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神楽坂煉

三年一組出席番号八番、神楽坂煉はいつものように学校に登校していた。毎日通う通学路をとぼとぼと歩いている。同じ学校の生徒たちがわいわい言いながら煉の側を走りすぎていく。ああ今日も平和だなあと広く澄み渡った青空を眺めて煉は目を細めて微笑んだ。生徒同士が行きかう中、友達同士が挨拶を交わしている。


「おはようー、昨日のテレビ見た?」

楽しそうにお喋りして小学生の集団が横断歩道を横切っていく。学校へ向かう途中でクラスメイトの女子に出会った。目と目が合い、相手が煉に気づくと咄嗟に視線を逸らしたように見えた。煉がおはようと声を掛けると煉に返事をせず、振り返らずにそのまま行ってしまった。


どうしたんだろう、声が小さくて聞えなかったのかなとこの時はそれほど気にも留めなかった。無視されたように見えたのはおそらく気のせいだろうと煉は思った。


 教室に入った瞬間、煉はいつもと違う違和感に襲われた。クラスメイト達の視線がいっせいに教室に入って来た煉に注がれていた。どうしたんだろう皆・・皆に見つめられて多少息苦しさを感じながら煉は自分の席に着いた。座ってからも射してくる視線が体に痛かった。隣の席に座っている煉と一番仲がいい女生徒に話しかけた。


「おはよう、ねえみんな今日どうしたの。なんか様子がおかしくない?」

煉に話かけられたその女生徒は返事を返すどころか気まずそうに煉の方を見ようともしなかった。もう一度声を掛けたが何も言ってくれず、他の生徒に話しかけても同じことだった。


一体何が起こっているのか、これはどう考えてもおかしいと思い始めた時、周りからクスクスと小さく笑う声が煉の耳に届いてきた。周囲を見渡すと皆が煉をちらちらと見つめていて、その中で一番後ろの席に座って不気味な笑みを浮かべている男子と女子に目が合った。


笑い声の発信源はどうやらそこから洩れてきたらしい。二人はこのクラスでもっとも人気がありクラスを取り仕切っているリーダー的存在の生徒だった。煉は嫌な予感がしていた。これからわが身に降りかかるであろう苦痛に恐怖した。


今朝、クラスメイトが挨拶を返さなかったのは煉の声の小ささでも気のせいでもなかったのだと確信した。この時から既にこれから起る予兆として煉の地獄のような学校生活は始まっていたのだ。





亜沙子は休み時間にトイレを済ませようと女子トイレの個室に入っていた。用を済まして個室を出ようとした時、女子トイレに入ってきた生徒達の話し声が聞こえてきた。普段なら他人の話などに興味を示さずにさっさと扉を開けて出て行く亜沙子だったが耳に入ってきた名前にふと扉にかけた指が止まった。


「ねえねえ、聞いた?加奈さんの言ってたこと。」

「うん聞いた聞いた。ひどいよね。」


クラスメイトの誰かが加奈のことを話題にしているようで亜沙子はしばらく聞き耳を立ててその場にとどまった。このまま亜沙子が出て行くと加奈の友人である自分を彼女らが見て話をやめるだろう。加奈が何か悪いことでもしたのか、いやそんなことは考えられない、


あの加奈に限って、そんなことと思って耳を澄まして聞いていた。場合によっては加奈が陰口をたたかれていたりでもしていたら、彼女らに問い詰めるつもりでいた。 

「あんな大人しそうな顔してあんなこと言うなんてね。発表会で優勝してちょっと調子に乗ってるんじゃないかしら。」


「加奈さんったら「この機会に皆と仲良くなりたいけど神楽坂さんがいるから皆近づきにくいでしょう。気兼ねなくお話できないから残念」ですって。」


「いくら神楽坂さんが前に事件を起こした問題児だとしてもそれはちょっとひどいわよね。今までずっと二人一緒に仲よさそうにしてたのに。」

「そうそう、優勝して皆から人気が出たらコロッと態度を変えて、散々面倒見てもらった友達を邪魔者みたく言うなんて相当性格まがってるわ。」

じっと聞いていた亜沙子は耳を疑った。


(加奈が私のことを邪魔だと思っている?)


