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旅人ちゃんの紀行日記  作者: きりん
12/22

最高の一杯は思い出と共に

 むかーしむかしあるところに二人の少女がおりました


 とある大陸の海岸線に二人の少女の姿があった。一人は金色の髪に紺碧の瞳 そして身の丈ほどの大きさの黄金の戦槌を背負って木製のキャビンを引っ張っていた。そのキャビンには銀色の髪をハーフアップツインテにした黒いワンピースに灰色のローブを身にまとっている。木製の車椅子に座りこれまたどでかい魔術書を読んでいた。

 二人はとある噂を聞きつけてこの海岸まで来ていた。それはこの海岸線にあるとされているコーヒー屋に伝説のコーヒーがあるというものだ。いわく今までの人生で一番の一杯だそうで思わず涙が出てしまうほどとのこと。


「そんなコーヒーがあるとは思えないんだけど」


「そう言わずとりあえず行ってみようよ! ターちゃんだってあるなら飲んでみたいでしょう?伝説のコーヒー」


「そうだね。伝説とまで言わしめた一杯に興味はあるよ」


 タギツはキャビンから見える綺麗な海を眺めながら返事をした。比較的小さい大陸ではあるものの魔物が活発に活動するこの大地は安全地帯は少ないがこの海岸線に関しては意外と魔物が現れにくいそうだ。なんでも遠い遠い遥か遠くの大陸にあるという世界最大の巨大都市ルメティカで作られた魔道具によってこの辺の海岸は魔物が寄り付かないようになっているらしい。そのため近くに集落がいくつか存在している。

 

 しかし、これから向かう場所は、そうした集落からも離れ、周囲には何もない荒涼とした地にぽつんと建つ一軒のコーヒー屋だった。舗装されていない細い道を抜けると、やがて視界が開け、眼前には広大な海が広がる。海岸線は険しい断崖絶壁となっており、真下では荒れ狂う波が幾度となく岩壁にぶつかり、砕け散る白波が舞っていた。


 その断崖の縁から少し離れた場所に、時の流れを感じさせる古びた石造りの建物がひっそりと佇んでいる。赤い瓦屋根は長年の風雨に晒され、ところどころ苔に覆われていた。壁の隙間にも植物が根を張り、自然と一体化しつつあるようにも見える。扉の横には木製の看板が掛かっており風化した判別しづらい文字で『カッフェ・フォリオ』と書かれてあった。


潮風に混じって、かすかに漂うのは焙煎された豆の香ばしい香り。こんな辺境にありながらも、確かにそこには人の営みがあった。


「アレだよターちゃん! 楽しみだね伝説のコーヒー!今からもう待ち遠しい~。ねえねえ、どんな味なんだろう!? 一口飲んだだけで幸せになっちゃうとか、心がとろけるとか、噂がすごすぎてワクワクが止まらないよ! あぁ~早く飲みたい! もう今からでも夢に出そう!!」


 そういってキャビンを引っ張るラキの力が強くなり勢いよく走っていった。道がほぼ獣道状態のところなので速いスピードで走ると当然ながらキャビンはガタガタと激しく揺れ乗っていたタギツは激しく揺すぶられて読書どころではなかった。 


 キャビンが大きく揺れるたびに、タギツの体も車椅子からわずかに浮き、重力に引き戻されるようにしてドスンと跳ねた。衝撃とともに銀色の髪がふわりと舞い、彼女は眉をひそめながら、ラキに訴えかけた。


「・・・ちょ、ラキ・・・もう少し静かに・・・落ち着いて・・・!」


跳ねる振動に合わせて、タギツの声も断片的に途切れながら発せられる。しかし、前方で興奮しきったラキには、もはや彼女の言葉など一切届いていなかった。


「うわぁーっ!! 伝説のコーヒー!! 待っててねええええ!!」


ラキはキャビンが揺れるのも気にせず、そのまま全速力で駆け出していった。地面を蹴るたびに地面が抉れてラキが大地を踏みしめる振動が響いた。タギツは完全に目先の目的に突き進んでいるラキに呆れてため息混じりに額を押さえた。これはキャビン酔いするかも―。


そして店の前までやってきたラキはキャビンを止めるとすぐに勢いよく扉を押し開け、満面の笑みで叫んだ。


「こんにちは!! ここで伝説のコーヒーが飲めるんですよね!? 一杯ください!!」


 店内は静かだった。時間がゆったりと流れているかのような、落ち着いた空間。時間の経過を感じる建物で所々古く話なっているが手入れが行き届いた内装となっていて棚にはさまざまなコーヒー豆の瓶が並び、奥のカウンターでは一人の初老のエルフが穏やかな表情で立っていた。


銀髪に若干青みがかった長い髪を後ろでゆるく結び、白い髭をたくわえ眼鏡をしている。しわの刻まれた手でカップを丁寧に拭きながら鋭くも温かみのある琥珀色の瞳がラキをとらえ、エルフの店主は小さく微笑んだ。


「・・・ようこそ。よくここまで来たね。」


ラキはワクワクと身を乗り出し、期待に満ちた瞳で彼を見つめる。


「うん! ずーっと楽しみにしてたんです! 世界が変わるって噂の、伝説のコーヒー! 一口飲んだら天にも昇るっていう・・・!!」


しかし、エルフの店主はその言葉を聞くと、ほんの少しだけ寂しそうに微笑み、静かに首を横に振った。


「・・・すまないが、伝説のコーヒーはもう出せなくなってしまったんだよ。」


「――え? えええ!?」


 エルフの店主の言葉が耳に入った瞬間、ラキの顔からみるみるうちに笑顔が消え、目を大きく見開いた。まるで信じられないものを見たかのように、口を半開きにしたまま固まっている。


 勢いよくカウンターに身を乗り出していた体が、肩を落とすように力なく沈んだ。期待に満ちて輝いていた瞳も、困惑とショックに揺れている。遅れて店に入ったタギツもそんな彼の言葉に眉をひそめ、カウンター越しに彼をじっと見つめた。


「それって・・・どういうことですか? どうして伝説のコーヒーを出せなくんってしまったのですか?」


 ラキの困惑の視線を受けながらも、エルフの店主は穏やかなまま微笑み、小さく息をついた。やがて、彼は静かに語り始める。


 カウンターの奥から古びた本を取り出し、一枚の挿絵が描かれたページを開く。そこには《赫焔のかくえんのみ》と《色彩の甘露しきさいのかんろ》と呼ばれる希少な素材が描かれていた。


伝説のコーヒーを淹れるには、この二つの素材が欠かせない。


 赫焔の実は、灼熱の火山地帯でしか育たない果実で、地熱と火山灰により独特の甘さと深いコクを持つ。しかも生息地域故に簡単に入手できないため価値が高く、たった一粒で金貨1枚にもなるほど。しかし、この実が育つ場所は危険極まりない。火山活動が活発なだけでなく、そこには赫焔呼ばれる第2等級の魔物が生息している。赫焔は炎を纏う獣で、その巨体と凶暴性から並の冒険者では太刀打ちできない存在だった。


 もう一つの素材である色彩の甘露は、水霊の森の奥深く、樹齢1000年を超える大樹からのみ採れる特別な樹液だ。この甘露は、七色に輝き、ほんの一滴でも芳醇な甘みと独特の風味を持つが、採取には特殊な技術と知識が必要とされる。しかし、この森にも危険が潜んでいた。そこには水霊と呼ばれる第2等級の魔物が棲みついており、巨大な亀のような見た目で地響きのような足音を立てながら侵入者を追い掛け回して、逃れることを許さないという。


 かつては、腕の立つ冒険者がこの二つの素材を採取し、店に届けていた。しかし、彼が引退してしまったことで、新たな供給が途絶えてしまった。


他の冒険者に依頼しようにも、赫焔や水霊がいる以上、最低でも上位の冒険者でなければ採取は不可能だった。しかし、そのクラスの冒険者たちは既に重要な依頼を受けており、店のためだけに動いてくれる者はいなかった。一方、下位の冒険者では、そもそも目的地にたどり着くことすら難しく、たとえたどり着いたとしても、素材を持ち帰れる保証はなかった。


