一体どこにいってしまったの?かすめる最悪の事態
裕子は柿本蓉介が亡くなって数日したある日、
学校を休んだ真琴が気になり帰りに真琴の住む施設に寄ってみた。
ここのところの真琴は学校にいる時、
放心して瞳は生気を失ったようにどこか遠くを見つめているようで虚ろで、
壊れた人形のような様子だった。
裕子が話しかけても反応しないし、心ここにあらずといった感じだった。
しかし突然前触れなく思い出したかのように涙を流したりして、
裕子はそんな真琴のことが心配だった。
最愛の恋人を失ってしまって真琴は
想像もつかない程に傷ついているに違いなかった。
真琴は過去に母に捨てられ、父、ピアノの恩師と、
多くの大切な人たちを失っていた。
そのことが原因で真琴は心を閉ざすことになったのだ。
そんな時、柿本蓉介という愛すべき存在にやっと出会えたというのに。
やっとのことで幸福に再び出会えたというのに・・。
神様は本当にいるんだろうか、
どうして真琴から大事な人達を次々と奪っていくのか。裕子は神を呪いたくなる。
こんな時、裕子自身が真琴を支えてやらねば、
側にいてあげなくてはいけないと考えていた。
施設にやってくると裕子は職員に真琴の友達だと
名乗って真琴を訪ねてきたおりを伝えた。
職員のおばさんは頷いて裕子を真琴の部屋に案内してくれた。
ここに来るのは初めてだった。ここよ、
とおばさんが部屋の前で立ち止まって言った。
部屋の入り口の脇に木でできたプレートが取り付けられ、そ
こに数名の名前がかかれてあった。
その中に真琴の名前を見つけた。おばさんがドアをノックして真琴ちゃん、
お友達が来たわよ、と呼びかけた後ドアを開けた。
初めに目に飛び込んできたのは、真琴と同じくらいの年齢であろう少女が三人いた。
それぞれ本を読んだりお喋りしている。
「あれ、おかしいわねぇ。さっきまでいたと思ったんだけど。」
おばさんが室内を見回して首をひねった。
少女の一人が読んでいる本から顔を上げて言った。
「真琴ならさっき出て行きましたけど?」
「どこに行ったか聞いてない?」
「さあ、一応聞いたけれど、何だか聞こえていないって
感じでふらふら出て行きましたよ。ねえ?」
彼女は隣の少女に同意を求めるように声をかけた。他の二人も頷いた。
そう、とおばさんは神妙な顔をしていた。裕子の心に焦燥感が湧きあがってきた。
室内の入り口の向かいにある壁には大きめの窓があって、
開け放されておりカーテンが風に揺れていた。
その光景を見て裕子は言いようのない、ひどい胸騒ぎに襲われた。
裕子はおばさんに私、真琴を探してみます、とお礼を言って足早に施設を後にした。
裕子の心理状態を表すように自然と歩く足が速まる。
裕子の脳裏に姉が自殺した日の映像がふっとかすめていった。
まさか、そんなことがあるはずはないと、
最悪の映像をかき消すために目を閉じ顔を激しく左右に振った。
しかしそれにしても真琴はどこに行ったのだろう。
裕子は真琴の携帯に電話をかけたが向こうの電源が
入っていないのかまったくつながらなかった。
それで裕子は真琴が行きそうな思い当たる場所を探すことにした。
以前真琴から聞いたことのあるピアノの恩師の眠るお墓があるお寺に行ってみた。
寺の敷地内にある墓地を探したがどこにも真琴はおろか人の姿さえなかった。
お墓のいくつかに供えたばかりのお線香があったが
真琴が供えたという証拠にはならない。
ここではなかったかと寺を出ようとした時、寺のお坊さんを見つけた。
裕子は駆け寄って聞いた。
「すみません、今日、墓地の方に私くらいの女の子が御参りに来ませんでしたか。」
「ん、女の子・・・そういえば少しばかり前に一人、お墓にきた子がいましたなぁ。」
裕子はその子どんな様子でしたか、
と思わず身を乗り出して聞いたのでお坊さんは
目を見開いてびっくりしながらも答えてくれた。
「何だか、元気がなさそうな顔をしていたよ。
お墓に何か話しかけていたみたいで泣いていたかな。」
裕子はその少女は真琴に違いないと確信した。
どこに行ったかを一応聞いたが、
お坊さんは話をしたわけではないので知らないと言った。
裕子はお坊さんにお礼を言って頭を下げ、お寺を後にした。
次に向かったのは真琴と柿本が可愛がっていた白という猫が埋められてる公園だった。
裕子は以前、ここに柿本と真琴の三人でお参りに来たことがある。
その時は猫の餌などを裕子も供えた。
裕子はお墓のある園内の隅っこの芝生にまっすぐ脇目も振らず向かった。
やってくるとそこには誰もいなかった。
しかし何とそこには小さな花束と猫の缶詰が少量、
そしてお線香が土にさしてあり、供えられていたのだ。
間違いない、真琴はさっきここに来ていたのだ。
まだお線香が新しかったので裕子は周囲を見回した。
まだ近くに真琴がいるかもしれないと考えたからだ。
しかし見える範囲内には真琴はいなかった。
だが、もしかしたら駅まで行けば、途中で真琴に
会えるかもしれないと公園を出て駅に急いで向かった。
駅までの道のりで真琴に会う事はなかった。
裕子は一足遅かったかとがっくりして、
一体どこに行ったんだろうと裕子の家の方面の駅のホームに立って考えていた。
もしかしたら裕子がここに来る前の一、二本早い電車で施設に帰ったかもしれないと思った。
そうであれば一安心なのだが。
ぼんやりしていると反対方向の電車が到着するアナウンスが流れた。
その後電車がホームに入り、重い息を吐き出すように鈍い音を立てて停車した。
向こう側で待っていた乗客が電車に乗り込む様子を見つめていた。
しかし次の瞬間裕子はその乗客の中に紛れるようにして、
今まで駆け回って探していた意中の人物を見た。
「真琴!」
裕子は叫ぶと同時に反対のホームへ向かうべく走り出していた。
裕子の呼び声は聞こえなかったようで、真琴は電車の中のドアに寄りかかっていた。
間に合うか、とホームをつなぐ階段を駆け上がり、
反対方向のホームに駆け下りた。
あと少しのところで真琴を乗せた電車のドアが閉まりゆっくりと発車した。
裕子は真琴に自分がいることを伝えようと電車を追いかけたが、
その甲斐なく、電車はホームを去っていった。
膝に両腕をついて裕子は呼吸を乱して電車が去っていった方を見つめていた。
顔を上げて真琴が乗った電車の方面を見る。
北に向かう路線で終点には特に何もない田舎だった。
施設と逆方向だし、この先の土地に真琴がゆかりあるなど聞いた事がない。
途中の駅にも真琴が下車する理由、心当たりがない。
あんな何もない田舎に向かう電車に乗ってどこに行くつもりなんだろう、
終点には日本海に面する海ぐらいしかないのに・・・
海・・うみ・・海?!
裕子の脳裏に一つの最悪の事態が浮かんだ。
まさか・・
裕子は気がつけば駅を出て路上でタクシーを捕まえていた。
乗り込んだ裕子は急いで下さいと行き先を運転手に告げた。
電車よりも先回りして終点の駅にたどり着かねばならない。
万が一、手遅れになる前に・・・
裕子は祈るような気持ちで手を組み目を閉じていた。
道路はそれ程混んではいなかったが、信号が赤でタクシーが停止する度に、
じれったくなり気が気でなかった。




