カラスが暗示した悪い予感
高校に通い始めて一ヶ月の月日が過ぎた。朝、おばたちより早く起きて朝食の用意をしてから学校に行き、授業を終えてから学校の帰りにスーパーに寄って夕飯の買い物をしていく。帰って夕食を作りおじやおばたちが食べ終えてから加奈一人で食事をとりその後後片付けをやり、学校に行ってるので出来なかった洗濯をする。
干したものを取り込むのは次の日学校に帰ってきてからになる。洗濯を終えてようやく加奈は一息つける、休日には家の掃除をする、そんな生活を毎日送っていた。和泉高校に合格した当初から、おじやおばの態度がますますそれまで以上にひどくなった。
「近所の連中が「愛が塾に通って難関校に受かったのに比べてお前が塾にも行かずに努力して独学で難関校に受かったことはすごい。」って感心してお前の評判が上がってるのよ。皆お前の方ばかりに目を向けて、愛をちっともほめずに。愛は元々頭が良いし塾も行ってたんだから受かって当然って言うのよ。「私達がお前を塾に行かせてあげてたらもっといい高校に行かせてあげれたんじゃないの。」ってお前のことがかわいそうって視線で私達が見られてるんだよ。またしても恥をかかせてくれたわね!」
おばらは近所のそんな反応は予想できなかったようで、加奈はただ一生懸命に勉強して合格を勝ち取ったのに褒め称えられるどころか理不尽に何度もおじとおばに殴られることになった。
そんな周りの反応など加奈が知ったことではないのだけど地域の噂がはびこるネットワークはかなり強いらしい。おじたちに反抗してもますます怒らせて殴られる回数が増えるだけなので加奈はなすがままに耐えていた。
愛も今まで中学校でいじめていたことが出来ない分、それから愛の通う女子高は校則が厳しい様でそのストレスを発散しようと家の中で加奈をいたぶった。共同で部屋を使っているから加奈が寝る時になっても、愛が夜更かしして蛍光灯を消さずにステレオで音楽を大音量で聴いたりしたので、弁当作りのため愛より早く起きねばならないのに加奈は寝不足になることが多かった。
おばらはいくら家事をきっちりとしてももはやそんなことなど養ってやっているんだからやって当然という傲慢な顔をしていた。家のことで心身疲労して、特に仲の良い友人がいるわけでもない学校に通う生活を続けていた。
裕子とは食事に行った時以来、一度しか会っていない。加奈は早く帰って家事全般、裕子はテニス部だったのでお互いなかなか会うことができなかった。
ある日の学校からの帰り、加奈は夕飯の献立を考えながら家へと続く道を買い物袋を提げて歩いていた。ちょうど町を一望できる坂にさしかかった。遠くに山が連なって夕闇に黒く沈んで山の輪郭を光らせるように太陽が赤く染まり沈んでいこうとしていた。
町並みも空も赤く染められてとても綺麗な光景だった。ふと空を見上げるとカラスが数羽こちらに向かって飛んできた。黒い羽を羽ばたかせ、鳴きながら加奈の立つ側に地面に力強く根づいている大きな木の枝に止まった。
坂を下りようとしてふと立ち止まりカラスがとまった辺りの上空を見上げた。数羽のカラスがじっと加奈のことを見ていた。少しも身じろぎせずに加奈以外の存在を全く見ようとはせずに、ただ加奈だけをその黒い瞳で見つめていた。
しばらく目を合わせていたがカラスは目線を逸らそうとしなかった。鳴くことも動くこともしないカラスに加奈は鳥肌が立って背筋に寒気が走り、不気味に思った。
何か不吉な予感めいたものがすぐ側まで来ているような感覚に襲われ、胸の内に不安が広がり胸騒ぎがしてすぐにカラスから目を逸らして足早に坂を下りていった。