そうしているうちに、店に保管されていた最後の在庫も底をつき、それ以来、伝説のコーヒーを提供することはできなくなってしまった。


「なるほどね。噂の伝説のコーヒーを淹れることができない理由はそういうことか。なら仕方ないか。僕らはお暇させて「いいこと思いついた!」


 タギツが口を開いた瞬間、それを遮るようにラキの声が飛び込んできた。勢いよく前のめりになりながら、瞳を輝かせ、まるで何かを思いついた子どものような表情で言い放つ。タギツは一瞬ぽかんとし、次の瞬間には眉をひそめた。何を言い出してるんだこいつは、と直感的に思う。ろくでもないことを考えているのは明らかだった。


「私が採りに行ってきますよ!私が素材をあなたに渡す。そしてその代わりあなたは伝説のコーヒーを作るっていうのはどうかな?」


「どうかなじゃない何言いだしてるのラキ明らかにコーヒー一杯の労力と見合ってない安請負いしないで」


「ターちゃんだって飲みたいって言ってたじゃない~ 大丈夫だよ!私強いから!」


 ラキが素材の採取に行く準備をし始めたのを見て、初老のエルフのおじいさんは一瞬、目を見開いて硬直した。その表情はまるで、今まで見たことのないような光景に遭遇したかのように驚きが漂っていた。

しかし、すぐにその驚きは困惑に変わり、口元をわずかに引き結び、何とか穏やかに対応しようとしたものの、どうにも戸惑いを隠しきれずに、声が少し震えた。


「い、いやいや。だからね嬢ちゃん。採取しに行くのはとても危険なんだ。今まで頼んでいた冒険者さんはティア2の方なんだよ凄腕冒険者だったから採取できたのであって嬢ちゃんじゃあ」


「大丈夫大丈夫! じゃ行ってくるね~」


 エルフのおじいさんが言葉を発する間もなく、ラキは一気に店を飛び出していった。ドアが勢いよく開き、ラキの足音が床を鳴らしながら一陣の風のように外へ飛び出すと、そのまま教えられた火山地帯へと駆け抜けていった。


 しばらくすると、ドアが再び閉じる音が静かに響き、店内は急に静寂に包まれた。外の風が少しだけ店の中に流れ込み、残されたエルフのおじいさんはハッとしてすぐに追いかけようとしたがタギツに止められた。


「無理だよ。ラキはとても足が速いから今から追いかけても追いつけないよ。それにラキが言っていたでしょう?とても強いから大丈夫だよ。何せティア1だからね」


「なっ!? ティア1!!?」


「そうだよ。ラキなら無事に帰ってくるよ。それよりもエルフのおじいさん。待ってる間暇だからコーヒーでも入れてくれるかな?もちろん伝説のコーヒーじゃなくそこにある豆でのコーヒーをね」


 そう言いながらタギツは懐から取り出したパイプに火を入れた。






 ―――――






 ラキは猛スピードで駆け抜け、火山地帯の入り口にたどり着いた。目の前に広がるのは、今も活動を続ける火山の荒々しい光景だった。 山肌は黒ずんだ岩があたり一面を埋め尽くし、時折、地の奥底から吹きあがる赤々とした溶岩が岩の隙間から流れ落ちている。


 足元の地面は固まった溶岩が不規則な凹凸を創り上げ、踏みしめるたびにわずかに崩れそこに深い亀裂が走り、その隙間からは白い煙が絶え間なく立っていた。


周囲の植生もこの過酷なな環境に適応した特異なものばかりだった。 鋭利な葉を持つ赤茶けた低い木や、熱に耐える太い表皮を持つ奇妙な植物が点在し、その根は岩の隙間を縫うように張り巡らされていた。そしてなによりもこの火山地帯は”熱い”のだ。


 火山のとんでもない熱量によってあたり一面がサウナ状態になっており、とてもじゃないがこんなところに長居したら熱中症と脱水症状に陥ってしまいそうな空間となっていた。周囲の空気は揺らめき、視界が歪むほどの熱気が立ち込めていた。岩肌から立ち上る蒸気が白く渦を巻き、時折、地の底から吹き出す熱風が肌を焼くように押し寄せる。まとわりつく空気は重く、喉の奥がカラカラに乾くのを感じるほどだった。


だが、ラキはそんな過酷な環境をものともせず、むしろ楽しむかのように駆けていく。灼熱の大地を軽やかに踏みしめ、足を地につけるたびに冷え固まった溶岩の破片がカラカラと転がる。時折、岩の間にぽっかりと空いた小さな間欠泉が突如として熱湯を吹き上げるが、ラキはそれすらも遊びの一環のように、ひょいひょいと跳ねるように避けていった。


やがて、空気に混じる匂いが硫黄の匂いに混じって仄かに甘い香りが漂ってきた。赫焔の実が近くにある証だった。ラキは足を止めることなく、さらに奥へと踏み込んでいった。


 しばらくすると真っ黒な黒曜石のような色合いの硬い樹皮に覆われた樹木がいくつか見えてきた。樹木はねじれておりその木の葉っぱはオレンジ色をしていた。そしてそこにはこれまた炎の意匠をそのまま実にしたかのようなものが木からぶら下がっていた。事前に聞いていた通りものがそこにはあった。


「これは赫焔の実だね。とりあえず取れるだけ採っていかないと。多分他にもあるはず」


 ラキが周囲を見渡すと同じような木が何本も生えておりそこには赫焔の実がたくさんなっていた。それをラキは次々と収穫すると持ってきていた大袋にどんどん放り込んでいった。大袋が一杯になるまで収穫したラキはその袋を担いで火山地帯の高原を降りるため来た道を引き返した。すると周囲の空気がさらに熱くなりそして今までなかった重厚な圧迫感が広がりだした。


「ん?」


 ラキが振り返ると遠くから何かが走ってきた。ゴゴゴという地響きとともに地面が小刻みに揺れ、噴気孔の煙が立ち込める高原のその向こうに黒い大きなシルエットがみえた。噴気孔の煙が晴れるとそこには黒曜石のように漆黒の毛皮に包まれた、巨大な闘牛がそこに佇んでいた。体は岩のように分厚い筋肉が詰っており、肩や背中からは絶え間なく炎が噴き上がり、周囲の空気を熱していた。


「へぇ これが赫焔か。第2等級だなんて面白そう!」


 ラキがそういうと赫焔はブォオオオオオオと雄たけびを上げると勢いよくラキに向けて突進をかましてきた。突進をうまいこと躱したラキはすれ違いざまに空いている方の拳を叩き込んで赫焔のバランスを崩すと飛び上がって赫焔に蹴りを入れた。赫焔は放物線を描いて吹っ飛びそのまま溶岩の中に消えていった。


「う~ん案外どうにもでなるもんだね。第2等級となると結構厄介な相手のはずなんだけどな~」


 あっさりと倒せてしまった赫焔に若干の疑問を残しながら帰ろうとするラキだったがそう簡単にはいかなかった。遠くから地響きが聞こえた。しかも先ほどと違い1体ではないのだ。2体3体・・・それ以上いた。


「おお!すっごい。群れを成すタイプの魔物なのかな。どおりで第2等級なわけだよ~ う~んどうしようかな。私としては本当は戦ってみたい所だけど赫焔の実を持ってると手がふさがってミョルミーベルを振れないし、かといってこのまま赫焔の実を置いて戦うとあいつらに実をとられちゃうしなぁ。―う~ん。よし!」


 続々と集まってくる赫焔にラキはすがすがしい笑みを浮かべながら


「走るか!」


 そういうと赫焔を完全無視してラキは全力で火山地帯を走った。固まった溶岩特有のガタガタの道を飛び跳ねるように走り抜け、溶岩石を踏み抜きながら走り続けた。後ろからは赫焔が20体ほど全速力で追いかけてきていた。固まった溶岩石にぶつかっていたがそんなことお構いなしに真っすぐ尽き進んでいた。


 ラキは赫焔の実を詰め込んだ大袋を握りしめて走るスピードを更に速くした。 こんな場所で長々と戦っていては時間がかかるし、一生懸命集めた赫焔の実を踏み潰されてしまう可能性もある。向こうでは、赫焔たちが咆哮を上げ、黒曜石の溶融ような岩石を粉砕しながら巨大な角が空を裂くように突き出される。


