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風邪ひき加奈

夜も更けた時間に加奈はようやく物置から解放された。今何時なのか、何時間閉じ込められていたのかわからなかった。身に射してくるような寒さに両腕で肩を抱きかかえ、空腹をこらえて加奈はじっと座っていた。


喉はからからに渇いていて顔は青白くやつれている。一晩閉じ込められて夜に開放されたということは加奈は学校を一日欠席したことになる。学校には風邪で休むとおばが連絡したらしい。


「いいか、これに懲りて二度と俺たち家族に偉そうな顔をするなよ。今度余計なことしたらこんなもんじゃ済まさないからな!」 

おじが冷たく言い放った。加奈をほったらかしてさっさとおじは家に入っていった。加奈は疲労と空腹のため、体に力が入らず、立ち上がって家までの距離、足がふらついた。加奈は皆が入り終わった最後の風呂に入った。


皆が入った後とあって、お湯はすっかりと冷めていて加奈の冷えきった体も心も充分には温めてくれなかった。夕食を自分の分だけ作り、夜中遅くに一人食事を採った。うなだれがちにご飯を無言で口に運んでいると涙が出てきた。皆はもう寝しずまったらしく、静寂が支配する暗闇のダイニングで冷蔵庫の稼動する低い音だけがあり、小さな明かりの下、加奈は声を押し殺して泣いた。



加奈は翌日、風邪をひいて高熱を出し学校に行くことができなかった。長い間、寒空の中、物置に閉じ込められたことで体調を崩してしまい嘘の欠席が本当の病欠欠席になってしまった。おばと愛は加奈が熱を出したと知っても構ったりはしなかった。


自分達に迷惑をかけたのだからこれくらいたいしたことではないという顔をしていた。愛は部屋で苦しそうに横になっている加奈に一瞥して、いい気味ねと薄笑いを浮かべて何事もないように学校に登校して行ったし、おばは普段どうりの生活をして加奈におかゆを作るなり氷枕を用意するなどの看病をする気は全くないようだった。


ただ寝ている加奈の側に来て文句を言うだけいって部屋を出て行った。

「まったくこれぐらいで風邪引いて。まあ、自業自得ね、自分のしたことを呪うがいいわ。学校は休んでいいけれど、家の家事は休ませないからね。」

ぼんやりする意識の中、おばの言葉を聞いて加奈は更に気が遠くなりそうだった。


さすがにこんな状態で学校に行かせれば周囲の人間に、この家の人間の常識を疑われることになる。おばは外面をとても気にしていた。近所の人々からはとても仲の良い家族で、娘も優秀と、理想のファミリーの模範として見られていた。


このまま寝ていたかったが、おばがそれを許すはずはないと容易に想像できた。もしおばの命令に逆らったらどうなるか・・・・一昨日の出来事が加奈の頭にまだ真新しい記憶として浮かんだ。口の奥が微細に震えだし、加奈は重くなった体を無理やり布団から引きずりだした。


着替えを済ませてキッチンに立ち朦朧とした意識でふらふらしながら、おばの昼食を作り始めた。視界がぼやけるため、慎重に野菜を包丁で切ろうとすると、野菜が二重に、挙句には三重に分裂して見え、体が傾きそのままその場に倒れてしまった。


包丁が床に硬い音を立てて転がる音がキッチンに響いた。ダイニングでテレビを見てくつろいでいたおばが加奈が倒れたことに気づいてゆっくりとやってきた。呆れたような顔をして言った。

「全く、役立たずね、家の中を荒らされたらたまらないわ。仕方ない、もういいわ。あんた部屋で寝ときなさい。今日だけ家事はしなくて良いわ。ただし自分のことは勝手に自分でしな。」


おばは加奈の心配は一切せず、ほら邪魔だからさっさと出て行けと食事の準備をしながら言った。なんとか自力で立ち上がり壁に寄りかかりながら加奈は部屋に戻った。それから加奈は布団の中で死んだように眠った。




