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あなたを失うのが怖かった

裕子は深く何度も深呼吸して高ぶった気持ちを何とか落ち着かせようとしてから言った。


「私、全く姉の本当の心内を理解してなかった。無意識の内に助けを求める信号を発していたのに。止めることが出来なかった。あの日お姉ちゃんが公園で言った事を軽く受け流さず真剣に受け止めていれば自殺を止めることができたんじゃないかって・・・


今でもそのことがずっと悔やまれて。私が姉を殺したも同然よ・・。苦しくて助けを求めている本人のことに気づいてやれなければ家族なんて形だけのことでないに等しいわ。そんな家族なら私いらないって思った。


姉が死んでからは家の中が暗闇にすっぽり包まれたように静かになって、両親と食事するときも会話も全然なくなって。暗い顔を突き合わせて黙々と食べるだけ。たまに言葉を交わすことがあるとすれば姉を死なせた責任のなすりつけ合い見たくなって。


最後には母が泣いて席を立って父は憮然とすることで終わるの。私が何か面白いことがあって笑ったり、場の空気を何とか変えようと明るく両親に話すと、お姉ちゃんが死んだのによくそんなのんきに笑えるわね!ってお母さんに怒鳴られたわ。


姉が死んで数ヶ月たって当初よりはだいぶ家の中も落ち着いたけど。でもまだ暗い空気の渦が、姉を失ったという事実がこの家の中にふわっと浮かんで漂っていたわ。まるでそれが家全体に染み込んでいるように。


家がそんな風だから私部活に打ち込んだわ。家にいたくなくて、他の誰よりも居残って陽がくれるまで練習したの。まっすぐに家には帰らずどこかに寄り道もしてたわ。家の中に充満する闇に両親と一緒に飲み込まれたくなかったの。


それにあの時はショックで何かしていないとおかしくなりそうだったしとにかく動いていたかったの。立ちとまれば死んでしまうんじゃないかって。鮫が泳ぐのをやめたら死んでしまうみたいにね。」


裕子は姉を失って今日という日まで、辛く苦しい過去を背負って生きてきたのかと真琴は思った。学校では明るく気丈に振舞っているように見えて胸の内で様々な気持ちが複雑に絡み合って苦しんでいたのかもしれない。


他人である真琴が話を聞くだけでこんなに沈んだ気分になるのだから、亡くなった姉の家族である裕子の心中は計り知れなかった。


「そして二年生になって私に出会った。」

真琴は静かに言った。裕子は無言で頷いた。その表情はかたい。 


「お姉さんと似てたらから私に近づいたの? 苦しんでいたお姉さんを救ってあげれなったことの罪ほろぼしで私と仲良くしようと思ったの?」

真琴は静かなまなざしを裕子に向けて聞いた。


「最初はそうだった。救ってあげれなかったお姉ちゃんにできなかったことをあなたにしようって・・・。お姉ちゃんのためというより自分の罪の意識をそうすることで少しでも和らげたかったのかも・・・最低だね私・・・・。」


視線を落としうなだれて裕子は呟くように言ったが、顔を上げて強い意思のこもったまなざしを真琴に向けた。

「でも今は違うわ。真琴のこと親友だって思ってる。」


真琴と裕子はしばらく見つめあった。裕子の瞳の色に迷いは見えない。


「一緒にいるうちに私が思っていた通りあなたは表面的には無愛想だけれど、でもほんとはとても心の優しい人だってわかって大好きになった。姉とは違ういいところも見つけて姉とは違う人間なんだってはっきりわかって姉ではないあなた自身のことが好きになったの。それに気が合って相性もいいって純粋に思った。あなたのことを知るたびにもっと仲良くなりたいって思った。本当よ。」


真琴は必死に説得をしようとしている裕子の目をじっと見つめてからゆっくりと言った。

「じゃあどうして・・今まで黙ってたの?」


それまでの勢いをしぼめるように裕子は声のトーンを落とした。

「・・・・罪悪感は・・・いつも感じていたの。私のこと無条件で受け入れてくれて、あなた達からは深く追求されることもなく、こんなにも信頼して仲良くしてくれたんだから・・私から言わなくちゃ言わなくちゃって・・・真琴と柿本君を騙してるみたいな感覚に何度も襲われた。


夜も眠れずうなされたこともある。でもそれとは反対に姉のこととは無関係にせっかく好きになってこうして仲良くなれたのに、本当のことを言って友情が嘘だったのかって誤解されて真琴に嫌われるのが・・・二人の友情が壊れるのが、あなたを失うのが怖かったの・・・・。」


裕子の瞳に懇願するような色があらわれていた。裕子は今まで彼女の言ったような葛藤にずっと苦しめられていたのか。ボーリングに行った日の裕子を真琴は思いだしていた。どうして真琴たちと付き合おうとしたのかを聞いた時の彼女の深刻そうに思いつめた表情が印象的だった。


