暴行騒ぎの後始末
帰宅した亜沙子は学校から連絡を受け事情を知った母に尋問された。
「クラスメイトの子を怪我させたって聞いたわよ。どうしてそんなことしたの。」
母は血相を変えて娘の亜沙子に詰め寄った。
「私は悪くないわ、私の筆箱を盗んで破ったんだからあいつらの自業自得よ。」
ぶっきらぼうに答えて亜沙子は自分の部屋に直行した。待ちなさいと母が追いかけてきたが構わなかった。亜沙子は両親を信頼していなかったし、両親も亜沙子のことをよく思ってはいなかっただろう。母は子供を幼い頃からペットか何かのように支配しようとした。
何に関しても口を出して指示、命令して従わなければ激怒した。亜沙子はある時期までは親の言う通りに大人しくしていたが、どう考えてもおかしくないかという考えが芽生えて以来、ほとんどいう事を聞かなくなり反発するようになった。
妹は亜沙子に比べて大人しくて優しい性格で場を乱す揉め事や争いを嫌っていたので、母のいう事を従順に聞いていた。いやそれだけでなく姉である亜沙子が反発しているのでその分、妹が親のことを思いやってそうしているのかもしれない。だとしたら妹には負担をかけているようで申しわけなかった。
妹は本当に心優しくあんな両親でも大事にしているので亜沙子はやるせなかった。いつも控えめに小さく微笑む笑顔がまるで一輪のはかない花がぱっと咲いたような印象を受ける子供だった。亜沙子は勉強、スポーツと好成績を残してくるので両親とも多少いう事を聞かなくてもうるさく言わなかったが、妹は亜沙子に比べて勉強もスポーツも苦手で不器用だった。
唯一得意だったのは編み物で、暇を見つけてはいつも何かを編んでいた。そんな妹だから両親からはよく非難された。何をやらせても本当に駄目な子ねといつも罵られていた。妹を責める両親を見るのが亜沙子は許せなかったのでよく、俯いて申し訳なさそうな顔をしている妹を両親から庇った。
妹は親のいう事を聞かず好きなようにしている姉のことを憎んだりはせず、むしろ敬い憧れていて亜沙子のことを本当に心から慕ってくれているようだった。お姉ちゃん、お姉ちゃんと引っついてくる妹は可愛くて仕方なく亜沙子自身も妹をとても大事にしていた。
後日、愛やその仲間、亜沙子の母親たちを伴って学校の生活指導室で事件のことについて話が交わされた。亜沙子が愛達によって私物を奪われてそれを盾に脅され、体育館裏に来るように言われてついていくと私物を破損され、集団でリンチされそうになった所、止むおえず身を守るために暴力を振るったと説明した。
しかし愛やその仲間の生徒たちはそんなことは知らないとしらを切った。彼女らは亜沙子に体育館裏にくるように誘われて、気に食わないという理由でいきなり暴力を振るわれたと証言した。
「嘘つくんじゃないわよ。あなたたち私の筆箱とって破いたでしょう。」
嘘を悪びれもなく並べる目の前の愛達に憤りを覚えて亜沙子はきつい口調で言った。
「筆箱なんて私たち知りません。神楽坂さんが言い逃れするために嘘言ってるんじゃないんですか。」
愛が罪悪感のかけらも見られない顔で堂々と言った。いやむしろその表情は被害者そのものだった。勉学スポーツだけでなく演技も憎らしいくらいに上手い。
「ふざけないで!嘘ついてるのはどっちなのよ!」
机を叩き強く睨みすえると一瞬、愛がひるんだが否定した。
「じゃあ証拠はあるんですか?」
どうやらあの日愛達が逃げる前に破られた筆箱は愛本人の手によって回収されたらしい。証拠を残すと後々不利とみて、抜け目なく持ち去った愛はあの状況でよくそこまで判断したものだと亜沙子を呆れさせた。
「うむ、証拠がないのであれば神楽坂さんのいう事を信用するわけにはいかないな。」
教師が愛の発言に腕を組んで深く頷いた。亜沙子の母親がどうなの亜沙子、正直に言いなさいと亜沙子をせかす。亜沙子は状況が不利なのを理解した。学校では模範の生徒である愛がいじめまがいのリンチなんてするはずはない、逆にいつもぶっきらぼうに他人を避けて協調性が皆無に近い亜沙子の言葉をどれだけの大人たちが信用するのか。