群れで追いかけてくる赫焔は時折連携をとってラキの真横に突っ込んでくるがクルっと体を翻して避けると蹴りを入れて後ろからいてくる赫焔にぶつけた。だが赫焔はとても頑丈で最初に溶岩に落とした個体以外は蹴りを入れても転ぶだけでゆっくり立ち上がると何事もなかったかのようにまた追いかけてくるのだ。 しかも脅威なのは赫焔だけではなく間欠泉から熱湯が吹き出してくるのでそれも避けなければならない。


 時間が経つにつれどんどん赫焔の数は増えていき最初は20体だったのが今では50体になっていた。それに伴い今まで後ろから追って来ていた赫焔が徐々に四方八方から突っ込んで来た。増え続ける赫焔、いつ噴き出してくるか分からない間欠泉、そして走りにくいうえに崩れやすい溶岩石の足場。条件は非常に悪かった。


「いいね! とっても楽しい! 逃げ切るか追い付かれるかの勝負逃げ切ってみせる。おりゃぁああああああ」


 凸凹道を赫円の猛追をジグザクに避けながら一切速度を落とさずに走り抜けるラキはそのまま火山地帯を抜けてそのまま元来た道を戻っていった。そして行きに通りかかった吊り橋を駆け抜けていくと赫焔は吊り橋のことなどお構いなしに真っすぐ進み崖下へ次々と転がり落ちていった。次から次へと落ちていく赫焔は地面に叩きつけられてそのまま次々と絶命していったがラキは止まることなく走り抜けていった。 


「あっぶない! ギリギリセーフ~」


 ラキは走るペースを落として森林の中を進んでいった。一度来た道なので道順は知っており、その途中大きな滝と水場があったのを思い出してそこで休憩することにした。ラキは担いだ大袋をどさっと下ろしてさらに背負っているリュックとミョルミーベルも横に置くと、背伸びをして大きく深呼吸をした。先ほどまで火山地帯にいたためにとても暑く汗をかいてしまったのでラキは上着をぬいでキャミソール一枚になった。


 ラキは両手ですくった冷たい水で勢いよく顔を濡らして洗うと、首を振るように滴を払い、心地よさそうに息をつけました。金色の美しい髪から水滴が滴り落ち飛沫が陽光を受けてキラキラと輝きながら宙を舞った。 その様子を木陰から見ている数十人の集団がいた。各々が武器を持っておりそのうちの一人が下卑た笑みを浮かべていた。


「へへっ こんなところに女が一人でいやがる。こりゃちょうどいい!」 


「あの荷物を捌けばいい金になるだろうさ。さっさと奪い取ってしまおう」


「おいおい奪って終わりかよ!せっかくの女なんだぜ~ 楽しまなくちゃもったいねえだろ?」


「はっ 違ぇねえな!」


 明らかに盗賊といった風貌の集団はラキの退路を塞ぐように取り囲んでゆっくりと迫っていった。


「・・・ん?」


 水浴びをしてると気配を感じたラキが振り返るとそこには数十名の男たちが自分を取り囲んでいた。手にはナイフやモーニングスターをもち明らかに友好的な態度ではなかった。男たちの一人がニヤニヤと笑みを浮かべながらラキにナイフを突きつけてきた。


「とりあえずそこにある荷物全部おいていきな。素直に従えば命は取らねえぜ? ああでもその前に何人か相手してやってくれよ。むさ苦しい生活てたまってるんだ」 


「えっと、あなたは盗賊さんですか?そうですよね?」


「よくわかってるじゃねえか。ならさっさと―」


「喧嘩しましょうか☆」


「は?」


 ラキは水を吹っ飛ばしながら地面を蹴って盗賊の男を殴り飛ばした。殴られた盗賊はゴウッという風切り音とともに地面に倒れた。男たちは一瞬何が起きたのか分からずにいたがラキは気にせずにそのまま走って次に近くにいた男の側頭部に回し蹴りを入れると倒した男の足をもって別の男に思いっきり投げ飛ばした。別の盗賊は手に持ったナイフで襲い掛かってきたが綺麗に躱されてナイフを持っていた腕を手刀で叩き折られた。盗賊の男たちはそのあまりの速さに反応できず次々と地面に沈んでいった。その間ものの十数秒。


「こんなもの?もっと楽しく遊びたかったのに」


 不完全燃焼で物足りないといった表情を浮かべるラキだったが当の盗賊たちは地面に倒れたまま


「ぐっ・・・こ、こいつ・・・化け物か・・・」

 

「い、痛いぇ・・・骨が・・・俺の骨が・・・」


「う、動くねぇ・・・なんで俺たちがこんな目に・・・」

 

「ひっ・・・あ、遊び・・・? 冗談じゃねぇ・・・」


 完全に戦意喪失している模様。そんな盗賊たちを見ながらもういいかと思ったラキはふと何か忘れているような気がしていた。


 「ん?なんか大事なこと忘れてるような・・・」


 自分の格好を見下ろしたラキはその時初めて気がついた。自分がキャミソール一枚だったことに、しかも水場で水浴びしていたためにキャミソールは濡れて素肌にピッタリくっつきうっすらと透けていた。


「あっ」


 そして少し考え込んでからスーッと盗賊たちの方を見た。途端に蹲っていた盗賊たちに背筋が凍りつくような悪寒が走った。


「みんな、見ちゃったね?」


 その一言で盗賊たちは必死に体を引きずりながら後ずさりした。明らかに先ほどと雰囲気が異なることに冷や汗が止まらない盗賊達は必死に言葉を紡いだ。


「み、見たとは・・・?」


「私のキャミソール越しの素肌見たでしょ?」


 ぎゅっと拳を握りしめてゆら~っと近づいてくるラキに盗賊たちは必死に首を横に振って否定しようとした。


「見てないです!」


「ふぅ~ん?」


 ラキはニコニコしながら、一歩また一歩と近づいてくる。


「・・・でもでも、見てないなら、なんでそんなに焦ってるのかな~?」


「ひっ・・・!!」


「もしかして、嘘ついてる?嘘ついちゃってるのかな?」


「違う!違う違う違う!!本当に見てないって!!」


「そもそも私今キャミソール一枚だよ?今見てるじゃない」


「そ、それは・・・!」


盗賊たちの顔が青ざめる。 下手に答えても地獄、答えられなくても地獄。


「ということはみんな私の素肌見たってことでいいよね?じゃあ記憶、消さなきゃいけないね?記憶消去の魔術とか使えないんだ。だから別の方法で記憶消さないといけないけど記憶が飛ぶまで殴れば記憶消去できるよね?」


「ま、まて! 待ってくれ!! 忘れる! ここで見たことは全部忘れるから!!」


「じゃあ、歯 食いしばってね?♪」


「ぎゃああああ!!???」


 次の瞬間、盗賊達は完全に意識とここで起きたことの記憶を手放した。






 ―――――





 時は少し遡ってラキが火山地帯で赫焔の実を採取しているとき、タギツは店の中でゆったりとくつろぎながら手に持った魔術書を読み耽っていた。そこに一杯のコーヒーとバームクーヘンを用意してくれた。コーヒーカップからは、深い焙煎の香ばしさとほのかな酸味を含んだ芳醇な香りが立ち昇る。湯気がゆらゆらと揺れ、タギツの鼻先をくすぐった。 カップの縁には、繊細な模様が刻まれ、落ち着いた色合いの陶器が静かな雰囲気に馴染んでいる。


「・・・いい味だね。」


「そうかい。そいつはどうも。嬢ちゃん名前はなんていうんだい?」


「僕はタギツ・ツクヨ。見ての通り冒険者だよ」


「いや、全然冒険者には見えないけど・・・」


「よく言われる。車椅子で冒険者?ってね。これでも魔術が使えるから結構戦えるのだけどね。それに魔眼も持ってるよ」


「へぇ魔眼持ちなのかい嬢ちゃん。なるほどねそれで冒険者やれるのか」


「あっさりと信じるんだね?」


「まあ俺はエルフだからな。長く生きてると色んな奴らに会うもんでな。その中に何人か魔眼持ちもいたもんだからよ。 ―そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はヴェイド。ヴェイド・カッフェ・フォリオだ。よろしくな嬢ちゃん」


「ふうん、魔眼持ちに何者か会ったことがあるの。流石エルフってところか。ということは、ただのコーヒー屋の店主ってわけでもでもなさそうだね?僕が今まで見たことのないコーヒー豆を取り揃えているし、それに店に入ったとき君は僕たちに微笑みかけながらも警戒を怠らなかった。今だって僕に対してどうやって対抗するか無意識に頭の中でシミュレートしている。戦いなれしている者の行動だ」


