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こっそり覗きにく加奈

学校から帰ってくると、大体いつも母は仕事でまだ家には帰っていない。加奈は母が帰ってくるまで、学校の宿題をしたり、洗濯、掃除をする。母が女手一つで加奈を育てるために働いてくれていることを加奈は子供心にとても感謝して理解していたので、少しでも母の負担を減らそうと家事を母にやっておいてと頼まれたわけでもないのに自ら進んでやった。


そんな加奈を母はいつも満面の笑顔でどうもありがとう加奈、と頭を撫でてきちんと誉めてくれる。そうして残った時間は一人で絵を描いたりピアノを弾いて過ごす。加奈はピアノの前に座り、あの曲を弾いた。とても落ち着いて丁寧に弾いていく。


この曲は聴いてる者だけでなく演奏している者まで穏やかな気持ちにさせてくれるのではないだろうか。母の演奏にはまだ程遠いけれど、加奈もいっぱい練習して母みたいにあの、ありったけの優しさや温かさが無限に広がっていくような素敵な演奏をしてみたいと思っていた。演奏しながら加奈は母がピアノを教えてあげたという女の子のことを考えた。


母の話によるとその子に週に一回だけだけど、演奏指導をしてあげているらしい。この間の日曜日、ピアノ教室から帰ってきた母は言った。

「すごく練習してきてくれたみたいで、とっても上手になってたのよ。それだけ好きになってくれたのね。教えてあげて本当によかったわ。」


そう言って微笑む母を見て加奈は楽しい気分になって想像した。一体どんな子なんだろう。その子もあの曲を大好きになってくれて、加奈と同じように練習している。もしかしたら今も加奈と同じようにこうして家で練習しているかもしれない。そう思うとうきうきと心が弾んだ。他に何曲か弾いたがやはりあの曲が圧倒的に多く、気がつくと何度も演奏していた。


夜も更け暗くなってカーテンを閉めた頃に母は帰ってきた。毎日同じように、夕飯の支度を手伝ってご飯を二人で食べた。お皿を洗うと、加奈は母と一緒にピアノを弾いた。いつも平日、加奈は帰ってきた母にピアノを教えてもらう。こうして毎日母に演奏を見てもらえるから、加奈はピアノ教室に通っていない。たくさんの曲を母と連弾で弾く。時折顔を見合わせ微笑みあう。


「加奈、ずいぶん上達したわね。毎日欠かさず練習してるからかしらね。」

「それもあるけれど、お母さんの教え方が上手なんだよ。それにお母さんが教えてあげてる子もいっぱい練習してると思うと私も頑張らなくちゃってはりきっちゃうの。」


加奈の無邪気な言葉にまあ、そうなのと母は笑った。

「まるでライバルができたみたいね。今度日曜日もその子ピアノ教室に来るから、加奈会ってみる?」

母は友達の少ない加奈のことを気遣って、言ってくれているのだろう。


「え・・・、でも・・私緊張しちゃうよ。」

加奈は言葉に詰まった。人見知りする加奈は実際にその子に会う事を躊躇った。仲良くできる自信がないのだ。今いる少ない友達とも仲良くなるのにとても時間がかかったくらいなのだ。会ってみて仲良くしたいのに、加奈がぎこちない態度をとってその子に誤解されたくない。


だからもっと勇気が心に出来上がった時に。会いたくないわけでは決してない。ただすぐに顔を合わせることに気持ちの準備ができていないだけ。

「そう・・・。じゃあ会いたくなった時に会ってみたらいいと思うわよ。きっと仲良しになれると思うから。」

俯いて、うんと言う加奈の頭を母は撫でた。加奈の気持ちを察して母は決して無理じいすることはしない。意気地なしと決めつけることもしない。かといって甘やかしているだけとも違う。


母は加奈が不安になりながらも、恐怖しながらもいずれ時がくれば、加奈が勇気を出し頑張ろうとすることを信頼してくれる。駄目な子だと決め付けないでじっと待ってくれる。そんな母だから加奈はいろいろなことを同じ年頃の子供より出遅れていても、地道に頑張れるし勇気が溢れてくる。最後まであきらめずにやりぬこうとする。母の信頼に応えようと思う。


