰かが小声で繰り返し、別の誰かは手にした道具を落としかけて慌てて拾う。


生気を宿したその金髪の少女を見て、誰もが同じ答えにたどり着きそうで、しかし口にはできなかった。

――ユノ・ピグマリオンの再来ではないのか、と。


ざわつく空気の中、職人たちは恐る恐る、そして魅入られたようにエミリアを見つめ続けていた。

人ではない、されど人以上の存在に対する本能的な畏れと疑念が、静かにその場を支配していた。


「その・・・君のその人形・・・エミリアという名前だったか。あれはまさか、ユノ・ピグマリオンなのでは?」


「えっと、はい。たぶん・・・本物、かな?魂があって、意思もあって、すっごくヤキモチ焼きで・・・」


「“すっごく”は余計よ、フィオナ♡」


そういってエミリアは一歩前でるとフィオナと周囲の間に髪の毛のカーテンを作ってフィオナを見れないようにした。フィオナは金色の絹糸のような髪のカーテンを除けようとしたが既に全身ガッチリ拘束されて動けなかった。


「・・・ねえ、なんのつもり? そんな目で、私のフィオナを値踏みするように見て・・・そんな視線をフィオナに送らないでもらえる?嫉妬に狂いそうだから」


「エミリア!?何誤解されるようなこと口走ってるの!軋轢を生むようなこと言わないの。あと普通に恥ずかしいから!!」


「だって私のフィオナを不躾にジロジロ嘗め回すように見て、あれこれ知ろうとするなんて妬ましいと思わない?私他の人にフィオナを取られたくないのにどうしてそんなに不用心なの?」


 エミリアの目が細く鋭く光り、まるで獲物を睨む猛禽のように、周囲の人形職人たちを順に見やる。その視線を受けた者たちは背筋を凍らせ、一歩、また一歩と自然に距離を取っていった。


 その瞬間、ふわりと宙に舞ったのは、エミリアの金色の髪。

柔らかな絹糸のようなそれが一気に広がり、フィオナの身体を包み込むように舞い落ちる。気がつけばフィオナは全身を繭のように包まれており、外からはその姿が一切見えなくなっていた。


「ちょっ、エミリア!? 見えないんだけど!? 苦しいってば!」


内側で困惑するフィオナの声も構わず、エミリアは一歩、前に出た。


「知りたいの?彼女が、どこで私を拾ったのか。どうやって、ユノ・ピグマリオンの所有者になったのか。それとも・・・あなたたちの中であわよくば私を“手に入れられる可能性”を、探っているのかしら? でも私もフィオナもどっちもあげない。教えない。見せない。触れさせないわ」


 そういうとエミリアはそのままフィオナを連れて会場を後にした。その後、噂が噂を呼び人形の街クラフティ―リアはフィオナとエミリアの話題でもちきりだった。本来なら今年のベストオブドールの話題が飛び交うはずが今回はそれが霞んでしまうほどに二人の印象が強かったのだ。

 人々は口々に二人の正体について話をしていた。街にあるとある人形の工房にいた人形職人たちは


「聞いたか?なもなき人形展にあの伝説の人形が現れたって話」


「ああ、ユノ・ピグマリオンだったか? でもそれおとぎ話だろ?人間を材料にしている魂の入った人形とか眉唾物だぞ」


「本当だって! この目で見たんだよ。金色の髪がね、生きてるみたいに動いて、ウサ耳の少女を包み込んで会場から出ていったんだ・・・あんなの、普通の人形技術じゃ不可能だ!」


「だったらみんなで見に行って確かめたらいいんじゃないか?」


「おいおい、マジで言ってるのか?あの人形詮索されるの滅茶苦茶嫌っていたんだぞ俺はパス」


「じゃあ俺が行ってくるぜ!」


とある人形職人はそういうと人形作りの道具が入った籠を背負って走っていき、その後ろ姿を人形展の会場で見ていた人形職人がため息交じりに見送った。

 またある酒場では名もなき人形展に合わせてやってきた冒険者達が酒を酌み交わしながら話をしていた。


「フィオナってウサ耳の女が伝説の人形を連れてるって話聞いたか?」


「んなもんただのデマだろ? ユノ・ピグマリオンとかいう代物が何なのかお前知ってんのか?人間材料にした魂が入ってる人形なんておとぎ話かよってんだ」


「俺は信じるぜ。なんせ実際にこの眼で見たからな。そのフィオナって女と人形が会話していたし、周りにいた人形職人どもがユノ・ピグマリオンだって言っていた。おそらくは本物だろうぜ」


「・・・それが本当ならすげぇ話だぜ。どこでそんなお宝モンを拾ってきたのか、俺もぜひ聞いてみてぇ!」


「・・・下手に近づいたら呪われるかもしれねぇぜ。下手すりゃ命も持ってかれるって噂だ。」


「だからこそ惹かれるってもんだろうよ。で? フィオナって奴、どこにいる?」


「宿屋だ。例の宿に泊まってるって話だ。行くか?」


「ああ、行こうぜ! この耳で直接聞いてやる!」


「面倒ごとにならなきゃいいがな・・・まぁ、行くしかねぇ。」


「へっ、伝説に触れるチャンスなんざそうそうねぇさ!」


 木製のジョッキに入った酒を一気に呷るとその冒険者は口を拭い立ち上がり、飲み食いしたお金を机に叩きつけるように置き、他の冒険者を引き連れてフィオナ達がいる宿屋へと向かって行った。

 他にもその情報を聞きつけた大店の商店の店主が人形職人の話していたことが本当かどうか確認するために宿屋に向かい。更に伝説の人形を一目見ようと街の住人も集まってきた。なかには子ども達もいて宿屋は一目見ようとやってきた人々でひしめいていた。

 宿屋の店主も何がどうなってるのか分からず右往左往しており、そして宿屋の部屋にいたフィオナとエミリア、さらにはラキとタギツが押し寄せる人々を窓からそーと眺めた。


「おぉ・・ フィオナちゃん。なにしたの?すっごい求められてるみたいだけどひょっとして本当にモテ期到来?」


 ラキは窓の縁に肘をつき、屈託のない笑みを浮かべながら、下の通りに目をやった。宿屋の前には、まるで祭りでも始まるかのような人だかり。目を輝かせた子どもたち、大店の威厳ある商人風の男、さらには興奮気味に何かを語り合う人形職人らしき面々がひしめき合っていた。

 彼女は「あははっ」と小さく笑いながら、肩をすくめる。まるでフィオナをからかうように口を動かし、冗談めいた仕草でウィンクしつつ、肘でこっそり突くように隣のフィオナに軽く小突く。


「わ、わかりません!というかモテ期なわけないじゃないですか!!」


フィオナが顔を青ざめさせて、しどろもどろに窓の外を見つめる中、タギツは溜息まじりに肩をすくめた。手を組んだまま不愛想に横目でフィオナを見て、呆れたように眉をひとつ吊り上げると、無造作に言葉を投げるように口を動かした。口調はぶっきらぼうだが、どこか諦め混じり。気だるげに車椅子に持たれながら、静かに視線をエミリアに向けた。


「どうせ、また何かやらかしたんでしょう?主にエミリアが」


「は? やらかしって何?まるで私が悪いことしたみたいに言わないでもらえるかしら?」


「喧嘩しないでぇええ!!」


 険悪な雰囲気を出している二人を仲裁しながらもこの状況をどうしたらいいかと考えているフィオナ。すると既に誰かが宿屋の中に入って部屋の外の廊下まで来ている奴までいてドンドンッとドアを叩いてきた。


「ここにいるのはわかってる!出てこい!」


ドアの外からは怒号と歓声が入り混じったような叫び声が響き、ドンドンと今にも破られそうな勢いで扉が揺れる。

 フィオナは「ひぃいいい!!」と叫んで、目に涙を浮かべながらその場で飛び上がり、背中からずりずりと後ずさった。顔は真っ青で、腕で頭を抱えるようにして壁にぴたりと張りつく。


