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加奈の「やってやろうじゃねぇか」宣言

駅のホームを下り、改札を抜け駅から歩き出そうとしているところで加奈は彼女を呼び止めた。

「すみません。ちょっといいですか。」


彼女は声を掛けられて、急いで追いかけてきたので息切れしている加奈を振り返った。彼女の顔を初めて正面から見据えた。今までわからなかったが、どこか沈んだ表情で影を落としているように見えた。声をかけたもののなんて切り出せばよいかまで考えていなかった。


ただここまで夢中になって追いかけてきてしまったのだ。いきなりどこの高校に通っているのかなんて初対面の人間が聞くのはおかしいことではないのかと加奈は感じていた。怪しい人間と思われるかもしれないと今更ながら後悔した。


しかしもう声をかけて呼び止めてしまったのだ。逃げられない。どういえばいいか口籠っていると彼女が首をかしげた。

「私に何か用?」


彼女が加奈を上から下まで見つめながら尋ねてきた。

「あなた、もしかして中学生?」

「は、はい、あの私今年三年生で受験生なんですけど、今志望してる高校を見学に行ってきた帰りなんです。」


どぎまぎしながら加奈は言った。

「へぇ・・。そうか、もうそんな時期だものね。偉いわね。わざわざ高校見学なんて。」

感心したように彼女が言う。


「いえ、そんなことないです。あの・・帰りに駅であなたを見かけて制服が可愛いなって思って。それでどうしても気になってお聞きしたかったんです。どちらの高校に通っておられるか・・。」

加奈は咄嗟に思いついた嘘を並べた。


「もしかしてそれが知りたくてわざわざ下りるつもりのない駅を降りて私を追いかけてきたの?」

目を丸くして彼女が聞いてきたので、上目遣いで加奈は控えめに、ええ・・と頷いた。浅はかな嘘だったかなと加奈は思った。疑われて不審にとられるかもしれない。


加奈が息を切らして追いかけてきたことから、彼女は途中下車したのかと口では言っているが、どう彼女が解釈したかはわからない。

「ふ。」


ふ?加奈は目を細めて震えている彼女を見た。何か癇に障ることを言っただろうかと加奈は更にあせってこめかみに汗がつたった。


「あっはははっははははは・・・・。」

動揺する加奈を置き去りに彼女は声を上げて笑い出した。目尻に涙まで浮かべている。


「ごめんなさい、ふふ。そういうことだったのね。」

「わ、私なにか変なこといいましたか?」


加奈は赤くなってしどろもどろ気味に彼女に聞き返した。

「制服ね。まあ確かに女子高生にとっては魅力的よね。志望する立派な理由の一つよね。わからなくはないわね。でもわざわざすぐにどこの高校の制服か知りたいからってここまで追いかけてまで来るなんてかなり気合はいってるわね。ふふ・・。」


まだ笑いの余韻をひきづっているように彼女は言った。加奈は気を取り直して言った。

「あ、あの教えていただけますか?」

「いいわよ。そうだ。今日高校見学してきたのよね。詳しく私の通ってる高校の事知りたい?」


加奈はうれしくなって気持ちが弾んだ。高校名だけではなく詳しくどんな高校かも教えてもいいと言ってくれている。

「はい、できればいろいろ聞きたいですけど・・・でもご迷惑じゃありませんか?いきなり見ず知らずの他人なのに教えていただくなんて。」


「いいのよ。別に。さっき見せてもらったあなたの意気込みに免じて教えてあげるわよ。よし、そうと決まればここじゃ何だし場所を変えましょうか。」

加奈の返事を待たずに彼女は駅からさっさと歩き出し加奈は後をついていった。




二人が連れだって入ったのは駅から徒歩五分ほどの国道に面した所にあるファミリーレストランだった。平日という事もあって店内に客はまばらだった。数組の家族連れや二人組み客などが所々ほどよく席を埋めていた。


ウェイトレスがやってきて加奈たちは外の景色が見渡せる窓際のボックス席に通された。窓から見える景色はほとんど陽が沈んで暗い闇が多くを占めるようになっており、ガラスには店内の明るい照明を受けて加奈たちを映し出していた。


周囲は静か過ぎず、程よくざわついていて落ち着くことが出来た。席に着くなり向かいに座った彼女がメニューを開きながら加奈に言った。

「好きなもの頼んでいいわよ。私が奢るから。」


「いえ、そんないろいろ教えてもらう上にそこまでしてもらうなんてとんでもないです。御会計は私が払います。」

「いいのよ。遠慮しなくて。私バイトしてるからお金には余裕あるし。」


二人で奢る奢らないで、しばらく言葉を交わした後彼女が呆れたような笑いを浮かべてまじめねぇ、でも悪い感じしないけどねと言った。加奈はアイスコーヒーとサンドイッチ、彼女は辛子明太子のパスタとドリンクバーにチョコレートパフェを注文した。


「今、部活の帰りなのよ。テニス部なんだけれど終わった後、お腹すくからよくこんな風に寄り道がてら買い食いするのよね。行儀悪いけど。」

いたずらっぽく彼女は加奈に笑って鞄と一緒に持っていたテニスラケット入れを掲げて見せた。


人当たりのよさそうないい人という印象を加奈は彼女に対して持って少しほっとした。でも初めて声を掛けたとき見せた暗い表情は何だったんだろうか。今の彼女からは暗い部分が笑顔の影に隠れてしまったように見えなかった。


