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虫の知らせだというの

昨日の朝、真琴はいつものように学校に登校した。

学校に来る途中の電車の中で、真琴は急に頭痛に襲われた。


少し気分が悪くなって、思わずしゃがみこみ

他の乗客に大丈夫ですかと声をかけられたが、平気ですと苦笑いを返した。


昨日の夜、寒空の中で花火したのが体にたたったかなとそんなことを考えた。

駅から学校までの道のりで真琴は歩いていると胸の辺りに違和感を感じた。


そこには首からさげたペンダントがおさまっているのだが、

そのペンダントが重さでずるずると下に下がっていくように感じられたのだ。


おかしいなと真琴は首からさげたそのペンダントを

制服の中に手を入れて取り出そうとした。


ペンダントの先端にある宝石を手元に出した時に真琴は気づいた。

輪を構成する鎖の一部が取れかかっていた。


真琴はどうしてだろう、どこかにぶつけたりして破損したのかなと、

考えたが全く心当たりがなかった。


外れかかった部分を力を入れて直そうとした。

すると直すどころか、鎖はおかしな方向に曲がって、外れてしまった。


真琴はしまったと思いショックを受けた。

仕方ないと、帰ってから修理することにした。


でも知らないうちにペンダントがこんな風になるなんて何だか縁起が悪いなと感じた。

不吉なことが起る前兆でなければいいが。



学校に着き教室に入ると生徒もまばらで

その中に蓉介がいないことにそのときは気に留めなかった。


始業の予鈴まではまだ数十分あったしまだ来ていないのだろうと思った。

しかし予鈴がなり、担任がホームルームのためにやってくる

時間になっても蓉介はまだ登校していなかった。


ふいに何故かまたさっきの頭痛が真琴を襲った。

その後唐突に真琴の脳裏に鮮明に蓉介の顔が浮かんだ。


それは普通に思い浮かべたぐらいのものではなく、

強烈で非常にリアルな映像だった。


真琴はわけがわからず不安になった。


「柿本君、今日休みなのかしら?風邪か何か・・真琴は何も聞いてないの?」

裕子が寄って来て額に手をあてていた真琴に話しかけてきた。


真琴は知らないわと首を横に振った。

やがて担任が教室に入って来たので、生徒達は席に散らばっていった。


どうしたんだろうか、蓉介が学校を休むなんて

真琴の知る限りでは以前熱を出して休んだ時以来だった。


昨日は裕子の家で彼の誕生会を開いた時、特に体調が悪そうには見えなかった。

蓉介の空席をじっと見つめていた時、教室の扉が激しい音を立てて開かれた。


この学校の教頭が緊張した面持ちで担任の元へ

足早に歩み寄り廊下に出るように促した。


何事かと教室内に不穏な空気が流れざわつき始めた。

真琴は何か嫌な予感がした。


頭痛がだんだん強く重くのしかかってくるようだった。

沈痛な面持ちで教頭との話を終えた担任が戻ってきた。


ひどく深刻な表情をたたえ一息ついた後、担任は話し始めた。


「残念な知らせが届いた。今朝この学校前まで出ているバスが

途中で交通事故に巻き込まれたそうだ。乗客の中にはこの学校の生徒が何人か乗車していたらしい。

その中に柿本も乗っていたそうだ。」



事故だって・・



蓉介が・・?



真琴は一瞬何か起こったのかわからなくなった。

裕子の席を振り返ると彼女も動揺した顔つきで真琴を見ていた。


普段蓉介は電車で学校まで登校してくるが、バスで学校に登校できる交通手段も持っており、

たまにバス登校してくることがあった。


電車と違ってバスからのんびりと景色を見ていると

ボーッした気分になって絵のインスピレーションが湧きやすいんだと、

以前蓉介が真琴達に話してくれたことがある。


でもまさか事故にあう日に限ってバスに乗ったなんて・・何と言う不運なのか。

「今、重症を負った人たちが病院に運ばれて治療を受けている。

先生はこれから病院に向かう。一時間目は先生の授業だが皆は自習をしててくれ。」


真琴と裕子は迷いなく担任に申し出た。

「先生待ってください!」

教室を出て行きかけて廊下で立ち止まった担任が

後を追ってきた真琴と裕子を振り返った。


「私達も一緒に病院に行かせてください!」


しかし・・と担任が言おうとしたが、普段真琴が蓉介と仲良くしているのを

知っていたからだろうか、

激しい動揺と必死さの交わった真琴の顔をしばらく見つめ、

学校に残すべきではないと悟って彼は頷いた。

裕子も担任についていくことを志願した。


「・・・・わかった。ついてきなさい。」


病院へ向かうタクシーの中、真琴は最悪の事態なんか起こるはずはない、

まさかあの蓉介にそんな馬鹿なことが起こるはずはないと

頭の中で繰り返し言い聞かせているのとは裏腹に、

真琴の体は抑えられない不安、恐怖、震えに翻弄されていた。


景色が窓の外でどんどんと過ぎていく。

隣にいる裕子が真琴の震える手を握ってきた。

それはとても強く握られたが震えが止まることはなかった。






蓉介は病室ではなく医療器具がまったく何もなく薄暗い

殺風景な部屋の寝台に寝かされていた。


その顔には白い布がかぶせられていた。

真琴は部屋に足を踏み入れた所で愕然と立ち尽くした。


裕子が後から入ってきて横たわる蓉介を見た途端、

脱力したようにその場に崩れてぺたんと座った。


「何ということだ・・・」

後からゆっくり入ってきた担任が重苦しく沈痛な声を吐き出した。


真琴はゆっくりとしかしふらついた危なげな足取りでベットに近づいていった。

震える手で顔にかけられた白い布をはずした。


蓉介はまだ生気を宿しているように見える顔で今にも起き上がりそうであるが、

そんなことはもう二度と起こらない。


指先で彼の顔に触れた。わずかに冷たい感触があった。

蓉介の顔を凝視したまま立ち尽くした真琴はしばらく動けなかった。

声も出すことができなかった。


自分は何か現実ではない冗談を、

悪い夢を見ているだけではないのかとこの光景を疑った。


母親を失い、父が死に、一人残され、ピアノを教えてくれたあの人も亡くなった。

もうこれ以上、悪いことが真琴に起こるはずがない、

大切な人がいなくなるなんてそんな残酷なことがまた起るわけがない、

そのことを疑わなかった。



でも・・



目の前にはもう二度とその瞼を開くことはない蓉介がいる。

裕子が隣で泣き崩れ嗚咽を漏らし始めた。




静かなその遺体安置室に裕子のすすり泣く声だけがむなしく響いていた。


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