「おや、まさかバレてたとは。本当に冒険者やってるんだな~ いやなに、こんな何もない所でコーヒー屋やっていると何かと変なのも来るからな。それなりに実力が必要になってくるもんなのさ。それに俺も実は元冒険者なんだよ。だからある程度の強さは持ってるつもりだぜ?」


「へぇ、元冒険者ね。どこを冒険したの?」


「そりゃもう、世界中さ。見ての通り俺は無類のコーヒー好きでね。コーヒーのために冒険者になってコーヒーのために世界中を旅していたもんさ。あの頃は楽しかったなぁ、まだ見ぬコーヒー豆を求めてはひどい目にあってたもんさ。 


 例えば、この大陸とは別の大陸にあるでかい火山にある『火仙豆』を採取しに行ったら溶岩ゴーレムに追い回されて命からがら逃げてな、服はボロボロ髪の毛は焦げてチリジリになっちまったり、

 またある大陸では原生林が覆い茂っている中を突き進んで『幻燈豆』を取りに行ったら先住民の部族に危うく生贄にされかけたな。「コーヒーを愛する者は精霊様の御使いでこの世界に迷い込んできてしまった存在だから送り届けてあげなきゃいけない」って言ってな。


 ほんと死ぬかと思った。まあ精霊様に頼まれてやってきたって言ってなんとか言いくるめてその部族特有の「超発酵コーヒー」を飲ませてもらったよ。


 またある大陸では砂漠の中で暮らしている人々に『砂上コーヒー』なるものを飲ませてもらえると思っていたら丸焦げの豆と砂を合わせた泥水みたいな味でなんじゃこれ?と思ったら冗談だと言われその後に本当の砂上コーヒーを飲ませてもらったりしたこともあったな。

 

 他にも幻覚の森で『幻影の甘露』っていう美味しい水を求めていったら1週間彷徨う羽目になったりしたこともあったし、海底神殿の『海底コーヒー』を求めて海底神殿まで潜っていったこともあったな。あの時は海底の主の魔物に見つかってそれと戦ったよ。 あとは吸血姫の城に潜入して『宵闇のコーヒー』を手に入れようとしたら吸血姫に気に入られて軟禁されたこともあったな~」


 タギツはヴェルトの口から出てくる武勇伝―もといアホな話を黙って聞いていたが、話が進むにつれて眉間に皺が寄り、ついには呆れたように溜息をついた。そして、手元の魔術書をパタンと閉じると、静かに言い放った。


「・・・キミ、正真正銘のコーヒー狂いのヤバい奴だね。」


本を閉じる音がカフェの静寂に響く。


「命の価値とコーヒー豆の価値を天秤にかけたら、迷わずコーヒー取るタイプでしょ?」


「普通、溶岩ゴーレムに追われたら二度と火山なんか近寄らないし、吸血姫に軟禁された時点で趣味の範囲超えてるから。」


さらにジト目で睨みつけながら、追い討ちをかけるように続ける。


「・・・で? その吸血姫の城からはどうやって逃げたの? まさかコーヒー豆で買収したとか言わないわよね?」


 ―どこか本気で引いているような口調に、ヴェルトは豪快に笑いながら「まぁ、だいたいそんなとこだ!」と胸を張るのだった――。


「それからも色々とコーヒーを探し求めて世界中を旅していたんだ。そんな時に俺は『幽玄の豆』を手に入れようと森へ入ったんだ。本来なら豆を採取したら引き上げるつもりだったんだが運悪く第1等級のネームドに遭遇しちまってな。なんとか逃げ切ることができたが旅の疲れで体はボロボロ、食料も底をつき、逃げ切るので精一杯だったから満身創痍になっていてなさすがにもう死んだなと死期を悟ったんだ。 


そこにたまたま通りかかった一人の老婆がいて俺は助けられたんだ。 その時に老婆がコーヒーを淹れてくれてな、その一杯は何の変哲もない普通のコーヒーだったが一口飲んだ瞬間涙が溢れたんだ。とても美味しかった、―いや、とても”温かかった”んだよ。今まで最高のコーヒーを追い求めていてとても美味しいコーヒーには何度も出会えていたがどうも最高のコーヒーとはいいがたかった。


 だがその一杯は俺にとって紛れもない最高のコーヒーだと思い、そして気がついたんだ。”誰かのために淹れてもらったコーヒー”こそが最高のコーヒーなんだって。そのとき体が急に熱くなってな、すぐに収まったが以前の自分とは明らかに変わった感覚があったんだよ。

 それから回復した俺はお礼にその老婆にコーヒーを淹れたんだ。すると老婆は震える声でこう言ったんだ「亡くなった主人が入れてくれていた味そのものだ」ってね。


 後から知ったことだが、どうやら『ギフト』という力に覚醒したらしくてな、相手の思い出の味のコーヒーを再現できるようになったってわけだ。 それから冒険者として旅をしながらおとずれた街でその人にとっての最高のコーヒーを振舞った。そしてその時の笑顔を見て決めたんだよ。俺のコーヒーで誰かを幸せにすることが俺の役目だってね。それからこの場所でコーヒー屋をするようになったのさ」


 話を聞き終えたタギツは何故コーヒー屋をやるようになったのか理解したが、それでも腑に落ちないことがあった。ならばなぜこんな辺鄙な場所でコーヒー屋をやっているのか。何故赫焔の実と色彩の甘露が必要なのか?


「ん?ああ、嬢ちゃんはギフトについてどこまで知ってるんだ?」


「『ギフト』は先天的に持っている権能で使い方次第では圧倒的な力も富も名声も得られる。だが必ずこの力には代償が付いてくる。先天的に持ってる人は少なくギフトの存在を自覚し行使できるものはさらに少ない・・・といったところなら」


「それで合ってる。俺の場合相手の思い出の味のコーヒーを再現できるがその代わり徐々にコーヒーに関する記憶が薄れてきてな。どうやら”コーヒーに関する記憶”を代償にしてしまうらしい。 赫焔の実と色彩の甘露を使わないといけないのはあれじゃないと俺がギフトを使わずに相手の思い出の味を再現できねえからさ。


 コーヒー屋をこんな所でやってるのは元々ギフトを使って味を再現していたときに次々と思い出の味を飲みたいと言ってくる人が来てな。結果凄まじい勢いで記憶を消費してしまって一時期自分のコーヒーの味も過去に飲んだコーヒーの味も忘れてしまったんだよ。このままじゃ何でコーヒーが好きなのかすらも忘れてしまいそうになって怖くなっちまったんだ。


 それ以来ここでコーヒー屋をやるようになったってわけさ」


「ふ~ん、やっぱりキミは馬鹿だ。他の人が自分のコーヒーで幸せにするのが自分の役目だと言って自分のコーヒーの味もコーヒーが好きなのかどうかも忘れたら本末転倒だよ。しかも普通そこで怖くなったのならもう他者にコーヒーを出して幸せにするなんて思わないでしょう。何?他人を幸せにしている自分カッコイイとか思ってるの?」


「まさか。そんな自己陶酔するほど記憶は飛んじゃいなさ。 俺が好きでやってること。俺のために他者を俺のコーヒーで幸せにしているだけだ」


タギツはじっとヴェルトを見た。まるで、目の前のコーヒーの湯気じゃなく、その奥にあるものを見透かすみたいに。


「・・・ 何が“俺のため”だよ。記憶すり減らしてまで他人に付き合ってるのに、どの口が言ってるんだか」


コーヒーカップを指でくるりと回しながら、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「好きでやってるなら、勝手にすれば? でもさ、今のコーヒーの味、本当に“好き”で淹れてるの? それとも、もう“好きだった気がする”だけなの?」


 目を細めて、試すような目でヴェルトをじっと睨んだ。


「さてな、でも旨いだろ?」


「・・・否定はしないよ」


 コーヒーを飲みながらタギツは不愛想に答えた。






 ―――――






 赫焔の実を手に入れたラキは次の目的地『水霊の森』へ来ていた。ひんやりと湿った空気が頬を撫で、澄み切った空気がこの場の清浄さを物語っていた。辺りに歯小川が流れ樹齢1000年は経とうかというほどの巨木が天に向かって伸びていた。木々の間から降り注ぐ陽光はまばらで、森全体が昼と夜の狭間にあるかのような独特の空間を作り出している。


