卒業式のさよなら・・もう二度と会えない・・
無事に高校合格を勝ち取った加奈はとりあえず進路で路頭に迷う心配なく中学校の卒業式を迎えることが出来た。卒業生とその父兄たち、そして在校生である二年生が講堂に集められ卒業式が行われていた。
加奈は卒業生側の並んだ椅子に座り、校長の卒業生への祝いの言葉を聞きながら思う。この三年間、
楽しかった思い出なんてほとんどなかったかもしれない。思い出そうとしても何も浮かんでこないからだ。むしろ辛いことの方が多かった。
中学三年間に比べて小学校時代は
亜沙子と出会えたのでとても充実した日々だった。
ピアノ発表会で優勝できたことはとても誇らしいことだったが、そのことが引き金で愛の怒りを買ってしまい、加奈は亜沙子との絆を断ち切られ地獄のような日々に早代わりしてしまった。もう時を戻すことはできない、失われた時間は戻らない。
後悔しても仕方がないような気がしていた。何故なら加奈がいくらあがいても状況は変わっていなかったような気がしたからだ。実際加奈にはどうすることも出来なかった。
クラスメイトたちにいじめられる日々は辛かったけれど、三年生の後半、初めは惰性で勉強していたが、自分にとって大切な夢を見て、裕子に出会ったことによって高校受験に打ち込み見事に合格を勝ち取ったことは達成感、充実感があってよかったと思っている。
もし夢を見ず、裕子に会わずに卒業していれば、中学時代は辛いままの思い出として締めくくられ、終わりよければ全てよしという事にはならなかっただろう。中学時代はもういくら悔やんでも何も変えることはできないけれど、その分高校に行けば何かがあるかもしれないと淡い期待、希望を抱くことができた。
まるで未来へ続く暗闇の道にわずかだが明かりがさしたような感覚。亜沙子との誤解を解けないまま卒業するのは悲しいことだけれど、仕方のないことだとあきらめていた。亜沙子は元々頭がよくて勉強が出来たので愛とおなじ難関女子高校に進学すると聞いていた。
加奈とは別々の進路を歩むことになる。もうこの日を境に二度と亜沙子とは会えなくなるんだろうか。誤解は解けないまま人生の最後の日まで・・・そう思うと加奈の心に亜沙子に対するどうしようもない切ない気持ちが溢れてきて押しとどめることが出来なかった。
加奈はまだ今でも亜沙子のことが大好きだったし彼女はもう加奈のことを嫌い友とは思っていないだろうが、加奈は彼女のことを親友だと思っていた。一度も嫌いになったことなんてない。少し離れた席に座る亜沙子を見やって加奈は決意した。
最後にもう一度だけ亜沙子と話をしよう。
卒業生全員が卒業証書を受け取り、仰げば尊しの演奏が流され在校生、父兄らに惜しみない拍手で講堂から送り出された。卒業生たちはすぐにそのまま帰ったりはしないで校庭のあちこちで学校を去るのを名残惜しむように立っていた。
恩師に涙を流しながらお礼を言う生徒たち、クラブの後輩らしい生徒に泣きつかれている生徒、卒業記念に両親らに写真を撮ってもらっている生徒、仲のいいもの同士寄り集まって騒いでいる生徒たちなど様々な光景が加奈の目の前で繰り広げられていた。
愛達が親たちと数人でかたまって話し合っている姿も見えた。無事に卒業できたことへの喜びと寂しさが渦巻いている光景の中で加奈は一人の人物の姿を探した。帰ってしまう前に捕まえなければならないと自然と急ぎ足になり父兄や生徒たちの合間を縫うように走った。
講堂から少し離れたところに彼女はいた。手に卒業証書の入った黒い丸筒を持って立っていた。憂いを帯びた表情で風に髪をなびかせ、校庭の風景を見渡す彼女の姿はとても綺麗だった。
「亜沙子!」
加奈が声を掛けると亜沙子ははじめ驚きの表情をしてからすぐに少し顔を曇らせた。側に在校生らしき一人の女子生徒がいた。今まで三年生の中で見かけたことのない顔だったから二年生か一年生だろう。部活をしていない亜沙子には親しい後輩はいないだろうし、誰だろう。その生徒は加奈と亜沙子を交互に見つめていた。
「もう話しかけないでって言ったでしょう。」
冷たく亜沙子は言い放った。一緒にいた女子生徒が戸惑ったように口を開いた。
