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授業参観

加奈が神楽坂に気持ちを伝えて以来、一緒に過ごす日を重ねていくうちに二人は以前にもまして更に仲が良くなった。目には見えないが信頼のようなものが生まれたような感覚だった。平日、一緒に学校で過ごすだけにとどまらずに、土曜日学校が半日で終わった後や日曜日に彼女と会う約束をして遊びに行った。家にいてもおじやおばらに人使い荒く利用されるか、用が済めば目の前にいるだけで邪魔だと煙たがられるかで、とても心が休まらなかった。


特に愛は、以前にも増して加奈に辛く当たることが多くなった。学校で神楽坂に助けられてから、加奈は愛とその仲間にいじめらそうになることはなくなった。だから学校で加奈に何も出来ない分、家でそのうっぷんを晴らしているかのようだった。理由なく頬を殴られ、罵られた。


「このグズ!目障なんだよ!」

「痛い・・・何するのよ。愛ちゃん。」


ただ愛の部屋に一緒にいるだけで突然、彼女は怒り出すのだ。反論するとますますひどくなるので、こういう時、加奈は愛の気分が冷めるまで別の部屋に逃げた。加奈が用意したおかずの鍋に加奈が目を離した隙に、愛が大量の塩やこしょうなどを入れて味を台無しにし、それを気づかずそのままおじとおばが食べてしまったことがあった。


「何だこの不味い料理は?俺達に対する嫌がらせか!」

顔をしかめたおじに殴られた。調味料を間違えた覚えはないのにと、赤くはれた頬を押さえ、涙ぐんだ目でテーブルについた愛を見ると悪魔のような微笑を浮かべて加奈を見ていた。ふん、いい気味ねとでもいうような。


こういう具合に家にいてもろくなことがなかったので、日曜日など加奈は家の家事を早い時間にさっさと済ませると外に出かけた。この日はお昼もいくらか過ぎた時間に神楽坂と、街から少し離れた大きな図書館に出かけた。加奈は自転車を持っていなかったので、神楽坂の自転車の後ろに乗せてもらい、図書館まで向かった。道すがら神楽坂は自転車をこぎながら前を向いて言った。


「家で何かあった?加奈。」

「え?何もないけれど。どうして?」


加奈は神楽坂の腰に手を回した格好で聞き返した。

「何か落ち込んでるみたいな風に見えたからさ。」


さっき家であった嫌な出来事を引きずった感じが外見に出ていたのか。涙は時間がたっているのでひっこんでいたのだが、神楽坂の観察眼はすごいと思った。加奈は家でおじたちから酷い扱いを受けていることを神楽坂に知られたくなかった。友達に余計な心配をかけたくないからだ。だから加奈は明るい口調で、何でもないから大丈夫、と神楽坂の背中に頬をぴったりとつけ、回した腕を強めた。


彼女は顔が見えなかったがそう、と微笑んでいるようだった。何だか心がほんわか温かくなった。外観も巨大な図書館にはたくさんの蔵書があるだけでなく、テレビとDVDプレーヤー、ミュージックプレーヤーなどが置かれていて、映画や音楽を観ていくこともできる充実した設備があった。日曜日なので多くの人が利用していた。館内は広く端から端まで加奈の身長の十倍はあると思われる本棚がずらっと並んでいる。学校の図書館とは比べものにならないくらいの本の量だ。


学校ではあまり扱っていない新刊本も豊富だった。加奈と神楽坂は普段は読めないような本を読んだり、クラシック音楽CDを借りてきて一緒に聴くなどして時間を過ごした。神楽坂の音楽の趣味は流行りのポップスなどには興味がなく、もっぱらインストロメンタルやクラシック、ジャズを好んで聴くようだった。加奈も流行歌はあまり知らなくてクラシックがほとんどだった。神楽坂の勧めでジャズを聴いてみたが、なかなか良いと思った。


陽が暮れそうになる時間になると図書館を後にして自転車であてもなく散策した。河沿いの道をぶらぶらと心地よい風に吹かれてのんびり赤く染まった景色の中を行く。沈んでいく太陽が河面にゆらゆらと映えてとても綺麗だった。河に面したベンチには老夫婦が、ゆったりした時間の中、のんびりとお喋りをしている、高校生だろうか男女のカップルが寄り添って座っている。


「いい風景だね、亜沙子ちゃん。」

「そうね。天気も良かったし、私達の日ごろの行いがよかったのかしら。」


神楽坂の言葉にくすくすと加奈は笑った。二人でこうしている瞬間は、決してお金では買えないすごく貴重なものなのではないか。母が亡くなって以来の安らぎかもしれなかった。もう二度とこんな穏やかな気持ちになることはない、この先いいことなんて何もないと思うくらい、加奈は母を失った直後は絶望していた。一人きりでこの景色を見ても味気のないもの。


こうして神楽坂と共に見るからこそ幸せを肌で感じることが出来るのだ。おそらく一生忘れず心に残る大切な思い出になる。腕に神楽坂の体が触れて依服越しでも彼女の体温が伝わってくる。確かに側にいてくれる、神楽坂の存在が本当に有難かった。加奈の瞳に涙が浮かんだ。目の前に広がる美しい景色がどんどん滲んでいく。


あれ、どうしてだろう。嬉しいはずなのに泣いてしまうなんて・・。いや、もうあきらめていた大事なものと再び出会うことが出来たので、心の底からの喜びがこの涙を生んだのだ。