 そのすぐ横でエミリアは、眉ひとつ動かさず静かに立ち上がり、「は? ぶち殺す」と吐き捨てるように呟いた。

 金色の長い髪が重力を無視するようにゆらりと宙に浮かび、まるで生き物のように蠢き出す。部屋の空気がピリつき、彼女の纏う気配が殺気に染まっていく。


そんな修羅場の中で、ラキは窓の外を見ながら腹を抱えて笑っていた。

「アハハハ!! 何このカオスな状況、最高に面白い♪」と声を弾ませて、部屋の中を嬉々としてぐるぐる見回し、何もかもが楽しくて仕方ない様子。


 一方、タギツは窓際に車椅子を移動させ深いため息をついた。窓を閉め、手早くカーテンを引くと、懐からパイプを取り出し煙を吹きながらぶっきらぼうな口調で何かを提案する。

 その顔には明らかに「めんどくさい」と書いてあるが、誰よりも冷静に状況を見ていた。


「こうなったらもう情報開示できる所だけ言って帰ってもらおう。子ども達に関してはエミリア頑張って。あと詰め寄ってきた冒険者はラキがぶん殴って」


「お!喧嘩♪」


「はぁ?なんて私が子どもの相手しなきゃならないのフィオナ以外に見られたくも触られたくも聞かれたくもないのだけれど?」


「えっと・・・私はそれで大丈夫です。ただどこまで話せばいいのか」


三者三様の返答をしてきたが二人は問題なさそうだ。エミリア以外は・・・。


「エミリア。君が相手しなきゃ子ども達は納得しないよ。人形職人達はちょっと情報渡してあとは威圧すればいいけど子ども達はそうもいかないのは分かるよね?」


 タギツからの言葉に不快感をあらわにしているエミリア。だが自分でも暴力に訴えるやり方で子どもを追っ払うのは違うと理性ではわかっている。

 だがそれでもフィオナ以外の人間に触られたくないという気持ちがありチラチラとフィオナの方を見るエミリア。


「エミリア・・・」


なんとも言い難い表情をしていた。心の中では「子どもたちの相手をしてもらえればきっと状況は収まる」と分かっている。

 でも同時に、目の前のエミリアがどれだけ強く「フィオナだけを特別に思っているか」も痛いほど分かる。


 押しつけてはいけない――そう思いながらも、放ってもおけない。

そんな思いが入り混じり、フィオナの表情はやがて、苦笑と哀しみを含んだような、優しくも困った顔に変わっていった。


 その表情にエミリアは心底嫌そうにしながらも「・・わかった」とボソッと呟くように了承した。


  その後、宿屋に集まってきた子ども達を前にしたエミリアは「・・・わたしはフィオナのもの。フィオナだけのものなの。フィオナ以外に愛想振りまくのなんて本当は嫌。でもそうするとフィオナが困るから・・・だから、少しだけなら・・触らせてあげてもいいわ」


 そういって自身の腕を抱くようにして顔を背けて我慢した。だが同時に子ども達に僅かばかりの牽制も入れ忘れずに


「でも、乱暴にしたら・・・ぜったいに許さないから」


 エミリアはぴくりと肩を揺らしながらも子ども達が触りやすいようにゆっくりとその場に座り込んだ。 金色の絹糸のような髪は床にふわっと広がり、エプロンドレスのスカートも広げてちょこんと座るその姿は童話の一場面のようだった。


 子どもたちが恐る恐る近づいてきて、最初のひとりがそっとエミリアの腕に手を伸ばした瞬間、エミリアの表情が一瞬、ひきつる。

 だが、次の瞬間には目を伏せて歯を食いしばり、小さく深呼吸をして耐えるように動きを止めた。


「ふわっふわだ……!」「すごい! お姫様みたい!」「ねぇ、目が動いたよ!見てたよ!」

 そんな歓声が次々と上がり、エミリアのまわりにはあっという間に小さな手が集まる。頬に触れる子、髪を撫でる子、ドレスの裾をそっとつまむ子。


 エミリアは表情を固くしたまま微動だにせず、視線だけをわずかに斜め下に落としている。フィオナの方をちらりと見るその目には、じっと何かを訴えるような光が宿っていた。


 小さな手が彼女のエプロンドレスのすそを引っ張るたびに、ぴくりと身体が反応するが、それでも手を払うことはなかった。震えるまつ毛の奥の碧い瞳、どこか悔しそうな――けれど、フィオナのために我慢する意思が垣間見えた。


(フィオナが見てるから我慢・・・フィオナが見てるから我慢・・・フィオナフィオナフィオナフィオナフィオナ!)


 子どもたちの無邪気な笑顔と歓声に囲まれながら、エミリアはぎりぎりのところで自制心を保ちつづけていた。まるで、誰よりも誇らしく、誰よりも忍耐強い「人形姫」のように。


「よし。子ども達はエミリアに任せたとして・・・ラキ」


「殴り合いだね任せて!!」


「いや、落ち着いて。威圧だけで十分だよ。冒険者どもは純粋な力に弱い連中だからね。ラキが威圧すれば追い払える。どうせ伝説の人形をどこで手に入れたのかとかいくらで譲ってくれるかとかどうやって調伏したんだとかそんなこと考えてやってきた連中ばかりだろうからね。追っ払うだけでいいよ」


「えぇ~つまんない!」


「つまんないじゃないいいからやって」


 ラキぶーぶー文句を口にしながら、不満げな声を上げつつもその足取りは軽く、どこか嬉しそうだった。

 足元で床がわずかにきしむたび、彼女の笑みはさらに広がる。背後で「威圧だけでいいからね」と念を押したタギツの声が聞こえてきたが、ラキはそれに手をひらひら振って応えるだけで、まるで聞いていないようだった。


バキバキと指を鳴らしながら一歩、また一歩と前に出る。その足取りは堂々としており、まるで自分がこの場の主であるかのようだった。エミリアのように動くわけでもないのにまるで威圧そのものを纏ったかのような金髪がきらりと揺れ、笑顔のまま立ちはだかるその姿に、前にいた冒険者たちが自然とたじろぐ。


 その瞳は、笑っているのに笑っていない。獲物を前にした肉食獣のように鋭く、挑発的に光っていた。にこやかに見える唇の端には、明らかに「やってみなよ」と言わんばかりの愉悦の気配が滲む。


 本当は軽く脅して帰すだけでいい。そんなことはラキにだって分かっている。だが、彼女の中ではすでに火がついていた。――ほんのちょびっとだけ、暴れられるなら、それはそれで楽しいなぁと、拳をぐっと握りしめながら思っているのだった。


「ターちゃんはああいってるけど私は全然喧嘩してもいいんだよ?ね?しよ?け・ん・か♪」


 ラキの明るく響く声とは裏腹に、その場の空気は一気に張り詰めたものへと変わった。ニコニコと笑いながらも、彼女の体からはまるで圧縮された魔力が壁になって迫ってきているかのような、目に見えぬ圧力が放たれていた。


 冒険者たちは最初こそ気圧されながらも虚勢を張っていたが、ラキの両肩がほんのわずかに前傾した瞬間、その場の誰かがごくりと唾を飲み込んだ。それを合図にするかのように、一人、また一人と無意識に後ずさる。