「ちょっと、お姉ちゃん。どうしたの?今の言い方ひどいよ。」
「煉には関係のないことだから気にしなくていいのよ。」
どうやら女子生徒は亜沙子の妹らしかった。加奈と亜沙子の間に流れるぎこちない雰囲気を察して亜沙子の妹は加奈と姉を交互に見やって動揺しているように見えた。加奈は初めて彼女の妹と会った。外見は美人な姉とは正反対に幼さが残って可愛らしい感じに見えた。
大人しそうに見えるので、以前亜沙子が守ってあげたくなるといっていた理由がよくわかった。亜沙子は妹をいじめた首謀者が加奈であると思い込んでいるわけだから、亜沙子にとっては妹と加奈を対峙させるのは気持ちの良いものではないだろう。
その証拠に亜沙子は居心地が悪そうにイラついた様子だった。一秒でも加奈を妹に近づけていたくないのだろう。
「話があるの。卒業式で最後だから、これからはもう会うことはないと思う。最後くらいいいでしょ?」
加奈が言うと亜沙子は煉を見やってから少し考えるようにして頷いた。
「わかったわ。今日でもう顔を合わすこともなくなるのね。話聞くわ。ここじゃ何だから場所を変えて。」
加奈は真剣なまなざしで頷いた。
妹に母親と先に家に帰っておいてと亜沙子は伝えてから、加奈と共に校舎に向かって歩き出した。どこも授業が行われていないので、校舎内は加奈たちのように校舎を見納めとして散歩しようという生徒たちがちらほらいるくらいで、閑散としていた。
お互い押し黙ったまま階段を上がっていき、青空が広がる屋上に出た。天気は晴れていて、雲もほとんどなく気持ちのよい陽光が差し込んで屋上のコンクリートを温めている。加奈は亜沙子と向かい合うような形で対峙して立った。
「無理だとわかっていたけれど・・・・・最後にどうしてももう一度だけ言おうと思っていたの。多分今日が二人の会える最後の日になるでしょうから。」
加奈が最初に切り出した。亜沙子は表情を変えずに黙っている。
「小学校の時、私はあなたの妹をいじめるように下級生たちに命令なんてした覚えはないから。あなたの誤解よ。多分これは愛が仕組んだことだと思うの。私がピアノ発表会で優勝したのが気に入らなかったんでしょう、プライドの高い彼女がその恨みを晴らすために私とあなたとの仲を引き裂こうとしたのよ。」
黙って聞いていた亜沙子が話し出した。
「自分がしたことの罪を認めずに他人に擦り付けるの?最低ね。あなたはやっぱりそうゆう人間だったのね。」
亜沙子は目を閉じため息をついた。彼女の目の下に睫毛の影が落ちている。加奈は強いまなざしで訴えるように言った。
「何度も言うけれど、誤解よ。私はやましいことをした覚えはないわ。胸を張ってあなたに言える。」
一つ呼吸をおいて力を抜いて言葉を続けた。
「別にあなたに信じてもらえなくてもいい、どうしても最後にけじめとして言っておきたかったの。誤解が解けなくて残念だけれど、これですっきりしたわ。話を聞いてくれてありがとう。これで心置きなく卒業できるわ。私この町に転校してきて亜沙子に出会えて本当によかったって思ってる。今でも私・・あなたのこと好きよ。親友だと思ってる。あなたはどう思ってるか知らないけどね・・どうもありがとう。それじゃあ、元気でね。」
言いたかったことを言えたからか、すっきりとした柔らかい微笑を亜沙子に向けて、加奈は踵を返して校舎のほうに歩き出した。心の中で一人納得するように、言い聞かせるように呟く。
これでよかったんだ。これでもうお終い。悔いはない。加奈に出来ることはやったんだから。ひとり残された亜沙子がちょっと待ってと声を掛けてきた。立ち止まると振り返って亜沙子を見やる。
「さよなら、もう会うことはないわね・・・・・。」
複雑そうな表情を浮かべて亜沙子は言った。
「ええそうね・・・・さよなら・・・。」
短い言葉を交わした後、胸を鋭い痛みが突然襲った。ひどく痛む胸を抱え、加奈は振り切るように、足早に階段を駆け下りていった。それ以上亜沙子の顔を見ていると胸がもっと苦しくなりそうだったから。
気持ちが晴れたというのは嘘だというのを知られたくなかったから。後悔してないわけがない。加奈は顔を歪め今に泣いてしまいそうな表情をしていた。




