見舞いの品は俺に任せておけっ
真琴はこの日、日直当番だった。主な仕事として授業が終わった後、黒板を黒板消しで消し、放課後教室の掃除が終わった後、教室内をチェックしその日の締めくくりとして日直日誌を書く。それを職員室にいる担任に届ければ日直任務終了である。
真琴はクラスメイト達が部活に帰宅とそれぞれ散っていってがらんとした教室で日誌を書いていた。隣の席では蓉介が机に立ってもたれて真琴が書き終わるのを待ってくれている。裕子の御見舞いの品は何にしようかというような話をしていた。
日誌を書き終えて二人は教室を出て職員室に向かった。担任のいる机まで行って日誌を渡した。担任の男性教師はうん、ご苦労さんと言って受け取った。真琴は職員室を出ようと出口に向かう途中、ある机の前で教師と女生徒が話し合っているのが目に入った。
教師の方は確かテニス部の顧問で三十代前半くらいに見える女性教師で、その彼女と話している生徒に真琴は見覚えがあった。テニス用のジャージを着ていたその生徒は前にボーリングに遊びに行く前に行ったハンバーガーショップで会った裕子の部活仲間の舞という女生徒だった。
真琴はそのまま通り過ぎようと思ったが、彼女らの会話の中に裕子の名前が出てきたので真琴は立ち止まった。振り返らずに耳だけ傾けた。
「裕子さん、今日学校を休んでいるのよね。なるべくなら早めに渡したいんだけれど。風邪で休んでるんでしょ。明日は土曜日だし、もし明日も休んだら、渡すのは月曜日になっちゃうわね。」
教師が何か書類のようなものを持って少し困ったような表情で言った。舞が私が届けましょうかと提案したが、あなたの家の方向は裕子さんの所と逆方向でしょう、そんなの悪いわと教師が言った。裕子に渡す部活に関する何か重要な情報書類の話をしているのかとやり取りを見て真琴は推測した。
裕子はテニス部では実力があるので二年生の中でエースのような存在である。三年生が夏の大会で引退したのであれば、おそらく実力も人望もある裕子が将来主将のような立場になるのではないかと思われた。
そんな部の中枢を担うような選手だから裕子に一刻も早く渡したい重要な緊急書類なんだろう。真琴はどうしようかと一瞬迷ったが、踵を返して彼女らに近づいて話しかけた。彼女らは真琴がやってきたことに気づいた。
「あの・・私、裕子さんのクラスメイトで友達の来栖という者ですけれど、今から裕子さんの家に御見舞いに行く予定ですから良かったらその書類お届けしますよ。」
舞はやって来たのが真琴と知ると急に顔色を変えた。何か警戒のような色が見える。それとは反対に教師は真琴の方を見て顔を輝かせて言った。
「あら、そうなの。それは助かるわ。ええと来栖さんだったわね?じゃあお願いしようかしら。重要書類だし念のために一応生徒手帳見せてくれるかしら。クラスが同じか確かめたいから。」
真琴は手帳を見せてから裕子に渡す書類を受け取った。じゃあお願いねと教師は言い、真琴は承知しました、失礼しますと頭を下げて出口に向かった。さりげなく顔だけでチラッと後ろを振り返ると舞はまだ真琴の方を納得いかないというような表情で見ていた。
彼女は心の中でどんなことを真琴に言ってるんだろうかと想像した。あんな奴に大事な部活の書類を任せてもいいのか、裕子の友達だなんて軽々しく口にするなんてすごく不快だとか考えているんだろうか。あの表情から察するにありえなくなさそうである。
確かに真琴は前までは裕子と一緒にいることは果たして裕子にとっていいことなのかと疑問に感じた時期もあったけれど、もう気にしないことにした。裕子はまだ何も話してくれないけれど、どんな理由であろうと裕子を信じようと真琴は決めていた。
蓉介と裕子と三人で過ごすうち、彼女がいいかげんな気持ちで真琴たちといるのではないのは態度を見てればわかるし、裕子は真琴たちと一緒にいるのを本当に心から楽しんでいるように見えた。気心が知れ裕子と仲良くなっていくことに反比例するように、先程言った疑問が気にならなくなっていった。
裕子との間には一つ深くかたい絆、信頼関係のようなものが出上がっていたから。真琴は職員室を出て、お待たせ、と廊下で待っててくれた蓉介と共に歩き出した。
学校を下校して駅まで来ると真琴は裕子の家に携帯電話で一応、今からそちらに御見舞いに行きたいんだけど行ってもいいかという旨の電話を入れた。裕子が携帯に出て、声が風邪のために少しこじれていた。真琴が大丈夫、裕子と具合を聞いた。二三言葉を交わした後、真琴は聞いた。
「蓉介がさ、前に裕子が彼の御見舞いに来てくれたお返しをしたいって言ってさ。今から私達二人で御見舞いしたいんだけれど。」
裕子の声が途切れて、沈黙が訪れた。真琴の気のせいか、携帯から裕子が戸惑ったような息遣いが聞こえた。
「え・・今から家に来るの・・・・・?」
「駄目かな?無理なら別にいいんだけれど、後テニス部から書類をあなた宛で預かったのよ。もし駄目ならその書類だけ渡して帰るつもりだけど。」
