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君にはまだやるべきことがある

「きっと近いうちに真琴さんを呼ぶ光の扉が現れるだろう。

裕子さんが君の事を呼んでくれるはずだ。彼女は僕が死んだ後、


落ち込んでいた君の事をとても心配していた様子だったからね。

君にあんなに素敵な親友ができて本当に良かったと思っているよ。


裕子さんになら君を安心して任せられるし

僕も安心して天に昇ることが出来る。

裕子さんのような存在に出会えることはなかなかないものだよ。

大事に想わないと。彼女は本当に君の事を大事に想ってくれている。


君の事を案じてくれる彼女のためにも君は生きるべきなんだ。

こんな所で終わってしまってはいけない。

僕とは違い君には未来がある。

それに・・まだやるべきこともある。」


蓉介が言いたいことを彼が言葉にする前に真琴には伝わってきた。

蓉介にはもうできないことを真琴に託そうとしているかのようだった。


「あの少女は一緒に生活をしていた遠い血の繋がらない親戚がいると

いっていたがその誰からも厄介者のように扱われ、


愛情を与えられることはなく必要とされていない、

少女を愛してくれていた人達は皆地上から去ってしまった。


だから現世から呼ばれることがないんだ。


あの少女は誰からも呼ばれることがない程にひとりぼっちなんだ。

孤独の辛さを知ってる君になら彼女を救ってあげられる。


彼女の魂を救ってやってほしい・・・

これまでに君が僕の魂を救ってくれていたように・・・・・・・・。


これが僕の最後のお願いだ。

今が辛く苦しくても未来を信じて、君には生きていてほしい。

僕が真琴さんを必要としたように・・

真琴さんが僕を必要としてくれたように・・・


あの少女も君のことを必要としている。

音楽室で演奏する真琴さんをずっと、

涙を流していつまでも見つめていたあの子を救ってあげて欲しい。

彼女はもうすぐここにやって来るだろう。


天に還る為に・・・

今あの子を救えるのは君しかいない。」


蓉介は今はまだ閉じられている教会の入り口にある扉の方に目をやった。


「蓉介・・・・あなたは本当にそうなることを望んでいるの・・・?