噂していた生徒たちが手を洗ってトイレを後にしていく音を亜沙子はトイレのドアにもたれてしばし呆然として聞いていた。



授業中、亜沙子は気にはすまいと思いながらもさっきトイレで聞いたクラスメイトの言葉がぐるぐると頭に浮かんできた。振り払おうとしても次から次へと頭の中に浮かんできた。隣に座って教科書を開きノートをとっている加奈を見つめる。


加奈があんなことを言うなんてやはり信じられない、そう思って加奈を見つめていると亜沙子の視線に気づいたのか加奈がこちらに顔を向けてきて、目が合った。どきりとして亜沙子は少し動揺した。亜沙子のそんな様子に気づいた様子もなくにっこりと微笑んでから加奈はノートをとる作業に戻った。


今まで接してきて悪意のかけらも感じられることが無かったような人間があんな毒舌めいたことを言ったのは考えにくい。おそらく加奈が発表会で優勝したことで一躍人気が出たことを気に入らない一部の人間が、加奈を陥れるために流した根も葉もない噂だろうと推測した。その証拠に加奈は優勝後も以前と変わらず亜沙子に親しく接していた。



三年一組の教室、神楽坂煉は班ごとに分かれて机同士を向かい合うように移動させて座っていた。四時限目の授業が終わり、給食の時間になっていた。朝に登校して以来、煉はまだ誰とも口を聞いていなかった。休み時間には外に遊びにいく男子たち、一緒に連れ立って仲良くトイレに行く女子たち、教室に残り次の授業の準備をしながら友達と楽しくおしゃべりに花を咲かせている生徒たち、それぞれが行動している中で煉は一人大人しく席に座り教室の様子を見て考えていた。


どうして誰も話しかけても答えてくれないんだろう。煉は過去に自分が何かクラスメイトたちに不快な思いをさせたことがあったかと過去に記憶を巡らせてみたが、いくら考えてもまったく心当たりが無かった。煉は学校で目立とうとはせず、隅の方で大人しくしているような人間だったからなおさらだ。やはりこれは誰かが意図的に仕組んだことではないだろうか。


授業中もそんなことばかり頭の中についてまわり上の空で先生の声が全く頭に入ってこなかった。そうこうしているうちに給食の時間になり押し黙ったまま、給食のシチューをスプーンで口に運んでいる。同じ班のクラスメイトたちは煉に見向きもしないで楽しくおしゃべりをしながら給食を食べている。煉も話に加わろうとして割ってはいると今まで楽しく話していたのが嘘のように皆が急に黙り込んでしまい、煉は戸惑ってしまって、それ以上何もいう事ができなかった。


しばらくして楽しいお話が再開するのを横目に煉は複雑な心境で、ひとつ小さなため息をついた。


給食時間が終わって昼休みになり、教室の中の生徒たちのほとんどが外に遊びにいったようで閑散としていた。煉は次の音楽の授業の準備をしようとしてはたと気づいた。おかしい、ロッカーにしまっておいたはずのリコーダーが無かった。


今日は音楽の授業でリコーダーのテストがあった。もう一度ロッカーや机の中を隅々まで探してみたがやはりどこにも無い。家に忘れてきたのかと考えたが、昨日の夜テストに向けて練習した後、確かに忘れないようにとランドセルに入れたはずである。


今朝登校したときもロッカーにリコーダーをしまったのを覚えている。誰か他の生徒がロッカーを間違えて音楽室に持っていってしまったのだろうか、それとも・・考えたくない可能性が煉の脳裏をかすめた。


首を巡らせて教室を見回したがぽつぽつと残っている生徒たちが煉のことなど気にもとめずに過ごしている。誰かが煉に対する嫌がらせでリコーダーをどこかに隠してしまったのだろうか。はっきりとしないまま昼休み終了前の予鈴が鳴った。



五時間目の音楽の授業で煉はこっぴどく先生に叱られた。

「今日はテストがあるから、リコーダーを忘れないようにとあれほど言っただろう。」

お説教が続く中、煉は言い訳も出来ずにただただ申し訳なさそうに俯いていることしかできなかった。


正直に無くなったと言う事はできなかった。もしかしたら煉の思い違いで自分でなくしたかもしれなかった。事が大きくなった後で実は勘違いだったという事になるのが怖かったのだ。


その時後ろからかすかにくすくすと笑みがもれるのが聞こえた。はっと振り返るとやはり今朝のようにあのリーダー格の男子と女子が笑っていた。盗む所を見たわけではなかったが、間違いなく彼らが煉のリコーダーを隠した犯人であるとこの時、煉は確信した。


どうしてこんなことをするのだろう。彼らに何の得があるというのか。煉には皆目見当がつかなかった。リコーダーは次の日登校した時に煉の机の上に置かれていた。

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