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あなたに会えてよかった

沈黙を破ったのは真琴だった。


真琴は眉根を寄せて悲しみの形に顔を歪めた。

蓉介の胸の中に飛び込んでいく。彼も同じ気持ちなのだろう、

腕に力をこめしっかりと真琴を抱きしめてくれた。


真琴は蓉介と最後の抱擁を交わした。

大粒の涙を流しながら思う・・・・死んでいるというのに・・・・・

蓉介の体はとても温かい・・・。


この感覚をきっと忘れまいと、心と体に刻みつけようとするように

真琴も彼の背中に腕をまわし強く抱きしめた。


しばらくそうした後、体を離すと蓉介は泣いていた。

悲しげに苦しそうに涙を流すのではなく、

ただ朗らかな微笑みをたたえて静かに涙を流していた。


真琴は何も言わず、微笑み顔を近づけた。

お互いの距離が縮まっていく。



愛し合う二人は最後の口付けを交わした。

重ね合わせた唇から真琴への彼の様々な想いが

溢れ伝わってくるかのようだった。


それは彼も同じことかもしれない。


これが本当に柿本蓉介との最後の別れ・・・・

閉じた瞼から次から次へ涙がこぼれ落ちる。唇を離すと二人は見詰め合った。


蓉介は悲しいくらいに優しい澄み切った微笑を浮かべている。

真琴も泣きはらした瞳で微笑みを返した。


最後のお別れの時は悲しみの顔ではなく笑顔を・・・

さよならではなくありがとう・・・・・。


まるでお互いが無言のうちに決めた別れの約束のようだった。

別れではなく新たなる始まり・・だから笑顔を。


真琴の知らないはるか彼方で彼は見守っていてくれるのだから・・・

別れの言葉よりもありがとうが相応しいのだ・・・きっと・・。



蓉介は真琴の手をとり何かを握らせた。

「これはあの少女が身につけていたんだけれど・・・・

ここに来た時あの子が忘れていったものだ。

君の手で彼女に渡してあげて・・。」


「うん、きっとあの子に返すよ。」

大きく真琴は頷いて、蓉介の頼みを引き受けた。


真琴は握っていた渡されたものを指を開いて瞳に映した。


「・・・・・!?」


手のひらに乗ったそれを見て驚愕した。

瞬きするのも忘れそれを凝視した。


淡いピンク色に輝くそれは真琴の持つ首からさげたものと同じ形状をしていた。



「じゃあ、もう・・行くね・・・。」


蓉介は真琴に背を向け、祭壇のほうにゆっくりと歩き出す。

真琴も見送るために後を追い、少し離れた所で立ち止まった。


祭壇には二人他の死者が神父の導きを受けている所だった。

その列に並ぶと彼は真琴のほうを振り返った。 



「こんな僕を愛し、そして救ってくれたこと・・・本当に感謝してる。

どうもありがとう・・・真琴さん。

僕の体はもう破損してしまったから生き返ることは出来ない。

もう会えないのは残念なことだけれど。

でも僕は後悔はしていないんだ。

この世界に生まれてきたことを・・・・だって・・・。」


そこで蓉介は言葉を止めた。


オルガンの美しい音色は途切れることなく

辺りを包み込むように流れている。


教会のステンドグラスからさす、穏やかで柔らかそうな光に

照らされた蓉介は満足そうに目を細め真琴を見つめた。


まっすぐに何の恥じらいもなくはっきりと告げた。



「真琴さんに出会えたんだから。」



包み隠すもののない、正直で素直な、嘘のない彼の気持ちが

伝わってきて真琴の胸には熱いものが溢れるようにこみ上げる。


「私も蓉介に会えて本当に幸せだったよ・・・・。」

真琴も彼の本当の気持ちに応えた。

この時ばかりは照れたりはぐらかしたりはしない。


だって・・・・・これが二人の最後なのだから。


並んでいた死者は先程神父の啓示によって遠い場所に送られ、

蓉介の前にはすでに神父以外誰もいなくなっていた。



最後の微笑を真琴に向けた後、

蓉介は聖なる導きを受けるために神父の前に進んだ。


真琴はじっとその光景を見守っていた。

神父は深いしわをつくって笑みをつくり蓉介と向き合った。


手に持った古びた本を開いてなにやら蓉介に問いかけている。

それが終わると蓉介は首を一つ縦に振った。


その瞬間、今まで透明に透けていた彼の体が更に薄まり、

眩い光を体の内部から発光しだした。


体の周囲が真っ白なオーラのようなものに包まれ、

彼の体を見え隠れさせる。蓉介は天に昇るべく、浮遊し始めた。


まるで、天空に還ってゆく天使のよう。

その光景はとても神々しく真琴は見とれてしまった。

蓉介の最後にふさわしい光景だと純粋にそう思えた。



彼の浮遊と同時に天井の空間が変化しぽっかりと開き、

そこから光のシャワーが降り注ぐ。


蓉介をあの世に連れゆくために、彼を迎えにきた光だ。

真琴にまなざしを向けたまま、蓉介は天に昇っていく。


真琴は彼の最後の姿をこの目にしっかりと焼き付ける。

真っ白な光の中で蓉介は微笑んでいる。


終わりの瞬間まで、ずっと・・・。


彼を見送る真琴も終始笑顔を惜しみなく向けた。

言葉はなくとももうそれだけで充分だった。


笑い合うだけで心は深く通じている。

離れ離れになったとしても、心は側に・・いつも一緒だ、いつまでも永遠に・・・・。


二人にはもう涙はない。蓉介は天上にあいた空間に溶けゆっくりと消えていった。

最後は白い閃光が教会内を包み込み、真琴は目を細めた。


視界を覆った白光が引いていき、目がなれた頃真琴は薄っすらと瞼を開いた。

きらきらと光る光の粒が彼の最後の名残のように

真琴のもとに雪のように降ってきた。


手の平に落ちたそれは小さくはじけて消えた。

両手を胸の前で組み真琴は目を閉じた。


まだ心に蓉介が笑っている姿の残像が残っている。

そういえば思い返してみるといつだって

彼は微笑んでいたなと真琴は過去を振り返った。


音楽室で初めて出会ったあの日からこの瞬間まで・・・・。


最後の最後まで蓉介らしいと真琴は一人笑んで頷いた。

先程の眩しさが嘘のように教会内は元通り、

色とりどりのステンドグラスからは柔らかな光が

薄くさしこみ教会内をぼんやりと照らし、

オルガンが演奏され静かな空気が流れている・・そんな場所に戻っていた。


蓉介は天に導かれるままに思い残すことなく天に昇っていったのだ。

真琴には何となくわかってしまった。


彼は地獄ではなく天国へ還っていったことが。

何故ならこの心に届く、はっきりと感じられる真琴への彼の想いが

とても穏やかで安らいでいたからだ。




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