ふたりの邂逅
ほのかに瞼に射してくる光にくすぐられ真琴はうっすらと目を見開いた。
最初に視界に飛び込んできたのは、色鮮やかな草花だった。
うつ伏せだった体をゆっくりと起こし目をこすってあたり一面を見渡すと
目の届く範囲にははるか遠くまで美しい花畑が続いていた。
どの花も綺麗だったが、どこか不自然だった。
というのは一つ一つの花びらがとても複雑な造りを醸し出していて、
尋常ではない美しさを放ち魅了されずにはいられなかった。
植物に詳しいわけではなかったが
初めて目にするものばかりで地上で見たことがなかった。
空は地上で見られる青空とは違い、
ぼんやりとした淡いオレンジ色の空で夕暮れの空よりもはるかに薄い色の空だった。
ここはどこだろうとなぜ自分がこんなところにいるのかを
記憶をたぐり寄せるように思い出そうとした。
ああそうだ、蓉介に会うために私は海が広く一望できる高い崖の上から
身を投げたのだと真琴はようやく思い出した。
命を失ってしまう程の行動を行ったというのに体を改めると
海水に濡れていないしどこも怪我をしたところがない。
やはりここは現世ではなくあの世のどこかなのかもしれないと
考えていると不意に後ろから何者かが草花を
踏みこちらに近づいてくる音が聞こえた。
とっさに真琴は振り返った。
そこにはいつの間にこんな近くにやってきたのであろう、
一人の少女が立っていた。
長い栗色がかった髪の毛を頭の後ろで
一つにまとめたポニーテールの女の子だった。
歳はいくつぐらいだろう。
見た感じでは真琴と同い年か一つ二つ年下ぐらいの年齢に見えた。
少女を見据えるとまず気づいたのが、
真琴と同じ学校の制服を着ていることだった。
目の錯覚か少女の姿が時折薄く透けて見えた。
ここにいるということは蓉介同様に
バスの事故に巻き込まれた生徒の一人ではないだろうか。
改めて少女の全体像を眺めると
頭の片隅に何かひっかるものがあった。
まるで電流が脳に走ったようだ。
何だろう・・・
この子とは以前どこかで会ったことがあるような気がする。
いつどこでだったろうか、真琴は少女の顔をじっと見つめ過去に思いを巡らしたが、
どうしてだか思い出せない。
結局はっきりとはしなかった。
それにこの少女にこうして見つめられるのも
初めてのことではない気がする。
以前どこかの場面で覚えた感覚にひどく似通っていた。
しばし互いに見つめ合った後、真琴は立ち上がり口を開いた。
・・・・・・・
生きた人間達があの世と呼ぶ世界の入り口に加奈はいた。
学校へ向かうために乗っていた通学バスが交通事故に巻き込まれた。
粉々に窓ガラスの破片がばら撒かれ、
車体の歪んだバスの地獄のような光景の中、加奈は気を失った。
そして再び目を開けた時、この世界にいた。
一面に広がるお花畑の中に横たわっていたのだ。
体を起こして隣を見ると一緒にバスに乗っていた彼が座っていた。
彼は加奈が目覚めるより早く起きていたらしく、
しばらくこの世界を調べ歩いていたらしい。
その結果出た結論、ここが我々がいた世界ではなく
あの世なんだと彼は加奈に教えてくれた。
そうか、彼も加奈も死んでしまったのかと
どうしてかあっさりとその真実を受け入れた。
あんな激しい事故に巻き込まれたのだから
死んでしまってもおかしくはないと冷静に納得できた。
普通の人間なら自分が死んでしまったことを悟ると
取り乱し混乱するだろうが、加奈はそうはならなかった。
どこか心が冷めて他人ごとのような感覚。
生きることに対する興味が薄れていたからかもしれない。
おばあちゃんが死んで気持ちが沈み、
辛い出来事ばかりで加奈は生きてゆくには心が疲れきっていた。
音楽室でピアノを弾いていた少女の演奏をもう聴けないのは残念だったけれど、
どうでもいい投げやりな気持ちの方が勝っていた。
自分のことなどどうでもよい、
そんなことよりも恋人がいるのに命を落としてしまった彼のことが気の毒だと思った。
加奈とは違い幸せな日々を送っていただろうに、
こんな悲惨な事故に巻き込まれてしまうなんて。
しかし加奈が見た限り、彼は死んでしまったというのに取り乱したり、
後悔したりする様を見せることはなく、
この状況に不自然なくらいに落ち着きはらっていた。
その風貌は死んでショックを受けて落ち込んでいるのでも、
加奈のように死んでも別に構わない、というようには見えなかった。
死を目を逸らすことなく正面からただ静かに、
冷静に受け入れている、聖人のように感じられた。
彼は教会に向かうと言った。
そこで自分にはやり残したことがあり、
これからそこにやってくる人がいるから待たなければならないと加奈に話した。
加奈はどうすればいいのかわからなかったので彼と一緒に教会に向かった。
その途中彼は加奈が彼とは死んでいる状況が微妙に違うことや
そのことに関するいくつかのことを教えてくれた。
教会に辿り着き加奈は彼と備え付けられた長椅子に腰掛け話をした。
彼の恋人である彼女は彼がいなくなってさぞショックを受けて
悲しんでいるでしょうねというようなことを加奈が言うと、彼は静かに言った。
自分がいなくなっても彼女には親友がいるから大丈夫だと。
その後教会がどういう場所なのか知った後、加奈は彼を教会に残して、
あてもなくこの世界をさまよい歩いていた。
それは単なるきまぐれだったのだろう。
特に目的もなくただこの魂が天に昇っていく前に
最後にこの美しい世界を少し見て回ろうと思っただけだった。
加奈は目的もなくさまよい続けていると大きなお花畑に出た。
そして加奈は彼女に会った。