「明日は授業参観日ね。課題の準備はもうやった?」

加奈は泣きそうになっている所、唐突に話しかけられたので、慌てた。神楽坂は前を向いているから、加奈の表情は見えないのだけれど。しかし加奈のそんな様子に気がついたのか、神楽坂は自転車を止めて加奈の方を振り返った。

「!?どうしたの?泣いてるの?」


彼女は加奈の肩に手をやって心配そうに顔を覗き込んできた。加奈は目を閉じて首を左右に振った。それから笑顔で彼女に言った。

「悲しくて泣いてるんじゃないの。泣きたいくらい嬉しいだけだから。」

神楽坂は加奈の言っている意味がよくわからないのだろう、不思議そうに首を傾げていた。そんな様子に加奈はにっこり微笑んだ。


神楽坂とまた明日学校で、と別れて加奈は家路に着いた。玄関にはおばが仁王立ちで加奈を待ち構えていた。

「こんな遅くまでどこ行ってたの!」

もしかして加奈のことを心配してくれていたのかと思ったがそうではなかった。

「夕飯の準備もしないで、お前自分の立場わかってるの?!」

上からなぶるように言うおばに加奈は立ちすくみ、消え入りそうな声で言った。


「ごめんなさい・・。すぐに準備にかかりますから・・。」

サッサとしなさい、この役立たず!と怒鳴りつけるとおばは居間に入っていった。玄関で一人ぽつんと取り残された加奈は重苦しいためいきをついた。この家では嫌なことばかり・・さっきまでの神楽坂との楽しいひと時が夢、幻だったのではないかと思えるくらい、ここは地獄のようだと肩をがっくり落とした。



給食の時間が終わり、昼休みもあと少しという教室ではいつもと違うざわついた空気が流れていた。普段ならまだ教室内は閑散としているのだが、今日はほとんどの生徒が既に教室にいた。クラスメイト達がそわそわと会話している。誰それの親は来るのか、誰それのお母さんは綺麗だとか、色んな声が窓辺にもたれている加奈にも聞こえて来る。隣では同じように神楽坂が腕を組んで立っていた。


この日は午後から、父兄が普段の我が子の学校での様子を見よう、というあの授業参観日だった。既に廊下では父兄らしい人々が何人か来ている。その中には愛の母であるおばの姿も見えた。いかにも周りの母親達に差をつけるため、見せびらかしておしゃれをしたというような上品で高級そうな服を着ている。おばはもちろん愛を見に来たのだろう。間違っても加奈など気にかけてもいない。


加奈は教室の光景を見渡して、ここに来る前に通っていた学校での参観日のことを思い出していた。あれは一年くらい前、まだ母が生きていた時だ。加奈を養うために女手一つで働いてくれているのだから、無理して来なくてもいいよって言ったのに、母はスーツ姿で少し遅れながらも来てくれた。


会社をわざわざ早退してまで見に来てくれたのだ。ハンカチで額の汗をぬぐっている所をみると急いで駆けつけてくれたようだった。振り返った加奈と目が合うと、にっこりと笑顔で母は小さく手を振ってくれた。あまりにも嬉しくて笑顔になるよりも涙が出そうだった。


そんなこともあったっけと、あれからそんなにも年月は過ぎていないのにずいぶん遠い昔のことのように感じられた。目を細め懐かしい思い出に浸っていると現実に加奈を呼び戻すかのように神楽坂が言った。


「たかだか授業参観ぐらいで、よくわいわいやれるわね。」

どこか彼女の言葉は投げやりな風に聞こえた。表情も冷め切っている。


「亜沙子ちゃんのところは家族の人、誰か来るの?」

「一応母が来るらしいけれど。妹の方の授業を観た後、こっちに来るんじゃないかしら。」

「加奈の所は誰か来るの?」

加奈はそう聞かれて返答に困ってしまいすぐに答えることが出来なかった。


「ううん、用事があって来れないんだって・・・。」

神楽坂は加奈に両親がいないことを知らない。彼女のことが信じられないから黙っているのではなくて、言って彼女に同情されるのが嫌なのだ。変に気を使わせてしまい今の関係が変わってしまうことを恐れた。それに神楽坂と出会ってようやく気持ちも落ち着いてきたのに、彼女に話すと辛さをぶり返してしまうようで、弱さをさらけ出してしまいそうで怖い。


もちろんずっと黙っているつもりはない。いつかは打ち明けたい。神楽坂はかけがえのない友達だから。神楽坂は加奈の不自然な様子に感ずいたようだったが、追求してこなかった。

「ふぅん、そうなんだ。」

「亜沙子ちゃんのお母さんは来てくれるんだから、良かったね。」

話を明るい方向に持っていこうと加奈は言ったが、彼女は顔を少し曇らせた。

「うちは来なくていいわ、別に。嬉しくもなんともないもの。」

「・・・・。」


神楽坂の言葉に加奈は悲しい表情をした。眉根を寄せて胸が苦しくなった。加奈は前に母親が参観日に来てくれた時はあんなに嬉しかったのに、神楽坂は自分の母が来ても喜ばしくないらしい。照れ隠しでわざとそう言っている風でもないようだ。だって明らかに嫌悪の色が見えたから。何故だろう、親と仲が良くないのだろうか。母親のことが好きではないのだろうか。親子関係は様々であるにしろ、もしそうなら何だか、もう親のいない加奈はすごくせつなくて悲しくなった。


「加奈?!」

神楽坂は壁から背を起こして驚きと戸惑いの表情を加奈に向けた。彼女が何か言いかけた時、授業開始のチャイムが鳴り、担任の上杉麻耶が教室に入ってくる所だった。神楽坂は加奈の所から去りがたそうにした後、やむなく自分の席に戻っていった。



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