森を歩けば、ところどころに青白く光る花々が咲いている。水面に触れるように咲くその花は、風が吹くたびにほのかな光の粒を散らし、まるで森全体が息をしているかのようだった。他にも小動物が木に登って枝に巣を作っていたり、咲き誇る花々に小さな虫が集まっていたりしていた。まさしく秘境の地に相応しい場所だった。


 そんな静寂が支配する水霊の森でラキは樹木に小さな穴をあけてそこに筒状の木を差し込み瓶に詰めていた。この樹液こそが『色彩の甘露』。名の通り七色のパステルカラーの液体が瓶に一滴また一滴と溜まっていた。採取としてはあとは貯まるのを待つだけなのだがそれがとても時間がかかるものでラキは巨大な樹木の枝に座って足をぶらぶらさせながら遠くを見つめた。


「・・・暇だなぁ」


 やることがなく暇を持て余したラキは下ろしたリュックの中から何かないか探して干し肉を見つけたラキはそれを食べながら森の木々の隙間から見える空を見上げた。どこまでも続いている空には所々雲が浮かんでおりそれをぼーっと眺めながらラキは寝っ転がった。元より誰も寄り付かない森なのでとても静かであった。必然的に段々と眠くなってくるわけで


「・・・すぅ」


 そう言いながらぐーすか寝始めた。



 それから数時間後――――。



 ドォオオオオオオオオオオオオオオンンンンン


「・・・んあ!?」


 大きな音と激しい振動に飛び起きたラキはそのまま辺りを見渡した。すると遠くで土煙があがっていた。しかも断続的に大きな音が響きそれに合わせて土煙が移動しながらあがっていた。ラキは木の枝の上に置いてあるミョルミーベルを握ると木の枝からジャンプしてそのまま飛び降りると走って土煙が立ち上るほうに走っていった。


 近づくにつれ徐々にその姿が見えてきた。巨大な甲羅に色々な植物と鉱物が生えた亀のような存在。確かあれが水霊獣という精霊だったはず。そしてそれが巨木のような太い足で大地を踏みしめながら何かを追いかけまわしていた。


「ぎゃあああぁぁ!!? だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」


 けたたましい叫び声が響く。


 ラキがよーく目を凝らすと、その水霊が巻き上げている土煙の中を何かが全速力で駆け抜けてくるのが見えた。

・・・茶色い垂れ耳のウサ耳少女だった。


「ごっぢごないでぇええええええ ああああああ!!」


 情けない叫び声と共に必死に逃げ回っていたウサ耳少女だったが長い時間走っていたのかその動きはヨレヨレで疲れ切った様子だった。それでも死にたくないという思いからウサ耳少女は全力で駆けていたが、焦りすぎたせいか、足がもつれてバランスを崩した。


 「ひゃっ・・・!? うわぁあああっ!!?」


 次の瞬間、彼女の体は前のめりになり、そのまま泥水へと勢いよく突っ込んでいった。


 ズシャァァァ!!


 顔面から泥水にスライディングし、茶色い泥があたりに派手に飛び散る。もがくようにして起き上がった彼女の耳や髪はすっかり泥まみれになっており、半泣きで叫んだ。


  「ぶはぁっ!! げほっ、げほっ・・・もぉぉおおお!! やだぁぁ!! びしょびしょだよぉぉ!! 服も髪もぐちゃぐちゃぁ!! こんなのひどいよぉお!!な、何でこんな目にぃ・・・!! 」


 涙目で文句を言いながら、顔や服についた泥を払い落とそうとするが、まとわりついた泥はなかなか落ちない。そうしている間にも後ろから水霊獣が「グォオオオ!」と雄たけびを上げながら近づいてきていた。


 そんな彼女の目の前――。


 突然、ドンッ!! という衝撃音とともに、誰かが空から降ってきた。


 水しぶきと泥が四方八方に弾け飛ぶ。


 「・・・へ?」


 唖然とするウサ耳少女。


 そこに立っていたのは、長い旅装の裾を翻し、巨大な黄金の武器を構えた金髪の少女――ラキだった。彼女の登場により、またしても盛大に泥水をかぶったウサ耳少女は、絶望した顔で声にならない悲鳴を上げた。


「あははっ! なんかすっごいことになってるね!」


 ラキはウサ耳少女を泥水から引っ張り上げて、楽しげに笑った。


「・・・も、もう嫌・・・お家帰りたい・・・」


 ラキは泥まみれの顔でうわ言のように呟くウサ耳少女の顔を布で拭いて水筒を渡した。ウサ耳少女は口すすいで泥と砂を吐き出すとラキにお礼を言って水筒を返した。ラキはミョルミーベルを片手にウサ耳少女をおんぶして巨木の影に移動すると未だに暴れまくる水霊獣を見た。


「で? あなたは、なにやったの?」


「えっと・・・」


ウサ耳少女は気まずそうに目をそらし、指を突き合わせる。


「その・・・水霊草を採ろうとしただけなんだけど・・・」


「ふんふん」


「そしたら、それがあのデカブツの甲羅の上で・・・」


「・・・」


「こ、甲羅にちょっと登っただけなんだよ!? そしたら急にあいつがブチギレて!!」


「・・・」


「で、今に至る!!!」


ウサ耳少女は尻尾をばたばたさせながら、必死に弁解する。


しかし、ラキはというと——


「っはははは!! なるほどねぇ!!」


・・・なぜか、心の底から楽しそうに笑っていた。


「えぇぇぇ!? なんで笑ってるの!?」


ウサ耳少女が素っ頓狂な声をあげる。


「いやぁ、すっごいなぁ! 水霊獣ってもっとのんびりしたやつかと思ってたけど、結構キレるんだね!」


「いや、そこ!? いや、そこじゃないですよね!?」


「だってさぁ、こんなにデカいのが本気で追いかけてくるんだよ? どれくらい強いんだろって思うと、ワクワクしてこない?」


「するわけないじゃないですか!?!? なんでそんな前向きなのです!? 普通こういう時は『うわぁどうしよう!?』とか思うじゃないですか!?」


「うーん・・・考えてもどうしようもないし? ま、とりあえずアレがどんだけヤバいやつなのか試してみるね!」


「いやいやいやいや!! 逃げましょうよ!! 普通逃げますでしょう!! ていうか、さっきまで私逃げてましたよ!?」


「えー? せっかくここまで追っかけてきてくれたんだし、一発くらい殴ってみようよ!」


「いや、おかしい!! 価値観が違いすぎる!! ていうか、もうこの人何言ってるのか分かんない!!!」


「それじゃああなたも一緒に行こっか♪」


「何言いだしてるんですか!嫌です!!!」


 ウサ耳少女が半泣きになりながら引き留めようとするがラキは嬉々として水霊を見上げる。そしてもうこれダメだと思ったウサ耳少女はラキの背中から降りようとしたが「戦闘の余波でたぶんあなたも吹っ飛ばされると思うから私の背中にいてね!大丈夫ここが一番安全だから!!」 と言って降ろしてくれない上に服のポケットからロープを取り出すとラキとウサ耳少女の身体が離れないように括り付けはじめた。


「さぁて、どれだけやるのかな?楽しみ!」


 そういってラキはミョルミーベルを握りしめて一気に水霊獣に向かって駆けだした。走りながら側面に回ったラキは一気に距離を詰めると硬い甲羅にミョルミーベルを振り下ろした。亀の甲羅を殴ったはずなのにまるで鉄塊をぶん殴ったかのような金属同士をぶつけた音が響いて弾かれた。さらに水霊獣は空中で水の球を作るとそれをラキに飛ばしてきた。咄嗟に避けたラキの横には抉れた地面が後方まで伸びていた。


 ラキは次々と飛んでくる水球を避けながらミョルミーベルを水霊獣に叩き込んだがあまり効果がなかった。その間も水球が高速で飛んでくるがそれを避けまくるラキ。その眼は強敵との戦いに興奮していた。


「 やっぱり硬い! すごい、すごいよ!!」


 ラキは目を輝かせながら、ミョルミーベルを振り上げる。水霊獣は怯むどころか、悠然と大地を踏みしめ、次々と水球を作り出していた。


 ボゴォッ!!


