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加奈の進路希望は

数ヶ月が過ぎて加奈は中学二年生になり、夏休みを終えてみずみずしい緑が眩しかった木々が赤や黄色に色づき始めた二学期の始め、ホームルームの時間に担任が生徒たちに進路調査書なる一枚の紙を配った。


そこには高校に進学するなら第三志望まで高校名を書くようになっていて、就職するならどういう職種を希望しているのか書くようになっていた。高校は義務教育ではないが、今の時代おそらくほとんどの生徒が高校に進学するのだろうか。加奈も皆と同様にその紙に視線を落としていた。


「君たち中学二年も残すところ後、役半年。まだ時間はあると思っていたらすぐ三年生になるぞ。今の早いうちから進路を考えておくにこしたことは無い。三年生になってから、あたふたすることがないようにな。来週までに今考えている進路でいいからこの紙に記入して提出するように。」


担任の男性教師が生徒に半ば忠告するように言った。教室が少しざわめいた。後数ヵ月後には中学三年生になる。そろそろ進路のことを本格的に考えなくてはならない時期に来ていた。もうそんな時期なのかと加奈はぼんやり思っていた。


おじたちは本音では中学を出れば加奈を追い出したいらしかったが、さすがに中卒では就職が難しいという事で、高校までは何とか行かせてくれることになった。ただしお金のかかる私立は無理で公立の高校を選ぶように言われていた。


愛はどこの高校に進学するのだろうか。中学生になってまで続く加奈への嫌がらせがようやくお互い別々の高校に進学することで、家でのひどい扱いを差し引いても、加奈は学園生活の地獄から解放されるような思いになるに違いない。


愛と同じ高校でなければどこでもいいような気がした。愛は勉強がよくできるし多分レベルの高い高校を受験するはずだ。もしかしたら教育環境が充実した私立に行くかもしれない。あのおじやおばたちのことだから、世間に見栄をはって愛を有名難関私立に行かそうとするかもしれない。


加奈はそれほど勉強は得意じゃないし、成績も中の中ぐらいなので、案ぜずとも愛とは別々の高校になりそうだ。愛がわざわざ加奈をいたぶるためだけにわざとランクを落として加奈の進学する高校を受験でもしない限り大丈夫そうだった。


まさか愛もいじめたいがために自らの将来を犠牲にするとは加奈には思えなかった。そんな暇人でもないだろう。後で知る事になったが愛とは別の高校で公立の高校を選ぼうとすると一つ問題があった。


加奈の住んでいる学区内の公立高校は全てレベルの高い高校ばかりで最も入りやすい公立高校でも現在の加奈の成績では合格範囲までは足りていなかった。私立なら加奈の成績で行けるところはたくさんあったがお金の事情で選択できない。


どの公立高校を志望するにしろ、これは勉強に力を入れなくてはいけないと加奈は思った。次の週、加奈は進路調査書にランクが一番低い、(といっても加奈の成績では難関であるが)公立高校三校を記入して担任に提出した。


今の成績では無理だがこれからまじめに勉強をしていけば、けして不可能ではないと加奈は考えていた。



それから数ヶ月がたち、加奈はまた以前と同じ夢を見た。古びた学校の音楽室で少女がピアノを弾き、少年がそれを聴いている。加奈が近寄っていくと眩しい光が遮るように現れて何もかも飲み込みこんで終わる夢。


夢から覚めた後も以前と同様に泣きはらしていた。これで二度目。何故また同じ夢を見たのだろう。再びこんなに強烈なせつない夢を見せられて加奈は胸が苦しくなった。どうして最後まで夢の続きが見れないんだろう。あと少しで彼らのところに届くのに・・・。




中学三年になり、皆がそろそろ本格的に受験体制に入っていこうとしていた。教室内でもわずかではあるが緊張感が漂い始めていた。加奈は愛をはじめ、クラスメイトたちによるいじめにも何とか堪えながら、勉強だけはおろそかにするまいと頑張っていた。


