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通夜の夜

作者: 尾手メシ

 今から三十年以上前、私がまだ保育園に通っていた時分のことである。


 良く晴れた日だったのを覚えている。祖父が亡くなった。後から聞けば末期の癌であったそうで。手の施しようがなく、本人への告知も行わなかったというが、当時の私は知る由もない。突然保育園から病院へ連れて行かれて、ただただ困惑していた。

 病院の霊安室で対面した祖父は、私にはただ眠っているようにしか見えなかった。死というものを理解するには私は幼すぎたのだろう。


 通夜や葬式といえば斎場で行うことが一般的である。葬儀会社や斎場に連絡し、会場の設営や精進料理等の手配、式の進行などをお願いする。最近では納棺師も珍しくなくなってきた。

 しかし、祖父が亡くなった時分、自宅で葬式を行うこともままあった。田舎だったのもあるだろう。祖父の通夜と葬式も自宅で行うことになったのである。


 祖父と共に祖父の家に帰ってきてからは、とにかく慌ただしそうだった。隣近所や自治会長への連絡、檀家になっている寺への挨拶。通夜に間に合うように、掃除や料理を村の女衆で急ピッチで進めていく。とてもではないが子供にかまっている暇は無かったのだろう、私は一室に押し込められていた。

 そうして慌ただしく通夜を終えた晩のことである。


 「最後だから祖父と一緒に寝よう」

そう言い出したのは誰だったか。棺の前に布団を敷いて、全員そこで寝ることになった。


 夜もふけて皆寝静まった頃、ふと気がつくと、私ひとりぽつんと仏間に立っていた。雨戸が閉まっていて真っ暗闇のはずが何故か薄っすらと明るい。仏壇から光が漏れていた。そのおかげで周囲の様子が分かる。今まで寝ていた仏間である。ただ共に寝ていたはずの家族が誰もいなかった。目の前には祖父が入っているはずの棺。そして、その奥にある仏壇には、異界が広がっていた。


 異界。そうとしか言えない。あるいは、あれが死後の世界なのかもしれないが。なんにせよこの世界とは違う世界であったことは確かである。

 扉の開いた仏壇の中、本来は仏像を収めるための数十センチの奥行きのはずのそこは、三十畳以上はありそうな広い部屋になっていた。三方の壁には上下に二段、夥しい数の仏像が並んでいる。所々にロウソクが立ててあり、部屋全体を朱色に照らしていた。ロウソクの炎にあわせて、仏像の影が天井に揺らめいている。

 その部屋の中に祖父は立っていた。私を見てひとり立っていた。そして、私を手招いていた。どんな表情をしていたのかだけが不思議と思い出せない。ただ私を見て手招いていた。

 私は恐怖しながらその光景を見ていた。祖父が私を呼んでいる。私をあの寂しい場所に連れて行こうとしている。ひたすらに恐ろしかった。恐ろしくて祖父をじっと眺めていた。


 翌日も快晴だった。気持ちのいい青空の下家を出た祖父は骨になって帰ってきた。


 あれが何だったのか今だに分からない。ただ、あの光景を忘れられずにいる。荘厳で寂しいあの場所を忘れられずにいる。

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