ずっと求めていた夢にまで見た幸せな日々、約束された二人の未来
鳥のさえずりが聞こえる。
それは眠りに落ちている人々に朝の訪れ伝えているようであった。
窓から射す朝の新鮮な光がキッチンを明るく、優しく照らしている。
水色の生えるエプロンを身につけ真琴はガスコンロにフライパンを乗せ、
スクランブルエッグを作っている。
既に家族のためのトーストパンは四枚分焼き上げられ、
お皿に盛られた状態でサラダと共にダイニングテーブルの上に置かれている。
朝食を作り終えると真琴は子供達が眠っている部屋に向かった。
ドアには蓉太、真知の部屋、という文字が書かれた木でできたプレートが下げられている。
「蓉太、真知、朝ごはんできたわよ。起きてる?」
ドアのノブを捻り部屋の中を覗くと案の定、カーテンは閉められ、
愛する真琴の子供達はベットの中で安らかそうに寝息をたてて眠ったままだ。
やれやれいつものことかとため息をつきながら
カーテンを開けて朝の光を部屋の入れた。
「ほら、起きなさい。学校に遅刻するわよ。」
二段ベットの上の方、弟の蓉太が眠い目をこすりながら、体を起こした。
問題は下で寝てる真知のほう。布団を頭まで被ったまま、動こうとしない。
「真知、早く起きなさいったら。」
真琴は布団を引き剥がすようにめくった。
そこには真知が体を丸めるようにして目を開けて真琴の方をじっと見ていた。
何だ起きてるんじゃないの、と真琴が言うと。
「お母さん、今日私、学校休む・・。何だか気分が悪いの。」
「あら、熱でもあるのかしら、どれ。」
真琴は真知の額に手をあてた。それから彼女の頬をぺんぺんと叩いた。
「嘘おっしゃい。仮病つかったら駄目よ。」
「本当よ。本当にしんどいんだもん。」
「どうせ、今日学校で真知の嫌な行事でもあるんでしょう。そんな理由でズル休みは駄目。」
「けち。」
頬をぷくーっと可愛らしく膨らまして、真知は起き上がった。
彼女はその可愛い容姿に反して女の子なのに、
男の子のようにおてんばでよくいたずらをしては真琴を困らせる。
全く誰に似たんだか。
真知が部屋を出て行くと、蓉太が側にいて真琴の服の袖をつかんでいた。
彼は男の子なのに女の子のような綺麗な顔立ちをしていた。
周りから女と間違われることも度々。そんな彼は暗く沈んだ表情をしている。
「蓉太どうしたの?」
「お母さん、僕、怖い夢を見たんだ。」
「どんな夢を見たの?」
「お父さんとお母さん、お姉ちゃんが事故にあって死んじゃうんだ。」
蓉太は夢を思い出して精神が不安定になったのか、
みるみる顔を歪めて涙をぽろぽろこぼした。
真琴は急に彼が泣き出して少し驚いたがよくあることだったので、
しゃがみこむと彼の頭を撫でた。
なかなか泣き止まない蓉太を真琴は優しく抱きしめた。
彼はまだ八歳になったばかり、小さな体は真琴の腕の中にすっぽりとおさまる。
蓉太は真知とは違ってとても大人しい性格で、
少々気の弱いところがあって真知とは別の意味で心配だったけれど
誰に対しても優しい子だった。
そんな繊細な心を持った男の子だから、
悪夢を見ただけでもショックを受け傷ついてしまう。
「大丈夫よ。お母さんもお父さんも、真知も、
皆が大好きな蓉太を置いてどこかにいってしまったりしないわ。
だからそんな夢を見ても怖がったりしなくてもいいのよ。ね?」
真琴は男の子のくせにしっかりしなさいなど、叱りつけたりはせず、
優しい声色で安心させるように言った。
蓉太の方からも抱きついてきたので、しばらく温かな抱擁を交わした。
涙で目を赤くしていたが、安堵したのか微笑んでうん、と彼は頷いた。
「いい子ね。」
真琴が笑顔でそう言うと蓉太の額に軽くキスした。
食卓の席に子供達がついて後は空席が一つ。さてと。
真琴はこの家の主人を起こすため、寝室に向かった。
部屋に入ると彼は掛け布団を乱してすごい寝相で眠っている。
「蓉介、起きて。ご飯も出来て子供達が待ってるわよ。」
蓉介を起こそうと真琴は体を揺すった。何事か寝言を言って彼はなかなか起きようとしない。
ほら早く起きて、と真琴が再度体を揺すると・・・