あの時裕子の心境は本当のことを話すことと、話すことで真琴達に拒絶されてしまうかもしれないという恐怖の狭間で揺れ動いていたということか。真琴は目を閉じ重く長い息を一つついた。


「いいわもう。」

「真琴、信じて!」


裕子は戸惑いと動揺と怯えの混じった顔つきになった。ベットからずり落ちるようにして下りてきて真琴にすがりついた。真琴は眉根を寄せて弱々しい笑みを浮かべた。


「あなたの言いたいことはよくわかったわ。」

「真琴・・・・!」


みるみる裕子の顔が悲しみの形に歪んでいく。その目元には大粒の涙が浮かび出した。ここで真琴を失いたくないという意思表示がはっきりと見てとれた。


「こんなところであなたとの関係を終わりにしたくない・・・なくしたくない・・・お願い真琴・・信じて・・許して・・お願い・・・・。」


裕子はそのまま床にずるずると落ちていき、涙が溢れて泣き崩れていった。嗚咽を漏らして裕子は泣いている。その瞳にはまるでこの世の終わりが来てしまったような絶望が映っていた。それだけ裕子の、真琴のことを本気で手放しなくないという素直で切実で、純粋な気持ちがはっきりと真琴に伝わってきた。


真琴は胸から熱くこみ上げてくるものを懸命に抑えて、泣いている裕子にそっと告げた。こんなにも真琴のことを真剣に思っていてくれているなんてと真琴の方が泣きそうになった。


ピアノを教えてくれた人を亡くして以来、今までこんな風に好意を示してくれたなんて、蓉介を除けば、他にはいなかった。


「私も・・・。」

「え・・・・・?」


涙で真っ赤に腫らした瞳で裕子は見上げてきた。

「私も裕子のこと好きだよ。」

裕子は目を見開いて放心したような表情で真琴を見つめていた。


「お姉さんに似てるだけで普通私みたいな、他人を避けている無愛想女に近づかないでしょ。でもあなたは私と接して本当の私をわかってくれた上で私と仲良くなりたいって思ってくれたんでしょ?ならもういいじゃない。馴れ初めがどうであれ、こうして親友になれたんだから。そうでしょう?」


真琴の言葉の一つ一つに顔を歪めてさらに涙をこぼしながらも喜びと安堵の表情を浮かべて裕子は頷いた。真琴はそんな裕子に微笑んで穏やかな口調で続けた。


「それにいくらお姉さんに似ているからってもし私が性格の悪いどうしようもない人間だったら、周りから悪い噂もされてる人間なんかと一緒にいても仕方ないって、あなたは離れていったと思うの。


でもあなたは今日までずっと側にいた。悪い噂に踊らされることもなくへたをしたらあなたまで学校生活に支障がでるかもしれないのに構うことなく一緒にいることをあなたは選んだ。それはあなたが言ったように私達のことを本当に心から好いてくれたからでしょう?違う?」


「真琴・・・。」


真琴に誤解されずにすんで安堵したからなのか、祈るような思いを理解してもらえたからなのか裕子は全身の力がフッと抜けたようで、目を閉じ静かに涙を流していた。


「それに大切な人を失う気持ち、私も痛いほどわかるから・・・・。」

 真琴は首に提げたペンダントをくれたあの人のことを思い浮かべて言った。  


「裕子がそういう理由で私と仲良くしようと思ったのもわかる。私も裕子の立場だったら同じことしてたかもしれない。あなたのこと責めるつもりはないわ。」

真琴はかがみこんで、裕子の手を両手で優しく包み込みながら、彼女の顔を覗き込んでわざと怒った顔をして見せて言った。


「本当のこと話せば、私が、蓉介があなたのこと嫌いになると思ったの?私達の信頼関係はそんな簡単に崩れてしまうくらいに脆いものだったの?こんなにあなたのこと信頼してるのに。」


「そうね・・そうよね・・・・。ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ありがとう、ありがとね。」


裕子は一瞬表情をかためてから、笑みを浮かべて真琴に抱きついてきた。 

「ちょっと祐子ったら。」


真琴は少しびっくりしたが、裕子の体に腕を回して抱きしめた。照れて顔が朱に染まった。間近で裕子の息遣いを聞きながら、彼女の言葉を耳元で聞いた。


「あなた本当に変わったのね・・・・。」

「ええ・・そうね。蓉介のおかげ・・。彼がいてくれなかったら今頃私は心を閉ざしたままだったわ、おそらくこうして裕子と仲良くなることもなかったでしょうね。」


真琴はまだこの家に到着していない最愛の恋人のことを思い浮かべて言った。

「じゃあ彼はあなたの救世主ってわけね。」

裕子は体を離して真琴の顔を見つめてから、まだ涙で濡れた瞳で笑った。


「そうかもしれないわね。」

真琴も笑顔で言った。裕子が真琴の手を強く握ってきて言った。


「私、真琴に出会えて本当によかった。」

「私もよ。裕子。」


こうして見つめ合い、手を繋いでいると裕子の真琴に対する正直で温かな気持ちが直に伝わってくるようだった。強い絆のようなもので繋がれているような感覚だった。この時真琴は直感的にこれから永く彼女との友情は続いていくものだと強く確信した。