「いや、ちょっとまて。まさか・・・あの金髪・・・」 「“黄金のラキ”・・・!? ティア1の・・・まさか嘘だよな?」


 誰かがそう呟いた途端、その言葉は小さな石を投げた湖面のように冒険者たちの間に波紋のように広がっていった。

 顔色が見る見るうちに蒼白となり、足取りがふらつく者も出る。ラキの異名がただの飾りでないことは、噂に聞くだけでも痛いほど知っていたのだ。


 曰く、第一等級の魔物を単独で撃破することができる。曰く、大陸の端から端まで休むことなく走りぬいた。曰く、冒険者ギルドで喧嘩が行われていたところにたまたまやってきた彼女がその場にいた冒険者全員を楽しそうに笑いながら血祭りにあげた。曰く、剣で斬りかかろうが斧で裂こうとしようがハンマーで潰そうとしようが傷一つつけられなかった。曰く、強靭なんて言葉じゃ足りないぐらいまさしく神の身体を持っている冒険者だとか。


 その伝説の強者が、今まさに目の前で――笑顔で「喧嘩しよっか♪」などと軽々しく誘ってきた。


 無理だ、と誰かが小声で呟いた直後、冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて走り出した。

 誰もが争うように路地へと逃げ込み、後ろを振り返ることさえ恐れて足音と悲鳴が混じりながら遠ざかっていく。


「なーんだ、つまんなーい。もっと気骨のあるやつはいないの~?」


 不満げに口をとがらせながら逃げ帰った冒険者の後ろ姿を見送ったラキは威圧を引っ込めてタギツの方を見た。タギツの周りには人形職人たちがいてタギツから情報を聞いていた。


「君たちに教えられるのはここまでだよ。伝説の人形『ユノ・ピグマリオン』は実在する。あそこで子ども達に囲まれてるのがそうだよ。そして、今はフィオナが所有者だ。どこで手に入れたかは――秘密。エミリアが何故フィオナを所有者に選んだのかは僕も知らないし踏み入っていいものじゃないと思うよ。君たちも聞き出すなんて無粋なことはしないことだね」


 タギツは表情を変えず、静かに言葉を区切りながら説明を終えた。周囲の人形職人たちは皆、緊張した面持ちで耳を傾けていたが、話が終わるとそれ以上踏み込むことをためらい、ひそひそとささやきながら引き下がろうとした。


だが、その中の一人、まだ若く血気盛んな職人だけは違った。鋭い視線でフィオナとエミリアをちらりと見やり、抑えきれない好奇心と野心に突き動かされるように、一歩前に出た。


「ま、待ってください! せめて、どこで手に入れたのかだけでも――!」


その言葉が最後まで届く前に、空気が一変する。寒気すら覚える冷たい殺気が、音もなくタギツから発せられ、周囲の人形職人たちに突き刺さるように放たれた。

 ラキの威圧がとてつもなく巨大な重圧が迫ってくるようなそんな感覚なのに対してタギツが放つさっきは何処までも冷たく全ての生命体を殺してしまいそうなそんな冷徹な気配を放っていた。


「これ以上詮索するなら消すよ?」

 

 その言葉に、空気が完全に凍りついた。

職人たちは顔を引きつらせ、互いに視線を交わすが、誰も言葉を継げない。

一部の若い職人はなおも口を開きかけたが、タギツの冷酷な圧力を浴びた瞬間、思わず一歩後ずさった。


 沈黙の中、やがて一人の年嵩の職人が、重く渋い声で口を開いた。

抵抗するでもなく、怒るでもなく、ただ諦めきれない未練を滲ませながら、苦い顔で言葉を絞り出す。


「・・・分かった。これ以上は詮索しない。ただ、あれほどの人形を目の当たりにして・・・黙っていられるほど、俺たちも聖人じゃないんだ。すまないな」


その言葉に、他の職人たちも不承不承頷き、深くため息をついた。一人また一人と人形職人たちはその場を離れて帰っていき、最後にあの老職人だけが残り真っすぐタギツを見据えて口を開いた。


「これ以上は詮索はしないといったが一つだけ聞いておきたい」


「何?」


「あのウサ耳の娘は所有者であって製作者ではないのだな?」


「そうだね。フィオナに人形を作る技術も知識もないよ」


 その言葉を確認した老職人は、ふっと大きく息を吐き出した。肩の力が抜け、深い安堵と共に顔に皺が刻まれる。

 この問いに答えが得られなければ、彼はおそらく、どれほど恨まれようと詮索を続けるつもりだったのだろう。

 だが、フィオナが創り手ではない――その事実を知ることができたためその瞬間聞くべきことは聞いたと言わんばかりに一歩引いた。


「そうか、ならよい」


 老職人はタギツに向かってゆっくりと頭を下げる。敬意と感謝と、そしてこれ以上は踏み込まないという静かな誓いを込めて。


 エミリアは数十分後やっと子ども達から解放されてフィオナにくっついていた。幸せそうにフィオナの匂いを嗅ぐエミリアにフィオナは「匂いを嗅がれるのはさすがに恥ずかしいよ」とエミリアに言う。


「フィオナの香りは・・・天使の羽根に包まれてるみたいで・・・えへへへ・・・」


「ちょっとまだ子ども達帰ってないよ!?見られてるよ!?」


「はぁぁ・・・やっぱりフィオナの近くがいちばん・・・。知らない子たちに触られるより、1000倍癒されるぅ・・・」


 フィオナは顔を真っ赤にしながら、周囲を気にしてそわそわと目を泳がせた、宿屋の前では、まだ興奮冷めやらぬ子どもたちが名残惜しそうにこちらを見上げている。

そんな視線をまったく意に介さず、エミリアはフィオナにぴったりと体を寄せ、うっとりとした表情を浮かべた。


 その後、騒動は徐々に収束していき、人だかりが無くなったあと緊張の糸が切れたフィオナはどっと心労がやって来た。疲れ果てたフィオナがベッドにダイブするとエミリアがピッタリくっついてフィオナを包み込んだ。エミリアが「疲れちゃった?そうだよね。おやすみフィオナ♡」とか言ってきたがさすがにほんとに疲れたフィオナはそのまますぐに寝落ちした。


 次の日の朝、エミリアは自分の髪の毛の繭の中ですやすやと寝ているフィオナを愛おしそうに撫で顔を近づけて額に静かにキスを落とすとちょうどフィオナが寝返りを打ち、エミリアの胸に顔をうずめるような形になった。


「もうちょっとだけ・・・」


ほわほわとした寝息に混じって、そんな愛らしい寝言が零れた瞬間、エミリアの全神経が一気に爆発しそうになる。

瞳は瞬時に♡型に変わり、口からは「ヒッ♡」と狂喜の声が漏れかけた。

だが、フィオナの寝顔はあまりにも安らかで、今にも壊れてしまいそうなほど繊細だ。エミリアは慌てて口元に手を当て、必死に声を飲み込んだ。


(ダメ・・・ダメよエミリア! まだ起こしちゃダメ・・・!)


