姉妹の絆は砕けない
翌日速めに登校した煉は机に座り黙々と編み物をこなしていた。少しでも早く完成させようと追い込みをしていた。生徒たちの挨拶が行きかい教室内は騒然としていた。そこへ昨日上履きをなくした女子が教室に入ってきたが煉は編み物に集中していたので女子が登校してきたことに気づかなかった。
しかし教室の騒がしさが嘘のように、教室が水を打ったようにしんと静まり返ったので、煉は編み物から顔を上げ何事?と思わず教室を見渡した。入り口には女子が立ち尽くしクラスメイト達の視線をいっせいに浴びて戸惑っている。近くにいた生徒におはようと挨拶するが女子は顔を背けられ無視された。
この光景を見て煉は数日前の自分が登校してきた日の朝の光景がよみがえり、重なって見えた。まさか今度は彼女が?。動揺したまま席に着く女子を目で追いながら煉は思った。昨日感じた胸騒ぎが現実のものになった。女子は休み時間にも誰からも話しかけられず一人ぽつんと座っていた。煉は見ていられずに女子の方に話しかけに言った。
「大丈夫?」
女子は弱々しい笑みで煉に頷いた。
「上履き見つかったよ。昨日は無かったはずなのにさっき見たら私のロッカーに入ってた。」
クラスメイト達が煉に謝ってきた時に考えたことを煉は思い出していた。友達が自分のようにいじめられた時、煉ならどうするか・・・。苦笑いを浮かべた女子を見て煉は決めた。もう一度あのリーダー格の二人に掛け合って話しをつけてみよう。争ったりすることは好きではないがこんなことやっぱり間違っている。黙って見ていられないと煉は思った。
先日と同じように男子と女子を屋上に呼び出した。女子が遅れていくから先に行ってて、と男子に告げて教室を出て行った。煉は嫌がらせを今受けている女子を一緒につれていった。屋上まで行って、しばらくすると女子が少し遅れて階段を上がってきた。手には何故か手提げ袋を持っている。さっそく煉は二人に向かって問いただした。
「私に対するいじめをやめたら次は別の生徒をいじめるの?あなた達?」
「そうだよ。悪い?」
男子が感情を表に出さない表情で淡々と答えた。
「こんなこと絶対に間違ってる。どうして嫌がらせをされた人の気持ちがわからないの?」
男子は表情を一変させて煉を睨んできた。
「せっかくお前が嫌がらせをされるのが嫌だって言うからやめることにして別の奴をいじめるようにしてやったのに。しかも今度は次のターゲットを庇ったりなんかして。
正義の味方にでもなったつもりかよ。偽善者ぶるなよな。これ以上俺たちの邪魔するならこのあいだしてきたことよりもっとひどいことしてやらなくちゃな。」
煉の隣で連れてきた女子がおろおろと心許なさそうに煉と男子を交互に見ていた。
「どうしてこんなことするの?こんなことして何が楽しいのよ。」
煉は怯みそうになりながらも毅然と言った。男子は薄ら笑いを浮かべた。
「楽しいからするんだよ。皆から無視されて物が無くなって心細そうに戸惑ってる様子見てたら愉快でたまらないね。」
「ひどい・・・。」
煉が絶句していると男子の側にいた女子が前に出て、彼女が持ってきた手提げ袋の中身を探った。いつの間に盗んだのか手提げ袋の中から煉が編んでいるセーターを取り出した。彼女が遅れてやってきたのはセーターを奪うためだったのか。
「あ!それ私の・・・いつ盗んだの?」
セーターを見て驚きを隠せない煉に冷ややかな視線で女子は一瞥した。
「盗んだなんて人聞きの悪い。ちょっと興味があったから借りただけじゃないのよ。」
返して!と駆け寄った煉は男子の手によって突き飛ばされてコンクリートの地面にお尻を強く打った。
「痛っ・・・・・。」
一緒に来た女子が大丈夫と煉に駆け寄ってきた。煉たちを見下ろしながら男子と女子が詰め寄ってきた。
「俺たちの楽しみを邪魔したんだからこれは制裁をしないといけないな。」
女子の持っているセーターに手をかけながら男子は笑って言った。
「な、何をする気なの!?」
動揺する煉の問いに答えはなく、目の前で男子の強引な力で無残にもセーターは破られてしまった。
ああっ・・・!大きく見開いた煉の瞳に破り捨てられたセーターの毛糸が散り散りに映った。エメラルド色の毛糸がコンクリートの上に広がった。しばし呆然とたたずみ、二つに裂かれたセーターの残骸を見つめていた。
それらを震える手で引き寄せ胸の中に抱いた。目に透明の水滴が浮かんでくる。男子と女子をきつく睨んで叫んだ。涙で視界がかすんだが構わなかった。
「ひどい!何てことするのよ!」
「それはこっちのセリフだ。余計なことした当然の報いだ。でもこんなもんじゃ済まさないぞ。」
女子が煉に近づいてきて、煉の頬を叩いた。地面に倒されたところに男子の足が煉のお腹を襲った。一緒に来た女子が倒れ伏した煉に駆け寄ったところで、同じように二人の手によって暴行を加えられた。煉達が地面にうずくまっている上から男子と女子が足で踏みつけてきた。紺色の制服に白い靴跡が無数についていく。見上げると満足そうに笑う顔が見えた。昼休み終了前の予鈴が鳴った。