本当に・・それでいいの・・・?」


少し困ったような微笑を見せたが、蓉介が本心から

真琴にそう願っていることはその迷いの色が微塵もない、

まったく濁りのない澄み渡った瞳を見ればわかる。

ずっと今まで一緒にいたのだから。


こんなにも近くにいたのだから・・・・でも・・・

だけど本当にそれでいいのかと問わずにはいられない。


例え蓉介の決意が変わらず揺るがないものだとしても・・。

真琴が生きることを選べば、もう蓉介と会うことはできない、

こうして二人向かい合って話す機会も・・・・・

もう二度と訪れない。


互いの指先を触れ合わせることも・・・・。

優しく微笑みかけてくれることも・・・・。

不安定に心が揺れる真琴の問いかけに力強く蓉介は頷いた。

「僕のことを本当に愛してくれているのなら・・・・

僕の最後のお願いを聞いて欲しい・・・生きてくれ。


君自身のためにも・・・・そして君を必要としてくれている裕子さん、

そしてあの少女のためにも。真琴さんには生きて幸せになって欲しい。

僕と共に生涯を終えてしまうよりも・・・・。」


蓉介の気持ちは痛いほどに伝わってくる。

彼は心の底から真琴が生きることを願っている。

彼の望みに応えてあげたい・・・・

でもそれと同時に蓉介とどこまでも一緒についていってあげたいとも思う。



揺れる心の中で真琴はふと気がついた。

一緒に死んであげることは果たして本当に彼のためなのだろうか・・

いや違う・・真琴の願望なのだ。


蓉介を失ったことで自暴自棄になり、壊れていく

己の心の弱さにやぶれ死のほうへ逃げようとした。


彼のためと言っておきながら本当は真琴自身のための選択だったのだ。

ここから旅立てばどうなってしまうのかわからないはずの蓉介

その恐怖に取り乱されることなく、

崩れ落ちることのないかたい信念のもと、


真琴の幸福を願ってくれたことで、

真琴は彼のせいにして人生を放棄しようとしていたことにやっと気がついた。


蓉介はそんな結果を決して望んではいない。

死の世界に向かうことがもう決まっているはずの

彼の瞳には真琴が暗黒に落ちていく絶望でも、


生きていた頃の楽しかった過去の思い出でもなく

まだ見ぬはるか遠い先を・・

信じて疑わない真琴の未来を映しているかのように真琴には見えた。


彼はどんな未来を思い描いているのだろう。

真琴と裕子が、そしてあの少女とが晴れ渡る青空の下、

並んで歩き笑い合っている・・そんな光り溢れる風景を、

将来必ず訪れるであろう疑いのないものとして

その瞳で見ているのだろうか。



蓉介のことを真に愛しているのなら・・・・・・。



彼の最後の望みを退けて

真琴の自分勝手な欲求を満たすことよりも・・・・・・。


真琴が彼と共に生涯を終えて、

彼を失望させてしまうよりも・・・・・。


真琴の心に一つの決心がはっきりと静かに

体に染み込んでいくように降りてきた。



真琴は鼻をすすり、涙を拭いた。



「わかった・・。私、生きるよ。

彼女も私がきっと救ってみせる・・・だから・・。」


真琴は言いよどんで俯いた。

けれど振り切るように顔を上げ、顔いっぱいに笑顔を作り蓉介に告げた。


「蓉介は安心してここから旅立ってね・・・。」


真琴の出した答えに蓉介は目を大きく開き、

その後眉を下げ、惜しむような残念に思うような表情を

わずかに見せたがすぐに安堵したように優しく微笑んだ。


真琴には彼の気持ちが手に取るようにわかった。

決して真琴の決断に不満があるわけではない。


真琴の生を願ったとは言っても、

蓉介だって真琴といつまでも一緒にいたいはずだ。

真琴と離れることが平気であるわけがない。

身を切られるように辛いはずだ。


「僕の最後のわがままを聞いてくれてどうもありがとう。」


「蓉介と出会えてよかった。私、あなたのおかげで

本当の意味での強さがわかったような気がするよ。


蓉介が私に与えてくれたたくさんのものを無駄にしないように、

今度は私が誰かのためにそれを伝えていくよ。」


真琴の言葉に蓉介は目を細めて微笑み、頷いている。

誰かに支えられた、それを返すため誰かのために生きる。


蓉介は本当に多くのことを教えてくれた。その中の一つ・・・・・

こんなにも人を愛することができたこと。


これまでは大切な人を失った時、ふさぎこんで心を閉ざした。

絶望し世界を呪った。でももうこれからの人生ではそうならないような気がする。

蓉介を失うことは悲しいけれど、

心のアンテナを張り必然の出会いを感じとって受け入れる。


「会えなくなったとしても・・・僕はずっと君の事を見守っているよ。

だから・・・・幸せにならないと承知しないからね。」


片目を閉じてウィンクして見せる蓉介。

「うん、約束するね・・・。」

真琴は屈託のない笑顔を向けた。

しばらく笑いあった後、二人どちらともなく笑みを消した。


無表情に見詰め合う。

教会の中、二人の間を静かな沈黙が支配した。


まだ話したいことはたくさんあるはずなのに、

二人とも口をつぐんでしまった。


なぜなら・・・真琴も蓉介も・・・もう残された時間が少ないことを知っていたから。

二人はそれぞれに向かう道を選んだのだから・・・・・。


もう少しもしないわずかな時間で、

真琴はこの世界を去るという予感を感じている。


彼も天に還る時が訪れるだろう。

やがて終わりは来る・・・

この貴重な瞬間も朽ち果てて消えていく・・


どんなにそれを拒んだとしても・・

二人でいられる最後の時がもう目の前に迫っていた。



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