翌日、何とか熱が下がり加奈は病みあがりながらまだ少し重い体を引きずって学校に登校した。昨日はおばも愛も寝込んでる加奈のことには一切かかわらなかった。おばたちの夕飯後、加奈が起きてきて自分でおかゆをつくって食べた。咳き込みながら寝巻きの上から薄着を羽織り、細々と食べているとおばや愛が風邪うつすんじゃないわよ、と加奈をゴキブリでも見るかのようにして近寄ろうとしなかった。


 加奈がやつれた顔で教室に入るとクラスメイト達が加奈を取り囲むように近づいてきた。席についてからも生徒たちは加奈の側を離れようとせず口々に話しかけてきた。

「藤島さん、ピアノ発表会優勝おめでとう。」

「加奈ちゃんにこんな取り柄があったなんて驚いたよ。」


「ピアノとっても良かったよ。私感動しちゃった。うちのママなんか涙流して加奈ちゃんの演奏聴いてたのよ。」

「愛ちゃんを抜いて優勝なんてすごいよ。」

「今度私にぜひピアノ教えてよ。」


方々から賛辞の声を掛けられ戸惑い、加奈は全く予想していなかったことにただただたじろいだ。

「あ、ありがとう皆。」

こんな風にたくさんの人にほめられたことがなかった加奈は恥ずかしくなって顔を真っ赤にしてただただ俯いた。加奈を囲む生徒達のつくる壁の向こうに腕を組んで誇らしそうに笑って立っている亜沙子と目があった。加奈も少し困ったような微笑みを浮かべた。


「風邪ひいたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」

生徒達の波が引いてきた時、心配そうな顔つきで亜沙子が加奈の額に手を伸ばしてきた。熱はもうほとんどないとはいえ、普段よりはわずかに熱い額には亜沙子の手がひんやりして気持ちよかった。

「平気よ。昨日一晩ぐっすり寝たから。もうすっかり元気よ。」


両手を激しく振って見せた。そうと亜沙子はほっとした表情をした。発表会で緊張しすぎて体調を崩したんじゃないのかと亜沙子はからかったが、加奈はとてもじゃないが愛やおじたちに拷問されて物置に一晩閉じ込められたために風邪をひいたなんて言えなかった。


もし言えば亜沙子のことだから黙っていないだろうし、問題が大きくなりおばあちゃんの耳にも入ることになりショックを受けるだろう。自分の自慢の家族たちがまさかこんな残酷なことをしたなんてと。苦しいことといえ、それは加奈の望むことではなかった。


そうこうしている内に本鈴のチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。かたまっていたクラスメイトたちがそれぞれの席に散っていくのを見やっていると教卓の近くに座る愛と目があった。愛は不敵な笑みを浮かべ加奈を見やった。加奈に発表会で負けて恨みのこもったまなざしを向けてくるならまだしも、意味深な笑みを見せられて加奈は背筋に悪寒が走り、不気味に感じた。





愛はクラスメイトたちに囲まれて俯むいている加奈を自分の席でずっと見ていた。

愛の側には共に発表会に出たクラスメイトの二人の女子生徒が立っていて一緒に加奈のほうを見ている。

「いきなり転校してきて初参加で優勝ってなんか生意気よね。あの子。」

「ホントなら愛が優勝するはずだったのにね。何か納得できないわ。」


二人は愛を慰めるような言葉を口々に語る。愛はそんな慰めを聞きながら加奈を黙ったまま見つめる。本鈴が鳴り先生が入ってきた。加奈と目が合い愛はこれから起るであろう加奈の苦しむ姿を想像して怪しい笑みを加奈に向けた。ひどく顔が曇った加奈の表情を見て愛は対照的に満足そうに笑った。

 

(皆からちやほやされているのも今のうちよ。近いうちに地獄のような苦しみを必ず味あわせてやるからね。)


心の中で愛は高笑いを響かせた。


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