「私、藤嶋加奈って言います。○○町の〇〇中学校に通ってます。」

「○○町か。私は伊織裕子。△△町に住んでるわ。和泉高校の一年生よ。あ、今高校名バラしちゃった。」

裕子は思わず手を口に当ててしまったという顔をした。高校名を最後のとっておきのネタにでもしておくつもりだったのだろうかと加奈は笑った。加奈は家に少し遅くなるという連絡を入れに席を立った。


案の定、おばはご飯の支度もしないでどこで油売ってるのよ!と受話器から耳が痛くなる程の金切り声を加奈に送ってきた。何度も謝り高校の見学に行ってきた事情を説明したが一向に怒りがおさまらないみたいなので人を待たせているからと電話を丁寧に切った。


加奈の帰りが遅くなることの心配よりも夕飯のことで怒られるなんて加奈は何だかしんみりと悲しくなった。まあ初めからそんな愛情をおばたちに期待していないけれど。席に戻り、加奈は裕子に話を切り出した。


「和泉高校は公立高校なんですか。」

「ええ、そうよ。あなたの住んでる町からも通えるれっきとした公立高校よ。同じ学区内だから越境にはならないわね。」

加奈はそれを聞いて安心した。そうか公立か、ならば志望校にしても問題はない。


「どうしたの?私立じゃまずい?」

「実は家庭の事情で公立しか受験できないんです。」


「そう、それは大変ね。滑り止めの私立が受けれないなら公立一本勝負になるのか・・・。」

ふむふむ、と裕子は頷いて見せた。ちょうどそこに注文していた皿が運ばれてきて話を中断した。加奈がサンドイッチを半分ほど食べ、裕子もパスタをいくらか食べた頃口を開いた。


「所で加奈ちゃんは、あ、加奈ちゃんって呼ばせてもらうわよ。さっきどこの高校を見学してきたの?」

「A高校です。公立しか受けれないから無難に合格できるところをと思って。でも裕子さんの通ってる高校にも興味が出てきました。」


「ふふ、制服にね・・。加奈ちゃん悪いけど学校の成績教えてくれる?」

はぁ、と首を傾げて成績を告げた。裕子は腕を組んでう~んと難しい顔をして唸った。加奈はその様子を見て不安になった。加奈の学力ではまずいのだろうか。


「あのね、馬鹿にしたり自慢してるつもりは全くない上で言うけど、誤解しないでね。」

真剣に言う裕子の顔を見て不安をあらわに加奈は思わず固唾をのんで身を乗り出した。

「私の学力じゃ到底無理でしょうか・・・。」

「和泉高校はランクが高いわよ。この地区の公立高校の中で二番目に受かるのが難しいわ。」


加奈は絶句した。そんな・・・せっかく夢にまで出てきた制服の高校を突き止めたのに。そんなに難関高だなんて・・天国から地獄に突き落とされたようだった。加奈は思い出したように鞄に入っていた高校入試情報を取り出して公立高校のランク分けされたページを開いて確認した。


加奈は最初、公立のトップ校のあたりは自分には縁がないものとしてよく見ていなかった。自分が受けるべき高校のランクを確認しただけだったので下の方しか見てなかった。上位を占める高校名の中に裕子の通う高校の名前が確かに記載されていた。


言われたことが真実であることを自分の目で確認したことで更にガックリきて落ち込んだ。何度も見た夢はまるで加奈がその高校に行くべきであることを指し示しているように思えてならなかった。しかし現実は加奈には到底手の届きそうにない難関高・・・・。


「そんなに和泉高校に行きたいって思ったの?」

うなだれた顔を上げると裕子が聞いてきた。

「もう二学期だし、今のあなたの学力で、しかも公立一本に絞ってる・・・。確かに無謀よね。一つ間違えば浪人だものね。」


「やっぱり無難なところを受けたほうがいいのかしら・・・。」

加奈がつぶやくように言ってしばらく沈黙が二人の間に訪れた。周囲の客のざわめきがわずかに大きく聞こえるようになった気がした。


「ねぇ、加奈ちゃんは本当に私の着てる制服に興味をひかれたから和泉高校に行きたいと思ったの?」

裕子は真剣なまなざしで加奈の瞳を覗き込んできた。加奈はさっきついた嘘についてどういうべきか迷った。それとも本当の事情を話すべきだろうか。わざわざ時間を割いてまでこうして加奈に情報を教えてくれているんだから。


でも夢のことを言ったところでなんだか笑われてしまいそうで怖かった。加奈に再度同じことを問う代わりに裕子は質問を変えてきた。

「加奈ちゃん、本当はどうしても和泉高校に行きたい理由があるんじゃないの?」

「それは・・・。」

勘のいい裕子の言葉に加奈は声を失った。


「加奈ちゃん本気で今から和泉高校目指す気ある?」

加奈の気持ちの真剣さを見据えるように裕子は問うてきた。生きるか死ぬかの選択を迫られたようで加奈はひるんだ。


しかし次の瞬間、脳裏にはっきりとあの夢の光景が迫ってきた。泣いてしまいそうになるくらいに優しい空間、加奈の大好きな曲、温かく受け入れてくれた少年、穏やかな手で愛しいものを愛でるように加奈の心を包み込んでくれた少女。加奈の答えは決まった。


いつのまにか落ち込みも不安も迷いもどこかに消えてしまった。加奈はゆっくりと口を開く。裕子の方をまっすぐに見据え、はっきりと自分の意思を示すように胸を張って言った。


「はい、私和泉高校に行きたいです。」



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