 またしても水球がラキに向かって高速で飛んでくる。


「っとっと、危ない危ない!」


 ラキは軽快に地面を蹴り、飛び上がって回避。しかし、その度に背中に括りつけられたウサ耳少女は、半泣きで振り回されていた。


「いやあああぁぁっ!? もうやだぁぁぁぁっ!! もう降ろしてぇえええええええ!!?」


 彼女の悲鳴をよそに、ラキは上機嫌で水霊獣を見据える。


「ねぇ、すっごい楽しいね!」


「楽しくないですよ!! ねぇ、もうやめましょう!? 逃げましょう!? 戦う必要ないでしょう!? これ絶対ヤバいやつですってぇぇぇ!!」


 ウサ耳少女は必死に懇願するが、ラキは全く聞く耳を持たない。むしろ、次の一撃をどう叩き込もうかと考えているようだった。


「戦う必要がない? それは違うよぉ!」


 ラキはにやりと笑うと、再びミョルミーベルを構える。


「目の前にめちゃくちゃ強そうな相手がいるのに、戦わないなんて選択肢あるのかな?否!戦いあるのみ!!」


「あるよぉぉぉぉぉっ!!! 全力であるよぉぉぉぉ!!! だから逃ましょうよ!? お願いですからぁああああああああああ!!!」


 ウサ耳少女の必死の叫び声も虚しく森に響くだけでラキは完全スルー。再び接近したラキはミョルミーベルを水霊獣の前足に向かって叩き込んだ。足に衝撃を受けた水霊の亀はバランスを崩して倒れこみラキはチャンスとばかりに甲羅の上に駆け上がってそこからジャンプすると頭めがけてミョルミーベルを振り下ろそうとした。その次の瞬間全身が泡立つような強烈な悪寒がラキに走り、とっさにミョルミーベルでガードした。



 視界が水で覆い尽くされた。ラキの持っていたミョルミーベルに強い衝撃が加わりラキの体が大きく放物線を描いて吹っ飛ばされた。ラキは空中で体を捻ると地面を抉りながらスピードを殺して着地した。


「びっくりした! 口から大量の水を撃つなんてこともできるんだ!!」


 ラキは速くなった心臓の鼓動を大きく深呼吸して落ち着かせると背中に括り付けているウサ耳少女に話しかけた。が、反応がない。


 「・・・あれ? もしかして、寝ちゃった?」


 ラキは首を傾げながら、背中のウサ耳少女を覗き込む。


 「いやいや、こんな面白い戦いの最中に寝るわけないよなー。・・・ん? もしかして、気絶?」


 白目を向いてぐったりしているのを見て、ようやく状況を察したラキは「そっかぁ!」と納得したように頷く。


 「まぁ、最初からすっごい叫んでたしなぁ。楽しすぎて意識が飛んじゃったんだね? うん、なるほど!」


 そしてラキは、背中のウサ耳少女を軽く揺すりながらにっこり笑った。


 「大丈夫! 目が覚めたらもうちょっと慣れてるはずだから!」


 当然、返事はない。



  ラキは水霊獣を引きつけながらさて、どうやって倒そうか?と考えた。そしてこの森に入ったときに見つけたちょっとした地形を思い出しラキはニヤリと笑った。あえて置き去りにしてしまわないギリギリその速度で一定の距離を保ちながらラキは水霊獣をうまく誘導した。


 その場所は土壌が盛り上がって斜めになっており亀のような平たい形状をしている生物は必然的に斜めにならざる負えない場所だった。水霊獣がその場所に差し掛かった瞬間ラキは一気に加速して直角九十度に曲がるとぐるっと回りこんで水霊獣の真横に回り込んで地形に合わせて斜めになっている所を下から打ち上げた。


 その攻撃に水霊獣はきれいにひっくり返されてしまい、元に戻れず前足と後ろ足をばたつかせていた。ラキは近くにあった巨木に走っていきその機を利用して三角飛びをすると一気にミョルミーベルに魔力を注ぎ込んだ。黄金のミョルミーベルは光り輝いてその大きさが一回り大きくなり更にバチバチと雷を放出していた。両手でしっかりと握りしめたミョルミーベルを上段に構えたラキは一気に必殺の一撃を叩き込んだ。


「『雷槌・破却!!』」


 雷でも落ちたかのような轟音と共に凄まじい衝撃が水霊獣の甲羅に当たって甲羅が陥没するとヒビが入りそこから水が噴き出した。辺り一面を水浸しにしながら水霊の亀から水がふきだし最初はもがき苦しんでいたが徐々に水が抜けていくと動きが緩慢になり、最後は動かなくなった。水霊獣の巨体に入っていた水が抜けたことで辺り一面が池のようになってしまったその中心で水霊獣の上に降り立ったラキはミョルミーベルを置くと背中に括り付けていたウサ耳少女をおろした。


 ウサ耳少女がゆっくりと瞼を開けると、目の前には青い空。心地よい風が吹き抜ける。

ぼんやりとした意識の中、彼女は 「・・・え?」 と違和感を覚えた。


――確かに、私はあのバカでかい水霊獣に追いかけ回されて、ラキに括りつけられて、そのあと・・・。


「・・・はっ!!?」


 突然、全身がガタガタと震え始める。

何か硬い感触がする。背中に広がるのは、ゴツゴツとした質感。


ゆっくりと恐る恐る視線を下げると―― そこは間違いなく、あの水霊獣の甲羅の上だった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!??」


目を限界まで見開いたウサ耳少女は、悲鳴すら出ないほどの衝撃を受けた。


「おっ、起きた?」


――と、間の抜けた明るい声が響いた。


恐る恐る振り向くと、 そこには満面の笑みを浮かべたラキが座っていた。

彼女は何やら干し肉をもぐもぐしながら、まるでピクニックでもしているかのように足をぶらぶらさせていた。


「おはよ~! よく寝てたね!」


「えっ、えっ、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!??」


完全に理解が追いつかないウサ耳少女は、頭を抱えて混乱する。


「ど、どういうことですか!? えっ、水霊獣!? 私たち食べられてない!? ていうか、なんで甲羅の上に!??」


「んー? ああ、こいつね?」


ラキは親しげに 「ポンッ」と甲羅を叩いた。 ピクリとも動かない水霊の亀にウサ耳少女は恐る恐る尋ねる。


「えっと、これもう死んでるんですか?死んでますよね?」


「んーん、気絶してるだけ! でもちゃんと倒したよ!」


「・・・え? 倒した?」


「うん! ひっくり返して、ボッコボコにして、お腹ぶん殴ったら動かなくなった! いやぁ本当は討伐するつもりで撃ち込んだのに耐えたんだよねこの水霊の亀。私の技の一つ『雷槌・破却』をまともに受けて生きてるだけでこの水霊さん相当生命力にあふれているね~ 」


「ボッコボコって・・・!!??」


ウサ耳少女は、自分を追いかけ回していた巨大な水霊が目の前でひっくり返っているという現実に、声を失った。しかもなんか甲羅が陥没していた。


「まあでも、こいつの甲羅、ちょうどいい休憩スポットでさ~」


 ラキはのんびりした口調で言いながら、 甲羅の上でごろーんと寝転がる。


「だからここで休んでたんだよね! いや~、戦ったあとはちょっと昼寝するのが最高だよ!」


「最高じゃないですよおおおぉぉぉぉ!!!」


ウサ耳少女の絶叫が、森の奥深くまで響き渡った。





 それからラキは自分とウサ耳少女のリュックをとってくるとその後、水霊の亀をひっくり返した時にへし折れた甲羅の鉱石や水霊草を採取して鉱石と水霊草両方をウサ耳少女に渡した。少女は受け取るわけにはいきませんといったがラキは「いいから!いいから!」といってリュックに詰めた。


「そういえばまだ名乗っていなかったね。私はラキ。見ての通り冒険者をしてるの。あなたは?」


「えっと、わたしはフィオナ・ルーヴェルともうします。見ての通りウサギ獣人でして、そのカルブンクロという種族です」


「へぇ、聞いたことないな~」


「まあ、他の種族と関わりたがらない種族ですからね・・・争いを好まず基本的に温和で仲間意識が強い種族ですね。カルブンクロ同士をファミリアと呼ぶこともありますから。もちろん街で暮らすカルブンクロもいると思いますよ。数は少ないかと思われますけどね。」