愛とはクラスが別になっていたが、愛が加奈のクラスメイトたちに吹き込んだことでグルになって加奈を苛めた。この時期になると塾通いを始める生徒が多くなり、勉強時間が増えたことでストレスがたまるのか、そのうっぷんを晴らすべくよく加奈に矛先が向いた。


加奈はただ口を噛み締めて耐えた。愛も一年の早いうちから進学塾に通っていたが、もちろん加奈は塾に通わせてくれるようなおじとおばではなかった。後一年の辛抱だ。勉強して無事、高校に入学すれば愛の魔の手から開放される。もう少しだ。


生徒達は皆将来に光り輝く未来を勝ち取るために勉強するのだろう。高校に入ったら、あんなことやこんな事をやろうなどと希望を膨らませて、苦痛である勉強も辛抱して励む。しかし加奈はそうではなかった。今の地獄のような苦しみから解放されるため、少しでも心の疲労がなくなればとそのことだけのために勉強をするのだ。


皆のように高校生になった後の期待や希望を考えることはなかった。いやできなかった。高校に入っても特に良いことなどないだろうと、未来を悲観的にとらえあきらめていた。他の誰かの未来への道は明るく開け、光に満ち溢れているだろうが、加奈の未来への道は一筋の光もなく、周囲が薄暗く先の方が真っ暗で行き先を見通すことが出来なかった。


それほどまでに母親を失い、亜沙子を失った加奈の人生は悲壮感漂う色に染まって色褪せていた。休み時間誰とも話をせずに加奈は一人孤独に参考書に向き合っていた。味方なんて一人もいなかった。学校内ですれ違う生徒たちは皆敵に見えた。



一学期も半ばまできて、新しい女性担任がホームルームに三年になって初めての進路調査書を配った。

「これから本格的にクラスの皆と進路を考えていかなくてはなりません。親御さんを交えての三社面談も始まるから、よく考えてから記入し提出してくださいね。」


この時期には全国模試などを受け始める生徒が増えて、その成績と学校の内申を元にこれからどこまで学力が伸びるかを冷静に見て進路を決める。中学二年生の頃の調査書ならば多少は高望みした志望校を書いても、これから成績が伸びないとも限らないので担任からうるさく言われることはなかったが、今回の調査書はそうはいかない。


自分の成績をよく考慮して現実を見据えて進路を書かねばならなかった。加奈は早い段階から勉強をコツコツしていたので独学ながら順調に学力をここまでつけてきていた。模試で言うならBかC判定の間ぐらいだった。このまま順調に勉強していけば最終的にはA判定に届くだろう。加奈は油断して成績が落ちないようにと身を引き締めた。



加奈は三度目となるあの夢を見た。最初は印象深い夢だと悲しくなったがあまり気にも留めなかった。しかし二度、三度と同じ夢を見るにつれ、より鮮明に記憶に刻まれて夢の輪郭がはっきりし、加奈はその夢が忘れられなくなり、日常の所々で(勉強をしているとき、学校でいじめを受けているとき、おじやおば、愛に家でこき使われているとき)思い出された。


夢の内容は同じなのだが、見るたびに少し変化する所があった。気のせいなのか、夢の中で二人に近づいていける距離が少しずつ伸びている気がしていた。このままこの夢を見続ければ彼らに触れることができるのだろうか。また見るたびに加奈のせつなくなる気持ちは強まっていった。


どうして同じ夢を何度も見るのだろうか。もしかしたらこの夢は何かを意味しているのだろうか。それに夢から覚めた後に瞳から流す涙の量も増しているような気がした。加奈が苦痛を感じている周りの状況に耐えかねて、心が悲鳴をあげているのだろうか。


あの少女と少年のところに行こうとするのは自分の心が救いを切に求めているからなのだろうか。加奈には分からなかった。もちろんこんなことは誰にも言えなかったし、相談できる友人もいなかった。おばあちゃんに打ち明けてもよかったが躊躇われた。


言えばおばあちゃんは加奈の身を案じてくれるだろうが、心配をかけたくはなかった。それにおばあちゃんに相談するという事は愛にいじめられていることや、おばやおじのことを話す事に等しかった。

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