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鈴を真琴が抱っこするとどうして?!

真琴はじっと階下のほうを見つめていた。やはり真琴がさっき感じた不安は思い過ごしなんかじゃない。裕子の母親といい、父親も真琴に対する態度がおかしい。


拒絶でないことは確かなんだろうけれど、何かある。裕子にここに来てもいいかと電話した時の彼女の躊躇ったような態度と何か関係があるのだろうか。こうなることが分かっていたから裕子は真琴をここに来させたくなかったのでは。


でもその理由がわからない。裕子の母親が気まずそうにぎこちない笑顔をしながらもさあ、こっちですよと裕子の部屋のほうに促した。


「あの・・・もしかして私、ここに来たのは何かまずかったでしょうか?」

真琴がおずおずとだが思い切って聞いてみると彼女は立ち止まった。その肩がわずかに震えているような気がした。ゆっくりと真琴の方を振り返った。


「そんなことはないわよ。私も主人も裕子のお友達・・・真琴さんが来てくれて歓迎してますから。」

彼女は笑顔を作ってそう言った。気のせいだろうか、真琴が来てくれたというところを強調したように聞こえた。そんな風に言われてしまえば真琴もそうですか、とそれ以上何も言えなかった。


裕子の部屋の前まで来ると裕子の母は、裕子と可愛らしい文字で描かれた木のプレートがかけられたドアをノックした。


「裕子ちゃん、お友達の真琴さんが御見舞いに来てくれたわよ。」

「入ってもらって。」


中から裕子の声が聞こえてきて、母親がドアを開けてどうぞ、と真琴を促した。真琴が中に入るとまず最初に明るい照明の光が目に飛び込んできた。部屋は広く綺麗に片付けられ、すっきりした感じだった。


部屋の隅におしゃれな机と椅子、上は天井近く、下は膝より少し高いくらいの大きな窓があり、そこに沿うようにベットが置かれ、裕子がふとんに潜っていて、今真琴が来たので身を起こそうとしている所だった。


「いらっしゃい。よく来てくれたわね。ありがとう。」

裕子がそう言うと真琴は近づいていって制するように言った。

「ああ、寝たままでいいよ裕子。」


ううん、平気よとにっこり裕子は笑った。裕子は苺の柄が入ったピンク色のパジャマを着ていて可愛いなと思った。

「それじゃあ、ごゆっくり。今お茶を用意するわね。」


微笑んで裕子の母親が言ったので真琴はお構いなくと部屋を出て行くのを見送った。部屋で二人きりになってから真琴は部屋の中を見まわして言った。

「ふ~ん、女の子っぽい部屋だね。ちょっと意外。」

「どういう意味よそれー。」

裕子がわざと頬を膨らまして聞いてきた。


「だって裕子って細かいことにあまりこだわらない男っぽい性格でしょ?だから部屋も男の人みたいに雑然としてて女の子が持ってそうなものはないと思ってたから。」

真琴は木のタンスの上に置かれたステレオの周りに並べられたクマや猫などのぬいぐるみ、窓に取り付けられた乙女ちっくな柄のカーテンを指して言った。


それはそうかもしれないわね、と裕子自身が妙に納得してしまったことがおかしかったので、お互い笑ってしまった。

「よかった。そんなに風邪のほう悪くないみたいね。これ、忘れないうちに渡しておくわ。」

真琴は通学鞄からテニス部顧問に頼まれた重要書類を取り出して裕子に渡した。ありがとう、と受け取り裕子はベットの上で封から中身を取りだして目を通しながら言った。


「そういえば柿本君は?一緒に来るって言ってなかったっけ?」

「蓉介なら後から来るわ。あなたの御見舞いの品を買いに行ってるの。前に御見舞いに来てくれたお返しがしたいって。」


「そう、悪いわね。別にそんなのしてくれなくてもいいのに。」

まあ、たいしたものじゃないけどもらってよと真琴が言い、裕子もじゃあありがたく頂くわと微笑んだ。再び裕子が書類に視線を落としたので、真琴は立ち上がって部屋の中を見回して手を後ろで結び、裕子に背を向けた格好でさりげなく聞いた。