 震える指先でそっとフィオナの頭を撫でる。フィオナのふんわりとした髪の毛と垂れ下がった可愛らしいロップイヤーの温もりが手のひらに伝わり、エミリアの心はさらにとろけていく。

 胸に顔を埋めたまま、フィオナはうっとりと微笑みを浮かべ、再び静かな寝息を立て始めた。

 エミリアは、そんなフィオナをそっと両腕で抱きしめ、目尻を下げながら心の中で叫んだ。


(フィオナかわいすぎるぅぅぅ♡♡♡)


だが声に出すことは許されない。ただ、胸の奥にあふれる幸福感だけを、そっと噛みしめた。



しばらくして眠りから冷めたフィオナが眠そうな眼をこすりながら欠伸をしながら着替えを済ませ、べったりくっついて離れないエミリアを連れて冒険者ギルドへと向かった。

 人形の形をしているとても目立つ建物に入っていったフィオナを冒険者ギルドにいた冒険者達が一斉に振り向いてみた。だが誰一人フィオナとエミリアに話しかける者はおらずチラチラと視線を送りながらヒソヒソと話するばかりだった。

 そんな中を居心地が悪そうに入っていき依頼が書かれている掲示板を見た。この冒険者ギルドは人形の街クラフティ―リアの周辺に魔物があまり発生しないので討伐依頼はあまりない。ほとんどが採取依頼と護衛依頼ばかりなのが特徴である。


「いい加減そろそろ依頼をこなさないとお金が・・・」


「フィオナはそんなことしなくても私が稼いでくるのに」


「・・・ちなみにどんな方法で稼ぐつもりでいるの?」


フィオナは掲示板を眺めながら、じわじわと嫌な予感を抱えつつも、聞かないわけにもいかず問いかけた。

すると、待ってましたと言わんばかりにエミリアはフィオナの耳元に顔を寄せ、声を潜めながら楽しそうに囁く。


「んー、たとえば・・・道を封鎖して、通りたかったら通行料を支払わせるとか?」


「・・・・・・」


フィオナの脳裏に、一瞬、巨大なバリケードを築いてドヤ顔で金銭を要求するエミリアの姿がよぎる。


「あとねー、建物とかちょっと壊して、直してあげる代わりにお金をもらうとか? ふふふ♡」


 エミリアはうっとりと微笑み、指をくるくると回して妙なテンションになっていて、明らかに顔が悪いことを考えている人のそれだった。

 

「ふふふじゃなぁい!! 待った待った!! そんなのただの悪徳どころか完全な犯罪だよ!!」


「えぇ? フィオナのためなのに・・・。しかも壊したらすぐ直すわよ? 壊す→直す→壊す→直すで、永遠に稼げるわ♡」


「それもう修理業者じゃなくてただの詐欺師でしょ!?誰がそんな永久機関みたいな詐欺にお金払うの!?ていうか普通に捕まるからね!? 牢屋一直線だからね!?直しても意味ないからね!? そもそも壊すな!!」


 フィオナは、掲示板に貼られた人形の素材となる木材採取依頼を一枚剥がし取りながら、顔を引きつらせたままツッコミを入れた。

 冒険者ギルドの受付カウンターで牛人族のお姉さんに依頼受付をしてもらい、他の冒険者達からの視線に居心地が悪くそそくさと冒険者ギルドから出てきたフィオナとエミリアはちょうどラキと遭遇した。

 

「お!フィオナとエミリアじゃない。依頼受けたの?」


「はい。これから採取の依頼をこなしてこようかなと。お金も心もとなくなってきたのでそろそろ依頼を受けてお金を稼ごうかなと」


「へぇ~。私は向こうの村に荷物運ぶ手伝い頼まれたんだ~。すぐ終わるって言うし、ちょうどいいでしょ? あ、そうだ! 依頼が終わった後でいいんだけど今後の事を話したいってターちゃんが言ってたから全部終わったら宿屋に集合ね~」


 ラキはそう叫ぶと、眩しいくらいの笑顔で手を大きく振りながら、ぱたぱたと軽い足取りで駆け出していった。

 その背中は太陽に向かって跳ねる子犬のように無邪気で、見ているだけでこちらまで元気になりそうなほどだった。


「今後の事かぁ、ラキさんとタギツさんは今後どこへ行くんだろう」


「どこへ行こうと関係ないわ。フィオナがいる場所が、私にとってのすべてだもの。・・・他の人たちの行き先なんて、どうでもいいわ。」


「相変わらずだねエミリアは。ともかく今は採取依頼を済ませないと」


  冒険者ギルドを後にしたフィオナは、採取道具と依頼書を鞄に詰め込み、エミリアと並んで街の門をくぐった。

 人形の街クラフティ―リアは、大陸南部の温暖な気候に恵まれた場所に位置し、魔物の脅威も少ないため、街の周囲では様々な採取活動が盛んに行われていた。

 街を囲うように広がるなだらかな草原には、ところどころ薬草を摘む人影がちらほらと見える。しゃがみ込み、小さな植物を丁寧に摘み取る姿が、のどかな風景に溶け込んでいた。


 フィオナは彼らの作業風景をちらりと横目で見やりながら、草原を外れ、エミリアと共にさらに奥へと足を進めた。

 目指すは街の外れに広がる、うっそうとした森だった。

 平原では手に入らない、特別な人形用の木材――それを求めて森へ入る必要があったからだ。


 森の入口に近づくにつれ、空気がひんやりと湿り気を帯び、頭上には葉の天蓋が広がり始める。

 木々の間から漏れる柔らかな木漏れ日が、地面にまだら模様を描き出し、踏みしめるたびに乾いた小枝がぱきりと音を立てた。

 時おり小鳥のさえずりが遠く響き、森の奥へと誘うようだった。


 フィオナは足元に注意を払いながら、慎重に進み続けた。

 エミリアはそんなフィオナのすぐ隣を、ひょいひょいと軽い足取りでついてくる。

 二人の間に言葉はなかったが、目的はただ一つ、依頼を果たすための木材を探すことだった。

 本来はフィオナが斧を使って樹木をとるところなのだが「どうして私を使ってくれないの?私はフィオナの所有物なのに」と言ってきたのだ


「いやいや、これは私が受けた依頼だよ?それを他人にやらせるのはさすがに」


「・・・フィオナ。フィオナが今手に持っている斧って道具だよね?フィオナの物だよね?どうしてそれを使って樹木を伐採するのはよくて私というものを使って伐採するのはダメなの?」

 

 フィオナは斧を持ったまま固まった。エミリアの理屈があまりに斜め上すぎて、一瞬、脳が理解を拒否したのだ。


(いや、確かに・・・確かにそうだけどさ!!)


 脳内で必死に言葉を探すものの、エミリアがうるんだ瞳でこちらをじっと見上げてくるせいで、余計にペースを乱される。

 言われてみればそうかもしれないが、明らかに何かがおかしい。

 このままだと「そうだね」って認めた瞬間、エミリアはすぐにでもフィオナの仕事を奪うだろう。


 フィオナは斧を持つ手にぐっと力を込めながら、半分引きつった笑顔を浮かべ、必死に抗った。


「っていやいや。エミリアはものじゃないでしょう!確かに私は所有者だけど」


「それじゃあ私がフィオナを助けたいの。助けさせて?ね?」


 フィオナは斧を握ったまま、エミリアを前にして微かに眉を寄せた。

 自分の手で仕事をこなさなければ、という思いと、目の前でしおらしく甘えた様子を見せるエミリアへの戸惑いが胸の中でせめぎ合ってほんのわずか、斧を握る指先に力がこもる。


 しかし、そんなフィオナの葛藤をよそに、エミリアはふわりとエプロンドレスを翻しながら一歩前に出た。

そして、長く美しい金色の髪の束を動かすと一直線に伸ばした。次の瞬間、彼女の髪はまるで細く鋭い刃のように変わり、空気を切るような微かな音を立てる。

 フィオナがハッと息を呑む間もなく、エミリアはしなやかな動きで樹木に向かって髪の束を振るった。束ねた髪の先端が鋭い弧を描き、ターゲットとなる樹木の幹を横一文字に切り裂く。

 次の瞬間、ゴゥン・・・と鈍い音を響かせながら、切断された樹木がゆっくりと傾き、やがて森の地面へと倒れ込み周辺に葉が枝をすり抜ける音と、土煙が静かに舞い上がる。


 斧を握りしめたまま、フィオナはその場に硬直した。目の前で起きた光景が現実とは信じられず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 太くしっかりした幹を持つ樹木──通常なら何度も斧を振り下ろし、汗だくになってやっと倒せるはずのそれが、今、音も軽やかに地面へと横たわっている。