先生やまして自分の親さえも亜沙子のことを普段からよく思っていないのだ。母は亜沙子が一方的に暴力を振るったと既に決め付けているようだった。まあ初めから親に信用されることなんか期待していない亜沙子ではあるが。この場に亜沙子を疑っていない人間は亜沙子本人以外に誰もいなかった。
「うちの愛がそんなことするはずはありません。愛はクラスの皆から慕われている学級委員ですよ。そんな子がいじめなんて。」
愛の母親が流暢にわが子を弁護した。慕われてるだって?亜沙子はおかしくて笑いそうになるのを堪えた。大人たちの目の届かない所でこの女が何をしているのか知らないのか、クラスメイトは慕っているんじゃなくていじめられるのが怖くて逆らえないから黙って従ってるだけに過ぎない。
目をつけられないように愛に対して愛想よく振舞っているだけだ。最後まで亜沙子は自分は悪くないと自らの主張を押し通したが大人たちに信じてもらえなかった。普段が普段だから、大人たちが見ている生徒の日頃の行いがものをいう結果に終わった。
証拠不十分で亜沙子の主張は退けられ、仮にそれが真実にしろそうでないにしろ、亜沙子は無傷で、男子生徒と女子生徒に少しやりすぎと考えられる怪我を負わせた事実がある。よって亜沙子に非があると言われた。今回は亜沙子のみ厳重注意、もう二度とこんな暴力行為はしないように担任および教頭に注意された。
母と共に愛達の親にしたくもない謝罪をさせられた。頭を下げながら亜沙子は納得できない面持だった。親も教師も馬鹿ばかりだ。どいつもこいつも信用なんてできない、と亜沙子は心の中で呟いた。
学校からの帰り道母がきつく叱りつけてきた。
「親に恥かかすんじゃないの。勉強はきちんとできてるみたいだからいいけど、煉のことでも頭痛の種なのに。これ以上問題を増やして私を困らせないで頂戴。いいわね。」
「あの筆箱・・。」
「何ですって?」
「あの筆箱、煉が私の誕生日にくれた大切なものだったのよ。だから私あんなことされてどうしても我慢できなかったのよ・・・。」
亜沙子の言葉に心底呆れたようにため息をつき、母は言った。
「筆箱ぐらい買い換えればいいでしょう。そんなことぐらいでこんな事件を起こしてまったく・・。」
そんなこと・・?そんなことだって?亜沙子は母との間にけして埋められらない、理解しあえない深い溝が横たわっていると改めて思い知った。
それは煉を、自分の娘のことをきちんとみていない証拠だ。自分の子供がどれだけ傷ついても母には関心がないのだ。結局、母はそういう人間だった。言いたいことだけ言うと母は亜沙子を残してさっさと歩き出した。遠ざかる母の後ろ姿を見て亜沙子は独り言のように言った。
「私は間違ってない・・・。」
そう、周りがどう判断しようが亜沙子は間違ったことはしていないと信じている。自分が正しいという事をやったのだから恥じる必要はないのだ。大事なものを奪われ、暴行されそうになっている所をただ黙ってなすがままにされるほうこそどうかしている。
堂々と胸を張ればいい。誰もわかってくれなくても・・・。心にそう強く決めた後、少し虚しさにも似た儚げな思いがするりと胸をすり抜けていった。
数日後、学校のお昼休みに亜沙子は愛達を校舎の屋上に呼び出した。愛はびくついた様子でついてきた。報復されることを警戒していたようなので話があるだけだといって屋上まで連れ出した。問題を起こして早々また暴力沙汰を起こして教師共に目をつけられるなんて馬鹿なことをするつもりは亜沙子はさらさらなかった。
おびえて上目越しに見つめてくる愛達に亜沙子はきっぱりと言った。
「今回は悔しいことに泣き寝入りのような形になったけど・・・今度私に何かしたら教師父兄構わず私はあんた達を叩きのめすからね。忘れないでよ。」
亜沙子の迫力に愛達が震え上がり後ずさるのが見て取れた。
「私からは問題を起こす気はないわ。他の生徒のいじめをしたければあんた達の勝手にすればいい。私には関係ないからね。ただ私には構うなといってるの。今回のことでわかったでしょ。痛い目見たくなかったら私に手を出さないで。」
一方的に話をつけ充分脅しをかけて亜沙子は愛達を屋上に残してさっさと階段を下りていった。それから時は過ぎ加奈が転校してきた現在に至る。




