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裕子

裕子は二年生になってからずっと一人のクラスメイトを遠くから見つめていた。彼女の雰囲気は始めてみたときに比べてずいぶんと変化した。初めて彼女を見たとき、裕子は息が一瞬止まりそうになったのを良く覚えている。


彼女を見ていると裕子は心の中にある忘れられない思い出の数々が一気に胸のうちに押し寄せてきて懐かしさに泣き出したいような気分になった。彼女を観察していてわかったことだが彼女は周囲の人間と自ら進んで関わろうとしなかった。


誰かが彼女に話しかけても無愛想な顔で応対するだけで、クラスメイトからは感じの悪い、協調性のない人間として見られ皆から敬遠され、完全に周囲から孤立して浮いていた。


彼女の周囲には他人が近づくの決して許さない強いバリアーかオーラのようなものがはっきりと感じられた。それは彼女がわざとそうしているのではないかと裕子は思っていた。皆は彼女を冷たい人間だと認識しているようだったが裕子はそうではないことを知っている。


あれは四月の半ば頃だったろうか、裕子は部活を終えて学校からの帰り道、彼女が道にかがみこんでいるところに出会ったのだ。何をしているのかと物陰から様子を伺った。不意に彼女が立ち上がり、腕の中に抱きかかえられている小さな白い子猫が見えた。


子猫は怪我をしているらしくて彼女はその子を抱いて駆け出した。彼女がどうするのか気になり見つからないように後を追ってみると彼女は道を歩いていた近所の人らしきお爺さんに話しかけ、一言二言言葉を交わした後、お爺さんに一礼して再び走り出した。


向かった先は動物病院だった。彼女が怪我をした子猫を抱えて中に入っていき、裕子は後を追って病院に入るわけに行かず少し離れた建物の影から様子を見た。しばらくして子猫を抱いて彼女が出てきた。子猫は前足に丁寧に包帯が巻かれておとなしく彼女の腕の中に抱かれていた。


小さな頭を彼女の方に向けつぶらな瞳で見上げていた。そんな子猫を見返す彼女の顔があまりにも印象的で裕子は忘れることができない。この目に深く焼きついた。


学校の教室では一度も見せたことのない表情だった。とても穏やかな顔で優しい笑みをたたえて子猫を抱きなおした。子猫の額に自分の頭をくっつけた。


「良かったね。たいした怪我でなくて。」


子猫が小さな声で鳴いた。大切なものを愛でるように何度も猫をなでていた。


裕子の大切だったあの人が猫を可愛がっていた時に見せた表情にそっくりだったので、裕子の胸をひどく疼かせる。その一件以来、裕子はますます彼女から目が離せなくなっていった。


しばらく彼女の姿を追ううちに、え?と思う変化が起こった。夏休みが終わり、二学期が始まって最初の日だった。教室では常といってもいいほどに一人きりであった彼女が一人のクラスメイトと一緒にいる所を目撃するようになった。


彼女に話しかけるその人は柿本蓉介といった。確か彼は四月の初め頃に、彼女に怒鳴られていた所を裕子だけでなくクラスメイトたちも見ていたのだが。他の生徒達と同様に、彼女に話しかけて拒絶されたところをしつこくかまったから怒りをぶつけられたんだと思っていたが。


それ以来溝ができて仲が良くなさそうだと思ったのにいつの間にか二人で話をしていた。その場面をクラスメイト達が初めて見た時は衝撃的だった。晴天の霹靂とはまさにこのことか。教室中が沈黙して皆が様々な面持ちで彼女と彼を見ていた。


裕子もその例外ではなかった。彼はクラスでは比較的おとなしく控えめで進んで目立つようなことはしない人間だった。彼女ほどではないが柿本も他人と深くかかわろうとはしないようだった。当たり障りのない程度にクラスメイトとは適当に接していた。


彼女が柿本と過ごすようになってしばらくして彼女の表情が変化したような気がした。以前は何か正体の知れぬものに不満を持っているような顔をしていたが、今では徐々に顔の相が和らぎ、角が取れて丸くなったように全体の雰囲気から感じられた。


他人を拒み続けていたオーラのようなものも次第に薄くなり、前に子猫を抱いていたときに見せたマリア様のような表情とまではいかないまでもだいぶあの表情に近づいたのではないかと裕子はそんな風に考えた。


柿本と話している最中に時折うっすらとした微笑が見れるようになった。しかし一夜開けた次の日、何があったのだろうか、前日とは一変して、彼女が柿本を避けるような態度をとり始めたのだ。彼が話しかけて彼女が逃げる光景を何度も見た。


彼を避ける彼女の表情には怒りではなくむしろ悲しんでいるように裕子には見えた。けんかでもしたのだろうかと裕子は彼女と話したこともないのに彼女のことを心配した。裕子にはそれだけ彼女のことが気になる明確な理由があった。


これはクラスメイトから聞いたのだが、浅倉雪絵が柿本蓉介に告白して振られたらしいという噂が流れてきた。彼らに何があったかはわからないがそれが不仲の原因のような気がした。それから少しして、二人の表情に悲壮感が漂った悲しみの色がはっきりと見て取れたのだ。


浅倉雪絵の一件以外にも何かあったに違いないと裕子はますます心配した。まったく二人とはつながりがないのに裕子は一人頭を悩ませていると、そんな心配を裏切られるように数日すると彼女と彼の仲がいつの間にか元に戻っていた。


初めはぎこちなく教室内で会話していて、時折彼女が恥ずかしそうに赤くなることがあった。日を追うごとに彼らの悲哀感も薄れてきて、心持以前より親密になったような印象を受けるのだが、裕子の気のせいだろうか。


まあ二人の仲が元に戻ったことは裕子にとって喜ばしいことではあった。

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