「ふーん、そっか。それにしてもファミリアかぁ。なんか、いいね!」


ラキはフィオナの言葉を楽しげに反芻しながら、干し肉をちぎって口に放り込んだ。


「それってさ、カルブンクロ同士じゃないとダメなの?」


「え?」


「ほら、仲間意識が強いんでしょ? だったら、別の種族ともファミリアになったりしないの?」


「そ、それは・・・」


フィオナは少し考え込んだ。


「基本的には同じカルブンクロ同士で結びつくものですけど・・・でも、種族が違っても強い絆で結ばれた相手のことを“ファミリア”と呼ぶことはあります。ですがとても稀ですね」


「へぇ! じゃあさ!」


ラキはフィオナに満面の笑みで言った。


「私とフィオナも、ファミリアになっちゃう?」


「ええええええっ!?!?」


フィオナは耳をピンッと跳ね上げて、顔を真っ赤にしながら大慌てで手を振った。


「そ、そんな簡単に決めるものじゃないですよ!? ファミリアって、すごく特別な関係なんですから!」


「そうなの?」


「いいですか~! ファミリアは本当に信頼している間柄だけで呼び合うものです。どんな状況でも裏切らない絆、互いを守り合う覚悟、そしてどんな逆境に立たされても一緒に乗り越える、寄り添ってくれる仲間がいるという心の支えとしての意味があります!だから特別なんです!」


「そっか~それじゃあダメだよね。 じゃあ、その代わり”友達“にならない? 友達ならいいでしょう?」


「え? えっとそれなら問題なです・・・よ?」


「じゃあ今日から私たちは友達だね! よろしくね。それじゃあ友達になったフィオナのことを色々と教えてくれないかな?」


「え、えぇっと・・・うぅ・・・まぁ、その・・・ラキさんになら、いい・・・かも?」


フィオナは頬を赤くしながらモジモジと指を突き合わせ、少し照れくさそうに視線を逸らした。しかし、ラキの満面の笑顔を見ると、自然と口元が緩む。


兎の国の片田舎、カルブンクロたちが暮らす集落に生まれたフォルトナは、幼い頃からファミリアと共に穏やかな毎日を過ごしていた。歴史的な背景もあり、彼女の世界はカルブンクロたちだけで成り立っていた。争いを避け、仲間同士で助け合いながら慎ましく生きる──それが当たり前であり、それが幸せだと大人たちは信じていた。


しかし、フィオナにとっては、あまりにも「平和すぎた」。


毎日同じ顔ぶれ、同じ日常。ファミリアと過ごす時間は決して嫌いではない。それでも、彼女の心には小さな火種があった。


「外にはどんな景色が広がっているんだろう?」


「まだ見たことのない世界を、自分の目で見てみたい!」


そんな思いを抱かせたのは、ファミリアのおじいちゃんが語ってくれた"旅の話"だった。昔、彼が若かった頃に訪れた遠い国々、出会った人々、見たこともない光景。彼の語る世界は、フォルトナの知らない色に満ちていた。


彼女の心は、旅の話を聞くたびに大きく膨らんでいった。そして、とうとう決心する。


「私も、旅に出たい!」


10歳の時、彼女は集落を飛び出し、まずは兎の国の中を巡る旅に出た。そして、12歳の時には国の外へ──未知なる世界へと足を踏み出した。  ちなみにファミリア達は少ししたら帰ってくるだろうと思っていたら数年単位で帰ってこないフィオナを割と本気で心配しているがフィオナがそのことを知るのは更に後の事。


「私は兎の国で冒険者になりました。といってもカルブンクロは弱い種族で、他の種族みたいに魔物を討伐してお金を稼ぐのは苦手なんです。なので討伐型の冒険者ではなく採取型の冒険者として生計を立てているんです」


「なるほどね。今回も冒険者ギルドで依頼を受けてこの水霊の森に来たと」


「はい、そうなんです! この森には希少な薬草や特産のキノコがたくさん生えているので、採取の依頼がよくあるんですよ。でも・・・まさかあんな大きな水霊獣がいるなんて思わなくて・・・」


フィオナはしゅんと肩を落としながらも、ラキの顔を見て小さく笑った。


「でも、おかげで助かりました。ありがとうございます、ラキさん!」


「いいよ~。ここでフィオナに出会えたわけだし、それじゃあ私はそろそろ行くよ! 私も『色彩の甘露』を採取しないといけないからね。そろそろたまった頃合いだろうからそれを回収したら帰るよ。」


 ラキは干し肉を食べると立ち上がってミョルミーベルとリュックを背負った。フィオナは焦った表情で声を上げた。


「い、行っちゃうんですか?」


「?そうだね~ もうそろそろ森を出るつもりだよ。この採取した色彩の甘露ともう一つの赫焔の実をコーヒー屋のエルフのおじいさんに渡さないといけないからね。いつまでもここにいるわけにはいかないからさ」


えっと、その・・・わ、わたし、今すごく泥だらけで・・・このまま冒険者ギルドに行ったら、恥ずかしいというか・・・すごく目立っちゃうというか・・・だから、その、体を綺麗にするまで、ちょっとだけご一緒させてください!」


フィオナは顔を真っ赤にしてモジモジしながら、必死に言い訳を並べる。


するとラキはじーっとフィオナを見つめた後、ニヤァと口角を上げて笑った。


「ふぅん? でも、一人で森に来れたんだから、一人で帰れるでしょ? それに汚れなら宿屋に行けば落とせるんじゃない?」


「そ、それは・・・!」


「ねぇフィオナ? 本当はどうしてついてきたいのかな~?」


ラキの茶化すような笑顔に、フィオナの耳がピクピクと動き、さらに顔が赤くなった。フィオナが口をパクパクさせて言葉を探していると、不意にラキがぐいっと顔を近づけてきた。


「えっ、えっ?」


次の瞬間、ラキの頬がフィオナの頬にぴったりと押し付けられた。柔らかくて温かい感触が広がる。


「本当はさ~、水霊獣に追い回されて怖くなっちゃったんだよね?」


ラキはニヤニヤしながら言葉を続ける。


「だから私と一緒にいたいんだよね? ね? ね~?」


頬を擦り寄せながら、いたずらっぽい声で囁くラキ。


「そ、そ、そんなこと・・・!!」


「じゃあ私一人で行っちゃうね?」


 フィオナは慌ててラキの頬から顔を引き、真っ赤になりながら言った。


「ま、待って! そ、そういうわけじゃ・・・ないけど・・・」


フィオナはちょっと困ったように視線を落として、しばらく黙ってから小さな声で続けた。


「・・・・・・一緒にいた方が、やっぱり安心だから・・・!」


恥ずかしさを隠すように肩をすくめ、少しふくれっ面をしてラキを見つめるフィオナ。


「安心だから?なぁに?」


「一緒に行いきたいです!これでいい!?」


「はいよくできました~♪」


  ラキはフィオナをギュッ―と抱きしめ、強い腕でしっかりと包み込んだ。その瞬間、フィオナは顔を赤くし「はーなーしーてー!」と言いながら必死にラキを引き剥がそうとした。両手をラキの腕にかけ、何度も体を揺さぶりながら力いっぱい押し返すが、ラキの腕は驚くほど強くてびくともしない。


 最初は引っぺがそうとしていたフィオナも、次第にその力強さに圧倒され、最後には完全に諦めた。息を荒くしながら、しばらくそのままラキに抱かれていたが、心の中では、どこかで少し安心している自分がいることに恥ずかしくなっていた。


 それから荷物を持って『水霊の森』を出た二人は一同ヴェルトのコーヒー屋へと歩みを進めた。






 ―――――





 ラキとフィオナは海岸線にポツンと立っているコーヒー屋に着いた。すでに辺りは真っ暗になり空には美しい月が浮かんでいた。雲一つない快晴の夜空に星々がちりばめられそよ風が吹き少し肌寒い中、ラキはコーヒー屋の木製のドアを勢いよく開いた。


「たっだいま~!!」


ラキはーヒー屋に勢いよく入ってきてその後を慌てて追いかけるフィオナが追いかけた。コーヒー屋の中ではタギツが木製の車椅子に座って、静かに魔術書を読んでいた。二人が扉を開ける音に気づいたが、すぐには顔を上げず、気だるげにページをめくる。