 しかも、たった一撃。

 束ねた髪を振っただけで。


「・・・うっそ」


 口から漏れた言葉は、かすれたように頼りなかった。斧を持つ手が緩み、危うくそのまま地面に落としそうになる。

 思わず何度も倒れた樹を見て、エミリアを見て、また樹を見直す。目の錯覚でも見間違いでもない。完全な現実だ。

 そんなフィオナの動揺を余裕たっぷりに見届けたエミリアは、むふふん♪とご機嫌な鼻歌を漏らしながら、得意げに胸を反らせた。


「私の髪の毛は掴んだり縛ったり包んだりするだけじゃないのよ? こうやって髪の毛を束ねて真っすぐに伸ばしてから表面に魔力を纏わせると鋭く大きな刃になるの」


 フィオナがまだ呆然と立ち尽くしている間に、エミリアは悠々と歩み寄り、先ほど倒した樹木へと手を伸ばした。

 ふわりと伸びた金色の髪が、まるで意志を持つ生き物のようにスルスルと動き、樹木に巻きつく。

 次の瞬間、重さなど感じさせない軽やかさで、ずるずると幹を持ち上げると、周囲に積み上げるように一か所へとまとめていった。


本来なら大人二人がかりでも苦労する作業を、エミリアはまるで遊びのような手つきでこなしている。

 さらに、エミリアは休むことなく、別の木に向かって足を進めた。ひとまとめにした髪の毛を鋭くしならせ、バサリ、と簡単に次々と樹木を切り倒していく。

 地面にドスンと倒れる木々の音が森に響くのをただ茫然と眺めているフィオナ。気づけば依頼に必要な量をはるかに超えるほどの丸太が積みあがり、エミリアはまた金色の髪をしゅるしゅると伸ばして、それらをまとめ上げた。

 まるで巨大なリボンで束ねるかのように器用に絡め、ひょいっと持ち上げる。フィオナはただその光景を見上げ、絶句するしかなかった。


(……これ、私、必要だった?)


 そんな悲しい疑問すら頭をよぎるのだった。






 ―――――





「結局私なにもしてない・・・」


 ぽつりとつぶやいた声は、情けなく風にさらわれていった。

 依頼のために覚悟を決めて、斧もきちんと準備して、服も汚れてもいいようにしてきたのに――

 気づけばエミリアが全部やってしまって自分は何もせずに依頼が終わってしまった。頑張る予定だった気持ちの行き場を失っていた。


 背後では、エミリアが金色の髪で大量の丸太を軽々と運びながら、鼻歌まじりにご機嫌で歩いている。

 そんな光景を横目でちらりと見たフィオナは、ぐさぐさと胸に突き刺さる敗北感を覚えた。


「何も気にすることはないわ。私とというものをつかって依頼を完了した。そう思えばいいのよ♪」


 そういってエミリアはフィオナの手を握って微笑んだ。


「今は丸太を持っているからフィオナを髪の毛で包み込んで上げれないけど後でいっぱい抱き合いましょ♡」


 早速エミリアはじゃれついてきたがフィオナは不満げにしながら「わたしがやりたかったのに」と愚痴をこぼした。本当は自分でやるつもりだったのにという思いがあったがすでに終わってしまったので仕方なく帰ることにした。


 依頼の品を確保したフィオナは、丸太をたくさん抱えたエミリアと一緒に、来た道をたどって森の出口を目指していた。

 あたりはしんと静まり、木漏れ日がぽつぽつと地面を照らしている。土の上を歩く靴音と、エミリアが丸太を運ぶわずかなきしみ音だけが響いていた。

ようやく森の出口が遠くに見え始めたその時――


「あれ? フィオナお姉ちゃん?」


 不意に、森には似つかわしくない、明るく澄んだ幼い声が響いた。

 フィオナはぴたりと足を止め、きょろきょろと周囲を見渡す。声のした方向に視線を向けると、一本の細い木の陰から、ちょこんと姿を現す幼女の姿が目に入った。


 ブラウン色の髪をきれいに三つ編みにして、赤い頭巾をちょこんとかぶったその幼女は、見覚えのある顔だった。

 昨日、冒険者ギルドでエミリアのふわふわの髪に興味津々で触り、「ふわふわ~」と目を輝かせていた、あの幼女だった。どうしてこんなところに―?


「やっぱりフィオナお姉ちゃんだ!ふわふわのお姫様も一緒だ!」


 とてとてと歩み寄ってきた幼女に不愛想な表情を向けながらフンと鼻を鳴らしたエミリアが「ふわふわじゃなくてエミリアよ」とぶっきらぼうに答えた。あははと微妙な笑顔で笑ったフィオナは話題を変えるように幼女に話しかけた。


「あなたも何か採取しに来たの?」


「うん!この森の中には食用のキノコがあるからそれを採りにきたんだ」


「でも一人で危ないよ?周囲の平原ならまだ他の人がいるけどこの森はあまり人がいないから何かあってもすぐに駆け付けてくれる人がいないし、それにいくらこの場所が魔物がほとんど出ない場所だったとしても絶対に出ないわけじゃないからね」


「大丈夫だよお姉ちゃん!いつもこの森にお母さんと一緒に入ってキノコを収穫しているけど魔物には一度もあったことないの」


 幼女はそう答えて手に持っていたかごを二人に見せた。そこには色々な種類のキノコがたくさん入っておりいつもこの時期はこの森に入ってキノコ狩りをしているのだとか。


「いつもはお母さんと一緒にはいってキノコを採っているのなら今日はどうして一人なの?」


フィオナがそう尋ねると幼女はかごを抱えてたまま答えた


「お母さん今日はお熱なの。だから元気が出るように私が採ってきてあげてるんだ!」


そう元気よく答える声とは裏腹に、か細い腕でかごを抱える姿は頼りなげだった。

 けれど、きゅっと結ばれた唇と、しっかりとしたその眼差しには、小さななりに「がんばらなきゃ」という決意がにじんでいる。

 ブラウンの三つ編みが揺れ、かぶった頭巾がずれそうになりながらも、彼女は一生懸命フィオナを見上げて、にこっと笑った。フィオナは「そっか~」といって


「でも、この森はあぶないからお姉ちゃんと一緒に森の外に出よう?」


「え、でも」


 エミリアは、ついっとフィオナを追い越すと、幼女に冷たい視線を向けた。


「フィオナが森の外に出るように言ってるのに言うことが聞けないの?」


 低く冷ややかな声が森の空気を凍らせ、幼女はビクッと肩を震わせた。小さな手がかごの取っ手をぎゅっと握り締める。


 すかさずフィオナがエミリアの前に立ちはだかり、「こら!こんな小さな子を怖がらせちゃダメでしょう!」と慌てて声をあげた。フィオナはふわりと膝をつき、幼女と同じ目線にしゃがみ込んだ。

 柔らかく微笑みかけながら、フィオナは幼女の頭を優しく撫でた。


「あなたが、お母さんを思ってキノコを集めてるのはちゃんとわかるよ。」


 幼女の小さな肩が少しだけ震えるのを感じながら、フィオナはゆっくり言葉を続けた。

「でもね、それであなたに何かあったら――お母さんはきっと、すごく悲しむでしょう?だから・・・お姉ちゃんと一緒に、森の外に出ようね。」


 フィオナの手の温もりと穏やかな声に、幼女はキノコが数本だけ入ったかごを見下ろした。

 小さな指先がかごの縁をそっとなぞる。しばらくの間、唇をきゅっと結んで黙っていたが、やがてコクンと小さく頷いた。


「・・・わかった」


 か細い声でそう言うと、幼女はフィオナに向かって、恥ずかしそうに小さな笑みを見せた。

 

「それじゃあ一緒に行こうか?」


「うん!」


 そういってフィオナに手を引かれる幼女は嬉しそうにしてた。


「・・・妬ましい。妬ましい妬ましいああ妬ましい・・・」


 後ろから怨嗟の声を漏らしているエミリアがスゴイ形相で鼻息荒く幼女の後ろ姿を凝視しており、フィオナはオイオイと思いながら背中から感じる圧に冷や汗をかいていた。森を出ようかと言うところでエミリアがピクッと何かに反応した。