もし強制的に加奈を支配したり、無能のレッテルを貼ったりする母親なら、加奈は元々の大人しい引っ込み思案な性格に拍車をかけて、救いようがないくらいもっと駄目になっていただろう。加奈のような子供には母のような人が親として合っているのだ。




日曜日、加奈はこっそりピアノ教室を覗きに行こうと思った。一体どんな女の子が母からピアノを教わっているのか見たかったのだ。覗き見みたいで何だか加奈だけ相手を先に盗み見るみたいでズルいが、加奈にとっては顔を合わせる前にどんな人か見ておくだけでも気持ちに余裕が出来るのだ。


加奈にとって仲良しになるために必要な第一歩というところだった。ピアノ教室に向かう途中、人見知りの加奈は相手に少し申しわけなく思いながら、歩いていた。家から程なく歩いていくとピアノ教室が見えてきた。加奈は立ち止まり一つごくりと喉を鳴らしてから再び足を踏み出した。


「あ、加奈ちゃん。」

びくりと一瞬体が飛び上がりそうになって振り返るとそこには加奈の友達の女の子が立っていた。その子が加奈の方に駆け寄ってきて言った。

「ちょうど良かった。これから加奈ちゃんの家に行って遊びに誘おうと思ってたの。」

加奈は友達だとわかってほっと胸を撫で下ろした。加奈はどうしようかとピアノ教室の方向に目をやって考えた。ここまで来て出鼻をくじかれてしまった感じだ。


「どうしたの?ピアノ教室に用があるの?加奈ちゃんのお母さんってあそこの講師だったんだよね、確か。」

「ううん、偶然この辺りを散歩してただけだから。じゃあ、遊びに行こうか。」

加奈は激しく手を振って応えた。そう、じゃあ何して遊ぶ?と言いながらその子がピアノ教室とは逆方向に歩き出してしまったので、加奈も仕方なく一緒に歩き出した。加奈は徐々に遠ざかっていくピアノ教室を未練っぽく何度か後ろ髪をひかれるような思いで振り返りながら歩いていった。


今頃は母が女の子にピアノを教えているんだろうに・・。街の中にある商店街に買い物に行こうという事になって、歩いているといきなり後ろから加奈が被っていた帽子を誰かに取られた。その帽子は母が加奈に買ってくれたもので、今日ピアノ教室を覗く時に、顔を隠すために被っていたのだ。振り返ると加奈の同級生の少年達が三人立っていた。


彼らはこの地域ではガキ大将のような存在で、よく悪さをしては常に偉そうな態度をとっていた。加奈はいつも彼らにちょっかいをかけられいじめられていた。

「おーおー、のろまでドジな加奈じゃん。こんなとこで何してんだよ。」

帽子を取ったリーダー格の少年の一人が言った。

「ちょっと返してよ。」

加奈が手を伸ばすと、少年はおっと、と帽子を後ろ手にまわした。加奈の友達の女の子が、少年達を咎めるような口調で言った。

「返してあげなさいよ。」

「やだね。」


少年達は前を向いたまま、後ろに駆け出して意地悪そうに言った。

「お願い大事なものなの。返して。」

加奈が必死で追い駆けようとすると彼らは更に遠ざかった。

「返して欲しかったここまで来いよ。バーカ。」

しばらく街の中、加奈が少年達を追いかけたが、地面の溝につまずいて転んでしまった。膝を擦りむいて血が滲んだ。

「お願い・・返してよ・・・。」


加奈が顔を歪ませて泣き出すと、少年達は倒れている加奈の所に駆け戻ってきた。

「やーいやーいっ!泣き虫加奈、泣き虫加奈。」

少年達は帽子を加奈の方に投げつけると、あー、面白かったと笑い声を上げながら去っていった。後から来た友達の女の子が加奈に駆け寄って大丈夫、加奈ちゃんと心配そうに言って手を貸してくれた。加奈のような大人しくて控えめな子供は彼らのようないじめっ子の格好の標的にされるのだった。

 

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