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裕子のお姉さんは・・・

裕子は生きていた頃の姉を思い出しているのだろうか、遠い目をして言ってから、親しい者にだけ向けるような微笑を真琴に向けた。


その裕子の笑んだ瞳に映っているのは亡くなった姉なのか、ここにいる真琴なのか、おそらく両方だろう。真琴は話を聞きながら裕子は姉の事を本当に心から好いていたのだろうと思った。真琴は聞いた。


「お姉さんは事故か病気で亡くなられたの?」

それまで優しく笑んでいた裕子の顔が急に曇り視線を自分の手元に落とした。真琴は聞いてはいけないことだったかと動揺した。


裕子に姉の死という辛い過去を思い出させ、嫌な思いをさせたかもしれない。真琴が言葉を掛けずらくて、謝ろうと口を開きかけたが、裕子は顔を悲しみの形に歪めながらも真琴の方を向いた。






「姉は・・・・自殺したの。」





重苦しい口調で裕子はそうつぶやいた。真琴は固まった。聞き間違いでなければ裕子は今、姉は自殺したと言ったのか・・・。事故や病気で亡くなったのとは意味合いが大きく変わってくる気がした。


何か重苦しい陰のようなものを残していくような、うまく言えない。


「私とお姉ちゃんはいつも一緒にいてとても仲が良い姉妹だったの。お姉ちゃんは学校では勉強もスポーツも出来て生徒会長もやって優秀な学生の見本みたいで、人柄もよかったから特に妬まれるようなこともなくて、家族や教師、友達、皆から好かれていた自慢の姉だったわ。でも・・・。」


裕子はそこで口を閉ざした。自殺してしまったのか、と真琴は心の中で呟いた。


「何でも器用にできて頼りになる姉がどうしてって私も両親も仲のよかった姉の友人たちは考えられずにはいられなかった。だって普段ははたから見て悩みなんてなさそうで明るいお姉ちゃんだったから。でも私たちの知らないうちに確実に姉の心は崩壊に向かっていたのね。


今だからわかることなんだけれど・・皆からの人望が厚くて自然と期待されるようになって、姉はそれに応えようといつでも真面目に必死になって自分の持ってる力以上に頑張ってたんだわ。心をすり減らすようにしてね。周囲の期待は増すばかりでどんどん重圧のようになって姉は潰れてしまったんだと思う。


頼られるから、人に弱みを見せれなくて心から何でも話せる友人がいなかったんじゃないかな。皆からは色んな悩みを打ち明けられたり、相談に乗ったりしていたけれど、お姉ちゃん自身が誰かに弱音を吐いたり、悩みを打ち明けるというようなことは一度もなかった。


現にお姉ちゃんが死んでから皆口を揃えて言うの。あのしっかりした強い心を持った彩香さんがどうして自殺なんて、信じられないってね。そういう風にお姉ちゃんは強い人間だっていうレッテルを周りの皆が無意識の内に作り出したから、お姉ちゃんは弱みを見せられなかったのよ、きっと・・・。


弱音を吐ける状況じゃなかった。だから無理をしてしまって、それが積み重なっていってしまって発散されることもなく・・・・・・。私もお姉ちゃんは強い人間だって思ってた。皆が姉を殺したも同然・・いえそんな姉の苦しみに気づいて上げられなかった家族、一番近くにいた私のせいなのよ。


姉が亡くなって一人色んなことを考えたわ。幼い頃の思い出とか・・・そうしているとそういえば姉は小さい頃はすごく大人しくて内気な子供だったと思い出してね。中学校に上がったあたりから積極的になったの。部活でキャプテンになったり、クラスをまとめたりね。それは姉の生まれ持った隠れた心の強さが成長するにつれて出てきたものとばかり思ってたけど、違ったのね・・・。


姉は大人しくて弱いままでは駄目だと、自分を努力して変えようとしたんだと思う。元々は心の弱い人間だったゆえに。強い人間に見えたけど実は元々弱い人間で、気を強く張って弱さを見せないことで強く見せていたんだわ。


でも心は正直よね、いつまでも続くわけがなかったの。姉が自殺してこの世を去る数日前、私が学校の帰り道、近所の公園を通りかかると姉が一人でブランコに座っているのを見たの。私は家はすぐ側なのにこんなところで何をしてるんだろうって思って近寄って声をかけたの。


ゆっくりと私のほうを振り返った姉の顔を今でも忘れないわ。


ぼーっと何かにのぼせたように目がうつろでどこか焦点が合ってなくて、まるで夢遊病者みたいに見えたわ。ああ、裕子お帰りなさいっていう声もどこか弱々しくて、お姉ちゃん大丈夫?部活の練習きつかったの?って聞くと消え入りそうな笑顔で頷いて。