「どうしたのエミリア?」


「・・・何か来る」


 そういってエミリアは森の中を凝視した。薄暗い静寂が支配する森の奥から気がへし折れる音が聞こえた。そしてその音は徐々に接近してきた。


「確かに何か来てるね。エミリア!逃げるよ!この子を巻き込むわけにはいかないからね。街まで走ろう」


 フィオナが幼女の手を引きながら、必死に声を上げた。だが、その横でエミリアはまったく焦る素振りを見せなかった。

 むしろ楽しそうに微笑み、ゆっくりと一歩、森の奥へと踏み出す。


「あら?フィオナは私の強さをまだ過小評価しているみたいね。ちょっと行ってきて討伐してくるわ」


 エミリアは金色の髪で掴んでいた大量の丸太をずしんと地面に落とすと、軽やかに地を蹴り、迷いなく森の奥へと走っていった。

 置き去りにされたフィオナは、幼い少女を抱き寄せるようにしてその後ろ姿を見送りながら、不安げに唇を噛んだ。


 エミリアの姿が視界から完全に消えると、森は一瞬、張り詰めたような静けさに包まれた。しかし次の瞬間、轟音が森の奥から響き渡り、木々の間から驚いた鳥たちが一斉に舞い上がった。森の天蓋が揺れ、葉がばさばさと舞い落ちる。


 続いて、何かが激しくぶつかり合うような音が次々と響き、時折、太い樹木が軋みながらへし折れて倒れる地響きが伝わってきた。フィオナは思わず身をすくめ、幼女を庇うように抱き寄せた。


 数分の緊張に満ちた静寂の後、地面を揺らすような重低音と共に、何かが猛烈な勢いでこちらへ迫ってきた。木立の間から現れたのは、異様に大きな紫色の猪だった。体高は優に3メートルを超え、血走った目を剥き出しにしながら、地を抉るように突進してくる。


「危ない!」


とっさに幼女を抱えて避けたフィオナはカルブンクロ特有の足の脚力で跳躍すると木の上に飛び乗った。先ほどの猪。間違いなく魔物だった。


「あれはカース・ボアだった。どうしてこんな所に・・・そういえばラキさんが森に入ったときカース・ボアの群れに遭遇したって言ってたっけ?群れは倒したって言っていたけど、これはそのはぐれた個体?」


 カース・ボアは等級としては4等級の魔物でそこそこ強いのだ。フィオナとしても倒せないほどではないがそれでも幼女を抱えながら戦うのは無理だった。何とか街まで退避をしなきゃ。そう思っていたフィオナだがカース・ボアはフィオナたちに目もくれずまるで何かから逃げるように走り抜けていった。  そしてその理由はすぐに判明した。

 森の中を猛然と突進する紫色の巨獣、カース・ボア。その背後から金色の閃光のようにエミリアが駆け寄った。しゅるしゅると風を切る音と共に、彼女の金の髪が鋭く伸び、一本の槍のように後ろ足を目掛けて放たれる。


 バシュッという鈍い切断音と共に、カース・ボアの後ろ足が鮮やかに切り飛ばされ、巨体はそのままの勢いを殺せず、地面に突っ込むようにぐらつき、バランスを失った。


 そこへ迷いなくエミリアが跳びかかる。宙を舞う金の髪の束がふたつ、しなるように伸び、カース・ボアの首の左右の地面に突き刺すとそのまままるでハサミを使ってものを切るかのようにカース・ボアの首を斬り落とした。


 バキッと骨が軋む音とともに、鈍い裂断音が響き、カース・ボアの太い首筋が真横にぱっくりと切り裂かれ、どす黒い血が勢いよく噴き出し、周囲の草木を濡らした。


 巨獣は絶叫すら許されず、ビクビクと激しく痙攣しながら、その場に崩れ落ち、そしてカース・ボアの上に着地したエミリアは、顔や金の髪、青と白のエプロンドレスをべっとりと血に染めながらも、冷めた表情で立ち尽くしていた。


 軽く顔をしかめ、手についた血を鬱陶しそうに払う仕草をしながらも、まるで些細な雑事を片付けたかのように、彼女は圧倒的な手際でカース・ボアを仕留めていたのだ。

 

「エミリア・・倒したの?」


「あ!フィオナ~! 倒したわ~♡」


 血飛沫を纏ったまま、エミリアはカース・ボアの上から軽やかに飛び降りると、嬉しそうにフィオナに向かって駆け寄った。金色の髪にはまだ滴るような血がまとわりつき、エプロンドレスも赤黒く染まっている。


 そのまま勢いよくフィオナに飛びつこうと両腕を広げたが、フィオナは顔を引きつらせながら、慌てて一歩後ずさった。両手を前に突き出し、必死に制止のジェスチャーをする。


 「ちょ、ちょっと待ってエミリア!抱きつかないで!ぜったい汚れるから!」


 その必死な態度に、エミリアは動きを止めた。抱きしめる寸前だった腕が中途半端に宙に浮いたまま、ぽかんとした表情になる。そして、次第にショックを受けたように肩を落とし、がっくりとうなだれた。

 金色の髪がぺたんと地面に落ち、血に濡れたエプロンドレスも一層みすぼらしく見える。

 うるんだ瞳でフィオナを見上げ、まるで「そんなぁ・・・」と心の中で泣いているかのような顔をするエミリア。

 その様子に、フィオナはほんの少し罪悪感を覚えつつも、返り血で汚れたエミリアの服を見て「やっぱ無理!」と必死に心を鬼にするしかなかった。


 フィオナは討伐されたカース・ボアの牙や肉、骨などを手際よく回収しながら、しょんぼりと肩を落としているエミリアに視線を向けた。エミリアの金色の髪は血に濡れてまだ重たく、歩くたびにぺたぺたと不快な音を立てている。そんなエミリアにフィオナは小さく手招きをして「ついてきて」と無言で合図した。


 森を後にし、幼い女の子を伴いながら、三人は街道を歩いて人形の街クラフティ―リアへと戻った。街の石畳に足を踏み入れた瞬間、温かい日差しと人々の喧騒が迎え入れてくれる。人形の建物が特徴的な冒険者ギルドの重厚な木扉を押し開け、受付カウンターに向かい、フィオナは荷物をどさりと置いて、採取してきた大量の丸太をエミリアが受付台の手前に積み重ねていった。

 受付嬢は目を丸くしながらも手慣れた様子で一つ一つ確認し、作業用の小さなナイフで素材の質を見極めていく。

 無事に依頼達成を告げられ、銀貨の入った小袋がフィオナの手元に滑らせるように渡された。


 そして、フィオナが続けて、カース・ボアの牙と肉の詰まった袋を取り出し、静かに受付台の上に並べると、受付嬢は小さく息を呑んだ。ぎょっとした顔でカース・ボアの牙を持ち上げ、その異様なサイズと色合いに目を見開き、さらに血のにじむ肉や皮を見て信じられないものでも見るかのように首をかしげた。

 周囲の冒険者たちもフィオナとエミリアの二人がカース・ボアの素材を持ち込んだのに気づき、ちらちらとこちらに視線を向け冒険者同士でひそひそと話し始める。

 受付嬢は慌てて追加の用紙を取り出し討伐素材の査定を始めたが、その手の動きはどこか震えているようだった。


  本来、人形の街クラフティ―リアの周囲には、野生動物や小型の魔物はいても、凶悪な個体が出現することはほとんどない。

 そんな静かな地域に、突如として第4等級――熟練の冒険者でも油断すれば命を落としかねない危険な魔物、カース・ボアが現れたことに、受付嬢は明らかに顔色を変えた。


 彼女は目の前の巨大な牙を震える指で持ち上げ、何度も首をひねりながら素材の鑑定書を手元でめくり、急ぎ手続きを進めた。

 周囲の冒険者たちも、この街の周辺に現れるはずない魔物の素材が持ち込まれたことに、信じられないものを見るような目でフィオナとエミリアをちらちらと伺っている。中には小声で「なんでこんなもんがここに・・・」と呟く者もいた。


