太鼓判を押され嬉しいやら申し訳ないやら
裕子は乗客もほとんどぽつぽつとしかおらず、がらんとした電車の中、蓉介と並んで座席に腰を下ろした。二人は初め、今日は楽しかったねとか、ボーリングで真琴が真剣だったことなどの話で笑い合った。
お互いどこに住んでいるかなどの話をした後で、何となく会話が途切れた。裕子も蓉介も沈黙して、窓に映る流れていく夜の景色を見つめて電車に体を揺られていた。しばらくその沈黙が続いた後、裕子がぼんやりとした口調で前を向いたまま話し出した。
「柿本君はさっきああいってたけれど・・・・・・・やっぱり聞きたい?」
チラリと彼は裕子の方を見たが、すぐに視線を前に戻した。
「そうだね。僕も真琴さんと同じような疑問を持ったのは事実だからね。どうして変わり者と周りから噂されている僕らと君が仲良くなろうとしたのかを一度も気にしたことがないと言えば嘘になるな。」
彼は裕子が喫茶店での話をしていることをすぐに察して言った。
「そう・・・。やっぱりそうだよね。急に仲良くなろうと言い寄られたら気になるよね。」
裕子は表情に陰を落としてうなだれぎみにつぶやいた。
「さっきも言ったけれど、言いたくなければ教えてくれなくてもいいんだよ。どんな理由があるにしても、それ以上に僕はこの今の状態であることを君に感謝しているんだよ。」
「・・・え?私に感謝・・・?」
少し驚いた顔をして見せた裕子に彼は優しい顔で微笑んで頷いてから言った。
「少し僕と真琴さんの話をしようか。」
彼は真琴との出会い、そしてどういういきさつで仲良くなり付き合うまでに至ったかを裕子に詳しく話してくれた。裕子は突然の彼らの話に戸惑い驚いたが、彼の話を聞き逃がすまいといつの間にか真剣になっていて気がつけば彼のほうに身を乗り出していた。
そんな様子の裕子を見て彼は一つ息をついてから話し出した。音楽室で初めて真琴を見たときに心ひかれたこと、真琴に最初は拒絶されながらも共に時間を過ごすようになって親しくなったこと、裕子も知っている真琴が助け世話していた子猫を彼も面倒を見ていて真琴と一緒にその死を看取ったこと。
その時彼が彼女に告白をしたこと、それから真琴が施設で生活にするに至った生い立ちを聞いた。彼女が施設育ちということはクラスメイト達の一部の噂とクラス名簿で知っていた。
母親に捨てられ、父に死なれて施設で暮らし、大好きになったピアノの先生を失ったこと。裕子はそれを聞いて真琴がどうして初め、あんなに人を避けていたのかが理解できた。こんなにも次々に愛する人を失えば、大切な人をつくることに他人を求めることに恐怖と不安を抱くだろう。
裕子は真琴の孤独を選んだ道のりとその苦しみを想像した。告白してから色々あったが、真琴は彼を受け入れることを決心したという。裕子は浅倉雪絵が彼に告白したという噂が頭の片隅に浮かんで、その当時の彼らに影響していたんだろうと推測した。
彼自身の生い立ちも聞いて、なんとなく二人が惹かれあったのが裕子にはわかった。裕子は真琴の存在を知ってから彼女のことを知りたいと思ったが、人の過去を詮索するみたいで抵抗があった。もし裕子が聞いていたら彼女は、裕子がからかい目的で近づいてきたのではないかと不審がったかもしれない。
まあ今の角がとれて丸くなった真琴ならどうだかわからないけれど。自分からは聞きにくいことだったのでまさか彼から教えてくれるなんて以外だった。彼の話がひと段落してから、裕子は息を飲み思い切って聞いてみた。
「あなた達のこと教えてくれたことは嬉しいけれど・・でもどうして?どうして私なんかにそんなプライベートな大事なことを話してくれたの?仲良くなってまだそんなに日が浅いのに。突然やってきた私なんかに。」
彼は少し視線を上に向けて考えるようなしぐさをしてから笑顔で言った。
「君なら信用できると思ったからかな。」
「・・・・そんな簡単に私のこと信用できるの?柿本君も真琴も私のことほとんど何も知らないでしょう?」
「これは僕の直感だ。僕の勘はほとんど外れたことがないからね。今までの君達の仲をじっと側で見てきたからわかったんだ。君は興味半分とか、からかうつもりで真琴さんや僕に近づいたんじゃないってね。君の真琴さんに対する接し方を見てると君が本当に真琴さんのことを大事に思っているのがわかるよ。君は人としてとても好ましい。これでも人を見る目はあるほうだと思うんだけどね。」
裕子は言葉を失ってじっと彼の顔を見つめた。裕子は少し目頭が熱くなった。
「・・・・ありがとう。そういってもらえてとても嬉しいわ。」
裕子は自分のことについて何も説明らしいものをしていないのに態度だけでここまで信用してもらえるなんて思わなかったから。
「真琴さんに親友ができることはとても喜ばしくていいことだ。彼女には今大切な存在が僕だけじゃなく他に誰か一人でも必要だと思ったから。最近ようやく穏やかになってきたみたいだし。だから君がどういう理由から僕たちのところにやってきたのか知らないけれど、僕は君に感謝してるんだ。真琴さんと仲良くしてくれてどうもありがとう。君と交友関係を持つことでもっと彼女はいい表情をするようになった。真琴さんのことを慕ってくれている君には彼女のことをもっと知っていてもらいたかった。もっと絆を深めて欲しいと思った。だから話したんだよ。」
裕子は彼にお礼を言われて嬉しくなると同時に何だか真琴のことがちょっぴりうらやましく思った。普段は彼にからかわれるようなことを言われているけれど、ほんとの彼はこんな風に真琴のことを深いところで思いやり心配している。
とぼけているようできちんと考えてくれている。見守ってくれている。深く心から愛されている。過去には辛いことがたくさんあったかもしれないけれど今の真琴はとても幸せ者だなと素直に感じた。
裕子もこんな優しい彼氏が欲しいと思ったりして。なんて。
「本当は高校二年生になってすぐに真琴と出会った時からずっと見てたの。遠くから。話しかけたかったけれど、あの頃の真琴は何だか・・あれでしょ?」
言葉を濁して言う裕子にははと彼は笑った。裕子は彼がここまで裕子のことを見込んで多くのことを話してくれた以上、自らのことも言わなければいけないと思った。こちらだけ黙っているなんてフェアじゃない。
本当のことを言って彼に真琴との友情関係を疑われたとしてもそれはそれでいいと思った。意を決するように裕子は口を開いた。
「私、実は真琴のことが・・。」
彼が一指し指を裕子の口の前に立てて話を遮った。
「話す気になってくれたのなら、僕じゃなく真琴さんに話してあげて。裕子さんが彼女のことを親友だって思えるなら。」
いたずらっぽく笑って彼は片目を閉じてウインクして見せた。電車が駅に停車し空気音を鳴らしてドアが開くと彼が立ち上がった。
夜の冷たい空気が入りこみ裕子の熱くなった頬を冷やした。
「それじゃあ、今日は楽しかったよ。また三人でどこかに遊びに行こうね。」
笑顔を残して彼は夜の闇に溶けるように消えて歩いていった。裕子は彼が消えて開け放たれた自動ドアから見える暗がりを、心に色々な思いを浮かべながらじっと見つめていた。