熱でもあるのかって調べたけどなくて。そのときはただ疲れと体の調子が悪い時期が重なっただけで休めばよくなるってのんきに考えてたの。一緒に帰ろうというと姉が突然質問してきたの。


ねえ裕子、皆、私の能力だけに期待してるだけで私の心なんてどうでもいいのかしらって・・・。


前方の何もない空間を見つめたままつぶやいたの。お姉ちゃん何言ってるのよって私まともに受け取らずに茶化したの。そんなわけないじゃないって。そうかしらってつぶやいたまま黙ってしまって、私がきっと疲れてるのよ、早く帰ろうって引っ張っていったの。


姉を連れて家に帰ってからも特に両親にも何も言わなかったわ。疲れてるときは気も滅入りがちになるんだって思ってたの。次の日にはお姉ちゃん元気を取り戻したみたいで明るく笑っていたから大丈夫だと思って気にしなかった。でもそれが間違いだった。私は気づくべきだった。


あの時姉が空ろだったのは助けを求めてるサインだったってことに。危険な状態なんだってことに。数日した朝・・・・・



あの日のことは今でもよく覚えてる・・・私がふとんから起きて歯を磨いてから居間にいくとお母さんが朝ごはんの用意をしててお父さんは背広を着てテーブルについていつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読んでたわ。


庭に面した窓からはいっぱいの朝の眩しい日差しが入り込んでて、いつもと何も変わらない日常の朝の風景。これから一日が平凡に始まる感覚。でも一つだけいつもとは違うことがあった。


そのこと以外は全て同じ朝なのに。あれ、お姉ちゃんがまだ起きてきてないって、いつもお姉ちゃんが座ってるテーブルの席を見て私が口にするとお母さんがそういえばそうね、あの子が寝坊なんて珍しいわねって目玉焼きを作りながら言ったの。


いつもきちんとしてる姉が寝坊するなんて事は滅多にないことで、私が寝過ごして先に朝食の席に着いてる制服を着た姉に注意されることはあるけれど。一体どうしたんだろうと思って起こしにいこうと二階の姉の部屋に向かったの。


部屋の前に立って一応ノックして呼んだの。お姉ちゃん、起きてる?朝よって。何度呼んでも返事がしないから不審に思ってドアを開けたようとしたの。」



 裕子は言葉を躊躇いがちに切った。いつの間にか彼女の額に汗が滲んで、顔色も青くなっている。真琴の背筋にも嫌な汗が一筋流れて、心が一瞬で冷やされたみたいに冷たくなってきりきりと痛んだ。


裕子の話の続きを聞かなくても、その先はおおよそ想像できた。それでも裕子は続けた。 


「鍵はかかってなくてすんなり開いたわ。飛び込んできた部屋の光景で姉がもうこの世にいないって事を知ったの・・・・。頭の理屈の部分では瞬時に理解したの。


でも感情が追いつかなくて、私部屋の入口に崩れ落ちて、目の前にある宙に浮いた姉を凝視していたわ。天井から縄が吊るされて・・その先端に姉は首を入れて・・・昨夜まではお姉ちゃんとたわいない冗談を言って笑い合っていたのに・・・


どうして・・寝る前にパジャマ姿で笑ってたお姉ちゃんにおやすみを言ったのが交わした最後の言葉・・あの時にはお姉ちゃんはもう自ら命を絶ってこの世を去ることを決めていたっていうの・・・


頭の中をたくさんの思考が飛び交ってわけがわからなくなって混乱して・・・悲鳴をあげようとしても声にならなくて、体が震えて立とうとしても立てなかった。重い体を引きずるようにして何とか部屋から出て階段を手すりに凭れながら下りて居間に行ったの。


お母さんはさっきと変わらずにキッチンに立ってるし、お父さんも新聞を読んでるし、私それを見て急に吐き気がして気が狂いそうになったわ。今姉の部屋で見てきた非常な光景と目の前にあるいつもと変わらない日常の風景、そのアンバランスさが気持ち悪くてうけつけなくて信じられなくて私の正常さをかき乱していったの。


泣くよりも何よりも。ただ壊れそうだった、どうにかなりそうだった。お母さんがお姉ちゃん起きたって振り返って聞いてきたの。私の青ざめた顔を見てびっくりしてどうしたのって聞いてきて・・私、必死に出なくなった声を絞り出すように、でも震えた声で言ったわ、お姉ちゃん・・死んじゃった・・・。


最初お母さんもお父さんもぽかんとして何を言い出すのって顔して。首を吊ってたって告げると、二人共見る見る顔を歪めて青ざめさしてフライパンを、新聞を投げ出して二人とも姉の部屋へ飛んでいったの。


私は両親が階段を駆け上がって姉のドアが開かれる音、それから両親が姉の姿を目にして動けなくなったんでしょう、何の音もしなくなるまでを聞いてただその場に座り込んで両肩を抱いて震えていたの。」

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