「今日はこのくらいにしといてやるか。」
「そうね、これからもっとじっくりといじめればいいんだから。」
笑いあってうずくまる煉たちを残して男子と女子は校舎に戻って階段を下りていった。破り捨てられたセーターは女子の手によって持ち去られてしまった。暴行を受けた煉は痛みで動くことが出来ず、その様子を黙って見つめていることしかできなかった。
暗い表情で煉は家の玄関の扉を開けた。昼に暴行を受けた部分がまだ傷んで顔をしかめた。制服の汚れは何とか消し取れた状態だった。自室に向かおうと階段を上がろうとした時、リビングから出てきた母とばったりと顔を合わせた。ただいまという煉の言葉に構わず怒った表情で母は煉に話しかけた。
「煉ちょっと来なさい。話があるから。」
今はまっすぐに自室に行ってベットに顔を埋めたかったが仕方なく母に従った。リビングのソファーに座らされ、母に説教された。
「昨日担任の先生から連絡があって、あなたよく学校で忘れ物するって聞いたわよ。どうしてきちんと前日に持っていくものを確認しないの。」
忘れ物をしたのは物を隠された故の結果だったが担任や母はそんなことは知らない。
口をつぐんで俯き母の非難を聞いていた。まったく、勉強ができない上に忘れ物なんて、これ以上お母さんに恥を欠かせないで頂戴、と言いたいことを言って満足したのかようやく煉は解放された。沈んだ気持ちが更に深みに沈んだような気がした。
重い足を引きずりながらリビングを出て階段を上がっていった。自室に向かう途中の姉の亜沙子の部屋の前を通ると姉は既に帰宅していてベットにくつろいで文庫本を読んでいた。ただいまと努めて明るくいつも通りの調子で煉は言った。
お帰り、と返事が返ってくるのを聞き自室に入った。床にぺたりと膝から崩れるように座り込み肩を落とした。やはり煉の力だけでは解決できないのだろうか。何とかしようと勇気を出してみたが、駄目だった。煉は己の非力さが悔しくて仕方なかった。そして姉にあげるために懸命に編んでいたセーターを奪われ破かれてしまった。
今から作り直しても明日の姉の誕生日には到底間に合わない。そのことのほうがいじめられたことよりも深く傷つきショックで心に堪えた。家に帰ってきて自室に入った途端、張り詰めていた糸が切れたように、今にも泣き出しそうになって、なんとかかろうじてそれを押さえた。
一度たがをはずして泣いてしまえば、声を漏らして泣いてしまいそうだったから。隣の部屋にいる姉に気づかれてしまう。そう思い、立ち上がってドアのほうを振り返った。そこにいつの間にか姉の亜沙子が立っていた。
「お姉ちゃん・・・。」
驚いて姉を見つめて煉はつぶやいた。部屋に入ってくると煉の前に膝まづき亜沙子はしっかりと煉の両肩に腕を置いた。煉を見る亜沙子のまなざしは真剣さをたたえていた。
「煉、学校で何かあったのね・・。」
姉の視線から逃れるように首を横に振った。
「ううん、どうして?」
「嘘つかなくていいのよ。正直に言いなさい。私の目はごまかせないわよ。」
姉はさっきの煉のたった一言の口調と様子から煉の異変に即座に気づき、すぐさまこの部屋に駆け寄ってきた。母親はそんなことに全く気づかずに一方的に終止お説教をしただけというのに。姉の顔を見つめる煉の視界は見る見る内にぼやけていった。
亜沙子の顔が滲んではっきり見ることができなくなっていた。煉は顔を歪めて頬から涙を流し、堪えきれなくなって声を上げて泣きだした。姉が煉の震える体を優しく抱きしめてくれた。煉は押さえつけていた感情を残らず吐き出すようにただ泣き続けた。姉の体に腕をまわし強くしがみついた。
背中を優しく擦ってくれる姉の手はとても温かく感じられた。亜沙子は煉の心を落ち着かせてくれるような、安心させてくれるような温かく優しいまなざしで煉を見つめていてくれた。
その夜泣きはらした顔を洗い何とか夕飯までには何事も無かったかのような顔に戻すことができた。母には何も勘付かれないで済みそうだった。さすがの母も泣いた後の煉の顔を見て何も気づかないわけがない。事が知られたら面倒を増やすなとまた何か文句を言われそうだったから。
夜も更けお風呂に入り後は寝るだけという時間になって亜沙子が煉の部屋にやって来た。煉は帰ってきてから姉に一通りあったことを正直に話していた。泣いてしまったのでもう隠しておくことは出来ないと思ったから。今までよく誰にも頼らず一人で解決しようとがんばったねと煉をいたわってくれた。
「後は私に任せて。お姉ちゃんがそのいじめっ子たちに話をつけてあげるから。私の可愛い妹をこんな目にあわせて。絶対許さないわ。」
「お姉ちゃん、ひどいことは止めて。お願い。」
懇願して腕にしがみつく煉に亜沙子は怒りの表情を柔らげ微笑みに変えた。
「わかってる。煉は優しいね。」
煉はそんなこと無いよと俯いて赤くなった。その頭を亜沙子はそっと撫でた。争いを望まない、それが煉の良い所だった。。