真琴は腕をつかまれものものすごい力でベットに引き込まれた。
「きゃっ!」
真琴は眠った状態のままの蓉介にぎゅっと抱きしめられた。
「う~ん、真琴さん・・・愛してるよ・・・。」
寝言でそう言う彼に真琴は顔を赤くながらも体を離そうとした。
「もう、蓉介ったら寝ぼけてないで起きてよ。」
「・・・・あれ?」
ようやく蓉介は目を覚ました。側にいる真琴を不思議そうに見ている。
ばか、と真琴は彼の頭を軽く叩いた。
家族四人で朝の食卓を囲む。
真知と蓉太は小学校の制服を来て並んで座っている。
蓉介はカッターシャツにネクタイといったビジネススタイルだ。
といってもサラリーマンではなく芸術大学の教授である。
「こら、真知、トマトもきちんと食べなさい。」
「やだ。」
「食べないと綺麗な女の人になれないわよ。」
「いいもん、食べるくらいならブスでも。」
「なんてこと言うの、もう。」
「蓉介からも何か言ってあげてよ。」
「無理して食べることはないよ。」
もう蓉介は真知に甘いんだから。
お父さん大好き、と笑顔を振りまいている真知にやれやれとため息を漏らす。
「一秒でも早く真琴さんの顔を見たいから寄り道せずに帰ってくるね。」
「はいはい。美味しい夕飯用意して待ってるわね。」
真琴の手をぎゅっと両手で握って言う蓉介を軽く苦笑いで受け流した。
結婚しても真琴が恥ずかしくなるような彼のからかいは今なお健在だ。
「じゃあ行って来るよ。」
「行ってらっしゃい。」
「おっと忘れてた。」
くるっと振り返ると真琴の肩をぐいっと引き寄せて蓉介はその唇を重ねてきた。
春風のようなさりげない行為の後、じゃあ、行って来るね、と彼は家を後にした。
「馬鹿・・・。」
真琴は唇を指で触れて呟いた。
微笑をわずかに浮かべその頬は朱に染まっている。
「ふふん、お父さんお母さん今でもラブラブね。」
びくりと飛び上がって振り向くと学生帽にランドセルを背負って、
真知と蓉太が立っていた。
真知はおもしろいものを目撃したとニヤニヤいやらしい笑みを浮かべている。
蓉太はうぶなので顔をトマト見たいに真っ赤にしてかたまっている。
二人の様子は対照的だ。
「やだ、見てたの?違うのよ、蓉太、これはたんなるおふざけなんだから・・。」
あたふたと真琴は手を激しく振り、言い訳する。
「ヒューヒュー。熱々~。」
「真知っ!大人をからかうんじゃないのっ!」
「ほら、蓉太学校行くよ。じゃあ行ってきま~す。」
「二人とも車には気をつけて行くのよーっ。」
かたまっている蓉太の手を取って真知は玄関を出て行った。
「まったく、もう。」
真知の人をからかうあの性格は間違いなく蓉介譲りだ。
蓉太は蓉介みたいにお茶らけたりしないので真琴似ということになるんだろうか。
顔を赤くする所とかやはり真琴に似てるかも。
子供達と夫を家から送りだしてホッと一息。
家族が食べ終えた後のお皿を洗いながら真琴は思う。水が冷たく心地よい。
食器は家族四人分・・・・。
ああ、何て幸せな人生を歩んでいるんだろう。怖いくらいに。
愛する夫、この世で最も大切な子供達、温かな家族、蓉介と二人で望んだ家庭。
真琴が幼い頃に失ってしまったものが今この手の中にある。
ずっとずっと夢に見ていたものが、欲っしていたものが。
母親に捨てられ、父が亡くなった当時はまさか自分に
こんなアットホームな家庭を持つことができるなんて想像も出来なかった。
つくづく人生とは不思議なものである。
辛い時期もあるけれど生きていればこんな幸運なこともあるのかと。
いつまでも永遠にこんな日々が続いて欲しいと真琴は思う。
決して失いはしたくない。手放したりなんかはしない。
真琴は起きた。
何かとても幸福感に満たされた夢を見たような気がする。
でも夢の輪郭がぼやけてはっきりしない。
思い出そうとしても思い出せない夢だった。
夢なんてまあ、そんなものだろうと普段なら片付けようとするのだが、
内容はわからなくても、あまりにも至福に満たされた夢だったことだけは
わかっていたのでとても惜しい気がしていた。