「家に来るのはいいのだけど・・二人に風邪をうつしたら悪いでしょ、それに明日学校行けたら書類はその時でいいし。」
何を気遣っているのよという感じで真琴は苦笑いして言った。
「この書類顧問の先生が裕子に早く渡したがってたよ。それに別に風邪くらいうつっても平気よ。赤の他人からうつされるのは嫌だけど。裕子の風邪なら蓉介も気にしないんじゃないかしら。」
言いながら真琴は隣にいる蓉介のほうを見た。彼は一つ頷いて見せた。受話器の向こう再度、沈黙が訪れた。一瞬電話が切れてしまったのではないかと真琴が心配した頃にようやく裕子が口を開いた。
「・・・・わかったわ。家に来てくれて大丈夫だから、来て。わざわざ届けてもらって悪いわね。」
受話器を通してはっきりとした意思のようなものが感じられる口調で聞こえてきたので、何か裕子が決意をしたような感じが真琴に伝わってきた。
何故たかが御見舞いに行くくらいで裕子がそんな態度になるのかわらなかった。真琴と蓉介が彼女の家に行くことに何かまずい事でもあるのだろうか。ちらりと頭にボーリングに行った日のことがよぎった。
真琴は電話ではそのことに触れず、男の蓉介が女の子の部屋に入ることになるけどいいかを聞いて裕子の許可を取った。それと裕子が家の場所がわかるか聞いて来たので大体の場所はわかるから大丈夫、迷ったら電話するからと、真琴は場所の確認をした。真琴はじゃあ、待っててねと電話を切った。
裕子の緊張したあの態度が気になりながら蓉介と乗った電車の中、座席に座り蓉介と話をした。
「裕子御見舞い来てくれてもいいって。蓉介も気使わなくていいから遠慮なく来てもらっていいって。」
「そうよかった。で彼女の様子どうだった?」
「うん、そんなにものすごく悪くはないって裕子言ってたけど。」
「それだけ?」
蓉介が興味深そうに聞いてきた。真琴は目を瞬きさせて彼を見つめた。
「うん。どうして?」
「いや、何でもないよ。」
蓉介は顔を前に向けて言った。先程の電話していた様子が側にいた蓉介からはおかしく映ったのだろうか。真琴は少し怪訝そうに彼の横顔を見つめてから言った。
「そういえばちょっと様子がおかしかったかしら。私達が御見舞いに行くって言ったら、裕子なんか緊張してるっていうか戸惑っていたってっていうか・・・。来てもいいって口では言ってたけれど、本当は来て欲しくないのかな?」
蓉介が真琴の方を納得したような顔で見て、また前を向いてそう、と何か考え込むように腕を組んで真剣な表情をあらわした。真琴はきょとんとしてどうしたのと聞いたが、蓉介はそれっきり曖昧な返事をするだけだった。
真琴はこれ以上聞くのは無駄とあきらめてため息をつき、一人腑に落ちない表情で車窓から流れていく景色を見つめた。
裕子の住む地域の駅で下車し、駅に備え付けの地図で裕子の家の住所を確認して、歩き出した。裕子の家には行ったことがないが住所はクラス名簿に書いてあったものを控えてあった。
他の路線も乗り入れていて、乗り換えをする乗客が多いからか、大きい駅なので周辺には飲食店、スーパーやクリーニング店、靴屋など色んなお店が出ていて明るく賑わいを見せていた。中には和菓子専門店、ケーキ屋などもあった。真琴が周囲を見まわしてから後ろを歩いていた蓉介に聞いた。
「裕子の御見舞い何買って行く?」
「・・・・。」
蓉介はまだ何か考え事をしているようで、真琴の呼びかけが聞こえていないようだった。もう蓉介ったらと真琴は彼の制服のすそを引っ張って言った。やっと真琴の呼びかけに気がついて彼は真琴の顔を見て、ん、何?と言った。
「もう、御見舞いの品何にするかって話。」
真琴は少し頬を膨れさせて彼を軽く睨んだ。蓉介はああ、御見舞いねと苦笑いしてからふと、思いついたというような顔つきになって言った。
「僕が何かこの辺りで選んで買って行くから、真琴さんは先に裕子さんの家に行っててくれないか。」
真琴は一体何を言い出すのかと言う顔で言った。
「いいわよ。私も一緒に選びたいから。」
「どんなものを買って持っていくかはお楽しみという事にしたいから、君にもね。だから僕に任せてくれない?」
でも、と真琴が言おうとすると蓉介はいいからいいからと後ろから真琴の背中を押した。割り勘なんだから、真琴も品を選びたいと言うと、大丈夫大丈夫、変なものを買わないから、僕に任せてと蓉介が言った。
真琴はしょうがないわねと呆れた表情でため息をついて言った。蓉介が何を考えているのかわからなかったが、彼が強引で意見を譲りそうになかった。
「いたずらしようとおふざけでおかしな物買ったりしたら怒るからね。わかった?」
真琴は念には念を押すように蓉介に釘を刺した。彼は笑顔で手を胸の前にあて大丈夫任せてよと言った。じゃあ、先に行ってるからねと歩き出したが、心配で何度か蓉介のほうを振りかえらずにはいられなかった。