「・・・随分と遅かったね」


ようやく顔を上げたタギツは、ずぶ濡れ&泥まみれのフィオナと、なぜかケロッとした顔のラキを見て、うっすらと眉をひそめる。


「・・・・・・で、そのウサ耳ボロ雑巾は何?」


「ボ、ボロ雑巾じゃないですっ!!」


フィオナはピクッと耳を動かし、頬を膨らませながら抗議するが、その様子が余計にタギツの冷ややかな視線を引きつけた。


「はぁ・・・・・・つまり、ろくでもない目に遭ったってことでしょ?」


「まあね~♪ 赫焔の群れと鬼ごっこして~、盗賊をボッコボコにして~、あと水霊獣と戦ってきたよ!いや~あれは強かったな~♪」


ラキはニコニコと笑いながら説明するが、タギツは思わず目を閉じて、指先でこめかみを押さえた。


「・・・・・・はぁ、聞かなきゃよかった。」


「え、なんで!? めっちゃ楽しかったよ?」


「楽しいのはラキだけでしょ。」


タギツはラキをジト目で睨みつつ、今にも泣きそうな顔で震えているフィオナに視線を移す。


「で、その泣きそうなウサ耳は? 今度は何、ラキと“ファミリア”にでもなったの?」


「ち、違いますっ!! た、ただの、ただの友達ですっ!!」


フィオナは慌てて否定するが、タギツは「へぇ?」と薄く笑う。


「ふぅん・・・友達ねぇ。」


「な、なんですかその言い方!」


「いや? 何でも?」


「む、むむ・・・・・・!」


フィオナが震える耳をぴょこぴょこ動かしながら睨みつけるが、タギツはまるで気にしていない様子で再び本を開く。


「ま、何でもいいけど、とりあえず先に泥と水気を落としたほうがいいと思うよ。……それとも、泥まみれでコーヒー飲むつもり?」


「うぅ・・・・・・わかってますよぉ・・・・・・」


 フィオナはシュンとしながら、タギツの冷たい視線に押されるように後ずさる。その横で、ラキは「あはは、相変わらず毒舌だねぇ」と笑いながら、のんびりと席につくのだった。


 フィオナはヴェルトに頼み風呂を貸してもらい泥汚れを落として、その間ラキは赫焔の実と色彩の甘露をヴェルトに渡した。


「確かに赫焔の実と色彩の甘露を受け取った。それじゃあコーヒー作りに取り掛かるよ」


 そういうとヴェルトはカウンターの奥に引き下がった。赫焔の実を慎重に丁寧に皮を剥ぎ取っていきそれを包丁で切り分けると次に魔道具の石臼を取り出した。碧い石でできた石臼に赫焔の実を淹れるとゆっくりと回していき粉々になるまですり潰していった。熟練した職人の手さばきにラキは興味津々で、カウンターに肘をつきながら、期待に満ちた目でヴェルトの動きを見つめていた。


「それにしても伝説のコーヒー楽しみだな~ ラキはどんな味がすると思う?」


「わからないけど。でも伝説と言われるくらいだからね。美味しいことは間違いないと思うよ」


 そう言っている間もヴェルトは粉状にした赫焔の実をサイフォンの上に入れて、次に色彩の甘露を水と調合してサイフォンの下に入れた。魔術で火をくべてゆっくりとと抽出を始めると今まで嗅いだことのない芳醇な香りが広がりだした。丁度そのタイミングで風呂から上がってきたフィオが店の奥から戻ってきた。


「ふぅ・・・やっとさっぱりしました・・・」


髪をタオルで拭きながら、フィオナは軽く伸びをする。その姿を見て、ラキは満面の笑みを浮かべながら手招きした。


「おかえりフィオナ! すっかり綺麗になったね~♪」


「当たり前ですよお風呂に入ったんですから・・・って抱き着かないでください!クンクンじゃないです匂い嗅がないでください!!」


「じゃあ、綺麗になった記念にコーヒーでも飲んでいきなよ。ヴェルトの特製伝説のコーヒーだよ~」


「・・・なんですかそれ?」


 フィオナは少し不安そうにヴェルトを見るが、ヴェルトは無言で作業を進めている。その真剣な横顔を見て、フィオナは「まあ、たまにはコーヒー飲むのもいいかも・・・・・・」と自分に言い聞かせるように小さく頷いた。


やがて、ヴェルトがカップに注がれたコーヒーを運んできた。深みのある琥珀色の液体からは、ほのかに甘く芳ばしい香りが立ち上る。ヴェルトは静かにカップを差し出し、ラキとフィオナは興味津々にそれを見つめる。タギツは相変わらず本に目を落としていたが、かすかに鼻をひくつかせている。


「できたよ。こいつが俺の創る最高のコーヒーだ。」

「それじゃあ・・・いただきまーす!」


ラキはカップを持ち上げ、一口含んだ瞬間、目を見開いた。


「・・・うん! 凄く美味しい! でもおいしさよりも、ちょっと不思議な感覚?何だろう本当に今まで飲んだコーヒーと違うというか・・そう!懐かしい感じがする」


「そうだろう?このコーヒーは飲んだ相手にとって思い出の味になるんだ。最高のコーヒーとは何か。その答えがそれなんだよ」


 ヴェルトは自信満々に語った。それを聞いたフィオナも恐る恐るカップを口に運ぶ。


「・・・っ!? な、なんか・・・すごく飲みやすい! それにこの味!集落にいた頃にお父さんが作ったコーヒーの味だ!!?」


 驚愕と困惑を感じながらも懐かしい味に舌鼓していたフォルトナとその様子にラキは優しく微笑みながらジーと見つめた。


「・・・!」


その視線に気づいたフォルトナは、ハッと我に返る。顔がじわりと熱くなり、慌ててカップを持つ手に力を込めた。


「べ、別に・・・特別おいしいとか、そういうわけじゃ・・・!」


言い訳がましく呟きながら、バツが悪そうに顔を背ける。だが、その耳の先まで赤く染まっているのを、ラキはしっかりと見ていた。


「ふふっ♪」


ラキは微笑みを深めると、フォルトナの照れ隠しを楽しむように、くすくすと小さく笑った。


「さて、ターちゃんはどうだっ・・・た」


 「さて、ターちゃんはどうだっ……た」


ラキがいつもの調子で言葉をかけようとしたその瞬間、言葉が喉の奥に詰まった。


タギツは瞳を閉じたまま、表情ひとつ変えずにじっと座っていた。まるで深く何かを噛みしめるように、静かに、じっくりと。


しかし――彼女の頬を、一筋の涙が伝っていた。


ツゥー・・・と、無音のまま流れ落ちる雫。表情が読めないのに何か遠い思い過去に思いをはせているかのような哀愁を感じた


「・・・ターちゃん?」


ラキは思わず声をひそめる。フォルトナも、コーヒーを持つ手を止めて、じっとタギツを見つめていた。


タギツは何も言わない。ただ静かに、ゆっくりとコーヒーのカップを置くと、指先でそっと涙を拭う。


「・・・バカみたい」


ぽつりと呟いたその声は、震えていた。


「思い出の味だったかな?」


「・・・ああ、ひどい味でそして最高のコーヒーだよ」


 タギツはそういって残ったコーヒーに口をつけた。なるほど確かに思い出の味であり、伝説のコーヒーだった。こんなところで”あの人”の作った味を思い出すとは思っていなかった。それでも哀しみと懐かしさに浸れてタギツは満足だった。


「ご馳走様。確かに最高のコーヒーだったよ。あなたは間違いなく最高のバリスタだ」


「ははは!お褒めにあずかり光栄だよ。俺のコーヒー狂いと揶揄されるくらいにコーヒーに賭けた人生も悪くないって思えるさ」


「コーヒー狂いは直したほうがいいけどね。」


「手厳しいこって!!」


 豪快に笑いながらそういうヴェルトにタギツは残ったコーヒーを飲み干した。口の中に広がる苦みと、鼻に抜ける深い香り。ほんのりとした甘みが後を引き、舌に余韻を残す。


(・・・今度自分でも淹れてみようかな)


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。もし自分で淹れたら、この味にどこまで近づけるのか。タギツは小さく息を吐き、コーヒーの深い香りに包まれながら、心の奥のわずかな温かさを感じていた。






 おしまい

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