季節外れの花火
ケーキを食べてひとしきり談笑した後、裕子がある提案を出した。
「ああそうだ。ねえ、夏に使った花火の残りがあるんだけど今から三人でしない?」
秋が深まり、本格的に冬に向かおうというこの時期に花火なんてちょっと季節はずれじゃないのと真琴が言ったが、蓉介が意外性があっていいと裕子に同意した。真琴も意見はしたものの、どうしても嫌というわけでもなかったので結局同意した。
花火をもって家を後にし公園へ向かった。暗闇を抱え込んだ公園には所々に配置された街灯があり地面が照らされ、無人のブランコや滑り台が浮かび上がっていた。ろうそくや水入れを用意して三人で花火を始めた。
裕子は次から次に派手にはじける花火をやり、調子づいて打ち上げ花火を何発も打ち上げた。子供みたいに明るくはしゃいでいる裕子に真琴は裕子らしいと笑みをこぼした。
蓉介は小さくて丸いコイン状の花火が気に入ったらしく、そればっかりした。火をつけると黒いとぐろを排出し続ける様を見てニコニコしていた。真琴が悪趣味ねぇと言った。ひとしきり激しく燃える花火をやり終えた頃、裕子が思いついたように立ち上がった。
「私トイレに行きたくなっちゃった。残りの花火二人で全部やってくれていいわよ。」
いうやいなやさっさと裕子は家のほうに引き返していった。去り際に真琴は裕子と一瞬、目が合い裕子がウインクするのを見逃さなかった。
残った花火を見ると線香花火しかなかった。裕子のやつ・・・おせっかいなんだからと真琴は頬を膨らましたが本音では裕子の粋な計らいが何だか妙に心にしみて嬉しかった。
「後は線香花火だけだね。一緒にしようか。」
蓉介が地面に腰を下ろしたので、そうね、と静かな動作で真琴も彼の隣に並んで腰を下ろした。二人並んですわり線香花火に火を灯した。細かい金の糸のような小さな火花が細かく枝分かれするように、暗闇の中で浮かんでは消えてを繰り返した。
こうして二人一緒に花火をしていると心がしんと夜の闇にとけ落ちついた。
「ねえ蓉介・・・・。」
線香花火の今にも消え入りそうな灯し火を見つめたまま真琴はつぶやくように囁いた。
「何?」
穏やかに微笑んだ笑みをたたえて蓉介は真琴の方を向いた。
「来年はもう三年生になるんだよね。私達。」
「そうだね。高校生生活も残すところ、一年と少しだね。」
「蓉介は・・・卒業したらどうするの?」
真琴がそう聞くと蓉介は花火を見つめて少し考えてから言った。
「まだはっきりとは決めてないけれど、そうだな。芸術大学に進学するかもしれないし、絵の能力を生かせるような会社に就職するかもしれない。どちらにしろおそらく絵に関する進路になるだろうね。まあ成功するかどうか難しい世界だけれど。」
そうなんだ、と真琴が頷くとしばらく沈黙が二人の間に降りた。蓉介の線香花火が消え入りそうになった頃に彼が口を開いた。
「真琴さんは?」
「私はね、将来は音楽を通して生きていこうと思ってるの。」
音楽で、と蓉介が聞き返したので、真琴は頷いた。
「蓉介に出会ってから漠然とだけどそうしようって考えたの。あなたが将来絵画を通して生きていきたいって思ったように。
私も自分のできることでこの世界に何かしらの関わりを持って自分の足跡を残せたらいいなって。どういう形になるかはまだわからないけれど。そうね、子供達にピアノを教える先生になるなんてのもいいかもしれない。蓉介はどう思う?」
「君が?子供にピアノを教えるの?」
わざと驚いたようなしぐさを見せて蓉介は言ったので真琴が何よその顔は、私は子供に教える柄じゃないって言いたいの、と頬を膨らませた。
蓉介がすんなり首を縦に振ったので真琴は立腹して彼の肩を激しく揺すった。
「うそうそ、冗談だよ・・・・。いいんじゃないかな。君にはあってると思うよ。君の音楽はとてもすばらしい。これはお世辞じゃないよ。初めて僕らが出会った頃に比べて君の弾くピアノは大分変わったようだしね。それに人としても成長?」
真琴は彼に賛辞を述べられ少し赤くなって照れたが、平静を装った口調で聞いた。
「ふうん・・・・ありがとう。前にも良くなったって言ってたけれど、具体的にはどう変わったの?」
蓉介はそれには答えずただ真琴に微笑んでいるだけだった。ねぇ、どう変わったのよと何度か問い詰めたが蓉介はその件に関してもう口を開かなかった。蓉介は思いなおしたように改まった感じで言った。
「今日は誕生日を祝ってくれてありがとう。高校を卒業しても、進む道が違ったとしてもいつまでも一緒にいようね、真琴さん。」
何の照れもなく真琴は彼にそう言われて、恥ずかしさから顔をそむけた。
「そういうこと真顔で言わないでよ、もう。」
「僕とずっと一緒は嫌?」
はっと真琴は蓉介のほうを振り返って顔を切なく歪めた。
「そんなわけ・・ないでしょ・・・私も・・蓉介とずっと一緒にいたいに決まってるじゃない・・・。」
赤くなって俯いて真琴が呟くように言うと、蓉介は良かったと笑顔を浮かべた。恥ずかしいことを言わせた蓉介が何だか小憎らしかった。
幼い頃に大切な人を失ってから蓉介、裕子と共に過ごすようになるまで、真琴は一人孤独に日々を過ごしていた。その頃には今こうして、恋人や親しい友人が出来て笑いあって幸福な時間を共有していることなんて想像も出来ないことだったろう。
運命という言葉はあまり好きではないけれど、こうして二人に出会えたことは奇蹟のようだと思った。心が温かく満たされていく。数本の花火を終えて残りの一本に手を伸ばそうとした時、真琴は同じように手を伸ばした蓉介の手に触れた。
一瞬びくりとした手を引っ込めようとしたが、蓉介が強く握ってきた。真琴は心臓の鼓動が高鳴り激しく脈うつ音がはっきりと耳に聞こえ体温が上昇するのがはっきり分かった。
真琴は俯き、戸惑いが訪れたが不思議とすぐに掻き消えた。ゆっくりと顔を上げる。蓉介はじっと真琴の瞳を見据えていた。彼の瞳は透明に澄んでいてとても綺麗だった。真琴の姿が映っていた。
彼は今真琴だけを見ている。二人無言のまましばらく見つめ合った。この瞬間はほんの数秒間のことなのだろうが、まるで永遠のように緩やかな時間が流れているように真琴は感じた。
肩を引き寄せられて二人の距離が近づく。
それはとてもごく自然なことのようにお互いに感じられるように。
まるでそうなるべくして分かたれた半身同士が元の状態にもどろうとするかのように。
厚い雲の上、はるか高みにある青白い月だけが公園を幻想的に照らし出し、口づけを交わす二人を見つめていた。
これが真琴の、蓉介と付き合って初めての、彼とのキスだった。
真琴が彼と過ごしたささやかな幸せの日々は
この日を最後にもう二度と訪れることはなかった。