「裕子のお父さんとお母さんってさ、私のこと知ってるの?」

 裕子の緊張する様子が見ていなくても伝わってくるようだった。室内の空気が瞬時に変わった。しばし沈黙の後裕子が言った。


「ううん・・今日真琴と初めて会ったのよ。」

裕子の声がわずかに上ずって震えている。真琴は気軽な口調を続けながらも、最深部に切り込むように質問した。


「実はさ、何か変なのよね。おじさんもおばさんも最初私の顔を見た時、すごくびっくりした顔してたのよ。」

「それは・・・・。」


裕子は返答が詰まって言葉が途切れた。真琴が振り返って見ると裕子がベットの上で俯いて思いつめるような表情をしていた。気まずい雰囲気が二人の間に流れた時、重い沈黙を破るようにドアの向こう、廊下の方から猫の鳴き声が聞こえてきた。


「裕子そういえば猫飼っているって言ってわね。」

言いながらドアを開けて廊下を覗こうとすると真琴があっと言う暇もなく茶虎の毛並みの猫がドアの隙間をすばやくすり抜けるようにして入ってきた。


部屋の中、タンスの上に乗ったり床を駆け回った後、裕子のベットに飛び乗り彼女の腕に頭をこすりつけ始めた。甘えるような声で鳴く。


「あらあら、鈴ったら・・・。この子、家で飼ってる雌猫で鈴って言うの。」

裕子は鈴と呼ばれているその猫の頭を優しく撫で付けて言った。可愛いわね、と真琴は床にしゃがみこんで様子を見た。鈴が裕子の上で落ち着つくと、真琴と目が合った。知らない人間が家の中にいるのに気がついたのだろう、鈴は体をびくりと揺らした。


「鈴ちゃんって言うんだ。鈴ちゃんおいで。」

真琴は微笑んで手を広げて手招きした。初め真琴の方をじっと見つめて警戒しているようだったが、やがて手を広げておいでおいでをしている真琴の方にベットの上、裕子の所から飛び降りてきてゆっくり近づいてきた。


真琴の伸ばした手に鈴は小さな鼻をくっつけてきた。側までやってくると真琴は顎を撫でてやった。気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「この子人見知りしないわね。年はいくつなの?」

「生まれて・・・五年になるかしら・・・・。」


抱っこしても大丈夫かなと様子をうかがいながら持ち上げると猫は抵抗することもなくすんなり、おとなしく真琴に抱っこされて気持ちよさそうな鳴き声をあげた。


「こうしてると白のこと思い出すなあ・・・。あ、白って前に私と蓉介が面倒見てた猫のことよ。やっぱり猫は可愛いわね、ねえ裕子。」


そう言って裕子の顔を見た。真琴は息が止まりそうになってぎょっとした。



裕子が涙を流して泣いていたからだ。声も漏らさず、じっとただ透明な液体が彼女の頬をつたっていた。眉根を寄せ悲しげな表情で真琴と鈴を見ている。

「ゆ、裕子?!どうしたの?!」

どうしたの、と真琴は動揺して駆け寄った。


「ご、ごめんなさい・・。」

裕子はパジャマの裾で涙をぬぐい顔を逸らして何でもないの、大丈夫と弱々しい笑みを浮かべた。目の前で一人の人間が急に泣き出したのだ。何もないはずがない。真琴は何か裕子を悲しませるようなことを言っただろうかと気が動転した。


真琴が鈴を抱っこしたままどうしていいかわからないでいると、ドアをノックする音が聞こえた。裕子の母親がお菓子とお茶を乗せた盆を持って部屋に入ってきた。

「つまらないものですけれども、どうぞ。」


床にそれらを置いて真琴と裕子の方を見たとき、裕子の母親は自分の娘が泣いているのに気がついた。あら裕子どうし・・・と心配そうに裕子に駆け寄るのと同時に、鈴を抱っこしている真琴を目にした。


裕子の母はその場で停止して立ち尽くし、表情を一変させて真琴を見た。目を見開き口をわずかに開けたままで、言葉を失ったように震えている。


「あ、彩香・・・・・・。」


無意識なのであろうか、彼女の口からその初めて聞く女性の名前が弱々しく漏れた。その目には涙が滲んで光っている。真琴はそんな様子を見つめたまま混乱した。一体ここで何が起こっているのだ。裕子だけでなくその母親までも・・。


「お母さん。」


裕子が母親に制するような視線を向けて首を左右に振った。その表情は苦しそうだった。母親ははっとした表情になって娘の意向を察したかのように頷くと部屋を出て行った。閉められたドアの向こうで裕子の母親がすすり泣く声がわずかに聞こえていた。

 

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