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おくれてやってきた想いは、あなたと過ごした日々のあとに

蓉介が亡くなって葬式も終わり、一夜明けた次の日の学校、

濃い赤色の夕陽のさす放課後の音楽室で真琴はピアノの前に座り、

蓋を開けて鍵盤を虚ろな目でじっと見つめていた。


彼が事故で亡くなって今日まで、真琴はまだ一度も泣いていなかった。

葬式の時も、学校にいる時もただ心の中が真っ白でまともに物事を考えられず、

完全な放心状態だった。


休み時間、裕子が何か真琴に話しかけていたようだったが、

全く内容が耳に入ってこず、

ただ彼女が何か言っていたなというくらいの感覚しかなかった。


裕子は強く真琴のことを心配していたのかもしれない。

手を強く握られた記憶がわずかにある。


蓉介が事故にあったことを聞き、

病院のあの暗く何もない部屋で魂のぬけた蓉介を

目にした日のことを思い出してみた。


蓉介と最後に言葉を交わしたのはいつだったろうか、

ぼんやりした頭で考えてみる。


事故の前日、裕子の家で彼のお誕生会を開いた。

その日の別れ際にした挨拶が最後の交わした言葉だった。

裕子の家を後にし駅での場面だった。


「じゃあ、また明日学校で。今日は本当にありがとう。気をつけて帰ってね。」

「うん、じゃあね。バイバイ。」


真琴と蓉介はどこにでもありふれた別れの挨拶を交わした。

まさかそれが最後になるなんて・・・。


その日あった事に真琴は思いを巡らせた。

裕子の提案で季節はずれの花火をした。

花火が最後の一本になって真琴は蓉介と・・・。



「いつまでも一緒にいようね。」



彼はそう言った。

その時の蓉介の声、穏やかに浮かべた優しい笑顔が

突然真琴の脳裏に鮮明に映し出され、

心に迫ってくるような感覚に襲われた。


体が震えだす。


鍵盤に置いた指先までも小刻みに震えた。


真琴は揺れる顔を鍵盤から上げて

いつも蓉介が座って絵を描いていた椅子を見つめた。


夕陽でオレンジ色に染まった誰もいないその椅子を見つめていると

唐突に胸のうちから洪水のようにどうしようもない感情があふれ出した。


音楽室にピアノの大きな不協和音が鳴り響いた。

気が狂いそうになった真琴が無意識に鍵盤を激しく叩いたからだった。


瞬きするのも忘れた真琴の目は大きく見開かれ血走っていた。

震える胸に手をあてて真琴は何度も呟くように、

自らを戒めるように、言い聞かせるように繰返した。


「元に戻っただけ・・・そう蓉介と出会う前の私に戻っただけ・・・

以前のようにうっとうしい他人の存在に心をかき乱されることはなくなる。

私が本当に望んでいたことじゃない。

やっぱり蓉介を愛するべきじゃなかったんだ。


ずっと前から、母を父を、

そしてピアノを教えてくれたあの人を失ってわかっていたことなのに。

大切な人をつくり失えばこんな気持ちに襲われることになるって。


私は一人きりでいるべきだったんだ。

どんなに孤独や、寂しさに襲われたとしても・・・・・。」


いや、こうなることもあると、

傷つくことも覚悟して蓉介を受け入れたのではないか。


全ては真琴が決めたことではないか。

お墓を参った日、彼を失うことを恐れた、

真琴の元から去ろうとする彼を追いその背中にしがみついた。


だから彼と付き合ったのだ。


何度もそう心の中で繰り返してみる。

しかし浮かべた言葉のひとつひとつはあっけなく

消えて心の暗闇に溶けて消えていった。


それとは逆に蓉介との日々が、思い出の日々が堰を切ったように、

走馬灯のように真琴の頭の中を駆け巡った。


初めて音楽室で馴れ馴れしく話しかけてきた蓉介、

ピアノを弾く真琴に泣きたくなりそうになるくらいに

優しい微笑で真琴を見つめていた蓉介、


遊園地に遊びに行った時の蓉介、

白を抱く優しい目をした蓉介、

白が殺されて一緒に看取った時、

心を痛めて悲しい顔をした蓉介、


真琴のことが好きだ、

一人にはしないと言って真琴を強く抱きしめてくれた蓉介、


ボーリングに裕子と三人で行った時の楽しそうにはしゃいでいた蓉介、

誕生日を祝ってもらって心から喜びを幸福をあらわしていた蓉介、


夜の公園で初めて真琴に口付けをした蓉介、・・・・・


様々な場面が次から次に浮かび、真琴の胸に迫った。


数々の蓉介との思い出が真琴の心を過ぎていった後、

残酷で空虚な変えることのできない、

変わることは決してない真実が真琴の心の中心にすとんと静かに、

だが確実に降りた。



蓉介はもうこの世にいない。



どこを探しても

世界中を探しても



どこにもいない。


触れることさえ叶わない。


もう会えない。

もう二度と・・・。



そのことがじんわりと心のうちに満ちてきた。

透明な水滴が頬をつたう。


心の中で何か張り詰めていた糸のようなものがぷつんと切れた。

真琴は声にならない声をあげた。


髪をかきむしり、その場にのたうちまわった。

静寂に包まれた音楽室で真琴の絶叫が廊下を伝い遠くまで響く。


鍵盤を激しく叩き続けるたびに不協和音が鳴り響く。


真琴は泣いた。

大粒の涙を流し続けた。


体が壊れてしまうのではないかというくらいまで。

蓄積された蓉介の死への衝撃、


喪失感を全て解放するかのように。

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