立川さんが来てからおばあちゃんの様子がおかしい・・
告知を受けておばあちゃんが自宅で過ごすようになって三ヶ月が過ぎた。日に日におばあちゃんの症状は悪くなっていった。時々、体のあちこちが痛み出し、食欲が減ってきて頬がこけるようにやせ細っていた。
家の中で移動するために体を動かす時も体力が落ちて、時間がかかるようになった。加奈が泊り込みに来たある日、学校帰りの制服姿の上からエプロンをして台所に立ち、おばあちゃんの夕御飯を作っていると玄関の戸を叩く音が聞こえた。
加奈は料理する手を止めて、玄関に向かおうとしたがおばあちゃんがちょうど玄関の側にいたようで客の来訪を迎えようとした。ガラスがはまった横にスライドして開ける玄関のドアをはさんでいくらか言葉のやり取りがあった後、おばあちゃんがドアを開いて客人を迎え入れた。
加奈は台所から客の顔を見たが知らない人だった。三十歳前半くらいだろうか、男性と女性がおばあちゃんによって和室の方に招かれていった。途中加奈と目が合って軽く会釈をしていった。
誰だろうか。おばあちゃんの知り合いかなと、台所に戻り、やかんに水を入れ火にかけ、急須と茶碗を用意して三人分のお茶を入れながら考えた。盆にお茶を乗せて和室まで行くと木製の大きな机をはさむような形で一方におばあちゃん、反対側に男性と女性が座っていた。
さっきは遠目で気づかなかったが、二人とも表情が冴えず、どこか影を落としてるように見えた。お茶をそれぞれの前に差し出して退出しようとすると、男性が声をかけてきた。
「あなたがもしかして加奈さんですか?」
急に自分の名前を呼ばれて加奈は少し驚いて首をかしげた。
「はい、そうですけど。」
「そうですか、あなたが・・・。」
男性と女性は目を細め、加奈をしばらく見つめた。
「あの、失礼ですけど、どなた様ですか?以前どこかでお会いしましたでしょうか?」
「ああ、すみません。申し送れました私、立川と申します。こちらは私の妻です。」
男性の隣で女性が頭を下げた。
「立川さん?もしかして祖母と病室が一緒だった立川さんの息子さんですか?」
「はい、父が入院中、私達が忙しくてお見舞いに行けない中、加奈さんには父に良くしてもらっていたみたいで、お葬式などひと段落ついたら是非お礼をしに参りたいと思っていました。」
「立川さん、一週間前に亡くなられたんだよ、加奈ちゃん。」
おばあちゃんが加奈に説明したその顔はやはり陰を落として沈んでいた。
「まあ立川さんが・・・人柄の良いおじいちゃんだったのに・・・]
ご冥福をお祈りしますと頭を下げながら、加奈はショックを受けた。
おばあちゃんが告知を受けて自宅で過ごすことを決心した当時、立川さんは集中治療室に移ったことは知っていたが、おばあちゃんが自宅に戻ってからは病院に足を運んでいなかったので、その後立川さんがどうなったか知らなかった。
加奈がおじやおばにひどいことをされていると知ると立川さんは真剣に加奈のことを心配してくれた。加奈は立川さんにとって全くの赤の他人であったのに・・。目頭を押さえ、お悔やみの言葉を告げた。
「義父さんが、亡くなられる前よくうれしそうにあなたのことを話していましたよ。心の優しい良くできた娘さんだと。」
「そんなことはないですよ。私なんかただの娘に過ぎません。」
立川の奥さんが加奈に微笑んで言ったが加奈はそれを聞いて複雑な気分になった。ついこの間まで顔を合わせて笑顔を交わしていた人がもうこの世にいないなんて信じられなかった。二人に頭を下げて暗く沈んだ気持ちのまま和室を後にした。
胸にお盆を抱いて考える。おばあちゃんもいずれこの世を去る時が来る・・・・将来やってくる悲しみに怯えて胸が苦しくなり加奈は足早に台所に戻っていった。
立川さんの息子夫婦は夕陽が沈む頃になっておばあちゃんの家を後にした。玄関で二人を見送る時、再度加奈はお礼を言われて少し照れてしまった。おばあちゃんは笑顔で二人を見送っていたが、加奈と二人きりになった後、急に表情を暗くさせた。
もうすぐ夕御飯が出来るからねと加奈が言っても軽く笑って頷いただけで、眉間にしわを寄せて何か考え込むような面持ちをしていた。
どうしたのと聞くことをためらわせるようなオーラを発しているように加奈は感じた。どうしたんだろうかと加奈は心配になった。先程和室で見たおばあちゃんも暗い顔をしていたがたぶんそれは立川さんの訃報を知らされたからだろう。
しかし今、見受けられるおばあちゃんも表情には暗い陰を落としただけでなく、どこかそれに加えかたさが感じられた。同じ病室で仲良くなった人が亡くなったことを知って、自分に訪れる死を間近に実感したことで死への恐怖が湧き上がってきたからだろうか。
いくら考えてもおばあちゃんの心の内はわからない。それとも立川さん夫婦と話しことに何か関係があるのだろうか。いろんなことを考えながら加奈は料理を持ったお皿を居間の机に運んだ。
おばあちゃんと食卓を囲んで一緒に食事をする時も、おばあちゃんは押し黙ったまま加奈の作った料理を口に運んでいた。
二人の間に重苦しい空気が流れていた。こんなことはおばあちゃんと食事をした中では初めての事だった。