家の玄関を開けるととても静かで誰かがいる気配がまったくしなかった。ただいま戻りました、と一応言ってみたが返事はもちろんない。仮に誰かいても遅い帰宅を咎められるか、無視されるかのどちらかではあるのだが。
家の側まで来た時から誰もいないような気はしていた。日が沈んで辺りは暗くなって、周りのどの家々も照明をつけているのにおばたちの家だけ、窓のカーテンが閉められてなくて明かりが灯されていなかったのだ。
不審に思って家に上がり、キッチンに買い物袋を置いた後、カーテンを閉めながら各々の部屋を見てまわった。案の常、家のどこにも誰もいなかった。おじは仕事だろうし、愛は普段学校の帰りに寄り道しなければこの時間帯なら帰っている。
おばはどこかに出かけているんだろうか。しかし普通カーテンも閉めずに出かけるだろうか。いつもなら加奈が帰ってきて誰もいない時、おばがきちんと戸締りをしてカーテンを閉めていく。それなのに小さい窓は鍵がかけ忘れられていた。
無用心だと思いながらも、加奈はさっき感じた胸騒ぎを思い出した。まさか何かあったんだろうか。着替えて夕飯の支度をしている時、玄関を開く音が聞こえた。おじとおば、それから愛の声が聞こえてきた。
玄関から居間に入ってきた三人は疲れたようにソファーに腰を下ろした。加奈が料理する手を止めて三人に駆け寄った。
「お帰りなさい、あの・・皆さん揃って帰宅するなんて・・何かあったんですか?」
おじが面倒くさそうに加奈に方に目をやってからぶすっと言った。
「おばあちゃんが今日の昼に自宅で倒れたんだよ。」
おばあちゃんが・・・・倒れた?加奈は言葉の意味が飲み込めずに、おじが言った言葉をつぶやいた。心の中で何度も繰り返す内に加奈の中でサーっと血の気が引いていくのがはっきりわかった。見る見るうちに加奈の表情は歪んだ。
「おばあちゃんが倒れたって、大丈夫なんですか!?今どこにいるんですか!病院?」
気がつくと加奈は取り乱し気が動転して、夢中でおじの肩に手をやり揺さぶっていた。
「この・・はなせ!うっとうしい!」
おじに強く振りほどかれて加奈は床に倒れ付した。それでも加奈は懸命におじに聞きだそうとすがった。
「近所の人が早くにおばあちゃんが倒れてるのを見つけてくれて救急車を呼んでくれたの。幸い手遅れにならずに済んだわ。今何とか病院のベットで安静に寝てるところよ。それで今ちょうど私たち病院から帰ったきた所。」
加奈とおじの横からおばが説明した。それを聞いておじをつかんでいた手から力が急に抜けてすべり落とすように加奈ははなした。よかった・・と腰が抜けて床に座り込んでとても安堵した。
「でも・・・どうして私にはおばあちゃんが倒れたこと教えてくれなかったんですか!愛ちゃんが行ったのにどうして?」
加奈は自分が置かれている立場を忘れておばたちを非難した。おばもおじも愛も何を言い出すのかという顔で加奈を見た。
「血のつながりもないよそ者のお前なんかをどうしていちいち呼ばなきゃならんのだ。そんな暇があれば一刻も早く病院に駆けつけるのが先決だろうが。」
おじが罵りながら言った。愛が付け加えるようにしてそこに口を挟んだ。
「それに加奈、携帯持ってないでしょ。私は授業中だったけど、携帯にお父さんから緊急の連絡があったから病院に行けたのよ。」
とどめをさすようにおばが冷たく言い放った。
「そうよ。学校を通してあんた呼び出してたら時間のロスよ。」
「そんな・・・ひどい・・・信じられない・・。」
加奈は返す言葉も失った。この人間たちと話していても無駄だと悟り、加奈は踵を返して家を出ようとした。そこに加奈を追いかけてくるおばの声があった。
「もう病院は面会謝絶時間だから行っても無駄よ。」
靴を履きかけた足を止めて、加奈はその場で肩を落とした。