 とはいえ、何故カース・ボアがここまで来たのか――その原因を調べるのは、ギルドが新たに派遣する冒険者たちの仕事だった。少なくとも、今回の依頼には関係ないとフィオナは心の中で線を引いた。


 やがて、受付嬢が大きな黒い金属製の箱を取り出し、その中からずっしりとした重みを持った金貨を差し出した。

 金貨数枚――それはフィオナにとって想像以上の大金であり、思わず目を輝かせた。

「見て見て!エミリアが討伐したカース・ボア金貨5枚にもなったよ!!」


「え、ああ。フィオナが喜んでくれてうれしいわ」


 フィオナが金貨の袋を手の中で弄びながらふと隣を見ると、エミリアがシュンと肩を落とし、しょぼんとした顔でこちらを見上げていた。わずかに膨れた頬と、視線を泳がせる仕草が妙に子どもっぽい。


「・・・近寄らないでって言ったの、まだ引きずってる?」


 フィオナが苦笑交じりに問いかけると、エミリアはわかっている、と言いたげに小さくうなずいた。だが、その顔には明らかに不満が滲んでいる。


「わかってるわ。わかってるけど・・・その、子どもばかり抱きついて、私が抱きつけないだなんて・・・」


 今にも地面にめり込みそうな勢いで項垂れるエミリアを見て、フィオナは小さくため息をついた。心底めんどくさい、けど放っておいたら虚ろな瞳でずっと陰気なオーラを振りまきながら金色の髪の毛をズルズル引きずり続けるだろう。

 しばし無言で見下ろしたあと、フィオナは優しく語りかけた。


「あとでたくさん抱きついていいから。その前に、冒険者ギルドの水場借りて、ちゃんと汚れを落としてきてね」


 その言葉を聞いた瞬間、エミリアの表情はパッと明るくなった。先ほどまでの落ち込みが嘘だったかのように目を輝かせ、ギルドの床を引きずっていた血まみれの髪の毛がブワァと空中に浮かびあがり両手をぎゅっと握りしめて飛び跳ねんばかりに喜ぶ。


「ほんと!? 待ってて、すぐに汚れを落としてくるわ!!」


 歓声を上げながら、エミリアはその場でくるりと一回転すると、ダッシュでギルドの奥へと駆けていった。血塗れの金色の髪が後ろに流れ、冒険者ギルドの床に血を引きずった跡を残しながらあっという間に視界から消えていく。


 残ったフィオナはしゃがみ込み、小さな体の幼女と目線を合わせると、柔らかな手つきでそのブラウン色の髪をそっと撫でた。三つ編みに編まれた髪がふわりと揺れ、かすかに木の実のような甘い香りが漂う。


 「さて、あなたももうおうちに帰りなさい。もう森に一人で入ったりしちゃダメだよ?」


 声は優しく、叱るのではなく諭すように。フィオナの瞳には、目の前の小さな命を心から大切に思う色が宿っていた。

 幼女はぱちりと瞬きをした後、ぱぁっと顔を明るくしてにっこりと笑うとかごをぎゅっと抱きしめたまま、少し背伸びするようにして元気いっぱいに言う。


 「うん!わかった!ありがとう、お姉ちゃん!」


 高らかで、まっすぐな声だった。小さな足でトトトッと走り出すと、幼女は何度も後ろを振り返りながら手を振り、そして冒険者ギルドの扉を押し開けた。

 夕暮れの光が茜色に染め上げている街へ、幼女の小さな背中はその中に溶け込むように次第に人々の賑わいの中へと消えていった。


 それから数十分後、全身をくまなく綺麗にして服も青と白のエプロンドレスからブラウンカラーのエプロンドレスへと着替えたエミリアがフィオナに抱き着いてきた。

「はぁ フィオナの匂い久しぶり。私がフィオナの所有物だってわかるようにもっともっと匂いをつけなきゃ」


「恥ずかしいからやめて!?」


「恥ずかしがることないわ。私はフィオナの所有物なのだから」


 ぴかぴかにきれいになったエミリアが、嬉しそうにフィオナへとすりすり頬を寄せてくる。金色の髪も服もきれいに整えられ、もともとの愛らしさがさらに際立っていたが、周囲の視線は冷ややかだった。

 ギルドに集まる冒険者たちは、どん引きした表情で二人の様子を遠巻きに眺め、誰も口には出さないものの、内心「またかよ・・・」といった空気が漂っていた。しかし、当のエミリアはまったく意に介しておらず、フィオナにぴったりとくっつき、うっとりした顔を浮かべている。


 そんな騒がしさの中、不意に聞こえてきたのは、低く押し殺した男たちの声だった。

 ギルドの片隅、木のテーブルを囲んだ屈強な冒険者たちが、エールの入った木製のジョッキを傾けながら真剣な顔で話している。


「なあ聞いたか? レーンブルグ領が緊張状態にあるってさ」


「・・・ああ。ガルガンチュア帝国からの干渉を受けてるらしいな。下手すりゃ、いつ紛争が勃発してもおかしくないって話だ」


「ギルドからも、今はレーンブルグ領に近づくなって警告が出てるってよ。クエストも全部停止してるみたいだ」


「ったく、あの土地は本当に呪われてんじゃねえのか。前も似たような騒ぎがあったばっかだろ」


 ぶつぶつと重たい言葉が交わされるたび、彼らの顔には苦々しさがにじむ。話題の重さに、周囲の空気もどこか沈んでいく。


 フィオナとエミリアは、抱き合ったまま自然と耳をそばだてていた。特にフィオナは、耳に入ってきた地名に目を見開きエミリアの方を見た。


「・・・エミリア。今の話って」


 フィオナは静かに口を開いた。胸の奥に小さな不安が芽生え、じわりと広がっていくのを自覚していた。


「フィオナ。それよりも今日の晩ご飯は何にしましょうか? 昨日はステーキを食べたのだから今日はキノコなんてどうかしら?」


 エミリアはにこやかに話題を逸らそうとした。わざと明るい声色を作っていたが、その無理に繕った笑顔は、フィオナには痛々しく見えた。


「確かレーンブルグってエミリアのファミリーネームの・・・」


 フィオナはエミリアを見つめながら言った。胸がざわつく。エミリアの表情に浮かぶ微かな陰りを見逃すはずがなかった。


「フィオナ、何も気にしなくていいわ」


 軽く、何でもない風を装うエミリア。しかしその声には、かすかに震えが混じっていた。


「そういうわけにもいかないでしょう! エミリアの故郷なの? そうなんでしょう? 紛争が起きそうになってるだなんて・・・」


 フィオナの声は熱を帯びていた。怒っているのではない。ただ、エミリアの心を置き去りにすることが我慢できなかった。


「フィオナ。今の私はただのエミリアよ。貴族令嬢としてのエミリア・フォン・レーンブルグはもういないの。あの日、形代の魔女によって人間とも人形とも言えない存在にされてしまってから、私の存在は完全に忘れ去られてしまった。今更あの場所に行ったところで、私を知ってる者は誰もいないの。私ももう、あそこは私の居場所じゃないと割り切ってるわ。だから――」


 苦しいほど冷静に言い切るエミリア。けれどその言葉の端々から、必死に押し殺そうとする寂しさが滲み出ていた。本当は故郷が心配で仕方ないという気持ちが隠し切れていなかった。