そうして二人笑い合っていると、いつも間にか部屋のドアを開けて蓉介が入り口の所に立っていた。手には御土産の入った袋を提げている。


「二人して何の話?もしかして熱い友情見せつけられたのかな。僕だけ仲間はずれ?ずるいなあ。何があったか教えてくれよ。」


おそらく蓉介は大体何があったのか察しているだろう。いやもしかしたらだいぶ前から閉じたドアの向こうから聞いてたのかも。こうするために彼は御土産を買いに行くという口実をつくってわざと来るのを遅らせたのか、裕子に告白をさせやすくするために。


真琴が裕子に電話をした時の裕子の様子を聞いただけで、すでにこうなることを推測したのか。改めて真琴は蓉介のことを見直した。


「だめ!女の友情に立ち入り禁止!ね、裕子。」

真琴は蓉介に片目を閉じ、舌を出してアッカンベーをしてから裕子に聞いた。


「ひどいなあ真琴さん。裕子さんいくら真琴さんのことが大好きだからって僕の大切な恋人を奪ったりしないでね。」

 蓉介は苦笑いを浮かべながら部屋に入って来て言った。真琴は裕子との抱擁は解いたものの、まだ彼女と両手を強く握り合っていたので慌ててぱっと離した。


「どうしてそう変な想像をするのよ!もう!」

「いやでもさっき抱き合ってたのは恋人同士にしか見えなかったからなぁ。」


やっぱり見てたのかと真琴は赤面しながらしみじみ言う蓉介を叩いた。裕子は二人のやり取り見て微笑んで言った。 

「ええわかってます。いくら真琴のこと好きだからって仲のいい熱々の二人の恋路の邪魔はいたしません。少し妬けちゃうけどね。」


裕子は可愛く小さい舌を出していたずらっぽく笑った。

「もう裕子ったら!蓉介が調子に乗るようなこと言って!」


顔をプイっと向けて真琴は腕を組んでわざとすました感じで言った。

「二人ともそういうこと言って私が動揺するところを二人とも期待してるんでしょうけど、そういつもいつも同じ手に引っかからないわよ。」 


「あらあら真琴ったら、柿本君のこと本当はずっと側にいたいくらい誰よりも大好きなくせに。」

裕子が意地悪そうに目を細めて笑った。 

「う・・・。」


「まあそういう素直じゃないところがまた真琴の可愛いところであり魅力的なんだけどね。」

「ゆ、裕子―っ! 」

真琴は裕子の肩をつかんで激しく揺さぶったが、裕子はいつまでもくすくすと笑い続けていた。




その夜、真琴と蓉介は裕子の両親から是非夕飯をご馳走になっていってと強く頼まれた。でも悪いですし、といってもお願いしますと頭まで下げられてまで言われてしまっては無下に断ることも出来なかった。


食事の席で裕子の両親は真琴が裕子の姉のことを聞いたのを知ると、死んだ娘が帰ってきたみたいだと今まで我慢していたのか、泣いていた。どういう反応をしていいかわらなかったが、泣きながらも喜んでくれているようだったので、まあいいよねという感じだった。


食後、一階の和室で仏壇の写真を見せてもらった。

「本当に真琴さんにそっくりだね。」

後からこの家にやってきて、裕子の姉の話を聞かされた蓉介が写真を見つめて言った。写真には鈴を抱いた裕子のお姉さんが素敵な笑顔を浮かべて映っていた。


確かに自分に似ていると真琴も思った。まるで鏡で自分の顔を見ているようだったが、写真の中で穏やかに微笑んでいる裕子の姉はとても親しみやすそうな雰囲気で、そこは自分と違うかなと真琴は思った。


裕子やその両親が見守る中、真琴は蓉介と共に仏壇にお線香をあげ、、裕子の姉に手を合わせた。その後、裕子の部屋で蓉介が御土産で買ってきた御土産の洋菓子を三人で楽しくお喋りしながら食べた。蓉介との約束通り、変なものでなくおいしかった。


夜も遅くなってそろそろ帰るという時、裕子の母親に手を握られて是非また来て頂戴ね、裕子と仲良くしてやってくださいねと強くお願いされるように言われた。もうお母さんったらと裕子は恥ずかしそうだった。


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