「嘘」


 だからフィオナは静かに告げた。その瞳は真っ直ぐで、どんな言い訳も受け付けない強さを宿していた。


「・・・本当にこういうときだけ鋭いんだからフィオナは」


 エミリアはわずかに目を伏せ、肩を落とした。隠しきれない胸の痛みが、その仕草ににじんでいた。


「今のあなたは自壊を待ってた時と同じように本心を隠したね? 本当は故郷の事が気になるのでしょう? なら――」


「ダメ! フィオナを危険にさらしたくない。そんなの嫌。もう失いたくないの! お願いフィオナ。私は大丈夫だから。もう十分幸せだから!」


 エミリアの声は震えていた。抱えた恐怖が、堰を切ったように溢れ出していく。

 自分に言い聞かせるような、か細い声だった。


「だから? エミリアの故郷を見捨てるの? そんなの――そんなの私が認めると思ってるの?」


 フィオナはしっかりとエミリアを見据えた。彼女の気持ちを守るために、そして自分自身の気持ちを偽らないために。


「お願い! あなたを失ったら私には何も残らなくなっちゃう!」


 エミリアはまるで幼子のように縋りついた。ある日突然人間とも人形ともつかない存在に変えられ、人々から忘れ去られ、そしてずっと一人孤独だった彼女に唯一残された大切なもの。

 それを失うかもしれない。そんな恐怖を感じて自身の故郷から目を背けようとするエミリアにフィオナははっきりと告げた。


「嫌。確かに私はビビりで泣き虫だけど、それでもエミリアの故郷が危ないって知って何もしないで黙ってるほど薄情なウサギじゃないの! エミリアが行かないなら私一人でも行く!!」


 フィオナの叫びは、決意そのものだった。震える声の奥に、確かに熱く揺るがない意志が宿っておりフィオナは完全に覚悟を決めた目をしてた。

 自分と言う存在を死ぬまで受け入れ続ける覚悟をしちゃうようなそんな愛おしい所有者の少女を前にしてエミリアは大きくため息をついた。


「・・・フィオナには敵わないわ」


 ぽつりと、エミリアは微笑みながら呟いた。

 心に溜め込んでいた迷いも、痛みも、すべて受け止めてくれる存在が目の前にいる。その事実が、エミリアの胸にじんわりと染み込んでいく。


「そういえばフィオナはとてつもなく頑固で、しかも覚悟が決まってるウサギちゃんだったわね」


 エミリアは、困ったように、それでもどこか嬉しそうに口元を緩めた。するとフィオナは得意げに胸を張り、にっこり笑った。


「さすが。わかってるじゃない、私のエミリア♪」


 その無邪気な笑顔に、エミリアの胸がきゅっと締めつけられる。こんなにも無償の愛情を向けてくれる存在を、どうして拒めるだろうか。


「・・・本当に心臓に悪いことしないでほしいのに」


「私を所有者にしたのが運の尽きだね。私のわがままに一生付き合ってもらうからね、エミリア!」


 エミリアは呟くように言ったが、その声にはもはや怒りも呆れもなく、ただただ愛しさだけが滲んでおり、それに対してフィオナは無邪気に笑いながら宣言するように言い放った。

 その瞳には、自分たちならきっと大丈夫という気持ちと守りたいものを絶対に手放さない決意が宿っていた。


「・・・わかったわ。行きましょう、レーンブルグへ。あなたと一緒に」


「そうこなくっちゃ!」


 ニンマリ笑いながらエミリアにそう告げたフィオナはいつもと違い今回はエミリアの手を握って引っ張っていった。






 ―――――






 宿屋に到着すると、ロビーには既にラキとタギツが待っていた。

ラキはソファに腰掛け、足をぶらぶらと揺らしながら、明るい笑顔で二人を出迎えた。

 タギツは車椅子にもたれかかり、パイプを吹かし無表情のままだったが、閉じた瞳でちらりとこちらに視線を向ける仕草には、どこか安心した色が見えた。


「お! 戻ってきたね~。それじゃあターちゃん、説明ヨロシク!」


 ラキはひらひらと手を振りながら、いつも通り明るい声を投げたが、その端々にはこれからの話を予感しているかのような、わずかな寂しさも滲んでいた。


「・・・面倒事ぶん投げたね。まあ、いいけど」


 タギツは小さくため息をつきながらも、静かに頷いた。

 ぶっきらぼうながらも、二人が話をしっかり聞くつもりでいるのがその態度から伝わってきたため今後について話をしようとした。


 するとフィオナが前に一歩進み、胸の前で小さく拳を握りしめながらラキとタギツを見据えて告げた。


「実は私もラキさんとタギツさんに聞いてほしいことがあります!」


「聞いてほしいこと?」


 ラキはぱちぱちと瞬きをし、興味深そうに首をかしげた。


「はい。私とエミリアは、エミリアが人間だった頃、過ごしていたレーンブルグ領に向かうことにしました。なので、お二人とはここでお別れということになります!」


 フィオナは真っすぐ二人を見つめ、はっきりとそう言った。

 ラキの顔から一瞬だけ、無邪気な笑みが消え、真剣な色が浮かぶ。


「レーンブルグ・・・確か、あそこは今、紛争が起きそうなほど緊張状態になってるって聞いたけど。そんな危ない場所に何しに行くの?」


 タギツが低く問いかけた。

 声に感情はあまり乗っていなかったが、逆にそれが彼女なりの深い心配の表れだった。


「レーンブルク領を守りに行きます!」


 フィオナは堂々と宣言した。

 その小さな体のどこにそんな心の強さがあるのかと、ラキは一瞬目を見開き、ラキは腕を組みながら、う~んと唸った。

 その顔には、大らかさと同時に、別れを惜しむ寂しさが隠しきれずに滲んでいた。


「そっか~。本当は私とターちゃんも一緒に行ってあげたいんだけどね・・・」


 ラキは言いながら、どこか残念そうに眉を下げた。その隣で、タギツが小さく肩をすくめながら続ける。


「僕たちは別の国の調査を依頼された。国家からね。しかも冒険者ギルドからも“是非受けてほしい”とお願いされてしまった。・・・ほんと迷惑甚だしい」


「ターちゃんそんなこと言わないの!」


 ラキはぱんとタギツの肩を叩き、元気いっぱいにフィオナとエミリアへ向き直った。瞳を輝かせ、けれどどこか潤ませながら、笑顔を浮かべる。


「と言うわけだから。私とターちゃんは冒険者未踏の国へ調査に行くことになったからあなた達二人についていくことはできないの。フィオナ! エミリア! また絶対会おうね! 元気に笑って、“久しぶり”って言えるように! また会う日まで元気でいるんだよ!」


 フィオナはぐっと胸に熱いものがこみ上げてきた。ラキの言葉が、まるで太陽のように心にしみる。


「・・・気をつけるんだよ」


 口調はそっけなかったが、それでもタギツはちらりとフィオナとエミリアに向けて小さく呟いた。

 それは、タギツなりの精一杯の労いと心配だった。


「はい! わたしも・・・絶対元気でいますから! ・・・また、みんなで会いましょう!」


 フィオナは涙をこらえながら、笑顔で答えた。


 その夜のうちに、ラキとタギツは北へ旅立った。

 快活な少女と無愛想な少女、それぞれが背中越しに小さな手を振りながら、夜の闇へと消えていく。


 そして、一人のウサ耳の少女と、一体の人形の少女は、南へ向かって歩き出した。

 目指すは、運命に導かれるように、エミリアの故郷――レーンブルグ領だった。






 おしまい

今回も読んでいただきありがとうございました。 


次の長編のお話しは魔法少女の国のお話を書こうかなと思っております。その前に短編話混ぜるかもしれませんが是非また読みに来てください。

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